教育のパラダイムシフトに現場が共感できる環境を

ポンコツな総理、副総理の下のポンコツな内閣、その大臣たちもポンコツばかりで、議員もポンコツでこの国の政治は不安だらけ。「ダメじゃんニッポン」が極まりつつある。
萩生田文科相が開いたパンドラの筐、おむすびころりんの大葛籠が開いた時のように、中から次から次へと魑魅魍魎が飛び出して、ハロウィンも顔負けのカオスが生じている。
ことは、英語大学入試検定問題だけでなく、萩生田の「身の丈」発言で「入試・教育」の根本的矛盾までが国民の前にさらけ出されたことが大きい。そもそもの問題は、文科省に教育力が乏しく、教育改革を政策としてうまく進められない焦りが、大学入試によって高校教育をコントロールしようとしたところにある。
文科省は、日本の教育の後進性を30年前から危惧し、焦っている。日本の教育をどうにかしてパラダイム転換し、先進国型の教育にシフトしたいのだが、政治的バイアスによって、政策内に矛盾を抱え学習指導要領だけでは現場教員の共感も得られない状況にある。
本来ならば、学習指導要領を明確な哲学に基づいて構成し、現場教員にそれを消化できる余裕を与え、意欲を引き出し、納得してもらって、授業実践につなげていく王道を歩むべきなのだが、その力が文科省にはない。その挙句が、今回の騒動と言えるだろう。



背景に利権 不公平試験をゴリ押しした
下村元文科相の大罪
2019年11月5日:日刊ゲンダイ

「文科省による制度設計の詰めの甘さが原因」(世耕弘成参院幹事長)、「混乱を招いた自体、文科省には大いに反省してもらわなければならない」(岸田文雄政調会長)――。英語民間試験の延期について、自民党内から文科省に責任を押し付ける声が噴出。だが、本当に責めを負うべきは、安倍首相のお友だちとして民間試験導入の“旗振り役”だった下村博文選対委員長だ。


 民間試験導入は、安倍首相が2013年に設置した私的諮問機関「教育再生実行会議」で浮上した。14年12月には文科相の諮問機関「中央教育審議会」が大学入試で英語の4技能(読む・書く・聞く・話す)を評価することを提言。20年度の実施が持ち上がった経緯がある。

 安倍首相の意向を受け、大学入試改革を主導した政治家こそ、12年12月から15年10月までの約2年10カ月もの長期にわたって、文科相を務めた下村氏である。

 立憲民主党の枝野代表は4日、民間試験導入の経緯を巡り、国会で下村氏を追及すると表明。「なぜこんなおかしな制度を作ることになったのか」と疑義を呈し、「いきさつが一番、本質的な問題」「知る限り、一番の(導入の)原動力になったのは下村氏だ」などと意気込んだ。

■背景に教育業界との癒着

 下村氏はこの期に及んでも「パーフェクトを求めていたらやれない」と、民間試験導入にやる気マンマン。実現したい背景に透けて見えるのは、教育業界との利権だ。

 民間試験を導入すれば、その対策として塾や予備校など教育関係の企業や団体も潤う。下村氏が支部長を務める自民党東京都第11選挙区支部は05~11年の7年間に教育関係の企業や団体から総額1289万円にも上る政治献金を受け取っていた。14~17年の4年間も、総額1160万円の献金を受けている。
 要するに、民間試験導入を主導しつつ、教育関係者からどっさりカネをもらっていたのだ。民間試験の中止を求めている京都工芸繊維大の羽藤由美教授がこう言う。

「民間試験導入が決まった会議は非公開で、議事録も出てきません。議論の中で、導入を裏付けるエビデンスやデータを諮ったかは疑問です。政府が多くの専門家の反対の声に耳を貸さずに導入を強行しようとした背景に、教育業界と政治家との癒着があったとしても不思議ではありません。今回の混乱によって、政治主導のトップダウンによる教育政策の限界が露呈したと言えます」

 混乱必至の政策をゴリ押しした下村氏の責任は重い。



「生まれ」で格差、日本の現実
 「身の丈」発言に識者
2019年11月5日:朝日新聞

 「自分の身の丈に合わせて、頑張ってもらえば」。2020年度から始まる大学入学共通テストでの英語民間試験の見送りにもつながった、萩生田光一文部科学相の発言が浮き彫りにしたものとは――。

「教育格差」のデータ無視 松岡亮二・早稲田大准教授

 「身の丈」発言の後、萩生田さんは国会で「エールのつもりだった」と釈明していました。おそらく、あの発言に悪気はなかったのでしょう。
 発言の背景には、萩生田さんの考える「教育格差」とは、本人の志・能力・努力によって乗り越えられる程度のものだ、という認識があったのではないでしょうか。とすれば、それはデータが示す実態とは異なります。「生まれ」によって大きく人生の可能性が制限されている現実が日本にはあるからです。
 身の丈発言に、内心では同意した人もいるでしょう。社会にどれだけ自分の可能性を「諦めた」子どもたちがいるのかを想像せず、「格差はあっても、努力で乗り越えればいい。私はそうしてきた」というように。
「身の丈」発言が浮き彫りにした教育制度の問題点とは。

松岡亮二・早稲田大准教授のほか、斎藤孝・明治大学教授や、
竹内洋・関西大学東京センターにも聞きました

 親の学歴を含む出身階層や出身地域によって、子どもが大学に進学しようと考えたり、日頃の学習意欲を持ったりすることに大きな格差があることは、多くの実証研究で明らかになっています。
 例えば、今年発表した私の研究では、中学1年ですでに、子どもが大学に進学することを期待する割合は両親が非大卒だと23%、一方の親が大卒だと41%、両親が大卒だと60%と明らかな差があり、親が大卒であるほど、子の学習時間も長いことが分かっています。
 社会経済的に恵まれない家庭の子どもたちは、ある時点で勉強を諦める傾向もあります。社会構造による教育格差があるのに、「勉強には向いていない」と、自身の可能性を低く見積もり、自分から「身の丈」で生きていこうとしているのだと思います。
 大学入学共通テストの導入は、現存する格差の拡大を後押しすると考えられます。テストの仕組みが複雑で選択肢もあまりに多いため、予備校などに相談し、膨大な情報を親と共に消化できる家庭の生徒ほど有利になるでしょう。
 英語民間試験では、一部受験生に金銭的な助成をするとも報じられましたが、親の協力を得て申請書を提出するのであれば、これ自体、見えない障壁です。
 経済的に恵まれない家庭の子は、自分の親にその申請書を渡すことすら躊躇(ちゅうちょ)するかもしれません。まさに自分が思い込んでいる「身の丈」に合わせようとする行動です。個人の選択ということもできますが、一方には、同じ障壁に悩むことなく受験勉強に打ち込める生徒もいるわけです。
 問題の根本は、これまでの「教育改革」が、データの蓄積や分析なしに、「これからはグローバル時代だ」といった理念で進められてきたことです。共通テストの国語と数学の記述式問題も、マークシートでは能力が測れないから導入するとのことですが、それはどの研究に基づくのでしょうか。理念先行で、ドーンと制度変更し、検証しない。そんな「改革のやりっ放し」はもうやめませんか。(聞き手・稲垣直人)
     ◇
 教育の実態を様々なデータで計量分析する教育社会学者。近著に新書の「教育格差―階層・地域・学歴」。

徐々に崩れた機会均等の建前 竹内洋・関西大学東京センター長

 明治以降の日本には、誰でも試験でいい点を取れば立身出世できるという「ジャパニーズ・ドリーム」がありました。受験が「身の丈」に左右されないという建前が重視されており、萩生田文科相の発言は、その近代日本の伝統に反するものといえます。
 かつての学習院は上流階級の子弟中心でしたが、中等科を卒業して旧制高校を受験しても、合格率は高くありませんでした。華族の子であっても、優遇されることはなかったわけです。
 それが大正から昭和に入ると裕福な家庭の方が受験に有利という傾向が顕著になります。家庭に本が多い、親が勉強を教えるといったことが子の学力につながるので、必然的にそうなる。明治維新で生まれた機会の均等という建前が徐々に崩れていきました。
 しかし、敗戦で誰もが貧乏になったことで、またリセットが起きます。戦後しばらくの間は、難関大学でも貧しい家庭出身の学生が多くいました。明治維新や敗戦という「ガラガラポン」があったことで、機会の平等が担保されたという側面があるんです。
 明治維新から敗戦までが77年、敗戦から今年で74年ですから、経済的理由で教育格差が広がってきているのは、ある意味、必然ともいえます。
 さらに大きいのは、中央と地方の格差です。旧制高校は一高が東京、二高が仙台、三高が京都、四高が金沢、五高が熊本と各地に分散してつくられました。近代の日本には全国で優秀な人材を育成するという理念がありました。戦後も各都道府県に国立大学が置かれ、広く人材を育てる伝統は受け継がれました。
 しかし今はそれが崩れ、東京と地方では「身の丈」が違う社会になってしまいました。
 右肩上がりの時代は、格差があっても、努力すれば追い越せるという希望が持てました。しかし低成長の時代になるとそれが難しくなる。格差解消の手段として、米国のように、経済的に恵まれない学生らを優遇するアファーマティブ・アクションが言われつつありますが、萩生田文科相の発言はそうした現代の潮流にも逆行しています。
 一方で、格差を容認するような空気も生まれています。昔は、苦学して東大を出て、官庁や大企業に就職すると、裕福な家庭出身の人より高い評価を受けました。いわば「後払いされるアファーマティブ・アクション」です。親が偉いと「七光り」といわれて苦労するくらいでしたが、今は「サラブレッド」として評価されたりします。
 受験で競い合うことで、国が良くなっていく時代は終わりました。でも、その次が見えてこない。萩生田発言を契機に、今後の教育のあり方を議論すべきだと思います。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)
     ◇
 1942年生まれ。専門は教育社会学。著書に「立志・苦学・出世 受験生の社会史」「教養派知識人の運命」。

受験にそぐわない言葉 斎藤孝・明治大学教授

 大学入学共通テストのような公的な入試制度では、「公平性」がもっとも重要です。だから、受験者によって条件が異なることを容認していると受け取られかねない萩生田文科相の「身の丈」発言は、そぐわない使い方でしたね。使う文脈を間違えてしまいました。
 「身の丈に合わせて」という言葉は、自分に使えば、謙虚な姿勢を示したり、現実感覚があると受け取られたりして、好感を持たれる表現になります。ただ他人に使うと、「分相応に生きろ」というニュアンスになって感じが悪い。そもそも選択するのは本人で、その力は他人からは測りがたいわけですから。
 「身の丈」という言葉自体は古くからあります。古事記では字面のままの「身長」という意味で使われ、身分制度が固定化すると「身分」という意味が加わりました。身分制度がなくなった明治以降は、「能力」や「経済力」「立場」という意味で用いられることが多くなりました。
 「身の丈」以外にも、日本語には「分際(ぶんざい)」や「分限(ぶんげん)」「身のほど」など同様の意味の言葉があり、昭和までは日常的に使われてきました。それを多用することで、社会の安定性を維持しようとしていたのだと思います。同時に、「身の丈を合わせろ」「○○の分際で」といった言葉は言わば相手の勢いをそぎ、枠をはみ出るような行動を牽制(けんせい)し合うものでもありました。
 しかし平成になって「ハラスメント」への問題意識が高まりました。いま上司が部下に「身のほどを知れ」と言えば、それはもはやパワハラです。次第にこうした言葉はあまり使われなくなりました。
 それが2011年の東日本大震災を機に状況が変わりました。「いまの暮らしが当たり前じゃない」ということを多くの人が意識するようになり、足元を見つめ、身の回りにあるものや関係性を大切にしようとする雰囲気が社会に広がりました。そして「身の丈に合った暮らし」「背伸びせず無理のない生活」が注目を浴びるようになったのです。
 低成長時代でもある現在、書店には「身の丈に合った○○」というタイトルの本が並んでいます。この言葉は、社会に好意的に受容されるようになったのです。自分の状況に合わせて幸せを模索することはとてもいいと思いますが、大学受験に「身の丈」という考え方を当てはめることについては、少し心配です。
 若い人たちは自分の潜在力にあまり気づいていません。大学受験などを機に背伸びや無理をして、「自分にはこんな力があるんだ」と気づくことも多い。「さとり世代」と呼ばれ「身の丈」に収まりがちな彼らのためにも、日本社会にもっと挑戦を促すような空気があってほしいと思います。(聞き手・藤田さつき)
     ◇
 1960年生まれ。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。著書に「声に出して読みたい日本語」など多数。



元文科相ら「失望感与えた」
 英語民間試験延期で決議文
2019年11月5日:朝日新聞

 2020年度から始まる大学入学共通テストでの活用が見送られた英語民間試験をめぐり、国会で5日、高校や大学、実施団体の代表らが参考人として出席し、異例の方針転換や新試験のあり方についてそれぞれの立場から国に訴えた。民間試験の活用を推進してきた文部科学相経験者らが萩生田光一文科相に異例の申し入れをするなど与党内でも混乱が広がっている。
 5日の衆院の文科委員会。1日の突然の延期表明を受け、試験の実施を求めてきた日本私立中学高等学校連合会の吉田晋会長は「(準備をしてきた)子どもたちが迷子になるのは、本来避けなければいけなかった」と述べ、現行の試験の枠組みを残した仕組みづくりを訴えた。民間試験の一つ「GTEC」を運営するベネッセは、全国に約350の試験会場を確保するなど対応に追われてきた。準備の損害賠償を求めるか問われ、担当者は「まだ考えが及んでいない」。一方で、文科省が24年度実施に向けて検討する新制度について、求めがあれば協力していく姿勢を見せた。
 京都工芸繊維大学の羽藤由美教授は「民間ありき、20年ありきで進めてきた結果の破綻(はたん)だ」と批判。英語のスピーキングテストを独自に開発して入試に活用してきた経験などから、民間試験団体の利益追求と、試験の公平性を確保することは両立できないとして、「(今回の制度を)マイナーチェンジするだけなら同じことになる。ゼロから考え直して」と求めた。
 与党内では突然の延期表明に不満がくすぶる。柴山昌彦・前文科相、馳浩・元文科相らが5日、文科省を訪れ、萩生田氏に対し、「失望感を与えることになった」などとする自民党文科部会の決議文を手渡した。20年度に6割の大学(短大含む)が民間試験を活用予定だったことから、国が関与した上で民間試験の活用を進めるため、大学への助成金の拡充などを求めた。柴山氏は「予定通りのスケジュールで行うためにあと一押し、国が支援することは可能だったのではないか」と悔しさをにじませた。公明党も延期の経緯や検証などを求める提言書を萩生田氏に手渡した。(矢島大輔、宮崎亮)

大学の対応は?

 国の成績提供システムを通じて民間試験の成績を活用するとしていた大学は、どう対応するのか。
 文科省の10月の発表によると、一部の学部や入試方式だけで使うケースも含め、760大学のうち538大学(71%)が民間試験を活用するとしていた。国立大は95%、公立大は86%が活用する方針だった。
 国立大学協会は18年3月、民間試験の積極的な活用を盛り込んだガイドラインを公表した。民間試験に加え、大学入試センターが23年度まで用意する「読む・聞く」の2技能を測る試験の双方を、一般選抜の全受験生に課すと表明。その上で、民間試験の成績を①出願資格の目安にする②センターの2技能試験に加点③両方の組み合わせ――のいずれかで使うパターンを示した。出願資格とする場合は、「欧州言語共通参照枠(CEFR(セファール))」の6段階で下から2番目の「A2」以上、加点する際は最高点を英語全体の「2割以上」とする目安も示している。
 旧帝大の多くは出願資格として活用、地方大などの多くは加点方式とする方針をそれぞれ示していた。今回の方針転換を受けて、国大協もガイドラインの見直しを余儀なくされる。関係者は「入試委員会を開き、新たなガイドラインを作るかどうか議論しなければならない」と話す。
 加点方式の予定だった国立大の入試担当者は、受験生に成績提出を求める方法に変えるのは難しいとみて、「加点するのは難しくなるだろう」とした。
 大半の一般入試で個別試験の英語の代わりに、民間試験のスコアを使う予定だった立教大の担当者は「4技能重視の方針を変えることはない」と言うが、独自に受験生から成績提供を受ける従来の方式を続けるかも含め検討するという。「すべての受験生が民間試験を受けている前提で進めていいか、といった点などを学内で相談する」と語った。
 受験生に大きな影響が出そうなのは、2次試験での加点を決めていた東京工業大や、民間試験で一定の水準を満たせば共通テストの英語を「満点とみなす」としていた広島大だ。いずれも対応は決まっていない。広島大の杉原敏彦高大接続・入学センター長は「学内で正式決定ではないが、すでに今年度入試でも高1以降の民間試験の成績を同様に使っており、国のシステムがなくても発表した方針を大きく変えることはないだろう」と話す。(宮坂麻子、増谷文生)

国のシステムを通じて英語民間試験を活用する方針だった主な大学

○出願資格
 東京、京都、名古屋などの旧帝大や医学部に多い

○得点化して加点
 筑波、三重、北九州市立など地方の国公立大に多い

○その他
 広島、大分、山口県立

もともと利用しない
 北海道、東北、慶応、明治、法政



三原じゅん子議員は
議院内閣制も知らなかった?
「私たちは政権握ってない」
「握っているのは総理大臣だけ」と自信満々に
2019年11月4日:LITERA

 自民党の三原じゅん子参院議員が、国会議員とは思えないトンデモ発言をして、失笑を買っている。11月1日、自民党女性局がツイッターで役員人事を紹介したところ、その顔ぶれに非難が殺到。ところが、そのなかの〈こんなんが政権握ってりゃ世の中、良くなる訳ない〉というコメントに対して、女性局長の三原がこんなリプを飛ばしたのだ。
〈私たちは政権握っていませんよ(笑)〉(11月2日)
〈皆様、コメントが凄いことになってますね〜(笑) では、正確に申し上げましょう。 政権を握っているのは総理大臣だけですよ。〉(11月4日)
 いったい、この人は何を言っているのか。いまさら説明するまでもないが、日本の政治は大統領制ではなく議院内閣制。議院内閣制では、首相は議会(の多数派=与党)から選ばれ、与党が内閣を形成する。内閣は国会の信任をベースに存立しており、現在で言えば与党自民党(と連立する公明党)が政権を担っている。それを「私たちは政権を握っていない」「政権を握っているのは総理大臣だけ」って……。
 たしかに三原はこれまでも数々のトンデモ発言を公の場で披露してきた。たとえば、2015年の参院予算委員会では「ご紹介したいのが、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇であります」と戦前のカルト軍国主義思想を開陳。2016年参院選のテレビ東京の選挙特番では、「神武天皇の建国からの歴史を受け入れた憲法をつくりたい」と発言し、MCの池上彰から神武天皇は実在の人物だったとの認識かを問われ、「そうですね。そういうふうに思ってもいいのではないか」と神武天皇は実在していたという“珍回答”をし、呆れた池上に「学校の教科書でも神武天皇は神話の世界の人物ということになってますが?」とツッコまれたこともある。
「八紘一宇」も「神武天皇は実在」も相当にヤバイが、三原はいま、国会議員なのだ。それなのに、小学生でも知っているような日本の政治制度を知らないなんて、いくら何でもひどすぎるだろう。
 三原は後になって、「行政府の長は首相と申し上げたもの」などと必死でごまかしていたが、ツイッターを見ればわかるように、「政権を握っているのは総理大臣だけ」と自信満々に(しかも上から目線で)断言している。明らかに日本の政治制度を大統領制かなにかと間違えていたのだ。
 いや、もしかしたら大統領制どころではないかもしれない。というのも、三原議員には今年6月、安倍首相に問責決議案が提出されたときの反対演説で、野党に「安倍総理に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど、愚か者の所業」「恥を知りなさい」と時代がかった啖呵を切り、国民を呆れさせた一件があるからだ。
 このとき、ネットでは「カルトに国会が乗っ取られた瞬間」「この口調、まるで、どこかの独裁国家の放送かと思った」「野党にまで首相への感謝を要求するって、この国は独裁国家か」という声が上がっていたが、三原議員は本気で日本を「安倍首相の独裁国家」だと思っているフシもあるのではないか。

三原に、青山繁晴、杉田水脈も…
自民党女性局役員の顔ぶれには「極右議員トーナメント」の声 

 こんな思想の人間が“政権”与党の国会議員を務め、自民党で女性政策に取り組む女性局長だというのは戦慄が走るが、しかし、問題は三原議員だけではない。
 前述したように、三原議員の「私たちは政権を握っていない」「政権を握っているのは総理大臣だけ」発言は、11月1日に自民党女性局のツイッターアカウントが〈お待たせいたしました❣ 私たち #自民党女性局 の役員たちをご紹介いたします まずは組織図から!〉として、女性局の組織図を所属議員の写真入りで紹介。この顔ぶれについて、ユーザーから非難が殺到したことが発端だった。
 しかし、その組織図を見ると、これがまあ本当にとんでもないのだ。何しろ、女性局長が三原議員(4回目)、女性局長代理に“ネトウヨの尊師(グル)”青山繁晴参院議員、研修部部長兼事務局長兼web会議担当にツイッターで野党叩きのフェイクを拡散している小野田紀美参院議員が並び、さらに「生産性」発言をはじめ数々のヘイト発言で知られる杉田水脈衆院議員や夫の河井克行・前法相とともに公選法違反疑惑渦中の河井あんり参院議員なども名前を連ねている。
 これが女性問題に取り組む女性局……。 むしろ安倍首相のお気に入り、取り巻きの極右カルト議員を並べただけではないか。実際、この組織図について、ツイッターではこんなツッコミの声が上がっていた。
〈地獄の「極右議員トーナメント」かと思った。〉
〈鉄砲玉一覧表にしか見えない〉
〈名誉男性一覧表ですね〉
〈安倍晋三の喜び組だらけ〉
 どれもこれも思わず膝を打ちたくなる、言い得て妙なツッコミばかりだが、恐ろしいのは、これ、たまたま女性局にだけ当てはまる話ではないことだ。
 自民党はいま、あらゆる部署で、安倍首相に心酔し、安倍首相が総理大臣という立場上表立っては公言できないその極右ヘイト思想を鉄砲玉として発言する人間が優先的に公認を受け、党内で重宝され出世していく構造になっている。
 ようは、自民党全体が「極右議員トーナメント」「安倍首相の鉄砲玉一覧表」状態なのだ。
 その意味で三原議員の言った「政権を握っているのは総理大臣だけ」というのは、小学生の社会のテストなら0点だが、現状認識としてはあながち間違いではない。
 極右思想に凝り固まり、おともだちの利益のことばかり考えている総理大臣と、その総理大臣に心酔しているだけで、日本が民主主義国家で議員内閣制を採っていることすらわかっていないような知識しか持ち合わせていない国会議員だらけの政党に、この国の政治は完全に乗っ取られているのだ。
 三原義員の発言はそのことをあらためて国民に教えてくれたと言っていいだろう。
(編集部)



松尾貴史のちょっと違和感
大臣らに相次ぐ醜聞・失態
 まともな品性の人々なのか
2019年11月3日:毎日新聞


 菅原一秀衆院議員が経済産業大臣に内定したという報道を目にした時、ああ、この組閣は「もうマスコミは制圧した、政権の傘下にある」という確信のもと、完全に国民を愚弄(ぐろう)するつもりでのろうぜきだろうと感じた。
 菅原氏は以前、27歳の元愛人に「女は25歳以下がいい。25歳以上は女じゃない」「子供を産んだら女じゃない」「バカじゃないの」「親の教育が悪い」などと言ったことでモラハラ被害を受けたとして週刊文春誌上で告発をされたことがある。
 彼は国会を休んで公費で愛人とハワイ旅行したとも報じられたり、秘書に給料の上納を要求したり、2017年の衆院選挙期間中に内閣府と契約のあった業者から献金を受けたり、以前話題になった「保育園落ちた」ブログ騒動の時の質疑で下劣なヤジを飛ばしたり、統一教会との関係が問題視されたり、自身の選挙公報の経歴に「早実野球部で甲子園に4回出場」と書いていたが、実際は3回で、しかもベンチ入りもしていなかったことがバレたりと、そもそも閣僚に起用するにはあまりにもリスクの高い人物であることは素人目にも明らかだった。関西電力の金品受領問題についても担当大臣として通り一ぺんの批判をしていたが、「どの口で」言っていたのか。
 今回問題となり、大臣辞任に追い込まれた、関係者へのカニやメロンの贈答についても、以前から報道もされていたのに、安倍晋三総理の周辺はそのことに気づかなかったのだろうか。もしそうなら危機管理能力に欠けるし、知っていたなら、マスコミや世論を抑え込む自信があったから、ということになるだろう。
 こういう不祥事があって閣僚が辞任するたびに、安倍氏は毎度「任命責任はあ、わたくしにあります」と神妙に述べるけれども、一切責任は取らない。もう、2桁近い閣僚らでこういう事態が起きているけれど、どこ吹く風だ。
 さまざまな醜聞や失態が明るみに出ても、聞かれたことにまともに答えず、証拠の提出や説明は先送り、「ご飯論法」でのらりくらり、そういうことをやっているうちに、国民は飽き飽きとして、追及する気持ちも薄まってしまっているのだろう。安倍夫妻の森友学園問題、安倍氏の加計学園問題、甘利明氏の都市再生機構(UR)口利き疑惑、世耕弘成氏の750万円献金疑惑(彼はかつて週刊東洋経済誌のインタビューで「フルスペックの人権を全て認めてほしいという考え方はいかがなものか。生活保護受給者は一定の権利を制限されるべきだ」と、信じられない差別的な発言もしている)、麻生太郎氏の、特定の地域は品が良くないという内容の発言、萩生田光一氏の「身の丈受験」発言、河野太郎氏の被災者に配慮を欠いた「私は雨男、防衛大臣に就任してから3回も台風が来た」という発言など、まともな品性の人々なのだろうか。そんなに台風を呼ぶなら、なぜ任命を受けるのだ。次が来ないうちに一刻も早く辞職してほしい。
 これほど次から次へと劣悪な言動をする人々のことはテレビも「アリバイづくり程度」にわずかしか報じず、「想像を絶するだらしなさ」の芸人による申告漏れや、外国の法務大臣のことは、連日連夜、微に入り細をうがち追及し報道する。
 この国の政治と報道はどうしてしまったのだろうか。政権に都合の悪い報道をしたテレビ局は電波の免許を停止すると脅した人物が総務大臣に返り咲いているが、その任命自体が持つメッセージは、「効果的」に響いているのだろう。
 検察当局も強制捜査に乗り出すべきところではないのか。それとも、総理のお仲間には手を出せないのだろうか。掌握、もしくは去勢を施されてしまったのだろうか。


先生の働き方 まずは業務の削減から
2019年10月24日

 教員の勤務時間を年単位で調整することを可能にする法案が今国会で審議される。長時間労働が本当に改善されるのか、現場の疑念は強い。まずは教員が抱えすぎている業務の削減が必要だ。
 長時間労働が深刻となり、子どもの未来を育む仕事の魅力がかすんでしまっているのではないか。教員採用試験の競争倍率の低下や教員不足の現状を見るにつけ、懸念が膨らむ。
 国が働き方改革の一つの方向性として打ち出しているのが「変形労働時間制」だ。忙しい時期の勤務時間を延長した分、夏休みなどに休みをまとめ取りできるようにする。そう国は説明する。
 教職員給与特別措置法(給特法)を今国会で改正し、二〇二一年四月から自治体の判断で導入可能にすることを目指す。残業時間の上限を月四十五時間とする指針も法的に位置付ける。
 しかし教員からは夏休みも研修などがあってまとめ取りは難しいと批判の声が上がる。根底には国の方針で教員の仕事が増える一方だったことへの不信感がある。教える内容は増え、事務作業も煩雑となっている。業務削減の道筋を明確にすることが先決だ。
 小学校では長時間労働を是正できない根幹に学級担任制があり、中央教育審議会は高学年を教科担任制にすることなどを議論している。外部の人材が活躍しやすい免許制度も含め、早期の実現を目指すべきだ。
 中学校は部活だ。地域や外部指導員に助力を仰ぐとともに、生徒主体で改革の道筋を考えてみてはどうか。ラグビー強豪校の静岡聖光学院高校は、密度が濃い時短部活の実現に向け生徒が話し合う「部活動サミット」を開催している。公立中学校の参加や参加校以外の問いあわせもあり、練習日削減にもつながっているという。
 タイムカードなどによる在校時間の把握は四割にとどまる。実態把握が改革の第一歩であり、早急に全校で実施すべきだ。過労死した教員の遺族からは、外部の相談窓口の開設を求める声もある。神戸市の教員間のいじめなどから透ける学校の閉鎖性を考えれば、検討に値するのではないか。
 給特法が残業代を想定していないことが、学校が労働時間を管理してこなかった背景にはある。教員や、部活動指導員など支える人たちの増員には教育投資を手厚くしていく必要がある。疲弊した現場を救うため、国会には根本に踏み込んだ議論を望みたい。



「春の疲れ、夏癒やせるか」
 教員の休み振り替えに懸念
2019年11月8日:朝日新聞

 忙しい時期に労働時間を延ばす代わりに、夏休みに休日をまとめ取りする――。そんな「変形労働時間制」を盛り込んだ教職員給与特措法(給特法)改正案の国会審議が7日、始まった。政府は教員の働き方改革につながると強調するが、現場からは疑問の声が出ている。
 「寝だめができないのと一緒。弊害ある仕組みだ」。変形労働時間制について、岩手県内の公立中学校に勤める男性教諭(30)はそう話す。
 年単位で働く時間を調整する仕組みは、忙しい時期、余裕がある時期がはっきりと分かれる工場などで使われてきた。文部科学省は、学校行事などで忙しい4、6、10、11月に勤務時間を週3時間増やし、その分を8月に5日程度の休みに振りかえる、といった活用方法を考える。
 文科省幹部は「教員の働き方改革に特効薬はない。あの手この手の総力戦で臨まなければならず、この休みのまとめ取り制度も選択肢の一つ。なり手不足が深刻化している教員の仕事の魅力も高められる」と法改正の狙いを説明する。だが、教員を増やしたり、仕事量を減らしたりしなければ残業は減らず、根本的な解決にならないとの指摘もある。
 男性教諭によると、1年で最も忙しいのは4月。スマホに記録している時間外勤務は、今年4月に110時間を超えた。5月も100時間近く。春は新しいクラスの対応のほか、顧問をつとめる部活動の大会もあり、土日はほとんどつぶれる。「この時期の疲れを8月で癒やせということなのか。そんな風に人間の体はできているのか? 変形労働時間制の前に、仕事量を減らす議論をしてほしい」
 子育てや介護を担う教員からも不安の声があがる。
 京都府内の公立小学校に勤める女性教諭(41)は小学1年と3歳の娘がいる。今は午後5時が終業だが、忙しい時期には午後7時まで延びることも。「保育園や学童保育の迎えに間に合わない。育児や介護中の教員には配慮するそうだが、配慮があっても、忙しい時期に周囲よりも勤務時間が短く設定されると、申し訳なくてやりづらい。働く時間に制約がある人間が使いにくい制度は、誰にとっても良い制度ではない」と言う。

もっと忙しくなる人出る恐れも

 東京都の公立中学校の校長が心配するのは部活動だ。今でも顧問を決めるのは、ひと苦労。変形労働時間制が入ると、「長時間働ける教員に部活動の顧問が集中してしまうのでは」と案じる。
 福岡県内の公立中学校長は「季節によって仕事量の凸凹があるのは事実。うまく休みが取れればいい制度になる」と言う。だが、「現実的には難しい」とも。夏休み中にも研修や部活動などがある。「仕事量を減らすなど、根本的な問題を解決しなければ、8月でも休みは取れない」と指摘する。
 石川県教育委員会が月ごとの時間外勤務の平均を調べたところ、小中学校では4月の時間外勤務が最も多く、昨年度は小学校で58・2時間、中学校で81・5時間だった。全日制高校は5月に54・7時間だった。
 小中高いずれの学校も8月が最も少なかったが、それでも小学校7・7時間、中学校24・1時間、全日制高校28・2時間だった。8月に月80時間を超える時間外勤務をした先生の割合は、小学校はゼロだったが、中学校で2・1%、全日制高校で3・6%いた。
 更なる多忙化を懸念する声もある。都内の公立中高一貫校の校長は「勤務管理の事務作業を複雑にすれば副校長がオーバーワークになるかもしれない」。教頭・副校長は今でさえ、文科省の調査で1日の勤務が12時間6分と最も長い。
 危機感を持つ現役の教員らは10月28日、変形労働時間制の導入撤回を求める約3万3千人の署名を萩生田光一文部科学相あてに提出した。同席した労働問題に詳しい嶋﨑量弁護士は「残業代不払いをごまかす脱法でよく使われる。労働者側からすれば非常に評判の悪い制度。労働時間をちょっと少なく見せかけるなど、悪用されるだろう」と話す。(宮坂麻子、山下知子、編集委員・氏岡真弓)
野党「小手先の働き方改革」
 7日に衆院本会議で提案された給特法改正案は、与党の賛成多数で成立する可能性が高い。一方、野党は「小手先の働き方改革で、根本的な解決につながらない」などと修正を求めていく方針だ。今国会で成立すれば、自治体の判断で2021年度に導入が始まる。
 文科省の16年度調査では、小学校教員の約3割、中学校教員の約6割が「過労死ライン」とされる月80時間以上の残業をしていた。今回の改正案では、教員の残業の上限を「月45時間、年360時間」以内とする文科省のガイドラインを法律に格上げし、順守を求めやすくする。学校現場がこの上限を守ることを条件にして、変形労働時間制の導入を認める方針だ。
 一方、給特法には「残業代を出さない代わりに、給料月額の4%を一律に支給する」という独特の仕組みが続いてきた。勤務時間を意識しにくく、長時間の時間外勤務につながっているとの指摘がある。抜本的に見直そうとすると、残業代を払うために年間9千億円以上の予算が必要とされることなどから、改正案では踏み込まなかった。(矢島大輔、三島あずさ)

教員の働き方をめぐる主な出来事

●1971年
教員の働き方の特殊性を考慮し、残業代を出さない代わりに給料月額の4%を「教職調整額」として出す教職員給与特措法(給特法)が成立
●2006年
文科省が40年ぶりに教員の勤務実態調査。月平均の残業時間は34時間で、40年前の約4倍に
●14年
経済協力開発機構(OECD)の13年の調査で、日本の中学教員の週あたりの仕事時間は参加国で最長の週53・9時間
●16年
文科省が10年ぶりに教員の勤務実態調査。残業が月80時間以上の「過労死ライン」に達する教員が小学校で3割、中学校で6割に達する実態が明らかに
●17年
教員に代わり顧問の役割を担える「部活動指導員」を制度化
●19年
1月 教員の働き方改革について検討してきた中央教育審議会が、長時間労働の解消などに向けた対策を盛り込んだ答申の中で変形労働時間制を提案
6月 OECDの18年の調査で、日本の教員の週あたりの仕事時間は小学校(54・4時間)、中学校(56・0時間)で、ともに参加国で最長




やまぬ安倍首相のヤジ
今年だけで不規則発言20回超
「民主主義の危機」
2019年11月7日:毎日新聞

衆院予算委員会で質問する立憲民主党の議員に対し閣僚席から発言する安倍晋三首相(右)
=国会内で2019年2月20日、川田雅浩撮影

 子供に見せたくないなあ、と思ってしまった。深夜番組ではない。国会のテレビ中継である。6日の衆院予算委員会で、国民の範たるべき安倍晋三首相が、またも閣僚席から国会議員にヤジを飛ばしたのだ。これまでも物議を醸した首相のヤジや不規則発言だが、国会会議録を調べると出るわ出るわ、今年だけでその数、20回超……。【吉井理記/統合デジタル取材センター】

過去にも野党議員へのヤジで謝罪

衆院予算委員会の集中審議で、閣僚席での自らの発言で質疑が止まり、
委員長席に集まった与野党の議員たちの協議を待つ安倍晋三首相(中央)
=国会内で2019年11月6日午後4時15分、川田雅浩撮影

 6日のヤジは、立憲民主党などの会派に所属する今井雅人氏の質問中に発せられた。
 加計学園問題を巡り、文部科学省が公表した文書に萩生田光一文科相が登場することから、萩生田氏に経緯を問う今井氏に、閣僚席の首相が「あなたが(文書を)作ったんじゃないの」とヤジった、とされる。当時の動画を見直すと、首相らしき声で「あなたが……」とつぶやく声が記録されている。
 これで審議は一時中断。首相は「座席から言葉を発したことは申し訳なかった」と謝罪したが、発言は取り消さなかった。


参院決算委員会で答弁中に野党議員のヤジを指摘する安倍晋三首相。野党議員のヤジを批判する一方、
自身も不規則発言が多い=国会内で2019年6月10日、川田雅浩撮影

 振り返れば再登板後の安倍首相、質問中の野党議員に対するヤジが繰り返し問題視されてきたのはご存じの通りだ。

今年だけでも26回の不規則発言

 例えば▽「日教組は(献金を)やっているよ」(2015年2月19日、衆院予算委。砂糖業界からの農相への献金問題を追及されて。後日、事実誤認として謝罪)▽「早く質問しろよ」(同年5月28日、衆院特別委で)▽「まあいいじゃん。そういうことは」(同年8月21日、参院特別委で。閣僚答弁の誤りを指摘されて)▽「反論させろよ、いいかげんなことばかり言うんじゃないよ」(17年6月5日、衆院決算行政監視委で。加計学園問題をめぐる質問に)――あたりは、読者もご記憶だろう。

衆院予算委員会の集中審議で大学入学共通テストへの導入延期を決めた
英語民間試験について答弁する安倍晋三首相。右奥は萩生田光一文部科学相
=国会内で2019年11月6日午後3時21分、川田雅浩撮影

 だが国会会議録を調べてみると、今年だけでも、話題にならなかった「口撃」を含め、少なくとも13の会議・委員会で26回のヤジなど不規則発言が記録されていた。どれも質問者の質問中に閣僚席から発したものだ。
 知られざる例を挙げると――。
 ▽実質賃金の伸び悩みを指摘した立憲民主党・大串博志氏に対して「(自民党は)選挙で5回勝っている」(2月18日、衆院予算委)▽首相に「発言に注意してほしい」と指摘した大串氏に「あなたに注意したい」(2月13日、衆院予算委)▽厚生労働省の統計不正問題を巡り、統計作成などの政治的中立性への疑問を指摘する声について「ないよ、そんなもん」(2月4日、衆院予算委)
 ことあるごとに、野党議員に「質問席からヤジらないでください」(2月5日、衆院予算委)などと繰り返してきたのは首相その人である。

首相のヤジ「民主主義に反する」

政治評論家の森田実さん=東京都新宿区で2019年6月8日、玉城達郎撮影

 「品格がなさ過ぎる。戦後、こんな首相がいたでしょうか」と頭を抱えるのは、50年にわたり政界をウオッチしてきたご意見番、政治評論家の森田実さん(87)。
 「閣僚席でヤジを飛ばす宰相として思い浮かぶのは吉田茂ぐらいです。1953年3月の衆院予算委で、社会党議員とのやりとりで、吉田が『ばかやろう』とつぶやいたことがマイクに拾われた。これで会議が紛糾し、『バカヤロー解散』を招いた。吉田も品のある宰相とは言えなかったが……」
 何より政府の代表である首相が、国民の代表である国会議員にヤジを飛ばす、というのは「三権分立と民主主義の原則に反します。戦後、多くの首相を見てきましたが、これほど品格に欠け、民主主義を揺るがすような発言が相次いだことはなかったと言っていい」と森田さん。

昔なら大変な騒ぎに

 もともと若き日の安倍首相、委員会などでも与党席から野党の質問者に盛んにヤジを飛ばす「ヤジ将軍」として名をはせていた時期もあった。
 「それでも指導者たる首相は、国民の模範となる紳士として振る舞うことが求められます。戦後の日本の首相は、実質はともかく、自負はあったと思います。安倍さんは果たしてどうなのか」
 首相のヤジを許してきた野党にも不満がある、と森田さんの憤まんはやるかたない。
 「昔なら大変な騒ぎになりました。今回、野党は首相が謝罪にもならない謝罪を言うだけで許してしまった。発言の撤回ときちんとした謝罪がなければ、審議拒否してでも戦うべき局面だったと思う。それだけの事態が今、進んでいることを私たちは知るべきです」

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