つづくグロテスクなイベント

昨日(11月9日)に皇居前広場で、「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」とやらが、「天皇陛下御即位奉祝委員会」主催で開かれたらしい。今日(11月10日)は、「祝賀御列(おんれつ)の儀」などという“デモ(パレード)”が行われ、ニュースではお節介に「ここからよく見える」などと提灯をぶら下げて案内をしている。
前・明仁天皇から現・徳仁天皇への代替わりのグロテスクなイベントが続くが、ボクたちはこれを契機に、改めて、「天皇制」や天皇とその一族、天皇制を利用しようという連中を冷静に見極めて考える必要がある。


令和の大嘗祭考/上
素朴な農民文化に源流
 国学院大学名誉教授・岡田荘司さん
2019年11月7日:毎日新聞

岡田荘司・国学院大学名誉教授=高島博之撮影

 大嘗祭(だいじょうさい)は天皇が即位して行う一代に一度の宮中祭祀(さいし)で、歴代天皇は五穀豊穣(ほうじょう)を願い、自然災害が起きないように祈念してきました。現代人には読み解きにくい部分もあるかもしれませんが、源流にあるのは非常に素朴な農民文化です。天皇と農民が一体となって秋の収穫を祝ってきたのです。
 大嘗祭が始まったのは、天武、持統天皇が即位した飛鳥時代(7世紀後半)です。この時期、朝廷や豪族を二分する「壬申の乱」があったほか、大地震や干ばつの災害が相次ぎました。社会を安定化させるため、天皇の求心力を高める必要がありました。律令を整備し、天孫降臨など天照大神(あまてらすおおみかみ)と天皇をつなぐ神話などを体系化し、天照大神を祭神とする大嘗祭も成立しました。
 大嘗祭の様子は外からは見えません。天皇が皇祖とする天照大神を一人で供応し、祈願する「対話」の場であり、外に見せない「秘事」とされてきたからです。ただ、儀式書や公家などの残した記録から様子を知ることはできます。
 天皇は建物の中で供え物をした後、御告文(おつげぶみ)で、天照大神と国内すべての神である天神地祇(てんしんちぎ)に収穫を感謝します。山や海、川などの災害が未然に防がれることも祈り、内容は定型化しています。寝床をもうけて神を迎え、供膳して帰っていただく。儀式は夕方から未明まで続きますが、資料に基づいて実験してみると大変忙しい。
 大嘗祭は戦乱などで何度も中断し、室町時代から江戸時代の約220年は実施できませんでした。再興する際は古代のやり方を調べ、そのまま行うことにこだわってきました。建物は簡素な掘っ立て柱建物を使うなど、伝統の継承は細部にまで及んでいます。
 明治以降は建物の数が増えるなどして規模が拡大しましたが、伝統に沿えば、費用を抑えられることは考えられます。ただ、象徴天皇制となっても上皇さまが強調されたように天皇の原点は国民を思うことにあります。大嘗祭はその祈りの原点にあると考えています。【聞き手・高島博之】
     ◇
 天皇陛下の皇位継承に伴う皇室行事「大嘗祭」が14、15日に皇居・東御苑で行われる。宗教色が強い儀式を公費で行うことには批判もある。令和の時代の大嘗祭の意義や課題を3人の専門家に聞いた。

 ■ことば
大嘗祭での天皇の所作

 天皇は大嘗祭のために設営された大嘗宮の悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)でそれぞれ、天照大神への供え物として、その年に収穫した米とアワ、海産物などをカシワの葉で作った皿に盛り付け、采女(うねめ)と呼ばれる女官が天照大神を招く神座(しんざ)の脇に置く。天皇が盛り付ける皿の枚数は計64枚に上るという。その後、天皇は御告文を読み上げて祈り、米やアワを自らも食べる直会(なおらい)を行って退出する。

 ■人物略歴
岡田荘司(おかだ・しょうじ)さん
 1948年生まれ。国学院大学名誉教授。専門は神道史で大嘗祭研究を長年続ける。著書に「大嘗祭と古代の祭祀」「日本神道史」など。



令和の大嘗祭考/中
憲法に照らし議論を
 元大阪高裁判事・井戸謙一さん
2019年11月8日:毎日新聞

元大阪高裁判事・井戸謙一さん=和田武士撮影

 政府は大嘗祭(だいじょうさい)の持つ宗教性を考慮し、平成の時と同じように憲法に基づく国事行為としませんでしたが、公的性格を認めて、費用を皇室の公的活動などに充てる「宮廷費」で賄いました。しかし宗教性は顕著ですから、天皇家の私的生活費などに使われる「内廷費」から支出されるのが筋だと思います。秋篠宮は昨秋、記者会見で大嘗祭を「内廷会計で行うべきだ」と述べられましたが、こうした考えが皇室内部から示されたことは歓迎したいと思います。
 皇位継承の儀式や行事のあり方は、国民主権や政教分離が規定された現行憲法下で初めての代替わりとなった平成時に、議論・整理しておくべきでした。しかし政府は、明治憲法下で定めた「登極令(とうきょくれい)」(戦後廃止)にのっとり、天皇が「現人神(あらひとがみ)」とされた時代の儀式を引き継ぎました。即位礼正殿(せいでん)の儀では、「神の末裔(まつえい)」と印象づけるかのような舞台装置である「高御座(たかみくら)」も持ち込まれました。
 その結果、前回の即位礼正殿の儀や大嘗祭への国費支出を巡る集団訴訟が起き、私は2審の大阪高裁で主任裁判官として判決を起案しました。1審と同様に訴えは退けましたが、二つの儀式について「政教分離規定に違反するのではないかとの疑いを一概には否定できない」と指摘しました。原告らの問題提起に、裁判所としても可能な範囲で応えたいと思いました。
 知事が公費を使って大嘗祭などに参列することを違憲と訴える住民訴訟も複数ありました。最高裁は「参列は社会的儀礼で、特定の宗教を援助・圧迫するものではない」として、政教分離規定違反ではないと結論づけました。政府はこの判決も踏まえたとしていますが、正殿の儀や大嘗祭のあり方そのものに対する司法判断ではありません。
 代替わりはまた必ず訪れます。女系・女性天皇の是非など皇位継承の議論と併せ、現行憲法の趣旨にふさわしい儀式・行事のあり方の検討を続ける必要があると思います。【聞き手・和田武士】

 ■ことば
平成の即位礼正殿の儀と大嘗祭への国費支出を巡る集団訴訟

 1000人以上が原告となり、両儀式への国費支出差し止めや、国民の権利侵害を理由とした損害賠償などを求めた。1審同様に原告敗訴とした1995年の大阪高裁判決は、大嘗祭への宮廷費支出を「少なくとも国家神道に対する助長、促進になる行為」、正殿の儀は「宗教的な要素を払拭(ふっしょく)していない」とし、憲法で定める政教分離に違反する疑いに言及した。原告側が「実質勝訴」として上告を見送り、判決は確定した。

 ■人物略歴
井戸謙一(いど・けんいち)さん
 1954年生まれ。79年に裁判官になり、大阪高裁判事や金沢、京都両地裁の部総括判事などを務めた。2011年に退官し、弁護士登録。



令和の大嘗祭考/下
天皇制と共に肥大化
 放送大教授・原武史さん
2019年11月9日:毎日新聞


 現在の大嘗祭(だいじょうさい)は本来のあり方から逸脱していると考えています。江戸以前は儀式の数日前に建物が建てられ、終了後すぐに取り壊されました。明治に天皇制が肥大化する中で規模も大きくなったのです。
 天皇即位を内外に宣言する「即位の礼」とは性格が異なるはずだったのに、明治に定められた旧皇室典範により京都で同じ時期に続き、大嘗祭は即位の祝賀ムードの中で行われるようになりました。大正の大嘗祭では、わずかな参列者の中で厳粛に行われてきた従来のあり方が損なわれ、お祭り騒ぎも起きました。貴族院書記官長として参列した民俗学者の柳田国男は「莫大(ばくだい)の経費と労力を給与せられしことは全く前代未聞のこと」と批判しました。大正天皇自身も儀式の簡素化などを望みましたが、ほとんど受け入れられませんでした。
 大嘗祭の明確な実施規定は戦後なくなりましたが、政府は前回、宗教色を認めつつも「公的性格がある」として公費を支出し、今回も引き継ぎました。大正、昭和を踏襲した儀式の段取りもほぼ同じです。祝宴「大饗(だいきょう)の儀」に600人以上が招待され、4回にわたって行われた国事行為の「饗宴の儀」とともに東京では祝宴が続きます。地方で災害が相次ぐ中、国民と天皇が遊離している印象さえ受けます。
 秋篠宮が昨秋、大嘗祭への公費支出を疑問視したのは重要な問題提起でした。公私の位置づけが曖昧なため、政教分離の問題を招いているのです。大嘗祭を皇室の私的な宮中祭祀(さいし)とすれば問題は解消し、宮中の既存施設を活用すれば、皇室の私的経費で賄えるはず。「身の丈に合った儀式にすることが本来の姿」との発言には、天皇の墓所を小さくするよう求めた上皇の姿勢を受け継ぐ思いを感じます。
 現在の宮中祭祀の体系は明治の皇室祭祀令(戦後廃止)が基になっており、創られた伝統ともいえます。退位は江戸以前に戻る発想から実現しました。宮中祭祀を見直す発想が出てもおかしくないと思っています。【聞き手・稲垣衆史】

 ■人物略歴
原武史(はら・たけし)さん
 1962年生まれ。放送大教授、明治学院大名誉教授。新聞記者を経て、東京大大学院博士課程中退。専門は日本政治思想史。著書に「昭和天皇」「平成の終焉(しゅうえん)」など。



「天皇陛下の公的行為」が増加
 高まる懸念「政治利用」
2019年11月3日:朝日新聞

 令和初の国賓として新天皇陛下と会見したのは、トランプ米大統領だった。
 昨年11月、安倍晋三首相から招待を受けたトランプ氏の反応は「その行事は日本人にとってスーパーボウルより大きいのか?」。退位に伴う新天皇の即位を、米プロフットボールNFLの王者を決める一大イベントにたとえて聞いた。首相は「もちろん。200年ぶりですから」。トランプ氏は5月の訪日を決めた。
 日米貿易交渉が合意に至る前のこと。政府関係者は「これで関税が安く抑えられるなら安いものだ」と言ったが、こうした経緯にも「天皇の政治利用」との批判は高まらなかった。
 かつては違った。
 天皇は戦後の新憲法で象徴となると同時に、国政への関与を禁じられた。天皇は首相の任命や法律の公布といった「国事行為」のみを行う、と憲法は定める。
 1951年10月、昭和天皇が国会開会式での「おことば」で、前月のサンフランシスコ講和条約締結について「諸君とともに、誠に喜びに堪えない」と述べると大きな議論が巻き起こった。全面講和論もある中、政府が西側中心の片面講和に踏み切ったことから、天皇の政治的発言として批判を受けた。国会開会式でのおことばや天皇が各地をめぐる巡幸は、そもそも憲法上許されるのかという憲法議論に発展し、「公的行為」の考え方が生まれた。

増加する「公的行為」

 外国元首の接遇のほか、外国や地方への訪問も公的行為だ。政府見解では「国事行為と同様、政治的意味や政治的影響を持つものが含まれてはならない」との制約があり、憲法の趣旨に沿って行われるよう配慮すべき責任は内閣が負う。だが見解とは裏腹に、公的行為を統制するはずの内閣が「天皇を政治利用した」と批判される例が続く。
 2009年には民主党の鳩山政権が天皇と外国要人の会見は1カ月前までに調整するとの慣習を破り、中国の習近平(シーチンピン)・国家副主席(当時)との特例会見を実現させた。13年には安倍政権がサンフランシスコ講和条約の発効61年を記念した「主権回復の日」の式典を開き、米施政下に取り残された沖縄などが反発する中、天皇、皇后両陛下の臨席を求めたことが問題視された。公的行為は法的にあいまいな分、政治権力が介入する余地が大きい。
 一方、平成の30年で公的行為は膨らんだ。上皇ご夫妻が、被災地訪問や太平洋戦争の激戦地をめぐる慰霊の旅などの公的行為を「象徴としての務め」と捉え、重視したことも影響した。
 退位を検討した政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は16年10月、天皇が82歳時点の活動状況を昭和と平成で比較した。国事行為は約1千件で同じだったが、公的行為は344件から529件に増大。外国訪問での活動は0件から10件に、行幸啓(ぎょうこうけい)と呼ばれる地方訪問での活動は42件から128件になっていた。

「平成流」の活動は継承か

 「平成流」は世論の支持を得た。NHKが73年から5年ごとに行っている「日本人の意識調査」では、昭和の時代は天皇に対して「特に何も感じていない」が最も多く、「尊敬」「好感」と続いた。平成に入ると「好感」が増える一方、08年からは「尊敬」が伸び続け、18年には「尊敬」がトップの41%に達した。
 今月22日、「即位礼正殿(せいでん)の儀」の後に予定されていた即位のパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」は、台風19号の被害に配慮して延期された。官邸幹部らによれば、政府の意思決定の背景には被災地を思う天皇、皇后両陛下の「お気持ち」もあった。「平成流」の活動は引き継がれていくとみられる。
 渡辺治・一橋大名誉教授は「『平成』の時代、政治と皇室の双方によって、憲法の規定を超えて公的行為が拡大した。能動的な象徴天皇像が定着し、政権が天皇を利用しても、国民が疑問を感じにくい危うい状況が生まれている」と話す。(二階堂友紀)



即位を祝う国民祭典 陛下が感謝
 嵐が奉祝曲披露
2019年11月9日:毎日新聞

「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」で手を振られる天皇、皇后両陛下
=皇居前広場で2019年11月9日午後6時44分(代表撮影)

 天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典が9日夜、皇居前広場で催された。天皇、皇后両陛下が皇居に姿を見せられる中、安倍晋三首相が祝辞を述べ、人気アイドルグループ「嵐」が奉祝曲を披露した。陛下は祝意に感謝し、「国民の幸せを祈るとともに、わが国の一層の発展と世界の平和を願います」とあいさつした。
 陛下はあいさつで台風19号などの被害に「深く心を痛めています」とし、「被災された方々が、安心できる生活が一日も早く戻ることを心から願っています」と述べた。
 財界などでつくる「天皇陛下御即位奉祝委員会」と超党派の国会議員連盟などが主催。皇居・正門の前に舞台が特設され、主催者側によると、約3万人が参加した。
 国民祭典は2部構成。祝賀式典は第2部で、安倍首相や嵐のほか、歌舞伎俳優の松本白鸚さんや女優の芦田愛菜さんらが出席した。奉祝曲は菅野よう子さんが作曲、脚本家の岡田恵和さんが作詞し、全盲のピアニスト、辻井伸行さんが演奏した。両陛下は正門の石橋に立ち、式典を見守った。
 式典に先立ち、第1部は皇居周辺の内堀通りで、盛岡さんさ踊りや沖縄エイサーなど郷土芸能のパレードが行われた。



嵐が熱唱、一同繰り返し万歳で幕
 「国民祭典」に3万人
2019年11月9日:朝日新聞

 皇居前広場で9日夕に開かれた、天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典。芸能やスポーツ、経済界の著名人を含む約3万人が集まり、天皇、皇后両陛下は笑顔で祝福にこたえた。関係者によると、長女愛子さまもお忍びで訪れ、皇居の正門付近から一部始終を見守った。
 両陛下は午後6時過ぎから30分ほど出席した。安倍晋三首相が祝辞を述べた後、この日のためにつくられた組曲が披露された。3部構成で、オーケストラの演奏、ピアニストの辻井伸行さんのピアノ演奏に続き、嵐の5人が登場。ダークスーツに黒いちょうネクタイ姿で、深々と一礼した後、第3楽章の「Journey to Harmony」を歌った。作曲はNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」などで知られる菅野よう子さん。作詞は、NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」などを手がけた脚本家の岡田恵和(よしかず)さん。歌詞には、天皇陛下が水問題の研究をライフワークとしていることから「僕らの幸せも大河にすればいい」など、水に関連するフレーズが盛り込まれた。嵐のメンバーはいつものダンスを「封印」し、その場に立ったままで熱唱した。両陛下は笑顔で聴き入り、演奏後に拍手を送った。皇后雅子さまは涙ぐむなど感激した様子だった。
 その後、ソプラノ歌手が国歌独唱し、続いて、国歌斉唱が呼びかけられ、集まった人らで「君が代」を歌った。都内の主婦(70代)は、「両陛下がとっても幸せそうで、これから日本と世界のために活躍してくれるだろうと思った」と話した。
 国民祭典は上皇さまの即位10年、20年を祝してそれぞれ行われた。いずれも超党派の国会議員連盟や、経団連などでつくる「奉祝委員会」が中心となって開催した。
 この日の行事の最後は、両陛下に向かって一同が繰り返し万歳をする形で締めくくられた。都内の大学に通う女性(20)は「初めて万歳をした。普段『日本』とか意識していないけど今日は私も日本人なんだーと思いました」。嵐のファンだという別の大学生の女性(19)は「戦争の時代にタイムスリップしたみたいでびっくりした。なかなかできない経験でした」と話していた。(長谷文、中田絢子)



皇后さま、涙ぬぐわれ…
ご即位祝う祝賀式典 嵐ら奉祝曲披露
2019年11月9日:産経新聞

 天皇陛下のご即位に伴うパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」を翌日に控えた9日午後、ご即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典が東京都千代田区の皇居前広場で行われ、人気アイドルグループ「嵐」のメンバーらが特設舞台で、歌を披露した。

 天皇、皇后両陛下は祝賀式典の途中から姿を見せられ、会場には「天皇陛下、万歳」「皇后陛下、万歳」というかけ声も響き渡った。皇后さまが涙をぬぐうような仕草を見せられる場面もあった。

 「国民祭典」は超党派の議員連盟や、財界などでつくる「天皇陛下御即位奉祝委員会」が主催。特設舞台では午後5時ごろ、式典開会のファンファーレが鳴り、歌舞伎俳優の松本白鸚(はくおう)さん、女優の芦田愛菜(まな)さんらがお祝いのメッセージを読み上げた。

 午後6時ごろには、特設舞台を望む皇居の正門石橋に、両陛下がお出ましに。安倍晋三首相の祝辞の後、陛下のご研究分野である「水」をテーマにした奉祝曲組曲を、オーケストラや全盲のピアニスト、辻井伸行氏、嵐のメンバーらが演奏や歌で披露。両陛下もご覧になった。

 10日には「祝賀御列の儀」が憲法に定められた国事行為として行われ、両陛下は都内約4・6キロのコースのパレードに臨まれる予定。



芦田愛菜「新しい日本へ」
祝賀式典に着物姿で祝辞
2019年11月9日:日刊スポーツ

女優芦田愛菜(15)が9日、東京・皇居前広場で、「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」第2部祝賀式典に出席した。

次世代を担う女優として着物姿で登壇すると「謹んで申しあげます。天皇陛下の御即位にあたり。心よりお祝い申しあげます。また、このような記念すべき国民祭典にお招きあずかり、光栄に存じます」と祝辞を述べた。

松尾芭蕉「奥の細道」を読んで、水に関心をもったという天皇陛下を「水を通して世界のさまざま問題をとらえ、平和につながると知るにいたりました」とし、「私も大好きな読書で知識を得て、行動に移すことが大切だと考えるようになりました。どんなことでも思い立ったことは迷わず実行できるようになりたい。そう思っております」と続けた。

また、新元号が万葉集からの出典だったことから「昔の書物から新しい時代の元号が作られるのは、なんてすてきなことだろうと感動しています。古くからの文化を大切にしつつ、新しい日本へと躍進していく。そんな時代になることを願っています」と読み上げた。



即位の礼パレード見ないと「非国民」?
 小林節さんと真面目に天皇制を考える
2019年11月8日:毎日新聞

小林節慶大名誉教授=東京都千代田区で2019年10月31日午後3時29分、滝川大貴撮影

 天皇の「即位礼正殿の儀」が行われた先月22日、この日を休日・休校にしなかった会社や大学をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で「非国民」と呼ぶ人たちがいた。10日のパレードを見なかったら、これも非国民と非難されるのだろうか? いったい日本はどうしたのだろう。新天皇即位の祝賀行事はまだ続く。そもそも天皇制とは何なのか。憲法との関係はどうなっているのか。真面目に考えよう、と憲法学者の小林節・慶応大学名誉教授(70)に会いに行った。【國枝すみれ/統合デジタル取材センター】

「非国民」という考えは大日本帝国型の全体主義

 ――非国民発言をどう思いますか。

日の丸の旗を手に皇居前広場に集まった人たち
=東京都千代田区で2019年10月22日午後1時46分、北山夏帆撮影

 ◆天皇は憲法上で唯一の世襲制の公務員ですから、「代替わり」は不可避です。ただし、大日本帝国憲法下で主権者であった天皇の即位を臣民が祝すことと、現在の日本国憲法下で、主権者である国民が象徴天皇の代替わりにどう対応すべきか、はおのずと異なるはずです。国民はこぞって即位の日は休業して祝さなければ非国民だという同調圧力はまさに、「大日本帝国型の全体主義」で「個人の尊厳(個人主義)」を基調とする日本国憲法と矛盾します。明確に否定すべきです。
 ――「今日、働いた私は非国民です」のように、自虐的ギャグとして使っている人もいました。軽い気持ちで使っている人が多いと思います。
 ◆大変危険です。大日本帝国で「非国民」と批判されることは、重いことでした。おそらく「非国民」の言い出しっぺであろう右派団体「日本会議」の人たちなどはきっとそういう思いでこの言葉を使っています。国民が天皇の即位に敬意を払わなければ間違いだ、という勘違いを独り歩きさせたらいけません。
 大日本帝国憲法の下で、天皇は主権者でした。「神聖にして不可侵」。司法、立法、行政の3権に統帥権を加えた4権を総攬(そうらん)していました。総攬とは、鵜飼(うか)いの鵜匠が魚をのみ込んだ鵜の首につけたひもを握っている状態です。皇国日本は「個人よりも家が尊く、最も大きな家は国で、国のお父さまは天皇」という価値観です。その中で、天皇の権威をかさにきた政治家や軍人、官僚らが国民を管理した体制だったのです。「汝(なんじ)ら市民は、民たる家臣なのだから、黙れ」と。皇国日本は、少数派に反対意見も言わせず、戦争して、無残に負けました。その日本は全体主義の大日本帝国憲法を否定し、個人主義の日本国憲法を受け入れ、平和で豊かになったのです。
 ――「非国民」という言葉が飛び交うなんて、日本は時代に逆行しているようです。なぜこのような状態に?

2017年の衆院選で萩生田光一氏(右)とともに当選確実の花をつける安倍晋三首相
=東京都千代田区で2017年10月22日午後9時46分、小川昌宏撮影

 ◆基本的には安倍政権の性質だと思います。安倍晋三首相は守られて育ち、批判に弱く、論争から逃げます。一国会議員である時はよかったですが、最高権力者になってしまいました。小選挙区制の導入で過半数の票を獲得できなくても絶対権力を握ることができるようになり、党本部に金と権力が集中しました。議員は安倍さんに公認してもらうため、おもねるようになりました。徐々にキム様化(北朝鮮の最高指導者、金正恩氏のようになること)しているのです。
 安倍さんは批判に反論するのではなく、官邸の中で「けしからん」と言います。すると、周囲がそんたくします。権力者やそれに近しい者ならば、レイプも公文書改ざんも、公職選挙法違反も不問に付されるのでしょうか? 一方、(安倍政権を批判する)僕などは“言論人ブラックリスト”に載っています。地上波テレビは取材に来なくなりました。野党も非力、メディアも無責任。日本全体が負のスパイラルに落ち込んでいます。
 国全体としての閉塞(へいそく)感からくるヒステリーが土壌にあります。日本の政治力、経済力は落ち、国民は可処分所得が減っていく実感があります。子供食堂なんて本来あってはならないものです。
 ――終末感が漂っています。
 ◆僕は6年ほど前から異様な経験をするようになりました。大学で憲法シンポジウムを開こうとすると、「大学ですよ、ここは。政治的な集会は政治的に中立でないからだめ」と大学からクレームをつけられるようになりました。憲法学者が政治について話せないのでは、仕事になりません。戦争法(2015年に成立した安全保障関連法)に反対し始めると、さらにひどくなりました。
 こうした動きは今も続いています。11月10日に川崎市の学校で憲法に関する講演会やろうとしたら、教育委員会からクレームがつきました。提出したレジュメが「特定の政党、政治家を批判している」というのです。他の自治体でも、使わせてやるけど協賛はやめます、というのが常態化しています。
多数派が「反日」と認定した内容を公の施設から排除するのは全体主義
 ――表現の自由はどこにいったんでしょうか?
 ◆「表現の自由」を憲法で規定して重視する米国では、公の施設は内容に関係なく、空きがある限り先着順に使わせます。内容を聞いて是非を決めるのでは検閲になるからです。表現が名誉毀損(きそん)などの問題になった場合は、裁判で争えばいいのです。憲法学も政治学も、右派と左派の双方が主張し、お互い批判しあって向上することが、表現の自由にこめられた憲法上の期待じゃないですか。

「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」の会場前でシュプレヒコールを上げる
名古屋市の河村たかし市長=名古屋市東区で2019年10月8日午後2時10分、野村阿悠子撮影

 役所が拒否する理由は、自民党の議員らが文句を言いに来るからです。来たときに理路整然と丁寧に「表現の自由」を説明すればいいのですが、面倒なのでしょう。日本人は劣化しています。
 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」問題もそうです。ネットでは「(従軍慰安婦をモチーフにした)少女像や、昭和天皇の写真を燃やしてその灰を踏みつけるといった『反日的』な芸術は、公の金で支援することじゃない」という声があがりました。こうした意見は憲法論的にはおかしいんです。
 多数派が「反日」と認定した内容は公の施設から排除する、というのは全体主義そのものです。日本国憲法は13条で「個人の尊厳」を憲法の基本においています。人は生まれつき個性的な存在であって、それを認め合おうという意味です。すべての人はDNAが違う。殴り合っても始まらない。だから、意見を言い合い、多数決で決める。相対的な多数派にまず従うわけです。
 しばらく時間がたったら、また議論して決を取り直し、修正していく。それが民主主義です。そのためには自由な言論がなきゃだめです。少数派が意見を言うことができなかったら即、全体主義です。「俺はキム様で、お前は反キム様的だ。だからお前は非国民。私の好みに変えなくては許さない」というのは、全体主義なのです。
 ――現憲法で天皇は象徴となっていますが、イメージがわきません。

日本国憲法原本(国立公文書館所蔵)=東京都千代田区の同館で2017年4月11日、長谷川直亮撮影

 ◆天皇は日本という存在を示す象徴(シンボル)です。例えば、外国の大使は着任したとき、天皇にあいさつすることによって、日本にあいさつしたことになります。オリンピックの時、日本が勝ったら日の丸が表彰台で揚がるのと同じです。つまり、天皇は最上位の儀式要員であり、権力はなく、権威性だけがあるのです。
 あいちトリエンナーレで展示された、昭和天皇の写真が焼かれ、灰が踏みつけられるというアートについて、けしからんと不愉快に思う人もいるかもしれませんが、天皇は国の象徴ですから、天皇の写真は祭られもすれば、燃やされもします。トランプ米大統領の写真や星条旗だって世界中で同じ目にあっています。天皇というものの本質は変わったのです。現在の日本に不敬罪はありません。
天皇の代替わりで刑罰チャラの恩赦はおかしい
 ――「即位の礼」で55万人が恩赦されました。それについては、どうお考えですか。
 ◆まず、恩赦という言葉が問題です。天皇陛下の「大御心(おおみこころ)」によって赦(ゆる)すという意味で、天皇が神と自称していた頃の残滓(ざんし)です。かつては世界中で王は神の子孫と名乗り、王の言うことが法律でした。裁判官は王の名の下に、日本では天皇の名の下に裁判をしたのです。
 第二に、立法権と司法権の侵害です。国会の定めた法律に基づいて裁判所が下した決定を「大御心」で覆すのです。原理的につながりません。
 第三に、犯罪は個別に起きるので処罰も個別であるべきなのに、恩赦は一律。そもそも犯罪処遇の本質にあわないのです。また、模範囚だから早めに釈放しようとなれば、中央更生保護審査会が個別に審査して減刑する制度があります。だから(恩赦は)いらないのです。
 最後に、天皇の代替わりと犯罪者処遇は本質的に無関係です。めでたいことがあったからって、刑罰がチャラになるなんて説明つかないですよ。
 ――政府は恩赦は犯罪の抑止につながると説明しています。
 ◆犯罪者は「ラッキー。買いもしない宝くじに当たっちゃった」と喜ぶだけです。今回、利益を受けるのはどんな罪の人だと思いますか? 公職選挙法違反やスピード違反や酔っ払い運転(注1)――。
 (注1)今回の恩赦では、罪種を問わず罰金の納付から3年過ぎた推定55万人を対象に制限されていた資格を回復する「復権」が行われる。道路交通法違反で失った運転免許や医師や看護師など国家資格の再取得が可能になる。
 ――うーん……。

インタビューに答える小林節慶大名誉教授
=東京都千代田区で2019年10月31日午後2時7分、滝川大貴撮影

 ◆殺人犯を減刑すれば、被害者家族が「ふざけるな」と怒ります。公職選挙法違反は一見、直接の被害者はいません。しかし、民主主義の基本である選挙秩序を乱しています。政治家がお仲間の公職選挙法違反をチャラにするのは明らかにおかしい。直接の被害者はいなくても、国民全員が被害者です。全員が被害者であるがゆえに被害者だと自覚できないのです。
 ――NHKの最新の世論調査によると、国民の7割は天皇に親しみを感じているそうです。天皇制はどうあるべきでしょうか。
 ◆天皇制はいずれは消えていくと思います。世界の王制は歴史とともに減っています。古代は血族が多くて強い者、良い武器を持つ者が、水や食料を独占して王家となりました。余剰生産物が増え、工業生産が行われるようになると、金を持つ者が王家となります。または王家が金持ちになったのです。教育の機会が拡大すると、テクノクラート(技術官僚)が強くなり、彼らが王家を利用しました。しかし、いまは国民皆教育の時代です。国民全員の働きが政府を支えます。そういう時代に王家は原理的にいらないのです。
 米国は英国から独立して王制を廃しました。次にフランス革命が起きました。ロシアのロマノフ王朝も1917年に終わりました。「次は俺たちだ」。そう考えた英国の王室は賢かったので、国費ではなく自分の金で生活するようにして政治的権限を国民側に渡しました(注2)。内閣(キャビネット)という言葉はもともと、「王様の衣装部屋」という意味でしたが、王の内閣は議会の内閣へと変わったのです。
 (注2)イギリス王室は、王室グッズの販売や領地の貸し出しで稼いだ資金で宮殿の維持費や王室で働く人の給与などの経費の多くを賄う。
 ――国際政治がにっちもさっちもいかなくなったとき、天皇家によるロイヤルファミリーの国際ネットワークがあると、チャンネルの一つとして活用できると思うのですが。
 ◆世界の王家と日本の王家が仲良くしたってなんぼのもんでもありません。政治家がしっかりしていればいいんです。

こばやし・せつ
 1949年東京生まれ。米ハーバード大ロースクール客員研究員などを経て2014年まで慶応大教授。著書に「小林節の憲法改正試案」、共著に「『憲法改正』の真実」など多数。

コメント

非公開コメント