これでイイのか?日韓外交

居酒屋談義レベルから、メディアまで、韓国ヘイトの出鱈目がすごい。多くのコメントは「イイじゃん日本!」「悪いのは韓国、日本は悪くない」という気分で発言されている。しかも、反省もなく、言い募ることばかりに熱心で、議論として成立していない。
テレビのニュースバラエティでは、日本と朝鮮半島の歴史や東アジアの平和という前提もなく、GSOMIA破棄や、曺国(チョグク)法相スキャンダルについて国内問題以上に詳細に報じている。その見立てはあくまで「日本は善」という単純な見立てで、問題の本質は見えてこない。
これだけ韓国への注目が集まっているのだから、その昔(50年ほど前)の「11㏘」(日本テレビ・司会は大橋巨泉)で日本の韓国侵略を扱ったようなメディア報道があまりに少ない。

青木理氏
「韓国だったら何を言ってもいいみたいな
人たちが、テレビで煽っている」
日韓関係を巡る報道について青木氏は、
「政治とメディアが本来煽っちゃいけないのに、
煽ってちょっといい気になっているっていうような風潮が、
むしろ日本が強まっている」などと述べた。
2019年9月1日:ハフィントンポスト

ジャーナリストの青木理氏が9月1日、TBS系の「サンデー・モーニング」に出演し、日本のテレビでの日韓関連の報道について、「韓国だったら何を言ってもいいんだみたいな人たちが、煽っている」などと批判した。韓国では世論が多様化している一方で、日本の報道は韓国批判一色だとしている。
この日、番組では、韓国で安倍晋三首相を糾弾する集会が開かれている一方で、文在寅(ムン・ジェイン)政権を批判する集会も開かれていると紹介。文大統領の側近のスキャンダルが報じられたことや、韓国が日本とのGSOMIAを破棄する発表をしたことなどを受け、「(日韓は)協力すべきなのに、今の韓国のやり方は、一方的で間違っている」「反日感情を煽って自らの政権を延命させようとする策略だ」などと訴える集会参加者がいることをあげ、世論が多様化している様子を報じた。

青木氏は一連の報道について意見を求められると、「スキャンダル隠しだという報道は、確かに現地(韓国)ではある」と述べるとともに、日本が韓国に対して輸出規制を発表したのは参議院選挙の告示前だったと指摘。日韓両政権について、「両政府とも、ちょっと強硬的なことをやって、政治利用しているということがある」と述べた。
さらに、青木氏は、「ちょっと冷静になって、ちょっと中長期的に考えたら、日韓共に得なことがひとつもない」などと述べ、その理由を次のように語った。

「安全保障もそうだし、日本にしても北朝鮮と交渉するという時に、韓国のパイプがあるというのは、絶対あったほうがいいです。
経済的にも、1965年に日韓国交正常化して以降、日本が経済協力資金を渡すかたちで韓国は成長したんだけれども,日本の紐付きの資金だったから、日本の企業もすごく潤ったわけですよ。つまり日韓の貿易というのは、一貫して日本が黒字、韓国が赤字。韓国は経済成長した、日本の企業も潤った。ある種、ウィン-ウィンできているわけですよ。
その経済を傷つけるし、ここに来て観光にまで傷が出てきているということは、両方にとって一つもいいことはなくて、唯一あるとすれば、お互いに一泡吹かせてやって、ちょっとスッキリしたというようなカタルシスですよね。
そんなことのために、これ以上、対立続けていいのかっていうことを考えなくちゃいけないのと、ちょっと気になって僕がいるのは、韓国では比較的、文在寅政権のやり方おかしいんじゃないかっていう声が出てきていて、これまで反日一色だったのが、韓国のほうが世論が多様化している感じがするんですよ
ところが日本はどうかというと、もう、ほぼ韓国批判一色、どころか、言いにくいんだけど、この局なんかも含めて。非常にテレビで乱暴な…。韓国だったら何を言ってもいいんだみたいな状況の人たちがたくさん出てきて、またみんなで煽っているという状況になっている。
だから、政治とメディアが本来煽っちゃいけないのに、煽ってちょっといい気になっているっていうような風潮が、むしろ日本が強まっているっていうあたりが、僕はここのところすごく気になってしょうがないですね」
これについて、番組司会の関口宏氏は、「あるかもしれませんね。何か問題起こってますね、あっちこっちで」などと応えた。

【主張】
朝鮮学校の敗訴 北の影響下に公金出せぬ
2019年9月5日:産経新聞

 朝鮮学校を高校授業料無償化の対象から外した国の措置は「適法」とする司法判断が先週相次いで確定した。最高裁が東京と大阪で起こされた2件で朝鮮学校側の上告を退ける決定をした。
 北朝鮮の独裁者をたたえる教育内容や朝鮮総連の影響下にある学校運営の実態に目をつぶって公金は使えない。当然の決定だ。
 朝鮮学校を運営する学校法人や卒業生らが5カ所で同種訴訟を起こしていた。残る広島、名古屋、福岡の高裁で係属中の3件の訴訟への影響も大きいとみられる。
 東京の訴訟で1審の東京地裁は、支給要件である「適正な学校運営」に照らして対象から除外した文部科学相の裁量権を認め、訴えを退けた。2審の東京高裁もこれを支持した。朝鮮学校と朝鮮総連の関係について、教育内容や人事、財政に影響が及んでいることを認めたものだ。
 大阪では、1審の大阪地裁が教育の機会均等の趣旨から外れるなどとして朝鮮学校側の訴えを認めた。しかし、2審の大阪高裁は北朝鮮の指導者を礼賛する教科書を使っている点などを重視し、「朝鮮総連から教育の自主性をゆがめるような支配を受けている合理的な疑いがある」などと結論づけ、朝鮮学校側の訴えを退けた。
 「子供に罪はない」などとして教育の機会均等に問題をすり替えるのは誤りだ。朝鮮学校側の訴えを退けた広島地裁判決では、適正な学校運営などの支給要件について合理的とし「民族を理由としたものではない」と認めている。
 朝鮮学校の歴史教科書などには故金日成、金正日父子をたたえる記述が頻繁に出てくる。朝鮮学校が総連の地方本部の傘下組織のようになっている例や、朝鮮学校を利用して資金集めが行われている疑いも指摘されてきた。そこに税金を使う方がどうかしている。
 高校無償化制度は民主党政権時代の平成22年に導入されたが、同年に北朝鮮が韓国・延坪島を砲撃する事件が起きるなどし、朝鮮学校への適用が見送られた。曲折を経て自民党政権で適用除外が決まった経緯がある。
 北朝鮮は危険なミサイル発射を繰り返している。さまざまな形で朝鮮学校への補助金支給を続けている自治体があるが、独裁国家を支える教育内容や学校運営の実態を把握してのことなのか。再考すべきである。

安倍応援団や極右議員も流布
『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』の
嘘と確信犯的トリックを
徹底的に暴く検証本が
2019年9月1日:LITERA












『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから)

 1923年の9月1日に発生した関東大震災から、きょうで95年を迎えた。震災のなか、「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒を入れた」「火をつけて回っている」などのデマが流れ、日本人自警団らによって多くの朝鮮人たちが暴行・殺害された“朝鮮人虐殺”。本サイトでは毎年、当時の膨大な証言や史料、関連書籍などをもとに、その悲劇の歴史を振り返ってきた。
 その一番大きな動機は、「朝鮮人虐殺はなかった」「朝鮮人が暴動を起こしたのは本当だ」などといった、史実を否認する歴史修正主義が蔓延っているからだ。
 ネットのなかの閉じた話ではない。この“虐殺否定デマ”は、現実の政治にも大きな影を落としている。たとえば、小池百合子都知事は、就任以来3年連続で、それまで墨田区の横網町公園でおこなわれる朝鮮人犠牲者追悼式典へ送付されてきた追悼文を送らない決定をした。小池知事は「関東大震災という大きな災害で犠牲になられた方々、またさまざまな事情で犠牲になられた方、すべての方々に対しての慰霊という気持ちには変わりはない」などとはぐらかしながら、朝鮮人虐殺への言及を避け続けている。
 振り返れば、小池都知事が初めて朝鮮人犠牲者への追悼文を拒否した2017年、都議会では3月、自民党の古賀俊昭議員が『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(工藤美代子/産経新聞出版)という本をあげ、追悼碑を問題視し撤去を求めるということがあった。
 古賀都議は「朝鮮人活動家」を念頭に「現に震災に乗じて凶悪犯罪が引き起こされたことは、具体的に事件としてたくさん報道されています」と延べ、「こうした世相と治安状況の中で、日本人自警団が過敏になり、無関係の朝鮮人まで巻き添えになって殺害された旨の文言こそ、公平、中立な立場を保つべき東京都の姿勢」と主張した。つまり“状況を踏まえれば流言飛語はしかたがない”として、虐殺の加害性を矮小化したのである。
 また、本サイトでも当時レポートしたように、同じ2017年の式典当日には同じ横網町公園で、在特会とも関連する歴史修正主義市民団体「そよ風」が取り仕切る“朝鮮人虐殺否定”の集会が開かれ、地元の大瀬康介・墨田区議らが出席。大瀬区議は本サイト記者の直撃に、「朝鮮人の暴動も朝鮮人が火をつけてまわったのも事実」「自警団がやったのは虐殺ではなく正当防衛という認識」と答えた。ネットで蔓延る典型的な虐殺否定論のロジックだ。
 しかし、確実に日本社会を蝕んでいる「朝鮮人虐殺はなかった」の否定論は、単なる思い違いやミスによって生まれているのではない。人を騙す目的をもって仕掛けられたトリックである──。そう指摘するのは、6月に発売された『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから)だ。
 著者は『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)で高い評価を受けた加藤直樹氏。新刊『トリック』ではあらためてネット上に流通している否定論を分析・検証し、史料を交えながらわかりやすく解説したうえで、その虚偽がいかに意図的に作り出されたものかを暴いている。

極右議員やネトウヨは当時の
誤報を元に「朝鮮人の暴動は実際にあった」と

 その一例が「朝鮮人の暴動は流言飛語ではなく実際にあった」という、前述の都議や区議らも主張したデマだ。
 まず、ネット上では鬼の首をとったかのように「朝鮮人暴動」を伝える当時の新聞記事画像がアップされているが、これらのほとんどは震災直後のものであり、混乱の最中の誤報であることが確定している。
 実際、震災直後の新聞では、風説を裏取りなしに記事化した結果、「富士山噴火」「伊豆諸島沈没」「山本首相暗殺」といった荒唐無稽な誤報・虚報が氾濫したが、地震発生からおよそ一週間後には、「鮮人に関する流言は無根」「鮮人の爆弾 実は林檎 呆れた流言飛語」というふうにデマであったと報じる多数の記事などによって否定された。
 もちろん、行政機関の文書でも「朝鮮人暴動」は否定されており、加藤氏はそのことをいくつも例示している。たとえば震災発生から約3カ月後の司法省による「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」(1923年11月)には、「朝鮮人暴動」の流言について「一定の計画の下に脈絡のある非行をなしたる事跡を認め難し」と記されている。
 ほかにも、神奈川県警備隊の司令官であった奥平俊蔵中将は回想録で、朝鮮人による強盗や放火、井戸に毒を投げ込んだなどの情報について「傍々これを徹底的に調査せしに、ことごとく事実無根に帰着せり」と書いている。官の研究機関による調査や警察当局の記録にも「朝鮮人が放火した」とか「井戸に毒を入れた」というような報告は皆無だ。
 そしてなにより、「朝鮮人が襲撃してくるらしい」「井戸に毒を入れたらしい」といった風説を聞いたという同時代の証言は山ほどあるが、そうした「朝鮮人暴動」を直接目にしたり立ち会ったという証言は、一切、存在しないのである。
 ようするに、虐殺否定論者は震災直後の新聞記事を最大の根拠にするが、それは、誤報を「事実」かのように偽り、その他は全部無視することによって、「朝鮮人暴動は事実」という虚説に援用しているにすぎないのだ。
 『トリック』で加藤氏は、こうした否定論の仕組みを明かしながら嘘を暴いていくのだが、同書の最大の特徴は、そこからさらに踏み込むところにある。先に触れたように、この否定論のデマが“いかに意図的につくりだされたか”までをも証明してしまうのだ。

歴史修正主義者夫婦の本が拡散させた
「朝鮮人虐殺はなかった」という嘘

 実は、ここ数年で一気に広がった虐殺否定論には“タネ本”が存在する。都議会での自民党議員による質問でもあげられた『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(工藤美代子、2009年)と、その5年後に出版された『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(加藤康男、2014年/ワック)だ。
 ふたりの著者は夫妻であり、二冊の内容はほぼ同一。取材・執筆は共同で行ったといい、後者は版元を変えた事実上の新装版と言える。本稿も『トリック』にならい、以下、二冊を合わせて便宜上『なかった』と表記しておこう。
 加藤氏は『なかった』をいわゆる“トンデモ本”と一緒にすべきではないと主張する。なぜならば、〈この本の内容を仔細に検証すればするほど、その主張が、史料の恣意的な切り貼りなどの意図的な作業によって初めて成立していることが分かる〉からだ。
〈マジシャンが演じる見事なトリックを見て超能力だとは早合点する人はいても、自らを超能力者だと思い込みながらマジックを披露するマジシャンは存在しないだろう。本人はタネを知っているのだから当然だ。つまり、『なかった』はトンデモ本ではなく、自らも信じてはいない「朝鮮人虐殺はなかった」という主張を読者に信じさせるために様々なトリックを駆使した“トリック本”なのである。〉(『トリック』より)
 どういうことか。たとえば前述した「朝鮮人暴動」の新聞記事だ。『なかった』はこれらを多数引用しているのだが、加藤氏によれば、『なかった』が“朝鮮人暴動実在の証拠”という文脈で使っている16本の史料のうち、実に12本が震災直後(1923年9月8日まで)の誤報記事なのだ。しかも、加藤氏は残りの4本についても原文や史料にあたることで、証言の意図的な切り取りであったり、論旨を著しくねじ曲げているなどの問題を明らかにしている。

検証本『トリック』が暴く
“横浜で朝鮮人が暴動を起こした証拠”の嘘

『トリック』からひとつ、“史料の意図的な切り貼り”の例示しておこう。『なかった』は、横浜地裁の長岡熊雄判事の手記の一部を“横浜で朝鮮人が暴動を起こした証拠”として引用している。そこには震災当日、横浜港に停泊していた船に避難していた長岡判事が下船したいと「事務長」に申し出ると、「陸上は危険ですからご上陸なさることは出来ない」と言われたとしてこう続く。
〈何故危険かと問へば『鮮人の暴動です。昨夜来鮮人が暴動を起し市内各所に出没して強盗、強かん、殺人等をやって居る。殊に裁判所付近は最も危険で鮮人は小路に隠れてピストルを以て通行人を狙撃して居るとのことである。若し御疑あるならば現場を実見した巡査をご紹介しましやう』といふ〉
『なかった』による長岡判事手記の引用はここで止められている。ところが、引用されていないその続きには「現場を実見した」とされていた「巡査」に会うくだりが登場する。そして、長岡判事が暴動の真偽を確かめると、巡査はここう言ったという。
〈『昨日来、鮮人暴動の噂が市内に喧しく、昨夜私が長者町周辺を通つたとき、中村町辺に銃声が聞こえました。警官は銃を持つていないから暴徒の所為に相違いないのです。噂に拠れば、鮮人は爆弾を携帯し、各所に放火し石油タンクを爆発させ、又井戸に毒を投げ婦人を辱しむる等の暴行をして居るとのことです。今の処、御上陸は危険です』といふ〉
 ようするに、実は巡査も「現場を実見した」わけではなく、「噂」を聞いたにすぎないのだ。「銃声」もまた、そうした音を耳にしただけで実際に朝鮮人が発砲した現場を見たわけではない(加藤氏によれば当時は銃所持の規制は緩く、実際、「猟銃を撃つ自警団の男の話」が掲載されている別の手記の存在が指摘されている)。
 この時点で、史料から伺えるのは震災直後に流言が飛び交っていたということであり、まして“朝鮮人暴動の証拠”たりえないのは明白だが、さらに、永岡判事の手記には朝鮮人虐殺の記録が書かれていた。下船した長岡判事は自宅のある品川に向かうなかで目撃したことをこのように記している。
〈壮丁が夥しく抜刀又は竹槍を携へて往来し居る、鮮人警戒の為だといふ〉
〈壮丁の多くは車男鳶職等の思慮なき輩で兇器を揮て人を威嚇するのを面白がつて居る厄介な痴漢である。くわえて之を統率する者がないので一人が騒げば他は之に雷同する有様で通行人は実に危険至極である。道にて鮮人の夫婦らしき顔をして居る者が五六人の壮丁の為詰問せられ懐中を検査せられて居るのを見た〉
〈生麦から鶴見に行く、比辺の壮丁も抜刀又は竹槍を携へて往来して居る。路傍に惨殺された死体五六を見た。余り惨酷なる殺害方法なので筆にするのも嫌だ〉

『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』に潜む
“7つの恣意的トリック”

 いかがだろう。『なかった』の著者である工藤夫妻は長岡判事の手記を読んだはずだが、上のくだりはまったく引用されていない。“根拠として使った”のは、実際には直接目撃していなかった警官を「現場を実見した巡査をご紹介しましやう」と言った事務長の話だけ。意図的な切り取りは明らかだろう。加藤氏はこう断じている。
〈つまり、この長岡判事の手記には「朝鮮人暴動」の目撃証言は出てこない。反対に、「朝鮮人暴動」の流言を信じた自警団による暴力と混乱を目撃した記録が、この手記の本筋なのである。ところが工藤夫妻は、いわば手記の導入部である下船前の噂話の部分だけを引用することで、この手記を「朝鮮人暴動」の記録に仕立て上げて、内容を正反対にねじまげているのだ。〉(『トリック』)
 このように、加藤氏は『なかった』に潜んでいる“7つの恣意的トリック”を丸裸にしている。他の虚偽の手法についても是非、『トリック』を読んで確かめてみてほしい。その悪質さに呆れるばかりでなく、怒りさえこみ上げくるだろう。
 繰り返すが、虐殺否定論の“タネ本”は、“あった虐殺をなかったと騙すため”あるいは“なかった暴動をあったと偽るため”に、荒唐無稽なことを大胆にやってのけた。だが、それゆえに、ネット上の「朝鮮人虐殺はなかった」デマを爆発的に広め、また、産経新聞や極右政治家に取り上げられたことで現実社会を深く浸食していった。
 加藤氏も同書で指摘しているが、たとえば、『ちびまる子ちゃん』にまで圧力をかけたことで知られる自民党の赤池誠章参院議員は、自身のブログで『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』を紹介、〈労作、好著〉と絶賛しながらこう述べている。
〈「朝鮮人虐殺」という自虐、不名誉を放置するわけにはいきません。関東大震災の教訓として、防災問題はもちろん、テロ対策の面からも学ぶ必要があります。政府は改めて事実調査をすべきだと思いました。〉(2014年9月1日)

『ちびまる子ちゃん』に圧力かけた
安倍チル議員・赤池元文科政務官も「虐殺否定」デマ

 つまり、安倍政権で文科政務官を務めた国会議員が「朝鮮人暴動は実際にあった」なる虚偽をもとに、「大震災の教訓」として「テロ対策」と言っているのである。これは、朝鮮人虐殺の否定論が実害を与えることの証左にほかならない。
 なぜならば、虐殺否定論は史実を正反対に歪めるだけでなく、「災害時に気をつけるべきは朝鮮人の暴動だ」という極めて危険な誤謬を植え込もうとするからだ。関東大震災で日本人が起こした朝鮮人虐殺は、「朝鮮人」という属性だけでマイノリティを暴行・殺害するというヘイトクライムに他ならならなかった。だが、それから90年以上が経った今日でも、大規模な災害が起こるたび、SNSでは“「在日」や「外国人」が暴動や不穏な動きを見せている”といった事実無根のヘイトデマが流れてしまう。過去の虐殺の否定は、新たな虐殺の引き金となりかねない。
 実は、その構造は、南京事件や慰安婦問題、徴用工問題など、日本の歴史修正主義全般に重なってくる。虐殺、戦争犯罪、性暴力、強制労働などの負の歴史を「なかった」「正当だった」と連呼する歴史修正主義は、大衆の仄暗い感情につけ込む。先人の「繰り返さない」という決意を無駄にし、残虐行為や人権蹂躙への抵抗感をなくさせてゆく──。
 必要なのは“ドス黒い悪意”を見破る力だ。『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』は、必ずその手がかりになる。関東大震災で起こしてしまった虐殺と向き合い、否定論に抗うこと。それは、わたしたち自身の心を見つめ直すことなのである。
(小杉みすず)


[寄稿]
「植民地近代化論」は
“不都合な真実”でなく“不都合な虚構”だ
2019年8月1日:ハンギョレ新聞

特別寄稿/『反日種族主義』に反論する(1)植民地近代化論 
 
日帝強制占領期間に所得不平等が深化 
開発利益は日本人に集中し 
朝鮮人は飢え続け 
解放後も長い間貧困に苦しんだ

イ・ヨンフン元ソウル大教授らが書いた『反日種族主義』が論議を呼んでいる。この本は、10万部近く売れベストセラー1位に上がった。「日帝は朝鮮を収奪しなかった」「強制徴用はなかった」 「日本軍“慰安婦”らは性奴隷ではなかった」などの極端主張が流布され、政府の高位公務員が「親日することが愛国」と言うまでに達した。この本で最も問題となる植民地近代化論、強制動員、「慰安婦」問題に関し、各分野の専門家の寄稿を3回にわたり掲載する。

日本植民地時代に朝鮮の少年たちが作ったかますを売る市場の様子。
学校では貧しい子どもたちにかますを作らせ学費の足しにする児童強制労働をさせた。
朝鮮総督府は、米を収奪するためにかます作成を細かく計画し管理した
=ソウル特別市史編纂委員会『写真で見るソウル2』//ハンギョレ新聞社

 2005年4月、日本の極右新聞と呼ばれる産経新聞の姉妹誌「正論」という雑誌に、ハン・スンジョ元高麗大学教授(政治学)が「親日行為がすなわち反民族行為か?」という寄稿を載せ、韓国が沸きかえったことがある。当時制定された「日帝強制占領下の親日反民族行為真相究明に関する特別法」が、このような寄稿文を書いた直接的契機であった。一部の新聞では「日本の植民支配は祝福」という刺激的なタイトルで報道したことにより、ハン教授は世論の厳しい叱責を受けた。彼の主張の中には、植民地近代化論の特徴がそっくり含まれていた。そこでイ・ヨンホ仁荷大学教授(史学科)は、これを「植民地近代化論のカミングアウト」と述べた。
 植民地近代化論は、社会的イシューになるたびに世論で一斉に叩かれたが、忘れた頃には必ず飛び出してくるようだ。植民地近代化論を主張する学者が書いた『反日種族主義』もまた同じだ。この本を読んで、洪準杓(ホン・ジュンピョ)前自由韓国党代表は「保守右派の基本的考えにも外れる内容」と述べ、チャン・ジェウォン自由韓国党議員は「本を読む間、激しい頭痛を感じた」と話した。それほどこの本は保守・進歩を問わず大多数の韓国国民の普遍的常識とはかけ離れている。
 それにもかかわらず、植民地近代化論者などは臆するところがない。それは“不都合な真実”かもしれないが“客観的事実”であるためだということだ。そのため学者的良心からそのように言うほかはないということだ。ハン・スンジョ教授は、韓国の代表的政治学者のひとりであったし、『反日種族主義』の著者も高い学問的水準を持っている学者だ。彼らは自分の主張を裏付ける論拠を持って主張しているのであって、感傷的に主張しているのではない。
 植民地近代化論という用語は、国史学界がかぶせたフレームのようなものだと言って植民地近代化論者本人たちは特に満足していないようだ。そのためこの用語を使うのは慎重になるが、本人たちが自分たちの学問思潮に対して特に何か規定しているわけでもないので、便宜上この用語をそのまま使うことにする。
 植民地近代化論というのは、だれか一人の見解ではなく、さまざまな研究者による集合された考えだ。研究者の専攻も経済学だけでなく、歴史学、政治学、社会学などとても多様で、研究対象の時期も朝鮮末期から現在に至るまで多様だ。そのため共通分母を探すことは容易でなく、ややもすれば一般化の誤りを犯しかねないが、時期別に植民地近代化論の主要な主張を要約してみると、次のとおりになる。
(1)朝鮮末期社会が生産力の崩壊とともに自滅するしかない危機に置かれていた。
(2)日帝強制占領期間、日本から近代的なさまざまな制度が導入され、先進的な資本が大挙投入されることによって朝鮮が急速に開発され、その結果朝鮮人の生活水準も向上した。
(3)このような植民地的開発の経験と遺産が、解放後の韓国経済の高度成長の歴史的背景になった。

鉄道・道路拡充で耕地・生産性拡大
植民地近代化の根拠を提示するが
所得分配は独占・不平等の拡大再生産

 日帝強制占領期間の資料を読めば、その当時植民地朝鮮で注目すべき開発が行われたことを簡単に識別できる。近代的な日本の法が朝鮮に適用された。市場制度が発展した。鉄道・道路・通信・港湾などの社会基盤施設が拡充された。先進的技術を持っている日本の資本が大挙投入されて、工場と鉱山が建設された。河川が改修された。農地改良と農業改良によって耕地面積が拡大し、農業生産性も上がった。都市計画と上下水道施設が普及した。こうした証拠はこの他にも逐一数え上げられないほど溢れている。
 不都合な真実はここから生じる。「こうした近代的なさまざまな変化が植民地朝鮮を開発させただろうし、その開発のおかげで朝鮮人も少しは豊かに暮らせたのではないだろうか」という気がしてもおかしくない。「日本人たちが開発の利益の多くの部分を持っていったと言っても、朝鮮人にも少しはおこぼれがあっただろうし、それで朝鮮人も多少は豊かに暮らせたのではないか」と考えることもできるということだ。
 ところが、朝鮮が開発されたということと、それが朝鮮人にとっても利益になったという論理展開の中には、論理の飛躍という落とし穴がある。朝鮮という地域の開発と、朝鮮人の開発を区別できない飛躍だ。日本人たちは猛烈な速度で朝鮮の土地を掌握して行き、鉱工業資産は90%以上が日本人たちの所有であった。少数の日本人が土地や資本のような生産手段を集中的に所有したので、所得分配が民族別に不公平にならざるをえなかった。こうした不公平な所得分配構造は、日本人たちにより多くの生産手段を所有できるようにし、それが所得不平等を拡大させた。こうした民族別不平等の拡大再生産過程が、植民地時代に朝鮮で広がっていた開発の本来の姿だった。
 不公平な開発は民族差別を拡大させた。朝鮮の開発は日本の、日本人による、日本人のための開発であったため、本来この地の主人だった朝鮮人はそうした開発の局外者に過ぎなかった。歳月が流れますます民族別生産手段の不平等が拡大して、経済的不平等が拡大するいわゆる「植民地的経済構造」に閉じ込められることになった。したがって、植民地体制が清算されない限り、朝鮮人は植民地的経済構造から抜け出すことができず、未来に対する希望も持てなくなった。解放がまさにこの植民地的経済構造から脱皮できる唯一の道だった。まさにそうした点で、民族独立運動が何よりも重要で大切だった。筆者が以前に書いた本に、『開発なき開発』という一見形容矛盾したタイトルを付けた理由もそこにあった。
 筆者の話が反日種族主義のドグマを抜け出せなかった極端主張と聞こえるだろうか? 筆者は長い間、植民地近代化論が得意とするその実証により植民地近代化論を批判する論争を無数に行ってきた。紙面の制約のために、ここでその多くの実証を具体的に扱うことはできない。多くの実証的論争の中で、最も重要で簡単に説明できる一つの指標を挙げて植民地近代化論の主張が事実でないことを証明してみることにする。

「強制占領期間、朝鮮人の背が高くなった」という主張
過去100年余り、食品需給表統計には
1918~1945年栄養供給量減少傾向
所得が増加したという命題は成立しない

 植民地近代化論は、「日帝強制占領期間に朝鮮で行われた開発の結果、朝鮮人の生活の質も高まった」と主張する。「日帝強制占領期間に朝鮮人の背が高くなった」という主張もここから派生したものだ。植民地近代化論の最も主要な主張の一つだ。『反日種族主義』の筆者の1人である落星台(ナクソンデ)経済研究所のチュ・イクジョン研究委員の研究によれば、日帝強制占領期間に朝鮮人1人当たりの国内総生産(GDP)が60%以上増加し、1人当たりの消費も大きく増加したという。日帝強制占領期間に朝鮮人の生活水準が向上したという主張だが、これは落星台経済研究所が出した「韓国の経済成長1910~1945」という研究結果を土台にしている。果たしてこうした主張は妥当だろうか?
 忠南大学のユク・ソヨン博士は、1910~2013年の食品需給表を利用して、朝鮮(韓国)の1人1日当たりの栄養供給量の変化を分析した。韓国農村経済研究院は、食品需給表を1962年以来現在まで毎年公表している。ユク博士は、食品需給表が存在しない1910~1962年に対する食品需給表を追加して、その時系列を1910年までさかのぼった。この食品需給表から、1人1日当たりのエネルギー、蛋白質、脂肪質、無機質(Ca,Fe)、ビタミン(A,B1,B2,Niacin,C)などの栄養供給量が分かる。エネルギー、蛋白質、脂肪質など主な栄養供給量を中心に、その分析結果を整理してみれば次のグラフになる。
 グラフからわかるように、1918年までは栄養供給量が増加したが、その後1945年までは減少傾向を見せ、解放後に反転して明確な増加傾向を見せている。1990年代中盤以後のエネルギー供給量と蛋白質供給量がほとんど停滞しているのは、この時期になればダイエットが主な関心事になるほど栄養供給がすでに飽和状態に到達したことを意味する。
 日帝強制占領期間に朝鮮人の所得は非常に低い状態だった。この期間に朝鮮人の所得が増加したと仮定してみよう。低い所得のために食べ物をまともに食べられなかった時期、すなわち常に空腹だったそのような時期には、所得が増加すれば当然何より先に食べ物を求めるので、食物消費量は増えるだろう。栄養供給量が増加しなければならないという話だ。ところが、グラフを見れば日帝強制占領期間に栄養供給量は減少していたので、朝鮮人の所得が増加したという命題は成立しえない。
 一般的に人々の身長は、長い場合で二十歳まで伸び、その後は成長を止める。身長と成長期の栄養供給量の間には強い相関関係があるという。成長期によく食べれば、そうでない場合に比べて平均身長が高くなる。日帝強制占領期間に栄養供給量が減少したということは、平均身長が高くなったと主張するすべての研究が事実でない可能性が高いことを強く示唆する。
 留意すべき点は、1918年までの増加傾向だ。筆者は、この増加が朝鮮が日本の植民地になった直後の初期統計が持つ問題点のためであり、現実ではないと主張してきた。同時に、この期間の経済成長をめぐって植民地近代化論とすでに多くの論争を繰り広げてきた。結論的に言えば、1910~1918年の間にも栄養供給量は減少または停滞したと見てこそ正しいというのが筆者の考えだ。筆者の主張が信じられないならば、争点となる期間を論外にするなり、それをそのまま受け入れて見ても結論には大差ない。

ホ・スヨル忠南大学経済学科名誉教授//ハンギョレ新聞社

 ある国の生活条件を、物質的な消費だけで説明することはできない。例えば、ブータンのような国は所得水準はそれほど高くないものの、幸福指数は非常に高いという。しかし、貧しくて食事さえままならない状況で幸福を云々することはできないではないか?そうした点で、日帝強制占領期間に朝鮮人の生活の質が良くなったとか、生活水準が向上したなどという主張には説得力がない。
 広く知られているように、解放後の韓国は所得水準が非常に低い国の一つであった。解放後、長期にわたり春窮(春の端境期)という言葉がなくならなかった程にいつも飢えに苦しめられた国だった。遠い昔の話のようだが、筆者自身が経験したことだった。日帝強制占領期間にそれほど多くの開発が行われたならば、解放後の韓国がそれほど貧しくなかっただろう。こうした経験は、上のグラフとも整合する。これがファクトではないのか。植民地近代化論の“不都合な真実”は“不都合な虚構”に過ぎない。
ホ・スヨル忠南大学経済学科名誉教授
(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/907420.html
日本の弁護士ら、
「強制動員判決は被害者の人権問題」
と強調する本を出版
2019年9月2日:ハンギョレ新聞

韓国最高裁判決の意味を分析した初の大衆書 
執筆に参加した山本晴太弁護士 
 
「国家同士で対立する政治事案ではないのに 
日本の保守政権が支持率を高めるため煽った」













 日本の弁護士たちが韓国強制徴用被害者に対する韓国最高裁(大法院)勝訴判決を分析した本を日本で出版した。日帝強制占領期(日本の植民地時代)の強制動員問題と韓日請求権協定などについて、日本の社会に広がった“誤解”と“偏見”を正すためだ。昨年10月、最高裁の判決が出た後、その意味を多角的に読み解く本が出版されたのは、韓日両国で今回が初めてだ。
 日本弁護士連合会人権委員会所属の弁護士6人は『徴用工裁判と日韓請求権協定-韓国大法院判決を読み解く』(現代人文社)というタイトルの教養書を、先月末に日本で出版した。日本政府を相手にした韓国強制徴用被害者の損害賠償請求訴訟を代理してきた山本晴太弁護士(66)など、日本人弁護士3人と在日コリアンの人権運動の先頭に立ってきた金昌浩(キム・チャンホ)弁護士など在日コリアンの弁護士3人が執筆に参加した。
 先月31日、ソウル汝矣島(ヨイド)でハンギョレのインタビューに応じた著者の山本晴太弁護士は「日本政府とマスコミが語らない真実を伝えるため」、本の執筆を決心したと明らかにした。彼は「多くのの日本人は、現在の韓日の軋轢が韓国最高裁の判決以来、韓国人が始めた紛争だと思っている。しかし、実は、日本の保守政権が支持率を高めるため、そのように煽った」と指摘した。彼は、強制動員の補償問題が「国と国が対立する政治的事案ではなく、25年間も裁判をしてきた被害者たちの人権問題」であることを伝えたかったと強調した。
 4章で構成された本文は質疑応答(Q&A)の形で、やさしく解説するために努力した。第1章では、最高裁の判決内容と強制動員被害者が日本と韓国で20年以上裁判を行ってきた“闘争記”を紹介する。徴集や勤労挺身隊制度が朝鮮人たちに法的・肉体的に強要された労役だという点を明確にし、「徴用は、朝鮮人が自発的に参加したもの」という日本政府の主張を批判した。
 日本政府が最高裁の判決を批判する際、根拠にする1965年の韓日請求権協定の「個人請求権の消滅」主張に対しても反論した。「日本のマスコミを含め、日本では(賠償問題が)請求権協定で完全に解決済みたが、韓国がそれを覆したと考える人が多い。請求権協定で受け取った資金を朴正煕(パク・チョンヒ)政権が他のところに使い果たしたと、韓国を非難している。しかし、日本政府も、安倍政権以前には同協定で個人請求権が消滅していないと解釈してきた」と指摘した。
 同書は最近、韓国政府が日本企業や韓国企業が共同で基金を作る案を提示したように、解決策を模索することに重点を置いた。そして「(安倍政権が)心から謝罪する考えがないなら、賠償責任のある日本企業を妨げてはならない。被害者中心のアプローチが必要だ」という立場を示した。
 ヤン・スンテ最高裁長官時代に遅れた強制徴用裁判の様子について、「司法壟断の影響で、裁判の進行が止まり、日本で訴訟中だった不二越強制徴用被害者2人が裁判の結果を見ることなく亡くなった」として、残念な気持ちを表現した。
 彼は「韓国最高裁の判決が出た後、日本の輸出規制で企業も被害者になったことを受け、(遅まきながら)韓国政府が積極的に乗り出したという印象を受けた。しかし、問題の核心は被害者の人権だ。韓国と日本はこの点を忘れてはならない」と強調した。
チャン・イェジ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/907980.html

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