限界か、持続可能か?天皇制

30年前の裕仁元天皇から明仁前天皇への代替わりの時、千葉大医学部の学園祭で「天皇制のこれからを考える」という講演を頼まれて、1時間ほど話しをした。
ボクは、「21世紀の半ばには天皇制はなくなるだろう」「ハードな天皇制から、ソフトな天皇制へ」といったような話をした。
現在の天皇制は、ソフトに演出され、国民は天皇に親近感を持つ錯覚を演出されている。明治以降の近代天皇制は国家を神格化された天皇を中心にまとめ上げようと構築された。しかし、敗戦によって、神聖天皇制は維持できなくなり、国民を味方に天皇制を維持していこうと戦略は転換された。明仁前天皇は、天皇制維持のため、国民を利用して、自らの天皇システムのパラダイム転換を果たしたといえる。
徳仁現天皇は、この路線を踏襲しようとしているが、ABEや日本会議などの守旧派とは対立する。それは、徳仁現天皇も、「憲法にのっとり」といいつつも、即位式では国民主権に反する即位の宣誓を行い、安倍晋三首相は「テンノーヘーカァー、バンザァーイ」と間の抜けた、中国式の「万歳三唱」を行った。
何tもアナクロな儀式が巨額の国費を投じて行われ、それを「祝う」国民が演出された。
しかし、この矛盾に、天皇制は沈んでいく。


水説 象徴とは何かを探す旅=古賀攻
2019年10月23日:毎日新聞

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 松の間で紫の帳(とばり)が開けられるその直前、皇居周辺では折からの雨がやみ、さっと日が差した。天も味なことをするものだ。
 一世一代とはここ一番の大舞台で広く使われる言い方だが、「国民に寄り添いながら」「象徴としてのつとめを果たすことを誓う」という天皇陛下のおことばには一世一代の強い決意がこもっていた。
 東京大名誉教授で日本政治史が専門の三谷太一郎さん(83)は、即位の礼を楽しみにしていた一人だ。7月に体調を崩し、今も入院中のため出席はかなわなかった。
 ある日、ラジオで列席予定者として名前が報じられた。病院のスタッフが偶然聞いていて「先生すごい」と評判になったが、「残念ながら」と笑って答えた。
 昭和の即位礼は新天皇の即位から1年11カ月後、平成は1年10カ月後に行われている。令和のそれが即位から約5カ月後と早くなったのは、もちろん前天皇の退位で服喪期間がなくなったためだ。
 起点は9年前、2010年7月22日の宮内庁参与会議にある。
 三谷さんら参与4人はここで今の上皇さまから「象徴の務めを果たせなくなる前に譲位すべきだと考えています」と告白を受けた。
 「あの夜のことは忘れられない。あんな形で正面から意思表示があるとは想像もしていなかったから驚がくした」と振り返る。意向を国民が正式に知るのは、16年8月のビデオメッセージだ。
 三谷さんによると、象徴天皇制の本質がどこにあるか大学で講義もしないから、試験にも出ない。学者も国民もやり過ごしていたときに、天皇とは何かを突き詰めて考えていたのは他ならぬ天皇ご本人だった、ということになる。
 現役の宮内庁長官として例の参与会議に同席していたのは羽毛田信吾さん(77)だ。そして羽毛田さんもまた、「象徴とはどうあるべきかの認識はあまり深まっていない」と残念に感じている。
 待ったなしの課題として皇位をどう安定的に継承するかが問われているのに、入り口で「男系男子に限る」かどうかのイデオロギー対立になりがちなためだ。
 国旗や富士山を日本のシンボルとして扱うのとは異なり、生身の人の一方的な努力に頼って象徴性を維持しようとするのはやはり無理がある。ましてやこれからの日本社会は、さまざまなルーツを持つ人が増えていく。
 なぜ象徴天皇制がこの国に必要なのか。象徴とは何を指すのか。私たちはまだ学習の途中かもしれない。即位の礼は天皇、皇后両陛下とともに国民が答えを探す旅の始まりだ。(専門編集委員)


即位の礼 反対派は
政教分離違反 高御座が象徴
日本書紀登場の神話を具現化
2019年10月23日:東京新聞・こちら特報部

 「即位の礼」の中心儀式「即位礼正殿の儀」が22日、皇居・宮殿で執り行われた。台風19号の甚大な被害を受け、天皇、皇后両陛下によるパレード「祝賀御列の儀」は11月に延期されたが、テレビ各局は終日、お祝いムードでこのニュースを伝えた。その一方で、儀式に反対を唱える人たちもいる。彼らの主張に耳を傾けた。                                   (片山夏子)

 「憲法に定められた政教分離と国民主権の原則に大きく反する。それは高御座に象徴的にあらわれている」。神奈川大の中島三千男・元学長(日本近現代思想史)はこう強調した。
 高御座は日本書紀などに登場し、天照大神から三種の神器などを授けられた孫のニニギノミコトが、地上に降臨した際に座っていた神座を模したもの。初代の神武天皇はニニギノミコトのひ孫とされ、戦前に天皇の地位の根拠だった「天孫降臨神話」を具現化したのが高御座だった。
 この日は、高御座の上で天皇が即位を宣言。安倍晋三首相が祝辞を述べた後、万歳三唱の音頭を取り、参列者が唱和した。天皇が首相らを見下ろす形だったのが、国民主権に反するとされる。

主権者は国民「お言葉 国会で述べる方法も」

 中島氏は、即位礼正殿の儀が「日本は神の国であり、天皇がこれを統治する」という国家神道の教義「天皇正統神話(建国神話)」に基づく点でも批判する。「近代以前は中国風の神仏習合的儀式だった」(中島氏)のが、明治政府は国民を精神的にまとめ上げるため、神権的意味合いが強い「即位礼当日紫宸殿の儀」をつくり上げた。その名称が変わっただけにすぎないという。
 今回の代替わり式典は、平成の式典をほぼ踏襲し、国民的議論はなかった。前回、現行憲法下で十分な検討が行われた上で施行されたというのが理由だった。中島氏は「天皇の位置づけは戦前の絶対君主から、主権者である国民の総意に基づく象徴へと大きく変わった。憲法にも規定されている。国民主権下の即位なのだから、お言葉を国権の最高機関である国会の衆議院で述べるといったやり方も考えられた」と訴える。
 代替わり費用は約160億円に上る見込み。約27億円は、神道形式で来月行われる「大嘗祭」にかかる。人件費や資材費が上がったとはいえ、平成路の総額約123億円に比べて3割余り増えた。
 平成の式典を巡っては、即位式正殿の儀と大嘗祭への国費支出の違憲性を問う民事訴訟が起きた。1995年の大阪高裁判決は原告の控訴を棄却しながら「背協分離規定に違反するという疑義は一般に否定できない」とし、確定している。原告代理人を務めた加島宏弁護士は「判決で指摘されたのに、平成の時より莫大な国費を掛けている」と憤る。
 昨年11月には秋篠宮さまが53歳の誕生日の会見で、「宗教色が強いものを国費で賄うことは適当かどうか」として政府の方針に疑問を投げかけた。大嘗祭の主要儀式の会場となる大嘗宮は新築せず、皇居にある新嘉殿を利用すればいいと提案していたことも判明。天皇家の私的費用の範囲内で、身の丈に合った儀式とするのが本来の姿であるとの趣旨だった。

違憲訴訟 問われる司法判断

 平成の時代、天皇、皇后両陛下(現上皇ご夫妻)の行動はそれまでと様変わりした。災害が起きると被災地に入り、避難所の床に膝をついて目線を合わせ、住民の話に耳を傾ける。天皇として初の沖縄訪問を果たすなど、国内外の戦地にも積極的に足を運んだ。
 専修大の棟居快行(むねすえとしゆき)教授(憲法)は「天皇の行為は平成の時代に大幅に増えた。上皇ご夫妻が国民の中に入っていって直接、心を通わせられたことで、それまでと違う関係が生まれた。天皇制が受け入れられ、国民との間に精神的な共同体ができた」と捉える。その半面、「政府や自治体がそれに甘んじ、被災者対策など責務をおろそかいしているようにも思える。今後、変に政治利用されないか懸念する」と説く。
 平成時に続き今回も、儀式の在り方を問う動きが広がっている。全国の市民や宗教家らが昨年12月、即位礼正殿の儀や大嘗祭などは憲法違反だとし、差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。
 京都府在住の菱木政晴・元同志社大特任教授(宗教学)は、大嘗祭で使う米を収穫する儀式に府知事が参加したのは違憲として、他の大学教授や市民らと協働で抗議書を提出した。
 平成時の訴訟では原告に名を連ねた菱木氏はこう語る。「儀式が国民主権と政教分離に反するのは明らか。皇室にも宗教の自由はあるにせよ、公金を使うのは憲法の趣旨に反する。各地で訴訟、住民監査請求などが準備されている。司法などの判断が問われる」

銀座で反対デモ
「天皇の国家」世界に大宣伝 「お世継ぎを」女性蔑視内在

 「即位礼も大嘗祭も憲法違反だ!天皇即位式に反対しよー」。21日午後3時すぎから、全国約110の市民団体でつくる「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク(おわてんねっと)」がデモを実施。買い物客らでにぎわう東京・銀座の空に参加者約500人の声が響いた。
 メンバーの新孝一さん(60)は「各国の首脳を集めて、『日本は天皇の国家』という考え方を世界に大宣伝する儀式。日本全体がこぞって祝っているわけじゃないとアピールする必要がある」と説明する。

「祝意に水差す」の声も

 近くの新橋駅前を出発したデモ隊は「税金返せ」「祝わない」などと書いたプラカードを掲げて行進。途中、拡声器で「そんなに嫌なら日本から出ていけ」と抗議する右翼団体のメンバーもいた。外国人観光客は興味深そうに眺め、店で買い物中の女性もガラス越しに目を丸くして驚く。「祝意ムードに水を差すんじゃないですか」。若いカップルはそうつぶやいた。
 デモに先立ち、同駅前の雑居ビルの会議室で集会が開かれた。約200人が参加し、女性差別撤廃を訴えている団体の虹川ひみこさん(22)は「天皇制の下では『お世継ぎを産め』と圧力をかけられ、『産む機械に』戻された。女性蔑視のシステムだ」と主張した。
 ドイツの週刊誌などに記事を書いているオーストリア人のフリーライター、グレゴール・パコーニグさんも取材に訪れた。欧州では儀式について「王室のイベントの一つ」として報道されているという。「戦前、帝国主義と共に非常に強くなった天皇の役割が今どうなのか興味深い」と語った。
 集会とデモには、一橋大の鵜飼哲特任教授(フランス現代思想)も参加。取材に「戦前、日本人は『天皇は神』というフィクションを強いられ、それはいまだに代わらない。今の日本人の忖度根性は、そのフィクションによって植え付けられたと言っても過言ではない。天皇制は民主主義の進歩を妨げる。必要ないという声がもっと出てこないと」と述べた。                    (石井紀代美)

デスクメモ
 秋篠宮さまが発言されたように、一度の儀式のために何十億円もの国費を使って建物を設営するというのがどうしても理解できない。それが長い間続いてきたことだとしても、変化を認めるのが新しい時代の在り方ではないか。いろいろなものが変わってしかるべきだと思う。           (千)


即位礼に天皇の
「安倍首相への抵抗」を示す招待客…
「平和の詩」朗読した沖縄の高校生と
ICANサーロー節子さんが
2019年10月23日:LITERA

 本日、皇居・宮殿で「即位礼正殿の儀」がおこなわれ、5月に即位した徳仁天皇が三権の長らを前に高御座の台座で「おことば」を述べ、安倍首相は祝いのことばである「寿詞」を読み上げたあと、万歳三唱をおこなった。
 そもそも即位礼自体が、宗教色も強く、政教分離違反、憲法違反の儀式だが、アジア諸国の植民地支配という歴史を正当化しつづけている安倍首相が「天皇陛下、万歳!」と声を張り上げ、自衛隊の礼砲が発射されるさまは、まるで戦時下の再現のようなおぞましささえ漂っていた。
 また、天皇による「おことば」も、平成の即位の礼に比べると、後退した感は否めなかった。
「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」
 明仁上皇は即位の際、「常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たす」と述べていたが、一方、徳仁天皇は「日本国憲法」をたんに「憲法」と省略した。5月におこなわれた「即位後朝見の儀」での「おことば」でも同様だったが、その際に指摘したように(過去記事参照)、これは官邸からの働きかけに屈し、安倍政権に配慮して必要最小限の表現にとどめたものと思われる。
 天皇が皇太子だった今年3月、安倍首相が「令和」を含む新元号候補である6案を事前に説明していたと報じられたが、安倍首相による天皇の取り込み工作は目に余るばかり。今後、どうなっていくのか気がかりだが、しかし今回の即位の礼には、救いというべき出来事もあった。
 というのも、本日の「即位礼正殿の儀」には、各国要人や各界の代表らとともに、あるひとりの高校生も招待されていたからだ。
 それは、2018年の沖縄全戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読し、大きな反響を巻き起こした当時中学生の相良倫子さん(現在高校1年生)だ。
 相良さんの「平和の詩」では、沖縄の豊かな自然とそのなかで実感する生きることの素晴らしさを伝えたあと、その地で繰り広げられた壮絶な沖縄戦で命を奪われた人びとに心を寄せ、平和に対する決意をこう述べた。
〈みんな、生きていたのだ。私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。彼らの人生を、それぞれの未来を。疑うことなく、思い描いていたんだ。家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。仕事があった。生きがいがあった。日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。それなのに。壊されて、奪われた。生きた時代が違う。ただ、それだけで。無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。私は手を強く握り、誓う。奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。
 私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。もう二度と過去を未来にしないこと。全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。生きる事、命を大切にできることを、誰からも侵されない世界を創ること。平和を創造する努力を、厭わないことを。〉
 じつに6分半にわたる朗読だったが、相良さんは原稿に目を落とすこともなく、顔を上げて見事に暗唱。その情感に溢れた朗読は、すぐさま大きな話題になった。たとえば、ウーマンラッシュアワーの村本大輔がツイートに動画のリンクを貼って〈今日はどのニュース番組もこれをどんどん取り扱って欲しい。すごい〉と興奮。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文も〈とてもいい。僕はこういう詩にこそ「愛国」を感じる。郷土への愛と、未来に手渡すべきもの〉と称賛した。
 その相良さんが今回、「即位礼正殿の儀」に招待された──。この事実がもつ意味はとても大きい。

沖縄全戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読した
相良さんの招待は天皇サイドの希望か

 そもそも、相良さんの朗読に対しては、ネトウヨが「大人にやらされている」などとバッシングを展開しており、沖縄を蔑ろにしつづける安倍首相や官邸が、沖縄県民が希求する平和への願いを代弁した相良さんを招待するとは到底考えられない。
「相良さんについては、天皇陛下サイドの希望と考えて間違いないでしょう。前回もそうですが、即位の礼の出席者は内々に天皇・皇后両陛下の希望も取り入れることになっていますから。その希望の背景にはもちろん、上皇・上皇后の意志を継承するという意味もあったと思います」(ベテラン皇室ジャーナリスト)
 周知のように、明仁上皇・美智子上皇后は一貫して沖縄に寄り添う姿勢を示してきた。今年2月におこなわれた在位30年記念式典では、ふたりが作詞・作曲を手掛け、本土へ復帰したばかりの沖縄を初訪問した際の思い出が詰まった琉歌「歌声の響」を、沖縄出身の三浦大知が歌い上げた。さらに、2013年4月28日、安倍首相の肝いりでおこなわれた「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」にあたっては、政府側の説明に対し「その当時、沖縄の主権はまだ回復されていません」と反論し、出席に難色を示していたという逸話も残っているほどだ。
 安倍政権が辺野古新基地建設の強行などで沖縄差別を強める一方で、2018年の誕生日に際した会見ではあらためて「沖縄に心を寄せていく」と訴えた明仁上皇。一方、天皇もまた沖縄とのつながりを大切にしてきたといわれる。たとえば、沖縄の小中学生50人が「豆記者」として本土に派遣される「豆記者制度」というものがあるのだが、上皇・上皇后は1963年からこの豆記者と懇談。じつは、この懇談に徳仁天皇も幼少時より同席して、上皇が天皇に即位したあとは皇太子として豆記者との懇談を引き継いだ(琉球新報2018年3月24日付)。
 こうしたことから考えると、今回、沖縄から平和のメッセージを力強く発信した相良さんが「即位礼正殿の儀」に招待されたのは、徳仁天皇が安倍政権に対して、「上皇の沖縄に寄り添う意志を引き継ぐ」ことをささやかなかたちで宣言したと言ってもいいかもしれない。
 実際、相良さんが「即位礼正殿の儀」に招待されたことを紹介した本日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)では、玉川徹氏が相良さんの「平和の詩」から〈今を一緒に、生きているのだ。だから、きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを。本当の平和を。頭じゃなくて、その心で。戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを〉という部分を引用。「わざわざこの高校生を招待したことには意味がある」と言い、こうつづけた。
「陛下の思いと(詩が)違うものであれば呼ばれるはずがないのであって。(中略)陛下のいまの思いをこの詩が表しているって、受け取っていいんだと思います」
「それはもしかすると、つねづね僕思ってるんだけど、上皇陛下、天皇陛下の思いと、権力がいまやろうとしていることの乖離があるんじゃないかというふうなことすら、僕はここから垣間見えるんですね」
 安倍首相の目の前で披露された、「きっとわかるはずなんだ。戦争の無意味さを」「戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無い」というメッセージ。それこそが天皇の思いであり、安倍政権の姿勢と乖離していると玉川氏は指摘したのである。

安倍首相が無視し、
美智子上皇后が賞賛したICANのサーロー節子さんも

 しかも、今回の「即位礼正殿の儀」にはもう一人、安倍政権に抵抗するかのように招待された人物がいた。それは、サーロー節子さんだ。
 サーロー節子さんは、広島県生まれで13歳のときに被爆。戦後、留学を経て結婚、カナダへ移住し、平和活動に積極的に参加し、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の「顔」としてこれまで長年にわたって核兵器の恐ろしさを伝える活動をつづけてきた。そして、2017年には被爆者としてはじめてノーベル賞の授賞式で、世界に向けてスピーチをおこなった人物だ。
 しかし、ICANやサーロー節子さんが訴えてきた核兵器禁止条約に署名・批准しようとしない安倍首相は、ICANのノーベル平和賞受賞およびサーロー節子さんの授賞式スピーチをあからさまに無視。今年も吉野彰氏のノーベル化学賞受賞が発表されるやいなや電話をかけ「おめでとう。日本人として誇りに思う」と祝福し、ICANが受賞した年もカズオ・イシグロ氏の文学賞受賞にお祝いコメントを出していたが、ICANとサーロー節子さんには一切の祝福メッセージを出さなかったのだ。
 その上、昨年12月にサーロー節子さんは来日したが、その際も安倍首相との面会はかなわなかった。これについて、サーロー節子さんは「自分と違う意見を持つ人に会って語り続けるのが本当のリーダーシップではないか」と会見で述べている。
 他方、上皇后は2017年の自身の誕生日に際して公表された文書で、ICANのノーベル平和賞受賞を“印象に残る意義深いこと”として挙げ、「日本の被爆者の心が、決して戦いの連鎖を作る『報復』にではなく、常に将来の平和の希求へと向けられてきたことに、世界の目が注がれることを願っています」と綴っていた。
 そして、ICANの顔であり、安倍首相が面会さえ応じようとしないサーロー節子さんが、今回、「即位礼正殿の儀」に招待された──。これもまた政府が招待するとは思えず、天皇の意向だった可能性が高いのだ。
 沖縄と核廃絶。安倍首相が平和から逆行し、無視し、蔑ろにしつづけるふたつのテーマに対し、上皇・上皇后の思いを引き継ぐ意志を示した天皇。即位儀式によって天皇の権威づけが強化され、それを安倍政権が利用することは断じて容認できないが、今回、天皇が政権と対峙しても平和を願おうとする姿勢を見せたことは、一縷の希望といってもいいだろう。
(編集部)


即位礼で百田尚樹からNHKまでが
「雨が上がって虹が」…
被災地が再び雨のなか
“天皇の神通力”を叫ぶ神国日本カルト
2019年10月23日:LITERA

 やっぱり、日本はいまも前近代的なカルト国家のままなのだろうか。昨日21日午後から天皇の即位の儀式が行われたが、Twitter上では「儀式が始まった途端に雨が止んで虹がかかった」なる声が湧き、神話の「天照大神」や「天叢雲剣」、さらには「エンペラーウェザー」なる造語がトレンド入りした。東京では午前中から降っていた雨が小康状態になり、晴れ間も見えたことから、ようするに “天皇の神の力が天候を変えた”と言いたいらしい。たとえばこんなツイートだ。

〈・天叢雲剣で雲がかかって大雨、普段祀られてる神社近辺は晴れ
 ・儀式直前に天照大神が降臨したかのように晴れる
 ・虹が低くかかり結界のようになる
 ・イザナギとイザナミが下界に来る時の架け橋で虹を使用したという神話神様は本当にいるのか…〉
〈天皇のパワーがすごい、即位礼正殿の儀の時に空が晴れて虹が出る〉
〈天叢雲剣 で雲がかかり大雨になり、儀式直前には #天照大神 が降臨したかのように晴れる。そして、虹が低くかかり結界のように。イザナギとイザナミが下界におりる時、虹を使用したという神話。日本は間違いなく神の国。〉
〈これが神の力かぁ!! 万歳!万歳!万歳!〉

 かつて総理大臣が「日本は天皇を中心とした神の国」だと口にして強い批判を受けたが、天皇を現人神とするような言葉や「神の国」という言葉が溢れ返ったのだ。
 しかも、こうした言葉を口にしたのは、一般ユーザーだけではない。作家の百田尚樹氏も〈これほど美しい虹が偶然に起こるはずもない。天が新天皇の即位を寿ぎ、日本を祝福しているのだ〉と投稿した。
 百田氏のツイートには〈御意。天照大御神もお喜びなのでしょう〉〈しかも、こんな完璧な虹なんか、そうそう現れないって! 天皇陛下の霊験、ハンパない!〉〈天照大明神が日本を照らして下さる〉〈改めてこの国に生まれて良かった。そして命をかけてこの国を護り続けてきてくださった全ての先人、英霊に感謝〉なるファンからのコメントが相次いだ。
 他にも、複数のネトウヨ系サイトが、東京で雨が止んだことや一部で虹がかかったことを何かしら“天皇の力”に結びつけるようにして、嬉々としてまとめている。こいつらは正気なのか。
 いや、こんな妄想オカルトポエムにいちいち目くじらをたてるな、という意見もあるだろう。しかし、これ、会社の同僚の結婚式で、雨が突然やんだのを「お二人の門出を天も祝福してくれているようであります」などとスピーチしているのとはわけが違うのだ。
 だいたい「天皇のパワーで東京が晴れた!」とはしゃぐ彼らは、その瞬間も、先日の台風による大雨の影響で河川が氾濫し、避難を余儀なくされている人たちがいることを忘れているのか。たとえば、台風19号で大規模な浸水に見舞われた宮城県丸森町や長野県の千曲川流域では即位礼が行われた22日も朝から雨が降り、午後には丸森町では大雨洪水注意報、千曲川流域では雨の影響で再び氾濫の恐れがあるとして避難指示が出された。普通なら、こんなときに天皇に雨をあがらせて虹をかける“神通力”があるかのような与太話を聞いたら、東京でなく各地の災害をくい止めてくれ、という感情になるだろう。
 ところが、連中は安倍首相と同じで、まさにこの時、各地には大雨で苦しんでいる台風被災者がいる、そのことへの想像力も配慮も全くなく、ひたすら皇居の周辺だけで雨が上がったことを喜んでいるのだ。
 いや、「天皇のパワーで東京が晴れた!」「虹がかかった」という声が上がることに危険性を感じるのは、その無神経ぶりと権威主義だけではない。このオカルト的な物語こそが天皇制支配の本質であり、日本を狂気の戦争に駆り立てたものだからだ。

「天皇の神通力で雨が止んだ」のオカルトは、
日本を戦争へと駆り立てた現人神思想と地続き

 今さら言うまでもないが、戦前、天皇は国家元首にして総攬者であっただけでなく、神話に由来する“現人神”という司祭だった。大日本帝国憲法では、「神聖ニシテ侵スベカラズ」と規定され、「天皇は天照大神の子孫である」などという神話が史実として国民に教育された。学校には天皇の写真である御真影が置かれ、学校火災から御真影を守ろうと教師が焼死したり、燃えてしまった責任を取って自殺するなどの事件が全国で相次いだ。
 政治権力はそうやって大衆に天皇を神聖視させることによって、刃向かうことのできない絶対的な支配システムを作り出したのである。国家神道の研究でも知られる歴史学者の故・安丸良夫氏は、著書でこのように書いている。
〈伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という古代的風貌をもっているが、そのじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態からみれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。〉(『神々の明治維新』岩波新書)
 たとえば靖国神社がそうであるように、国家神道は「官軍」や軍人など、“天皇のために死んだ者”だけを選んで祀った。このカルト的とさえ言える支配構造は、それこそ「天皇陛下万歳!」の掛け声に凝縮されている。そこでは、天皇を神として崇拝することが、大日本帝国の「臣民」、すなわち「天皇の赤子」の必然的行為と定義された。政治権力は、戦争も略奪も「天皇陛下万歳!」によって正当化することができた。そのための“神格化”だったのである。
 その結果、何が起きたか。神国日本が負けるわけがない、いつか神風が吹くと無謀な戦争、他国への侵略へと突き進んでいったのである。しかもその戦い方も天皇制カルトそのものだった。旭日旗を「天皇の分身」と信じ込み、奪取された連隊長が切腹し、旗手が旗もろとも自爆する。特攻隊として「天皇陛下万歳」と叫びながら、敵艦に体当たりする。戦争末期、政府が国民の命よりも三種の神器を守ることに必死になっていたのも有名な話だ。そして、こうしたカルト思想がどんどん被害を拡大させ、国内外で数千万人という命を犠牲にしたのだ。
 その意味で、「天皇が儀式をしたら雨が上がって虹がかかった」という無邪気な“オカルト”は、まさに、戦前・戦中の国家神道的な価値観と地続きにある。事実、東京で雨があがっただけで、各地の水害を忘れてしまう思考停止ぶりは、天皇のために国民の悲劇を全てなかったことにした戦時中のそれと同じではないか。

NHKも「東京の空に虹」と大々的に報道、
「エンペラーウェザー」のコメントも

 しかも、恐ろしいのは、マスコミまでがそうしたオカルト的な言説に乗っかってしまっていることだ。即位礼が憲法の政教分離の原則や国民主権に抵触するという批判を一切することなく、こぞって即位礼を中継した民放とNHK。これらのテレビ局も、東京の空に虹がかかったことをまるで“神秘”であるかのごとく取り上げていた。
 NHKでは、スタジオの久禮旦雄・京都産業大学准教授が、昭和天皇も「晴れ男」だったとして「エンペラーウェザーと言われた」などと解説。また、『ゴゴスマ~GOGO!Smile!~』(CBCテレビ)でも、コメンテーターの竹田恒泰氏が「上皇陛下も天皇陛下も晴れ男」などと触れ回っていた。
 実際には、行幸時に雨が降るときもあれば、荒天で行事を中止することだってある。それをNHKまでが「天皇の神格化」を全面肯定するような解説を平気で流すとは……。NHKは今年春にも「皇室の祖先は天照大神」と神話を史実のように報道して批判を浴びたが、安倍政権に忖度するあまり戦前回帰になんのためらいもなくなってしまったようだ。
 だとしたら、なんどでも繰り返さなければならない。150年前、この国の為政者たちは天皇を現人神にして政治利用した。その結果、侵略戦争で国内外に夥しい犠牲者を出し、あわや「日本」という国がなくなる一歩手前まで暴走した。戦後、人間である天皇は「象徴」として再定義されたが、今回の代替わり儀式にかこつけた「天皇のパワー」なる言説は、まさにその「日本は天皇を頂点とした万邦無比の神国」なる戦中のカルト思想と地続きのものだ。
 私たちは、歴史を捻じ曲げ民主主義を覆そうとする安倍政権下で、こうした声がメディアで恥ずかしげもなく堂々と語られ始めたことの恐ろしさを、きちんと認識すべきだろう。
(編集部)


(社説)即位の礼 前例踏襲が残した課題
2019年10月23日:朝日新聞

 天皇陛下が即位を内外に宣言する「即位礼正殿(せいでん)の儀」が、きのう皇居で行われた。
 陛下のおことばは、憲法にのっとり、国民統合の象徴としての務めを果たすと誓うもので、昭和から平成になった際に上皇さまが述べたものとほぼ重なる内容だった。同じく国際社会の友好と平和に言及した点も、国外から多くの参列者を迎えて催された儀式であることに照らして適切といえよう。
 他方で、今回の代替わりにあたっての政府の事の進め方には大きな疑問がある。開かれた議論を避け、異論には耳をふさいで、多くを「前例踏襲」で押し通そうという姿勢だ。
 正殿の儀をめぐっても、天孫降臨神話に由来する高御座(たかみくら)に陛下が立ち、国民の代表である三権の長を見おろす形をとることや、いわゆる三種の神器のうち剣と璽(じ)(勾玉〈まがたま〉)が脇に置かれることに、以前から「国民主権や政教分離原則にそぐわない」との指摘があった。
 だが政府は「前回検討済み」として、見直しを拒んだ。前回の式典のあり方に対し、大阪高裁から疑義が表明された経緯などには目を向けず、天皇の権威を高めるために明治になって作られた形式にこだわった。
 平成流と呼ばれた上皇ご夫妻の活動を通じて、「国民に寄り添う皇室」像が支持を集めていることも踏まえ、いまの時代にふさわしい形を探ってしかるべきではなかったか。
 恩赦も実施された。要件を絞って対象者は前回の約5分の1(55万人)になったものの、司法の判断を行政が一方的に覆す措置に反対論も根強かった。まして皇室の慶弔と結びつけば、支配者が慈悲を施すかのような色彩を帯びる。犯罪被害者を守り、その思いを大事にしようという社会の要請にも反する。それでも先例が優先された。
 来月に予定されている大嘗祭(だいじょうさい)の執り行い方も同様だ。
 秋篠宮さまが昨秋の会見で、「宗教色が強い儀式を国費で賄うことが適当か」と疑問を投げかけた。公費を充てることの困難さは昭和天皇も感じていたとみられ、皇室の私的活動費である内廷費を節約して積み立ててはどうかと側近に話していたという。だがこの問題についても政府は「すでに閣議了解している」というだけで、真摯(しんし)に向きあうことはなかった。
 どれも国の基本である憲法にかかわる話だ。誠実さを著しく欠く対応と言わざるを得ない。
 上皇さまが退位の意向を示唆するメッセージを発したのは3年前だ。議論の時間は十分あったのに政治は怠慢・不作為を決めこんだ。華やかな式典の陰で多くの課題が積み残された。


陛下の即位の礼 多様性尊ぶ国民の象徴に
2019年10月23日:毎日新聞

 天皇陛下が即位を宣言される「即位礼正殿(せいでん)の儀」がきのう行われた。皇居での式典に国内外から約2000人が参列し、即位を祝福した。
 象徴天皇制となった現憲法下での即位は上皇さまに続いて2人目で、戦後世代としては初めてだ。
 陛下はおことばで、上皇さまについて「いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その御心(みこころ)を御自身のお姿でお示しになってきた」と言及された。その姿に改めて深く思いを致すと述べた。
 戦場となった沖縄や大災害の被災地をはじめ全国を訪れ、国民の中に分け入った上皇さまのように「国民に寄り添いながら」象徴の役割を行動で果たそうとの思いがにじむ。
 陛下は5月の「即位後朝見の儀」で、憲法を重視する姿勢を明らかにし、8月の全国戦没者追悼式でも上皇さまの「深い反省」との表現を踏襲した。昭和の「負の遺産」と向き合い、憲法下の象徴像を模索した歩みを引き継ぐお気持ちの表れだ。
 台風19号の被災地への配慮からパレードが延期されたのも、上皇さまの時代に定着した、国民に寄り添う皇室像と重なる。
 どんな象徴像、皇室像を目指すのかは、海外からも注目される。政治と一線を画し、多くの国と友好関係を築いてきた「皇室外交」の意義は大きい。
 陛下は皇太子になる前、イギリスに留学し、海外の空気に触れた。外交官出身の皇后雅子さまと共に国際経験を生かし、諸外国との交流に一層力を尽くすと思われる。
 国内では令和の「国民統合の象徴」のあり方が問われる。「1億総中流」の時代はとうに終わり、かつてのような国民の一体感は見えない。政府は外国人労働者の受け入れを拡大し、国内でもグローバル化が進む。
 陛下は平成の時代を「人々の生活様式や価値観が多様化した」と振り返り、「多様性と寛容の精神」が大切だと述べていた。こうした新しい時代感覚を基にした象徴像が生まれるのかもしれない。
 即位の儀式をめぐっては、宗教色を伴うとして憲法の政教分離原則との整合性を問う声もある。政府が十分な議論を避け、合計わずか1時間あまりの会合で前例踏襲を決めたことには問題が残った。


【主張】即位ご宣明 国柄を誇り「令和」築こう
2019年10月23日:産経新聞

 令和の秋の日、「即位の礼」の中心儀式「即位礼正殿の儀」がつつがなく行われた。
 天皇陛下は即位を内外に宣明され、国民の幸せと世界の平和を常に願い、象徴としてのつとめを果たす、ご決意を述べられた。心強いお言葉である。即位をお祝いするとともに、そのお心を国民もしっかり受け止め、令和の歴史を刻んでいきたい。
 午前中からの雨がやんだ。平安絵巻を思わせる華麗で厳粛な儀式に、国民だけでなく世界の多くの人たちが日本の伝統文化の重みを感じたことだろう。
 玉座「高御座(たかみくら)」の帳(とばり)が開かれ、古式装束「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」に身を包んだ天皇陛下が、お言葉を述べられた。皇后さまは十二単の装束で、お隣の御帳台に立たれた。
 天皇陛下は上皇陛下の歩みに触れ、「いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その御心を御自身のお姿でお示しになってきた」と述べられた。
 象徴天皇として、国民のために祈り、精励される姿は昭和天皇から上皇陛下へと引き継がれ、戦後生まれの今上陛下が間近でご覧になり、学んでこられた。その心からのお言葉だと拝察する。
 ご即位前、2月の誕生日の会見で皇室が国民と心をともにすることは「時代を超えて受け継がれてきているもの」とも話された。
 5月のご即位から約半年、天皇陛下は、皇后さまとともに多くのご公務にあたられてきた。天皇陛下は学究肌で語学堪能、登山などすぐれたスポーツマンでもいらっしゃる。外交官出身の皇后さまとともに外国賓客をもてなす姿も、国民に印象づけられている。
 甚大な被害が出た台風では犠牲者を悼み、被災者を見舞うお気持ちを示され、一日も早く復旧が進むことを願われている。国民に寄り添うというお言葉をすでに体現され、国民からの敬愛の気持ちが広がっている。パレード「祝賀御列の儀」は11月に延期されたが、皇居に入る車中の両陛下、皇族方を一目見ようと、皇居周辺に集まる人も多かった。
 来年には、天皇陛下が名誉総裁をつとめられる東京五輪・パラリンピックを控えている。海外からの日本の歴史文化への関心もさらに高まるだろう。歴代天皇、皇室と国民が強い絆で結ばれてきた日本の国柄を国民は一層理解し、心一つに新時代の歩を進めたい。

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