アベっていたら、自滅するのみ

ボクが“右派言論”と呼んでいる産経新聞、読売新聞などにジャンクな社説を見つけて、想定内ながら、うんざりしている。産経も読売も「あべってる」ジャンクなメディアだが、この学べなさは右派特有のものだ。こういう、学ばず、自ら考えないという人間が安倍一族を支えている。
いま求められていうのは、自分で考え、行動できる人間だ。
21世紀を生き抜くため、人類文明の滅亡を避けるためにも必要なことで、それゆえ、国連も、ESD、SDGsという戦略を訴えている。いくら胸にSDGsバッジをつけていても、ことは始まらない。


【主張】
女川原発「合格」 新たな再稼働の道筋開け
2019年11月29日:産経新聞

 宮城県の牡鹿半島に立地する東北電力の女川原発2号機(沸騰水型、出力82・5万キロワット)が原子力規制委員会の安全審査で、事実上の合格証を獲得した。
 残る審査などが順調に進めば、再来年度中の再稼働も視野に入る。
 これまでに再稼働している原発9基はいずれも西日本に多い加圧水型で、女川2号機は沸騰水型原発として初の再稼働が有力視されている。
 東京電力などと同じ沸騰水型が復活する呼び水として、また原発再稼働の「西高東低」解消の第一歩となることを期待したい。
 待望の合格だが、規制委の審査にほぼ6年もの歳月が費やされたのは残念だ。審査を手際よく進めることはできなかったのか。
 原発の運転期間が基本40年に限られていることを考えると6年の停止期間は、あまりにも長い。
 このことは再稼働していない他の原発についても当てはまる。運転していないなら、設備の劣化はほとんど進行しないはずだ。
 規制委は、原発の運転停止期間を40年間から除外すべきである。そうした合理的な規制導入の検討を早急に開始してもらいたい。
 さらに注文するなら、基本的な安全対策を終えた段階で原発の運転を認め、安全審査を並行させる道筋を考えるべきである。
 原子力発電は、国のエネルギー政策で「重要なベースロード電源」と位置付けられているが、これまでの再稼働ペースでは、期待されている役割は果たせない。
 来年から実運用に入る地球温暖化防止の「パリ協定」で、日本が世界に約束した二酸化炭素の26%削減も公約倒れを免れない。
 沸騰水型原発の安全審査では、東電の柏崎刈羽原発(新潟県)の6、7号機と日本原子力発電の東海第2原発(茨城県)が女川2号機より進んだ段階にあるのだが、地元同意の壁の前で再稼働の時期が見通せない状況だ。
 女川2号機への地元同意の壁は高くないとみられているが、国が前面に出て、しっかり説明すべきである。東海第2と柏崎刈羽についても同様の対応が望まれる。
 女川原発は東日本大震災の震源に最も近い原発だったが、巨大津波にも地震動にも負けなかった。被災した300人以上の近隣住民の避難生活を約3カ月にわたって支えたのもこの原発だった。その実績を忘れてはなるまい。



女川原発合格 再稼働に地元理解得る努力を
2019年11月29日:読売新聞

 原子力発電所の安全性を高め、再稼働を一歩ずつ進めることが電力の安定供給につながろう。
 原子力規制委員会の安全審査で、東北電力女川原発2号機(宮城県)の審査書案が了承された。事実上の合格証にあたる。合格は、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の3県で初めてだ。
 東北電力は、予想される最大の揺れを、震災前から大幅に引き上げた。最大23メートルの津波を想定し、海抜29メートルの防潮堤を造った。事故発生時に放射性物質の漏えいを抑えながら原子炉の圧力を下げる設備を取り付けた。
 対策費用は約3400億円に上る。規制委は、こうした取り組みで、女川原発の安全性が確保できると判断したのだろう。
 東北電力は今後、残っている安全対策工事を行い、2020年度以降の再稼働を目指す。工事に万全を期すことが求められる。
 再稼働には、地元自治体の同意も焦点になる。17年に合格した東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)や18年に合格した日本原子力発電の東海第二原発(茨城県)は、同意の見通しが立っていない。
 関西電力役員らの金品受領問題で、原発に向けられる国民の視線は厳しくなっている。
 東北電力は、自治体や住民に対して、安全対策について丁寧に説明し、再稼働への理解を得る努力を重ねる必要がある。
 震災後、すべての原発がいったん停止し、その後、9基が再稼働している。ただ、九州電力玄海原発4号機(佐賀県)が18年6月に運転を再開して以降、再稼働に至った原発はない。
 原発は天候などに左右されず安定して発電できる。二酸化炭素を排出せず、温暖化対策の観点でも有用だ。政府は、30年に全電源に占める原発の比率を20~22%にする目標を掲げている。
 安全性が確認された原発については、着実に再稼働していくことが肝要である。
 震災時、女川原発にも13メートルの津波が押し寄せたが、福島第一原発と異なり、炉心溶融は起こさなかった。敷地が14・8メートルと高く、主要施設の大半が浸水を免れた。
 東北電力は1970年頃、平安時代に大津波を起こした貞観地震の史実を基に、女川原発の敷地のかさ上げを決めたという。自然災害の脅威に対する当時の経営陣らの意識の高さを物語る。
 電力各社は、安全を不断に追求する姿勢の重要性を改めて胸に刻んでもらいたい。



【主張】原発処理水 海洋放出の具体化に動け
2019年11月21日:産経新聞

 東京電力福島第1原発の放射能汚染水を浄化した後の処理水が敷地内のタンク群にたまり続けている。
 この処理水の処分方法を検討する経済産業省の小委員会が、全量を1年間で海や大気に放出しても被曝(ひばく)線量は少なく、放射線の影響は「十分に小さくなる」という評価結果を発表した。
 国連科学委員会(UNSCEAR)の評価モデルで算出した明確な数値に基づく結論だ。海洋放出などへの風評不安を一掃する根拠となることを期待したい。
 処理水には放射性物質の除去装置を通した後も残るトリチウムが含まれる。その全量は860兆ベクレルだが、1年で海に放出しても被曝線量は年間0・052~0・62マイクロシーベルトにすぎない。
 普通に暮らして自然に被曝する線量は年間2100マイクロシーベルト(2・1ミリシーベルト)なので、圧倒的に少ないわけだ。「十分に小さくなる」だけでなく事実上、無視し得る量である。このレベルを気にするようなら、国際線の航空機にも乗れない。花崗(かこう)岩地域の西日本にも住めなくなるだろう。
 処理水中に残るトリチウムは、放射線のエネルギーが弱く、体内に入っても速やかに排出されるので、海洋放出を過度に心配することがない根拠となっている。
 トリチウムは通常の原子炉の運転に伴っても発生する。それを希釈して海に放出することが世界の原発で行われているのは、この性質によるものだ。
 韓国の原発もトリチウムを大量に、日本海に流している。にもかかわらず、福島第1原発の処理水の太平洋放出について、国際会議の場などで風評被害をあおるがごとき言辞を繰り返すのは、どうしたことか。
 東京五輪を控えた日本のイメージをおとしめる底意があるとすれば友好を深めるべき隣国としてあまりにも情けない行いだ。
 だが、猛省が求められる点では日本政府も同列だ。第1原発の敷地内に貯蔵タンクが増え続け千基近くになるのを傍観してきた感がある。処理水貯蔵量は100万トンを超えている。3年以内に貯蔵スペースがなくなる見通しだ。
 処理済みとはいえトリチウム水の莫大(ばくだい)な量が風評の源となっている。放出に向け、国民が安心できる客観データは整った。残るのは安倍晋三首相の決断だ。



教皇の脱原発 心強く受け止めたい
2019年11月28日:東京新聞

 ローマ教皇フランシスコが原発利用への反対を表明した。東日本大震災被災者らの悲しみの声を聞いた後での、踏み込んだ発言だ。核廃絶に加えて明確にした、脱原発の理想を共有したい。
 訪日からローマに戻る機中での会見で教皇は「日本が体験したトリプル災害(地震、津波、原発事故)はいつでも起きる可能性がある。原子力利用は完全な安全性を確保するに至っていないという意味で限界がある」と指摘。個人的な意見とした上で「私は完全な安全性が実現するまで核エネルギーを使用しない。災害が起こらない保証が十分ではない」と述べた。
 教皇は広島で「戦争への原子力使用は犯罪以外の何ものでもない」と核廃絶を強く訴えた。一方で、震災被災者らとの集いでは「兄弟である日本の司教たちは原発の廃止を求めた」「将来のエネルギーに関し、勇気ある重大な決断をすることが最初の一歩だ」と述べたものの、原発の是非は直接明言しなかった。
 集いでは、福島県いわき市から東京に避難している高校生が「いじめに遭い、死にたいと思うほどつらい日々が続いた。政府の思惑で被害者の間に分断が生じた」などと訴えた。教皇の心を動かしたのではないか。
 今回の発言には伏線もある。教皇が「皆がともに暮らす家」になぞらえる地球の環境が破壊されつつあることへの危機感だ。
 環境汚染や地球温暖化を警告した二〇一五年の回勅(公的書簡)で教皇は原子力エネルギーについて「ある区域の生活の質に深く影響する可能性があり得ます。目先の利益と私的な利害関心を優先する消費主義文化は、安易な認可や情報の隠蔽(いんぺい)を容易にする可能性があります」(「回勅 ラウダート・シ」、カトリック中央協議会刊)と指摘し、コスト、リスクの見極めが必要だと訴えていた。
 福島の実情を知り、原発はコスト、リスクとも、「ともに暮らす家」を持続していくには見合わない、と判断したのだろう。
 核兵器禁止条約を批准せず、原発推進を続ける日本を教皇が批判したり、方針転換を迫ったりすることはなかった。大きな発信力、影響力はさらに世界へと向けられている。被爆国日本は、バチカンと協力して核兵器廃絶に全力を挙げたい。
 原発被災国としては、脱原発実現に向け、教皇のメッセージを心強く受け止めたい。



ローマ教皇のメッセージ
 「核なき世界」への一歩に
2019年11月25日:毎日新聞

 米露などの核保有国が「自国第一主義」に走って軍縮に背を向け、軍備増強を進めている。そうした現状に対する強い危機感の表出である。
 来日中のフランシスコ・ローマ教皇が被爆地の長崎と広島を訪れ、「核なき世界」実現への努力を結集するよう国際社会に呼びかけた。
 注目されるのは、核兵器の保有自体への非難である。平和や安定への「最良の答えではない」と断じ、兵器開発を「テロ行為」と形容した。
 被爆地発の教皇メッセージは2度目である。ヨハネ・パウロ2世は1981年に広島で「戦争は人間の仕業」と強調し、核軍縮を訴えた。
 米ソが対立する東西冷戦中だった。このため、核兵器の保有で戦争を抑止する戦略について、バチカンは「軍縮への一歩として、倫理的に受け入れられる」と容認していた。
 今回、フランシスコ教皇は「国際社会の平和、安定とは相いれない」「脅威から私たちを守ることはできない」と核抑止論を否定した。
 訪日は冷戦終結から30年の節目にあたる。だが、核を巡る脅威は増し、世界はより不安定になっている。
 フランシスコ教皇の背中を押しているのは「相互不信によって、軍備管理の国際的な枠組みの解体につながる危険がある」との懸念である。
 トランプ米政権下、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約は8月に失効した。朝鮮半島の非核化を目指す米朝協議の行方は見通せず、イラン核合意も崩壊の瀬戸際だ。
 来年は核拡散防止条約(NPT)の発効50年にあたり、再検討会議が開かれる。だが、保有国と、核全廃を目指す非保有国の溝は深い。
 バチカンは2017年の「核兵器禁止条約」採択時、いち早く批准した。今回、教皇は特に禁止条約の名を挙げ、教会が「飽くことなく、迅速に行動していく」と宣言した。
 米国の「核の傘」に入る日本は条約不参加だ。唯一の戦争被爆国として保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任するならバチカンと足並みをそろえ、米国に軍縮を迫るべきだ。
 教皇は「核なき世界は可能であり、必要だ」と力説する。だが、待っているだけでは理想は実現しない。
 日本は今こそ、核廃絶の必要性を国際世論に訴え、「核なき世界」の実現に道筋を付ける責務がある。



【主張】核抑止力 「悲劇」を防ぐには必要だ
2019年11月28日:産経新聞

 来日していたローマ教皇(法王)フランシスコが被爆地長崎や広島での演説で、核兵器の使用や保有は「倫理に反する」と廃絶を訴えた。「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守るものではない」と述べ、核抑止力を否定した。
 「真の平和は非武装以外にあり得ない」とも述べた。宗教家の立場から、核廃絶や平和の理想を語ったものととらえたい。これらをそのまま現実の政策に適用するのは危うい。
 核廃絶が理想である点は言を俟(ま)たないが、世界はそれを一足飛びに実現できる環境にはない。
 残念ながら、教皇の言葉通りに日本や主要国の政府が一方的に核抑止力を否定、放棄すれば、残る核保有国が圧倒的優位になる。軍事バランスが崩れ、人々は核の脅威にこれまで以上にさらされてしまう。全ての核保有国が放棄すると合意しても、核兵器を隠したり、ひそかに製造したりする国や勢力が現れれば万事休すだ。
 菅義偉官房長官は記者会見で、「日米安保体制の下で、核抑止力を含めた米国の抑止力を維持、強化していくことはわが国の防衛にとって現実的で適切な考え方だ」と述べた。極めて妥当である。
 核兵器を持たない日本が、北朝鮮や中国、ロシアの核の脅威にさらされていることを忘れてはならない。
 日本政府には、広島、長崎のような悲劇や核兵器使用の脅しから国民を守る責務がある。だから通常兵力と並んで核抑止力も日本の守りに加える政策を長らく採ってきた。この核抑止力は自前で用意せず、日米同盟に基づき米軍の核戦力つまり米国の「核の傘」を充ててきた。この方針は、国家安全保障戦略や「防衛計画の大綱」に記されている。
 ミサイル防衛を進めても百発百中で核ミサイルを撃ち落とすことはできない。人類の今の科学技術の水準では、核の脅威には核を含めた戦力で抑止する態勢をとることが欠かせない。皮肉なことだが、核拡散防止条約(NPT)で認められた核抑止力の存在が、核戦争や大国間の戦争を防いできた面は否めないのである。
 菅長官は「現実にある安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求していく必要がある」と語った。これ以外の正解はないだろう。

コメント

非公開コメント