辺野古から見える、米国隷従のABE政権

辺野古訴訟で県側敗訴
 国へのお墨付きではない
2019年10月24日:毎日新聞

 米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する沖縄県の訴えを福岡高裁那覇支部が却下した。県が辺野古の埋め立て承認を撤回したのに対し、国側が県の撤回処分を取り消した行政手続きの是非を問う裁判だった。
 国と県が今後の対応を協議する契機になることも期待されたが、埋め立てをめぐる実質的な審理もなく、門前払いに終わったのは残念だ。
 問題は、国の機関である沖縄防衛局が私人の立場で承認撤回の取り消しを申し立て、同じ国の国土交通相がそれを認める裁決をしたことだ。
 この手続きの根拠法となった行政不服審査法は国民の権益救済を目的としたものだ。辺野古の埋め立てを進める国の内部で審査の申し立てと裁決が行われては、第三者性や公平性が確保される保証はない。
 県側は防衛局の申し立ても国交相の裁決も違法だと主張した。100人を超える行政法学者が「制度の乱用であり、法治国家にもとる」と憂慮する声明を発表している。
 しかし判決は、国の機関が一般私人と同じ立場で処分を受けた場合には制度を適用すべきだとして、国側の主張を認めた。著しい権限の乱用もなかったとした。
 こうしたお手盛りの審査を司法が追認したら、国と地方を対等と位置づける地方自治の原則がゆがめられるのではないか。
 2月の県民投票などで再三にわたり「辺野古ノー」の民意が示され、埋め立て区域では広大な軟弱地盤が見つかっている。その中で埋め立てを進める是非の審理を県側は司法に求めていた。
 地方自治法は国と地方の係争処理手続きの対象に「裁決」は含まれないと定めている。判決はそれを根拠に「訴訟の対象になり得ない」との形式論で県の訴えを退けた。
 辺野古の埋め立てに司法がお墨付きを与えたと考えるべきではない。県側は上告する構えで、那覇地裁に起こしたもう一つの訴訟も控える。
 法廷闘争が続いている間も埋め立ては進む一方、国と県の断裂もさらに深まっていく。仮に埋め立ての完成にこぎつけたとしても、地元の敵意に囲まれた米軍基地の円滑な運用は見通せないだろう。
 まずは国側が対決姿勢を改め、対話の道を探るべきだ。


社説
[辺野古訴訟却下]政府に追随した判決だ
2019年10月24日:沖縄タイムス

 名護市辺野古の新基地建設を巡り、県の埋め立て承認撤回を取り消した国土交通相の裁決を「違法な国の関与」として、県が国を相手に起こした「国の関与」取り消し訴訟の判決が23日、福岡高裁那覇支部で言い渡された。
 大久保正道裁判長は「(地方自治法によって)裁決は国の関与から除外され、訴訟の対象になり得ない」などとして県の訴えを却下した。
 判決は県の訴えをことごとく退け、国の主張を全面的に認めている。
 県は、国の機関である防衛省沖縄防衛局が一般私人の権利救済を目的とする行政不服審査法(行審法)を使って国交相に審査を申し立てたのは違法であると主張した。
 判決は、公有水面の埋め立てを排他的に行って土地を造成する点では防衛局と一般私人は本質的に異なるものではなく、「沖縄防衛局は、行審法に基づき、国交相に審査請求をすることができる」と国の立場を追認した。
 埋め立て用途がどのようなものであるかは影響しないとしている。米軍に基地を提供する私人がいるだろうか。とうてい納得できない。
 県は、新基地建設を推進する安倍内閣を構成する防衛局の申し立てを同じ内閣の国交相が審査するのは身内同士による判断で、中立・公正に重大な問題があると主張した。
 判決は、国交相が内閣の一員だからといってただちに審査庁の立場を放棄していたということはできず、その権限・立場を著しく濫用(らんよう)したとは認められない-とした。
 本当にそうだろうか。「辺野古が唯一」と内閣を挙げて新基地建設を推進する中で、国交相が中立的に裁決することは不可能だ。
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 防衛局の申し立てを国交相が裁決する手法を認めるのは地方自治を破壊するものだ。強引な法解釈によって国の方針に従わない自治体の決定は、何であれ国が覆すことができるようになる。沖縄だけの問題ではないのである。
 1999年の改正地方自治法で国と自治体の関係が「上下・主従」から「対等・協力」の関係に改められたことにも、もとるものだ。
 県は上告する構えだ。撤回後の昨年9月の知事選から今年7月の参院選まで「辺野古反対」を掲げた候補者が3連勝。2月の県民投票では投票総数の7割以上が埋め立て工事に反対の民意を示した。だが国は工事を進め対話にも応じない。そんな中での県敗訴であり、玉城デニー知事に手詰まり感が漂うのも事実だ。
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 埋め立てが始まっていない大浦湾側には「マヨネーズ並み」といわれる軟弱地盤が広がる。海底に約7万7千本の砂ぐいを打ち込むなど大規模な地盤改良が必要になる。サンゴ類や海藻草類などに決定的な影響を及ぼすのは確実だ。国の天然記念物のジュゴンは周辺からいなくなり、絶滅の疑いが出ている。地盤改良には県の承認が必要だが、玉城知事は認めない方針だ。
 今回の判決は問題だらけの新基地建設にお墨付きを与えるようなものである。司法が行政へ追従したと言わざるを得ない。


(社説)辺野古判決 「脱法行為」許した司法
2019年10月26日:朝日新聞

 法の趣旨を踏みにじる政府の行いを、法を守らせるべき裁判所が追認する。とうてい納得できない判決だ。
 沖縄・辺野古の埋め立て工事をめぐり県と国が争っている訴訟で、福岡高裁那覇支部は県側敗訴の判決を言い渡した。
 昨夏、海底に軟弱地盤が広がっていることが発覚したのを受けて、県が埋め立て承認を撤回したのが発端だった。防衛当局は直ちに、埋め立て法を所管する国土交通相に対し県の措置の取り消しを求め、望みどおりの裁決を得て工事を強行した。
 このとき使われたのが、行政の誤った処分などから国民の権利・利益を守るために定められている行政不服審査法だった。まさに「奇策」というべきで、多くの行政法の研究者らから批判や疑問の声があがった。
 県側も、この法律に基づいて不服申し立てができるのは、個人や企業などの私人に限られると主張した。だが判決は、たしかに埋め立て法には私人と国とで扱いに異なる部分はあるが、本質において両者に違いはないと述べ、法の抜け穴をくぐる国のやり方を容認した。
 もう一つの争点をめぐる判断にもあきれる。県側は、同じ内閣の一員である国交相に公平中立な審査は期待できず、裁決は違法だと訴えていた。埋め立て事業は閣議決定のうえで進められており、その実現は政権の最重要課題になっている。
 これについても判決は「閣議決定があったからといって、大臣の判断を直ちに拘束するものとはいえない」として、県側の主張をあっさり退けた。
 建前はそうかもしれない。だが首相は閣僚の任免権を持つ。経緯や辺野古を取り巻く情勢を見れば、国交相に独自の判断ができないのは自明ではないか。
 判決は「首相からの具体的な指示などがなされたことをうかがわせる証拠はない」とも述べている。現実を見ず、県側に事実上不可能な立証を求めて、政府の不実を不問に付した判決。そういうほかない。
 今回の政府の手法が認められれば、この先、外交・防衛やエネルギー政策などの国策に関して国と地方が対立した際に、同じことが繰り返される恐れがある。決して沖縄だけの問題ではない。だからこそ玉城デニー知事は法廷で、「国と地方のあり方が正面から問われる」と訴えた。しかし裁判所がこの声に向き合うことはなかった。
 常識に照らしておかしくても、相応の理屈が通っていれば認めざるを得ないのが裁判だ、というのかもしれない。だが、物事の本質から目を背けた判断を続けていれば、司法に対する信頼は失われるばかりだ。



<社説>
関与取り消し訴訟 国追随の一方的な判決だ
2019年10月24日:琉球新報

 政府の言い分だけを一方的に採用した、国追随の不当な判決だ。
 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、県の埋め立て承認撤回を取り消した国土交通相裁決の取り消しを求めた「関与取り消し訴訟」で、福岡高裁那覇支部が県の訴えを却下した。
 法をねじ曲げてでも地方の決定を押しつぶす政府の強権的なやり方に、裁判所がお墨付きを与えることになる。判決が地方自治や法治主義に及ぼす影響について重大な危惧を抱かざるを得ない。
 裁判で争われたのは、国民(私人)の権利・利益を救済するためにある行政不服審査法を、国の機関である沖縄防衛局が利用したことの適法性だった。
 公有水面埋立法は公有水面を「国ノ所有ニ属スル」と定める。国が都道府県知事から埋め立て権限を得る場合は「承認」であり、国以外の者は「免許」として別の制度とするなど、国の特別な地位を認めている。本来なら行政不服審査制度を利用できないはずの沖縄防衛局が、私人になりすまして制度を利用したことは違法だと県は訴えた。
 ところが判決は、埋め立て承認を巡り国とそれ以外で相違があることを認めておきながら、「本質部分における相違ではない」と県の主張を退けた。全く理解不能だ。
 米軍基地建設のための埋め立てという事業の目的を踏まえても、国は一般私人と異なる「固有の資格」を持つというのが当然の考え方だろう。国の立場をおもんぱかったような論理に、裁判所の存在意義を疑ってしまう。
 さらに、辺野古移設を推進する内閣の一員である「身内」同士による結論ありきの手続きという不公平性の指摘についても、判決は「審査請求人と審査庁のいずれもが国の機関となることは行政不服審査制度上当然に予定されている」と問題視しなかった。あまりの形式論だ。
 翁長県政で決定し、玉城県政へと引き継がれた埋め立て承認撤回を、どんな手段を使ってでも覆そうという意思を現政権が持っていることを裁判所も知らないはずがない。
 辺野古移設を「唯一の解決策」として埋め立てを強行する政府の手法は、法律を逸脱していないのか。行き過ぎた権力行使には歯止めをかけることが、三権分立の下で司法に課せられた役割のはずだ。
 玉城デニー知事は意見陳述で「国が一方的に決定を覆すことができる手法が認められれば、政府の方針に従わない地方公共団体の行政処分について強制的に意向を押し通すことができるようになる」と述べ、決して沖縄だけの問題ではないと強調していた。
 裁判官が時の権力におもねるような判断ばかりを示すならば、司法に対する信頼は失墜する。裁判官は良心に従い職権を行使する独立した存在であることを改めて強調しておきたい。

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