この国が完全に「アベる」前に、ABEくんには辞めてもらおう

バカボンのパパが言う「忘れたいのに、思い出せないのだぁ~」という焦燥が、毎日のうんざりと共に続き深まっている。ABEにとって、「公」などというものは、はなから「自分のもの」なのだということが、日々明らかにされているようで、ABEのはらわたが見えて気持ちが悪い。
ABEが首相でいる限り、腐敗の泥沼は「カオナシ」が吐き出す汚物のようにこの国を飲み込んでいく。国と国民が、ABEの汚物で溺れ死ぬ前に、ABEが辞めるか、ABEを辞めさせるか、ボクたちが問われている。


桜を見る会疑惑 逃げ切りは許されない
2019年12月7日:東京新聞

 内閣主催の「桜を見る会」を巡る疑惑は、臨時国会の会期末が九日に迫る中、何一つ解明されていない。その責任は真摯(しんし)な説明を避けている安倍晋三首相自身にある。逃げ切りは断じて許されない。
 税金を使って多数の支持者や反社会的勢力まで招待し、後援会主催の前夜の宴会は収支が不透明。
 これらは、首相自身が公職選挙法や政治資金規正法違反に問われかねない問題だ。潔白だというのなら、桜を見る会の招待者名簿や宴会の明細書など、証拠を示して説明すれば済む。しかし問題発覚以降、首相は口先だけの逃げの姿勢に終始している。
 二日の参院本会議でも、野党議員による資料要求の直後に行われた印刷名簿の廃棄について、シュレッダーの予約の関係だったと従来の政府説明を繰り返した。
 同じころ削除した電子データの復元は、システム上「不可能」と言い切った。その後、データにはバックアップがあったと判明し、当時なら復元できた可能性も出てきた。菅義偉官房長官は予備データは行政文書ではなく、提出の必要はなかったと強弁するが、どんな状態であれ、政府が管理し復元できたのなら原本と同じ文書のはずだ。詭弁(きべん)にしか聞こえない。
 二〇一五年、詐欺的商法を展開していた「ジャパンライフ」の当時の会長に首相枠の区分番号で招待状が届き、宣伝材料にされていたことも重大な問題だ。首相は「個人的な関係は一切ない」と元会長との面識を否定した上で、不当な営業への利用は「容認できない」と人ごとのように述べた。
 ただ、首相の父晋太郎氏が外相だった一九八四年、元会長とともに米国などを訪問し、首相も外相秘書官として同行していたことが明らかになり、答弁の根拠はぐらついている。元会長への招待状が、約七千人から千八百億円がだまし取られた事件を拡大させたのかもしれない。誰がなぜ招待したのか、解明する必要がある。
 格安な五千円の会費を参加者がホテルに直接納めたとする「前夜祭」についても、首相は、明細書を提示しないのはホテル側の営業の秘密に関わるためなどと言うだけで、説得力を欠く。
 臨時国会が終わったとしても、閉会中審査や記者会見に応じて説明することはできる。十一月、政治とカネの問題で安倍内閣の二閣僚が連続辞任した際、首相は「自ら襟を正し、説明責任を果たすべきだ」と求めた。今度は自身がその言葉を守らねばならない。


桜を見る会「国民は理解しつつある」って……
自民党さん、それホント?
2019年12月5日:毎日新聞

二階俊博幹事長=国会内で2019年11月18日、川田雅浩撮影

 「理解」って何だっけ? 思わず手元の辞書を引きたくなった。次々に疑問が飛び出す例の「桜を見る会」について「国民は理解しつつある」といった発言が自民党幹部から相次いでいるのだ。「首相枠」「前夜祭」「消えた招待者名簿」「マルチ商法企業とのつながり」などなど、謎は深まる一方なのに。その「理解」、ぜひ教えてほしいのですが……。【吉井理記/統合デジタル取材センター】
「ほぼ皆分かっただろう」

 始まりは3日、自民党の二階俊博幹事長の記者会見での発言だった。

参院本会議で自身主催の「桜を見る会」を巡る問題について答える安倍晋三首相
=国会内で2019年12月2日、川田雅浩撮影

 前日の参院本会議。安倍晋三首相が「桜を見る会」を巡る自身の「疑惑」に対し「適切であった」「問題なかった」という趣旨の答弁を繰り返した。二階氏はどう感じたか?
 「(疑問点を巡る議論が)尽くされたという人もいるし、尽くされていないという人もいるでしょうけれども、この件については、大体こういうことであったというのがほぼ皆に分かっただろうと思います」

「?」をおさらい

 ちょっと待ってほしい。
 会を巡る疑問の一端である。まず「消えた招待者名簿」。野党議員が会に関する資料を内閣府に要求した1時間後に、その内閣府が名簿をシュレッダーにかけたのは、内閣府が言う通り「偶然」なのか。招待者関連の資料が電子データまで含めて残っていないなんて、あり得るのか。

桜を見る会の招待者名簿を廃棄した内閣府の大型シュレッダー=立憲民主党提供

 次に「私物化」と批判される首相らの会の「招待枠」だ。誰が、誰を、なぜ招いたのか。マルチ商法が社会問題となり、強制捜査を受けた「ジャパンライフ」元会長、山口隆祥氏も「首相枠」あるいは「官邸枠」で招かれた疑惑も浮上しているのだ。

ジャパンライフの宣伝チラシに印刷された2015年の「桜を見る会」招待状と受付票=共産党提供

 そして「桜を見る会」前日に開かれた首相後援会主催の「前夜祭」もある。首相の政治資金収支報告書に全く記載がないこのイベントにも不自然さがつきまとう。「(会場のホテルから)費用の明細書などの発行はない」「(2時間弱のホテル滞在中)飲食はしていない」という首相の説明、企業の常識や社会通念では考えにくい。本当に政治資金規正法などの法律違反はなかったのか。

今度は「国民理解しつつある」

 これらがどう「分かった」というのか。二階幹事長の発言に首をひねりつつ迎えた翌4日。続きがあった。今度は自民党の森山裕国対委員長である。

自民党の森山裕国対委員長=国会内で2019年6月12日午後1時29分、川田雅浩撮影

 森山氏は、首相の2日の答弁などに触れて「議論を重ねてきた」「国民の理解もいただきつつあるのではないか」と記者団に述べたのだ。
 「広辞苑」によると、「理解」とは「物事の道理をさとり知ること。意味をのみこむこと。物事がわかること」とある。

「納得できない」72%ですが……

 その「理解」、ぜひ知りたい。例えば「ジャパンライフ」元会長を安倍政権は招待したのか。首相や菅義偉官房長官らは、誰を招いたかは「個人情報」だから明かせないとしている。
 実際、毎日新聞の世論調査(11月30日、12月1日)では、「誰の推薦でどのような人物が会に招待されたのか」について、政府は「明らかにすべきだ」と答えた人が64%に上る。招待者名簿の廃棄についての政府説明も「納得できない」との回答が72%に達しているのだ。
疑惑解明「まだスタートライン」

 政治学が専門で、国会の質問制度に詳しい千葉商科大の田中信一郎准教授は「『理解』って……。一体だれがしたんでしょうか」と首を振る。
 「安倍さんは、確かに参院本会議で答弁しました。でも、本会議は予算委員会などと違って、答弁に対して野党は再質問できません。つまり安倍さんの『言いっぱなし』。質問を重ね、新たな答弁を引き出して事実を積み上げる作業が国会の重要な機能ですが、安倍さんは一度もその場に出てきていません。やっと本会議で一度説明しただけ。解明はこれからです」

首相主催の「桜を見る会」について、内閣府などの担当職員ら(手前)にヒアリングする
野党合同の追及本部の議員ら(奥)
=国会内で2019年12月4日午後3時1分、藤井達也撮影


「いつまで『桜』やってるんだ」論の愚

 9日の会期末を控え、自民党内では「逃げ切った」なんて言葉もささやかれているらしい。SNS上や右派論壇誌では「いつまで『桜』やっているんだ」「ほかにもっと大事なことがある」といった声も上がっている。
 「いや違う。国会は政府の案に基づき、税金をどう使うかを議論する場です。首相たちが税金を私物化していないか、国会議員は当然チェックしなければならないんです。税金の私物化が疑われる政府に、税金を執行させるわけにはいきません」と田中准教授。
 今回、その「私物化」が疑われるのが、まさに税金で開かれた「桜を見る会」である。
 「だから『いつまでやるんだ』じゃなく、疑惑が払拭(ふっしょく)されるまで、いつまでもやらなければならない話なんです。それが国会議員の義務です」

「立証責任」は公文書保有する政府に

 となると、安倍政権はどうすべきか。
 「裁判は、被告側は『推定無罪』で、検察側に立証責任がありますが、国会は違う。疑われた政府が公文書をきちんと開示し、国民に自身の潔白を証明しなければならないんです。税金を適正に執行されていることを示すためにあるのが公文書ですから」
 その公文書、「招待者名簿」も含め、政府は「廃棄した」の一点張りだ。

「桜を見る会」で招待客たちと記念撮影する安倍晋三首相と妻昭恵氏(首相の右)
=東京都新宿区の新宿御苑で2019年4月13日、喜屋武真之介撮影

 「今国会が閉会するなら、来年の通常国会でやらなければなりません。さっきも言った通り、これは疑いが払拭されるまで、やらなければならない話なんです。それに備え、今国会が閉会しても、野党は政府へのヒアリングを続けるべきです」



桜を見る会、
批判応じぬ政権が示す「国の衰退の始まり」
2019年12月4日:朝日新聞

 国の税金を使った「桜を見る会」に安倍晋三首相夫妻らの「身内」が多数招待され、その名簿の公開を求められた当日に官僚が廃棄する――。私たちが選んだ政権と、政権を支える官僚のこうしたふるまいを、齋藤純一・早稲田大教授(政治学)は「国の向上は終わり衰退が始まる」兆候と指摘する。どういうことなのか。寄稿してもらった。
さいとう・じゅんいち 1958年生まれ。政治学者、早稲田大政治経済学術院教授。著書に『不平等を考える』『公共性』『自由』など。

よみがえるミルの言葉

 「競合する全勢力を抑え込み、すべてを自分と同じ鋳型に流し込むのに成功してしまうと、その国の向上は終わり衰退が始まる」。19世紀英国の哲学者、J・S・ミル『代議制統治論』の一節である。「抵抗を受ける可能性のない人」は、「理性」を必要としなくなり、代わりにその「意思」を押し通すようになる。「間違っていると告げてくれる人の話を聞けば、苛(いら)立ってしまう」
 「桜を見る会」をめぐるこの間の安倍政権の対応を見ていると、ミルのいう「衰退」の徴候(ちょうこう)は明らかであるように思う。いまや憲政史上最長となったこの政権は、与党との関係から「抵抗を受ける可能性」を一掃し、官僚組織からも官僚制ならではの合理性を奪い、「忖度(そんたく)」を強いている。この問題については野党が本腰を入れているのがかろうじての救いである。
 「桜を見る会」やその「前夜祭」に際して政権中枢がとった行動に公職選挙法や政治資金規正法に反する疑いがあることは、すでに指摘されているとおりである。公金が実質的に「地盤」の有権者対策に向けて支出されたのだとすれば、それは見逃していい問題ではない。

深い傷

 だが、問題はそれにとどまらない。この政権は、これまでも不都合な文書の隠蔽(いんぺい)、改竄(かいざん)、廃棄を重ねてきたが、今回もまた同様の手法で責任の追及をかわそうとしている。それが深く傷つけるのは、民主主義を成り立たせるための制度である。
 アカウンタビリティー(説明責任)は、政権をつねに「抵抗を受ける可能性」にさらすための制度である。国会における質疑応答がその柱だが、政策や予算について一通りの趣旨説明をすれば、それで終わりというものではない。それは、政策や政権運営に対して議会や世論が提起する批判や異論をあえて受け、根拠や理由を挙げてそれに応じることを統治者に課す。「間違っていると告げてくれる人」を厄介払いさせないための制度である。

逃げ切りの「教育効果」

 歴史的に見るなら、アカウンタビリティーは、「統治の秘密」に対して闘い取られてきた貴重な成果である。情報や根拠の公開があってはじめて統治に恣意(しい)がないかを市民もチェックできるからである。コントロールを受けることなく一方的に他をコントロールできるような統治(公的支配)を許さないことが、その目的である。この民主的統制の制度を一貫して蔑(ないがし)ろにしてきた安倍政権は、自らが何を損なってきたかを自覚しているだろうか。世論調査で40%台の内閣支持率をもって民主的であると思い込んでいないだろうか。その場その場で逃げ切りをはかる首相の姿はどのような「教育効果」をもつだろうか。
 「抵抗を受ける可能性」を排する政治はいま世界各地に散見される。野党の無力化、批判的なメディアへの攻撃、際限のない任期延長……。何がそうした政治を許してしまうのか。この国で民主主義が「選挙独裁」を導く装置に堕さないようにするためにも、首相の解散権、官僚に対する人事権、そして選挙制度を含めて点検し直す必要があるだろう。「桜を見る会」をめぐる問題は、民主的な統制よりも強いリーダーシップを優先すると政治がどうなるかを示唆している。
     ◇
〈さいとう・じゅんいち〉 1958年生まれ。政治学者、早稲田大政治経済学術院教授。著書に『不平等を考える』『公共性』『自由』など。



「桜を見る会」名簿あった
1956年、57年開催分、国立公文書館に
費用は約50万円 主賓は各国大使
2019年12月3日:東京新聞・こちら特報部

 首相主催の「桜を見る会」の招待者名簿が国立公文書館に保管されていた。今から60年余り前の1956(昭和31年)、57(唱和32)年分だ。今と比べてこぢんまりした会合で首相と自民党との近さでなく役職や功績の有無で招待客を選んでいることがうかがわれる。文書から今と昔の「桜を見る会」の違いを探った。                               (石井紀代美、中沢佳子)

 国立公文書館のホームページ。昔の表記「桜を観る会」で検索すると13件がヒットした。隣に閲覧ボタンががある文書はネット上で見ることができる。そのうちの一つ、大臣官房総務課長が宮内庁管理部長宛てに出した1952(昭和27)年4月5日付の文書では、会の開催に必要な物品を貸してほしいとお願いしている。テーブルを意味する「卓子80脚 灰皿160個 ティスプン600個」などと具体的だ。
 最近の名簿はないのに、当時の「『桜を観る会』の招待者について」は、56年と57年の2年分あった。

市川房江、浅沼稲次郎の名も

 57年分はまず、与野党の関係なく国会議員が五十音順に並んでいる。最後までざっと確認したがお笑い芸人や反社会的勢力をうかがわせる名前はない。
 最初に目に留まったのは、社会党委員長を務めた浅沼稲次郎。60年に日比谷公会堂の壇上で右翼活動家から刺殺される3年前になる。
 女性の政治参加を促した市川房江の名前もあった。53年の参院選で東京選挙区2位の得票で初当選した若手議員だった。出席したかどうか、公益財団法人「市川房江記念会」の久保公子理事長に尋ねると、市川ののこした手帳などを当たってくれた。「この年の手帳がなかった。前日の16日は国会の運輸委員会で質問しているんですけどね」。久保氏も残念そうだ。
 共産党は首相と仲良し、ということはないはず。だが、77年まで通算5期参院議員を務めた岩間正男の名前があった。折しも、岸信介政権に切り替わったばかり。57年1月、群馬県内で農家の主婦が米兵に射殺される「ジラード事件」で、裁判管轄権が日本側にないという日米同盟の不平等さが露呈し、共産党も厳しく追及していた時期だ。
 党本部の植木俊雄広報部長は若いころ、岩間氏と面識があった。植木氏は「もはや確認のしようもない。だが、時代状況からみて出席したと考えにくい。招待状は現在も所属議員に来る。出席はしていない」と語る。

06年分も存在「要審査」で閲覧できず

 過去の新聞記事からは、会の雰囲気がうかがえる。56年4月18日の東京新聞夕刊社会面に「外国使臣招き、首相が観桜会」の記事。午前10時ごろから米、英など各国大使が続々到着。「野外テーブルを囲で花びらの雨をあび、紅茶とケーキと日本酒で談笑の中に風流を楽しんだ」とある。
 ところで、国立文書館のサイトで「観る」を「見る」に変えて検索すると、2006年の招待者名簿がヒットする。「要審査」で閲覧はできない。同館業務課の杉生守夫課長補佐は「公文書は中身をチェクし、どこまで公開するべきかを判断している。『要審査』はまだチェックできていないもの」と説明する。果たして、きちんと公開されるだろうか。

内容変質 隠したい文書に
源流は不平等条約解消向け「観桜会」
当時の資料 保存期間は「永久」

 招待者はどういう意図で選ばれていたのか。
 1956年の資料では「招待範囲」の欄のトップに「外交団」が挙がり、次いで「皇族、元皇族」「各大臣」「最高裁判所長官」「衆、参両院議長、副議長及び議員」と続く、最後が「各界代表」だ。
 どうやら、各国の大使らが主賓扱い。新聞記事も首相と大使が談笑する写真を扱っている。
 50年代は、まさに日本が国際社会への復帰を進めていた時代。サンフランシスコ平和条約を結び、日ソ国交回復に伴って56年に国際連合加盟もはたしていた。
 ところが国際社会復帰の59年になると「皇族、元皇族」がトップで、次に「外交団」と順位が変わっていた。
 開催要領には人数や費用の大枠も記載されている。招待者数は約3600人だったのが、54年からは約4400人に増加した。56年の各府省の割り当てをみると、旧通産省が最多の65人、次に旧総理府と旧文部省60人、旧厚生省45人など。実際に招く人数は割当より少なくなっていることが多い。
 声がかかっている人は、関係団体の人びとが主だった。法務省なら日弁連や法制審議会、旧大蔵省だと東京証券取引所理事会や全国銀行協会連合会、旧文部省は大学学長や日本博物館協会の関係者など。旧厚生省には民生委員もいる。服装は「平服」と示されている。
 費用は50万円が中心で30万円だたことも。50万円の時は、だいたい茶菓子35万円と見込んでいる。「茶菓」というが、当時の報道では酒も出ていたようだ。
 ちなみに、50年代後半の大卒初任給が10000円前後。今は20万円程度になっていることを参考にすると、開催費用は現在の価値で1000万円ほど。米価の推移で計算すると、だいたい4倍の200万円となる。
 会について取材しようと内閣府に電話すると、交換台の女性が「(担当課に)つないだが、担当者が外出中で対応できない。戻り時間もわからない」。どうやら、あまり説明する気はないようだ。
 資料をたどるだけでも戦後間もない時代の空気が感じられる。ちなみに、この資料の保存期間は「永久」。「人選にあたっては同一人が連続して招待を受けることのないように」とただし書きがある。重複を避けるのに保存は欠かせない。

個人情報保護理由に廃棄は筋違い

 なぜ最近の名簿は廃棄されるのか、公文書管理に詳しい成城大の瀬畑源(はじめ)非常勤講師(日本現代史)は「会の内容が変質し、名簿さえも表に出せない代物になって、公開すれば大きな問題になると官僚たちは考えたのだろう」と語る。
 会への招待は名誉なことなはずだ。ならば氏名を伏せたり、個人情保護を理由に破棄したりするのは筋違い。実際、天皇皇后両陛下が主催する園遊会は名簿を公表している。瀬畑氏は、この園遊会が一因となり、「首相応援団」が集うようになったと推測する。
 「会の源流は、明治期に不平等条約解消に向けて外交官の接遇として催した観桜会。戦後、外交を復活させるに当たり、外交官を接遇する必要があり、首相主催で再開した。ところが、同時期の春の園遊会と招待者が重なるようになった。そこで首相や与党に貢献した人をねぎらう場へと徐々に変わっていったのでは」
 さらに、瀬畑氏は「会の変質を示す隠したい文書だからこそ、情報公開請求を恐れた。公文書管理を巡る制度の抜け道をよく理解した上で、合法的に破棄したのだろう」と、名簿破棄の狙いは証拠隠滅という見方を示した。

デスクメモ
 「記事全文を見せろ」の新宿御苑に続いて今度は内閣府だ。多忙はさすがにウソとは思わない。だが、担当課に電話を回しもせず、交換台で門前払いは異例だ。説明責任を声高に言いながら正式な会見も開かない。そんな首相にならっているのか、何か忖度しているのか。      (裕)



「議事録は最も基本的な資料」
記録の重要性訴える菅氏の著作が話題に
2019年12月5日:毎日新聞

記者会見をする菅義偉官房長官=首相官邸で2019年12月4日午前11時24分、大西岳彦撮影

 「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」「(議事録の)作成を怠ったことは国民への背信行為」。こう書かれた書籍がネット上で話題となったという。著者は菅義偉官房長官。旧民主党政権が東日本大震災に対応する会議の大半で議事録を残していなかったとして、政府の記録の大切さを訴える部分がある。「桜を見る会」を巡る問題の解明を阻む言葉――「招待者名簿は廃棄」「名簿のバックアップデータは保存期間を過ぎ復元できない」――を繰り返すその人が筆者だったこともあり、「まさにブーメラン」「お前が言うな!」などの書き込みが相次いだ。
 著書は2012年出版の「政治家の覚悟 官僚を動かせ」(文芸春秋企画出版部)。第四章で、旧民主党政権の東日本大震災への対応を批判し、会議の大半で議事録が残されてなかったことを指摘。そのうえで「千年に一度という大災害に対して政府がどう考え、いかに対応したかを検証し、教訓を得るために、政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料」「その作成を怠ったことは国民への背信行為であり、歴史的な危機に対処していることへの民主党政権の意識の薄さ、国家を運営しているという責任感のなさが如実に表れています」と書いている。
 ツイッターなどでは「議事録と名簿を同列に扱うのはおかしい」「個人情報は別だ」と菅氏を擁護する声もあったが、「天に向かって唾を吐いた」「政治信条がない」などの批判が続いた。
 消費者庁の行政処分を受けた「ジャパンライフ」の元会長が桜を見る会に招待されたかどうか。元会長に割り振られた番号「60番」は「首相の推薦枠」を示すのか。私人である首相の妻昭恵氏の推薦による招待者がどれだけいたのか――。招待者名簿は野党議員の資料要求と同じ日に廃棄された。廃棄を盾に数々の疑問への追及をかわそうとする政府への反発が批判の背景にありそうだ。
 公文書管理法は、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」と定義し、目的は行政が「適正かつ効率的に運営されるようにする」「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」と明記している。菅氏の現在の発言と過去の著作、どちらが法の趣旨に即しているかは明白ではないだろうか。【野原大輔】



幕引きさせない「桜を見る会」違法性を総点検
私物化、マルチ商法招待、シュレッダー
横領・背任、財政法、公用文書等毀損
疑 惑
2019年12月5日:東京新聞・こちら特報部

 「桜を見る会」について、安倍晋三首相は2日の参院本会議で、何度も「大いに反省」と言いつつ、何一つまともに答えなかった。政府・与党は野党の予算委員会開催要求をはねつけて9日にも国会を閉じ、年末年始の慌ただしさのうちに、国民が忘れてくれるのを待つもくろみのようだが、それでいいのか。忘れないよう、一連の問題で違法性が疑われる部分を総点検しておく。        (中山岳、大野孝志)

 桜を見る会を巡って当初から問題になっているのは、政治家による「私物化」だ。今年4月の会には同伴者を含め約18000人が参加し、そのうち安倍晋三首相の後援会関係者が約800人含まれていたとされる。自民党幹部の後援会関係者も多く参加していたという。税金を使っている会に、政治家が自らの選挙区の有権者でもある後援会関係者を呼ぶことはどうなのか。
 立命館大法科大学院の松宮孝明教授(刑法)は「公職選挙法違反(買収)などに当たる可能性がある」と話す。さらに、税金で選挙区の後援者たちをもてなしていた構図を問題視する。「税金の目的外使用であり、業務上横領罪、背任罪に当たる可能性もあるのではないか」
 同会の趣旨は、首相が各界で功績・功労のあった人々を招き、労をねぎらうこととされている。それなのに、2015年にはマルチ商法を展開していた「ジャパンライフ」の山口隆祥会長(当時)を招待していた。他にも反社会的勢力が出席していた疑いもあり、およそ功労があったと見なされない人々までもなしていたとみられる。
会の趣旨から外れる招待者が多くなるにつれ支出も膨れ上がっている。14年に3005万円だった支出は増え続け、19年は5519万円。一方、予算額は14~19年度はずっと同額1766万円で、毎年別の財源で超過支出分を賄うという不自然な予算執行をしている。
 神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は、国家予算は目的が決まっており、収支決算は毎年、会計検査院がチェックすることが憲法で定められていると指摘。「会の本来の目的から外れた人々が招待されているのは問題だ。財政法が禁じる目的外使用に問われる可能性もある」と語る。
 一方、大阪大大学院の片桐直人准教授(憲法・財政法)は「財政法上の目的外使用とは言えないのではないか」と話す。片桐氏によると、財政法は、内閣が予算の歳出の項に挙げる目的外に予算を使用してはならないと定めている。ただ、桜を見る会の歳出は「内閣本府共通費」に含まれ、その下の細かい事項を見ても、会の趣旨や人選までを定義しているわけではないからだ。
 では全く問題がないかと言うと、片桐氏はそう見ていない。「公金を用いる事業である以上、合法性や費用の概算が適切かどうかだけでなく、事業の効果や効率性も問われうる」と話し、招待の範囲も不明確で、違法ではないにしろ、不適切な開催だった可能性を指摘する。
 疑惑追及が始まってからの招待者名簿など資料をめぐる動きも不自然極まる。共産党の宮本徹衆院議員から今年の招待者名簿の資料請求があった5月9日、内閣府が名簿をシュレッダーにかけて廃棄していたことも判明。名簿の保存期間は18年4月以降、1年から1年未満に短縮された。さらに今年10月28日、内閣府は内規を変えて、文書保存対象を「行事等の案内の発送等」と狭めた。

『前夜祭』、会費5000円 補填?値引き?
政治資金規正法 公職選挙法 贈収賄
満 開

 前出の上脇氏は、野党の要求を知りながらシュレッダーにかけたとすれば公用文書等棄損罪に当たる可能性もあるとし「公金を使う以上、使い道が合法であることを政府は説明する必要がある。会計検査院の検査を受けることも考えれば、名簿などは1年以上保存するべきだ」と語気を強める。
 佐倉を見る会だけでなく、「前夜祭」名目で、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)で開かれた夕食会も「疑惑のバイキング」のままだ。安倍晋三後援会の主催というのに、首相は「後援会として収入、支出は一切ないことから、政治資金収支報告書への記載は必要ないと認識している」とする。
 しかし、元東京地検特捜部の郷原信郎弁護士は「主催者はどんな会場を借りて、どんな食事を出すかを決める。支出があるのは当然で、会費を集めたなら収入になる。間違いなく、記載義務が生じる」と、政治資金規正法違反(不記載)の可能性を指摘した。
 会場の受付では、安倍事務所の職員が一人5000円を受け取り、ホテル名義の領収書を渡していたという。ならば、事前に参加者800人分の領収書をホテルが用意したことになる。
 郷原氏は「後援会側とホテルとの間で収入と支出を決め、総額を事前にホテルが受け取っていたと考えるのが自然。明細書が明らかになり、ホテルへの支出と参加費収入との間に差があり、後援会側が補填していれば、公職選挙法違反の(後援会から参加者への)寄付に当たる部分が出てくる疑いがある」と指摘する。
 一方で、ニューオータニの宴会は通常11000円からだ。参加費との差額6000円をホテル側が値引きしていれば、政治資金規正法上、ホテルから後援会への「財産上の利益供与」に当たり、しかも、それは同法が禁じる政治献金に当たる。ホテル側が商取引として値引きしたとしても、「収支報告書に来さする必要がある」(郷原氏)
 しかも、それが別の意味で違法性を帯びる可能性もある。安倍首相夫妻は10月、天皇陛下の即位礼正殿の儀に出席した外国元首らを招き、夕食会を開いた。会場はニューオータニで、内閣府所管の1億7200万円の予算を投じた。郷原氏は「ホテル側が『お世話になるから』と値引きしていれば、ホテルから安倍首相への賄賂に当たる可能性もある」と指摘する。受注を期待した値引きだったとしたら贈収賄になる。
 どう転んでも違法となる可能性は拭えなさそうだ。郷原氏は「前夜祭の本来の値段がいくらかをはっきりさせて、値引きを立証しなければならない」と、さらなる疑惑追及に期待する。
 一方で、いくつもの贈収賄事件を捜査し、ホテルを舞台にした事件を内偵したこともあるという元捜査員は「この6000円を寄付や賄賂とみなすのは難しいんじゃないか」とみる。「ホテルは予算や人数、客との関係を見て安くする。前夜祭のように立食形式なら、800人入れたとしても、食事はその半数程度しか用意しないだろう」。ホテル側としては、収支はほぼトントンになるから、寄付や賄賂に当たらない。
 参加費が後援会の収支に当たるかについても元捜査員は「金が自分たちの懐に入っていないなら、収支報告書に記載するだろうか。不記載に当たると疑いはあるけど、立件するとなると難しい。後援会が主催しているのだから、政治活動に当たるとは思うが…」と話す。現場目撃での見立てでは、事件として立件するのは難しいようだ。
 ただ、そんな元捜査員も、逃げ切りを図ろうとする政府・与党の姿勢には、こう憤る。「事件として立件できるかよりも、経緯を明らかにせず、隠蔽する方が犯罪的だ」

デスクメモ
 余は忘年会シーズン。「今日は大いに飲んで今年を忘れ、良い新年を」という言葉があちこちで飛び交うものだ。安倍首相も「国民の皆さん、ぱーとやって忘れてください」と大忘年会を呼び掛けたい気分かも。あ、もちろん会費は例のところで、1人5000円ポッキリですよね?          (歩)

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