危うい、危ない、ポンコツなABE権力

安倍晋三首相のガバナンスは、人・もの・カネ・情報とそのポンコツぶりが内外に示され続けている。
モリ・カケ事件から、安倍一族議員らの不祥事、ご本尊安倍晋三からあふれ出す不正…。
これは日本国という国家危機だ。
この危機の前に、さまざまな問題がウヤムヤにされ、政策の方向違いによって失われたものは計り知れない。


不祥事議員に手当満額支給 なぜ
糾弾決議後 挑発続けても
「期末手当」323万円・「歳費」129万円 きっちり
2019年12月17日:東京新聞・こちら特報部

 国会議員へのボーナスにあたる「期末手当」が10日、支給された。だが、公職選挙法違反の疑いが指摘された菅原一秀前経済産業相、河合克行前法相と妻の案里参院議員のように登院せず雲隠れ中の議員にも満額支給され、「戦争発言」の丸山穂高衆院議員にいたっては、期末手当をカジノに使ったと明かす始末だ。普通の企業ならボーナスはおろか給与大幅カット級の不祥事を起こしているのに、なぜ満額支給なのか。
(石井紀代美、榊原崇仁)

 「こちら特報部」は16日午前、菅原氏と河井夫妻の各事務所に、国会の出欠状況やその理由、支払われている歳費・期末手当についてどう考えているかを尋ねた。河井事務所からは「(衆議)院の手続きを取った上で欠席致しました。告発をされたとの報道がありました。今後当局から協力を求められれば真摯に対応し、説明をして参ります」との回答文が寄せられた。他の2事務所からもほぼ同じ内容の回答があった。
 秘書が支援者の葬儀で香典を渡した問題で菅原氏が経産相を辞任したのは10月25日。案里氏が7月の参院選で車上運動員に法定上限を超える報酬を支払っていた問題で、河井氏が法相を辞任したのは31日。ともに辞任後の本会議はすべて欠席だ。案里氏も11月15日からの全本会議を「所用のため」や「体調不良」として欠席した。
 この間、3人には毎月10日支給の「議院歳費」(1294000円)がきっちり支給されている。冬のボーナスの「期末手当」(3236617円)は今月10日、菅原、河井両氏には満額、7月に初当選したばかりの案里氏にはその6割(1941970円)が支給されたという。
 本会議への出席は、国会議員の基本的な仕事のはず。なぜ減額がされないのか。衆議院議員課法規係の和田美希氏は「法律に減額の規定がない。仮に議員が自主的に返納しようとしてもできない。公職選挙法で禁止されている寄付行為と見なされる恐れがあるから」と説明する。
 一方で、この人にも、満額払われている。北方領土で「戦争で取り戻すしかなくないですか」「女を買いたい」などと述べ、衆院本会議で全会一致の糾弾決議を受けた丸山穂高氏だ。
 11月には問題の「桜を見る会」にも招待されたという有名キャバクラ嬢との写真をツイッターに添付し「皆さん、税金で飲み会ありがとうございます!」とツイート。さらに期末手当支給の当日には、至急明細書の写真を投稿し、14日には「議員のボーナス多分これ少ないやん?って思って、その一部持ってカジノ行ったら432000円増えました」「視察も兼ねてカジノでボーナスUpアジャース」などと書き込んでいる。
 政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は菅原氏ら3人について、「安倍晋三首相自身が『桜を見る会』の説明責任を果たさず、なかったことにしているのが象徴的。自民党トップがそうなら所属議員が『俺たちも逃げていいんだ』と思ってしまうのは当然だ」と語る。丸山氏には「世間的に許されないと思いながらも、挑発的な発言をしているのだろう。彼なりの打算はあるのだろうが、やり方が間違っている」と指摘した。

デスクメモ
 納税者にしてみれば、採否を支払うなら、単に国会に出ればOKではなく、その上で職責を果たしてもらう必要がある。疑惑が指摘されたなら、国民が納得するまで説明するのも職責の一つ。国民の多くが「桜を見る会」について納得していない今、安倍首相に満額支給の資格はあるか。         (歩)

民間企業なら懲戒処分 減給レベルなのに
大臣辞任後  国会欠席でも
憲法で受給保障 減額規定なし
「自主返納のしくみつくるべき」

 一般企業なら、仕事をサボったり問題を起こしたりすれば、給与面でペナルティを受けることが多い。
 日本労働弁護団の棗一郎弁護士は「労働基準法や労働契約法には、解雇や減給の規定があり、各社の就業規則などに基づいて判断される」と述べる。
 厚生労働省が公表する就業規則のモデルを見ると、懲戒処分の種類として、「懲戒解雇」「出勤停止」「減給」「けん責」の4つが記され、「会社内でその他刑罰法規に違反する行為を行ったとき」「素行不良で著しく社内の秩序または風紀を乱したとき」などには懲戒解雇に、「正当な理由なく、しばしば欠勤、遅刻、早退したとき」などは他の懲戒処分になり得ると記す。
 棗氏は「丸山氏のように、仕事中に酒に酔って暴言を繰り返せば、解雇を言い渡されかねない」と述べ、「サラリーマンの賃金には『ノーワーク・ノーペイの原則』がある。働かないと、賃金は支払われないということ」と続ける。
 だが、国会議員のセンセイたちは全然違う。明治大の西川伸一教授(政治学)は「国会議員の歳費は『議院活動に専念できるよう収入を保障する』という考え方が根底にある。かつて議員は名誉職で、富裕層が務めていたが、被選挙権の拡大でさまざまな立場の人たちが議員になり、収入面の保障が必要になった」と述べ、「サラリーマンの給与のように個々の能力や実績で変わるわけではない」と続ける。
 「ノーワーク」なのに歳費をもらい続けたケースとして有名なのが、オレンジ共済組合事件で詐欺容疑で1997年に逮捕された友部達夫参院議員のケース。有罪が確定した2001年5月までの4年4カ月間、議員に居座り、この間の歳費など1億5400万円が支給され続けた。
 南部義典・元慶応大講師(政治学)は「歳費は憲法で受給が保障されていることが大きい。『国民代表の国会議員はそれだけ手厚く身分保障しなければならない』と解釈されており、過去に『問題議員にペナルティを』という話が出ても、退けられてきた。この点が地方議員の報酬と大きく違う」と語る。
 実は地方議員の議員報酬では、徐々に社会通念に沿った改革が進んでいる。
 高知県東洋町議会は18年12月、定例会本会議を欠席すると議員報酬を減額する条例案を可決した。本会議を1日欠席した場合、その月の報酬が2割削減されるほか、2日で4割、3日以上で6割現となり、病欠や冠婚葬祭も対象となるという。
 北九州市では、病気で2年5カ月欠席した議員に3000万円を超す報酬などが支払われたことに批判が噴出したため、16年9月、病気などで市議会を長期欠席する議員の報酬を減額する条例ができた。欠席期間が半年を超えると月額報酬が2割、1年を超えると5割減額されるようになった。
 ただ南部氏は、国会議員についても「自主返納のルールはつくることができるはず」と語る。
 今年6月には参院の定数増に伴う経費増を歳費の自主返納でまかなえるようにする法改正が行われた。歳費の返納は公選法が禁じる寄付行為に当たるが、例外を認めた。10年にも、別の例外ルールを設ける法改正が行われている。
 「『問題議員が雲隠れで登院拒否』『歳費だけ受け取る』は誰にとっても不幸。有権者は当然不満だし、議員本人もやるべき仕事ができない。『自主返納』という場をつくり、区切りをつけるのも一つの考えだ。少なくとも、一般社会では通用しない話を放っておくべきではない」



首相は反社会的勢力を
桜を見る会に呼んだのか?
 迷走する菅長官の「定義」
2019年12月16日:毎日新聞

記者会見で質問に答える菅義偉官房長官=首相官邸で2019年12月16日午前11時22分、川田雅浩撮影

 菅義偉官房長官の「反社会的勢力」を巡る発言が迷走している。菅氏は16日午前の記者会見で、反社会的勢力がどういうものかを示し、被害の防止を進める2007年の政府指針について「全く変わっていない」と強調した。だが、政府は10日に「反社会的勢力」の定義を困難とする答弁書を閣議決定しており、整合性を問われる可能性が出てきた。
 07年の指針は「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」。反社会的勢力を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と示した。民間企業はこの指針に基づき、暴力団などとの関係を絶つ取り組みを進めている。
 16日午前の会見では、菅氏がこの指針が不変であると示したことに対し、曖昧な政府の対応に民間企業が混乱するのではないかとの質問が出された。菅氏は「個別の件で困っていれば、警察や関係省庁に相談してほしい」などと苦しい説明に終始した。
 反社会的勢力の定義が注目されたのは、預託商法を展開して破綻した「ジャパンライフ」の当時の会長が「首相枠」で桜を見る会に招待されたとされる問題が浮上したからだ。この元会長は首相から招待されたことを利用し、顧客を信用させていたとされる。
 これに対し、菅氏はこれまで反社会的勢力を定義するのは難しいという趣旨の説明を繰り返してきた。閣議決定した答弁書では、その説明に合わせるように「(反社会的勢力は)その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであり、限定的・統一的な定義は困難だ」と明記した。菅氏は11日には、07年の指針との整合性を問われ「犯罪が多様化している。定義で固めることは、かえって取り締まりが複雑になってしまう」と釈明。民間企業に「(混乱は)ないと思う」と言い切っていた。
 だが、民間企業が反社会的勢力と判断して取引を停止した際、相手側から「なぜ、我々が反社会的勢力とされるのか。定義を示せ」と言われることも想定される。16日午前の会見でこの点を問われた菅氏は「指針は全く変わっていない。指針はその通りだ」と述べたことで、「定義は困難」としたこれまでの説明との「矛盾」が問われることとなった。
 午後の会見では指針が示したのは「民間企業が反社会的勢力に的確に対処するうえで着目していく点を挙げたものだ」と説明。一方で「反社会的勢力をあらかじめ限定かつ統一的に定義すると、対応がこれから困難になる」と改めて強調し、指針と定義は異なるとの釈明に追われた。
 記者団から「指針に当てはまらない反社会的勢力の活動はどういうものが考えられるか」との質問が出されると、菅氏は「暴力団の不透明化や資金獲得活動の巧妙化が進んでいる。その中で、(指針は)被害防止の観点から、基本的な理念や具体的な対応についてまとめている」と述べるにとどまった。【野原大輔】



「お答え控える」安倍政権の答弁、
「悪夢の民主党政権」の4倍
 12年105回が19年420回に
2019年12月17日:毎日新聞

参院本会議で「桜を見る会」とその前夜祭を巡る問題について野党議員の質問に答える安倍晋三首相
=国会内で2019年11月20日、川田雅浩撮影

 最近の国会を見ていて、ふと気づいた。安倍晋三首相以下、閣僚や官僚までもが、野党などの質問に「お答えは差し控える」と、答弁や説明を拒む場面が激増しているのだ。「桜を見る会」の問題でも聞き飽きたこのセリフ、どのくらい発せられたか? 調べると「悪夢の民主党政権」(安倍首相)もかすむ驚きの実態が明らかになった。【吉井理記/統合デジタル取材センター】

「説明拒否」の12パターン

 国立国会図書館は、衆参両院の議事録をインターネット上で公開している。読者もパソコン、スマートフォンでご覧いただきたい。
 国会で、政府が国会議員の質問について説明を拒む時、主に①お答えを差し控え……②回答を差し控え……③答弁を差し控え……――の3パターンがある。「コメントは差し控え……」もあるが、これは説明よりも、意見・感想を求められた時に使うことが大半で、今回は除外した。
 さらにその3パターンの中でも、「お答えを」「お答えは」「差し控え」「控え」といった四つの言い回しがあるから「3パターン×4」の計12パターンになる。
 そのすべてについて、政府側(大臣、副大臣、政務官と、特別職を除く現職官僚)が、説明を拒む意味でこれらの言葉を使った回数を▽2019年(12月5日現在の議事録公開分まで)▽第2次安倍政権が初めて国会論戦に臨んだ13年▽旧民主党の野田佳彦政権時の12年――で調べてみた。
 つまり、何かと物議を醸すことが多い安倍政権の物言いだが、「答弁拒否」を一つの指標として、その政治姿勢を数値で可視化してみよう、という試みだ。
 で、どのくらい答えを拒まれたのか?

「悪夢の民主党政権」の4倍という現実

衆院予算委で質問に答える民主党政権の野田佳彦首相(当時)
=国会内で2012年8月23日午後1時59分、藤井太郎撮影


第2次安倍政権発足翌年の2013年、衆院予算委で野党議員の質問に答える安倍晋三首相(右手前)
=国会内で2013年10月21日午後2時47分、藤井太郎撮影

 まずは民主党政権時の12年(国会会期は計248日。政権交代後の首相指名のための特別国会を除く)を見てみよう。
 「お答え拒否」は計105回発せられた。このうち官僚が答弁で発したのは52回、野田前首相は2回だった。
 第2次安倍政権に交代した直後の翌13年(同211日)はどうか。
 計164回に増えている。官僚はこのうち65回、安倍首相は1回だった。
 そして今年(同222日)である。
 計420回にまで増えていた。会期日数が大きく変わらない中、12年の4倍、13年と比べても2.5倍に増加していたのだ。このうち官僚の説明拒否が234回、55.7%を占め、安倍首相も22回と急増していた。

「国会・国民軽視」くっきり

 政治家のコミュニケーションに詳しい駒沢大法学部の逢坂巌准教授の声音は厳しい。
 「民主党政権はもちろん、第2次政権発足当初の13年と比べても、明らかに現政権は閣僚のみならず官僚までもが、国会議員の質問、つまり国民の質問を軽視するようになったと言えます。長期政権のおごりなのか、最近の政治姿勢がよく表れています」と首を振る。
 法政大の上西充子教授は、安倍首相らの答弁を「ご飯論法」(「朝ごはんを食べましたか?」と聞かれ、パンを食べているのに「ご飯は食べていない」と答えるように、「朝食を取ったかどうか」というテーマの議論を、「何を食べたか」にすり替えたり、矮小(わいしょう)化したりして答える論法)と名付けて批判しているが、逢坂さんは苦笑い。


逢坂巌・駒沢大准教授=東京都千代田区で2019年3月20日、青島顕撮影

 「これはもはや『論法』ですらありません。だって、口をつぐんじゃっているんですから。議院内閣制の国会議員にも、国民の代表として、私たちが政府に負託している権力や税金が適切に使われているかを監視・検証する仕事があります。そのために質問するのです。しかし、今年の国会では会期中、平均して1日に2回も、政府は『お答えは差し控える』と説明自体を拒絶していたなんて。本来は許されないことなんですが……」

どうする「政治主導」の「さじ加減」

 安倍首相自身の「お答え拒否」も、19年は20回超と増えていることも気にかかる。
 「安倍政権も恩恵にあずかった『政治主導』という政治の方向性自体は、私は大賛成です。しかし、政治を強くしたのならば、それとバランスを取るべく、『説明拒否』を乱発し、国民や民主主義のプロセスを軽視する政権が現れることなどを想定したシステム、つまり透明で検証可能な、政治への『タガ』を用意することも必要です」
 そのために、予算や権力が適正に執行されているかを証明する公文書は原則として「永久保存」とし、将来すべて開示するなどの制度が欠かせない、と逢坂さん。
 「それによって国民が『政治主導』のあり方にタガをはめることができるし、未来の人々への記録を残すこともできる。そんな新しい民主主義のあり方を模索する時期です」
 安倍首相は「桜を見る会」の問題などで「国会では政策論争以外の審議に時間を割かれた」と述べた(13日、東京都内の講演)が、文書や資料を開示せず、「お答えを差し控え」てばかりでは、疑惑は膨らむ一方ではないだろうか。



桜を見る会「調査の必要ない」
 説明責任を負う側なのに
2019年12月17日:朝日新聞

 首相主催の「桜を見る会」をめぐり、政府は17日の衆院内閣委員会理事会で、立憲民主党など野党が質問した8項目に回答した。ただ、政府の説明は、これまでの繰り返しにとどまる事実上の「ゼロ回答」。野党が求めた追加調査も拒み、実態解明に消極的な姿勢が際立った。
 理事会は、安倍晋三首相の公私混同が指摘された「桜を見る会」について、先の臨時国会で解明が進まなかったことを踏まえ、野党の求めで開かれた。約1時間で、非公開だった。
 野党側は、オーナー商法で行政指導されたジャパンライフの元会長に届いたとされる招待状にあった受付票番号「60」について、「首相推薦枠か」と質問。野党側の説明によると、政府側は「実務を振り分けるため便宜的につけている。それ以上、調査する必要がない」と答えたという。
 野党側は実務担当者への確認を求めたが、政府側は「必要は感じていない」「(担当者の)記憶を呼び起こすようなことはいかがなものか」などとして拒んだという。
 廃棄したとされる今年の招待者名簿の電子データについては、廃棄時の端末ログの提出を求めたのに対し、政府は「業者に協力をお願いしてやれば実務的には可能」としながら「担当者の聞き取り以上の調査を行う考えはない」とした。
 野党統一会派の今井雅人衆院議員(無所属)は理事会後、記者団に対し「徹底拒否をされ、調べることすらしてもらえないひどい状態だ。誠意ある回答とは全く思わない」と語り、引き続き調査と回答を求める考えを示した。
 菅義偉官房長官は17日の記者会見で、「60」の追加調査を不要とした点を問われたが、「(文書は)会の終了をもって使用目的を終えている」などと語るだけだった。一方、公文書管理法の改正については、会の見直し過程のなかで「必要であれば」、視野に入れる考えを示した。(井上昇、安倍龍太郎)



記述式見送り、日本は「教育鎖国」状態に
 慶応大元塾長
2019年12月17日:朝日新聞

 文部科学相の諮問機関「中央教育審議会」の会長として記述式問題の導入など高大接続改革の議論を主導した安西祐一郎・元慶応義塾長(認知科学・情報科学)は、記述式の導入見送りについて次のように語った。
     ◇
 記述式の導入延期が決まったことで、日本の教育は当分の間足踏みするだろう。世界の劇的な転換の中で、日本は「教育鎖国」の状態のまましばらく推移すると思う。
 論旨明確に考え、相手の立場を考慮して、論旨明確に表現する力、世界の中で生きていく日本の若い世代には、この力が決定的に必要だ。しかし現実には、全国の高校生にこの力が身についているとはとても思えない。高校教育がこの力の養成を置き去りにしてきたのは大学入試と無関係だからだ。
 私自身、入試改革という言葉を自分から使ったことはない。入試改革というが、もともとの発端は高校教育、大学入試、大学教育の三位一体改革だったはずだ。ところが、今般の入試改革騒ぎの中では、中央教育審議会の答申に明記されていた、高校教育、大学教育のあり方の議論はなく、大学の受験機会自体にすでに経済・地域格差があることも無視されてきた。
 高校・大学の教育を変え、都市部の経済的に恵まれた家庭に生まれなくてもこれからの時代に必要な教育が受けられるようにする、それを目指してきたはずだった。しかし、例えば富裕層の高校生は課外での英語の勉強や留学に目が向いているが、今回の頓挫で高校教育の転換が遅れ、経済的に恵まれない高校生だけが従来のままの英語教育を受け続けることになるだろう。
 しかも、入試改革を延期した後、三位一体改革をどうするかという出口が見えない。おそらくは高校教育、大学教育は変えなくてもいい、変えたくない、ということではないか。
 記述式の問題は各大学の個別試験で課せばよいという声があるが、学生集めにやっきになっている大学、問題作成さえままならない大学にできるとは思えない。いわゆるトップレベルと言われる大学は国際性、多様性が課題で、当該大学に受験生を集めて一日で試験をする現在の2次試験が将来も通用するとは思えない。大事なことは全国津々浦々の高校生、大学生がこれからの時代に必要な力を身につけることだが、今回の入試改革の導入延期は、日本の教育では当分その必要はない、と宣言したことに等しい。(聞き手=根岸拓朗、編集委員・氏岡真弓)



政治主導の「砂上の楼閣」
文科省は追認、制度設計甘く
 共通テスト「記述式」
2019年12月17日:毎日新聞

 大学入試改革の一環で2020年度から始まる大学入学共通テストの2本柱がともに白紙に戻されることになった。英語民間試験の活用と記述式問題の導入。いずれも制度設計の甘さが露呈した形だ。背景を探った。

記者会見を終え、一礼する萩生田光一文科相
=文部科学省で2019年12月17日午前10時16分、宮間俊樹撮影

「どうすれば20年度から民間を活用できるか」

 「目指すべき理想とそれを評価するシステムの間に齟齬(そご)が生じた。埋められると思ったが、埋められなかった」。萩生田光一文部科学相は17日の閣議後記者会見で険しい表情で記述式問題の導入見送りの理由を語った。
 今回の入試改革の出発点は、安倍晋三首相肝いりの教育再生実行会議の13年の提言だった。提言は、新テストの複数回実施▽個別入試の総合評価重視への転換――などを打ち出した。文科相の諮問機関の中央教育審議会が14年12月、記述式問題の導入と英語民間試験の活用を答申した。
 記述式問題は思考力や表現力をみること、英語民間試験はグローバル化社会で使える英語を身につけるため4技能(読む・聞く・話す・書く)を評価することが目的だった。入試が変われば高校以下の教育内容も変わる波及効果が期待された。新制度の実施は「20年度」と設定された。
 文科省は15年3月に有識者会議を設置して制度設計を始めた。しかし、メンバーだった東京都立八王子東高の宮本久也校長はこう証言する。「学力だけでなく、社会性などの多様な能力を評価する入試を期待したが、『どうすれば20年度から民間を活用できるか』という話に変わっていった」
 複数の有識者会議の議論を経て、文科省は17年7月に共通テストの実施方針を作り、英語民間試験の活用(高校3年時に2回受験可能)と、記述式問題の採点を民間事業者に委託することを正式に発表した。ただ、当初から課題と指摘されていた採点の精度や地域・経済事情による受験機会の格差が解消されないまま月日がたち、今秋、受験生や高校からの強い反発が起こり始めた。首相官邸や与党から見送り論が強まり、いずれも白紙撤回に追い込まれた。ある文科省幹部は、今回の入試改革について「外から言われたことを追認的にやらされている感があった」と政治主導で進んだ点を振り返り、「省内で議論の積み上げがないまま『20年度開始』ありきで検討が進んだ。制度は砂上の楼閣だった」と打ち明けた。
 文科省は年内に英語4技能を評価する新制度と記述式問題のあり方を議論する検討会議を設置する。名古屋大大学院の中嶋哲彦教授(教育行政学)は「高校や大学の教員の意見を丁寧に聞くボトムアップの議論が重要だ。どのような若者を育てていきたいのかという視点を忘れてはいけない」と強調した。【水戸健一、千脇康平、成田有佳】

「制度の不備」と「4技能の必要性」とは分けて考えなければ…

 教育関係者の間では、入試で思考力や英語の4技能をみる方針に反対は少なく、文科省の制度設計の甘さを指摘する声が聞かれた。
 大手予備校「東進ハイスクール」英語講師、安河内哲也さんは「難解な文の読解や訳に偏った大学入試が変われば高校の英語教育も変われる」と英語の4技能をみる必要性を訴えてきた。民間試験導入の見送りを受け、「学校現場に『4技能は勉強しなくていい』と誤ったメッセージを与えたのではないか」と懸念する。「問題は制度の不備。4技能の必要性は分けて考えなければいけない」
 安河内さんは4技能をみる入試について各大学が民間試験を独自に選び、得点加算するなどの方法を挙げ「国や大学入試センターは民間試験の認定・監督を担い、大学から状況をフィードバックしてもらって改善のため共有するのが最も現実的」と強調する。
 新入試の制度設計を議論した文科省の有識者会議「高大接続システム改革会議」のメンバーで中教審委員の荒瀬克己・大谷大教授(国語教育)は「自ら考えた解答を的確に表現できる力」を評価するためには記述式問題導入が必要との立場だ。「たくさんの人が受ける共通テストに記述式問題を出すことで高校教育が変わるのではとの期待があったのは事実。三位一体の一角が見送りになった以上、高校教育まででしっかり力をつけさせることを考えるのが大事だ」と話した。
 一方、テスト理論に詳しい南風原朝和・東京大名誉教授は共通テストで英語の4技能をみることにも記述式問題にも反対してきた。試行調査の国語の記述式問題では、採点のぶれや自己採点時のずれを減らすため解答を書く際に「条件」が示された。「不自然な条件を設定する問題では国が本来測ろうとしていた思考力や表現力は測れない」と矛盾点を指摘した。【千脇康平、成田有佳】



記述式テスト見送り
 大失態の責任は免れない
2019年12月18日:毎日新聞

 来年度からの大学入学共通テストで予定されていた国語と数学の記述式問題の導入見送りが決まった。
 受験生約50万人を対象とする記述式には、採点での公平性確保などに不安があり、見送りは当然だ。
 これで英語民間試験とともに新テストの2本柱がなくなったことになる。多くの受験生を混乱させ、教育行政の歴史に汚点を残した大失態である。政府は経緯の検証を進め、責任の所在を明らかにすべきだ。
 萩生田光一文部科学相はきのうの記者会見で、民間業者に委託した採点でミスを防げない懸念や、受験生の自己採点の難しさに抜本的な解決策が見つからなかったことを理由に挙げた。そのうえで、導入を延期ではなく白紙にしたと説明した。
 だが、課題は以前から明白だった。2015年に設置された有識者会議で既に実現を疑問視する声もあった。2度の試行調査でも課題解消のめどは立たなかった。それなのに、これまで導入にブレーキをかけられなかった。
 英語民間試験と記述式には共通点がある。英語の「読む・書く・聞く・話す」の4技能や、「思考力・判断力・表現力」を測ることを理念として掲げる一方で、それをどういう方法で実現するかという議論が置き去りにされたことだ。
 国に実施のノウハウも要員もなく、民間頼みとなった点も同じだ。安易な制度設計と言うしかない。
 萩生田氏は会見で「特定の人の責任でこういう事態が生じたのではない」と述べ、責任の明確化に後ろ向きな姿勢を示した。
 だが、受験生は既にテストの準備を始めていた。見送りだけでは済まされない。英語民間試験とともに第三者機関で経緯を検証し、教訓として報告書を残すべきだ。
 有識者会議の元委員によると、記述式などの実現の難しさを認識していた文科省幹部も少なくなかったという。それでも止められなかったのは、教育再生が安倍政権の重要政策であり、大学入試改革がその中核を担っていたためだろう。改革を推進した政権の責任も問われる。
 共通テストまであと1年あまりしかない。文科省は、混乱の収拾に全力を尽くし、受験生の不安の払拭(ふっしょく)に努めなければならない。



萩生田文科相
殺人事件を起こし、指名停止になった
後援企業から献金 追及【第2弾】
2019年12月17日:週刊朝日

 大学入学共通テストでの記述式問題の延期を発表した萩生田光一文部科学相については、「政治とカネ」を巡る問題も発生している。本誌は先週号で、萩生田氏が地元の有権者を対象にグラウンドゴルフ大会などスポーツイベントを開催し、赤字分を補てんしていた事実を報じた。その行為が公職選挙法や政治資金規正法に違反する可能性があることを指摘したが、さらなるカネ絡みの「疑惑」が浮上している。

 萩生田氏の地元・東京都八王子市にA社というビルメンテナンス会社がある。萩生田氏の後援者として地元では有名で、同社代表取締役会長が運営するブログを見ると、会長は萩生田氏の政治団体「はぎうだ光一後援会」の事務局長などを務めていることがわかる。17年12月27日のブログには、自民党本部で執務する萩生田氏の写真を添えて、次のように記している。

<久しぶりに自民党本部に行って来た。そして、自民党幹事長代行の萩生田光一衆議院議員と会ってきた。中々時間が合わなかったので、昼に合わせて打ち合わせをしてきたのだ>(肩書は当時)

 14年4月には「桜を見る会」に出席したことも報告している。そんな萩生田氏にとっての蜜月企業に“凶行”が起きたのは、同年6月のことである。A社の社員ら3人が、知人の男性(当時33)を市営プールの事務所に呼び出し、バットで殴打するなどして殺害。プール近くに遺体を埋めたとして、警視庁高尾署は出頭してきたA社社員を殺人と死体遺棄容疑で逮捕した。動機は交友関係のトラブルが原因で、現場となった市営プールは同社が市から指定管理業務を請け負っていた。

 元八王子市議の山口和男氏が事件当時を振り返る。

「八王子市の公共施設で起きた事件ですから、市議会でも取り上げられました」 特に問題になったのは、市の請負業務に係る指名停止処分が14年9月から12月までのわずか3カ月間だったことだ。山口氏は当時、この問題を議会で追及したという。
「社員が重大事件を起こせば指名停止どころか自ら辞退するのがスジです。それをたった3カ月の指名停止で、市長以下が済ませてしまった。当時の市の幹部は『短すぎる』と怒っていましたが、A社の会長と萩生田氏が親しい関係にあるのは八王子では有名なので、忖度があったのか、それ以上、追及されなかった」

 また、萩生田氏の地元事務所のうち1室がA本社ビルに入居しており、毎月18万円が「事務所家賃」として支出されている。

 A社は、萩生田氏が代表を務める自民党東京都第24選挙区支部に14年1~11月、指名停止期間も含めて毎月5千円ずつ献金している。だが、ちょうど処分が明けた12月5日付で100万円も献金していた。もっとも14年12月には総選挙があったので、萩生田氏の政治資金収支報告書を見ると、他にも選挙月には献金額が増えている企業もあるのだが……。

 萩生田氏の事務所は文書で次のように答えるのみだった。

「政治資金は法令に従い適正に処理し、その収支を報告しているところです。ご指摘の寄付も法令に従った適正な寄付であることはご存じのとおりです。ご指摘の事実があったことを踏まえ、今後もさらにコンプライアンスを徹底し、政治活動に専念して参りたいと思います」

 指名停止処分業者から献金を受け、発覚後、道義的責任を考慮して大臣たちが献金を返金したというのはままある話。いまのうちに清廉さをアピールしておくのが身のためでは。(今西憲之 本誌 上田耕司)

※週刊朝日  2019年12月27日号より抜粋



共通テスト記述式白紙の
戦犯・萩生田文科相 
「教育勅語を本気で
復活させかねない人物」と前川喜平氏
2019年12月7日:週刊朝日

 萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言をきっかけに、安倍政権が推進してきた大学入試改革の2本の柱がへし折られた。文科省は2020年度から始まる大学入学共通テストで導入予定だった、国語と数学の記述式問題の実施を見送ることを決めた。萩生田文科相は12月17日の会見で「教師をはじめ関係者の皆さんには、ご迷惑をおかけする結果となりました」などと述べた。拙速な上に受験生らに混乱を招いた責任はだれかが取らなければならない。

 最初に折れた柱は、英語の民間試験だった。萩生田氏の「身の丈」発言をきっかけに、11月1日に延期に追い込まれている。

 元文科事務次官の前川喜平氏が厳しく批判する。

「萩生田さんに大臣の資格はない。一人ひとりの子を大切にするというより、国のために役に立つ人間を作るという考えで、実に権威主義的です。教育勅語を本気で復活させかねない人物であり、非常に危険だと思います。『身の丈』発言は憲法と教育基本法に真っ向から反する。経済格差に甘んじろと言わんばかりの発言で、教育の機会均等という最も大事な理念すら理解していません」

 このとき、安倍晋三首相側近の世耕弘成・自民党参院幹事長は、萩生田氏が延期を決めたことについて会見でこう持ち上げてみせた。

「思いやりにあふれた決断で、高く評価したい。文科省事務方の制度設計、詰めの甘さが原因だ」

 最終的には役所の責任にし、安倍首相や閣僚に傷を負わせないようにする手法は、これまでも繰り返されてきた。

 元文科省審議官の寺脇研・京都造形芸術大学客員教授があきれながら言う。

「失言に対する批判を浴びて追い詰められ、わが身を守るために延期しただけではないですか。政権に傷が付かないように、周囲が萩生田さんの“英断”であるかのように吹聴するなんてとんでもない話です」

 安倍首相が設置した教育再生実行会議が13年に出した提言を受けて始まった大学入試改革は、元文科相の下村博文・自民党選挙対策委員長らが英語民間試験や記述式問題の導入に携わってきた。前川氏が説明する。
「下村大臣のもと、大学入試センター試験を廃止し、新たに共通テストを設けるという話になった。しかし、もともと50万人もの受験生がいっせいに受ける試験に記述式を導入するのは、やはり無理がありました。大学の2次試験までのわずか20日間程度で、記述式の正確な採点ができると考えたのが間違いでした」

 下村氏が拙速に功を立てようとした推進役ならば、萩生田氏は政治の誤りを覆い隠す幕引き役となった。

 寺脇氏が怒る。

「下村さんと萩生田さんが一心同体なのは、誰の目にも明らかです。やる時は見切り発車でGO、やめる時は上から強権的にSTOPです。森友・加計問題などは安倍総理の“お友だち”など特定の人の問題でしたが、今回は多くの受験生や家族、教員、あらゆる国民を巻き込んでいます。安倍政権が手柄や功績を立てるために、受験を目前にした子どもたちまで振り回すのかと怒りを禁じ得ません」

 約30万人の英検予約者のキャンセルや、予約金の返還問題なども生じる。大臣が混乱を招いた責任を問われるのは当然だろう。

(本誌・亀井洋志、松岡かすみ)

※週刊朝日  2019年12月27日号より抜粋



安倍政権の公文書管理
 一層ねじ曲げられた理念
2019年12月16日:毎日新聞

 公文書を「国民共有の知的資源」とうたう管理法の理念が、あまりにも軽んじられている。
 「桜を見る会」の招待者名簿廃棄問題は、安倍政権が公文書管理の制度を恣意(しい)的に運用している疑いを深めた。ポイントは二つある。
 まず、内閣府は5月、共産党議員から資料請求を受けた直後に今春の開催分をシュレッダーにかけていた。公文書管理の指針は2年前の改定で、保存期間を1年未満とできる軽微な文書の種類を定めた。内閣府はこれを根拠に名簿を廃棄した。
 だが、他の省庁は招待者名簿の基になる省の推薦者名簿を1年以上保存している。翌年以降の名簿作成などに必要だからで、招待者名簿だけがすぐに廃棄されるのは不自然だ。
 もう一つは名簿の電子データの削除だ。削除後も最長8週間は外部媒体にバックアップデータが残る仕組みで、議員の請求を受けて復元できた可能性もあるが、そうしなかった。菅義偉官房長官は「バックアップデータは組織で共用されておらず、行政文書ではない」と説明した。
 だが、誤廃棄などに備えて組織で保管してあるものなのだから、行政文書と解釈すべきだ。
 疑惑の核心となる公文書が廃棄されたり、なくなったりするパターンは、安倍政権で繰り返されてきた。森友学園に国有地を格安で売却した経緯を記録した文書もそうだった。
 その反省から指針を改定し、1年未満で廃棄できる文書を厳しく指定したはずだ。それなのに、内閣府はこの改定を機に名簿の保存期間を1年未満にしてしまった。廃棄を正当化するのに制度を使ったとしか見えない。法の理念が改定前よりねじ曲げられている。
 招待者名簿は省庁推薦分のほか、安倍晋三首相ら政治家の推薦分を含む。すぐに廃棄したのは、政治家が誰を推薦したのか確認できなくするための官僚の配慮ではないか。
 この傾向は、安倍政権下で官邸が幹部官僚人事を握るようになったことと無関係ではあるまい。公文書問題は、官僚が常に政治家の顔色をうかがう政権の体質を象徴している。
 公文書は本来、国などが将来まで国民への説明責任を果たすために保管される。これ以上、法を骨抜きにさせないための議論が必要だ。


公文書を生かす
情報公開法成立20年/1
開示制度なかった伊方訴訟
 裁判通じ原発資料 官「独占」の扉開く
2019年4月29日:毎日新聞

 生活を守ったり、政治や行政をチェックしたりするために必要な公文書。この開示請求の権利を定めた情報公開法が成立したのは、今からわずか20年前の1999年5月のことだった。ではそれ以前の法律がなく、情報が官に独占されていることが当然とされていた時代の人々は、どうやって厚い扉を開けようとしていたのか。【青島顕】

 半世紀近く前。瀬戸内海や豊予海峡に面したミカン農業と漁業の町、愛媛県西部の伊方町が揺れていた。四国電力が原子力発電所の建設を始めたのだ。住民ら35人は73年、原発の設置許可取り消しを国に求めた訴訟を松山地裁に起こした。原発の安全性を初めて法廷で問うた訴訟だと言われる。
「商業機密」最後まで拒否

伊方原発訴訟を振り返る原告弁護団の菅充行弁護士(左)と平松耕吉弁護士
=大阪市北区で、青島顕撮影

 手弁当で大阪から集まった原告弁護団は、設置許可のための審査を実質的に担当した原子炉安全専門審査会の「第86部会」に着目した。裁判の書面のやりとりを通じて、部会の期間は6カ月で、専門家の委員の出席が1人だけの回もあったことが分かったからだ。
 不明点が多かった。原子力基本法は原子力公開の原則を定めているが、公開資料はわずかで、国と原告の情報量の差は圧倒的だった。補佐人として原告弁護団に参加した科学者たちから国には審査資料があることを聞いた平松耕吉弁護士(79)は「文書をガラス張りに公開させることから全てが始まる」と考えた。
 平松弁護士らは74年12月、第86部会の審査記録など、原子炉設置許可に関して作成された一切の文書・資料の提出を国側に求めるよう、松山地裁に申し立てた。民事訴訟法の規定に基づく文書提出命令申し立てという手法だった。
 国側は第86部会の審査記録などを「全て存在しない」と主張した。部会の議事録は「法律上作成義務がない」とし、審議の運営は「(立ち会った科学技術庁の)担当者のメモをファイルしてあるのを読むだけだ。メモは職員個人のものであり、被告(国)が所持していないので出せない」などと主張した。
 松山地裁の村上悦雄裁判長は75年5月、メモを除いた文書を国側に提出するよう命じる決定を出した。国は即時抗告したが、高松高裁も7月、提出命令を認めた。
 文書提出命令は既に「家永教科書裁判」の原告側が使った手法だが、うまくいくかどうかは裁判所の判断にかかっている。原告弁護団の菅充行弁護士(74)は「命令が出るかどうか、自信がなかった。命令が出て『やった』という感じだった」。
 高松高裁決定の約10日後、国は全国の電力会社が原子炉設置許可の安全審査のために提出した資料計約80冊を国立国会図書館と科学技術庁で公開することを決めた。裁判での文書提出命令にも応じた。しかし、重要な情報は「商業機密」にあたり、「日本のメーカーと外国メーカーとの間に守秘義務がある」として公開を拒否し、裁判所の再三の督促にも応じなかった。

「意欲や情熱でできた」

伊方原発訴訟の1審判決を受けて田中正造の言葉「辛酸入佳境」の垂れ幕を掲げる原告。
「苦労が、かえって楽しみになる」という意味だという=松山地裁前で1978年4月25日

 裁判所が提出を命じなかった科学技術庁の担当職員の「メモ」も重要だった。原告弁護団の藤田一良団長(29~2013年)は当時の毎日新聞(大阪本社版)に「メモは実質的には議事録と言えるもので、どのような審査がなされ、またはなされなかったかを知る上でポイントになるものだ。単にプライベートな性格を持つものとは言えない」とコメントしている。文書を「個人のメモだ」として公開対象から外そうとする行政の手法は、公文書管理法のある現在も課題になっている。
 それでも、文書を手に入れた原告弁護団は、この後の証人尋問で、第86部会の専門委員を時に絶句させ、主張を崩すことに成功。原告弁護側は、使用済み燃料処理の難しさを「トイレットなきマンション」と呼ぶなど原発の抱える構造的課題を指摘していった。
 裁判は突然の裁判長の交代を経て、78年の1審判決は「原子炉設置許可は国の裁量行為」だとして原告が全面敗訴。92年、最高裁でも敗訴が確定した。
 平松さんは当時、原告団の「伊方訴訟ニュース」に文書提出命令について「将来非常に重要かつ貴重な先例として評価されることになるであろうことは、強調しすぎても強調しすぎることになるまい」と興奮気味に書いている。今も「情報公開も何もない時代に文書提出命令は大きかった。意欲や情熱でできたことだ」と振り返る。
 藤田弁護団長が残した訴訟の記録は、立教大共生社会研究センターに所蔵されている。アーキビストとして資料を整理した平野泉さんは「市民たちは決して自分たちに有利にはできていない法律を最大限に活用して、公文書へのアクセスの扉をこじ開けた。官僚のメモは公文書かという論点も、こうして市民が争ったことで見えてきたのではないか」と話す。この訴訟は現在につながっている。

法成立を優先、「知る権利」盛らず

 99年5月に成立した情報公開法の目的には、主権者である国民の「知る権利」は盛り込まれなかった。
 90年代後半に法案は、継続審議を繰り返していた。毎日新聞論説委員だった仮野忠男氏(74)は98年5月、社説欄に署名入りの「論説ノート」を書いた。法案を子育てに例え「まずは誕生させ、それを育てる過程で骨太にしていく、という視点を持てば合意は可能ではないだろうか」と記し、成立時点では知る権利が盛り込まれなくてもやむを得ないという姿勢を示した。
 仮野氏は当時、政府の行政改革委員会・行政情報公開部会長として政府原案の元となる報告書作成に携わった角田礼次郎・元最高裁判事と議論した。「知る権利を明記すべきだ。なぜ入れないのか」と問うと、角田氏は「まだ法的に確立した概念ではないから、それを入れると、議論に時間が取られて法案がまとまらなくなる。代わりに『国民主権の理念にのっとり』という言葉を使う。こうすれば国民サイドに立った法案になると判断した」と説明したという。
 NPO法人・情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長は「部会の委員も成立を優先し黙認したと思う。だが情報公開が憲法上の権利だということを示す上で、『知る権利』明記は欠かせない」と話す。
 いくつもの課題を先送りした船出だった。ほかにも、防衛・外交情報の不開示理由に幅の広い裁量規定がある▽情報公開訴訟になっても、裁判官が不開示部分を見ることができない--といった問題点は今も改められていない。
 「のり弁当」のように黒塗りだらけの文書開示や、存在するはずの文書が「不存在」とされたりする事態が続いている。
 民主党政権時代の11年、課題の多くをクリアする改正案が準備され、自民、公明両党にも法案説明を済ませた。しかし、提出時期が東日本大震災と重なったことも災いして審議入りせずに廃案になった。
 その後、改正の機運は起きず、20年たっても法は大人に育っていないとも言える。
        ◇
 行政などの情報公開に向けての課題を、向き合った人々の証言を通じて考えます。月1回で、次回は5月20日掲載予定。

情報公開法のポイント
・対象文書は、行政機関の職員が職務上作成・取得したもの
・だれでも請求できる
・防衛・外交、捜査・治安などの情報は、大臣らが認めるのに相当の理由があれば不開示
・開示決定は請求から30日以内(30日以内の延長可。大量請求は特例の延長も可)

情報公開法をめぐる動き
 (政党名、肩書は当時、文中の「提出」は国会提出)
1966年    米国で「情報自由法」制定
  74年    米が情報自由法改正で、裁判所の非公開審査(インカメラ)を導入
  82年 3月 山形県金山町が自治体で初めて「公文書公開条例」制定
     10月 神奈川県が都道府県で初めて「公文書の公開に関する条例」公布
  93年11月 細川護煕首相が情報公開法制定の検討指示
  96年11月 行政改革委員会・行政情報公開部会が情報公開法要綱案の最終報告
  98年 3月 政府が情報公開法案提出
      9月 野党各党が政府案に対し、12項目の共同修正案提出
  99年 2月 政府案の修正案が自民・民主・公明・自由・共産・社民の6党共同提案で審議され、衆院本会議で全会一致で可決
      5月 情報公開法成立
2001年 4月 情報公開法施行
  05年 3月 総務省の検討会が法の改善点を指摘した報告
  11年 1月 菅直人首相が施政方針演説。法改正で「国民の知る権利」強化を図ると表明
      4月 公文書管理法が施行
         政府が情報公開法改正案を提出
  12年11月 衆院解散で改正案が廃案に

情報公開法成立20年/2
「BC級戦犯」裁判記録の検証
 非公開、黒塗りの壁に挑む
2019年5月20日:毎日新聞

公文書を照合して朝鮮半島や台湾出身のBC級戦犯の数の検証をしている金田敏昌さん
=東京都千代田区で4月23日

 第二次大戦中に日本の軍人や軍属が連合国の捕虜を虐待したなどとして、戦後に米国やオランダ、英国など7カ国による裁判にかけられた。彼らは「BC級戦犯」と呼ばれている。その裁判で、誰が、どのように裁かれ、なぜ罪に問われたのか。戦後74年を迎える今も分からないことが多い。
 法務省の担当者は1955年から全国を回り、当事者や弁護士に聞き取りをしたり、資料の提供を求めたりして、約500ページの「戦争犯罪裁判概史要」(73年)にまとめた。ところが日本政府は、概史要を含む裁判記録の多くを長い間、非公開にしてきた。研究者たちは聞き取りや当事者団体のまとめた資料、裁判をした国が公開した裁判記録に頼らざるを得なかった。
 ようやく99年、政府は「概史要」を含む約6000冊の戦犯裁判資料を国立公文書館に移した。情報公開法が成立した年だった。移管された資料は、請求に応じて徐々に公開されるようになったが、当事者の氏名を含むかなりの部分が黒塗りにされたままだ。それでも、延べ5700人が罪に問われ、984人が死刑判決を受けた(後に減刑になった人を含む)ことが公式に明らかになった。
 戦犯には当時、日本の植民地だった地域から日本軍属となり、連合国の捕虜の監視業務などにあたった人たちが含まれる。旧厚生省の記録や当事者団体の記録を調べた研究者によると、朝鮮半島出身者は148人が有罪とされて23人が刑死し、台湾出身者は173人が有罪とされている。朝鮮半島と台湾の人たちは、戦後に日本国籍を失った。日本軍属として罪に問われたのに、元軍人らが受ける恩給などの援護措置の対象からは外されるという不条理な扱いを受け、立法措置が講じられないままの状態になっている。
 最近、朝鮮半島・台湾出身の元BC級戦犯の人数について、国立公文書館の記録を照合して見直し、正確な歴史を刻むための試みを日本の研究者が始めた。非公開や黒塗りの「壁」に挑むのは大阪経済法科大アジア太平洋研究センターの研究員、金田敏昌さん(41)だ。ドイツ近現代史の研究者だったが、国立公文書館の調査員を経験したことをきっかけに2016年に韓国人の元BC級戦犯、李鶴来(イハンネ)さん(94)らが開いた展示会に参加して、関心を持ったという。

戦後74年の今、立法措置を求めている韓国人の元BC級戦犯、94歳の李鶴来さん
=東京都千代田区で4月23日

 金田さんの研究では、朝鮮半島・台湾出身の戦犯の受刑者数321人のほかに、無罪になった人や起訴が取り下げられた人などがおり、起訴されたのは少なくとも361人に上ることが分かってきた。従来より約1割が積み上がった。ほかにも拘束されて取り調べを受けた人が多数いるはずだという。
 この問題に詳しい内海愛子・恵泉女学園大名誉教授は「これまで何人が起訴され、何人が無罪だったのか。その過程で何人が死んだのかが分かりにくかった。特に台湾の人の実態が分かっていなかった。日本の公文書は資料へのアプローチが限られて、使いにくい状態が続いていたが、金田さんは基礎データを積み上げて検証する作業をしている。極めて重要な仕事だ」と評価する。
 金田さんは「BC級戦犯の多くが国家の末端に組み込まれた存在である。にもかかわらず、国は公的な記録を実質的に闇に葬ってきた」と研究センターの年報に記している。99年に国立公文書館に移管された約6000冊のほかに、約1900冊が移管されたが今も多くは非公開の扱いだという。「非公開資料の中には戦犯とされた一人一人の顔が見えてくるもの、家族の苦しみが分かるものも含まれているのではないか。使わなければ意味がなく、時の経過によって公開していいものもあるはずだ」と訴える。【青島顕】


情報公開法成立20年/3
精神科病院データ入手困難に
 実態が隠される危険
2019年6月24日:毎日新聞

1989年以降、精神科病院ごとのデータを提供してきた「東京精神病院事情」

 全国の精神科病院に対して、国が自治体を通じて毎年6月末時点の入院形態や患者数などの報告を求める「精神保健福祉資料」は、患者や家族にとって病院選びの道しるべとなってきた。情報公開請求すれば誰でも病院ごとのデータを取り寄せることができたからだ。患者や家族を支援する立場の市民団体はデータをまとめて病院を比較する資料を作ってきた。

市民団体の集会で病院ごとのデータの入手が難しくなっていることについて語る飯田文子さん
=東京都千代田区で2019年2月12日

 ところが各地の市民団体によると、2017年度以降、自治体独自の調査項目がなくなったり、これまで開示されていた情報が黒塗りになったりするケースが出ているという。こうした状況に、精神科医療・福祉にかかわる人たちでつくる「東京都地域精神医療業務研究会」代表の飯田文子さん(74)は「ますます精神科病院の実態が隠されてしまう」と危機感を強める。情報公開で非開示になった項目について都の審査会に不服を申し立てている。
 飯田さんたちの活動は30年以上の歴史がある。1985年、国の情報公開法制定に先立って都が情報公開条例を作ったのを受け、都が把握する「精神病院統計」「精神病院概要調査及び在院患者調」など病院ごとのデータの公開を求めた。当時は、畳敷きの病室に象徴される老朽化した施設、医師や職員の不足、強制的に入院させられた患者の行動制限--が今以上に問われていた。不適切な医療がないかチェックするとともに、患者や家族が病院を選ぶ際に必要なデータを提供しようと考えたのだ。
 都は「非開示」とした。飯田さんが冊子「おりふれ通信」に寄せた原稿「精神病院の密室性を打ちやぶるために」(86年8月号)によると、都は(1)開示すれば病院の事業運営上の地位が損なわれる(2)開示すると、報告・調査の協力が得られなくなる(3)公開しないことを期待している国との協力・信頼関係を損なう恐れがある--と主張していた。飯田さんたちは「都民の身体や健康、生活を守るために必要な情報だ」と異議を申し立てたが、認められなかった。
 翌87年には飯田さんが原告になって、都を相手取り非開示決定の取り消しを求める裁判を起こした。東京地裁の和解勧告を受け、研究会は89年3月、都から統計データの一部公開を受けることに成功した。毎日新聞の3月24日付朝刊(東京本社版)には「この動きが全国に広まれば、閉鎖的な精神病院の情報が患者サイドに流れ、病院の質向上が期待できる」との飯田さんの談話が載っている。
 研究会はこの年の11月、開示を受けたデータに分析を加えて「東京精神病院事情(ありのまま)」と題した本を発行。ほぼ5年ごとに刊行を続け、計7冊を数えるまでになった。13年のデータを掲載した最新版(17年発行)は、都内70の単科精神科病院について、平均在院日数、5年以上入院者率、常勤医や常勤看護者1人当たりの患者数などをチャートにまとめて、あたかも通信簿のようにして提供している。
 研究会のあるメンバーは「情報公開によって、病院側も見られているという意識が生まれ、(不適切な医療に対する)抑止力になっている」と話す。
 しかし、国や自治体の精神医療データの開示姿勢が変わったことで、これまで得られた情報が得られなくなる恐れがある。研究会によると、都が従来調べていた、病院で亡くなる人の割合を示す「死亡退院率」は調査項目から外れ、入院者に占める生活保護者の割合も分からなくなっているという。
 命を守るための情報の扉は再び閉ざされてしまうのだろうか。


情報公開法成立20年/4
三鷹事件 再審の壁 「証拠開示の徹底を」
2019年7月15日:毎日新聞

暴走した電車のわきで、検証作業をする人たち=東京都三鷹町(当時)で1949年7月

 眠っていた記録から新事実が掘り出されることがある。だが、記録にたどりつくためのハードルは高い。刑事事件で検察が収集し、裁判に出ないまま、長い時間が経過したものは、とりわけそうだ。
 戦後占領期の1949年、東京の国鉄三鷹駅構内で無人の電車が暴走し、6人が死亡した三鷹事件は今なお真相が不明なまま、15日で事件発生から70年を迎える。電車を発車させたとして、10人の被告のうちただ一人有罪判決を受けた竹内景助・元死刑囚は再審請求中の67年に45歳で獄死。長男が2011年に第2次再審請求を申し立て、東京高裁が再審を開くかどうかの決定を待っている。
 再審請求以来、弁護団には、長い歳月の壁に加え、検察に残された証拠を手に入れるための高い壁が立ちはだかった。60年以上前の判決の直接証拠は本人の自白だけ。弁護団は、公判で「単独犯行」「共同犯行」「無実」と変遷を繰り返した供述の信用性が低いことを主張するとともに、自白を補強する証拠にも疑問の目を向けた。
 その一つは事件当夜、発生と近い時刻に、現場近くで竹内元死刑囚を目撃したという男性の証言。戦後間もないころ、夜間に屋外に設置された電球の光で、人物の顔が本当に識別できたのだろうか--と考え、心理学の専門家に再現実験を依頼した。
 しかし、電灯の設置位置や電球の明るさは、入手できた記録からは分からなかった。三鷹電車区構内の門柱の高さを約1・8メートルと仮定し、電球は100ワットとみなして実験をした。その結果、「顔を識別できなかった」との鑑定書を提出した。
 後になって、検察側が提出した証拠の中から、電灯の設置された位置は高さ5メートルで、電球は60ワットだったことが判明。結果的には「実験の条件より、はるかに暗かったことが明らかになった」(弁護団)と主張できた。
 電灯を巡る問題以外にも、弁護団は証拠の不足に苦しんだという。主任弁護人の野嶋真人弁護士は「再審では、法律に検察の証拠開示についての規定がない。裁判所から開示するよう勧告が出て、ようやく出てくる。検察側が刑事裁判に出さなかった証拠は、裁判所にはその有無さえ分からないから、検察が『ない』と答えると先に進まなくなる」と話す。
 裁判に提出されなかった検察の「手持ち」証拠については、あるかないかは検察にしか分かりようがない。
 鹿児島県で40年前に発生し、最高裁が先月、再審開始を取り消した大崎事件でも同じことが言える。再審請求中に、弁護団が検察の持っている証拠を開示するよう求めたが、検察は「存在しない」などと回答。その後、裁判所が勧告したところ、ようやく新たに証拠のリストが出てきた。
 刑事裁判記録の取り扱いに詳しい福島至・龍谷大教授は「再審請求では証拠開示を徹底することが正義に沿う。裁判員裁判にならって証拠のリスト開示をするような刑事訴訟法改正が必要だ」と話している。【青島顕】

 ■ことば
三鷹事件
 下山、松川両事件と並ぶ占領下の旧国鉄三大事件の一つ。1949年7月15日午後9時20分ごろ、三鷹駅構内で無人電車が暴走して、南口の交番や建物に突っ込んだ。捜査当局は国鉄の人員整理に反対する共産党の組織的犯行と断定し、運転士ら10人を電車転覆致死の罪で起訴。1審は党員でなかった竹内元死刑囚に無期懲役を言い渡した一方、党員だった9人は無罪とした。竹内元死刑囚は2審で死刑判決を受け、最高裁で確定した。



情報公開法成立20年/5
公的記録少ない満蒙開拓
 市民活動が解明補う
2019年8月26日:毎日新聞

東京府拓務訓練所の跡地を訪れた「東京満蒙開拓団」の著者の一人、藤村妙子さん
=東京都日野市で7月19日

 1932(昭和7)年から推計約27万人が農業移民として中国東北部に送り出され、敗戦後の逃避行で約7万2000人の死者を出したとされる「満蒙開拓団」。寒村の救済策とのイメージでとらえられがちだが、東京発も全国9位の約1万1000人いた。
 どんな人たちが東京から渡ったのか、長らく実態が分からなかった。「東京府(都)の文書に開拓団の資料が残っていないからだ」。この問題に詳しい加藤聖文・国文学研究資料館准教授は解説する。「(開拓業務を所管した)拓務省がなくなると、戦後は外務省、農林水産省、厚生労働省などにばらばらに引き継がれ、文書が廃棄または所在不明になっていった。地方も同じような事情だったのだろう」
 例えば39年に作られた農業移民のための訓練施設「東京府拓務訓練所」(東京都日野市)と訓練を受けた人々について、公的にはどう記録されているのか。日野市郷土資料館で助言を受けた後、東京都公文書館(世田谷区)を訪ねると、いくつかの文書が見つかった。用地購入を巡る書類のほか、府(都)公報に設置や廃止の記載があった。それによると山林や畑を買収して開設。「訓練所規定」では、訓練生は定員100人で6カ月間、農業実習のほか、「皇道精神」や「農民道」を学び、教練や柔剣道をすることになっていた。訓練を受けた人々の姿が分かる公文書は見つからなかった。
 公文書からたどることに限りがある中で、東京発の開拓団の全体像をつかんだのは、東京都大田区でミニコミ誌「おおたジャーナル」を発行していた今井英男さん(2013年に死去)たちのグループだった。地元から開拓団が出ていたことに驚いて07年、調査を始めた。公文書館だけでなく、史料館、図書館などに通って新聞・雑誌の記述、民間の資料を収集したほか、生還者の証言を集めた。12年に書籍「東京満蒙開拓団」(ゆまに書房)にまとめた。
 この本を読むと、32年に恐慌による都市の生活困窮者が送り出されたのが始まりで、戦争が始まって職を失った中小の商工業者、最後は空襲で家を失った人々が集められたことが分かる。今井さんたちによると、東京府拓務訓練所は、ブラジルへの移民が頓挫して満州への大量移民が始まる時期に、初の府直営施設として誕生。移民送り出しに重要な役割を果たした。送られた人たちには、過酷な運命が待ち受けていたのだろう。
 後世に事実を受け継ぐことはできるのか。「東京満蒙開拓団」の著者の一人、藤村妙子さん(65)と7月、日野市程久保の訓練所跡地を訪ねた。多摩都市モノレールの駅から坂を上って30分近く。福祉施設や養護学校に変わっていた。施設職員らに訓練所跡について尋ねたが「何もない」「分からない」と言われた。藤村さんは「ここに来ても訓練所のことは分からない。過去にあったことの表示をすべきだ」と話した。
 藤村さんは、大陸に渡った人、亡くなった人たちの氏名が一部しか伝えられていないことも気にかける。「正確な歴史を伝えることが悲劇を繰り返さないようにすることだ」と話す。【青島顕】

 ■ことば
満蒙開拓団
 関東軍が1931年に満州事変を起こして作った中国東北部のかいらい国家「満州国」の支配を確立するため日本の国策で32~45年に送った農業移民団。敗戦後の逃避行で集団自決などがあったほか、残留孤児・婦人約1万1000人(推計)を出した。敗戦間際に軍に召集された人の多くは旧ソ連により抑留された。

情報公開法成立20年/6
重要な刑事裁判記録 高い閲覧のハードル
2019年9月23日:毎日新聞

広域防災基地の中の「小さな森」に立つ青木栄司さん=東京都立川市で2019年6月13日

 トウカエデやケヤキが植えられた三角形の土地にヘリコプターのホバリングの音がけたたましく響く。東京都立川市の米軍立川基地跡の一角だ。
 1970年代に基地が米国から返還された後、陸上自衛隊立川駐屯地や消防庁航空隊などから成る広域防災基地ができた。地元農民の青木市五郎さん(故人)はその中にあった自分の土地を国から返してもらい、小さな森を作った。市五郎さんの孫栄司さん(64)は「返ってきた土地だから、できる限りこのままにしたい」と話す。
 戦後、日本軍の飛行場を接収した米軍立川基地は、砂川町(現立川市)の農地を接収して拡張した。青木さんの土地もそうだ。さらに拡張する計画があり、反対する農民たちを支援する労働者や学生7人が57年、基地敷地に数メートル立ち入ったとして、日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反で起訴された。「砂川事件」と呼ばれる。
 2年後の59年3月、東京地裁は7人を無罪にした。伊達秋雄裁判長は、米軍の日本駐留は「憲法9条2項で禁止されている戦力の保持に該当し憲法上許されない」と判断し、日米両政府に大きな衝撃を与えた。東京地検は1審判決のわずか4日後に高裁を飛び越えて最高裁に上告。最高裁大法廷は1審判決の8カ月後の59年12月に1審判決を破棄、差し戻した。結局、7人はそれぞれ罰金2000円を言い渡されて確定した。
 最高裁判決までに日米両政府の介入があったのではないか――。そんな疑惑が2008年以降、研究者によって指摘されている。米国で公開された外交電報には、1審判決翌朝に駐日米国大使が日本の外相に会い、最高裁へ直接上告する方法があるとの意見を述べたことが判明。さらに、駐日米国大使がその後に最高裁長官と接触していたことも記録されていた。
 当時明治大の学生で、有罪判決を受けた土屋源太郎さん(84)=静岡市=たちは外務省などの公文書に符合するものが残っていないか情報公開請求したが、見つからなかった(外務省は後に、大使と外相の別の日の会談記録は開示)。次に、東京地検で裁判記録を閲覧しようとしたが、「ない」と言われた。問い合わせを重ねた結果、重要な裁判だとして保存される「刑事参考記録」として残っていることが判明。吉永満夫弁護士を代理人にして、布川玲子・山梨学院大教授(当時)らと閲覧を申請。2010年、1審と上告審の記録を閲覧できた。吉永弁護士によると、コピーに難色を示されたが、交渉すると写しを取れた。
 記録は約1万500ページ。吉永弁護士らが内容を分析している。1審記録のコピーは立川市中央図書館に寄贈され、誰でも見られるようになっている。
 一方で刑事参考記録を閲覧するハードルは高いとされ、吉永弁護士は、この件は研究者や当事者が求めたからだとみている。閲覧どころか、法務・検察当局は過去のどのような裁判が指定されているのか明らかにしていない。吉永弁護士は検察当局にリストの一部を開示するよう求めたが開示されず、国の情報公開・個人情報保護審査会に異議を申し立てた。審査会は12年、開示を認めなかったものの検察に対して「裁量権の適切な行使による開示に向けて、具体的範囲、方法等を更に検討していくことが期待される」と注文を付けた。昨年8月、法務省のプロジェクトチームがプライバシーなどに配慮した上で改めてリストを作成し、開示することも決めたが、まだ実現していない。
 吉永弁護士は「戦後の著名な刑事記録が残されているのか、どんな事件の記録が残っているのか、分かるようにすべきだ」と訴えている。【青島顕】


情報公開法成立20年/7
民間に残る刑事記録 朝鮮人虐殺実態伝える
2019年10月28日:毎日新聞

 刑事裁判の古い記録は国が保存していなかったり、閲覧が困難な場合がある。ところが意外な所に残って、歴史的事実の解明に役立つことがある。
 96年前の1923年9月に起きた関東大震災の直後、現在の東京都足立区柳原で多数の住民が朝鮮人8人を虐殺し、このうち住民11人が殺人罪に問われて裁判にかけられた。この事件の検事局・警察による被告の調書・聴取書の写しが現存する。マイクロフィルム374枚には筆文字で「鮮人ヲヤツケタ」「滅茶苦茶(めちゃくちゃ)ニ朝鮮人ヲ殴リマシタ」と生々しい加害行為の供述が残る。
 弁護人の塚崎直義が謄写業者に依頼して作り、東京弁護士会・第二東京弁護士会合同図書館に寄贈したものだ。藤野裕子・東京女子大准教授が発見し、著書「都市と暴動の民衆史 東京・1905―1923年」に記した。
 分析した藤野准教授によると、地震の後、朝鮮人が放火や殺人をしているといったデマが広がり、軍の活動がそれを裏打ちする形になった。荒川放水路に面した柳原地区の住民の一人は「朝鮮人が軍隊のために殺された」と聞き、信用したと述べた。発生3日目の9月3日夜、柳原の住民たちは日本刀や竹やりを持って朝鮮人9人の住む長屋を取り囲んだ。このうち逃げようと飛び出してきた7人を日本刀で刺したり、木刀で殴りつけたりして殺害。翌日も1人を殺害した(残る1人は行方不明)。「死体検案書」によると内臓が露出するほど切られた人もいたことが分かる。
 被告には在郷軍人ら自警団に加え、移り住んで間もない長屋住まいの人々も含まれており、藤野准教授は「朝鮮人が襲撃しに来るかもしれないという恐怖だけでなく、自らも朝鮮人に間違われ、殺されるかもしれないという二重の恐怖を抱えて」加わったとみる。
 被害者は「李順鳳」「李天鳳」だと証人が述べているが、残る7人は分からない。
 関東大震災では住民らによる朝鮮人・中国人虐殺があった。殺された人数は不明だが、国の中央防災会議専門調査会報告書は、震災の10万人以上の死者の「1~数%」、つまり1000人から数千人と記す。報告書はインターネットで読むことができる。【青島顕】


情報公開法成立20年/8
伊エルバ島 住民「代表」が守る町の記録
2019年11月25日:毎日新聞

エルバ島の公文書館を訪ねた加藤准教授(左)=10月、加藤さん提供

 日本近現代史の研究者である加藤聖文(きよふみ)・国文学研究資料館准教授(52)は先月、イタリアの地方で公文書管理の現場を見てきた。市民生活の近くに公文書があり、旅を通して日本との違いを痛感したという。
 訪れたのはイタリア半島の西側に浮かぶエルバ島。沖縄県の石垣島とほぼ同じ大きさの約220平方キロで、ナポレオンが追放されたことで知られる。人口約3万人の島内にある七つの町を公文書取り扱いの専門家であるアーキビストの女性が1人で巡回している。
 各町の役場が作成すべき文書、残すべき文書、公文書館に移すべき文書について職員に対し助言・監督をする。アーキビストが行政に果たす役割は法的に明確になっており、日本で起きたような「都合が悪くなったら捨てる」行為を防いでいる。
 アーキビストは町の公文書館の管理も担当するほか、住民向けの講演会を開き活動の説明をしているという。任期5年の公募制で、島民1人あたり年間100円程度の目的税を使って雇用している。加藤准教授は「島で1人のアーキビストが住民の代表として、市民の視点で行政をチェックしている。少額であるけれど、運営の財源をはっきりさせることで緊張感も生まれている」と感じたという。


 加藤准教授がエルバ島のほか、フィレンツェ郊外の町の公文書館を視察すると、政党の支部文書、退役軍人会の資料なども保管の対象となっており、日本の公文書館と比べて市民生活との結びつきの強さが感じられた。
 加藤准教授はこれまで歴史学や歴史記録の専門家として、日本各地の自治体で資料を収集してきた。人口減少時代を迎えた日本では今後、町や村の運営に住民が参加する機会が増えるとみる。「行政は人任せでは、たち行かなくなる。住民自身が予算の決め方をはじめとする行政活動を記録した文書を読み解く必要が出てくるのではないか」と考えている。
 日本の地方のあり方を考えるヒントを得るため、今年からイタリアのほか、北欧のアイスランドなど人口の少ない地域を回り、公文書の使われ方を視察している。【青島顕】



首相答弁の不自然さ際立つ前夜祭
 「桜を見る会」何が問題か 後編
2019年12月15日:毎日新聞

今年の「桜を見る会」であいさつする安倍晋三首相=コラージュ

 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」問題で、もう一つ大きなキーワードとなっているのが首相後援会が主催した「前夜祭」だ。野党はその会計について公職選挙法違反や政治資金収支報告書への不記載があるとして追及している。常識に照らして不自然なことが多いからだ。内閣府が介在する桜を見る会と違い、首相を直撃する疑惑でもある。桜を見る会の本質を解説するシリーズの後編は、前夜祭の何が問題なのかをおさらいする。【大場伸也/統合デジタル取材センター】

一流ホテルのパーティーが5000円で済むのか

ホテルニューオータニ=東京都千代田区紀尾井町で2018年2月28日午後1時6分、岩嶋悟撮影

 今年の前夜祭は桜を見る会の前日の4月12日、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)の「鶴の間」で開かれ、約800人が出席したとされる。2013年から開かれており、13、14、16年はANAインターコンチネンタルホテル東京(東京都港区)、15、17、18年はニューオータニで開かれた。
 出席者によると、ニューオータニで開かれた今年の前夜祭は立食形式のパーティーで、アルコールは飲み放題だった。料理は銀色のプレートに並んだオードブルや炒め物、パスタなど。開演前にはシャンソン歌手のケイ潤子さんが歌を披露し、ケイさんは毎日新聞の取材に「ノーギャラで5~6曲歌った」と話す。

「桜を見る会」や「前夜祭」を巡る問題について記者団の質問に答える安倍晋三首相
=首相官邸で2019年11月15日午後6時40分、川田雅浩撮影

 一流ホテルでの豪華なパーティ-だが、安倍首相は5000円の会費制だったと説明している。しかし、5000円で本当にここまでのサービスが受けられるのだろうか。安倍事務所が補塡(ほてん)したのではないか、との疑念が浮かぶ。野党が追及しているのもこの点だ。

有権者に利益を与えた公選法違反の可能性

 800人が来たとすれば総額は400万円となる。政治資金に詳しい上脇博之・神戸学院大教授(憲法学)は「ニューオータニのような一流ホテルであれば、数百万円の不足が出る可能性が高い。仮に不足分を首相側が補塡した場合、選挙区内の有権者に対する寄付行為を禁じた公職選挙法に抵触する可能性がある。プロ歌手の歌を聞かせることも寄付行為にあたる可能性がある」と指摘する。


 なぜ有権者に寄付してはいけないのか。それは、前編で触れたように「カネで民主主義がゆがめられてしまう」(松宮孝明・立命館大法科大学院教授)からだ。選挙の時、有権者は政党や候補者の主張を判断して自由な意思で投票しなければならないのに、候補者側から利益を与えられれば、投票が誘導される可能性がある。

収支報告書に不記載のナゾ

 補塡疑惑をさらに深めているのが、まず、政治資金収支報告書にこの前夜祭の記録がないことだ。
 政治家の後援会など政治団体がパーティーを開いた時は、集めた参加費と会場代や飲食代など支払った費用を政治資金収支報告書の収入・支出の欄に記入する。ところが、安倍首相の関連政治団体の報告書には、少なくとも現在確認できる15年以降、前夜祭の収入・支出の記載が見当たらない。
 この謎について首相はこれまで、国会答弁などでこう説明してきた。
 「会場入り口の受付で安倍事務所の職員が1人5000円を集金し、ホテル名義の領収書をその場で渡した。集金した全ての現金をその場でホテル側に渡すという形で、参加者からホテル側への支払いがなされた。安倍晋三後援会としての収入・支出は一切ないことから、政治資金収支報告書への記載は必要ない」

2015年の桜を見る会前夜祭の出席者が受け取った領収書。宛名が空欄で
発行者は「株式会社 ニュー・オータニ」となっている(画像の一部を加工しています)

「書きたくない理由があったとしか思えない」

 安倍事務所の職員は単に集金を手伝っただけだという理屈だ。その通りだとすると、安倍事務所は代金を支払う前にホテル側から領収書を受け取っていたことになる。一流ホテルがこんなずさんなことをするだろうか。仮にそうだったとしても疑問点は残る。前出の上脇教授はこう指摘する。
 「安倍事務所が後援会員に案内状を送り、前夜祭の参加者をとりまとめているので、少なくとも郵送代、印刷代、スタッフの旅費などをイベントの支出として書かないといけない」
 しかも、ほかの後援会イベントの収支は政治資金収支報告書に記されている。「前夜祭には何か収支を書きたくない理由があったとしか思えず、補塡などの疑念が出るのは当然だ」と上脇氏は話す。野党は「収支報告書に記載がないのは、公選法違反を隠す目的だったのではないか」などと追及している。

明細書をめぐる首相答弁は本当なのか

 さらに、前夜祭で提供されたサービスや価格が分かる明細書をホテルからもらっていない、と首相が言い続けていることも疑惑に輪をかけている。
 首相は11月20日、参院本会議で那谷屋正義議員(立憲)に前夜祭について質問され、こう答弁している。
 「13年以降、毎年、桜を見る会の前日に夕食会(前夜祭)を開催している。主催者は安倍晋三後援会であり、各種段取りについては、私の事務所の職員が会場であるホテル側と相談している。事務所に確認した結果、その過程において、ホテル側から明細書等の発行はなかったとのことだ」
 パーティーの主催者に対し、ホテルが明細書を出さないなどということが本当にあるのだろうか。
 ニューオータニは毎日新聞の取材に「一概には言えない」(広報担当者)と口を濁している。しかし、もう一つの会場だったANAインターコンチネンタルに「13年以降、明細書など料金の総額がわかる書類を主催者側に例外的に発行しないケースがあったか」と問い合わせたところ、広報担当者は「なかった」と明言した。この説明に基づけば、首相の国会答弁には疑問符がつく。

ANAインターコンチネンタル「必ず明細書は発行」

天皇陛下の「即位礼正殿の儀」に出席した外国元首らをもてなす安倍晋三首相夫妻主催の夕食会で
あいさつする安倍首相=東京都千代田区のホテルニューオータニで2019年10月23日、小川昌宏撮影

 ニューオータニもANAインターコンチネンタルも、前夜祭については「個別のお客様の情報についてはお答えできない」との立場だ。しかしANAインターコンチネンタルは取材に対し、通常の手続きについては具体的に説明している。
 「主催者には総額の明細書を発行し、領収書は必ずお客様に明細書を確認していただいた上で発行します。明細書の保存期間は7年間で、主催者に対して再発行は可能です」(広報推進担当)
 同ホテルによれば、こうした大規模なパーティーの場合、①ホテルが見積書を提示②主催者が見積金額を支払う③パーティーの後にホテルが明細書を提示④主催者が明細書を確認して見積金額との差額を精算⑤ホテルが領収書を発行――というのが一般的な流れだという。
 そして「政治家だからという理由でこれらの原則を変えることはありません」(広報推進担当)とも回答している。

ニューオータニも「明細書は7年間保存」

 また、野党の「桜を見る会」追及本部が12月10日、ニューオータニを訪れて聞き取りをしたところ、宴会担当者が一般論として「明細書や領収書は7年間保管しており、主催者から要請があれば再発行は可能」と話したという。追及本部の幹事を務める今井雅人衆院議員(無所属)が明らかにした。
 もし、問題がないことを証明したいのなら、ニューオータニから明細書や領収書を改めて発行してもらえば済む話だ。
 今井氏によれば、ニューオータニではパーティーの場合、前日午前までに人数を確定させているという。今井氏は「あれだけの大人数なら当日来られない人も出るだろう。首相の言う通りなら、当日その分を誰かが払わないといけない。本当にそんな運営をしていたのか」と、首相の説明に疑問を呈した。

不可解な「宛名のない領収書」

 さらに不可解なことがある。ニューオータニで開かれた15年と18年の前夜祭では、参加者が「株式会社 ニュー・オータニ」が発行者となっている宛名が書かれていない領収書を受け取っていたのだ。
 元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士はこう指摘する。
 「ニューオータニほどの一流ホテルが、宛名のない領収書を大量に発行するというのは本来あり得ない。領収書の発行者名が『株式会社 ニュー・オータニ』だったとすると、そもそもホテルのスタッフが現場で発行する正規の領収書だったのかどうかも分からない」
 宛名のない領収書は改ざんによる脱税などを招きかねない。ANAインターコンチネンタルは毎日新聞の取材に「宛名のない領収書を発行することはない」と断言している。

ニューオータニは即位の礼の夕食会を1億7200万円で受注

 実は、前夜祭が開かれたニューオータニの「鶴の間」は今年10月23日、天皇陛下の即位礼正殿の儀に関連して安倍首相夫妻が主催した夕食会の会場にもなった。予算は約1億7200万円で随意契約だった。高額の契約にもかかわらず、入札にしなかったことについて内閣府の皇位継承式典事務局は「当日、前日とも使用可能」「当日に別の大きなイベントがない」など4項目について調査し「すべてクリアしたホテルはニューオータニのみだった」と説明している。



「桜を見る会」を海外メディアが
「Cherry Blossom party」と名付け
一斉に批判!「身内優遇」
「安倍政権が組織ぐるみで情報隠蔽」
2019年12月17日:LITERA














The Washington post 公式サイトより

「桜を見る会」問題をめぐって、13日の講演で「国会では政策論争以外の話に多くの審議時間が割かれている」などと発言した安倍首相。国会でもまともに説明せず、文書を破棄し、強引に幕引きを図ろうとしているお前が言うなという話だ。年を越して、安倍政権は「桜を見る会などいつまでやっているのか」「重要法案が進まない」などと連呼することで、疑惑から逃げ切るつもりだろうが、そんなことを許したら、日本国民とメディアは完全に海外からバカにされるだろう。
 というのも、この「桜を見る会」をめぐる一連の問題は、すでに海外メディアも「Cherry Blossom party」などと呼んで報じており、“安倍首相による私物化”や“政権の隠蔽体質”を象徴する事件として、国際的に大きな注目を浴びているからだ。
 たとえば米紙ワシントンポストは11月27日、「日本の首相の奇妙な話、公文書と巨大シュレッダー」(The strange tale of Japan’s prime minister, official documents and a very large shredder)と題して報じた。記事冒頭から、これまで安倍政権が行ってきた数々の公文書の隠蔽を皮肉めいた調子で振り返っている。
〈物議を醸す公金を使った政府主催パーティの招待リストは? シュレッダーされた。
 首相官邸への来訪者リストは? シュレッダーされた。
 スーダンやイラクでの任務中に自衛隊が遭遇した危険を物語る日報は? 後に出てきたが、当初はシュレッダーされたとの話だった。
 安倍政権が倒れる恐れのあった森友学園スキャンダルをめぐる数々の重要文書は? ある文書は改ざんされ、ある文書はシュレッダーされた。〉
 さらにワシントンポストは、野党が「桜を見る会」に反社会勢力やマルチ商法の会長が招待されていると追及していることなどにも触れたうえで、米国や西側先進諸国と比較しながら安倍政権の隠蔽体質を指摘している。
〈米国では、大統領記録法で大統領が扱った全文書を歴史的記録として保管し、国立公文書館に届けなければならないと規定している。〉
〈日本は長い間、情報公開においてアメリカはじめ西側の民主主義国家に遅れをとってきたが、1999年には情報公開法が制定された。評論家たちが指摘しているように、問題は2012年に安倍氏が政権に返り咲いて以降、安倍政権がこの法律を組織ぐるみで破り、法律の条項を押し戻していることだ。〉
 ロイター通信は12月4日に「日本の首相がスキャンダルで文書をシュレッダーしたオペレーターが障害者であると説明し批判」(Japan PM slammed for revealing operator of document shredder in scandal was disabled)と報道。記事では、安倍首相が破棄したとする招待者リストを処分したのは障害者雇用職員だったと明かしたことにSNSで非難が殺到したことを伝えた。〈障害者を盾に使ったことで安倍を批判するコメントがある〉とTwitter上のコメントをとりあげ、相模原の障害者施設連続殺傷事件や政府の障害者雇用水増しの件と同様に障害者への態度を象徴しているという声や、安倍首相の発言は障害者はミスをするという偏見の現れであり人を差別して見下しているという声などを紹介している。
 また、米国の公共ラジオ局NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)では、共産党の田村智子参院議員が国会で「桜を見る会」問題を追及する場面を放送されたほか、同メディアのアンソニー・クーン特派員が、田村議員や複数の日米研究者のインタビューを交えて疑惑をレポートしている(12月4日「Japan's Cherry Blossom Party Grows Into A Political Scandal For Prime Minister」)。特派員は「これは、身内優遇との指摘と安倍政権ぐるみの隠蔽を含む大きなスキャンダルで、同様の問題はこの3年間で3度目にあたる」と語った。

ワシントンポストやロイターだけでなく、英BBC、仏AFP、独紙も

 英国のBBCも「えこひいき批判のなか、桜を見る会が中止」(Japan cancels cherry blossom party amid cronyism accusations)と題して報道(11月13日)。ガーディアン紙も「派手すぎるという抗議のあと、日本の首相が桜を見る会を中止に」(Japan's PM cancels cherry blossom party after outcry over florid spending」とのタイトルで記事にしている(11月14日)。floridは「華麗」「派手」「けばけばしい」のほかに「桜色」という意味があり、皮肉を込めてひっかけているのかもしれない。
 同じく英国のテレグラフ紙は11月20日に「安倍晋三は日本の歴代最長総理大臣となったが桜を見る会スキャンダルで泥沼にはまった」と伝えた。桂太郎を超える安倍氏の首相最長在位の節目は「桜を見る会」のスキャンダルで影が薄くなったとしたうえで、このように安倍政権を総括している。
〈第一次政権は2007年の1年で終わり、第二次政権は2012年に政権を奪還してから続いているが、その2度にわたる総理在位期間中、安倍氏はちょっとした“スキャンダル風化の専門家”になっている。第二次政権発足以降、安倍首相は6度の国政選挙で連立与党を勝利させたが、その長期政権の理由のひとつは野党がバラバラだからだ。そうしたなかで、えこひいきへの批判からデータ偽造問題、さらに9月の内閣改造で任用した大臣2人が最近、公選法違反で辞任したことに至るまで、安倍首相は一連のスキャンダルを生き延びてきた。〉
 フランスでもAFPが「桜で日本の首相のスキャンダルが満開に」(Cherry blossoms prompt full-blown scandal for Japan's PM)が報道(12月9日)。「桜を見る会」問題について〈不祥事企業の会長は過去に一度ゲストになったが、日本の悪名高いヤクザマフィア(反社会勢力)のメンバーが招待されたのは今年のことだ〉などと伝えつつ、安倍政権が倒れることはないだろうと専門家が予測していることに関して〈中道左派の民主党による2009年から2012年までの政権が悲惨なパフォーマンスにおわった後も有権者は不信感を持ち続けており、野党に対する幻滅の余韻から安倍は恩恵を受けている〉と書いている。ドイツではフランクフルターアルゲマイネ紙が、加計学園問題にも触れながら「腐敗した桜に非難」(Vorwurf der Kirschblütenkorruption)と題して報じている(11月13日)。
 欧米メディアに共通しているのは、「桜を見る会」が“身内びいき”と批判されていることをストレートに伝え、安倍政権にはこれまでも森友・加計問題など“身内びいき”の疑惑が浮上していたことに言及していることだ。データの隠蔽や改ざんなど公文書管理を問題視する報道も多く、政府が招待者リストを公開しないもの「桜を見る会」問題をごまかすためと見ている。また、「桜を見る会」問題に加え、閣僚の不祥事などスキャンダルが続出しながら長期政権を維持していることについては、決して有権者が積極的に安倍政権を支持しているわけではないとの分析が目立つ。
 いずれにしても、安倍首相は年内で「桜を見る会」問題への追及を強引に終わらせるつもりだが、国際社会はこのスキャンダルを“安倍政権で起こるべくして起きた”と捉えているはずだ。日本の国際的評価を地に堕としている安倍首相を、このまま総理の椅子に座らせておくことはできない。
(編集部)



桜を見る会の公文書
「捨てたからもう分からない」。
問題の“危うさ“どこにあるのか?
専門家に聞いた
争点の花咲く「桜を見る会」。
公文書問題に見る「国としての危うさ」とは
2019年12月15日:ハフィントンポスト
2019年の桜を見る会

臨時国会は12月9日に閉会し、桜を見る会の一連の問題は、解明が進まないままです。

「捨てたからもう、分からない」

これが、桜を見る会を巡る一連の問題のいまの状況です。
税金の使い方を検証するためには、その元となる資料が必要なのですが、公文書である行政文書が捨てられているため検証ができないのです。
桜を見る会の問題には数々の争点があります。

・「功績・功労」があるといった招待者の条件に合わないのに、安倍首相の後援会関係者を招待し、首相自身が招待に関与していたのではないかという疑い・安倍首相の後援会が開催していた、桜を見る会の前夜祭が公選法違反ではないかという疑い(公選法で、候補者や議員は、自身の選挙区の有権者に金銭や物を渡すなどしてはいけないことが定められている)
・不適切な人物が招待されていた可能性。マルチ商法で多くの被害者を出し経営破綻した「ジャパンライフ」元会長が2015年に「総理枠」とみられる60番で招待されていたのではないかという疑いや反社会的勢力が参加していた疑い
・安倍首相の妻昭恵氏と親しいとされる人が取締役を務めるケータリング会社が受注を請け負っている疑惑

こうした問題について、招待されている人たちは会の趣旨にあっているのか、ひいては税金の支出は正しく行われているのか、といった疑問点を検証するための資料の1つが招待者名簿でした。名簿は政府が作っているので、公文書です。ところが、公文書である行政文書が捨てられていると政府が主張しているため検証がすすみませんでした。

■名簿、請求当日にシュレッダー

桜を見る会をめぐる行政文書の取り扱いを時系列で振り返ってみましょう。

<招待者名簿めぐる動き>
2019年5月 9日        共産党の宮本徹衆院議員が資料請求
        9日午後 内閣府、当該資料をシュレッダーにかける
      21日      衆院財務金融委で宮本議員が質問。内閣府の井野靖久官房長(当時)は「資料は(保存期間)1年未満の文書と整理して、既に(桜を見る会の)開催が終わったので破棄した」と答弁
※電子データは5月7~9日の間に削除
※電子データのバックアップデータは外部媒体に、最大8週間保存されていた

内閣府が管理する招待名簿について、宮本議員が資料を請求した直後、内閣府がその招待名簿をシュレッダーにかけて廃棄していることがわかりました。さらに、新たに分かったのは、招待者名簿のバックアップデータが請求時点で存在していたことです。

■バックアップデータは公文書ではない? 
  
5月21日に衆院財務金融委員会で内閣府幹部が「すでに廃棄した」と答弁した時点では、名簿のバックアップデータは残っていたことを菅官房長官が12月4日に認めました。
菅氏はバックアップデータについて、「一般の職員が取り出せず、業者に頼まなければならない状況にあり、行政文書に該当しない」という認識を示しています。原本の紙の資料や電子データが廃棄された時点で、たとえ、業者が管理するバックアップデータの中にあっても、公文書とはみなされないという見解です。
一方、公文書管理委員会で委員を務めた三宅弘弁護士は、「バックアップデータは、行政文書だ」と反論します。「(政府は)業者が管理するバックアップデータは災害時に備えたものというが、災害時のみの利用に限定されるのか。資料要求に答えるためにバックアップデータが使えない理由はない」と話しています。
ある内閣府のOBは「国政調査権が発動されていないので、応じなくても法令違反にはならないが、政府が裁量で出すことはできる。それをしないというのは、政権に不都合だと忖度したのでは」とハフポストの取材に答えています。

■また消えた?公文書 

招待名簿は「1年未満」の保存に定められていました。
1年未満の保存期間で、思い出すのは、陸上自衛隊の日報問題や、森友学園に国有地を売却した際の交渉記録です。「1年未満」文書は、どんな行政文書が保管されているのかわかる管理簿にも登録されず、行政が自分たちの判断で廃棄できる余地があったのです。「不都合な」文書を1年未満にしてしまう「抜け穴」になっていると強い批判の声があがりました。
これを受け2017年12月、公文書管理委員会でガイドラインの見直しがありました。
それまでは、1年未満に廃棄するものは、それまで何が含まれているのか、何を該当させて良いのかという基準がなく、ブラックボックスでした。
改正により、保存期間表に何を入れるのかについて、項目が定められました。その項目が適切かどうかについては、担当部署が決めます。
ガイドライン改正の中で、「保存期間1年未満の文書はすべてなくすべき」という意見もありましたが、事務局は、「文書が膨大になる」として「1年未満」は残すものの「ごく軽微な文書に限定する」と説明していました。

■なぜ「1年未満」の保存期間?

行政文書は、規則でどれだけの期間保存するのかが決められています。行政文書を含む公文書は、情報公開請求できます。歴史を振り返ることができる重要な意義を持っています。
正しく税金が使われたかどうかを検証するために桜を見る会がどういうものだったのか知るためには、決算審議まで残しておくのが良さそうなものです。そもそも、1年未満と指定したのは適切なのでしょうか。
招待名簿がなぜ「1年未満の保存期間」に指定されているのかについて、専門家に聞いてみました。三宅弁護士は、以下のように話します。
そもそも1年未満であることに妥当性がありません。
普通に考えても、翌年の桜を見る会の招待者の参考に使う招待者情報を1年以上の保管にしていないのは妥当性を欠きます。
たとえ1年未満であっても、行政文書管理規則に基づき、国会議員の資料要求があった時点で、1年以上にしなければいけません。
少し難しくなるのですが、内閣府本府行政文書管理規則16条7項で、通常は1年未満の保存期間を設定する類型の行政文書であっても、重要又は異例な事項に関する情報を含む場合など、合理的な跡付けや検証に必要な行政文書については、1年以上の保存期間を設定すると定められています。議員の質問は「重要又は異例な事項に関する情報を含む」ために1年以上にしなければ法令違反となります。
一方、情報公開クリアリングハウスの理事長、三木由希子さんは、行政の「忖度」が働いていると指摘します。
わずか半年前のことでも検証できない文書の仕組みになってしまっています。
政治がらみの『のぞましくない記録』を扱う際に、現場が忖度してしまっているのではないでしょうか。不都合なことが出てくる可能性があるものは「1年未満」という枠に放りこんで消してしまっているのではないでしょうか。
NHKの報道によると、桜を見る会の行政文書が国立公文書館に残っていたことが確認されています。少なくとも1954年から1957年にかけての実施要領や予算などの文書が保存されていました。過去には保存され、今は保存されない。
この背景について、三木さんは、桜の会の意義自体が変質し、昨今は政治がらみの案件で臭いものがありそうなので蓋(ふた)をしようと行政側が判断し、公文書として残すどころか保存期間を1年未満としたのではないか、と推測しています。

■「国としての危うさ」

「桜を見る会」は、1952年から内閣総理大臣の主催で毎年行われている公的行事です。「各界において功績・功労のあった方々を招き、日頃の労苦を慰労するため」各界において活躍した人などを招待する場です。場内では食事や酒類が振る舞われ、全て税金が使われています。
参加者は安倍政権の過去5年で徐々に増え、2019年の招待者は1万5400人に、支出額も5500万円あまりに増えました。安倍首相は「招待者の選考基準があいまいで、結果として数が膨れ上がってしまった。大いに反省する」と述べました。来年はいったん中止し、招待基準の明確化を図り、全体的な見直しの検討をすることになりました。
歴史の証となる公文書の扱いについての姿勢は、そのまま国の体をなすと言えます。
ある財務省の官僚は「文書を改ざんした森友問題とはレベルが違うが、忖度する構造は同じで、国としての危うさを感じる」と語っています。

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