「調教」は教育ではない

「体罰」は暴力だ。たとえ親であっても、子どもへの暴力が許されると思うのは愚かな間違いだ。しつけは親子の誠実な向き合いによって行われるべきもので、親の気分の暴力で行われるものではないし、親が「しつけ」だと思っているものは、ただの「調教」でしかない。
30年ほど前にやくざの親分にこんな話を聞いた「口で言って分からない奴が、殴ったってわかるはずない…」、この親分は教育の要諦を心得ている。

【主張】
体罰の指針案 しつけの萎縮を招かぬか
2019年12月15日:産経新聞

 厚生労働省が、どんな行為が体罰にあたるのかしつけとの違いを示したガイドライン(指針)案をまとめた。体罰を禁じる改正児童虐待防止法などが来年4月に施行されるためだ。
 親のしつけに名を借りた虐待は許されない。だが、これがしつけの放棄につながれば、逆に子供の真っ当な成長が望めない。適切な指導まで萎縮しないよう、指針案のさらなる検討を求めたい。
 指針案は有識者検討会で大筋の了承を得たというが、しつけそのものを縛るものだと誤解されかねない。体罰の定義を「身体に何らかの苦痛または不快感を引き起こす行為(罰)は、どんなに軽いものでも体罰に該当し、法律で禁止される」などとしている。
 例えば「大切なものにいたずらをしたので長時間正座をさせた」「他人のものを盗んだので罰としてお尻をたたいた」「宿題をしなかったので夕ご飯を与えなかった」は体罰にあたる。
 悪さをしたらたたかれ、押し入れに入れられる。そうした「罰」は、多くの大人が経験してきたことだ。宿題はやって当たり前である。だめなことはだめだと、体験的に教えねば子供は分からない。会津藩では「ならぬことはならぬものです」と厳しく教えた。
 指針案は「体罰等によらない子育てのために」と題しているが、理想論に偏った感がある。子育ては、そんなきれい事ばかりではすまされない難しさがある。
 改正児童虐待防止法と改正児童福祉法では、親権者による体罰禁止が明記された。千葉県野田市の小学4年の女児が親の虐待を受け死亡した事件がきっかけだ。
 しつけを隠れみのにした暴力は断じて許されない。これを明確にし、痛ましい事件を起こさぬために、広く体罰を禁止する規定を設けたものだ。
 体罰としつけは、区別されるべきだろう。ただその線引きは難しい。「不快感」を与えぬ説教とはどういうものか。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く指針では健全な成長を妨げ、本末転倒とならないか。
 家庭でも学校でも、いじめをする子供にしつけも指導もできない現状が批判されている。規則を明確に決め、守れなければ厳しく対処する。あいまいに放置しないことが相互の愛情と信頼を生む。しつけや指導の重要性についても深く論議すべきではないか。


小島慶子「育児で追い詰められても、
愛の名の下に体罰を正当化しないで」
2019年12月14日:AERA

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
*  *  *
「愛のあるゲンコツならいい」「今では殴ってくれた親や先生に感謝している」。テレビの討論番組などで子どもの体罰の話になると、必ずこういう持論を展開する人がいます。

 来春施行の改正児童福祉法などに「体罰禁止」が明記されたことを受け、厚生労働省はこのほどどんな行為が体罰にあたるかを示すガイドライン案を示しました。その中で、「しつけのためだと親が思っても、身体に苦痛または不快感を引き起こす行為(罰)は、どんなに軽いものであっても体罰に該当し、法律で禁止される」と定義しています。具体例として「口で3回注意しても言うことを聞かないのでほおをたたく」「大切なものにいたずらをしたので、長時間正座させる」「宿題をしなかったので、夕ご飯を与えない」などをあげています。

 一方で、「道に飛び出しそうな子どもの手をつかむ」「他の子どもに暴力を振るうのを制止する」など、子どもを保護するための行動や、第三者に被害を及ぼすような行為の制止は、体罰には当たらないとしています。

 最近は、いわゆるブラック校則と言われる理不尽な校則の見直しや、運動会での危険な組み体操への批判、さらには教育虐待が問題視されるなど、大人が「良かれと思って」「子どもを鍛えるために」やっていることが、しつけや愛情ではなく暴力と認識されるようになってきました。「お前なんか産まなければよかった」などの暴言も、子どもの発達に重大な影響を与えると言われています。

 育児中に追い詰められて思わず手が出てしまい、暗い淵(ふち)をのぞいた経験のある親は少なくないでしょう。私も初めての育児では苦しい思いをしました。何が体罰かをはっきりと示すことは、親を加害者にしないためにも必要です。愛の名の下に暴力を正当化するような育児の「常識」は、親にとっても有害なのです。

※AERA 2019年12月16日号


怒鳴っただけで虐待として通報された…
 困惑する親たち
2019年12月15日:夕刊フジ

 「小2の息子を怒鳴っていたら通報された」。2019年11月3日、47才の母親の投書がある新聞に掲載された。
 わんぱくざかりの息子を叱ると、どうしても声が大きくなり、言葉も荒くなってしまうことがある。ある時、子ども家庭支援センターの職員が家を訪れる。「捕まるんじゃないか」「子供を連れていかれる」--母親はその時の心情をこう吐露していた。
 11月29日の法務省の発表によると、2018年の児童虐待関連の検挙人数は過去最多の1419人。ここ15年で約6倍に増えている。2020年4月には、全国的に児童虐待防止法が施行され、家庭内でのしつけの一環としての体罰が法で禁じられるようになる。
 東京・江東区で虐待防止・子育て支援情報の発信を行う一般社団法人ママリングス代表理事の落合香代子さんが言う。
 「親に怒鳴られたり暴力を振るわれることは、子供の脳機能や情緒の発達に悪影響を与えることがわかっています」
 児童虐待事件が頻発している背景からも、今、日本は“愛のムチ”と決別しようとしはじめている。

 ◆これも虐待に!? 親たちの衝撃体験

 広島県の会社員で2児の父であるAさんの体験。
 「寝室で寝転がって子供と遊んでいたら、誤って子供の頭に足が直撃してしまいました。それも、かなり勢いよく…翌日、急な嘔吐があり、妻が慌てて病院に連れて行った。私も仕事を早退して駆け付けましたが、虐待による暴力だと疑われ…到着から何時間経っても、子供に会わせてもらえませんでした」(Aさん)
 日本小児科学会によると、虐待による暴力で年間350人の子供が亡くなっているという。子供の骨折や急な体調不良の原因は虐待が多い。子供の安全を守るため、昨今の医療機関では、このような対応を取るところが少なくない。
 神奈川県の主婦・Bさんは、日々のしつけが虐待だとみなされ、児童相談所(以下、児相)に通報されてしまった1人だ。
 「息子は小学校低学年まではわがままで甘えん坊で、学校に行くのを嫌がって大変でした。1人で行きたくないと泣く息子を玄関まで引きずって放り出すように見送るのを毎朝していたら、ご近所の誰かに通報されてしまった。しばらくの間、定期的に児相の人が家に来るようになりました」(Bさん)
 Bさんの息子は、今では近所でも評判の明るくて優しいお兄ちゃん。隣人は「よく泣く子だと知っていたから、気にしたことはない。子供の泣き声が嫌いな人が通報したのでは」と話す。
 幼稚園や保育者向けセミナーなどを運営する「りんごの木」代表の保育者・柴田愛子さんは、「わがままで自己主張の強い子ほど、10才くらいになると、人の気持ちがわかる優しい子に育つ」と語る。
 「わがままを言うということは、自分の気持ちをよくわかっているということ。小さいうちは誰もが“自己中心”なので、しっかりわがままを言えるようになって初めて、他人の気持ちを推し量ることを学べるのです」
 分別のつかない幼少期に“わかれ”と言う方が無理ということだ。
 一方、大分県のCさん夫婦は、「たとえ子供がわがままを言っても、ほとんど叱ったことがない」と話す。
 「子供がわがままを言った時は、厳しく叱ることよりも、冷静に諭すことの方が多い。できるだけ怒鳴らず、『それはダメなんだよ』とだけ伝えて静観します。小さいうちは難しいかもしれませんが、“なぜ思い通りにならないのか”を自分で考えるきっかけになればと思う」(Cさん)
 ※女性セブン2020年1月1日号


「全国小中学生に整備方針」疑問
PC1人1台 現場負担増す
教員多忙「人員増が先」維持費膨大自治体持ち
2019年12月11日:東京新聞・こちら特報部

 政府は経済対策の一環で、全国の小中学生に1人1台のパソコンを整備する方針を決めた。IT教育の強化は重要なテーマとはいえ、現状でも過重な教員の負担がさらに増す上、一定額の支出を求められる自治体がどこまで取り組むかも不透明。そもそも今回の経済対策は「規模ありき」で、あれこれ詰め込んだ印象が否めない。税金の無駄遣いになる恐れはないか。             (片山夏子、榊原崇仁)

 「パソコンの操作は皆できるにとしても、、子どもたちに教えるとなったら年配の教員を中心に研修が必要になる。ただでさえ多忙で子どもたちになかなか向き合えていないのだから、4000億円あるなら教員を増やしてほしい」。東京都内の中学校の男性教諭(62)は怒りの声を上げた。
 政府は5日の臨時閣議で全国の小中学校に通う児童生徒が、2023年度までに学校で1人1台のパソコンを使える環境を整備する方針を決めた。13日の閣議で正式決定し、本年度補正予算案に約2300億円、総額4000億円を投じる予定。
 ただ、「学校のICT(情報通信技術)化は急務だ」(西村康稔経済再生担当相)という政府の考えをよそに、現場から聞こえてくるのは批判が多い。来年度から小学校5,6年生の英語が正式教科になるなるなど、負担は増している。働き方改革を唱える声こそ出ているものの、もともと多かった仕事量は減る気配はなく、以前と変わらないという。
 「また現場の声を聞かずに決められた。メンテナンスも修理も専門家の力が必要なのに、誰にやらせるつもりなのか。大半のパソコンが壊れたまま使い物にならないなんてことになりかねない」と小学校の男性教諭(58)。現状でも、パソコンの授業に専門家が来るのは月に1回程度だと打ち明ける。
 別の小学校の男性教諭(61)は「子どもや現場の実態を考えての施策とは思えない。延期になった大学入学共通テストの英語民間試験のように、また企業をもうけさせようとしているのではないかと勘繰ってしまう」と疑問を呈す。
 自治体にも負担を強いる。文部科学省によると、パソコンの購入費の一部とメンテナンス費用、修理代は自治体持ちになる。東京・多摩地区の小学校の女性教諭(58)は「予算が少ない自治体では、エアコンの設置が遅れたり、壊れたドアがそのままになっていたり、学校施設の整備が進んでいない。少人数学級や給食費の無償化、自治体間の教育格差を無くすなど、子どものためにやるべきことはたくさんあるのに、これ以上自治体に押し付けてどうするのか」と憤る。
 政府によるパソコン普及策は、これまでも思うようにいっていなかった。09年度に1000億円超を投じ、公立小中高校の児童生徒「3・6人に1台」を目標に掲げて導入を図ったが、年度末の段階で「6・8人に1台」。今年、3月時点でも「5・4人に1台」にとどまっている。
 ITジャーナリストの三上洋氏は「授業をするには、ネットワーク環境やソフトウエアなどを含めてパソコンの全般的な知識がいる。教員に授業をさせるなら、年単位の研修が必要だろう」と話した。

「規模ありき」の経済対策
09年度導入、前例「電子黒板」活用進まず
安倍政権の演出「桜隠し」が本質指摘

 パソコンは購入時だけでなく、それ以降も維持費用などがかかる。前出の三上氏は「メンテナンスや修理、基本ソフト(OS)の更新、セキュリティ対策やネットワーク管理などのために城通のシステム担当者が必要になり、先にそこまで考えておかないといけない。人件費は別にして、全国の学校で年間数百億円の管理費が必要になるだろう。国はそうした予算まで念頭に置いているのか」と主張する。
 悪しき前例がある。文部科学省が2009年度、補助金約18億円を自治体に出し、教育現場への導入を促した電子黒板だ。
 「大型モニターをタッチパネル方式で操作できる」のが売りだったが、会計検査院が計約7800台を導入した約6200の公立小中学校と特別支援学校の13年度の使用状況を調べたところ、映し出された図形や写真を拡大したり、専用のペンで直接書き込んだりといった「特有の機能」を全く活用していない学校が約1600校あった。検査院が教員に理由を尋ねると「操作方法が難解」「活用のイメージが持てない」「研修が不足している」といった答えが上位を占めた。
 「本当に必要なのか」と首をかしげたくなるのは、パソコンや電子黒板にとどまらず、今回の経済対策全体に対しても同じだ。
 経済対策では学校のパソコン整備のほか、「国土強靭化」を名目にした堤防の強化、マイナンバーカードの取得者が対象のポイント還元、自動ブレーキなどを備えた「安全運転サポート車」の購入支援、ラグビーができるスポーツ施設の整備などが盛り込まれた。「あれもこれも」の印象は拭えず、野党からは「衆院解散・総選挙をにらんだバラマキだ」(立憲民主党の逢坂誠二政調会長)の声も上がった。
 国と地方を合わせた支出額は13兆2000億円に上り、国の分は7兆6000億円。そのうち4兆3000億円は本年度の一般会計補正予算案に計上する方針。千葉商科大の田中信一郎准教授(政治学)は「1年近くかけて中味が議論される当初予算と違い、短期で成立する補正予算はチェックが緩い。その時々に合った財政支出を素早く行うためとはいえ、政権側が緩さに目を付け、支持層が喜ぶ政策を紛れ込ませる例が少なくない」と語る。
 田中氏は、安倍晋三首相がパソコン整備の実現に意欲を見せたのが、先月13日の経済財政諮問会議だった点にも注意が必要だとする。「政権の中枢にいる政治家とそれを応援する経済界の代表が委員を務める会議。彼らが望む政策に道筋をつける場になりがちだ」
 一方、経済対策が13兆2000億円という大きな規模になったことに、経済ジャーナリストの町田徹氏は「本年度の残り3カ月の補正予算を足す『15カ月予算』として、数字を大きく見せかけているだけ」と切り捨てる。見かけ上の「やっている感」を演出するのは、あの件があるからだという。
 「安倍政権の支持率をジリジリと下げているのが『桜を見る会』の問題。そこから目をそらすため、『お化粧』した数字を前面に押し出す経済対策を掲げているのではないか。『桜隠し』が今回の対策の本質だ」
 さらに町田氏は「例えば『国土強靭化』を名目にした公共投資を積極的にやろうとしても、今は建設現場での人手不足が顕著。そんな状況で何か工事をやろうとして、労働者が集まるのか。工事自体ができるのか分からない」と述べ、経済対策の効果も疑わしいとの見方を示した。

デスクメモ
 現場のことを知らない人間が集まり、机上の空論を振りかざして物事を決めるとどうなるか。結果として実態に合わず、かかった費用が無駄になる。それだけでなく、時には最初からプランを練り直す必要が出てくる。自分や周りにいる人間の考えが全てではないと理解すべきだろう。      (千)



英語民間試験活用、下村博文氏が口火
 「強い圧力」証言
2019年12月16日:朝日新聞

 2020年度から始まる大学入学共通テストで、急きょ活用が見送られた英語民間試験。導入が決まった経緯をさかのぼると、6年以上前に首相官邸で開かれた会議にたどりつく。
 「使える英語力を高めるため、大学入試でのTOEFLなどの活用も飛躍的に拡大したい」
 始まりは、下村博文・文部科学相(当時)の発言だった。13年3月、官邸で開かれた産業競争力会議。議事録によると、司会役の甘利明・経済再生担当相(同)から指名された下村氏は「産業界・教育界が一丸となることが重要」とした上で、民間試験の活用を力説した。政府の成長戦略をまとめるための同会議は経済界出身のメンバーが多く、楽天会長の三木谷浩史氏も別の回に「日本の英語レベルは低すぎる」と発言。ほかの出席者も「日本人の英語力はアジアの中で見ても残念ながら最低水準」などと述べた。
 人口減少が進むなか、世界で活躍する「グローバル人材」を育てて競争力を上げねばならない――。この危機感は民主党政権時も強かったが、「民間活用」で次世代の英語力を養うとの考えが、安倍政権で具体化した。
 下村氏の発言と歩調を合わせるように、自民党教育再生実行本部も13年4月、TOEFLなどを大学入試にさらに活用することを提言。安倍晋三首相が設けた教育再生実行会議も13年10月、センター試験に代わる新テスト導入と「外部検定試験の活用検討」を政府に求めた。ここでセンター試験の後継テストと民間試験活用はセットになる。
 「読む・聞く」の2技能しか測れないセンター試験の英語を変えることで、「話す・書く」を含めた4技能を高める。即戦力を求める産業界の要請に政治が応える形で、民間試験の活用は大学入試改革の目玉の一つに位置づけられた。
 その後、文科省の有識者会議の議論を経て、20年度から始まる共通テストで民間試験を使う方針が17年7月に公表された。

「民間活用、4技能という圧力強かった」

 導入の経緯を知る元文科省幹部は、下村氏が自民党の部会などで、「これからの日本のことを考えると、今回は英語4技能を断固やらなければいけない」といった趣旨の主張をしていたことを覚えている。「民間を活用しろ、断固4技能にするんだ、という圧力は非常に強かった。日本は危機にあるから時間をかけている場合ではないという強迫観念があった」と振り返る。
 一方、下村氏は先月末、民間試験の活用見送りを受けて日本記者クラブで記者会見に応じた。政治主導による「民間活用」との指摘に対し、「強権的な政治家が『決めたからもう一切変えるな』みたいなレベルの話ではない」と否定。地理的・経済的格差などの課題を解決できなかった「現場のやり方の問題」と主張した。
 約50万人がいっせいに受ける共通テストでの民間試験の活用には、さまざまな問題点が指摘されてきた。どのように導入が決まり、なぜ課題を解決できずに見送りになったのか。政府関係者への取材や朝日新聞が入手した非公開の有識者会議の議事概要などから検証する。(根岸拓朗、増谷文生、編集委員・氏岡真弓)


英語民間試験「政治の意向で」
 受験料や格差に対策なく
2019年12月16日:朝日新聞

 センター試験に代わる後継テストは、文部科学省の三つの有識者会議で話し合われた。しかし、英語の民間試験の是非について議論は深まらず、官邸と自民党による大方針が追認される結果になった。
 一つ目の中央教育審議会は、2012年から14年まで計21回開かれた。議事録によると、民間試験の是非を集中的に話した回はない。14年10月の最終回で「4技能を総合的に評価できる問題の出題や、民間試験の活用でバランスよく評価する」などとする答申案を了承。後継テストを始める時期は20年度とされ、文科省内では東京五輪開催に合わせた入試改革の「ターゲットイヤー」と呼ばれた。文科省幹部は「20年に間に合わないと言っても、政治の意向で無理が押し通された」と証言する。
 その後、「高大接続システム改革会議」で14回の会議が開かれたが、主な論点は記述式問題の導入だった。副座長だった片峰茂・長崎大学長(当時)は「英語の議論はほとんどなかった」と話す。記述式は、思考力や表現力を問う狙いで浮上。マークシート式の試験を変えるもう一つの改革のシンボルだった。

高額受験料などの問題、議論されず

 15年10月、教育団体からの聞き取りで「民間試験は受検料が高額」(全国高校長協会)、「経済的困難家庭にとっては非常に負担」(全国高校PTA連合会)との意見が出た。それでも解決策は話し合われないまま、文科省は16年3月の最終報告で、「民間試験の知見の積極的な活用の在り方なども含め検討する」とまとめた。
 その後の議論は非公開で進む。朝日新聞が入手した「検討・準備グループ」(主査=岡本和夫・大学改革支援・学位授与機構理事《当時》)の議事概要などによると、16年5月19日の初回、英語に関して三つの案が示された。「A(大学入試)センター単独実施」「B民間委託」「C資格検定活用」。A案には「約55万人の受験生を対象とした実施場所や機材の確保が困難」「センターに『話す・書く』の作問・実施・採点の知見がない」とあった。B案は、センターが仕様を示して試験団体にテストを委託するとの想定だった。
 文科省5階の会議室に集まった委員7人は私立大学長や県教育長、公立高校長らで英語教育の専門家はいなかった。委員の一人が切り出した。「英語の評価結果は日本の中だけではなく、世界的に通用するものであった方がよい。C案がよいと思う」。別の委員が「大賛成である」と応じた。
 C案には「異なる試験を比較可能とする仕組み」「受験料が高額になる可能性」「離島・へき地等の受験生への配慮」など後に批判を招くことになる課題も列挙されていた。だが、その日、民間活用そのものへの反対意見はなかった。
 3カ月後の16年8月31日、文科省は議論の途中経過を公表。その中で「民間の資格・検定試験を積極的に活用する必要」との方針を打ち出した。委員の一人はふり返る。「C案でできると信じていた。単なる入試改革ではなく教育改革だと考えていた」。もう一人は言う。「経済・地域格差などの問題を指摘したが、最後まで具体的な対策が取られなかったことが残念だ」。しかし、こう話す有識者もいる。「いつどう決まったかわからない」
 当時の委員の一人は「A案の実現性は乏しかった。すでに大学の個別試験で民間試験を使っており、C案を支持する意見が強かった」。別の元委員は「それまでの会議で民間の活用を積極的に検討すると書かれていた。それを否定してゼロから議論するわけにはいかなかった」と語った。(矢島大輔、根岸拓朗、編集委員・氏岡真弓)

大臣が失言、抗議活動へ

 文科省が民間試験の活用を正式に発表したのは17年7月。大学入試センターは18年3月、8種類の民間試験を共通テストで使うと認めた。だが、この時点で制度の具体的な検討は進んでいなかった。成績を活用できる試験が始まる20年4月に向けて細部を詰め始めると、文科省やセンターと、試験団体の間に様々なあつれきが生じた。
 文科省は18年8月、採点ミスやトラブルについて、試験団体が責任を負うとの考えを公表した。ある団体の担当者は「国が業者に丸投げして、責任まで持たせようとするのはおかしい」と憤った。
 また、試験会場をめぐっても混乱した。文科省は当初、各地の高校も会場に認める考えだったが、調整がつかず、日程や会場の公表が進まなかった。団体には、受験生1人あたり200円(1回分)の「負担金」の支払いも求めた。団体側からは「最初から負担金を示されたら、手を挙げなかった」「赤字を背負ってまでやれない」といった声が漏れ、センターが全団体と協定書を結び終えたのは今年9月だった。
 そこに大臣の「失言」も相次ぐ。8月、柴山昌彦文科相(当時)は、ツイッターに「(民間試験活用に)サイレントマジョリティは賛成です」と書いた。ネットなどで批判が強まり、文科省前で抗議活動が始まった。10月には後任の萩生田光一氏が「身の丈に合わせてがんばって」と発言、撤回に追い込まれた。政権批判が強まるのを恐れた官邸の意向に沿って、土壇場での活用見送りが決まった。
 柴山氏は取材に「本当に見送りが必要だったか、十分納得できていない」とした上で、「教育行政の信頼にどのような影響をもたらすのか、正直言って心配している」と語った。(宮坂麻子、宮崎亮、増谷文生)

編集委員・氏岡真弓の視点

 英語民間試験の大学入学共通テストでの活用が決まった経緯をふり返ると、受験生を置き去りにしたまま進んだことがわかる。政治と行政の無責任さが際立つ。
 今回の民間活用の出発点は大学ではなく政治だった。しかも下り坂の日本の競争力を押し上げるための人材育成という経済政策だった。そこには入試改革で英語力が伸びるのか、どのくらいの予算と時間がかかるのかという議論は乏しかった。
 政治の示した方向性に対し、行政の役割は課題を検討して解決策を探ることのはずだが、それも発揮されなかった。検討にかかわった有識者からさえ、「いつどう決まったかわからない」という声があがるなど、政策決定の不透明さも浮かび上がった。
 方針決定後も経済、地域格差の打開策が不十分で、いつどこで受験できるか、大学がどう利用するかがわからないまま時は過ぎた。政治主導で始まった改革案は民間試験への申し込みが始まった後、再び政治の都合で唐突にブレーキがかけられた。
 受験生を翻弄(ほんろう)した責任は誰もとっていない。反省と検証がなければ、24年度に向けて検討する新制度でも同じ失敗が繰り返されかねない。


都内自治体、小学低学年の五輪観戦
見送り相次ぐ 熱中症、安全面考慮し
2019年12月13日:毎日新聞

東京五輪の主会場となる新国立競技場(東京都新宿区)
=2019年11月5日午後0時7分、本社ヘリから尾籠章裕撮影

 2020年東京五輪・パラリンピックを巡り、東京都内の子供たちに観戦機会の提供を計画している都教育委員会は13日、5月時点での観戦予定者が約81万人(私学は除く)だったと明らかにした。昨年11月時点では最大で約91万人と見込んでいたが、多摩地域や島しょ部を中心に、小学校低学年の参加を見送る自治体が相次いだ。
 東村山市は地元の小学校長会と協議した結果、小学1~4年の観戦を市内一律で見合わせることにした。低学年の児童は熱中症のリスクが高いことに加え、都心の競技会場まで足を運ぶには何度も鉄道の乗り換えが必要となるケースも想定されるためだ。市教委は「せっかくの機会なので見せてあげたい気持ちはあるが、子供たちの安全を最優先して判断した」と説明する。
 都教委の資料では、これ以外にも、板橋区や小平市、稲城市などが、小1~小4の観戦予定数を0人と回答。西東京市や大島町などは小3まで、武蔵野市や国立市などは小2までを0人としている。一方、五輪会場が集まる特別区では、小中学生はほぼ全員が観戦する自治体が多い。
 都教委の担当者は「不参加の理由までは確認していないが、会場まで移動する際の安全面を考慮した自治体もあるかもしれない」と話す。【大久保昂】


出生90万人割れへ
 少子化対策の総点検必要
2019年12月13日:毎日新聞

 2019年生まれの子どもの数が、90万人を下回る見通しとなった。1899年の出生数の統計調査開始以来、初めてのことだ。
 出産に適した年齢の女性の人数自体がすでに減っており、出生数の低下は長期的なトレンドだ。しかし、90万人割れは国の推計より2年早いペースだ。昨年は92万人弱だった。今年1~9月の前年比5・6%減というペースが続けば、87万人を下回る可能性もある。
 政府は、少子化に歯止めをかけられていない現状をより深刻に受け止めるべきだ。
 子どもを持つかどうかは個人の自由で、国が押しつけるものではない。しかし、望んでも結婚や出産をできない現状がある。政府は、希望通りになった場合の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数に相当)を1・8と見込み25年度の実現を目指すが、18年は1・42にとどまる。
 厚生労働省の調査で、理想の数の子どもを持たない理由の最多は「子育てや教育にお金がかかりすぎる」だ。10月から幼児教育・保育無償化がスタートしたが、大学などの無償化は低所得世帯にとどまる。
 2番目の理由としては、働く女性の増加で晩婚化が進む中、高齢出産へのためらいがある。政府が女性活躍を推進する一方で、20代で結婚・出産してもキャリアを積めるような働き方が見えていない。
 他にも、核家族化で子どもの祖父母の支援を受けづらいことや、子育てをしにくい社会だという親の意識など、幅広い要因がある。
 子育ての負担ばかりが目につき、安心して子どもを育てられる環境があるとは実感できないのだろう。
 少子化は東アジア諸国に共通した課題だ。働き手や社会保障の支え手が減り、社会の活力やセーフティーネットが弱まりかねない。想定以上に少子化が進めば、さらなる社会保障サービスの削減や負担増も浮上してくるだろう。
 少子化社会対策大綱は年度末に向け、5年ごとの見直しが進んでいる。施策を総点検し、税制面での優遇を含めた経済的支援の拡充や働き方改
革による男性の育児参加の促進、正規雇用による収入の安定などが必要だ。財源の確保も欠かせない。


SDGs/UNDP
4.質の高い教育をみんなに
すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する

 
ターゲット
4.1
2030年までに、全ての子供が男女の区別なく、適切かつ効果的な学習成果をもたらす、無償かつ公正で質の高い初等教育及び中等教育を修了できるようにする。
4.2
2030年までに、全ての子供が男女の区別なく、質の高い乳幼児の発達・ケア及び就学前教育にアクセスすることにより、初等教育を受ける準備が整うようにする。
4.3
2030年までに、全ての人々が男女の区別なく、手の届く質の高い技術教育・職業教育及び大学を含む高等教育への平等なアクセスを得られるようにする。
4.4
2030年までに、技術的・職業的スキルなど、雇用、働きがいのある人間らしい仕事及び起業に必要な技能を備えた若者と成人の割合を大幅に増加させる。
4.5
2030年までに、教育におけるジェンダー格差を無くし、障害者、先住民及び脆弱な立場にある子供など、脆弱層があらゆるレベルの教育や職業訓練に平等にアクセスできるようにする。
4.6
2030年までに、全ての若者及び大多数(男女ともに)の成人が、読み書き能力及び基本的計算能力を身に付けられるようにする。
4.7
2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。
4.a
子供、障害及びジェンダーに配慮した教育施設を構築・改良し、全ての人々に安全で非暴力的、包摂的、効果的な学習環境を提供できるようにする。
4.b
2020年までに、開発途上国、特に後発開発途上国及び小島嶼開発途上国、並びにアフリカ諸国を対象とした、職業訓練、情報通信技術(ICT)、技術・工学・科学プログラムなど、先進国及びその他の開発途上国における高等教育の奨学金の件数を全世界で大幅に増加させる。
4.c
2030年までに、開発途上国、特に後発開発途上国及び小島嶼開発途上国における教員研修のための国際協力などを通じて、質の高い教員の数を大幅に増加させる。

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