ABEくんは「構造的責任」を果たせ

どうにもこの国の“脆弱性”が露わになるようなことが続いている。拙ブログでは何度も、何度も記しているが、その淵源はお下劣な安倍晋三という人間が長く首相の座にいることに由来する。首相としてここの不正に直接に関わっていなくても、「構造的責任」というものが彼にはある。しかし、彼は責任はあっても、責任を果たすことはしない。口先では「丁寧に説明する」とかと言いながら、今まで、その言葉を実効たらしめたことはない。国民に対するその傲慢さは首相になってから一貫し、変わるところがない。
前にも書いたが、改めて「安倍が辞めるか、この国が亡ぶか」が現実になりつつある。


首相にヤジで排除された男性、
警察官を刑事告訴
 「黙っていれば言論萎縮進む」
2019年12月3日:毎日新聞

 安倍晋三首相が札幌市で街頭演説した際、ヤジを飛ばした市民を北海道警の警察官が排除した問題で、排除された市内に住むソーシャルワーカー、大杉雅栄さん(31)が3日、警察官の行為が特別公務員職権乱用罪などにあたるとして、関係した警察官を札幌地検に刑事告訴した。
 また、実力を伴った排除で表現の自由を妨げられ、肉体的・精神的苦痛を被ったとして、管理者の道に330万円の支払いを求める訴訟を札幌地裁に同日起こした。
 弁護団によると、参院選期間中の7月15日、安倍首相がJR札幌駅前で行った街頭演説で、大杉さんが「安倍辞めろ」などとヤジを飛ばしたところ、4回にわたって複数の警察官に体を取り押さえられるなどした。
 排除された聴衆は少なくとも9人に上るという。大杉さんは「黙っていれば、言論の萎縮が進んでしまう。自分一人の問題ではない」と訴えた。【山下智恵】

道警ヤジ排除問題

 参院選の選挙運動期間中の7月15日、JR札幌駅(札幌市)前などで街頭演説していた安倍晋三首相に「やめろ」「増税反対」などと叫んだ男女を、道警の警察官数人が取り囲んで肩をつかむなどして強制的に排除し、その後も追いかけるなどした。
 年金政策を批判するプラカードを掲げようとした市民も、警察官とみられる複数の人に取り囲まれて付きまとわれるなど、少なくとも同市内で9人に対する排除・妨害行為を弁護団が確認している。
 これらの行為について、道弁護士会連合会は「ヤジを飛ばした聴衆を排除することに法的根拠はない」と批判し、「経緯を調査して結果の公表を道警に求める」との声明を発表。当事者と支援者らは抗議デモを札幌市内で行った。専門家も「過剰警備と感じる」など問題視する。
 これに対し、道警は「トラブル防止の観点からの措置」と説明。法的根拠など詳細については、東京都の男性から札幌地検に告発状が出されたことから、「捜査に支障がある」として明らかにしていない。



徴用工問題で日本の元外務官僚が
「韓国に100%の理、日本に100%の非」
「日韓対立は安倍政権に全責任」と
断言する理由
2019年12月5日:LITERA

 安倍首相が15日からのインド・中国歴訪で、約1年3カ月ぶりに日韓首脳会談を行う方向で調整していることが明らかになった。今度こそ、トップ同士がきちんと話し合いをして、関係を改善してもらいたいが、しかし、和解を求める韓国とは対照的に、安倍首相が「徴用工判決」問題を棚上げして、輸出規制を解除する公算は極めて低いと言わざるを得ない。
 韓国がGSOMIA破棄を中止にした際も、日本は米国の圧力で話し合いのテーブルにはついたものの、結局、安倍首相が「一切の妥協はしない」という姿勢を変えず、表向き「韓国側がWTOへの提訴中止し、日本側が担当省庁局長級対話の再開に応じる」という合意だけで終わった。
 この背景には、先の戦争を正当化することを何よりも優先する安倍首相の強固な歴史修正主義がある。安倍首相はもともと「徴用工」を戦争犯罪とは捉えておらず、だからこそ「徴用工問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みであり、韓国最高裁判決は国際法違反」という主張を繰り返しているのだ。
 しかも、問題なの日本のメディアや世論がこの安倍首相の姿勢を追従していることだ。安倍政権が対韓強硬外交に踏み切って以降、日本製品の不買運動拡大や訪日韓国人観光客激減で経済的損失を招く事態に陥っている。
 普通なら「国益毀損の経済音痴」「国賊紛いのダメ首相」といった批判が噴出しても不思議ではないが、まったくそんな声は聞こえてこない。「国際法違反状態の韓国に毅然とした姿勢を貫く安倍政権」という官邸発信のフェイクニュース(大本営発表)を大メディアが受け売り、大半の国民が鵜呑みにする状態が罷り通っている。
 しかし、そんな情報統制状態の中、「韓国には100%の理があり、日本には100%の非がある」「日韓関係悪化の全責任は安倍政権にある」と批判をしている元外務官僚がいる。外務省条約局国際協定課長、アジア局中国課長、イギリス国際戦略研究所研究員などを歴任した浅井基文氏だ。
 浅井氏は「日韓関係を破壊する安倍政権」と銘打った9月10日の緊急講演会(主催は重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京、村山談話を継承し発展させる会)で、いまだにテレビや大新聞がほとんど報じない「国際人権規約」(日本は1979年に批准)の存在を紹介、安倍首相の詐欺的手口をこう暴露した。
「(韓国を国際法違反状態と見なす)安倍政権の最大の論拠は『過去の個人の請求権、過去の朝鮮の人たちの日本に対する請求権は1965年の日韓請求権交渉で全て解決済み』というところにある。その主張が正しいのかどうかをまずはっきり踏まえないといけない。
 私も外務省で25年間飯を食ったこともあり、アジア局や条約局勤務が合計で9年間あったので、『過去の請求権問題は1965年の請求権協定で全て解決済』としてきた日本政府の主張は理解している。
 しかし国際人権法が確立することによって崩れたことを申し上げたい。もっと具体的に国際人権規約Bがあります。ここに加盟(署名)したのが1978年なのだが、私は1978年に条約局の国際協定課長という立場で、国際人権規約の国会承認を事務方の先頭に立っていたものだから、非常に愛着もあるが、今回の日韓問題を議論する時に誰もこの国際人権規約のことを言わない。これが私は非常におかしいと思う。国際人権規約は条約であり、憲法上も『条約は国内法に優先する』というふうになっている」

日韓請求権協定から14年後の国際人権規約批准で
「解決済み」の結論は崩れている

講演する浅井基文氏(撮影・横田 一)

 その詐欺的手口を見破るカギは、安倍首相が戸黄門の印籠のように突きつける「1965年の日韓請求権協定」締結から14年後の1979年、国際人権規約が国会承認(批准)された歴史的事実に注目することだ。安倍首相は1978年以前なら通用したカビの生えた主張を、国際人権規約批准で崩れ去ったのにもかかわらず、正論であるかのように訴えて続けているということだ。
 このことを浅井氏はレジュメを使って説明していった。まず国際人権B規約の第2条3項には「この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること」を義務づけるとあると指摘、「この規約において認められる権利又は自由を侵害された者」の「権利」や「自由」こそ、徴用工や従軍慰安婦に該当するとも指摘した。
 たしかに第7条には「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない」と書いてあり、また第8条には「何人も、奴隷の状態に置かれない。あらゆる形態の奴隷制度及び奴隷取引は、禁止する」(1項)、「何人も、隷属状態に置かれない」(2項)、「何人も、強制労働に服することを要求されない」(3項a)とあり、従軍慰安婦や徴用工に当たることが分かる。浅井氏はこう結論づけた。
「元従軍慰安婦の方々、徴用工の方々は日本国によって『効果的な救済措置』を講じるように要求する権利があることが明確にいえるのです」「まさに国際人権規約をはじめとする国際人権法ができてから、各国は過去の国が行った行為について謝罪し、補償をするということが行われるようになった。そういうことを考えると、やはり日本も従軍慰安婦や徴用工の皆さんに対して謝罪し、補償しなければいけないということが当然のこととして言えるのです」
 しかも外務省は、1991年8月27日の参議院予算委員会で「個人の請求権自体は消滅することはない」と答弁していた。その内容は、国が放棄したのは「国家の外交保護権」であり、「国と国との間でやりとりをする権利については放棄した」ということであって、「個人の請求権自体はそういう協定によっても消滅することはない」と結論づけるものだった。浅井氏は当時を「私が外務省にいた頃は(個人請求権が消滅しないことは)外務省の中で議論されてもいないことだった」と振り返った上で、今回の元徴用工裁判における韓国大法院(最高裁判所)判決を次のように全面的に支持した。
「それ(韓国大法院判決)は1991年の外務省の国会答弁から言っても、非常に正しいこと、抗弁できないことであって、認めなければいけないとことなのです」
 続いて浅井氏は、安倍政権(首相)が1991年の政府(外務省)答弁がまるでなかったかのように振る舞うことのおかしさも指摘した。
「非常におかしいことは、1991年に政府答弁をしているにもかかわらず、今回の問題が起きてからは、安倍政権はすっかりとだんまりを決め込んでいることが私は最も不誠実であり、許されないことだと思う。この点をしっかりと認識をすれば、韓国大法院の決定に対して日本政府が『1965年の日韓請求権協定で解決済だからおかしい』というのが、そもそもおかしいことになる」「国際人権規約の関連条項が、(それ以前の)『国が個人に代わって請求権を放棄できる』という伝統的な考え方をひっくり返したことが大きなポイントなのです。それなのに国際人権規約がどこかに行ってしまった。みんな『人権が大事だ』と言いながら国際人権規約があること自体をすっかり忘れていることは非常に遺憾なことだと思う」
 そして浅井氏は安倍政権の対韓強硬外交をこう一刀両断にした。
「韓国に対して居丈高に振る舞うことはいかなる理由でも許されない。『韓国には100%の理があり、日本には100%の非がある』ということを申し上げておきたい」

外務省OBが語った、安倍首相の暴走を外務省が止められない理由

 講演後の質疑応答では、「国際人権規約の紹介は非常に重要な指摘だ」と切り出した報道関係者から、こうした対韓強行外交をめぐる外務省の対応について、以下のような質問があった。
「浅井さんは外務省のOBでいらっしゃいますよね? 同じ(外務省)条約局とか、このことについて職務として関わった公務員がいるはずですよね? 一番先にそういうことを言わないといけない人間(外務官僚)が沈黙している状況は、どうお考えになっているのか? つまり浅井さんたちの考えが後輩たちに引継がれなかったのか? 今の外務省の役人たちがなぜ政権の為政者たちに対して諌めたり、『こういうことだ』と(言わないのか)。知識もあるはずなのになぜできないのかと思うか?」
 この質問に対して、浅井氏は二つの要因をあげた。
「一つは、私が外務省にいた頃までの条約局長は今の天皇の奥さん(雅子妃)のお父さん、小和田(恆・ひさし・外務事務次官)さんまでは、いわゆる戦前世代なのです。戦争体験をはっきり意識した人たちだが、それ以降の『ポスト小和田』で非常に変わった。小和田さんまでの条約局と、それ以降ではガラッと質的に転換したことが事実としてあると思う。
 もう一つが外務省だけではなくて中央官庁すべてに共通することだが、要するに民主党政権の時に高級官僚の人事権を官邸に集中することをやった。それが見事に安倍政権によって利用されている。要するに高級官僚で『俺は出世したい』『上に立って仕事をしてみたい』という人は官邸の顔色をうかがわざるを得ない。官邸に楯突いた人は見事に外されている」
 続いて、浅井氏はメデイアの“大本営化”も、国際人権規約の存在を無視する安倍首相の世論操作(情報統制)を許す要因としてあげた。
 続いて、浅井氏はメデイアの“大本営化”も、国際人権規約の存在を無視する安倍首相の世論操作(情報統制)を許す要因としてあげた。
「今、情報入手源は多様化している。しかし結局はマスメディアがこぞって政府の情報を垂れ流せば、ネット情報で逆のことを言う人がいるかも知れないが、やはりコンセンサスとしてはマスメディアが流す情報に集約されていく。これらも大きな問題だ」
 たしかに「アナクロニズム(時代遅れ)の歴史修正主義者」と呼ぶのがぴったりの安倍首相が「国益毀損の対韓強硬外交」「反日」などと批判されないのは、マスメデイアが安倍政権にとって不都合な真実である「国際人権規約」を過去の外務省答弁と共に報道しないからだ。
 これ以上、日韓関係の悪化や経済停滞を長引かせてはならない。日韓首脳会談を前に、マスコミは自らの報道姿勢を見直す必要があるのではないか。
(横田 一)



教皇ミサ参加の韓国人被爆者ら、
福岡空港で5時間足止め
2019年12月2日:朝日新聞

 ローマ教皇が11月に長崎市で開いたミサに招待された韓国人被爆者らが、福岡空港での入国審査で約5時間にわたり足止めされていたことがわかった。被爆者らは3日、韓国政府に対し、日本側から理由を聞き取るよう文書で要求する。福岡出入国在留管理局は取材に対し、事実関係を認めたうえで「具体的内容は説明できない」としている。
 韓国原爆被害者協会によると、韓国人被爆者3人を含む計11人は11月23日午前、翌日に長崎市で予定されたミサに出るため、ソウルから福岡空港に到着。入国審査で別室に移され、入国目的に関する質問や持ち物検査のためとして、約5時間留め置かれた。一行は、韓国人被爆者は日本の植民地支配のために被爆したと訴える教皇宛ての手紙を持参していた。24日のミサには出席できたという。
 協会側から連絡を受け、空港に駆けつけた後藤富和弁護士は「入管の対応は違法とまでは言えないが、在韓被爆者の訴えを教皇に伝えたくないためだと勘ぐられてもおかしくない」と指摘。一行を率いた同協会の沈鎮泰(シムジンテ)・陜川支部長(76)は「これまで多くの日本国民に親切にされてきたのに失望した」と話した。
 同管理局は朝日新聞の取材に対し、「法令に基づいて手続きをしており、不必要な時間はかけていない」としている。
 協会は、広島、長崎で被爆した韓国人被爆者が1967年、日韓両政府に援護措置を求めるために設立した。2016年5月にオバマ大統領(当時)が広島を訪問した際にも訪日団を送り、米国の謝罪や賠償を求める手紙を渡そうとしたことがある。(陜川(韓国・慶尚南道)=武田肇)



慰安婦「兵70人に1人」と記述
 外務省文書、軍関与を補強
2019年12月6日:東京新聞

 旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、関連する公文書の収集を続ける内閣官房が2017、18年度、新たに計23件を集めたことが6日、分かった。うち、在中国の日本領事館の報告書には「陸軍側は兵員70名に対し1名位の酌婦を要する意向」「軍用車に便乗南下したる特殊婦女」などの記述があった。「酌婦・特殊婦女」は別の報告書内で「娼妓と同様」「醜業を強いられ」と説明され、慰安婦を指している。専門家は「軍と外務省が国家ぐるみで慰安婦を送り込んでいたことがはっきり分かる」と指摘する。
 1993年の河野洋平官房長官談話が認定した「軍の関与」を補強する資料と位置付けられそうだ。

「陸軍側は兵員70名に対し1名位の酌婦を要する意向」との記述がある青島総領事の報告書



慰安婦の軍関与と強制性を示す公文書を
内閣官房が保有していた!
共同の報道で明らかになった
「青島総領事の報告書」
2019年12月8日:LITERA

 戦中の日本軍をめぐる慰安婦問題で、軍の関与と強制性を示す新史料を共同通信がスクープした。6日の共同通信によれば、内閣官房が2017、2018年に新たに収集した23件の関連公文書のうち、在中国日本領事館の報告書に、こんな記述があったという。
「陸軍側は兵員70名に対し1名位の酌婦を要する意向」
「軍用車に便乗南下したる特殊婦女」
 同じく共同によれば、この「酌婦」や「特殊婦女」は、別の報告書内で「娼妓と同様」「醜業を強いられ」と説明され、慰安婦を指しているという。共同は「青島総領事の報告書」の一部画像を公開しているが、文書には「機密」と記されている。内容の全容は、この後明らかになっていくだろうが、軍が女性たちを強制的に慰安婦にしていたことを示す公文書であることは間違いないだろう。
 本サイトが政府関係者に取材したところ、従軍慰安婦関連公文書の収集を続けている内閣官房はこの新史料を把握しながら、公表していなかった。それを共同通信が独自ルートで入手したということらしい。これは、内閣官房が、慰安婦についての軍関与や強制性を否定したい安倍政権を忖度して“隠蔽”していたとしか考えられない。
 いずれにせよ、現在、報じられているセンテンスには「陸軍側は兵士70名に対し」「軍用車に便乗」とあり、公文書として軍の直接的な関与を示しているのは確定的。さらに、別の報告書には「醜業を強いられ」とあることから、女性たちを強制的に従軍慰安婦にした証拠となる。
 ところが、ネット上ではこの新史料報道に対しも、またぞろネトウヨたちがこんなふうに喚き立てている。
〈はい嘘。娼妓は遊女、醜業は売春を指します。慰安婦ではなく売春婦だったことの証拠です〉
〈売春婦がいたことは、事実ですが?〉
〈そりゃ領事館で働くエリート様から見れば売春婦は醜業だろうよ〉
〈この資料を素直に読めば、軍や政府は関与していないと受け取れる〉
 この期に及んで、慰安婦の軍関与を否定し、「単なる売春婦だった」などと嘯く頭の悪さはつくづく呆れる。そもそも、この新史料に限らず、日本軍が組織的に女性たちを慰安婦にしていたことは、これまでの史料や当時の軍関係者の証言からも明らかになっていることだ。
 たとえば、先日亡くなった海軍出身の中曽根康弘元首相は、自らの回想記のなかに、インドネシアで「苦心して、慰安所をつくってやった」ことを自慢話として書いている。また、陸軍出身の鹿内信隆・元産経新聞社長も「調弁する女の耐久度とか消耗度」のチェックなどを含む慰安所の設置方法を経理学校で教わったと語っている。これらの証言は防衛省などが保持する当時の軍の史料でも裏付けされている。つまり、慰安所と「慰安婦」が軍主導であった事実を示しているのだ。
 ネトウヨたちは「醜業」という言葉をとってきて「売春婦のことだ!」と理解できないことをほざいているが、軍関係者が当時、自分たちで慰安所をつくりながら、それを侮蔑的な言葉で表現していたことも、こうした数々の証言から明らかになっていることだ。たとえば前述の鹿内信隆氏は慰安所のことを「ピー屋」と呼び、軍内部での侮蔑的な言い回しを口にしていた。そうした言葉を根拠にいくら「売春婦」だと決めつけても、なんの説得力もない。

産経グループの総帥も陸軍時代に
「調弁する女の耐久度とか消耗度まで決めた」と自慢

 しかも、慰安所を「ピー屋」と呼んでいた鹿内は同時に、女性たちを戦場の性の道具にした慰安所が、軍の計画に基づいて実行されていたという事実もあからさまに明かしているのだ。元日経連会長である桜田武氏との対談集『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版/絶版)で、陸軍時代の思い出話としてこんなふうに述べている。
〈鹿内 (前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋が……。
 桜田 そう、慰安所の開設。
 鹿内 そうなんです。そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった。〉
 これは陸軍が慰安婦の調達に関与し、戦地の慰安所での時間や料金などの取り決めを作り、そのノウハウを軍の経理学校で士官に叩き込んでいた、ということを意味しているわけだが、本サイトでも以前検証したように、この鹿内氏の証言は、当時の軍関連史料からも裏付けられている。
 たとえば1941年に陸軍主計団記事発行部が発行した『初級作戦給養百題』は、いわば経理将校のための教科書だが、そこには「慰安所ノ設置」が任務として掲載されている。また、防衛省の防衛研究所が所蔵する史料「常州駐屯間内務規定」(1938年3月16日、独立攻城重砲兵第二大隊が作成)では、中国現地の〈慰安所使用規定〉として部隊ごとに使用する曜日が決められていたほか、〈使用時間ハ一人一時間ヲ限度トス〉とあり〈支那人 一円○○銭〉〈半島人 一円五十銭〉〈内地人 二円○○銭〉とされている。軍が慰安所をつくり、中国・朝鮮や現地の女性を「慰安婦」にしていたのは客観的にも議論の余地がないのだ。
 6日に共同通信がスクープした内閣官房収集の外務省公文書は、「陸軍側は兵員70名に対し1名位の酌婦を要する意向」「軍用車に便乗南下したる特殊婦女」という公開されている部分だけをみても、以前から判明していた軍による関与・管理の事実を補強している。さらに「醜業を強いられ」という表現からは、慰安婦たちを強制的にそうした状況に追いやっていたということをほかならぬ当局が認識していたことがはっきりと読み取れる。
 朝日新聞の吉田清治証言に関する報道の取り消し後、慰安婦問題をめぐっては、「軍関与も強制性もなかった」「ただの売春婦だった」という虚論が大手を振ってまかり通っている。それは、安倍首相を中心とした極右勢力が朝日バッシングを奇貨として、一気に歴史修正の動きを勢いづけたことが最大の要因だが、それに対し、しっかりと反証してこなかったマスコミにも責任がある。
 新史料については近日中の全容公開が待たれるが、今回の共同通信のスクープのように、メディア側が率先して情報を出したり、史料や証言を発掘していかねば、政府はいくらでも“不都合な真実”を隠蔽していくだろう。こと安倍政権下では、歴史問題においても報道機関の矜持が試されているのだ。
(編集部)



安倍首相ごり押し「軍艦島」の
世界遺産報告書から
「朝鮮人の強制労働」を削除!
国際公約を反故にして
徴用工問題消し去る安倍政権
2019年12月7日:LITERA

 戦中に日本に連れてこられ、過酷な環境下での労働を強いられた朝鮮人徴用工問題をめぐり、またもや日本政府の歴史修正主義があらわになった。2015年にユネスコの世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」についての最新版「保全状況報告書」(内閣官房作成)が今月、ユネスコのホームページで公開されたのだが、そこに朝鮮人の強制労働の記述が一切なかったのだ。
 周知のように、安倍首相の肝いりである「明治日本の産業革命遺産」のなかには、軍艦島の通称で知られる長崎県の端島を含めた、複数の炭鉱・製鉄所が登録されている。とりわけ、九州地方の炭鉱では朝鮮人徴用工の過酷労働が知られているが、軍艦島も例外ではない。本サイトでもお伝えしてきたように、「(逃げようとした朝鮮人は)悲鳴を聞いて駆けつけた私たちの目の前でさんざん拷問された」「生きた心地がしなかった。人生を台無しにされた。あの地獄は忘れようとしても忘れられない」といった朝鮮人徴用工の証言が多数残っている。
 「明治日本の産業革命遺産」をめぐる朝鮮人徴用工の扱いをめぐって、日本側は、2015年の世界遺産委員会で、〈その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと〉を認め、〈第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる〉(内閣官房「産業遺産情報センターの在り方等について(第一報告書))」)と約束していた。
 ところが、これが2017年に日本側がユネスコへ提出した「保全状況報告書」では、朝鮮人徴用工について「戦前、戦中、戦後にかけて日本の産業を支えた多くの朝鮮半島出身者がいた」という記述で、強制連行や過酷労働の実態を矮小化。そして、今月出された最新の「保全状況報告書」では、朝鮮人徴用工について一切触れなかったのだ。
 たしかに、日本企業に元徴用工らが求める賠償を認めた2018年の元徴用工ら韓国大法院判決以降、安倍政権は「徴用工」を「労働者」と言い換えるなど、徴用工問題そのものをなかったことにする歴史修正主義的動きを強めているが、まさか国際機関とかわした約束を反故にする詐欺行為まで働いていたとは……。
 だが、それも当然かもしれない。そもそも、「明治日本の産業革命遺産」自体が安倍首相とそのお仲間による歴史修正主義的欲望の発露だったからだ。
「明治日本の産業革命遺産」は「一般財団法人産業遺産国民会議」なる団体が登録運動を展開してきたのだが、この団体には安倍首相のお友だちがずらりと顔を揃えている。名誉会長の今井敬・経団連名誉会長は、安倍首相の側近中の側近である今井尚哉首相秘書官の叔父、理事には、日本会議福岡の元名誉顧問でNHK経営委員長の石原進・JR九州相談役、フジテレビ取締役相談役の日枝久・前会長、さらには加計学園問題でも名前が挙がった元内閣参与の木曽功・千葉科学大学学長。しかも、徴用工問題で訴えを起こされている三菱重工業の飯島史郎顧問や、新日鐵住金の林田博顧問なども名前を連ねていた。

安倍首相と「明治日本の産業革命遺産」をごり押しした団体が
「徴用工」問題否定のフェイク煽動

 さらに、大きいのは同団体を実質的に仕切っている専務理事・加藤康子氏の存在だ。加藤康子氏は2015年12月から今年7月まで内閣官房参与を務め、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録の“陰の立役者”などと呼ばれているのだが、この康子氏と安倍首相は“幼なじみ”で家族同然の深い関係にある。康子氏は故・加藤六月元農水相の長女なのだが、加藤氏は安倍首相の父・晋太郎氏の安倍派四天王の筆頭で、康子氏の母は安倍首相の母・洋子氏と“姉妹”のように親しかったというのは有名な話だ。また、康子氏は安倍首相の側近である加藤勝信厚労省の元婚約者でもある(勝信氏はその後康子氏の妹と結婚したため、義理の弟にあたる)。
「週刊新潮」(新潮社)2015年5月21日増大号に掲載された彼女のインタビューによると、自民党が野党に転落していたころ、安倍氏は「明治産業遺産」の世界遺産登録への熱意を語った康子氏にこう語ったという。
「君がやろうとしていることは『坂の上の雲』だな。これは、俺がやらせてあげる」
 安倍首相は総裁の地位に返り咲いた3日後、彼女に電話をかけ、「産業遺産やるから」と、決意を語ったという。実際、第二次安倍政権誕生後のやり方は強引としかいいようのないものだった。文科省の文化審議会は2013年8月に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を正式に推薦候補として決定していたにもかかわらず、内閣官房の有識者会議は対抗するように「明治産業遺産」を正式推薦に選定した。
 この動きに対しては、当然ながら、韓国から「遺産群のなかには強制徴用が行われた施設がある」という反対の声が上がったが、安倍首相はそれでも「明治産業遺産」をゴリ押し。結局、最終的には菅義偉官房長官が決定権を握り、「明治産業遺産」を政府推薦とし、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を先送りにしたのである。
 そして、安倍政権は、世界遺産登録の運動の際は、国際社会を納得させるため、〈その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと〉を認めていたにもかかわらず、今になって完全に手のひらを返したのだ。
 それは、世界遺産登録の運動を牽引してきた安倍首相の幼なじみ・加藤康子氏が率いる「産業遺産国民会議」も同様だ。
たとえば、加藤氏は今年の8月5日には産経新聞のインタビューで、〈世界遺産登録は果たせたが、日本が戦時中に朝鮮人労働者に奴隷労働を強いたとのイメージを持った委員国もあったでしょう〉などと語り、〈賃金データでは半島出身者が日本人に比べ不当に低かったということはありません。韓国では朝鮮人労働者には日本人に比べ、質素な食事が与えられていたといわれていますが、炊事場もメニューも同じ。住環境の面も待遇に差はなかった〉などと主張。また、加藤氏が専務理事を務める「産業遺産国民会議」も「軍艦島の真実−朝鮮人徴用工の検証−」なるサイトを作り、元島民らの証言を使い「検証」と称して、朝鮮人元徴用工の証言などを否定する運動を展開している。

歴史的事実の「朝鮮人強制連行」
「徴用工」があらゆる場所で削除、封印される事態に

 改めて言っておくが、戦時中の朝鮮人強制連行は、当事者の証言だけでなく、公文書を含んだ史料がいくつも残っている歴史的事実だ。官斡旋時代の朝鮮人総督府の官報や募集企業の文書などにも実態が〈強制供出〉であることを認める記述がある。
 強制連行の実証的研究で知られる東京大学の外村大教授は、「特に90年代半ばからですね、史料の発掘が進み、いろんな話が出てきました。朝鮮人の待遇が日本人よりよかったとか、自ら望んで来た人がいたとか。いずれも事実の断片ではあるんですよ。じゃあ暴力的な連行や虐待は例外的だったかというと、それは違う」「事実というものは無限にあるものです。都合のいい事実だけをつなぎあわせれば別の歴史も生まれる。でも、それは『こうあってほしい』というゆがんだ願望や妄想に近い」と断じている(朝日新聞2015年4月17日インタビュー)。
 いずれにしても、朝鮮人徴用工の強制連行の舞台を「明治日本の産業革命遺産」に登録しようと動いた勢力がいま、ネトウヨ並みの詐術を弄して、その徴用工の歴史を否定しにかかっているというのは偶然ではない。
 安倍首相とその幼馴染、そしてお友だちの右派勢力が「明治産業革命遺産」の登録をごり押しした背景には、もともと、大日本帝国を美化する歴史修正の目的があった。ユネスコという国際機関に「世界遺産」と認めさせることでその歴史を正当化し、戦前の負の部分を相対化しようとしていたのだ。それは前述したように、徴用工問題で訴えを起こされている三菱重工業や新日鐵住金の顧問などが名前を連ねていることからも明らかだ。
 そして、ここにきて徴用工判決で日本国内の韓国への反発が高まったことを逆に奇貨とし、徴用工問題の矮小化、封印、削除という露骨な動きを強め始めた。そういうことだろう。
 まったく卑劣極まりないが、しかし、こうした動きは、今回のユネスコの「保全状況報告書」だけではない。たとえば、約6000から7000人の朝鮮人労働者が工事に従事したとされる長野県の「松代大本営」の地下壕をめぐっては、市が入り口の看板に「強制的に」と記していた部分にテープを貼って削除。群馬県の県立公園「群馬の森」では、朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑の設置更新を県が拒否。奈良県天理市でも、飛行場の建設にあたって朝鮮人の強制連行があったと記した説明板を市が撤去するなどの事例が相次いでいる。
 安倍首相を筆頭とする歴史修正主義者たちは、負の歴史事実をなかったことにしようとする。その最終地点は、人間の生きた証そのものを記録や記憶から消してしまうことだ。このまま安倍政権の歴史修正主義を放置しておけば、この国はどんどんディストピア化してしまうだろう。
(編集部)



12月8日、暗号「ニイタカヤマノボレ」送信? 
136メートルの無線塔は今
2019年12月7日:毎日新聞

 太平洋戦争開戦の真珠湾攻撃を命じた暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」を送信したとされる無線電信所が、長崎県佐世保市に残る。悲しい記憶を呼び起こすとかつては解体を求める声もあった。旧電信所でガイド役を務める田平清男さん(77)=同市=も戦争で父を失った。だが今は確信している。「悲惨な戦争を語り継ぐ大切な財産だ」

無線塔の前で「子供たちに残したい」と語る田平清男さん
=長崎県佐世保市で2019年12月4日午前11時6分、平川昌範撮影
 「旧佐世保無線電信所(針尾送信所)」は1922年、旧海軍が佐世保市南部の針尾島に建設した。高さ136メートルのコンクリート製の無線塔3基などで構成。主に中国大陸や東南アジアなど南方に展開する部隊との通信に使用され「ニイタカヤマノボレ」も送信したとの説がある。
 田平さんの父清市さんは、太平洋戦争末期に激戦地の一つ、ビルマ(現ミャンマー)で戦死したとされるが、詳しい状況は今も分からない。戦後、自宅に届いた小さな箱には、遺骨の代わりに現地の砂利が入っていた。
 田平さんは清市さんが召集された後に生まれた。父の顔は軍服姿の遺影でしか見たことがない。精悍(せいかん)な顔つきで、銃剣術がうまく運動神経が抜群だったと聞く。一人息子である田平さんの顔を見ずに戦地に散った父。戦後は「母が私たち姉弟3人を大変苦労して育ててくれた」と語る。
 旧電信所は戦後、海上保安庁が利用していた。97年に運用を終えた当初は、住民らから「負の遺産だ」「見るだけで嫌だ」と解体を求める声もあった。一方で、耐震調査で安全性が確認され、当時の最高水準の建設技術を用いた塔の歴史的価値も再認識され、2013年に国の重要文化財に指定された。
 毎日新聞が47都道府県にアンケートしたところ、戦争遺跡の保存を巡り「戦争経験者への配慮が必要になる」と回答したのは10府県あった。無線塔から送信された電文で、海の向こうにいる部隊が戦地へと展開したのだろう。「父に限らず国のために戦った多くの人が命を落とした」。田平さんは解体を望んだ人の気持ちも分かる。
 現在、旧電信所には修学旅行生や外国人観光客など年間約4万人の見学者が訪れ、田平さんが会長の「針尾無線塔保存会」がガイド役を担う。「けんかのない世界にするためにあなたたちが頑張ってね」。田平さんは子供たちに必ず語りかけるようにしている。

無線塔を背に「子供たちに残したい」と語る田平清男さん
=長崎県佐世保市で2019年12月4日午前11時30分、平川昌範撮影


旧佐世保無線電信所(針尾送信所)の3基の無線塔
=長崎県西海市から2019年12月4日午後0時2分、平川昌範撮影
 3人の子供、5人の孫に恵まれた田平さんは今、改めて家族を残して戦地に散った父の無念さを思う。「こうして残せたから子供たちに戦争があったことが伝えられる」。そびえ立つ戦争遺跡を見上げ、平和への願いを重ねた。【平川昌範】



零戦施設、飛行場跡…
戦争遺跡「どうして壊したの?」
 保護に自治体及び腰
2019年12月7日:毎日新聞

2001年5月に重機で解体される掩体壕(えんたいごう)=宮崎県日向市で、緒方博文さん撮影

 各地に残る太平洋戦争などの戦争遺跡について、都道府県による全容把握が進んでいない実態が毎日新聞の調査で明らかになった。太平洋戦争の開戦から8日で78年となり、戦争の実相を伝える「物言わぬ証人」も、老朽化や開発などで風化や解体が進んでいる。調査や保存を求める声が上がる中、都道府県へのアンケート結果からは、戦争遺跡の定義や評価基準がはっきりしないなどの課題も浮かび上がった。【平川昌範】

中学生の問い「沖縄ではもっと大事に」

 「どうして壊してしまったんですか」。宮崎県日向市の公民館職員、緒方博文さん(63)は今年7月、市内の戦争遺跡を見学に訪れた沖縄県の中学生から飛び出した言葉が頭から離れない。
 同市にあった旧日本海軍の富高飛行場は、太平洋戦争の口火を切った真珠湾攻撃に出撃した飛行機が秘密訓練をしたとされる。同市の財光寺地区には飛行機を格納する掩体壕(えんたいごう)が三つあったが、道路工事や消防施設の移転などで2004年までにすべて解体された。わずかに残るコンクリートの残骸を前に、中学生は「沖縄では戦争遺跡がもっと大事にされている」と話したという。
 緒方さんは日向市で長年、文化財の調査や保存を担当してきた。しかし、古代遺跡などと比べ、戦争遺跡の調査は優先度が低くなりがちだった。掩体壕は文化財に指定されておらず、市が調査に乗り出したのは解体が決まった後だった。緒方さんは保存の道を探ったが、土地所有者の理解も得られないために実現しなかった。
 各地に残る掩体壕は、格納する飛行機の形状に合わせた開口部が多かった。だが、財光寺地区にあった掩体壕の開口部は、さまざまな形状の飛行機が訓練していた富高飛行場に対応して最大幅約16メートルの珍しいアーチ状だった。建造年は不明だが、解体したコンクリートには木材や大量の砂利が混じり、資材不足だったこともうかがわせた。
 緒方さんは、掩体壕が音を立てて解体されていく様子を最後まで見ていられなかったという。「私には後世に伝える責任があった。もっと早く文化財として評価をしていれば、解体されずに済んだのではないか」
 零戦などのエンジン製造を担った東京都武蔵野市の「中島飛行機武蔵製作所」は戦後、老朽化して次々に取り壊された。最後まで残っていた鉄筋コンクリート2階建ての旧変電室も、隣接する都立公園の拡張のため、戦後70年の2015年に解体された。
 戦時中、米軍機から度々激しい爆撃を受け、動員されていた学徒や周辺住民ら200人以上が犠牲になった悲惨な歴史がある。元学徒らで作る「武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会」は旧変電室の保存を求めたが、実現しなかった。都の担当者は「建物は老朽化し、文化財にも指定されていない。残す必要性がなかった」と振り返る。
 近くに住む同会の事務局長、秋山昌文さん(84)は戦時中、空襲警報が鳴る度に母に手を引かれて避難したことを覚えている。秋山さんは「忘れてはならない歴史を継ぐために残すべきものがあるはず。行政は住民の思いを受け止め、しっかりした調査や保存を進めてほしい」と話した。

自治体「定義付け難しい」 国は具体例示さず


 今回のアンケートでは、「定義があいまい」として多くの自治体で調査が進んでいなかった。ある自治体の担当者は「戦時中に不足した飛行機の燃料を取るために幹に傷がつけられた松の木や、焼夷(しょうい)弾が落ちた民家の焦げた跡も戦争遺跡なのだろうか」と対象を絞る難しさを強調した。
 1996年から近代遺跡の全国調査に着手した文化庁も、当時、各都道府県に情報提供を求めた際は、国の近代史で欠くことができない▽学術研究上重要な意義がある▽地域における近代史の特徴をよく示す――との基準を伝えただけだった。「軍事」の近代遺跡について、旧日本軍施設や軍需工場、戦災地などと具体例は示していない。
 アンケートでは、回答した46都道府県のうち24府県が「戦争遺跡の定義付けが難しい」とし、戦争遺跡の「評価が難しい」と指摘したのは32府県あった。国のリーダーシップを求める声も目立ち、多くの自治体が保存の難しさに直面している実態も浮かんだ。
 しかし、文化庁は「重要性の判断は地元でなければ分からない面がある。定義のあるなしに関係なく、近代の遺跡の一つとして地元で調査、保存をしてもらいたい」という立場だ。

「沖縄陸軍病院南風原壕」は文化財に指定

 既に史跡や文化財に指定されるなど保護の対象となっている戦争遺跡はある。
 沖縄県南風原(はえばる)町が90年、沖縄戦で「ひめゆり学徒隊」も動員された「沖縄陸軍病院南風原壕」を全国に先駆けて文化財に指定。95年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録を目前に広島市の「原爆ドーム」が国史跡となった。戦争遺跡保存全国ネットワークによると、国や自治体が文化財などとして保護の対象としているのは今年7月現在、296件に上る。
 ただ、歴史的な建築物や構造物、または原爆による被災など個別の価値が評価されたものが多い。その他の保護の対象となっていない各地の戦争遺跡は、自治体で調査をしてその価値が深まる可能性がある。そのうえで、地域の歴史の中でどう評価していくかとなるが、今回のアンケートでは9自治体が「戦争遺跡に詳しい人材が不足している」との課題も挙げた。

福岡県は全数調査実施、リスト化、詳細調査へ

取り壊された掩体壕(えんたいごう)の残骸を見つめる緒方博文さん
=宮崎県日向市で2019年12月3日午後2時15分、平川昌範撮影

 福岡県は今年度末まで3カ年計画で県内の戦争遺跡について全数調査を実施している。2015年に世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の中に県内の施設も含まれるなど近代遺跡に注目が集まり、戦争遺跡も調査しようという機運が高まったのがきっかけだった。
 県は戦争遺跡を独自に定義。明治元年から第二次世界大戦終結時までに形成された構築物などのうち、政治行政▽軍事防衛▽生産▽戦闘地・戦場▽居住▽埋葬▽交通▽その他――の8分類で、旧軍施設、軍需工場、防空壕(ごう)、陸軍墓地などと調査対象を例示した。
 結果、文化庁が1996年に始めた調査には県から二十数件を報告したが、今回の県の調査では対象が約600件に増えている。県は今回の調査で戦争遺跡をリスト化し、保護が必要な遺産かどうかなどの詳細調査につなげるとしている。
専門家「地域社会の対話の中で価値を導き出して」
 考古学の専門家はどうみているのか。慶応大の安藤広道教授(考古学)は「東京、広島、沖縄を比較しても戦争との関わり方が全く異なる」と指摘。国任せではなく「自治体が地域社会での対話の中で価値を導き出してほしい」と話した。
 山梨学院大の十菱駿武(じゅうびししゅんぶ)客員教授(考古学)は「行政は、調査が先行している地域の高校教諭や郷土史家、市民団体などと連携して、知見を共有すべきだ」と提案。戦争体験者から証言が得られる今こそ遺跡調査が深められる「最後の機会」だと強調し「全数調査は待ったなしの時期に来ている」と語った。

戦争遺跡

 統一的な定義はないが、一般的に戦争で使われた旧日本軍施設や軍需工場、防空壕(ごう)、戦災跡など。国内では幕末や明治以降から第二次世界大戦終結までのものを指すことが多い。原爆ドーム(広島市)や長崎原爆遺跡(長崎市)は国史跡に、沖縄戦で使われた病院壕などは文化財に指定されている。


戦争遺跡 ロケット戦闘機「秋水」
燃料庫を解体撤去 千葉
2017年10月30日:毎日新聞

重機で解体される秋水の燃料貯蔵庫=2017年10月26日午前9時25分、橋本利昭撮影


解体前に撮影された秋水の燃料貯蔵庫の5号基内部。
左右に燃料が入った瓶などを置く棚が確認できる=柏歴史クラブ提供

 千葉県柏市北部にあった旧陸軍柏飛行場近くで確認されたロケット戦闘機「秋水」の燃料貯蔵庫1基について、県は26日、重機を使って解体撤去した。保存状態の良い他の貯蔵庫を市が一般公開できるよう整備する方針のため、移設・保存を求めてきた市民団体「柏歴史クラブ」は「太平洋戦争の貴重な遺跡で本来は残すべきだが、仕方がない」と受け止めている。
 秋水は終戦末期、米軍のB29爆撃機を迎撃するために開発が試みられたロケット戦闘機で、「幻の有人ロケット」と呼ばれる。貯蔵庫は同クラブが2010年4月、終戦直後に米軍が撮影した航空写真などから、1~5号基の存在を確認。鉄筋コンクリート製の管(ヒューム管)で、本来はL字形をしていたが5基はいずれも一部だけを残していた。
 市有地内にある1~4号基のうち、4号基は「駐車場整備の支障になる」と市が昨年8月に撤去。残りの1~3号基は埋め戻され、2号基は市が今後、土中から出すなどして保存・公開する予定だ。
 一方、5号基は、住宅建設などで2万6000人の計画人口を予定する県の区画整理事業用地内にあり、同クラブが昨年9月、県や市に撤去延期や移設・保存を求めたため、県の取り壊しが中断していた。しかし、市が「5号基の移設・整備には多額の費用がかかるため、費用は他の戦跡保存に充てたい」として、保存を断念し記録保存にとどめることを決定。これを受け、県が解体撤去した。
 5号基は、長さ約5メートル、直径約2メートルの管で、燃料の入った瓶や缶を置く棚などが確認されている。同クラブの上山和雄代表(国学院大名誉教授)は「米軍のB29を反撃するため、最後の秘密兵器だった秋水を物語る貴重な戦跡。今後は、保存状態の良い2号基を市民が見ることができるよう整備してほしい」と話している。【橋本利昭】



「大人ファースト」の実態次々
これがオリ・パラ教育?
「日本人の自覚と誇り養う」
2019年12月8日:東京新聞・こちら特報部

 来夏の東京五輪・パラリンピックに向けて、大会組織委員会や東京都は、小中高生を対象に「オリ・パラ教育」を進めている。だが、その内容を見ると、皇室行事の際、小学生に授業として沿道で日の丸を振らせたり、酷暑が予想されるのに競技観戦を事実上強制したり、と都合よく子どもたちを動員したい「大人の事情」が透けるものも。オリ・パラ教育の「子どもファースト」じゃない実態を考える。 (片山夏子)

「両陛下が通る…」児童に日の丸持たせ出迎え

 「天皇皇后両陛下は、昭和天皇への退位のご報告の為、八王子の武蔵陵を訪問されました」「日の丸の小旗4000本はたちまち無くなり、沿道の小学校、幼稚園、保育園の子供たちは手作りの小旗で集まってくれました」
 これは、まだ自民党幹事長代行だった萩生田光一・現文部科学相の4月26日付ブログだ。同23日に、現在の上皇ご夫妻が、東京都八王子市にある昭和天皇が埋葬されている武蔵陵を訪れたときの様子を記している。
 振り返ってみれば、4月23日は火曜日で小学校は通常通り授業があるはずの日だ。なぜ、小学生は沿道で日の丸の小旗を振っていたのか。実は、これはオリ・パラ教育の一環としても行われたのだという。
 八王子市教育委員会などによると、武蔵陵沿道の小学校3校の生徒計約540人が日の丸の小旗を持つなどして出迎えや見送りをした。
 3校は八王子市長会連合会などの有志が組織した「天皇皇后両陛下八王子奉迎会実行委員会」(解散)や、そこから旗をもらった同会地区会長らの誘いや市教委からの情報を受け、校長判断で参加したという。
 動員ではなく、あくまでも市教委は沿道の安全のために情報提供し、それを受けた3校の校長が、地元の町内会などの要請も受けつつ、子供たちを参加させたという。通常の授業時間中に並ばせた小学校もあったが、学校裁量で行なう教育的活動の一環だそうだ。3校の校長に取材すると、1年生から6年生まで全校生徒が沿道に並んだ小学校の校長は「本校はオリ・パラ教育を推進しておりそれに関連づけて行った」と話した。
 同市教委の佐生秀之指導主事は「6年の学習指導要領には、国事行為などを取り上げ天皇への理解と敬愛の念を深めるとあるし、オリ・パラ教育で育てる5つの資質に『日本人としての自覚と誇りを持つ』があり、それを養うのに合致する。校長の判断はまったく問題ない。沿道に並び旗を振ることが問題だとする人もいるんですねとしか言いようがない」と語った。
 ところで、前出の萩生田氏のブログには「町自連、安協、八王子まつりやいちょう祭りの実行委員会にも呼びかけ、『両陛下をお迎えする会』を組織し準備をしました」とあり、萩生田氏がこの小旗振りで主導的な立場にあるようにも読み取れる。
 萩生田氏の事務所に取材すると、事務所は「本人が声がけをした事実はない。陛下をお迎えしたいという市民や団体から問い合わせが多数事務所にある中で、団体間で情報共有されたらよろしいのではというアドバイスを秘書がした」と回答。オリ・パラ教育の一環として行われたということについては「事実関係を存じ上げないのでお答えいたしかねます」とした。

都内で81万人予定◆協議選べず◆休めば欠席扱い
観戦招待 実質は「動員」
「安全に引率できる?」先生に不安

 オリ・パラ教育の一環として疑問が残るのは、これだけではない。特に学校現場で大きな問題となっているのは、大会中の児童・生徒の競技観戦だ。
 大会組織委員会は都内や関東など競技会周辺の自治体、東日本大震災の被災地などの幼稚園、小中高、特別支援学校の児童生徒に観戦してもらおうと、130万枚以上のチケットを準備、うち東京都では、約81万人(9月末時点)の参加が予定される。
 だが、実際にはこの観戦がかなりの強行軍となりそうなことに、現場では不安の声が広がっている。
 まず、8月の東京の酷暑に対する懸念だ。八王子市在住の元教諭の根津公子さんが、同市に情報公開請求して入手した各学校への意向調査によれば、各校長からは「熱中症、昼食時の食中毒など事故も想定される」「全児童が猛暑の中、移動だけでも所要時間以上がかかり厳しい」「生徒からも暑いのに行きたくないという意見が出ている」といった声が噴出している。
 どうやって児童生徒を連れて行くかも難題だ。大会期間中は公共交通機関の大混雑が予想されるが、観戦場所までは公共交通機関だけで行くことを求められ、引率の教員のチケットは中学生で20人に1人しか割り当てられていない。バスや電車の本数が少なく全員が一度に乗り切れなかったり、会場まで何度も乗り換える学校もある。意向調査票では「多くの子を少ない教員で引率するのは安全上無理」「公共交通機関で150人以上の児童のスムーズな乗降が可能かどうか」という声が上がった。
 一方、多くの学校で半日以上かかる観戦行程なのに、会場は弁当持ち込みが禁止され、飲み物はペットボトル1本だけに制限されるそうだ。ある小学校の男性教諭(61)は「会場周辺は学校や学年単位で食事ができる場所もないし、弁当は食中毒が心配。校長が『10分か20分、会場の雰囲気を見て帰ってこよう』と話している」と話す。
 しかも、都教育庁が区市町村教育委員会に出した文書に「都立学校はオリンピック・パラリンピック教育の集大成として学校の『教育活動の一環』とし、全校や学年単位の観戦は『授業日』として実施。都の扱いを参考に対応を」としたため、それに倣う市区町村が多い。つまり、夏休み中であっても、観戦に参加しないと欠席扱いになる。また、観戦できる競技や日程はチケット代を負担する都が学校ごとに割り振るため、自由に選べない。
 どうにも無理な「動員」のようにも見えるが、都教育庁指導部の守屋光輝主任指導主事は、都は3回にわたり意向調査を行っており、「参加しない学校もあり、希望制であって強制ではない」と動員を強く否定した。交通費は各自か区市町村が負担だが、島しょ部の交通費や宿泊費は都での負担を検討中という。
 だが、都教職員組合の平間輝雄書記長は「強制ではないが、都や各自治体の教育委員会に言われたら断れない。どの学校も希望せざるを得なくなっている」と言う。ある中学校校長は教員へのプリントに「国→都→市区町村に降りてきた事業。国を挙げてのオリンピック・パラリンピック。よほどの理由がない限り、不参加は難しい」と書いた。
 新潟大の世取山洋介准教授(教育行政学)は「授業日をどう設定するかは学校が自主的に決めることで、指図することはできない。都教委が学校の教区活動の一環としての実施を求めている段階で非常識。学校評価が盛んな中、強要していないと言っても説得力がない。事実上の動員。熱中症や移動に伴う学校からの懸念に対処せず、事故が起きれば都教委の責任になる」と批判している。

デスクメモ
 東京都教育庁の資料によれば「オリンピック・パラリンピックは単なるスポーツの競技大会ではない」。えっ、そうなの?単なるスポーツだからこそ、人々は複雑な政治、経済、外交、歴史といった関係を超えたところで熱中し、相互理解できるのでは。余計な思惑を盛り込まないでほしい。 (歩)


(社説)
政治資金規正 ザル法のままでは困る
2019年12月8日:朝日新聞

 抜け道が多く、ザル法と批判される政治資金規正法を、このまま放置しておいては、法がめざす政治活動の公明・公正の確保はおぼつかない。資金集めで比重を増す政治資金パーティーの見直しなど、透明度を高める法改正に取り組むべきだ。
 総務省が2018年の政治資金収支報告書を公表した。政党や政治団体の収入総額は前年比2・5%増の1084億円。内訳をみると、寄付が微減だったのに対し、15%増のパーティー収入の伸びが目立つ。
 その理由は容易に想像がつく。寄付の場合、年間5万円を超えると個人や企業の名前を収支報告書に記載しなければならないが、パーティーでは1回につき20万円以下なら公表せずに済むからだ。
 例えば、菅官房長官は12年の就任以来、パーティーの開催が年々増え、18年は計10回で収入は約8100万円。しかし、パーティー券の購入者は、全員が20万円以下だったとして、1人も明らかにしていない。パーティーが匿名での資金提供の温床になっているのが実情だ。
 パーティーには別の抜け道もある。企業・団体による献金は政党に対してしか認められていないのに、パーティー券の購入であれば、政党以外の政治団体からも可能である。また、国の補助金を受けた法人や赤字法人、外国人・外国法人の寄付は禁じられているが、パーティー券の購入に制約はない。
 資金集めという実態に違いはないのに、寄付とパーティー券の購入でこれだけ扱いに差があるのは納得しがたい。少なくとも、公開基準は寄付並みに引き下げる法改正が必要だ。
 見直しの論点はパーティーにとどまらない。政党交付金を導入する代わりに廃止するはずだった企業・団体献金が、政党や政党支部向けに温存されているのはおかしくないか。資金の流れを把握するには、政治家がかかわる複数の政治団体を一つにまとめるべきではないか。収支報告書の保存期間が3年しかないのは、さかのぼった検証を拒むものではないか。
 クラウドファンディングによる資金集めや、暗号資産(仮想通貨)による寄付など、新しい社会の動きにどう対応すべきかも検討課題だろう。
 安倍首相は後援会が主催した「桜を見る会」の前夜祭が、収支報告書に記載されていないことは問題ないと繰り返すが、規正法の趣旨を理解していないと言うほかない。政治活動を「国民の不断の監視と批判」の下に置くことが、この法律の目的である。法の不備を不断に見直し、理念に近づける努力こそが、政治家には求められる。



時の在りか
長期政権を作ったふたり=伊藤智永
2019年12月7日:毎日新聞

政権を退き、首相官邸を去る中曽根康弘氏(左)と後藤田正晴氏(右)=1987年11月6日

 自民党総裁選で次期首相候補は「中曽根康弘で行く」と決めるに当たり、決定権を握る田中派では反対論が大勢だった。
 「あんなボロみこし担げない」
 と言い放ったのは、後に田中派を乗っ取り竹下派の「ドン」となる金丸信である。最大派閥には、生き残りのため態度をコロコロ変えてきた弱小派閥に対する侮りがあった。その場にいた後藤田正晴の取りなしようも冷たい。

「修繕して担いだらどうだ。ダメになったら捨てたらいい」

 その後藤田が名官房長官として中曽根長期政権5年間の船出1年と後半2年を切り回し、金丸幹事長が「死んだふり解散」の衆参同日選で自民衆院300議席の大勝を支えることになるのだから、政治は分からない。助走が済んだらみこしは自分で走り出し、最後は「世界の中曽根」を名乗った。
    *    *
 今に通じる「首相主導」政治は中曽根が源流とされるが、条件は全く違う。小泉純一郎元首相、安倍晋三首相の平成流「首相主導」は、小選挙区制と省庁再編の2大制度改革が元になっているが、実質的に昭和の最後を担った中曽根は、派閥全盛期に大統領型首相像を体現した点で独自である。
 政界の外から連れてきた有識者に政策を作らせる「ブレーン政治」と霞が関の縦割りを超えて官邸スタッフが権限を振るう「秘書官・補佐官政治」、報道機関を宣伝媒体に使う「パフォーマンス政治」「メディア政治」は3人に共通するが、中曽根は絶叫型の小泉やヤジをやめない安倍とは異質のしなやかな強さをまとっていた。
 後藤田が宮沢喜一元首相を引き合いに鋭く批評している。
 「宮沢さんは真面目すぎるわな。頭が良すぎて先が見えすぎる。だから、やろうとすることに勢いがない。その点、中曽根さんというのは頭よくないですよ。それだけに、非常に馬力がある」(回顧録「情と理」)
 中曽根が政界有数の読書家で、万事に予習を怠らず、芸術や哲学への好奇心旺盛だったことはよく知られている。文句なしの秀才だが、その程度の凡庸な知力より、国家経営への非凡な意力が勝っていたと言いたいのだ。
 だが、それではワンマンに陥って終わる。中曽根も自覚していたから、旧内務官僚の先輩で煙たい存在の後藤田を重用した。後で
 「スピードを出しすぎる自分にブレーキを掛け、中道よりやや右寄りの針路をやや左寄りに修正してもらうために頼った」
 と明かしている。後藤田は人前でも平気で中曽根をたしなめた。見かねた田中六助元幹事長に「2人だけの時にやれ」 と注意されたという。それでも2人は政治信条や肌合いが違うことを隠さず、その緊張感が権力中枢のバランス機能として信頼された。後藤田がカミソリなら、さしずめ中曽根はナタである。組み合わせの妙がなければ、大宰相は生まれなかった。
 退陣後の中曽根は「改憲の大御所」、後藤田は「護憲の神様」である。後藤田は「中曽根さんに敬意を表しても尊敬はしていない」と公言した。
    *    *
 2人が共有していたのは
 「あんな戦争は二度といかん」
 という原点だった。
 「日本列島不沈空母論」「日米運命共同体」といった中曽根発言には反発が強く、後藤田も「言葉が跳ねすぎる」と眉をひそめたが、冷戦末期を大局的にかじ取りした功績を行革・民営化などの内政より評価していた。米国だけでなく韓国・中国との関係改善、旧ソ連の核戦力配備に対する反対は現実主義的「風見鶏」の面目躍如という見方である。
 10年前、千鳥ケ淵戦没者墓苑を創設した元陸軍大佐・美山要蔵の生涯をまとめた拙著を届けに中曽根事務所を訪ねたことがある。手渡すと目の前でページをめくり、竣工(しゅんこう)式の口絵写真を指さして、
 「ここに私も出席していたよ」
 と懐かしみ、話題を小泉靖国参拝問題に向けると、断言した。
 「A級戦犯分祀(ぶんし)しかない」
 戦争への反省も短く語った。
 冷戦終結から30年、平成も終わった今になって、「戦後政治の総決算」は中曽根本人の意図とは別の歴史的意義を浮かび上がらせてきたように思える。昭和が終わり、戦後も去れば、靖国参拝も憲法改正も難しくなる。その予見を未来の政治的記憶としてあらかじめ刻んでおいたのではないか。

安倍改憲について中曽根は晩年

 「ぬらぬらしたものがない」
 と表現した。本気じゃないと見透かしていたのだろうか。
 安倍晋太郎元外相に好感を抱いていた後藤田は、第1次安倍政権ができる前に漏らしていた。
 「わしは晋三が岸信介になるのを心配しとるんじゃ。周りがおだてたらあかんよ」
 長期政権を作った名コンビは、今なお味わい深い。(敬称略)(第1土曜日掲載)

 編集委員。政治部、ジュネーブ特派員など。著書に「靖国と千鳥ケ淵 A級戦犯合祀の黒幕にされた男」(講談社+α文庫)ほか。



【主張】憲法審査会 与野党とも恥を知らぬか
2019年12月8日:産経新聞

 衆参両院の憲法審査会のあまりの怠けぶりには強い憤りを覚える。
 国会は9日に会期末を迎える。改憲手続きを定めた国民投票法の改正案は昨年6月に国会提出されたが、衆院憲法審査会(佐藤勉会長)は今国会でも採決を見送った。
 5国会続けて先送りとなる。こんなことが許されるのか。与党も野党もいい加減にしてもらいたい。
 衆院憲法審は、委員の欧州視察報告に関する自由討議を名目に3回の審議をしたが、各党が具体的な憲法改正項目を提示して議論することはなかった。参院憲法審は、林芳正会長を選任した3分間しか開かれていない。
 審査会が存在する意味があるのか。このような体たらくで、与野党の議員はよく恥ずかしげもなく国会内を歩いているものだ。
 国民投票法改正案は、駅や商業施設での共通投票所の設置や、水産高校の実習生に洋上投票を認めるなど7項目で、平成28年に改正済みの公職選挙法と足並みをそろえるものだ。各党ともこの内容自体には反対していない。
 憲法第96条に基づく国民投票は主権者国民にとって重要な権利だ。一人でも多くの国民が投票できるよう、その仕組みは常に整えられていなくてはならない。
 民主主義の重要な制度に穴があいたまま放置されている最大の責任は、一向に改正案の審議、採決に応じない立憲民主党、国民民主党、共産党など野党にある。
 立民などが、国民投票運動におけるCM規制の強化を持ち出し、改正案の成立を妨げているのは筋違いだ。
 だが、停滞には与党や安倍晋三首相(自民党総裁)にも責任がある。与党は野党との合意に基づく議事運営を心がけてきたが、それにより改正案はいつまでたっても成立できないでいるからだ。立民などは、議論を尽くした後は採決するという民主主義の基本を弁(わきま)えていないのである。
 野党にも、改正案の採決や改憲項目の提示、憲法審での議論促進を強く求める日本維新の会のような党が存在している。
 来年の通常国会では、国民の負託に応えて働く気のある党が協力して、国民投票の仕組みを急ぎ整え、憲法改正論議を大きく前進させなければならない。安倍首相は最大与党のトップとして、もっと指導力を発揮すべきだ。



安倍首相最側近の萩生田文科相も
公選法違反?!
「桜を見る会」疑惑と同じ構造【スクープ】
2019年12月8日:週刊朝日

「桜を見る会」前夜祭では、会費を相場の半額以下の1人5千円に設定し、多額の不足分を安倍事務所が補填した疑いが持たれているが、差額分の補填は後援者への寄付行為に当たり、公職選挙法に違反する可能性が濃厚だ。これと同様の疑いが、安倍首相の最側近・萩生田光一文部科学相にもあることが本誌の調べでわかった。

 公選法をめぐっては10月、菅原一秀・経済産業相と河井克行・法相が相次いで辞任する異例の事態に発展した。

 萩生田氏の政治団体「はぎうだ光一後援会」(東京都八王子市)では毎年参加者を募って4月にグラウンドゴルフ大会、5月にフットサル大会を開催している。両大会は毎年のように支出が収入を上回る“赤字イベント”として常態化しているのだ。

 特に収支の差額が大きいのは、グラウンドゴルフ大会のほうだ。

 グラウンドゴルフ大会の収支について、13年分の政治資金収支報告書から順に見ていくと、13年分は27万1千円の収入があった。支出は会場の戸吹スポーツ公園の利用料2万5千円、弁当代17万2500円、参加賞代10万8千円などから、後援会スタッフの経費を差し引いた金額が36万7962円で、赤字額は「9万6962円」だ。収入額を単純に500人で割ると“会費”は500円余り。スポーツを楽しんだうえ、参加賞をもらい、総菜店のお弁当に豚汁など汁物も振る舞われたようだから、参加者にとっては結構なお得感があるだろう。

 14年分は27万6500円の収入に対し、支出が39万5282円で「11万8782円」の赤字。以降、15年分は「15万8561円」、16年分は「13万6813円」、17年分は「14万8621円」などと、それぞれ赤字を出している。政治資金に詳しい上脇博之・神戸学院大学教授によれば、この赤字分が参加者に対する違法な寄付になるという。

「グラウンドゴルフ大会は毎年行われているわけですから、興行的に赤字になることはわかっているはずです。そうすると、たまたま天気が悪くて参加者が少なかったなどという言い訳が通らなくなります。赤字で有権者を接待する“常習犯”であり、そうして後援会の会員をつなぎ留めていると言えます」
 具体的には、政治団体「はぎうだ光一後援会」がスポーツイベントを主催していることから、公職の候補者の氏名等を冠した団体の寄付を禁じた「公選法第199条の3」に違反する可能性が高いという。

「はぎうだ光一グラウンドゴルフ交流大会」に参加したことがある地元のまとめ役の80代の男性の証言。

「萩生田さんの後援会の役員になっている人たちから2月くらいに参加者の募集の話があり、3月中には参加者をまとめ、4月に大会という感じです。参加費は500円で、私が集めて用紙にまとめて名前を記入し、提出しています」

 グラウンドゴルフは高齢者に人気のスポーツで、本格的なゴルフとは違い、公園などで手軽に楽しむことができる。そのため、参加希望者は多いという。

「参加者は萩生田さんの選挙区の人ばかり。最初の2、3回目くらいまでは、豚汁やおにぎりなどの昼飯も出てました」(80代の男性)

 スコア上位者には賞品が出るという。

「10位くらいまでありますね。植木鉢の花やお米など、いろんなものが出てますよ。私も2位に入ってもらったことがあります。2~3年前までは安倍晋三首相の特別賞もありました。入賞しなくても、参加賞として去年も今年も、ゴミ袋が10枚程度入ったものをもらいました」(同)

 自民党の中堅の国会議員がこう指摘する。

「地元の有権者にお金、モノを渡したり、ごちそうしたりしたら公選法違反でお縄になりますよ。これは基本のき、どの国会議員でもわかっていること」

 本誌は、萩生田氏の事務所に、グラウンドゴルフ大会などの赤字補填分が公選法に違反する疑いがあることについて見解を求めた。

 萩生田氏の事務所は、文書で次のように回答した。

<政治資金は法令に従い適正に処理し、その収支を報告している。ご質問の行事は当該政治団体の目的でもある懇親行事であり、参加者から相応の参加費を徴収し実施しているところであり、ご指摘は当たらない>

 食事や景品を振る舞われたとされる参加者は本誌の取材に対し、「追加費の請求はなかった」と答えている。10日発売の週刊朝日12月20日号では萩生田文科相のさらなる疑惑の詳細を報じている。(本誌・上田耕司、亀井洋志)

※週刊朝日  2019年12月20日号より抜粋



公文書、桜も森友も加計も廃棄
 保存1年未満 真相解明阻む
2019年12月8日:東京新聞


 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」を巡り、公文書管理の在り方が問題となっている。政府が招待客名簿を廃棄したことを理由に会の実態を明らかにしないからだ。公文書の廃棄が壁となり、真相解明が進まない構図は、森友学園や加計(かけ)学園の疑惑でも同じだった。
 桜を見る会の招待客は、首相や官房長官、与党政治家などの「政治推薦」が各府省庁からの推薦を大幅に上回り、会の「私物化」への批判が噴出。マルチ商法を展開した「ジャパンライフ」の元会長が二〇一五年に首相らの推薦枠で招待されたことも追及を受けた。
 政府は招待客や政治推薦の名簿について、公文書管理法に基づき保存期間一年未満の文書として遅滞なく廃棄したと説明。野党が詳細に踏み込んで聞いても、政府は名簿がないため確認できないと繰り返すのみになっている。
 保存期間を一年未満とする文書は、一七年十二月の「行政文書の管理に関するガイドライン」の改定で、日常的な業務連絡や日程表、コピーなど「軽微」な七類型に限定された。だが七類型は抽象的で、どの文書が該当するかは各府省庁が決められる。そのため役所ごとの裁量で都合の悪い文書を「一年未満」とし、すぐに廃棄してしまう余地が残っている。
 森友問題では、財務省が国有地の取引に関する交渉記録を「一年未満」として「廃棄した」と、存在を否定した。後に、職員の「手控え」として個人パソコンなどに記録が残されていたことが分かった。
 加計問題でも、愛媛県の文書に首相と学園理事長が一五年二月に面会したとする記録が残されていた。だが政府は官邸の入邸記録が「一年未満」で廃棄され、記録は残っていないと事実確認を避けた。
 与党内には「公文書管理法は、むやみに役所の文書を捨てないためにつくった法律。桜を見る会の名簿も法律に照らせば、最低五年は保存しないとおかしい」(自民党中堅)と現状に懸念を示す声も出ている。 (中根政人)

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