教育問題を生み出す社会の歪み

50年前の上野千鶴子氏の高校時代の作文を、いま読んでも、違和感がないのは、学校や教育の課題が同じように存在するからだ。
実際の「教育・学校・教員・教室」のダークサイドは50年前よりも暗黒度を増している。50年前、ボクは中学3年だった、当時は「受験競争」という言葉だけでなく「受験地獄」などという言葉もあったように思う。いまでは死語の部類の「学歴社会」などということも、まだ真に受ける人が多かった時代だ。
それでも、若者たちは、そういう社会風潮に反発し、異議申し立ても若者から行われる時代であった。
ボクは、高校受験では“受験勉強”を中学3年の春ぐらいからやったが、大学受験ではほとんど“受験勉強”はしなかった。それでも、どうにか進みたかった「地理学科」に進み、大学では、それなりに勉強した。
大学を卒業して、高校教員になったので、幼稚園・小・中・高・大、そして、高校教員となって、1960年から2016年まで56年間、学校という場に身を置いたということになる。
ボクは、定年で退職し、再雇用は希望しなかった。それは、これ以上教員をやると、最後に嫌な思いをすると思ったからだ。ボクは、魂も抜かれず、魂を売ることなく、幸せな教職人生を全うできたが、これからはそういうわけにはいかない、監視体制が強まっている。
校門の中では日本国憲法は運用されず、基本的人権は子供にも教員も蔑ろにされる。問題は学校・教育・教員にあるだけでなく、この社会そのものの不自由にあることを忘れてはならない。


「高校教育は学問ではない」
上野千鶴子が17歳の時に訴えたこと
 寄稿文を発見
2019年10月13日:週刊朝日

 今年4月の東京大学入学式で述べた祝辞が大きな話題を呼んだ上野千鶴子名誉教授。入試での女子差別問題などを訴えた上で、「純粋な知識欲」の在り方を語りかけた。そんな上野イズムの原点ともいえる53年前の寄稿を教育ジャーナリストの小林哲夫氏が発見した。貴重な文章を掲載する。

* * *

私は考えずにはいられない──現在の高校教育に思う

201H 上野千鶴子

 現在の高校の授業は、非常につまらない。これは、教師の教え方のうまい、へたに拘わらぬ。おもしろい授業も皆無という訳ではないが、そうしたものは極めて稀であるか、時に、はなはだしい幻滅を伴なってくる。現に息のつまるような緊急感で聞いた覚えがあるが、その時間の終わりに教師はこう言った─「まあ、これは入試には出ませんから、やらなくてもよいんですがね。興味のある人は、大学へ行ってからやんなさい。」現時点において、うまい教師─すなわち生徒の成績を上げさせる教師、というのは、生徒にいかに公式を一つでもよけい覚えさせるかというテクニックを心得ている教師に他ならない。高校教育は、今や自己の本質を見失なってしまっている。先生がやれと勧める所謂「勉強」の目的が、一般教養であるとか、人間形成であるとか言う、わかったようでわからぬ、お体裁の題目を、私は信じないけれども、高校生活において最も本来的であるべき授業の在り方がかほどに空虚であるならば、高校生活そのものが無意味である。授業、あるいは勉学を離れて、高校生活は存在し得ない。クラブ、生徒会活動も無論大切な意味を持ってはいるが、それは教育の本質から見れば、傍流であって決して主流ではない。授業という、高校生にとって最も本来的であるべきはずの時間を除外して高校生活を語る事は、茶番であり、まやかしだ。にもかかわらず、現実の高校の授業は非常につまらない。私をも含めて、大多数の高校生は、授業中の自己を、少なくとも本来的な在り方であると考えていない。六時間という─はっきり言おう─無為の時間を過した我等は、授業後のクラブ活動こそが己の青春の燃焼だと思い、友人とのダベリングのうちにのみ自身を取り戻す。これを誤まりであるとは言わないが、こうした教育の生み出すものは、人間の意識的生活活動を放棄した亡者ばかりだ。一流会社へ入りたい、そのためには一流大学へ入学しなければならぬ、受験地獄には義憤を感じるが、社会が改たまらぬ限り、一度は通らなければならない関門だ、じたばたしている暇があったら単語の一つも覚えよう─昨今のジャーナリズムはこんなふうに我々を切り捨てる。しかし私は思うのだ。そうした理由で自身を納得させ得るほど、我々は偽善者でも現実家でもない筈だ。受験勉強を、これも人生の試練の一つだと言って正当化する者すらいるが試練というには今の受験勉強─正確に「受験」のための勉強─は、あまりにくだらなすぎるのだ。だとすれば、受験勉強というおよそ意味のないシロモノに、受験生をして耐えさせているものは一体何なのか、それが私には奇妙に思える。
 目的意識の欠陥が問題なのだ。何故自分が勉強しているのか、何故高校へ入ってきたのか、何故大学へ行くのか、そんなふうなことが、ちっともわかっていないのだ。確固たる目的意識さえあれば、単語一つ、公式一つを覚える事が、何ものにもまして意味のあることになるのだ。学問の究極の目的が何であるか、それは私にはわからないけれども、貧しい経験と知識から学問はそれ自身として目的となり得るのではないかと、私は思っている。学問という、一つの理性的、体系的な世界へ眼を見開かせてほしいのである。我々の人間としての純粋な知識欲を刺激してほしいのである。合理的、理性的な思考方法を持つ人間を育成することが教育の目的であり、今教えられている前提条件であるというのなら、それはわかるのである。その前提条件を称して一般教養というのならそれもよかろう。そうでなくて、頭脳の末梢的な鍛練のような今の「勉強」に耐えれる訳はないのだ。初等教育の意義はそこに見出だされるべきではあろうが、高校教育までがその延長であってもらっては困る。合理的、体系的なものの見方とか、考え方というものを育てるためというなら高校教育の段階において、学問の奥行きの、せめて入口だけでものぞかせてはもらえまいか。それであれば、単語を覚えるという散文的な作業すら、精彩を帯びるのだ。今の高校教育は、しかし学問などといえたものではない。あるのは断片的な知識の切り売りと、無意味な叱咤激励ばかりである。中学校を通じて得てきた知識は、高校の段階においてかなり体系的に整理されてきてはいるが、そうした学問的なものへの興味も、中途で挫折し、行き詰まる。文部省のカリキュラムを消化するにのみ急で、生徒の興味とか関心とかは、そうした教育の中で埋没せざるをえない。そんな事をやっている「ヒマ」はないのである。自分が一体何を「教え」ているのか、先生方は御存知なのだろうか。一つの純粋に理性的な学問の世界というもの、事象の合理的体系的な見方というもの、それを先生方が知らない訳はないと思うのだ。知育が学校教育の場でなし得る最大の事である以上、そうした世界への興味を見失なっている事実は、高校教育にとって由々しきことだと思うのである。しかしながら、高校教育が現状を脱するのを阻んでいるものは、一体何であろうか。大学入試という一つの決定的な事実の前では、あらゆる良心的な努力は無効なのだろうか。学歴偏重という社会の悪弊が存続するからか。今日では大学すらも、産業予備軍の姿を呈している。問題は意外に根深いところにあるかもしれない。社会が教育に何を期待しているかということである。

 今日高校で行なわれていることは、我等を容れるにはチッポケすぎるのである。高校教育がこのまま自己を見失なって続けられていくならば、その為にあがなわれる代価の高価さを、私は思わない訳にはいかない。

※週刊朝日2019年9月20日号


福島原発事故
避難者いじめ実名で訴え
2019年10月14日:東京新聞・ニュースの追跡

 東京電力福島第一原発事故では多くの子どもたちが故郷を追われ、転校先でいじめを受けたケースが少なくない。東京都内で避難生活を続ける高校2年鴨下全生(マツキ)さん(17)もその一人。いじめや避難生活の実態などを知ってもらおうと、自身の体験を実名で訴えている。     (石井紀代美)

高2 鴨下さん 隠し事に葛藤

 「隠し事をして生きるのはもうやめると決めた」。「こちら特報部」の取材に応じた鴨下さんは、決意に満ちた表情で語り始めた。
 自宅は、同原発から南に約40㌔離れた福島県いわき市。事故翌日の2012年3月12日に被ばくを避けるため両親と弟の家族4人で住み慣れた町を離れ、都内のアパートで暮らすようになった。当時8歳、小学3年になる直前だった。
 転校してすぐ「福島から変なやつが来た」といじめられた。「あいつの触ったものに触ると手が腐る」とばい菌扱いされるのは日常茶飯事。図工の工作に悪口を書かれたり、太ももに鉛筆の先を刺されたりしたこともある。鴨下さんの母は「学校に行く時間になると、頭や腹が痛くなってうずくまっていた」と振り返る。
 他にもつらいことがあった。自宅は避難指示区域外のため「自主避難」の扱い。「自主避難は国が存在を認めていないので、大人も子どもも差別を受けやすい。原発事故を矮小化しようとしているのが分かった」
 いじめは卒業まで続き、中学は都外の私立に通った。「いじめられるのは避難者だからと」と考え、東京生まれの東京育ちを装い、福島なまりが出ないよう注意した。いじめからは解放された一方、別の問題に苦しむようになった。
 「福島」を隠すのは、自分の大部分を隠して生きること。楽しかった幼いころの思い出も、広い家が福島にあることも話せない。不安定で過酷な避難生活の実態も知ってほしい。「自分で決めたのに、それをつらいと思う自分が許せず、心が砕け散りそうになった」

ローマ法王との面会契機「理不尽な社会変えたい」

 高校に入学して半年余りたった昨年10月、避難者の支援団体のメンバーに打ち明けると、「ローマ法王に相談してはどうか」と提案された。このメンバーも鴨下さんもキリスト教徒。心の中の葛藤や原発事故の被災者を取り巻く理不尽さを手紙にしたためた。返事が来るとは思っていなかったところに翌月、信徒面会行事の招待状が届いた。
 今年3月、バチカンのサンピエトロ広場でローマ法王フランシスコと対面した鴨下さんは、英語でメッセージを読み上げた。「政府と東京電力は事故の責任を認めず、多くの福島の人が傷つき、分断されて、差別されています。どうか福島に来て、人々のために祈り、励ましてください」。法王は鴨下さんの肩に手を当て、深くうなずきながら耳を傾けたという。
 それまで鴨下さんは講演会などに招かれ、匿名で体験を話すことがあった。ただ、名前を出さず、社会にどれだけ訴求力があるのか疑問にも感じてきた。「福島を隠さず、強く生きていかなければと思っていた。一歩を踏み出すきっかけになった」
 法との対面をきっかけに実名で話すように変えるとメディアで取り上げられ、講演の依頼も増えた。鴨下さんは「自分の他にも、同じ悩みを抱える避難者はきっといる。いじめや原発など、理不尽なものを生み出す社会の仕組みを変えていきたい」と強調した。


クローズアップ
宮城・大川小訴訟確定
 命守る教育行政を 遺族、再発防止を注視
2019年10月12日:毎日新聞

上告棄却の報を受けた後も、我が子の捜索を続ける鈴木実穂さん
=宮城県石巻市の大川小被災校舎周辺で2019年10月11日、百武信幸撮影

 児童ら84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校の津波被災を巡る訴訟は最高裁で遺族らの勝訴が確定し、遺族らは11日、「子どもの命を守る学校を」との思いを新たにした。決定により組織を挙げた事前防災が教育現場に促されることになりそうで、各地で試行錯誤が続く。
 原告の遺族らは11日、5年7カ月に及んだ裁判が大きな区切りを迎えたことに安堵(あんど)の表情を浮かべ、亡き子の命が学校防災の中で生き続けることを願った。

最高裁の上告棄却決定を受け、記者会見で思いを語る大川小児童の遺族
=仙台市で2019年10月11日、和田大典撮影

 「いい結果が出たよ」。原告の鈴木実穂さん(51)は同日昼ごろ、別の原告の遺族からの電話で決定を知った。鈴木さんは6年生だった長男の堅登さんを亡くし、4年生だった長女の巴那さんが行方不明のまま。8年7カ月の月命日であるこの日も、娘の手がかりを求めて旧校舎周辺を捜索している途中でその報に触れ、ともに捜索する原告遺族と苦労を分かち合った。
 鈴木さんは「子どもたちのためにできる最後の仕事」と、事実と責任究明を願い、夫の義明さん(57)と訴訟に参加。裁判では3度、意見陳述に立ち、その度に我が子の無念と向き合った。仙台高裁での最後の陳述では、娘の思いを代弁する形で「もうすっかり骨だけになっちゃったけど、お父さんとお母さんの所に帰りたいな」と読み上げ、目の前の書記官の目には涙が光った。
 鈴木さんは義明さんに連絡し、「とりあえずお疲れ様」と短い言葉で裁判と捜索の日々をねぎらい合った。そして、被災校舎前の祭壇に手を合わせ、「お父さんお母さん頑張ったよ」と2人の子どもに報告した。記者が「子どもたちは決定をどう受け止めてくれていると思いますか」と尋ねると、「考えられない。苦しい、痛い思いをさせてしまって本当にごめんねとしか言えない」。その声に喜びはなかった。
 決定を知った全国の捜索協力者から、すぐにメールが舞い込んだ。「1人なら捜索もあきらめ、裁判もへこたれそうだったけれど、多くの人たちの協力でここまで来られた」と感謝を惜しまない。台風が迫り、嵐の前の静けさのような空を見ながら力を込めた。「災害は今日、明日にも起こるかもしれない。学校防災を徹底してもらわないと、子どもたちの命は守れない」


 ほかの遺族たちは同日、仙台市内で記者会見し、6年生だった長男大輔さんを亡くした原告団長の今野浩行さん(57)は「再発防止につながる」と述べつつ、「判決が子どもの命を守るわけではない。子どもの命を守るかじ取りをするのは教育行政や現場の仕事。不備を改善し、子どもの安全が守られる学校防災に取り組むことを期待する」と力を込めた。妻のひとみさん(49)は「子どもを亡くした思いは一生背負っていかなくてはいけない。裁判が終わっても心が穏やかになることはないが、学校が子どもの命を最優先にする場所になってほしい」と話した。
 原告代理人の吉岡和弘弁護士は「高裁判決は、現場の先生ではなく、指揮命令する教育委員会や校長らに高い注意義務を課したことが画期的で、最高裁が妥当と認定したことは大きな意味を持つ」と強調。斎藤雅弘弁護士は「学校に限らず、組織の防災のあり方について非常に重要な判断の枠組みが示された」と話した。【百武信幸】

事前防災の充実促す

 最高裁は、組織を挙げて精度の高い事前防災を模索するよう求めた2審・仙台高裁判決に改めるべき誤りはなかったと結論付けた。決定理由で詳細な判断は示さなかったが、2審判断を確定させたことで、多数の児童が命を落とした悲劇からの教訓を残したといえ、児童らの安全対策をさらに進める契機になりそうだ。
 確定判決によると、東日本大震災で、石巻市内は震度6強を観測。教員らは校庭より高い交差点を目指した。だが、その約7分後の午後3時37分ごろ、堤防を越えた濁流にのみ込まれ、交差点を目指した児童で生き残ったのは4人だけだった。
 訴訟では、被災の責任を誰に帰すべきかが争われた。1審・仙台地裁判決は、目指した地点は避難場所として不適当だったとし、現場で避難誘導した教員の過失のみを認めた。
 一方、2審判決は組織としての対応を厳しく判断した。児童らが通学を法的に強制されている以上、「学校は安全な空間でなければならない」との考えを前提とし、校長、教員、市教委は、安全確保に必要な高いレベルの知識や経験が求められていたと指摘した。
 避難時に児童を誘導する教員は批判的にハザードマップの信頼性を検討し、校長らは「危機管理マニュアル」に適切な避難の場所・経路・方法を定める義務があったとした。大川小の実情を把握する立場にある市教委は、マニュアルの不備を指摘できたと認めた。
 確定判決が求めるこうした安全対策は基準が高すぎて、多忙な教育現場に過度の負担を強いるとの懸念もあるが、災害の可能性や危険性は地域によって異なるため、確定判決が全国の教育現場を直ちに拘束することはないとみられる。ただし、確定判決は「オール自治体」で対策を取れば事故は防げると指摘したと読むこともでき、事前防災の充実を学校現場に促したと言える。
 津波被害の管理者責任が争われた訴訟は少なくとも15件起こされ、学校側の判断で帰宅した女子児童の死亡を巡る宮城県東松島市立野蒜(のびる)小の訴訟は市に賠償を命じた1、2審判決が最高裁で確定。送迎バスに乗った幼稚園児の死亡を巡る石巻市の私立日和(ひより)幼稚園の訴訟では遺族と幼稚園の間で和解が成立した。【服部陽】

安全対策、各地で試行錯誤 人材確保に課題

 東日本大震災以降、各地では防災教育や学校の危機管理体制の整備が進んでいる。
 南海トラフ巨大地震で最大10メートルの津波が想定される和歌山県広川町は安政南海地震(1854年)の故事「稲むらの火」で知られる。多くの命を救った豪商・浜口梧陵の出身地で、町には防災教育施設「稲むらの火の館」がある。来館者のガイドを小学生が担い、災害について自ら考える力を身につけさせている。
 最大31メートルの津波が予想される高知県四万十町では中学生が津波到達時間を示した表示板を製作し、16メートルが想定される徳島県阿南市でも児童手作りの防災マップを住民に配布している。
 浜松市は最大14・9メートルの津波が想定されている。災害の事前・発生時・事後に分類した危機管理などをまとめた「市学校(園)防災対策基準」を2013年に策定し、各小中学校はこれを基に地域特性を反映した避難時の対応などを盛り込んだマニュアルを作った。各校で「防災リーダー」の教員を1人選び、年2回の研修会で防災への知識や情報共有も図っている。担当者は「子どもたちの命を守るため、事前の危機管理を徹底する努力を続けるしかない」と語る。
 ただ、学校現場で防災の取り組みをするには限界がある。大川小訴訟の2審・仙台高裁判決は学校や教委に対し、危機管理マニュアルを改定し避難場所を定めて避難経路を記載するなどの「事前防災」を求めた。しかし、高裁判決後、毎日新聞が宮城・岩手・福島3県と南海トラフ地震避難対策特別強化地域(14都県)の176市町村教委にアンケートしたところ、35教委が「現実的に難しい」と回答した。
 その理由には「専門的人材の確保が困難」などが挙がった。「ハザードマップにとらわれずに安全確保の方策を示すことは難しい」という声もあり、防災担当の部署との連携強化の必要性も指摘されている。【成田有佳、千脇康平】

大川小の津波を巡る経過(2審判決などによる)

2010年 4月30日 児童の安全確保を目的とした「危機管理マニュアル」の提出期限。避難場所は「校庭」「近隣の空き地・公園など」
  11年 3月 9日 宮城県内で最大震度5弱の地震。学校内で「もっと安全に避難できる場所を」と議論
 11日午後2時46分 東日本大震災発生
   同3時37分ごろ 大川小付近に津波到達。児童・教職員が被災
  14年 3月 1日 事故を検証してきた第三者機関が「避難決定が遅かった」などとする報告書を石巻市に提出
        10日 児童23人の遺族が石巻市と宮城県を相手に約23億円の賠償を求めて仙台地裁に提訴
  16年10月26日 地裁が市と県に約14億円の賠償命令。教員らの地震直後の判断ミスを認定
  18年 3月    閉校し、4月に石巻市立二俣小に統合。被災校舎は震災遺構として保存されることに
      4月26日 仙台高裁が1審よりも約1000万円を増額して賠償命令。事前防災の不備を認める。後に市・県が上告
  19年10月10日 最高裁が上告を棄却。2審が確定

 仙台地裁判決(2016年10月26日)
・教員らは、津波を回避しうる場所に児童を避難させるべきだったのに、不適当な場所へ向けて移動した
 仙台高裁判決(18年4月26日)
・校長、教員、石巻市教委は、安全な避難場所、避難経路、避難方法を定める義務を負っていたのに怠った
 最高裁決定(19年10月10日)
・宮城県、石巻市の上告は上告理由に当たらない


(社説)
教員間の暴力 子供に顔向けできるか
2019年10月14日:朝日新聞

 急に先生が変わってびっくりしたね。ごめんね――。担任する児童らに宛てた長文のメッセージの内容が痛々しい。
 神戸市立東須磨小の教員間で暴力や嫌がらせが繰り返し行われていた。被害を受けた20代の教員4人のうち、体調を崩して休んでいる男性教員のケースがとりわけひどい。
 市教委によると、30~40代の男女の教員4人が加害行為を行っていた。ロール紙の芯で男性の尻をたたいたり、男性の車の上に乗ったりしたほか、性的なメッセージを同僚女性に送ることを強いた。辛い物が苦手な男性をはがいじめにして激辛カレーを食べさせた。嫌がる様子を撮った動画が残っている。
 市教委の調査に対し、加害教員の一部は「悪ふざけだった」と釈明したという。その認識に言葉を失う。人としてのモラルに反する行為を重ねながら、なんの罪悪感もなかったのか。
 事態にしっかり対応しなかった管理職の責任も大きい。
 被害男性は昨年、当時の校長に相談しようとしたが、校長は話を聞きもしなかった。加害教員の言動を見かねた他の教員が校長に伝えたものの、校長は個別の注意で済ませたという。
 今春、後任として教頭から昇任した現校長は状況を把握しながら、加害教員も反省しているとして口頭での対応にとどめ、市教委には「教職員間のトラブルを指導した」と報告しただけだった。ようやく事態が把握されたのは、被害男性の家族が市に相談した9月だった。
 市教委は、弁護士や教育の専門家ら第三者の協力を得て調査チームを発足させる。
 加害教員をめぐっては、男性への嫌がらせに児童を巻き込もうとしたり、児童に暴言をはいたりしたといった訴えも寄せられている。加害の詳細をはじめ校長らの対応、他の教員の認識のほか、問題を隠蔽(いんぺい)する意図や動きがなかったか、市教委が早期に関与できなかったかなど、解明すべき点は多い。
 加害側の4人は学校運営で中心的な立場にあり、発言力が強かったという。ものを言いにくい雰囲気の中で、経験の浅い若手への暴行が放置されてきたのではないか。問題の背景と構造に迫り、再発防止策づくりにつなげる検証が求められる。
 社会に大きな衝撃を与えた今回の問題で、忘れてならないのは子供たちへの配慮である。
 東須磨小の教職員は、一日も早く児童が安心して学校生活をおくれるように努め、市教委もそれを支援しなければならない。他の学校でも子供たちが動揺していないか目配りしつつ、日々の学校運営を改めて見つめ直してほしい。


教員による教員に対するいじめは、
副大臣を派遣して解決する問題ではない
2019年10月14日:Yahoo!ニュース・前屋毅

 神戸市立東須磨小学校で教員が4人の教員からいじめを受けていた問題で、10月11日の閣議後の会見で萩生田光一文科相が「言語道断」を批判した。そして、亀岡偉民文科副大臣と佐々木さやか政務官を連休明けの15日に神戸市教育委員会に派遣することも明らかにした。
 両氏を派遣して、「聞き取りや必要な指導・助言するとした」(『教育新聞』10月11日付)という。厳しく叱責することによって、「東須磨小だけの問題」で済ませてしまうのではないかと気がかりである。
 東須磨小学校のケースは「やり過ぎ」には違いないが、大なり小なり、教員に対する教員のいじめや嫌がらせは行われている。「東須磨小だけのことだから」と済ませておくわけにはいかない問題なのだ。
 9日に記者会見した東須磨小の校長は、激辛カレーを無理やり食べさせられて教員のほかにも、いじめを受けていた教員がいたことも明らかにしている。いじめは横行し、放置されていたのだ。
 さらに大臣発言があった翌日の12日には、鹿児島市の公立小学校で、20代の男性教員に対して同校の50代校長による不適切な指導があったとして市教育委員会(市教委)から改善を求める指導を受けていたことが発覚している。
 20代男性教員は市教委からの聞き取りに対して、校長からパワハラ行為があったと訴えたそうだ。そして、退職している。退職するほどのパワハラがあったことになる。しかし、その校長はMBC南日本放送に次のように話した。
「他の教員にも同じように指導を行っていた。育てたいという一心で、いじめる気持ちはなかった。今後、改めるべきところは改め個々に応じた指導をしていきたい」
 本人には「いじめ」の意識はなかったというわけだ。それでも、受けていた側は退職を決意するほど悩んでいたことになる。典型的なパワハラのパターンである。
 ともかく、東須磨小での事件が特別ではなく、鹿児島での件も特殊なのではない。学校現場は、教員同士によるいじめ、嫌がらせ、パワハラが容易に起こりうる状況にある。その大きな要因は、忙しすぎることによるストレスだとおもわれる。
 そうした要因を解消しないことには、神戸だけに副大臣を派遣してみても、鹿児島市教委が問題のあった校長だけを指導しても、問題は解消しない。根本的な要因を探り、そこを解決していく姿勢と実践こそが必要とされている。
 にもかかわらず、萩生田大臣は「怒り」を表明しただけで、根本的な解決策にのりだす姿勢はみせていない。「東須磨小だけのこと」「鹿児島の小学校だけのこと」で済ませてしまえば、教員による教員のいじめは次々に発覚してくることになるだろう。問われているのは、萩生田大臣と文科省の姿勢そのものなのだ。

前屋毅・フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。最新刊は『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他の著書に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『洋上の達人-海上保安庁の研究-』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)


出世はゴマスリ上手が…
人間関係と教育以外の仕事が負担に
2019年10月16日:日刊ゲンダイ

 神戸市立東須磨小学校の教師4人が20代の教師をいじめていた。うち2人は生徒のいじめ対策担当だったという。前代未聞の教師による不祥事。いったい学校の現場はどうなっているのか。

 ◇  ◇  ◇

 激辛カレーを目にこすりつけたり、コピー用紙の芯で叩いたり、所有する車のボンネットに乗ってボコボコにしたり……。40代の女性1人と30代の男性3人による集団いじめは教育現場の歪みを浮き彫りにした。

 加害教師のひとりは、いじめが行われていた今年3月まで校長をしていた人物に引っ張られて今の学校に異動したという。前校長は、気心の知れた教師を使って学校経営を切り盛りするつもりだったようだが、それが派閥を生み、いじめの温床となったようだ。ある教育関係者が言う。

「校長からすれば、赴任先で四面楚歌になるのが怖い。言うことを聞いて使いやすい教師を引っ張るのはそのためで、教師の側も権力をかさに好き勝手やるんです。ヒラの教師からすれば、関係が深い校長がいるのは強みになる。なにしろ教頭に出世するには校長の後押しが必要ですからね。表向きは試験に合格すればOKなんですが、校長から『そろそろ教頭の試験、どうですか』と勧められないと受験すらできません。教頭から校長になるときも校長の推薦がいる。いくら人格が優れていても、校長に嫉妬されて教頭のまま退職する先生は珍しくありません。結局、校長になるのはゴマスリ上手な教師ばかり。資質とは全然関係がない。最近は体育教師が主任になるケースも増えていますが、命令や規律を守る訓練を受けていることが大きいのです」
 人間関係に振り回されては思うように仕事ができない。ゴマスリ下手な教頭の中には、学校行事の取りまとめ業務で保護者と校長との板挟みになり、体調を崩す人も少なくないという。近年は、自ら「降格願」を提出する人もいるというから、相当なストレスを感じているのだろう。

■日報と家庭訪問の負担がズシリ

 教育以外の仕事だってどんどん増えている。

「校長には、日報を書くように指示されています。どういう指導をしたのか、そのとき子どもたちはどんな様子だったのか、日々の詳細な記録を残すのです。保護者からクレームがあったときに教師を守るためだと説明されましたが、守るのは自分たちの身じゃないかと思います。不登校の生徒の担任は週に1度の家庭訪問を義務付けられています。両親が虐待を隠すため学校に通わせないケースもあるので、安否確認に行くわけです。こうした教室の外の仕事が本当に増えましたね」(ある公立小教師)
 デキの悪い教師のフォローもしなければならない。東京都の教員採用試験を見ると、小学校の応募者数は昨年よりも10・6%も減少した。倍率は2・4倍と、この10年で最低。競争率が下がれば、質も低下する。これは東京に限ったことではない。地方の中学教師がこう言う。


「指導する力のない若い教師は増えています。授業はもちろん、朝礼や終礼でも、子どもたちを座らせることができない。手の空いている先輩教師が助けに行って、なんとか形にするわけです。授業ぐらいひとりでちゃんとやってくれよって思いますけど、放っておくと、騒ぐから授業についていけなくなり、さらに騒ぐという悪循環に陥ってしまう。その結果、できる教師の負担がどんどん重くなるわけです」

 今年5月に公表された「地方公務員給与の実態」(総務省)によると、小中学校教員の平均基本給(給料+扶養手当+地域手当)は東京都で月額41万4897円。23区で経験年数が30年以上35年未満の小中学校教員の平均年間給与は1220万円に上る。

 それに見合うだけの働きをしている教師は、はたしてどれだけいるのだろうか。

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