21世紀の課題に、誠実に向き合いたい

21世紀の課題は、環境問題と格差問題だと20世紀末から言ってきた。
この二つの問題は、人がひととして生きる基盤をどうするかという社会的課題と連結されている。気候変動をもたらすほどの人類文明の“知恵”が問われているということでもある。
自国のノーベル賞には大騒ぎをする日本だが、ノーベル賞が総体として売ってていることが何なのか俯瞰して理解することが大切だ。ノーベル経済学賞では、貧困の根絶、人間の安全保障というひとの根本を問う課題について賞が選定されている。次々と出されるアイデアは自粛に富んでいるが、どれも絶対的“正解”出はあり得ない。さまざまな学問的成果を現実世界でどう活かすのか、人類文明が問われている。


ノーベル経済学賞受賞
「実証的手法で貧困と戦う」
3人への称賛と批判
REVOLUTIONIZING GLOBAL POVERTY RESEARCH
2019年10月21日:ニューズウィーク
10月14日の授賞者発表の模様。スクリーンの写真で中央のデュフロは史上最年少の受賞者だ
 TT NEWS AGENCY-REUTERS

<本当に効く貧困対策を探る3人の研究者は、エビデンスより理論と直感に基づく傾向があった開発経済学を変えてきた。だが批判もないわけではない>

スウェーデン王立科学アカデミーは10月14日、今年のノーベル経済学賞をマサチューセッツ工科大学(MIT)のエステル・デュフロ教授とアビジット・バナジー教授、ハーバード大学のマイケル・クレマー教授に授与すると発表した。ランダム化比較試験(RCT)を用いて、世界の貧困問題を緩和するために有効な方策を明らかにする手法が評価された。
デュフロとバナジーは、MITの貧困対策研究所の共同創設者。クレマーも同研究所の論文にたびたび共同執筆者として名を連ねてきた。46歳のデュフロは、1969年の第1回受賞者発表以来最年少、女性としては2人目のノーベル経済学賞受賞者だ。
RCTが普及する以前の開発経済学は、エビデンス(科学的根拠)より理論と直感に基づいて結論を導き出す傾向があった。実証実験で貧困対策プログラムの有効性を知ろうとするRCTは、開発援助の在り方も変えつつある。

目標があまりに控えめ?

デュフロらの研究は、さまざまな貧困対策プログラムの有効性を裏付けた。例えば、インドの学校にカメラを設置すると教員の欠勤が減って子供たちの成績が向上する、ケニア西部では肥料の使い方によって農家の収入が増える、子供の腸内寄生虫駆除を行うと学校の欠席率が下がる、などが分かった。
一方、実験のデータを見る限り、成果をあまり生まないプログラムがあることも明らかになってきた。例えば、ペルーの小規模事業者に起業家教育を実施しても、収益はそれほど大きく伸びなかった。ケニアの学校教員に性教育の研修を行った実験でも、10代の妊娠が減ったり、性感染症の感染率が下がったりする効果は表れていない。
それ以前の開発経済学者たちと異なり、専門知識よりデータに重きを置くデュフロらのアプローチの謙虚さを評価する論者もいる。3人の受賞者は、各地域の政府や団体とのパートナーシップ構築にも成功した。
ブルームバーグ・オピニオンのコラムニスト、ノア・スミスは、デュフロらの功績を評価している1人だ。3人のおかげで、経済学が「貧困と不平等」に注意を払い、「実証データと因果関係」を重んじるようになったと、スミスはツイッターへの投稿で指摘した。
もっとも、このアプローチに対して批判がないわけではない。効果的な貧困対策を見つけるという目標が控えめ過ぎるという批判もあるのだ。
スタンフォード大学フーバー研究所のデービッド・ヘンダーソン研究員はウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿し、デュフロらの手法は「目標が小さ過ぎる」と評している。途上国の貧しい子供たちの成績を向上させるために、どのような教育が有効かなどを調べるばかりで、移民や経済成長など、もっと大きな問題に直接向き合っていないというのだ。
開発の問題をマクロの視点で見てきた経済学者や他分野の研究者たちは、デュフロらが着目するような要素では富の格差をほとんど説明できないと主張する。この点では、左派と右派の両方の見方が一致している。
それでも、デュフロとバナジーとクレマーが脚光を浴びたことで、次のステップに進む道が開ける可能性がある。これをきっかけに、途上国の研究者を牽引役として、世界の経済的不平等を生むマクロの要因とミクロの要因の両方に取り組む時代がやって来るかもしれない。
©2019 The Slate Group
<本誌2019年10月29日号掲載>


「命を守る行動」って何?
逃げられない人も
「避難所満杯で入れず」困惑
2019年10月25日:東京新聞・こちら特報部

 今回の台風19号でも、テレビから何度も聞こえてきた「命を守る行動をとってください」という言葉。人々を緊急に非難に駆り立てるには、これぐらい強い口調も必要だという声もあるのだが、違和感も拭えない。「命を守る行動」は各人によって違うし、行動できない災害弱者も多いはず。「自分の身は自分で守れ」と突き放すなら、災害から国民を守るという政府の責任はどうなるのか。「命を守る行動を」という言葉の裏側を探った。                          (安藤恭子、中山岳)

 東京二子玉川駅に近い東京都世田谷区の多摩川沿い。河川敷の公園は、押し流された木や枝が転がり、えぐられた泥でぬかるんでいた。台風19号が襲った12日夜、無堤防区域から川の水が住宅地にあふれ、周辺の道路やマンションが浸水した。テレビはその様子を映し出し「命を守る行動を取ってください」と繰り返し呼び掛けていた。
 どう命を守るか?「車の免許は返納したし、夜に避難すれば、かえって危険だから…」と夫婦でとどまる判断をしたのは、同区玉川1丁目のタワーマンションに住む高橋卓巳さん(82)。区からも避難指示が出されていたが、妻の伴子さん(77)は「マンションの警備員にも、逃げるも逃げないも、自己判断と言われ困った」と振り返る。
 区内の一軒家に住むパートの金箇るみさん(55)は「高層階の方が安心」と考え、同居の姉らと2㌔離れ多摩川沿いのマンション4階の父(83)の元に避難したという。ところが川があふれ、一晩閉じ込められてしまった。「結果として浸水しなかった自宅の方が、安全だった」と苦笑する。
 「不安をあおられている」「3・11の津波被害を思えば、自分で身を守れといわれても仕方ない」と、住民の受けとめ方はさまざまだが、「自分で命を守れと言うのなら、行政にも対策を早く打ち出してもらわないと」と注文をつけるのは、別のマンションに住む70代女性だ。
 女性は自室から増水する川を見て怖くなり、ペットの鳥と区内の友人宅へ避難した。携帯電話の防災アプリや区の災害メールで情報を得ていたというが、「夕方になって聞いた避難所や、満杯で入れなかったところもあった。夜間のダムの緊急放流なんて、聞いた段階ではもう、住民にはどうにもできない」と憤る。
 「命を守る行動をとってください」という言葉は、いつから使われるようになったのか。気象庁によれば、大雨特別警報の運用が始まった2013年からという。紀伊半島を中心に98人の死者・行方不明者を11年9月の台風12号を教訓に、特別警報が創設された。「より強い警戒を伝えることで住民の行動を促し、減災を図ろうとしている」(天気相談所)と説明する。
 「数十年に一度の現象」が基準とされ、今回の台風19号では過去最多の13都県という広い範囲で大雨特別警報が発表された。内閣府のガイドラインでは「すでに災害が発生している可能性が高く、命を守るための最善の行動を取る」と定められている。
 水島宏明・上智大教授(テレビ報道論)は「想定の高さを超える津波で多数の死者を出した東日本大震災以来、テレビの災害報道も、命令口調で緊迫感を持たせる方向に変化してきた」と指摘する。突き放されたようで違和感を感じる視聴者もいるだろうとし、「高所への垂直避難を勧めるなど、工夫して伝えるアナウンサーもいる。さまざまな立場の人たちに対してどう伝えるべきかは、今後も改善の余地がある」と話す。

高齢者、障碍者ら弱者へきめ細かく
災害対策 国の責任
「リスクの個人化」危惧

 災害が差し迫っているときに「命を守る行動を」と言われても、どうすればいいか戸惑う人は少なくない。NPO法人日本防災士会東京都支部の正谷絵美・常任幹事は「安全な場所への避難が求められるが、災害の状況によりとるべき行動は違い、正解はない」と話す。
 例えば台風19号のような水害では、住所がハザードマップ(被害予測地図)でどんな被害が予想されるかによって、対応も変わるという。「浸水したら、足首程度の水位でも流れが強ければ歩けない。避難所へ行くまでに浸水域があれば、より遠くの避難所を目指さなければならない」
 さらに一人暮らしのお年寄りや障碍者など、自力で事前の避難をしづらい人もいる。正谷氏は「日頃から地域で共助の在り方を考え、離れて暮らす家族がいる人は、どういう行動がとれるか話し合っておくことも必要だ。住民に命を守る行動を求めるなら、自治体が啓発活動などで避難への意識付けすることも、重要になる」と求める。
 台風19号では、住民に「命を守れ」と言うだけで済まない問題も出た。生活困窮者を支援する立教大大学院の稲葉剛・特任准教授(居住福祉論)は、東京都台東区が避難所に来た野宿者2人の利用を拒んだケースを挙げ、「社会的弱者に対する人権意識が乏しい自治体で問題があらわになった。野宿者だけでなく高齢者や障碍者などにも、ひごろからきめ細かく支援する意識がなければ、災害時に対応できない」と指摘する。
 ただ、近年は過去に例がないような豪雨や水害が毎年のように発生し、自助を促す動きが強まっている。東京都江戸川区が5月から約34万世帯に配った水害ハザードマップは、区全域が浸水する最悪の事態を想定し「ここにいてはダメです」と明示し、区外の避難を促した。
 昨年の西日本豪雨を受けた政府の中央防災会議有識者会議がまとめた報告書は、突発的な土砂災害や水害などに「既存の防災施設、行政主導のソフト対策には限界がある」と強調。「住民が『自らの命は自らが守る』意識を持って自らの判断で避難し、行政はそれを全力で支援する」との方針を出した。避難情報があっても避難せず犠牲になった人もいたとし「『逃げ遅れたり、孤立しても最終的には救助してもらえる』という甘い認識は捨てるべきである」とまで言い切った。
 防災に自助を強く求める空気が広がる中、台風19号の犠牲者を伝えるニュースに対しては、ツイッターで「あんな台風の中で外に出るなんて自業自得」、「どうして早めに避難所や2階に逃げなかったのか」といった声も相次いでいる。
 こうした風潮に、駒沢大の山崎望教授(現代政治理論)は「災害時は国の力で住民の命を守るべきだが、国が『もう守り切れない』と明らかにしたようなものだ。災害のリスクに個人で対処しましょうと言わんばかりで、政治の役割を放棄している」と危ぶむ。
 「災害リスクの個人化」は、被災者の自己責任を過剰に求めることにつながるとし「地震や水害で被害が出る恐れのある地域に住む人や野宿者など、社会的リスクに弱い人々がたたかれやすい状況になる。差別を扇動することにもなりかねない」と警鐘を鳴らす。
 山崎氏は、近年、地球温暖化などによって豪雨や巨大台風の危険性が増している点は一国で対応しきれない課題としつつ、だからこそ個人の自己責任に転嫁しないことが求められるという。「気候変動が人類レベルのリスクなら、国際的な取り組みを促すのも政治の役割のはずだ。それを怠り、災害時に住民の自己責任を強調するならば、二重に問題がある。

デスクメモ
 東京電力福島第一原発事故で、避難指示区域外から自主避難した人々。自分の判断で「命を守る行動」として避難した揚げ句、今になって「勝手に避難した」とされ、避難先の住みかを奪われつつある。避難しても自己責任、非難しなくても自己責任。それが災害列島の新ルールなのか。         (歩)



苦境を強いられる在日コリアンの子どもたち 
沖縄出身記者が考える多様性
2019年10月27日:毎日新聞

高級部の社会科の授業風景。教室には金日成国家主席らの肖像画が掲げられている
=北九州市八幡西区の九州朝鮮中高級学校で2019年9月27日午後1時26分、宮城裕也撮影

 日韓・日朝関係が冷え込む中、日本に住む在日コリアンの子どもたちと家族が苦しい立場に立たされている。朝鮮学校が高校授業料無償化の対象から外されたままで、10月1日から始まった幼児教育・保育の無償化(幼保無償化)も、付属幼稚園は制度の対象外だ。現場を訪ねた。【宮城裕也/西部報道部】

 9月下旬、北九州市にある九州朝鮮中高級学校の高級部(高校)3年生の教室では、生徒13人が社会科の授業を受けていた。教職員がテレビモニターを使って韓国の歴代大統領とその時期の選挙制度を紹介し、韓国の政党や政党別議席数を日本の政党などの政治状況と照らし合わせながら説明していた。教室の掲示物や授業の会話は朝鮮語だが、難しい表現は日本語を使う場面も見られた。授業中にうとうとと居眠りする生徒、その子の肩をたたいて起こす生徒……。授業風景は日本の学校と変わりない。朝鮮学校の授業は日本史や英語、数学など日本の学校と同じ科目がある一方、「現代朝鮮史」や「国語(朝鮮語)」など朝鮮学校独自の授業もある。社会科の韓泰龍(ハン・テリョン)教諭(31)は「住んでいる日本、祖国である朝鮮の歴史の事実を客観的に教えることを意識している。在日朝鮮人のアイデンティティーを形成する上で重要で、日本の教育に劣るカリキュラムではない」と話す。女子生徒(18)も「朝鮮の歴史など多角的に学ぶことは大事で、日本を嫌うためではない」と語る。
 朝鮮総連のホームページによると、朝鮮学校は全国に初級53校、中級33校、高級部10校があり、東京に朝鮮大学校がある。かつて生徒の多くは朝鮮籍が大半だったが、近年は韓国籍や日本国籍の生徒も多い。ルーツが朝鮮半島にあり、朝鮮語や朝鮮文化を体系的に習得しようとしても、朝鮮学校以外に学ぶ場所はないのが現実だ。

山口・九州地方の在日コリアンが通う九州朝鮮中高級学校の校舎。
幼稚班から高級部までの児童・生徒が在籍している
=北九州市八幡西区の同校で2018年3月1日午後5時19分、宮城裕也撮影

 近年、深刻な問題は高い授業料だ。日本の高校では2010年から授業料が実質無償化されたが、朝鮮学校については、文部科学省が「朝鮮総連とつながりがあり、無償化の資金が北朝鮮に流れる恐れがある」などとして省令を改正し、13年から対象外とした。朝鮮学校は、学校教育法に基づかない各種学校だが、同様の各種学校でも中国人や韓国人、ブラジル人を対象にした外国人学校は無償化の対象になっている。
 朝鮮学校だけが排除されている現状を受け、学校側は全国5地裁・支部で損害賠償や国の判断の取り消しを求めて訴えを起こしたが、最高裁は今年8月、東京と大阪の訴訟について学校・元生徒側の上告を退け、学校・元生徒側敗訴が確定した。
 高級部の教室に入って目を引くのは、黒板の上に掲げられた金日成国家主席と金正日総書記の肖像画。日朝間には日本人拉致問題が横たわり、学校批判の矛先としてよく挙げられるものだ。そうした批判があることや、朝鮮籍外の子どもも通っていることから一部の朝鮮学校では掲げるのを取りやめている。この学校でも初級部と中級部では十数年前に取り外したが、高級部では「民族教育をする上での歴史の一つの象徴なので」として残しているという。

九州朝鮮中高級学校。高校授業料無償化の対象外となっている
=北九州市八幡西区で2018年3月1日午後5時17分、宮城裕也撮影

 学校を運営する福岡朝鮮学園の尹慶龍(ユン・キョンリョン)理事(55)は「そもそも在日朝鮮人がなぜ日本に住んでいるのか歴史も知ってほしい」と話す。1910年に日本が日韓併合条約を締結し、植民地支配された朝鮮半島から多くの朝鮮人が日本に移住した。日中戦争が長期化すると徴用のために日本軍に連行された人もいた。戦後、帰国できなかった在日コリアンたちが、子や孫が祖国の言葉や文化を忘れないようにするために「国語講習所」を設立したのが朝鮮学校の成り立ちだ。北朝鮮は朝鮮戦争時から教育援助費を朝鮮総連を通じて送った経緯がある。
 同校は福岡県や北九州市から教材購入費などの補助金を受けているが、運営のほとんどは卒業生や支援団体からの寄付、授業料に頼る。給与の低さなどの問題もあり慢性的に教職員数は足りず、校長も授業を受け持ち、教頭はクラス担任も兼ねている。ある教職員は「よくネット上などで『北朝鮮に資金を流している』と言われるが、流す金があればほしいくらい」と苦笑する。
 高校授業料無償化の対象外とされたことも影響し、生徒数は減少傾向だ。3年生の女子生徒(18)は小中学校を卒業する時期に日本の学校に移る同級生がいるといい、「名前を通称名に変え、自分のことを朝鮮人ではなく韓国人と名乗る友人もいる。K―POPなどで韓国は日本で人気だし、朝鮮人差別がある日本社会では仕方ないと思うが、自分の民族を軽く考えているように感じて悲しい」と話す。
 同校は「ヘイトスピーチ」の標的にもされた。統一地方選告示日前の今年3月11日、同校近くの駅前で、政治団体「日本第一党」公認候補の街頭演説があり、生徒たちが登校する中、党首の桜井誠氏が「お前ら日本から出て行けと言われて当たり前」などと非難した。当時の動画は今も残っている。


在日コリアンの子どもたちが通う朝鮮学校の「幼稚班」。
10月からスタートした幼保無償化の対象外となった
=北九州市の北九州朝鮮初級学校付属幼稚班で2019年9月28日午前11時3分、宮城裕也撮影

 桜井氏がかつて会長を務めた「在日特権を許さない市民の会」は09年に、京都朝鮮第一初級学校周辺で「北朝鮮のスパイ養成機関は日本からたたき出せ」などとスピーチしたこともあった。桜井氏は、自身の経歴を誇示するかのように「我々の活動が少しずつ実ってきている」と言い、登校する朝鮮学校の女子生徒の集団を指さして絶叫した。「いまここに朝鮮人の生徒がいる。チマ・チョゴリ着ていないのは我々が抗議しているからだ」。桜井氏はさらに続けた。「朝鮮学校のみなさん、後で行くよ」と言って非難を強めた。「なんで日本に核兵器を向けている朝鮮人たちの子弟が通う学校が日本にあるのか。平然として朝鮮学校を受け入れるようなばかな話があるかよ」「朝鮮人は危険。肖像画を張って金正恩将軍マンセー(万歳)とやっている朝鮮学校が目の前にある。これを危険視しないのは日本人じゃない」
 当時、指をさされた女子生徒(17)に話を聞いた。「普通の生活を送り、何も悪いことをしていないのに、なぜ」。悲しみや悔しさから思わず抗議の声を上げ、泣きながら学校に駆け込んだという。この女子生徒は、小学校高学年の頃から電車通学中に日本の学校の生徒から「朝鮮人だ」と侮辱的に言われ、現在通う塾でも同級生から「(金)正恩」と陰口を言われることもあるという。
 そのたびに「なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか経緯すら分からない人たちが分からないまま差別をしている」と感じる。同じく指をさされた別の女子生徒(16)は共働きの両親を助けるため、自身もアルバイトをしているという。それでも朝鮮学校に通うのは「朝鮮人として生まれたからには、朝鮮人としてのルーツを知りたいし、知る手段も朝鮮学校しかないと思う」と語る。女子生徒のチマ・チョゴリが切られる事件(94年)などがあった一昔前とは違うが、今も差別がなくならない現状に歯がゆい気持ちになった。
 在日コリアンの子育て世帯は、複雑な思いも抱える。高校無償化の導入とともに、16~18歳がいるすべての世帯の「特定扶養控除」が縮小された。朝鮮学校に子どもを通わせる世帯にとっては、恩恵が得られないうえに、負担だけが増える形となっている。さらに10月1日からは、幼保無償化が始まったが、朝鮮学校の付属幼稚園は他の外国人学校とともに対象外とされた。幼保無償化の財源は1日からの消費増税分であり、ここでも恩恵なしで負担だけがのしかかる。保護者たちは「義務を負う時は国民として扱い、権利は外国人だとして受けられないのは差別だ」と不満を募らせる。


園庭で遊ぶ北九州朝鮮初級学校付属幼稚班の園児たち
=北九州市八幡西区で2019年9月28日午前10時52分、宮城裕也撮影

 林朱蓮(リン・チュリョン)さん(39)は3歳の娘を北九州朝鮮初級学校付属幼稚班(北九州市)に通わせるほか、初級学校に子ども2人が通学。幼稚園の利用料など教育費関連に月8万円ほどかかり、家族は共働きして何とかやりくりしている。林さんは「在日の子どもたちは朝鮮半島の分断や日本との関係を良くする懸け橋になってほしい。この出費が自分たちの生活に充てられたら、その分子どもたちに目を向ける余裕もでき、子育ても豊かになると思うのに……」と嘆く。
 また、福岡朝鮮初級学校付属幼稚班(福岡市)に子どもを通わせる女性(36)は、自身が小学生の頃に「朝鮮帰れ、くさいんじゃ」と石を投げられた経験に触れ、「差別を受けた時に、自分の存在は否定されるものでないと思えるように、自分というものをしっかり持ってほしいので、朝鮮学校に通わせたい」と話している。
  ×   ×

朝鮮学校への高校授業料無償化適用を求めた控訴審に臨む原告ら。
同種訴訟は全国で学校側の敗訴が続いている
=福岡市の福岡高裁前で2019年10月2日午後0時20分、宮城裕也撮影

 記者が在日コリアンの問題に関心を持つきっかけになったのは約2年前、福岡地裁小倉支部で、朝鮮学校が高校授業料無償化を求めていた訴訟の取材だ。裁判の中で学校側が、在日コリアンが祖国の文化を守る大切さを訴えていた様子に、私の故郷・沖縄と何か通じるものを感じたからだ。
 明治期に日本に組み込まれた沖縄は、沖縄独特の名字を日本風に改め、太平洋戦争末期の沖縄戦ではウチナーグチ(沖縄方言)を使うことが米軍のスパイと見なされ、県民が日本兵に殺害されることもあった。戦後の米軍統治期は「日本」への同化を目指し、地域によっては教員が方言を話した生徒を注意したり、罰として「方言札」を首に下げさせたりしたこともあったという。
 いま沖縄では高齢者を除いてウチナーグチを話せない人が大半を占め、記者もその一人だ。ルーツの言葉や文化を知ることは、自分は何者なのか、どう生きていくかを支える軸にもなる。日本にいながら祖国の文化を学べる朝鮮学校の存在は、沖縄出身の私にとってどこかうらやましくも見えた。グローバル化や多様性を重視する流れが進む中、「違い」を受け入れる度量が日本社会に問われている、と感じた。



除染廃棄物の袋 流出再発防げず
台風大雨で福島県内4カ所から54袋
15年に前例 教訓は?
2019年10月22日:東京新聞・ニュースの追跡

 台風19号の大雨の影響で21日までに、東京電力福島第一原発事故後の除染で出た廃棄物を入れた袋「プレコンパック」が福島県内の仮置き場4カ所から計54袋も河川に流出したことが確認された。同県飯館村では2015年9月にも448袋が流出しており、再発を防げなかったことに批判の声が上がっている。
(稲垣太郎)

 「前例があるのに教訓が生かされていない」。震災が起きるまで福島県飯館村で酪農を営んでいた長谷川健一さん(66)はそう憤る。前例とは15年の流出のことだ。
 15年9月の関東・東北水害で、飯館村ではプレコンパック448袋が流出。仮置き場に運ぶ前に、現場近くに置いてあったものが河川の増水で流されてしまった。

対策シート「余裕なく開けたまま」

 環境省は13年に、除染度を詰めたプレコンパックの仮置き場での管理方法などのガイドラインを策定済みだった。しかし15年の大量流出を受け、「仮置き場維持管理補習マニュアル」を改訂し、流出防止策を強化していた。ただ、このマニュアルは環境省直轄の仮置き場が対象で、市町村の仮置き場は対象外だったという。
 今回の台風19号では国が管理する飯館村の仮置き場から1袋、田村市の仮置き場から20袋、二本松の仮置き場から15袋、川内村の仮置き場から18袋が流出した。
田村市生活環境課原子力災害対策室の渡辺庄二室長は、国のマニュアルではなく県が策定した指針に従って管理していたが、「下部と上部のシートでプレコンパックをくるんでいたが、運び出すために9月から上部シートを取っていた。市内では河川の氾濫など予想を超える被害が出ており、上部シートを被せ直す余裕もなかった」と話す。
 流出したプレコンパックは、いぜん行方不明のものもあれば、中身が入ったまま回収されたり、空の状態で回収されたりしたものがあるが、環境省によると、いずれも回収地点周辺の水質や空間線量に影響は確認されていないという。
 前出の長谷川さんは「今回だってかなり前から台風で大雨が降るとマスコミも騒いでいたのに、十分な対策が取られなかったという思いだ」と話し、「今回の流出で環境に影響がないというが、それ以前の問題だ。(プレコンパックを)流すということ自体がおかしいでしょ」と語気を強めた。

山の表土 除染手つかず

 環境省によると、福島県内では除染により、汚染土と、落ち葉や草木などの可燃性廃棄物約1400万㎥が発生。4割が中間貯蔵施設(大熊町、双葉町)に搬入済みだが、残る6割はプレコンパックに入れられ、環境省や市町村が管理する仮置き場で搬出を待っている。
 日本大の糸永浩司特任教授(環境建築学)は「プレコンパックは適切に管理し、早く中間貯蔵施設に入れなければならない。そのプレコンパックの流出は問題だが、原発事故で飛散した放射性物質が残る山の表土の方がはるかに大きな問題だ」と指摘する。
 糸永特任教授によれば、除染され、プレコンパックに入れて保管されているものは全体のごく一部で、山の表土を深さ5㌢で削り取ると約860万袋にもなるという。
 「今回の台風で山の表土が川に流れだし、あふれたり、洪水になったりして流域に放射性物質が広まった可能性がある。放射性物質を含んだ水や泥が乾けば飛散する。まず環境省は流域への影響を調査すべきだ。今後も続く大雨への対策も考えなければならない」



ニホンザルも仲間と協力して行動
 寛容性がカギ 大阪大
2019年10月15日:朝日新聞

 ニホンザルが仲間と協力して行動できることを、大阪大学大学院人間科学研究科の中道正之教授や大学院生の貝ケ石優さんらの研究グループが明らかにした。食べ物を共有できるといった「寛容性」が協力行動には必要だという。論文を国際専門誌「Primates」電子版(https://doi.org/10.1007/s10329-019-00742-z)に発表した。
 ニホンザルは一般的に、順位関係が非常に厳しく寛容性の低い社会を形成する。順位の高いサルは低いサルを追い払って、食べ物を独占することが多く、食べ物を手に入れるために協力するといった行動は起こらないとされてきた。
 研究グループは、2匹のサルが同時にロープを引くと2匹とも食べ物を手に入れられるが、1匹だけが引くとロープが外れて食べ物を得られないように工夫した装置を開発。兵庫県洲本市に生息する寛容性が高い「淡路島ニホンザル集団」(381匹)と、岡山県真庭市の寛容性の低い「勝山ニホンザル集団」(148匹)で、協力行動の成績を比較した。
 その結果、淡路島ニホンザル集団では、約1500回の実験の約60%で食べ物を得るのに成功した。成功したのは母娘など血縁関係にあるペアが多かったが、血縁や順位が遠いペアでも成功したという。協力するパートナーが近くにいない時には、パートナーが来るまでロープを引かずに待つことも学習した。
 一方、厳しい順位関係がある勝山ニホンザル集団では、隣に他の個体が来ると追い払うなど、2頭が隣り合う状況になることが少なく、約200回の実験のうち約1%しか成功しなかった。
 こうしたことから、研究グループは、社会で協力行動が起こるためには、知性の高さだけでなく、社会全体の寛容性の高さが重要だと結論づけた。
 貝ケ石さんは「寛容性が高い社会では、他の個体に近づいても攻撃されず、社会的な交渉ができる。今回の協力行動はその象徴だ。色々な場面で協力できる、ヒトの社会の進化を考える上でも役に立つ」と話している。(杉浦奈実)



「ゲイの居場所は、“2丁目”か、
NPO的なものだけだった」
どちらも馴染めなかった僕は…。
「世の中とLGBTのグッとくる接点をもっと」をテーマに
コンテンツを発信している
「やる気あり美」編集長の太田尚樹さん。
なじめなかった記憶を、
どのように笑えるコンテンツに変えてきたのでしょうか。
2019年10月18日:ハフィントンポスト

「やる気あり美」のメンバー

「世の中とLGBTのグッとくる接点をもっと」。そんなコンセプトのもと、記事や動画を配信している「やる気あり美」というメディアがある。
「仏教的にLGBTはどうなのか?」をテーマにお坊さんと座談会をしたり、「ゲイだとカミングアウトされたときにどんなリアクションを取ってほしいか」をテーマに動画をつくったり……。力の抜け具合が絶妙なコンテンツは、SNSでも話題だ。
編集長を務める太田尚樹さんは、高校時代にゲイだと自覚して以降、既存のゲイカルチャーになかなかなじめなかった経験を踏まえ、自分にとってもっと「居心地の良い」場所づくりを模索してきたという。
この数年でLGBTを取り巻く環境は大きく変化した。
その渦中にいながら、「なじめなかった」記憶を、どのように笑えるコンテンツに変えてきたのか。
途上国で生産したバッグやジュエリーを各地で販売する「マザーハウス」の代表取締役副社長・山崎大祐さんが、太田さんにインタビューした。太田さんは大学3~4年の2年間、マザーハウスでアルバイトをしていたといい、インタビューは、和やかな雰囲気で始まった。
インタビューは、マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さんの『ThirdWay 第3の道のつくり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)を記念して行われました。

太田尚樹さん

■どこにもなじめなかったので「ここに旗を立てた」

ーー太田くんがなぜ「やる気あり美」を立ち上げたか、ちゃんと聞いたことがなかった気がします。なぜ自分でメディアを始めようと思ったんですか? 
僕たちゲイの人たちの居場所と言えば、(古くからゲイバーなどが立ち並ぶ新宿の)「2丁目カルチャー的」なものか、「NPO的」なものの、大きく分けて2つしかなかったように思います。
でも、僕はもともと適応能力があるタイプではなくて、2つともあまりなじめなかった。時間をかけて、今では共に関わりが濃い場所になりましたし、思い入れもあるんですけど、当時の自分は、必ずしも心地良い場所とは感じていなかったんです。
考えてみれば昔から、すでにある場所になじめない時には新しい場所を作る、ということが得意でした。だから、小さくても良いから「場所」を作ろうと思いました。それが「やる気あり美」です。
2014年12月に「やる気あり美」のベータ版をリリースしたとき、代々木公園の真ん中で、手作りの旗をたてている写真をサイトのトップ画像に選びました。
「私たちはどこにも馴染めなかったので、ここに旗を立てます」ということを言いたかったんです。
そうしたら、思ったよりも共感してくれる方が多かった。自分としては「ただそこにしかいられなかった」っていう感覚が強かったのですが、「声をあげたらみんなが来てくれた」という感じでした。

やる気あり美

 ■「LGBT or not」ではない社会 

ーー改めて、やる気あり美が大事にしていることってどういうことなんでしょう?
少し抽象的なんですが、僕たちは、LGBTとそうでない人を分ける「LGBT or not」の視点で物事を捉えすぎないようにしています。
人って対立する方が上手だから、そうやって分けられると、めちゃめちゃ対立してるってことがある。対立はほどほどにしないと、いずれ分断になります。
だからLGBTではない人に「LGBTってこうなんですよ!」と発信することより、「LGBTとかどうとか関係なく、今共感できた気がする」という瞬間を演出したいと思っています。「LGBT or not」の間を行きたい。それが自分たちの役割だと思っています。
一方で、常に難しさは感じています。「わける」ということは、人が何かを「わかる」上で重要だからです。その意味で、この10年、「LGBT or not」という分け方が社会に広がって、いろんな人がセクシュアル・マイノリティの直面する現実について理解してくれたことは大きかった。けど、やっぱり僕らは「LGBT or not」の間を行きたい。
だから、「やる気あり美」では言葉選びにすごく苦戦しますし、こだわっています。なぜかと言うと、一方のコミュニティーで使っている言葉と、もう一方のコミュニティーで使っている言葉しか世の中には存在しない中で、その真ん中の世界のことを説明することって、とても難しいからです。
自分たちの考えを、双方で使われている言葉を借りながら表現していくしかない、という矛盾をいつも抱えながらやっています。

山崎さんと太田さん

■自分の実感のないことは言えない

ーーここ最近、世の中では「LGBT」を主語にして物事を語られることが増えてきましたよね。でも、「やる気あり美」のコンテンツは、それとは一線を画しているように見えます。
恐怖心は常にあります。僕らは簡単に言うと、「LGBTとかどうとか関係なく、素敵って思われたいよね〜!」という感覚で何かを作ったり発信したりしているわけですが、それが迷惑だと感じる当事者の方は少なくないんじゃないかと思うからです。
言葉を選ばずに言えば、僕らは社会から長らく「変態」と平気で言われてきた身ですから、そこに「LGBT」という言葉が生まれたことは大きかった。「LGBT or not」という構造に僕も助けられてきましたし、今も「LGBT」という言葉を大切にされている当事者の方はいると思うんです。
そういった方々にとって、「LGBTとかどうとか関係なく」なんて言ってしまう僕らは、くせ者なんじゃないかと思ってしまいます。自分たちの存在価値を疑うこともあります。

太田尚樹さん

■笑いの力を信じている

ーーどちらかというと、シリアスになりがちなセクシュアリティやLGBTをテーマにする中で、なぜ「笑い」という要素を取り入れたんでしょうか?
僕らは「笑い」の力をすごく信じているんです。
何か課題があったとき、その課題の本質を見つけて取り上げたからと言って、解決しないことはたくさんあるじゃないですか。「やる気あり美」のメンバーにはそういう原体験をした人が多い。 
例えば僕は、小学校がいじめの激しいところだったんですね。自分自身がゲイだと自覚したのは高校1年生の頃でしたが、小学校高学年ごろから「男子化」していく同級生についていけず、すごく浮いてしまった時期があったんです。
そのときに救われたのが、「ダウンタウンのごっつええ感じ」でした。あの番組で取り上げていた題材は「倫理観」という軸で考えると評価は多岐にわたると思うんですけど、少なくとも当時の僕にとっては、悲しいことも、苦しいことも、「笑ってしまう」という事実に救われた実感がありました。 
「笑ってしまったから、悲しみも無に帰す」という、笑いの持つ神秘や暴力性と、それがあるからこそ作れる「救い」みたいなものに、僕らはすごく関心があります。
一方で、限界も感じます。笑いって、何かに興味を持つ「入り口」にしかならないことが多い。やる気あり美の動画をみてLGBTに関心を持ってくれた人がいたとしても、その先の行動変容を起こすところまでは、今の取り組みではなかなかできないですからね。

ダウンタウンの松本人志さんと浜田雅功さん

■コミュニケーションは急げない

ーーとはいえ、少しずつでも行動変容を起こしていきたい。そのとき、当事者の感覚をいかに持つかが重要なのかなと僕は思っています。僕はいま、「ブラインドサッカー」をやっている視覚障害のある選手たちと交流しています。知らないことから来る恐怖心みたいなものが若干あったのですが、1人の選手と仲良くなり、ふれあう機会が増えて、自分の一部になった感覚がありました。そういう感覚まで持っていくには、どうしたら良いんでしょうか。
 「やる気あり美」のメンバーの間でよく言う言葉に、「コミュニケーションは急げない」というものがあります。
コミュニケーションには、一定の「型」があります。
例えば、「ある友人と自分とはいつもこんな会話の流れで笑う」とか。「テレビタレントはこれくらいの長さで食レポする」とか。
どんな場所のコミュニケーションにも「型」って望まずとも生まれてしまう。その「型」は一度できるとなかなか変わってくれないし、その意味で「コミュニケーションは急げない」と考えているんです。
例えばこんな経験があります。
いまでも仲良くしているある友達に、ゲイだとカミングアウトしたとき、「ゲイなんだ、めっちゃウケる」と言われたんです。その友達は起業家で、会う度にお互いの刺激になるような情報を共有する間柄だったんです。だから「めっちゃウケる」は彼なりの「いいね」だったんだと思うんですよね、めっちゃムカつきましたけど(笑)。
それからというもの、彼は僕のことを誰かに紹介する時には「こいつ、ゲイなんです」と言うようになりました。僕はそれにムカついていたんですけど、やっぱりコミュニケーションって急げないので、「ちょっと、いまの差別なんで、警察行ってくるね?ここで待っててくれる?」とか返していました。
理解不足から来る言動に対して、真正面から返しても伝わらない場合には、ユーモアをまじえて返しつつ、自分の意思はきちんと入れていく、ということをずっとしてきたんです。
そしたら数年前、その友達とあるパーティーで同席し、別の男性から僕が「ゲイなんだ。ウケる」って言われた時、その友達が「別にウケないですよ」って言ったんですよ。お前が言うんかいっていう(笑)。
人のコミュニケーションの型や認識は、ゆっくりと変わっていくことがあるんだと信じています。今の型にのっかりながら、どう異議をまじえていけるか。それが「コミュニケーションを急がない」ということだと思っています。
僕は「笑いを交えて徐々に伝える」というのが得意だったので、それをしてきましたし、それができるのは恵まれたことだと感じます。でもストレートに怒ろうが、悲しみをしっかり伝えようが、笑いを交えようが、とにかく、すぐには相手に分かってもらえないのだと思っています。だからすぐに相手に絶望したりはしないようにしています。

山崎大祐さん

■LGBTに対する認識は大きく変わった

ーー相手の態度を一気に変容させるのではなく、一歩ずつ自分たちが理想としている社会に寄せていくというのは、相当忍耐と勇気が必要だとは思います。
実は、僕らが「やる気あり美」を始めた当初は、結構周囲のLGBTの友人に馬鹿にされたんです。
「結局、人権運動的なことをやるんだ」って。当時は「社会は変わらないし、どうやってそこに順応していくかが大事でしょ」というノリが僕の周囲にはあって、人権運動は「それができなかった人がやること」という扱いだった。
実際はそんなことはないし、活動家の先輩は、みんな人間的に素晴らしい方ばかりですけど、僕の周りの人はそういう印象で捉えていました。 
でも、この5年くらいでLGBTに対する世の中の認識は変わってきた。社会の仕組みも変わってきたということが大きいですよね。
「やる気あり美」はそうした変化の中で、「2丁目らしい」でも、「NPOらしい」でもない、自分たちの「らしさ」を大事にする場所にしていきたいです。

■インタレストよりも、ファニーを

ーー社会も大きく多様性を受け入れて変化していく中で、「やる気あり美」は今後どう変わっていくんでしょうか。
僕たちのコンテンツを見た人に「バカバカしい〜!」って言われたいです(笑)。バカバカしいってバカではできないじゃないですか。
言い換えるとコンテクストに深い理解がある上での笑いが「バカバカしい」。そういうファニーなものを作ることに憧れます。
ここ数年はたいして活動もしていないのに、僕がこういったややこしい話をメディアでしてしまうから、ありがたくも「興味深いなー」「すごいなー」って言っていただけることが増えました。
作っていたコンテンツも、「ファニー」より「インタレスト」な印象のものが多かったように思います。でも、このままでは「スベッた団体」になってしまうよね、という話をメンバーの間でしています。

太田尚樹さん。ハフポスト日本版のオフィスの壁に「笑えるって大事」とメッセージを書いてくれた

お笑い芸人さんやタレントさんでも、もともと面白い人がテレビで鋭いことを語り過ぎると「すごい人」になり過ぎちゃって、もう笑えない、と感じることが僕にはあります。そうはなりたくないよね、と。シリアスなものや真面目なものも続けていきますが、そればっかりじゃ「笑えない団体」になってしまう。それは避けたいと思っています。
最初の頃、「思わせぶりなノンケ男性の一言劇場」というコーナーをやっていました。ゲイのメンバーが、これまでの人生で「思わせぶり」と感じたノンケ男性の一言を集めて、それを6秒間のアニメにして、30本載せるというもの。
ちょっと狂気的じゃないですか。「わけわからない」「やばっ」みたいな。そんなことをもっとやりたいですね(笑)。
いまは「LGBT or not」の狭間で、周りからすると一見「よくわからないこと」を発信して、社会にシミを作っていきたいです。
シミなので今は一つの「点」のようなものですが、いつかそれが群がって大きくなって、「点」が「面」になり、ようやくそこがコミュニティと呼ばれるようになるところまで、じっくりとでも続けていきたいです。

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