自分事として、“天皇制”を吟味する機会だった、ハズ

ボクは、天皇制はいらないと思っている。
この天皇制の一番の犠牲者は、その当事者の天皇一族(天皇と皇族)だ。天皇は、日本国民の“象徴”という、ひとがなしえない役割を強制され、その人間性は否定されている。日本国憲法の下で、これほど侵害されている人は、他にはいない。
徳仁天皇の即位式が開かれた10月22日、ボクは新橋の「天皇制いらない」「即位式反対」のデモの集合場所である、新橋駅前のビルの地下2階にいた。その後、警視庁の機動隊に「警備」という嫌がらせを受けながら銀座通りをデモした。4人拘束され、3人逮捕と後で聞いた。ボクは、逮捕されずに無事にデモを終え、帰宅した。世の中、「祝賀ムード」が強制される中、約500人のデモが行われたことは、成功か失敗なのか、不明だ。民主化を求める香港の350000人のデモと比べれば、微小に過ぎないが、日本の多様性を示すことはできたと思う。
明仁前天皇から徳仁現天皇への、代替わり儀式は、裕仁元天皇から明仁前天皇への代替わりの時よりも、天皇の神格化をあからさまに進める色合いを強く感じる。日本の象徴天皇制についての議論を深める機会を活かすことができなかったことは、結局、現行の“天皇制”の弱体化に結び付くことを思い知る時が近づいているようだ。


ふわりと進んだ代替わり、
消費される天皇制 議論は?
2019年10月22日:朝日新聞

 今日から即位の関連行事が続く。平成の代替わりでは政教分離が大きな問題になった。この30年で皇室への国民の視線は変わったか。女性天皇や女性宮家の議論は忘れられていないか。

水無田気流さん「変化する国民のまなざし」

 平成時代を通じた皇室に対する国民のまなざしの変化には、大きく二つの側面があります。まず、天皇制の機能的側面があまり問われなくなったこと。二つ目はまなざしが感情的な側面に集まるようになったことです。
 平成の代替わりでは、天皇制の是非そのものを問う議論が盛んに行われました。当時はまだ天皇の戦争責任問題が影を落としていたことや、冷戦下で日本社会にも様々なイデオロギーの対立が明確だったことが大きいでしょう。
 しかし今回の即位の礼では、天皇制を問い直すような意見は目立たない。また以前は雅子さまに対する「公務をこなせるのか」という懐疑の目もありましたが、天皇・皇后の立場に就いたいまは国民から極めて好意的な視線が注がれています。
 一方でバッシングの的になっているのが秋篠宮家です。代替わりが近づいたころから「あの教育方針はどうだ」「あの婚約者でいいのか」と批判が集まるようになった。
 この感情的なまなざしは大枠では、複雑化した社会で分かりやすい「正しさ」に熱狂し、それを誰かと共有したいという欲求のあらわれだと思います。逆に「近代家族の理想像」であるはずの皇室が日本的な社会通念から少しでも外れれば、怒りをぶつけられる対象にもなりうる。「あおり運転」や有名人の不倫をたたく現象と同じで、SNSも感情を増幅しています。
 国民の視線が感情を基盤とするようになった伏線には、上皇夫妻が確立した「親しみ路線」もあります。平成の30年間、超人的な努力で国内を巡り、度重なる災害で被災地を訪れて国民に寄り添ったことの影響は計り知れません。
 国民が皇室を感情的な対象として捉えてその機能を問う意識が薄れゆくなか、当の天皇制はこのままでは近い将来、後継者不足に陥る恐れがあります。男系血縁主義を最優先すれば戦後離脱をした旧皇族が継承する可能性もありますが、その場合、上皇夫妻がこれまでなし得てきたような国民を感情的に結びつける役割は果たせるでしょうか。
 近年話題の女性・女系天皇、女性宮家などの是非は、このような切実な事情を背景にしています。しかし女性皇族のあり方が解決のカギにもなるのに、現状ではなかなか議論が進んでいません。
 過去に有識者会議で女性皇族のあり方が議論された時も、その目的は「天皇制の存続」であって、彼女たちの生き方や男女平等が重視されたとはいえないのでは。様々な矛盾を内包する天皇制で二重に見えづらくなっているのが、女性皇族の問題なのです。憲法では天皇制の象徴性は「国民の総意に基づく」とあり、本来その問題を考えることは国民の役割のはずなのですが。(聞き手・藤田さつき)
     ◇
 1970年生まれ。国学院大学教授。共著に「雅子さま論争」、詩集に「音速平和」など。

河西秀哉さん「消費される天皇制」

 平成の「即位の礼」当時と比べ、国民感情は大きく変わりました。30年前は、戦前を記憶している人がまだ多く、天皇制への批判的なまなざしがありました。さらに、昭和天皇の闘病中から自粛が広がり、天皇制の「重さ」を浮かび上がらせてしまった。
 この30年で、戦前を知る世代は減り、さらに生前退位で自粛がなかったことで、天皇制への批判的な空気が生じにくかった。結果的にふわりと代替わりが進んだように思います。新年と同じように、カウントダウンで迎えられるイベントになったんです。
 2014年に、女子高校生が天皇・皇后の写真を撮って、SNSにアップしたことが、賛否両論を巻き起こしました。でも最近の一般参賀では、多くの参賀者が普通に皇族にスマホを向けています。「天皇や皇族を勝手に撮るのは不敬だ」という、かつての感覚がなくなっています。
 天皇の「権威」の内実も変化しています。平成の半ばまでは、長い歴史が天皇の権威を支えていた。しかし、いま国民の多くは、ひざをついて被災者と話す天皇の振る舞いに敬意を抱いている。歴史に支えられた権威から、人格的な権威へと変わったんです。
 眞子内親王や佳子内親王は、若い世代には、自分たちに近い存在と思われています。遠くから仰ぎ見る対象ではなく、「会いにいける」皇族になったともいえます。
 延期はされましたが即位パレードや、11月9日の国民祭典では、それがさらに明確になるでしょう。国民祭典にはアイドルグループの「嵐」も出演し、イベント化が進む。テーマパークのアトラクション待ちのように天皇制が「消費」されるようになった。
 皇室も、国民の視線の変化を意識しています。現天皇が即位後の「おことば」で、前天皇を「その強い御心(みこころ)を御自身のお姿でお示しになり」と述べたように、国民の前へ出ることを重視しています。
 加えて、欧州の王室を意識している。英王室は、ダイアナ元妃の死後に人気が落ちましたが、巧みな広報戦略で支持を取り戻した。皇室も、情報発信に積極的な欧州型を目指すのではないでしょうか。
 前天皇・皇后は、その人格によって国民の圧倒的な支持を受けました。でも、それは両刃の剣でもあります。人格や振る舞いなどの属人的な要素に頼ることは、制度としての天皇制を脆弱(ぜいじゃく)にし、不安定化させる可能性がある。行動や人格が少しでも国民の期待に反すれば、一気に支持を失いかねないからです。
 現時点では、現天皇夫妻に好意的な視線が寄せられています。即位の礼や国民祭典も盛り上がるでしょう。しかし今後は、人格に支えられた天皇制の不安定さをどう埋めるかが課題になります。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)
     ◇
 1977年生まれ。専門は日本近現代史。著書に「平成の天皇と戦後日本」「近代天皇制から象徴天皇制へ」など。

塚田穂高さん「国民に見えなくなった皇室の宗教性」

 約30年ぶりの即位の礼・大嘗祭(だいじょうさい)は、ふだんあまり問われない天皇・皇室の「宗教性」が顕(あら)わになる機会といえます。
 平成への代替わり時には、それらをめぐり「政教分離に反する」という訴訟が各地で起きました。そこには戦前の「国家神道」体制を想起し、国家と「宗教」との特別な結びつきを警戒する宗教者なども多く関わり、議論も盛り上がりを見せました。
 今回、キリスト教系団体などで批判や訴訟の動きはありますが、関わる人たちの高齢化もあり、全体的な勢いは衰えたと言わざるをえません。
 前回の際の訴訟は、戦後の政教分離の議論において一つの画期でした。それ以前の数々の訴訟は、国や自治体と特定宗教・神社神道の関係をめぐるものがほとんどで、天皇や皇室祭祀(さいし)について正面からは問われてきませんでした。
 平成の代替わりで、天皇・皇室と宗教の関係が最も強く焦点化されました。大阪での訴訟の高裁判決では、政教分離違反の疑義が「一概には否定できない」とされました。
 しかし、それらの一段落後、この問題は後景に退いていきました。97年の愛媛玉串料訴訟の最高裁違憲判断、2000年代の小泉純一郎首相参拝訴訟と、政教分離は靖国神社の問題に集約されました。さらに靖国問題は、政教分離と歴史認識の二重構造であり、後者により焦点が集まりました。天皇の靖国参拝は75年以降ないので、靖国問題ではほぼ議論の外でした。その点では、天皇・皇室の宗教性を突き詰めて考える機会は棚上げされてきたのです。
 平成流皇室の30年の歩みが持つ意味も大きいです。16年8月の「おことば」にもあった「国民の安寧と幸せを祈る」姿、特に被災地や戦地におけるそれは、天皇・皇室像を象徴するもので、その「宗教性」も「祈り」に集まり、より見えにくくなりました。
 その皇室の側から出てきた「宗教色が強い」大嘗祭を「国費でまかなうことが適当か」「身の丈に合った形で」といった昨秋の秋篠宮発言は、真剣に向き合うべきものでしたが、それもほぼスルーされてしまったように感じます。
 もう一点、30年前と大きく違うのは、グローバル化で日本社会に多様な文化的・宗教的背景を持つ人が増え、マイノリティーへの配慮がより求められるようになったことです。この視点も必要です。
 先例を踏襲してよしとするというのは、これらの社会変化を無視することになってはいないでしょうか。いま行われている様子をしっかり見て、「ではまた次回。今回と前回を踏襲で」として何も考えないのではなく、天皇・皇室の宗教性、それと国家との関わりについての議論と検討の継続が必要だと思います。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)
     ◇
 1980年生まれ。専門は宗教社会学。著書に「宗教と政治の転轍点」、編著に「徹底検証 日本の右傾化」など。


銀座で「即位反対」デモ、
警官と小競り合いも 3人逮捕
2019年10月22日:朝日新聞

 天皇陛下が即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」が執り行われた22日、会場の皇居に近い東京・銀座周辺で、天皇制に反対するデモがあった。数百人が「即位反対」の横断幕を掲げて行進し、警備にあたっていた警察官と小競り合いになる一幕もあった。
 警察官に暴行したとして、警視庁は、参加者の男女3人を公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕した。
 デモ隊は儀式終了後の午後3時すぎ、JR新橋駅前を出発。11月に予定されている天皇、皇后両陛下のパレード「祝賀御列の儀」や皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」にも反対し、「やめろ」などと声を張り上げながら、1時間半ほどかけて約2キロを歩いた。


令和・即位の礼
即位礼正殿の儀 天皇陛下のおことば
2019年10月22日:毎日新聞

「高御座」に立ち、「即位礼正殿の儀」に臨まれる天皇陛下
=皇居・宮殿「松の間」で2019年10月22日午後1時13分(代表撮影)

天皇陛下のおことば全文

 さきに、日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより皇位を継承いたしました。ここに「即位礼正殿の儀」を行い、即位を内外に宣明いたします。
 上皇陛下が三十年以上にわたる御在位の間、常に国民の幸せと世界の平和を願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その御心(みこころ)を御自身のお姿でお示しになってきたことに、改めて深く思いを致し、ここに、国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います。
 国民の叡智(えいち)とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします。


台風被害のさなかに「天皇の即位礼」を
大々的に開催する必要はあったのか?
式典関連予算は
平成よりはるかに多い160億円
2019年10月22日:LITERA


















 本日、宮殿の松の間で「即位礼正殿の儀」が行われている。一連の天皇代替わり関連儀式の中心のひとつで、海外から多くの要人を招き、新天皇の即位を宣言する。テレビなどのマスコミは“お祝いムード”一色だが、改めて考えなくてはならないのは、本当にいま、これほど大掛かりな儀式が必要なのか、ということだ。
 ひとつは、拡大している台風の被害だ。昨日の時点で、約4000人の人々が避難所での生活を余儀なくされているが、今日の「即位礼正殿の儀」のためには多大な経費と人員が裂かれ、自衛隊も動員されている。災害よりも、そちらを優先させるべきなのだろうか。外交の関係上、中止までは無理だとしても、少なくとも内容を簡略化するというのは十分に考えられたはずだ。
 先日、即位パレード「祝賀御列の儀」が台風19号の被害に配慮して延期になったが、この延期は新天皇の強い希望によるもので、安倍政権、首相官邸はギリギリまでパレードを予定通り強行しようとしていた。実際、菅義偉官房長官は15日の記者会見で、パレードの準備を「淡々と進めていきたい」と延期するつもりがないことを明言。翌16日の会見でも、開催の是非を問われて「昨日、私が申し上げた通り」と答えた。それでも、天皇の抵抗は強く、頑として首を縦に振らなかった。そして、報告を受けた首相官邸もようやく説得を諦め、17日なって、延期を判断したというのだ(過去記事参照)。
 つまり、天皇自身が被災者を配慮してパレードを延期しようとしているのに、国民の側に立たなければならないはずの安倍首相や菅官房長官は、被災地のことなんて全く無視してパレードを強行しようとしていたのである。今日の「即位礼正殿の儀」を強行したのも、官邸の強い意向だ。
 しかも、儀式には、自衛隊が安倍首相の万歳三唱の掛け声に合わせ、即位を祝う空砲が発射される。陸上自衛隊の部隊が派遣され、専用の105ミリ榴弾砲を撃つのだが、空砲は事前に入念な訓練を重ねており、それだけでも数十〜百人の自衛隊員が使われている。警備も、警視庁が最高レベルの警備態勢である「最高警備本部」を設置し、厳重な警戒態勢が敷かれている。報道によれば、最大時には全国から集められた約2万6000人の警察官が警戒にあたるという。
 関連経費も莫大だ。昨年度予算と今年度予算に計上された皇位継承に伴う式典関係費は160億円超。これは、平成時の代替わりと比べて3割も増えている。きょうの「即位礼正殿の儀」だけでも17億円が費やされる。今夜には国内外の参列者らを食事等でもてなす「饗宴の儀」を行われるが、これは25日、29日、31日と4回に分けて行われ、経費は4億6000万円だ。それとは別に、招待した194カ国からほとんどが参加する賓客についても、滞在関連費として外務省が50億円を計上している。列島を台風が遅い、何千億円もの被害が出ているなか、これだけの費用をかけなければならないのか。

「即位礼正殿の儀」は政教分離に反する上、皇室古来の伝統ではない

 そもそも「即位礼正殿の儀」は、単に皇位継承を宣言するだけの行事ではない。古事記にいう「三種の神器」である天叢雲剣(レプリカ)と八尺瓊勾玉が並べられるなど、宗教色の強い儀式だ。とりわけ、天皇は「高御座」という高さ6.5メートルほどの専用の玉座にあがるが、これは天孫降臨の神話の再現ともいわれている。そして、この高御座にあがった天皇に対して、首相が「天皇陛下、万歳」と号令をかけ、自衛隊の空砲とともに万歳三唱が行われるのだ。同じ正殿内とはいっても、つまり、首相が天皇を仰ぐかたちとなる。これは憲法の国民主権と政教分離に反するのではないか。
 しかも、これら代替わりの儀式は、明治時代に制定された登極令に基づいて行われている。天皇の装束などもこの明治期に変化し、即位礼正殿の儀で天皇と皇后が並ぶかたちになったのも、西洋の王室儀礼を参考にして変更したとされる。つまり、現在の即位正殿の儀の形式は明治政府が確立したものであり、戦後に登極令が廃止されても、大筋、いまだその前例のままにされている。その意味では、たかが100年あまりの「伝統」でしかないのだ。
 平成への代替わりの際には、高御座や剣璽の使用、登極令に基づいていることなどについて違憲論争などがマスコミも含めて盛り上がった。ところが、今回の令和への代替わりでは、まったくと言っていいほどこうした議論が見られない。さらに言えば、即位礼正殿の儀もまた、完全な宗教儀式(秘儀)である大嘗祭へ連なる儀式だ。政権は国事行為にすることで宗教色を隠しているが、戦前の国家神道のベースとなった神話を踏襲していることには変わりない。
 いずれにしても、台風の被害が拡大するなかでも祝賀パレードを強行しようとした安倍政権が、即位関連儀式を小規模にするなどの考慮をまったくしなかった。各国の元首や首脳クラスを招いて、新天皇が即位を国外に広く知らしめる即位礼正殿の儀や饗宴の儀は、安倍首相にとっても、自分の権勢をアピールする格好の舞台だ。結局、この宰相は災害にあった国民のことなどどうでもいいらしく、いかに天皇を利用するかだけを考えているのだ。こんな私物化、国民軽視の政治を許していいはずがない。
(編集部)


【主張】即位の礼
国民と歩まれる「象徴」に
 新時代を素直にお祝いしたい
2019年10月22日:産経新聞

 天皇陛下が、即位を国内外に宣明される「即位の礼」の中心儀式である「即位礼正殿の儀」の日を迎えた。
 202年ぶりの譲位により、陛下は第126代の天皇の位に即(つ)かれ、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという、極めて重い立場から、お務めを果たされることになった。
 心からのお祝いと感謝を、改めて申し上げたい。
 天皇陛下は5月の「即位後朝見の儀」のお言葉で、国民と苦楽を共にされる覚悟を示された。陛下の国民に寄り添うご決意を支え、より良い「令和日本」を築いていきたい。

 ≪伝統と文化示す機会だ≫

 即位の礼は、長い歴史を持つ日本と皇室の伝統や文化を反映したものとなっている。
 天皇陛下はまず皇居の宮中三殿で、皇祖である天照大御神や、皇室の歴代の祖先、神々に即位の礼を執り行うことを奉告(ほうこく)される。
 即位礼正殿の儀は、皇居の宮殿で行われる。天皇陛下が玉座(ぎょくざ)である「高御座(たかみくら)」に昇られた後、皇位を表す神器である剣と璽(じ)(勾玉(まがたま))などが案(机)の上に置かれる。次いで皇后陛下が「御帳台(みちょうだい)」に昇られる。
 天皇陛下が、即位のお言葉を述べられ、安倍晋三首相が「寿詞(よごと)」という祝辞を述べる。首相が万歳を三唱し、参列者が唱和する。
 総勢約2千人の参列となる。国内からは成年皇族や首相ら「三権の長」、各界の代表ら約1600人、海外からは英国のチャールズ皇太子ほか各国王族をはじめ、180を超える国や機関の元首、閣僚ら約400人が出席する。
 台風15、19号が国民に多大な被害をもたらしたことに鑑(かんが)み、両陛下がオープンカーに乗られるパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」は11月10日へ延期となった。遠路足を運んでくれた海外からの賓客を招く22日夜の「饗宴(きょうえん)の儀」は開催される。それぞれ妥当な判断といえる。
 平成の御代(みよ)替わりをおおむね踏襲した今回の即位の礼に対して、一部から、現憲法に反するとの指摘が出ている。もっと素直にお祝いできないものか。
 即位礼正殿の儀で、三種の神器のうち剣と璽が置かれることなどは憲法の政教分離原則に反し、高御座の陛下に首相らが万歳を唱えるのは憲法の国民主権に触れるのだという。いずれも誤った憲法解釈に基づく謬見(びゅうけん)である。
 天皇にとって、祈り、宮中の祭祀(さいし)は本質的、伝統的役割である。歴代天皇は「国安かれ、民安かれ」と祈ってこられた。儀式から神道の色彩を消せば、天皇が天皇でなくなってしまう。

 ≪国柄に沿う憲法解釈を≫

 政教分離の原則は、宗教戦争に明け暮れた欧州の悲惨な歴史を踏まえ、政治権力と宗教の分離を求めるものだ。権威を帯びても権力を振るわず、宗教団体を持たれない天皇の祭祀、儀式に杓子(しゃくし)定規に当てはめては、天皇を戴(いただ)く憲法の精神に反する。
 日本の国柄の特徴は、代々の天皇と国民が共に歩み、長い歴史を紡いできた点にある。
 これを反映して憲法第1章は天皇の章となっている。天皇は、「象徴」という極めて重い位置付けの立憲君主といえる。
 「万歳」によって君主の即位をお祝いし、長寿を祈るのは北東アジアにおける常識的な儀礼であり、国民主権と矛盾すると考えるのは憲法を曲解している。
 これからも11月の大嘗祭(だいじょうさい)、来年4月の秋篠宮殿下の「立皇嗣の礼」など重要行事が続く。つつがなく挙行できるよう準備してもらいたい。
 令和の日本と皇室には大きな課題が残っている。それは皇位の安定的な継承策を講ずることだ。初代の神武天皇から第126代の今上陛下まで一度の例外もなく貫かれてきた男系継承の大原則に沿う必要がある。
 この大原則に基づく現在の皇位継承順位を政治が変更することはあってはならない。「女系天皇」への道を選ぶことは今の皇統の断絶、王朝の変更に等しく、大混乱を招いてしまう。自民党有志の議連「日本の尊厳と国益を護(まも)る会」が、旧宮家男子の皇族復帰案をまとめたことは評価できる。
 政府はこれから安定的な皇位継承策の検討を本格化させるが、皇位継承の歴史、原則がどのようなものだったかを国民に対し、丁寧に説明してもらいたい。


きょう即位の礼、
三権の長や海外王族ら参列 恩赦も実施
2019年10月22日:朝日新聞

天皇陛下が即位を国内外に宣言する「即位礼正殿(せいでん)の儀」が22日午後1時から、皇居・宮殿で執り行われる。憲法の定める国事行為。国内外から約2千人の賓客が参列する予定だ。同日は今年に限って祝日となる。
 儀式では、天皇のみが着る束帯「黄櫨(こうろ)染(ぜんの)御袍(ごほう)」を身にまとった天皇陛下が、宮殿の正殿・松の間に設置された舞台「高御座(たかみくら)」で即位を宣言する。高御座は高さ約6・5メートル、重さ約8トンで、屋根に飾り金具の鳳凰(ほうおう)が装備され、八つの柱がそれを支える。
 皇位のしるしとされる「三種の神器」のうち剣とまが玉も、日本国の印「国璽(こくじ)」と天皇の印「御璽(ぎょじ)」と共に侍従によって運び込まれる。
 皇后雅子さまは、高御座の隣に設置された「御帳台(みちょうだい)」に上がる。左右の側頭部のびんを大きく膨らませた「大垂髪(おすべらかし)」と呼ばれる独特な髪形で、十二単(ひとえ)を着用する。
 儀式には、内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長官の「三権の長」のほか、平成の即位の礼にも参加したブルネイのボルキア国王ら海外からの賓客も多く参列する。宮殿内には、儀式の様子が参列者からよく見えるように、30台のモニターが設置された。
 「三権の長」が天皇を仰ぎ見る形で万歳三唱することなどから、憲法が定める国民主権、政教分離の原則に反するという指摘もある。
 夜には、主に海外の王族や大統領らをもてなす祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」が開かれる。22日に雨が降った場合は、儀式の演出が変わる可能性がある。同日に予定されていた、広く国民に即位を披露するパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」は、台風19号による被害が広範囲にわたっており、被災者への配慮などから11月10日に延期された。
 皇居の中では準備作業も大詰めを迎えている。宮内庁職員らも古代装束姿で儀式に参加するため、何度もリハーサルが重ねられた。宮殿前に広がる中庭には、儀式の荘厳な雰囲気を演出するため、ほこやのぼりを掲げるさおなどの装飾が配置されている。
 警察は最大時約2万6千人態勢で警備をする。台風19号の被害が大きく、両陛下のパレードも延期されたため、被災県から警視庁への特別派遣部隊を大幅に減らした。態勢は当初の予定より小さく、1990年の即位礼正殿の儀と比べると約1万1千人の減少となった。
 警備を特に強化するのは各国の要人の多くが帰国する24日まで。警視庁と皇宮警察、成田空港の警備を担う千葉県警の計約2万300人に、全国警察からの特別派遣部隊約5500人を加え、要人の警護や空港などでの警戒にあたる。警視庁では22日、「最高警備本部」を設置し、検問や不審物の検索を強化し、首都高や一般道で大規模な交通規制を実施する。
 警察庁は「国民に大きな負担をかけるが、協力をお願いしたい」としている。
 政府は22日、「即位礼正殿の儀」に合わせて政令と基準を公布し、約55万人に恩赦を実施する。罰金刑を受け、一定の条件を満たす人が医師などの資格を取り直せるようになる「復権」が大半。公職選挙法違反者の公民権回復も約430人含まれるが、直近の衆参両院選挙と統一地方選の違反者は対象外としている。
 犯罪被害者遺族の心情に配慮し、対象人数を1990年の上皇さまの天皇即位時の恩赦から約1/4に絞った。


「こんな時だから陛下の姿に心が安らいだ」
台風19号被災者 即位礼で
2019年10月22日:毎日新聞

避難所に設置されたテレビで即位礼正殿の儀の様子を視聴する被災者たち
=福島県本宮市の市立本宮小学校で2019年10月22日午後1時1分、南茂芽育撮影

 即位の礼を祝い、百貨店の「そごう・西武」は22日朝、全15店舗で「令和」の焼き印が入ったどら焼き計1万個を配布。天皇、皇后両陛下の住まいの赤坂御所(東京都港区)に駆け付けた人や、台風19号の被災者も祝福の声を上げた。

令和どら焼き配布

即位礼正殿の儀を記念して配られたどら焼きを受け取る来店客=東京都豊島区で2019年10月22日午前10時42分、津村豊和撮影

 東京・池袋の西武池袋本店のどら焼き配布会場に、家族4人で訪れた埼玉県戸田市の会社員、徳永葉子さん(37)は小学生のころ、皇居近くで両陛下の結婚パレードを見たといい、「とても仲が良さそうだった。日本の新しい象徴として無理せず頑張ってほしい」と気遣った。家族と日本を旅行中のフランス人女子大生、アナエル・デジョブさん(19)はどら焼きを手に「この日に立ち会えて運がいい。東京が喜びに包まれているみたい」と笑顔で語った。
 赤坂御所の正門前には、儀式を終えて戻られる両陛下をひと目見ようと、多くの人が集まった。天皇陛下が午後3時10分ごろ、皇后陛下が同40分ごろに通過すると、沿道から「天皇陛下万歳」「皇后さま!」などと声が飛んだ。
 新宿区の主婦、山本秀子さんは「テレビで儀式を見たが、伝統の大切さを感じた。これからも災害時は、両陛下から国民に声をかけていただきたい」と期待した。また、横浜市青葉区の橋爪清さん(75)は「記念すべき日にお姿を拝見できて良かった。パレードもぜひ見たい」と喜んだ。
 台風19号で自宅が浸水した福島県本宮市の渡辺信夫さん、和子さん夫妻(ともに78歳)は同市内の避難所にあるテレビの前で儀式に見入った。十二単(ひとえ)の女性皇族の姿に、和子さんは思わず「絵巻物の世界みたい」とため息を漏らし、信夫さんもしみじみとした表情で「日本はやっぱり歴史のある国だな」と語った。自宅は1階が浸水し、現在は家具の掃除をしながら過ごしているという。「こんな時だからこそ、陛下の姿に心が安らいだ。被災地にまた来てくれたらうれしい」と願った。【金子淳、南茂芽育】


私たちはなぜ、皇位継承を祝福するの?
社会学者に聞く「世襲」のメカニズム
「逆転できない社会」の中で、人々は“不平等”を諦めている。
2019年10月22日:ハフィントンポスト





















天皇陛下が即位を国内外に広く披露するための「即位の礼」。その中心となる儀式「即位礼正殿の儀」が10月22日に執り行われました。
皇位継承に代表されるようなさまざまな「世襲」を、私たちは当たり前に受け入れています。
一方で、自由と平等をタテマエとする現代社会で、地位や権力の世襲がやっかみの元になるのも事実。古くさくも、不公平な慣習にもみえます。
そこで、現代の世襲が社会の中でどのように機能し、なぜ時には肯定的な態度で受け入れられるのか? 明治学院大学社会学部教授の石原俊先生に世襲のメカニズムを聞きました。

前近代の世襲と現代の世襲

-歴史的には、なぜ世襲が行われてきたのでしょうか?

前近代は、厳しい身分制度によって、地位や権力が子孫に受け継がれてきました。日本でも前近代の武士(士分)や貴族(公家)、近代に入っても戦前の華族や現在の皇族は、身分を世襲するのが当たり前です。
一部の例外を除けば、世襲のシステムに疑問をいだく人は、ほとんどいなかったと考えられます。身分制度を当たり前に受け入れていましたし、権力と結びついた宗教の力も大きかったでしょう。

-前近代と現代では、世襲のメカニズムも違うということでしょうか?


私たちの社会で主に機能しているのは、近代以降に新たに構築された世襲です。「地盤」を引き継ぐことで、実質的な世襲が行われる政治家は、その典型と考えて良いでしょう。
直近10人の総理大臣のうち、安倍首相をはじめ7人は父親が国会議員をつとめています。大臣でなくても、国会議員の世襲はたびたび議論になる問題です。
しかし、彼らは前近代の身分制度に則って、政治家になったわけではありません。民主的な選挙制度の中で議席が世襲されています。

現代の世襲とは?

私は、現代社会学の大家であるピエール・ブルデュにならって、現代の世襲は「経済資本、文化資本、社会関係資本の継承」ととらえられると考えています。

▼経済資本とは

「経済資本」は親から子に受け継がれる財産です。金銭的な余裕があれば、子どもは充実した教育を受けられ、競争を有利に勝ち抜くことができます。政治家、経営者、場合によっては医師や学者など、親が継がせたい地位や職業のための訓練や資質を、ある程度お金の力で身につけられるのです。

▼文化資本とは


「文化資本」は、言葉遣いや振る舞い方、知識や学歴などをいいます。学校教育で得られるものもありますが、多くは正規の教育の外側で身につけられます。
「親の背中を見て育つ」
という言葉があります。政治家の家に生まれた子は、親や周囲の人と暮らすことで、政治家とはどんな職業かを理解します。もちろん、企業の経営者にも同じことが言えるでしょう。
後継者としてのマインドが芽生え、「○○にふさわしい」とされる考え方や物の言い方、立ち居振る舞いを自然と身につけていきます。

▼社会関係資本とは

「文化資本」は、言葉遣いや振る舞い方、知識や学歴などをいいます。学校教育で得られるものもありますが、多くは正規の教育の外側で身につけられます。
「親の背中を見て育つ」
という言葉があります。政治家の家に生まれた子は、親や周囲の人と暮らすことで、政治家とはどんな職業かを理解します。もちろん、企業の経営者にも同じことが言えるでしょう。
後継者としてのマインドが芽生え、「○○にふさわしい」とされる考え方や物の言い方、立ち居振る舞いを自然と身につけていきます。

▼社会関係資本とは

「文化資本」は、言葉遣いや振る舞い方、知識や学歴などをいいます。学校教育で得られるものもありますが、多くは正規の教育の外側で身につけられます。
「親の背中を見て育つ」
という言葉があります。政治家の家に生まれた子は、親や周囲の人と暮らすことで、政治家とはどんな職業かを理解します。もちろん、企業の経営者にも同じことが言えるでしょう。
後継者としてのマインドが芽生え、「○○にふさわしい」とされる考え方や物の言い方、立ち居振る舞いを自然と身につけていきます。

▼社会関係資本とは

「社会関係資本」は、人との信頼関係や結びつき、ひとことでいえば「人脈」を現す概念です。親である政治家や経営者が「優れた」人物だとされるほど、彼と関係の深いスタッフや支援者が後継者も積極的に支えるでしょう。ドラマや小説にはしばしばこんな台詞が登場します。
世襲の後継者はスタートの時点で、単なる経済力以上のアドバンテージを持っていることになります。量的にも質的にも、通常はありえないリソースがつぎ込まれ、地位にふさわしい「ウツワ」を身につけていくのです。

逆転できない社会

-世襲は現代社会でも大きな役割を果たしているのですね。一方で、世襲できる境遇にない人には、厳しい現実です。

福沢諭吉は「学問のすすめ」に「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と記しました。万民が同じスタートラインに立ち、学問を修めた者がより高い地位や権力を手にする、と説きます。
「皆が同じルールで競争し、頑張った者が報われる」という啓蒙思想は、近代啓蒙主義の根幹となる理念で、社会学では「メリトクラシー」と呼ばれます。
しかし前述のとおり、私たちの社会では、競争に勝つ能力を身につける手前のスタートラインで、著しい不平等があります。近代啓蒙主義の理念はタテマエに過ぎません。

-福沢のいう「天は人の上に人を造らず」が実現された社会は、過去にあったのでしょうか?

歴史をみても本当の意味で平等な社会がつくられたことはない、と言って良いでしょう。
ただ、日本にも、敗戦後の一時期、それなりに近代の理念に近い社会を作るチャンスはありました。財閥、地主制、イエ制度、華族制度が法律の上では解体され、女性が参政権を獲得し、戦前の反省もあって社会は大きく平準化へ向かいました。
近代以後の日本で、社会がもっとも平準化したのは、1950〜60年代と言われています(学説によっては、戦時期の1940年代から平準化が始まったという見解もあります)。文化資本と社会関係資本が、戦前期や今ほどには、アドバンテージを生まなかった時代です。この時代、経済力のない家に生まれても、難関大学を出て高級官僚や医師になるような人が、少なからず出ました。

しかし、1970〜80年代になると、大学の授業料の高騰や受験戦争の過熱もあって、経済力のある親は子どもを塾へ通わせたり、家庭教師をつけるようになります。高度成長期も終わりごろになると、ふたたび「逆転できない社会」へ変わっていきました。
経済的に成功した人に経済資本、文化資本、社会関係資本が集中し、格差が広がっていきます。そんなプロセスの中で、21世紀に入ると、タテマエとしての平等さえも信じない人々が増えていったことが、各種調査でも明らかになっています。
2000年代には「勝ち組」「負け組」というキーワードが流行しました。格差が拡大し、逆転できない社会の現実を、日本の何割かの人々が受け入れてしまった証左でしょう。

不平等を諦めている

-格差が広がれば、世襲に対する不満が大きくなるのが自然ではないでしょうか。今も多くの世襲が行われているのはなぜですか?

私的な営利企業と公的な地位を分けて考える必要はありますが、政治家の世襲傾向が強くなっているのは、有権者の「逆転できないことへの諦め」の産物でもあると、私は考えています。
象徴的な出来事が、先日行われた歴史的な世襲「皇位継承」です。究極の文化資本と社会関係資本を持つ、というより前近代的な身分制度に立脚する天皇家の世襲を、人々は大いに祝福しました。現在の政治や経済の状況に不満を強くもっている人々も、例外ではありませんでした。政治・経済を超えた存在であるはずの天皇家に、現実的な政治・経済の機能不全を埋めてもらいたい、と人々は願ってさえいるのではないでしょうか。
この大きな矛盾の中に、政治・経済システムの公正さに対する「諦め」を感じざるを得ないのです。
編集部まとめ

世襲が行き過ぎると、資本を持たない人が逆転不可能な状態となり、社会的な流動性が失われます。結果として、さまざまなところで人々の活力が低下するリスクがあります。
一方で文化資本、社会関係資本の継承により人材が育つことは、社会全体のメリットでもあります。小さいときから育まれる「ウツワ」は何者にも代え難く、世襲をまったく否定すれば、それはそれで窮屈な社会になるでしょう。

「フランス人権宣言で高らかにうたわれた自由・平等という近代の根源的な理念を基準にするなら、多くの人が格差を当然のものとして受け入れてしまった社会が、成熟に向かっているとは言えません」と石原先生はいいます。今、私たちの価値観を見直し、タテマエではない理念を構築するときなのかもしれません。そのための視点として、さまざまな「世襲」は良い切り口になります。

*この記事は2019年8月23日HISTORIST掲載記事


とばり開き陛下が…
平成と違う正殿の儀「神秘化」懸念も
2918年10月22日:朝日新聞

 22日に行われた「即位礼正殿(せいでん)の儀」は、参列者への配慮が一部加わったものの、平成の前例をほぼ踏襲した。政教分離など憲法上の疑義は将来の課題として残る。一方、同日夜に始まった祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」では、皇族方の負担を減らすため、前例が見直された。
 午後1時過ぎ、皇居・宮殿の正殿・松の間。天皇陛下が即位を宣言する「おことば」を述べると、安倍晋三首相が「寿詞(よごと)」を返した。首相が「ご即位を祝し、天皇陛下万歳」と発声し、衆参両院議長らが唱和すると、陸上自衛隊による祝砲21発が鳴り響いた。
 この間、陛下は玉座の「高御座(たかみくら)」に立ち、主権者の国民を代表する首相らは約1・3メートル低い松の間の床から陛下を仰ぎ見た。
 儀式は、憲法の定める天皇の国事行為として行われた。ところが高御座やその中に安置された剣と璽(じ)(まが玉)は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受け、孫のニニギノミコトが日向国(ひゅうがのくに)に降り立ったという「天孫降臨」神話に根ざすとされる。政府は現行憲法下で初の代替わりとなった平成の前回、高御座を「皇位と密接に結びついた古式ゆかしい調度品」と位置づけるなどして、政教分離に反しないと整理した。
 当時の海部俊樹首相も憲法との整合性にこだわった。宮内庁は1928年の昭和天皇の時の例にならい、皇族と同じ束帯を着て中庭(ちゅうてい)で控えるよう求めたが、海部氏は拒んだ。海部氏は「各国の大統領らが臨席する中、日本が戦前と違う国民主権の民主主義国家であることを示そうと努力した」と回顧している。

政教分離になお疑義

 違憲の疑いは残った。代替わり儀式への国費支出差し止めなどを求めた訴訟の95年の大阪高裁判決は、原告の請求を却下・棄却としつつも「政教分離規定に違反するのではないかとの疑いを一概に否定できない」と指摘。「国民を主権者とする現憲法の趣旨にふさわしくないと思われる点が存在する」とも言及した。
 しかし、今回の代替わりにあたり政府は見直しを検討せず、「現行憲法下において十分な検討が行われた上で挙行された」と2018年4月に前例踏襲を決定。正殿の儀への県知事らの参列は政教分離に反しない、などと判示した三つの最高裁判決を根拠にした。政府関係者は「前例を見直せば、前回の儀式に憲法上の問題があったことになってしまう」と漏らした。
 政府に儀式の見直しを申し入れていた共産党は「憲法に則した形ではない」として欠席した。高見勝利・上智大名誉教授(憲法学)は「戦後の新憲法下で、儀式の細目を定める政令などは制定されなかった。法的な空白が生まれ、あいまいな政府解釈で戦前までの儀式の骨格が引き継がれた。主権者が国民ではなく天皇であるかのような儀式のあり方だ」と話した。(二階堂友紀)

平成時との違いは?

 今回の一連の即位関連の儀式は、平成時と比べて一部が簡素化されるなど、見直された面がある。時代の情勢や皇后雅子さまが病気療養中であることなどが考慮された。
 大きく変わったのは、国内外の賓客をもてなす祝宴「饗宴の儀」の規模だ。平成の時は、国内外から約3400人を招待し、7回開いたが、今回は4回に縮小された。うち2回を立食形式に変更。皇居・宮殿大広間の「豊明殿」と「春秋の間」を同時に使い、大勢の賓客をもてなせるようにした。
 「即位礼正殿の儀」では、平成の時に設置されていた宮殿中庭の参列者用の仮設席を無くした。荒天時を考慮した措置で、その代わり、計30台のモニターを設置して、儀式が参列者から見えやすいようにした。
 今回は、高齢の皇族方の負担を減らすため、装束ではなく、洋装での出席も可とした。常陸宮さま(83)は今回、車椅子に乗り、燕尾(えんび)服姿で臨んだ。
 招待者数を減らす案もあったが、国交を結ぶ国が平成の時より約30カ国増えたことや、副大臣ポストの新設、歴代の文化勲章受章者の総数が増えたことから、断念した。ただ、必要な範囲以外は配偶者同伴にしないといった工夫をして、前回と同規模に抑えた。
 結果、即位に関連する一連の儀式などの費用は、予算案で比較すると、人件費などの高騰で、36億9千万円増の約160億円かかる見通しだ。
 一方、「伝統」が復古した側面もある。正殿の儀では平成の時、両陛下は宮殿中庭に面した廊下を通って、儀式が行われる正殿・松の間に入った。今回は、天皇陛下が即位を宣言する舞台「高御座」と皇后さまが立つ「御帳台(みちょうだい)」のとばりが開くまで、両陛下の姿が参列者の目に触れないように変更された。宮内庁は、朝廷の儀式次第をまとめた9世紀の貞観(じょうがん)儀式に、天皇の姿が高御座上で初めて現れるとの記載があるといい「伝統に沿った形になった」と説明する。
 中島三千男・神奈川大名誉教授(日本近現代思想史)は「秘せられた神仏が姿を現す『ご開帳』のような形になっている。天皇の神秘化、権威化をもたらしかねない」とみる。「高御座は、天照大神から神勅(しんちょく)や三種の神器を授けられた神座を模してつくられた。一連の儀式は『日本は神がつくった国で、天皇は神である』という戦前の考え方を踏襲している。戦後は国民主権の国となり、天皇は象徴となったのだから、儀式のあり方も根本的に変えるべきだ」と話している。(長谷文、北野隆一)

令和・即位の礼
神々しさ演出 幕開き初めてお姿
 即位礼 国民主権兼ね合い議論足りず
2019年10月22日:毎日新聞


 皇居・宮殿で22日に行われた「即位礼正殿(せいでん)の儀」は、憲政史上初となる退位に伴って皇位を継承した天皇陛下の即位儀式のハイライトとなった。儀式の一部で伝統色を盛り込もうとする変更点もあったが、時間的余裕がある中で儀式のあり方を巡る議論は深まらず、平成の即位礼を踏襲した。

昭和以前まで採用の「宸儀初見」採用

 正殿の儀が行われた宮殿「松の間」。午後1時過ぎ、装束姿の宮内庁楽部職員による「鉦(しょう)」(かね)の合図で参列者が起立すると、「高御座(たかみくら)」と「御帳台(みちょうだい)」の幕が侍従と女官の手で開けられ、装束姿の天皇陛下と皇后雅子さまが姿を現した。

「即位礼正殿の儀」で即位を宣言される天皇陛下
=皇居・宮殿「松の間」で2019年10月22日午後1時17分(内閣府提供)

 平成の即位礼(1990年11月)から変更されたのが、参列者への両陛下の姿の見せ方だった。両陛下は、参列者からは見えない出入り口から松の間に入り、後方から高御座と御帳台に登壇した。宮内庁によると、幕が開いて初めて天皇の姿(宸儀(しんぎ))が現れる「宸儀初見(しょけん)」と呼ばれる手法で、平安前期の儀式書に記され、京都御所で儀式が行われていた昭和以前まで採用されていた。
 儀式の進め方は、内閣に設けられた「式典委員会」で話し合われた。宸儀初見の復活を提案したのは宮内庁だった。同庁の山本信一郎長官は「伝統に則した形に戻した」と話す。神々しさを演出する意図があったとみられる。
 平成の際は、松の間正面の中庭に仮設席が設けられ、参列者らが近くで見えるように配慮をしていた。上皇ご夫妻は外側に面した廊下を通って入室した。今回は悪天候の可能性を考慮して野外の席は設けず、招待者らは中庭を挟んだ別の部屋で儀式を見守ることになった。
 遠くなった場所からでも儀式の様子を見ることを可能にしたのが、約30年の間に進んだ映像技術だった。参列者の部屋には42~200インチのモニターが30台設置された。参列者に鮮明な画像を通じて儀式の一部始終を見届けてもらう仕掛けだった。

男性皇族減少印象づけた皇族立ち位置

儀式で松の間に並ぶ成年皇族の立つ位置も変化した。平成時は高御座側に当時皇太子だった陛下ら男性6人、御帳台側に秋篠宮妃紀子さまら女性7人がそれぞれ整列。しかし、現在の男性成年皇族は秋篠宮さまと常陸宮さまの2人だけだ。「男女別にするとバランスが悪くなる」(宮内庁幹部)と、秋篠宮ご一家4人と、秋篠宮家以外の7人に分かれて並んだが、男性皇族の減少を改めて印象づけた。
 平成の即位礼が昭和天皇の服喪期間を挟んで即位から約1年10カ月後に行われたのに対し、今回は202年ぶりの退位によって半年足らずで儀式を迎えた。儀式の日程は2018年3月に決まっており、宮内庁は代替わり前から準備を進めることができた。
 早期に即位礼が行われたことで、上皇さまと陛下の併存による二重権威への懸念を払拭(ふっしょく)する効果もあったとの指摘もある。関係者は「新時代の天皇の存在を印象づけられたのではないか」と話す。

「国民主権にふさわしい儀式模索すべきだった

「即位礼正殿の儀」で天皇陛下の即位を祝し、万歳三唱する参列者ら
=皇居・宮殿「松の間」で2019年10月22日午後1時24分(代表撮影)

ただ、伝統を重視した儀式の進め方には異論もある。即位礼は明治以降もさまざまな変遷があるためだ。小田部雄次・静岡福祉大名誉教授(近現代皇室史)は「伝統を重んじることを否定はしないが、姿の見せ方だけでなく、国民主権の時代にふさわしい儀式のあり方を模索する努力をすべきだった」と指摘する。
 一方、即位関連費用は前回の約3割増の約160億円(18、19年度予算)に上った。宮内庁によると、仮設の参列者席の見送りのほか、祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」の回数を7回から4回に減らすなどして経費節減を図ったが、消費税率引き上げや人件費・材料費上昇などが影響したという。【和田武士】

憲法の政教分離巡り疑義

 天皇陛下が即位を宣言された即位礼正殿の儀は、「天皇陛下万歳」との安倍晋三首相のかけ声に合わせて、参列者が万歳三唱をして締めくくった。宮殿・松の間の床から万歳を発声する首相が、天孫降臨の神話に由来する「高御座」の上に立つ陛下を仰ぎ見る形で、前回の平成の代替わりを踏襲した。陛下に従う侍従が、「三種の神器」と呼ばれる剣と璽(じ)(まがたま)を高御座まで運んだのも、前回同様だった。
 しかし、高御座、剣璽の使用や首相の立ち位置を巡っては、「政教分離や国民主権にそぐわない」と憲法学者が前回から指摘している。天皇の地位が神話に基づくと受け取られれば、「国民の総意に基づく」と定める憲法1条や、政教分離を定めた20条との整合性を問われるからだ。横田耕一・九州大名誉教授は「憲法の趣旨に沿うか整理し直すべきだ。単なる前例踏襲では問題がある」と話す。

即位礼正殿の儀を終え、退出される皇后さま
=皇居・宮殿で2019年10月22日午後1時35分、小川昌宏撮影

議論なき「前例踏襲」

平成の代替わりで、官邸の事務方トップだった石原信雄元官房副長官は昨年4月、毎日新聞のインタビューで「昭和天皇逝去が出発点で、戦前の制度を全部見直す余裕はなかった」とし、「基本的には戦前の様式を踏襲し、新憲法の趣旨に沿わないものは変える考え方だった」と語った。これに対し、今回は憲政史上初の退位による代替わりで、儀式のあり方を議論する時間的余裕があった。
 それにもかかわらず、政府は即位礼の詳細を定める式典委員会(委員長・首相)が始まる半年前の昨年4月、「基本的な考え方や内容は踏襲されるべきだ」との基本方針を閣議決定した。早々に前例踏襲の枠をはめ、憲法議論に波及しかねない儀式の変更に踏み込まなかった。根拠としたのは、前回の即位礼正殿の儀や大嘗祭(だいじょうさい)への知事らの公費出席の違憲性を問う住民訴訟が、全て最高裁判決で退けられたことだった。

政府「宗教上の儀式としての性格を有するものではない」

 今年6月に概要を正式決定した際、内閣法制局の横畠裕介長官(当時)は即位礼正殿の儀は「宗教上の儀式としての性格を有するものではない」、高御座は「皇位と結びついた古式ゆかしい調度品」とし、憲法上の問題はないとの認識を示した。剣と璽も政府は、神器ではなく「皇位とともに伝わる由緒物」と位置付け、国事行為で使用しても問題ないとの見解だ。今回の儀式でも、憲法で定められた国事行為で天皇が使う御璽(ぎょじ)(天皇の印)と国璽(こくじ)(国の印)を、剣璽と一緒に高御座に置くことで、宗教色を薄めた。現憲法下で即位の儀式は2回目となり、課題を残したまま今後も「平成流」が定着しそうだ。【野口武則】

皇室の歴史に詳しい所功・京都産業大学名誉教授


「即位礼正殿の儀」で即位を宣言された天皇陛下。左は万歳三唱する安倍晋三首相
=皇居・宮殿「松の間」で2019年10月22日午後1時24分(内閣府提供)

「時代に合った新たな儀式の細則を」

 皇族の減少に伴い、儀式中の皇族の立ち位置を柔軟に変えた点は一つの工夫だった。ただ皇位継承を踏まえるなら、大正天皇の即位礼に14歳で出席した昭和天皇のように、未成年の愛子さまや秋篠宮家の長男悠仁さまの参列も検討すべきだった。時代に合った即位礼のあり方を議論する時期に来ていると思う。平成と今回の即位礼は、戦後に廃止された即位儀式の細則「登極令」(1909年公布)を参考にして行われている。100年以上前に作られたものではなく、時代に合った新たな儀式の細則を作るべきだ。

コラムニストの辛酸なめ子さん
万歳の礼砲「戦争」イメージで違和感

 天皇陛下は仏のような優しい表情で天皇になるべくしてなった風格が漂っていた。荒天だった儀式中に晴れ間が差したのもパワーだと感じた。皇后雅子さまは緊張されていたが、最後にほっとされる様子が見えた。自信にして以前のように生き生きとされてほしい。高御座(たかみくら)が開くと陛下がお姿を現すスタイルは「スターの誕生」のようでサプライズ感もあり、海外の要人も喜んだと思う。ただ万歳の際の礼砲は「戦争」のイメージがよぎり、少し違和感を感じた。

「banzaiの意味は…」
即位の儀式、海外の反応は?
2019年10月22日:朝日新聞

 海外メディアが「即位礼正殿の儀」を中継するなど、儀式は海外でも関心をもたれた。
 皇室と深い親交を結ぶ英王室からはチャールズ皇太子が参列。BBCニュースは「徳仁 日本の天皇が古風な儀式で即位を宣言」と、この日朝の電子版トップニュースで報道。「5月1日(の即位)を見た世界の人々は『もう済んだのではなかったか』と思っているだろうが、日本にとっては今日が大きな行事だ」と説明する米大学教授のコメントを紹介し、儀式が持つ重要性を強調した。
 仏紙フィガロ(電子版)は自社サイトで式典の動画を載せて詳報。安倍晋三首相が天皇陛下に万歳三唱したシーンを取り上げ、「banzaiは文字通りには1万年を意味し、天皇が末永く生きるよう願うものだ」などと解説を加えた。
 一方、中国では複数の動画サイトが中継するなど、関心の高さをうかがわせた。新華社通信も儀式開始直後に速報し、「父の歩みに沿って象徴になる天皇が『国民の幸せと世界の平和を常に願う』と述べた」などと伝えた。ネット上でも「中日友好のために祝福したい」「伝統的な服装が素晴らしい」と肯定的な意見が目立った。
 韓国の主要メディアは、天皇陛下がおことばで「世界平和」と「憲法順守」を言明したと肯定的に報道。「憲法を改正し、日本を『戦争ができる普通の国家』に変えようとする安倍晋三首相と克明に対比されるメッセージだ」(中央日報)との見方で報じた。
 韓国では、植民地支配の歴史を背景に昭和天皇には批判的な意見が多かったが、平成に入ってからは天皇は平和を尊び憲法を守る存在との見方が定着している。特に、安倍政権下で日韓関係が悪化してからは、天皇が政治的権限を持たないことを前提にしつつも「歯止め」としての役割を期待する意見が多くなっている。


令和・即位の礼
皇位安定継承議論再開へ
 女性・女系天皇に踏み込まず
 悠仁さま継承維持
2019年10月22日:毎日新聞

「即位礼正殿の儀」で、即位を宣言される天皇陛下と皇后さま
=皇居・宮殿「松の間」で2019年10月22日午後1時17分(代表撮影)

 政府は天皇陛下の即位に関する一連の儀式が終わる今秋以降、安定的な皇位継承策の検討を再開する。ただし、自民党保守派が反対するため女性・女系天皇には踏み込まない方針だ。保守派を支持基盤とする安倍内閣は、皇族数減少への対策にとどめる可能性があり、有効な皇位継承策を打ち出せるかは不透明だ。【堀和彦】

 2017年6月に成立した退位特例法の付帯決議は、上皇さまの退位実現後に「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」を速やかに検討するよう政府に求めた。有識者会議は設置せず、政府が有識者へ個別に意見聴取する形式を想定する。
 皇室典範は、皇位継承資格者を「男系男子」に限る。現在の継承資格を持つ男性皇族は3人で、継承順位1位で陛下の弟の秋篠宮さま(53)より若い世代は、その長男の悠仁さま(13)しかいない。
 大きな論点は、皇位継承資格を女性皇族や父方の血筋が天皇とつながらない女系に広げるかだ。2005年には小泉純一郎内閣の有識者会議が、女性・女系天皇容認の報告書をまとめている。しかし保守派が「男系継承の伝統が崩れる」と反発。40年ぶりの男性皇族となる悠仁さまが06年9月に誕生したこともあり、同月発足した第1次安倍内閣は、女性・女系容認の検討を棚上げした。
 小泉内閣の報告書は、長子(第1子)優先を「適切」ともしており、女性・女系容認と併せ、実現すれば継承順位1位は陛下の長女愛子さま(17)に移る。その場合、「悠仁さまか愛子さまか」と国論を二分する状況になりかねない。首相官邸のある幹部が「悠仁さまが継承される将来に備え、選択肢の整理にとどめるべきだ」と指摘するなど女性・女系容認には慎重論が広がる。ただし、現状維持では、悠仁さまと将来の配偶者に、男子誕生の重圧が掛かる不安定な制度が続く。
 女性皇族が結婚後も皇室に残る「女性宮家」を巡っても、12年に野田佳彦内閣が一代限りで認める論点整理を行ったが、保守派が「子どもが生まれれば将来の女系天皇につながる」と反発。直後に政権復帰した第2次安倍内閣は、これにも手を付けなかった。
 一方、保守派は、戦後に皇籍を離れた旧宮家の血を引く男系男子孫の皇籍復帰を主張する。ただし、「70年も前に皇室を離れた人では、現代社会では受け入れがたい」(官邸幹部)と疑問の声も強い。
 安倍晋三首相は8日の参院本会議で「男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえながら、慎重かつ丁寧に検討を行う」と従来の答弁を繰り返した。政府は、まず悠仁さままで継承する現状を維持し、公務の負担軽減の観点から女性皇族が結婚後も公務を担う案を検討するとみられる。

コメント

非公開コメント