崩壊しているABE人格

ABEの首相としての当事者能力を、ボクはズゥッと疑っている。1947教育基本法を強引に改定した時から感じていることだ。
まず、その言行不一致。その特徴は、細切れの言葉の羅列で、そもそも「論」として成立していないこと。その時の都合によって、スローガンを組み合わせ、実際にやっていることや、やろうとしていることと矛盾していても意に介さないこと…。普通の知性と感性を持っていたら、とても耐えられないことを平然と行っている。
これが「一強」と呼ばれる尋常ならざる事態を招いている。
しかし、その後都合主義も、総裁任期の終わりが見えてきて、ほころんでいる。だが、この安倍論法・安倍思考は世の中全体の病として、社会を蝕んでいる。この後遺症に当分の間、国民は苦しむことになる。


熱血!与良政談
都合よく多様性を語るな=与良正男
2019年10月9日:毎日新聞

与良正男専門編集委員

 ようやく始まった臨時国会の冒頭行われた所信表明演説で、安倍晋三首相が「多様性の大切さ」を強調したのにはいささか驚いた。多くの人がそうだったろう。今の安倍政権のありようはおよそ多様性とは正反対だと思うからだ。
 首相が夏の参院選で初当選した重度障害者の舩後(ふなご)靖彦氏(れいわ新選組)を「友人」と紹介し、「共に力を合わせていきたい」と語った点は素直に評価したい。そのうえで引用したのは「みんなちがって、みんないい」という金子みすゞの詩の一節だった。
 ただし、この1行前に「鈴と、小鳥と、それから私、」とあるのを忘れてはいけない。鈴はきれいな音を出す。鳥は空を飛べる。それはできないけれど、たくさんの「唄」を知っている自分がいる。前段はこんな内容だ。つまり他者の価値を認めて尊ぶ詩である。
 安倍首相はどうか。自分と考えの違う野党やマスコミは敵視する。選択的夫婦別姓を認めようとしない。外国人労働者の受け入れ拡大も首相自身は消極的だった。
 LGBTなどの性的少数者は子供を作らず、「生産性がない」。以前、雑誌にそんな寄稿をした杉田水脈衆院議員の自民党入りを推した一人は首相だった。教育勅語の再評価をはじめ戦前の価値観の押しつけにつながるような発言をする閣僚は後を絶たない。
 文化庁が「あいちトリエンナーレ」に対する補助金の不交付を専門家と協議することなく決めた一件もそう。政治性のあるなしにかかわらず、アートの世界こそ自由で多様であるべきだろうに。
 実は今回の演説に限らず、首相が多様性を口にするのは「女性活躍」や「働き方改革」など自らの政策(というよりキャッチフレーズ)をPRする時がほとんどだ。
 なるほど、働き方は多様な方がいい。首相が言うように65歳を超えて働きたいと考えている人は少なくないだろう。だが、政治が認識すべきは「65歳を超えても働かないと生活できない」と追い詰められている人も多いということだ。
 女性も高齢者ももっと働いて、国内総生産(GDP)を増やし、国力を高めよう――。首相が優先しているのはそこだ、という疑いが私には消えない。
 まさか多様性が注目されているラグビー日本代表に便乗したわけではなかろうが、この大切で重要なキーワードを都合よく使ってはいけない。(専門編集委員)


安倍首相答弁 まるで人ごとのようだ
2019年10月9日:東京新聞

 安倍晋三首相の所信表明演説に対する各党代表質問。野党は関西電力役員らの金品受領や「あいちトリエンナーレ」への補助金不交付などを追及したが、首相は正面から答弁せず、まるで人ごとだ。
 代表質問はきょうまで参院で行われ、あすからは与野党論戦の主舞台である予算委員会が始まる。七月の参院選後、与野党が本格的に論戦する初めての国会だ。議論の形骸化が長年指摘されてきた国会は、国政の調査や行政監視という国民から託された機能を果たすことができたのだろうか。
 二日間の質疑を見る限り、答えは残念ながら「否」である。その要因として、質問に正面から答えようとしない首相の不誠実な政治姿勢を指摘せざるを得ない。
 関電役員らの金品受領は一企業にとどまらず、立憲民主党の枝野幸男代表が指摘したように「金品の原資は電力料金か税金に由来する『原発マネー』。関電の隠蔽(いんぺい)体質と利権による資金還流は原発政策の根幹に関わる大問題」だ。
 にもかかわらず、首相は「第三者の目を入れて徹底的に全容を解明することが不可欠だ」と述べるにとどめ、岩根茂樹関電社長ら関係者の参考人招致要求にも反応しなかった。原発問題を巡る深刻さにあまりにも鈍感ではないのか。
 極め付きは、表現や報道の自由に関する首相答弁だ。
 枝野氏は国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に対する国の補助金約七千八百万円の不交付や、かんぽ生命保険の不正販売を報じたNHKに対する日本郵政グループの抗議に言及し、圧力や忖度(そんたく)、萎縮が拡大すれば、戦前のような報道・表現の自由が機能しない社会に追い込まれると指摘した。
 しかし、首相は「補助金交付は所管官庁で法令や予算の趣旨にのっとり適正に実施される」と原則論を述べ、文化庁の判断と強調。NHKの問題も「担当部局で事実関係を確認中だ」とかわした。まるで人ごとのような答弁だ。
 そればかりか「ありもしない危機感をあおるような言動は言論機関、才能あふれる芸術家に対して大変失礼だ」と反論した。
 問われるべきは、政権の意向に反する表現を手続き上の理由で排除したり、報道機関に矛先を向ける安倍政権の姿勢そのものだ。首相の反論は筋違いも甚だしい。
 立民、国民民主両党などの野党は統一会派で臨時国会に臨んだ。巨大与党には遠く及ばないとしても、その「数の力」は政権監視、追及にこそ生かすべきである。


記者の目
元徴用工判決から1年
 トップ外交で事態打開を
=秋山信一(政治部)
2019年10月9日:毎日新聞

主要20カ国・地域首脳会議出席者の記念撮影を前に、安倍晋三首相(中央)の前を歩く
韓国の文在寅大統領(右)。左は安倍首相の妻昭恵氏=大阪市中央区で2019年6月28日、代表撮影

 韓国最高裁が日本企業に元徴用工への賠償を命じた判決から間もなく1年となる。日本政府は1965年の日韓請求権協定で賠償問題は解決済みとの立場で、差し押さえられた日本企業の資産が売却されないよう韓国政府に対応を求めているが、韓国側は対応を先延ばししたままだ。
 対立の余波は、経済や国民交流、安全保障に及んだ。元徴用工問題で日本が主張を曲げる必要はないが、経済が萎縮し、多様な交流が止まり、市民が旅行を控える現状は、両国の国益を損ねている。安倍晋三首相と韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は判決以降、一度も会談していないが、外交当局の協議は行き詰まっており、トップが事態打開に動くべき時だ。

沈静化への意思、日韓から感じず

秋山信一 政治部

 私が外務省担当になった昨年10月以降、日韓関係は下り坂を転がり続けた。元徴用工判決▽元慰安婦を支援する和解・癒やし財団の一方的な解散決定▽韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射問題▽国会議長による天皇陛下(現在の上皇陛下)への謝罪要求――と問題が韓国側で相次いだ。日本が今年7月に対韓輸出手続きを厳格化すると、韓国は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告で応じた。草の根の交流が次々と中止され、8月の訪日韓国人数は前年同月から48%減った。
 しかし、両政府からは沈静化への意思を感じない。安倍首相は元徴用工問題で「まず国と国との約束を守っていただきたい」と繰り返している。韓国は東京電力福島第1原発の汚染水処理や東京五輪での旭日旗使用で日本を批判し、全面対決ムードは続く。
 対立の根源である元徴用工問題では、確かに日本の主張は筋が通っている。請求権協定の交渉では「被徴用韓人の未収金、補償金、その他の請求権」も議論され、韓国政府は個別補償を自ら行うと説明。当時の韓国国家予算の1・6倍相当の日本の経済協力を高速道路や製鉄所の建設に充て、十分に個別補償しなかった責任は韓国政府にある。
 韓国最高裁は、日本が「植民地支配の不法性」を認めず、「植民地支配に直結した反人道的不法行為」の慰謝料請求権は未解決だと理屈づけた。だが、20世紀初頭の植民地支配を「不法」と決めつけ、請求権問題を「完全かつ最終的に解決」した65年の協定を覆すのは無理があると思う。
 日本は判決後も冷静に対応した。韓国政府に賠償の肩代わりなど判決の是正措置を求め、企業に実害が生じれば対抗措置をとる方針を示した。資産差し押さえが始まると、協定に基づき政府間協議を申し入れた。4カ月以上待った後、第三国を交えた「仲裁委員会」の設置を要請。韓国政府に協議や仲裁による解決を呼びかけ、十分な検討時間を与えた点は評価できる。

ICJ共同付託、提案する手も

 日本政府は、文政権が世論への配慮から対日姿勢を軟化させられないとみて、水面下では「協議や仲裁のプロセスは何年もかかる。時間を稼いでいる間に政治状況も世論も変わる」との説得もしていた。韓国政府と企業が元徴用工を支援する財団を設立し、日本企業に自発的支払いを呼びかける解決案も提示。韓国外務省は関心を示したが、意思決定権を握る韓国大統領府には届かなかった。年初に「日韓関係は波があるもの」と気丈に語っていた外務省幹部が、梅雨時になると「文氏の任期中(2022年5月まで)は正直難しい」と漏らした。
 日本もミスを犯した。7月に輸出案件に安全保障上の問題がないか審査する手続きを厳格化すると発表した際、信頼関係が崩れた要因に元徴用工問題を挙げたのだ。日本側には元徴用工問題で毅然(きぜん)と対応する構えがあると示す狙いもあったが、対外説明で関連づける必要はなかった。韓国は「不当な報復措置」と非難し、世界貿易機関(WTO)に提訴。GSOMIA破棄の口実にもされた。
 日本企業の資産売却は年明けにも完了すると原告側はみている。日本は送金規制強化や査証免除条件の厳格化など対抗措置を検討するが、発動すれば日韓関係のさらなる冷え込みは避けられない。
 これ以上、互いの国益を損なわないため、両国政府は元徴用工問題と他の問題を切り離し、対立の拡散を自制すべきだ。そのためには権限が集中する文大統領に直接働きかける必要がある。「成果が見込めないのに会う必要はない」との考えも分かるが、トップ外交で緊張を緩和し、分野ごとの対話を活発化する契機を作ってほしい。
 元徴用工問題では、国際司法裁判所(ICJ)への共同付託を提案するのも手だろう。人権重視の傾向が強まるICJで日本が勝てる保証はないが、もめ事は国際司法で処理する「成熟した付き合い」(外務省関係者)の基礎になり得る。韓国が拒否すれば国際的な印象が悪化するだけで、日本に損はない。
 「隣国であるがゆえの難しい課題を乗り越えていくには、政治のリーダーシップによる大きな決断が必要になる」。安倍首相は昨年10月、元徴用工判決の3週間前に日韓関係の「肝要」を説いていた。有言実行の姿勢が今、求められている。


水説 日韓悲観論を越えて=古賀攻
2019年10月9日:毎日新聞

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 G20大阪サミットを終えた途端に安倍政権が韓国向け輸出管理を強化、日韓の険悪度がぐーんと上昇して3カ月がたった。
 両政権とも相手の非をとがめるだけで、冷たいにらみ合いが常態化しつつある。今のままじゃ民間の草の根交流も気休めにしかならない、といった悲観論さえある。
 だが、佐賀県・加唐(かから)島の漁師、坂本正一郎さん(69)の声は電話の向こうで弾んでいた。
 「今まで以上の歓迎やった。公州(コンジュ)の市長も出て来て『末永く交流しましょう』って言わした」
 先月27日から30日まで島民ら30人と韓国中西部にある百済(くだら)時代の古都、公州を訪ねた感想だ。
 加唐島は玄界灘に浮かぶ人口100人あまりの小島。公州との意外な接点は日本書紀にある。
 5世紀半ば、高句麗と争っていた百済の王は日本と同盟を結ぶため、人質として弟を日本に差し向けた。その側室が途中の加唐島で男児を産み、後に百済25代王の武寧王(ムリョンワン)に育ったという記述だ。
 島では長らく「朝鮮の偉い王様が生まれた島」との伝説にとどまっていた。だが、1971年に公州で武寧王陵がほぼ完璧に発掘され、墓誌銘の研究が進んだ結果、2000年に韓国の歴史学者が日本書紀の説を追認するに至った。
 加唐島と公州との実線をより太くしたのは、今の上皇陛下だ。
 天皇当時の01年12月、誕生日の記者会見で韓国について問われた陛下は「桓武(かんむ)天皇の生母が武寧王の子孫であると続日本紀(しょくにほんぎ)に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と答えられている。
 米国の天皇制研究者ケネス・ルオフさんが平成を振り返って「印象深い」と評する発言だ。当時の側近によると、陛下は「まったく自然にあの話をされた」という。
 こうして06年には加唐島に両国市民の募金活動で立派な武寧王生誕記念碑が建ち、島民と公州の相互訪問が毎年続いている。
 坂本さんの公州訪問はもう30回近くになるが、実は今回ばかりは二の足を踏んでいた。不安を抱えての旅だったので、公州側交流会長の「私たちは兄弟ですよ」という言葉が余計に心にしみた。
 国際情勢の変化で日韓の政治的な利害は調整が難しくなっている。今は韓国専門家の木村幹・神戸大教授ですら「日韓関係の断末魔の叫び」(「公研」9月号)にたとえるほどの深刻さだ。
 それでも、加唐島のように土地の歴史に根ざしたつながりはやはり強い。日本人と韓国人は古代から「東アジアで一番近い親類同士」だったのだから。(専門編集委員)


ラグビー日本代表への
“日本の心”押し付けがひどい!
外国籍の選手もいるのに神社で
さざれ石を見学し君が代合唱、合宿に模造刀
2019年10月8日:LITERA
 現在開催中のラグビーワールドカップ。日本代表の快進撃が大きな話題となっている。13日には、決勝トーナメント進出と日本初のベスト8入りを懸けたスコットランド戦が行われる予定で、その熱はこれからますます高まっていくことだろう。
 ラグビー人気が高まるのはけっこうだが、気になるのが、メディアがやたら「チーム全員が日本の心をもっている」といったことを強調する点だ。
 ご存知の通り、今大会を戦う日本代表チームは31人中15人が外国にルーツをもつ選手で、出身地もトンガとニュージーランドが各5人、南アフリカが2人、韓国、オーストラリア、サモアから1人ずつと、多岐にわたる。
 サッカーや野球など多くのスポーツとは違い、ラグビーは日本国籍をもっていなくても代表チームに入ることができる。本人が日本で生まれた、両親・祖父母のうち1人が日本で生まれた、3年連続もしくは通算10年日本に居住している、この3つのうちどれかひとつの条件を満たせば日本代表チームに選出される資格をもつことになる。
 そういうわけで日本代表は多様なルーツをもつ選手が集まったチームになっており、それは日本のみならず多くの国の代表チームが似たような状況にある。
 それにも関わらず、メディアはやたらと「選手が日本の心をもっている」と強調するのである。
 典型的だったのが、6日放送『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)である。
 番組では、今年7月中に合宿中の日本代表が訪れた場所として、宮崎県日向市の大御神社をレポート。この神社は君が代の一節「さざれ石の巌となりて」の“さざれ石がある神社”とされているといい、神社の新名光明宮司が「しめ縄が張ってある、あれが、さざれ石。細かな石が集まって、砂やら粘土やらと入り交じりながら、大きな巌となりました。塊はさざれ石の巌となりて、巌でしょうね」と解説。
 宮司は、7月に同所へ訪れた日本代表チームにも同様の解説をしたのだろう。「リーチ・マイケルキャプテンがひと言おっしゃいました。『心を固めて大きな巌になろうじゃないか』」などと、当時の選手たちの様子を振り返った。
 番組では7月に日本代表チームが訪れた際の実際の映像も流されたのだが、そこには選手たちがこの“さざれ石”の前に立ち、神妙な表情で君が代を合唱する様子が映し出されていた。
 練習で忙しいなか、わざわざ、さざれ石がある神社まで足を運んだ理由について、合宿に参加していた山本幸輝選手は「マイケル・リーチさんがリーダーとなって、週に1回少ない時間をとって、その時間で日本の歴史とか文化を学ぶ時間っていうのをつくったりしてやっていました」と、日本代表チームの教育方針を証言する。実際、『バンキシャ』では他にも、“日本の心”を理解するために代表チームが遠征先や合宿に甲冑と模造刀を持ち込んでいる様子も紹介していた。
 その後、VTRが終わってスタジオに戻るとこうした代表チームの取り組みについてMCの夏目三久アナウンサーは「日本の文化を学ぶことがチームづくりにとてもよく効いていますよね?」と評価し、コメンテーターのラグビー元日本代表選手・大畑大介氏も「日本の文化を知る。そして、自分たちがこの国で戦っていることを考えて、母国じゃなく日本代表、日本を選んだという、熱い男たちの集まりなんですよね」と肯定的に語った。
 こうした論調は『バンキシャ』に限ったものではない。7日放送『モーニングショー』(テレビ朝日系)も「サモア撃破で3連勝! 悲願の8強へ多国籍JAPANをまとめる和の心」「日本の“輪”を強くする“和”の心」とタイトルをつけてラグビーを取り上げ、先に述べた神社の件などを紹介。また、レメキ・ロマノ・ラヴァ選手による「君が代を聞くと泣きそうな気持ちになる。この国のために戦う覚悟があるから、日本のジャージを着ている」というコメントも好意的に紹介していた。

多様なルーツを持つ選手たちに
“日本の心”押し付けはエスノセントリズム

 チームスポーツにおいてチームの結束力を高めることは必要なのかもしれないが、なぜそこに「日本の心」「和の心」が持ち込まれなければならないのか。
 しかも、君が代の歌詞に縁があると喧伝する神社を訪れて君が代を合唱させるというのは、単に日本の伝統文化に親しむというレベルを超えて、政治性を帯びた国家主義・ナショナリズムの発露そのものだ。
 上述のとおり、ラグビーの日本代表チームには、日本人選手だけでなく、トンガとニュージーランド、南アフリカ、韓国、オーストラリア、サモアと多様なルーツを持った選手が在籍している。選手たちが互いを理解し合うために、それぞれの文化的背景に理解を深めることは重要なことだが、人数の多寡にかかわらず、日本文化と同じよう、トンガやニュージーランド、南アフリカ、韓国、オーストラリア、サモアの文化への理解やリスペクトを深めることも同様に重要だろう。
 実際、ニュージーランド代表チームが披露することで知られる“ハカ”は、マイノリティである先住民マオリの伝統文化に由来するものだが、それはニュージーランドの多様性と連帯を象徴するものだ。
 にもかかわらず、日本代表チームは、日本以外のルーツをもつ選手に対して、自国の文化を押し付けるなど、エスノセントリズム(自民族中心主義)そのものであり、まるで戦中の同化政策ではないか。
 リーチ・マイケル選手自身の発案だと言うかもしれないが、そうしなければ受け入れられないという日本社会の排外的な空気が外国人選手たちにそうした言動をさせていることは想像に難くない。選手たちの愛国発言は、むしろ代表チームのナショナリズム的空気の強さの反映と見るべきだろう。
 しかしメディアでは、このスポーツにナショナリズムを持ち込む代表チームの取り組みに、懐疑的な見方は皆無で、むしろ、あたかもそれが素晴らしいことのように報じられている。
 チームスポーツにおいてメンバーが互いに理解しあい結束力を高めることが重要だとしても、その手段がナショナリズムである必要はないし、また競技がナショナリズム発揚に利用されることもあってはならない。スポーツとナショナリズムが結びつくことによる弊害や悲劇は、歴史上枚挙にいとまがない。

国籍主義を採用せずナショナリズムを越えようとするラグビー

 スポーツとナショナリズムの親和性の高さはよく指摘されることだが、しかし上述のとおり、ラグビーは他のスポーツと違って国籍主義を採用していない、ナショナリズムから最も遠いスポーツと言ってもいい。もともとはラグビー発祥国である大英帝国から植民地に入植した人々が現地の代表チームにも入ることができるようにつくられた仕組みといわれているが、ひるがえって現在では、多文化共生を目指すこれからの国際社会においてひとつのモデルとなる可能性を見出す向きも多い。
 日本代表選手にもそうした意識はある。ウェブサイト「nippon.com」によれば、日本代表のキャプテンを務めるリーチ・マイケル選手が、こんな言葉を残しているという。
「これからの日本は、外国から来た人たちと一緒に社会をつくっていかなきゃいけない。ラグビー日本代表は、日本の社会に対して、いいモデルをつくれるんじゃないか。いいメッセージを発信できるんじゃないかと思うんです」
 こういったアンチナショナリズムの姿勢はラグビー選手にとって広く共有されているものである。ワールドカップイングランド大会で一躍時の人となった五郎丸歩選手が〈ラグビーが注目されている今だからこそ日本代表にいる外国人選手にもスポットを。彼らは母国の代表よりも日本を選び日本のために戦っている最高の仲間だ〉とツイートして話題となったのはまだ記憶に新しい。
『560五郎丸歩 PHOTO BOOK』(マガジンハウス)のインタビューによると、五郎丸選手はこのツイートをきっかけに、さらにグローバルな考え方をするようになったことを明かしている。
「オリンピックの日本代表は日本国籍の選手がなるものですよね。ラグビーは国籍が違ってもなることができる。2013年にウェールズ、2014年にイタリアという強豪国に勝っても、評論家をはじめ、多くの方々から外国人のおかげだという言い方をされる。2019年に向けてクリアしなければいけない問題だと思っていました、南アフリカに勝って注目されるのがわかっていたので、いま自分が発信しなければいけないと思ったのです。
 ただし、そのときはラグビーをオリンピックの枠で理解してもらおうという意識でした。ツイートして以降、いろんなことを考えました。すると、自分の中で考えが逆転したのです。宇宙飛行士が宇宙から地球をながめたとき、『国境はなかった』と言う。でも、現実には世界中で人種差別があり、国対抗の大会をやっている。ラグビーは、プレーしている場所に3年住めば国籍を変えずとも代表になることができる。どちらがスポーツの本質をとらえているかというと、ラグビーではないかと思うようになったのです。国籍にとらわれないラグビーは、いい意味での『スペシャル』です、ツイートによって自分の考えが逆転した。このことは自分のラグビー人生にとって非常に大きかったと思います」

ラグビーを愛国ナショナリズムに利用する愚、
試合会場では旭日旗の持ち込みも

 このようにアスリートたちはスポーツを通して偏狭なナショナリズムを乗り越えている。それに比べると、メディアの感覚はあまりに前時代的である。
 ただし、メディアだけがナショナリズムを勝手に煽っているというわけではない。ほかならぬ、日本ラグビーフットボール協会が、こうした愛国ナショナリズム路線を打ち出しているフシがある。
 たとえば、今回のワールドカップのパンフレットやポスターには、日の丸や富士山がデザインされている。当たり前だが、ワールドカップに参加するのは日本だけではない。大会の目的はラグビーであって、日本をアピールすることではない。にもかかわらず他国の存在を無視し、自国の国旗をあしらうなど国際感覚の欠如甚だしい。周知のとおり、この協会の会長を2005年から2015年まで務めて、ワールドカップを日本に招致し、今年4月まで名誉会長の座に座っていた森喜朗元首相の存在感が、ラグビー界において非常に強い。ラグビー愛国路線の背景には、首相在任中の「神の国」発言でも明らかなように極右思想の持ち主である森氏の影響も大きいだろう。
 そして恐ろしいのは、メディアも含め、国民がこうしたスポーツのナショナリズムへの利用に違和感をもたなくなっていることだ。
 今回のワールドカップでは、試合会場への旭日旗の持ち込みまで散見されているが、こうしたナショナリズムの空気が後押ししているのは間違いない。好調な日本チームが決勝トーナメントに勝ち進んでゆけば、このムードがさらに強くなる可能性もある。旭日旗の持ち込みについていまだ主催者は明確な対応を示しておらず、今後も旭日旗の持ち込みが繰り返される可能性はあるだろう。
 来年には東京オリンピック・パラリンピックが待っている。そこではさらなるナショナリズムの扇動があるだろうが、この調子ではそこに疑問を差し挟むメディアは皆無であろう。オリンピックにおいても組織員会は旭日旗の持ち込みを禁止しない方針を打ち出し、橋本聖子・五輪担当相もその方針を追認している。
 権力側がこのようにナショナリズムを扇動しメディアも便乗、国民もそれに疑問をもたず熱狂しているようでは、オリンピックの会場で旭日旗が大量に振られるというグロテスクな光景が展開される可能性も決して低くはない。このナショナリスティックな空気のままオリンピックを迎えることは本当に深刻な事態だ。
 ワールドカップでの日本代表の活躍にはしゃぐのもいいが、無自覚にナショナリズムが煽られている現状の危険性にも目を向けてしかるべきだろう。
(編集部)

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