ABEには解ける、ジレンマ・ストーリー?

30年ほど前、「シミュレーション」を千葉の地理教員と教材開発について研究した。この時に学んだことは、「正解のない問題」「ジレンマストーリー」だった。オープン・エンドの問題は答えがいくつも出せるもので、考える道筋を大切にする問題だ。もう一つのジレンマストーリーは、正解がありそうだが、答えを一つに絞り切れないような問題だ。
当時、「トロッコ問題」のような「物騒」な問題は考えなかった。しかし、最近は教科「道徳」の授業でも扱われるという。同じような問題をつくるにしても、「人が死ぬ」という設定をする必要はない。教材開発能力が低下している。
しかし、現実には“ジレンマ”・“トリレンマ”な課題が山積している。
気候変動など、人類文明消滅か?などという恐ろしい課題だ。問題を解くためには、正しい現実認識と、幅広い視野で全体をつかむことだ。ABEやDTのような問題を切り出して考えるようでは、大きく複雑な問題の答えは出せない。


死ぬのは5人か、1人か…
授業で「トロッコ問題」
 岩国の小中学校が保護者に謝罪
2019年9月29日:毎日新聞

 山口県岩国市立東小と東中で、「多数の犠牲を防ぐためには1人が死んでもいいのか」を問う思考実験「トロッコ問題」を資料にした授業があり、児童の保護者から「授業に不安を感じている」との指摘を受けて、両校の校長が授業内容を確認していなかったとして、児童・生徒の保護者に文書で謝罪した。
 市教委青少年課によると、授業は5月に東中の2、3年生徒、東小5、6年児童の計331人を対象に「学級活動」の時間(小学校45分、中学校50分)であった。同じスクールカウンセラーが担当し、トロッコ問題が記されたプリントを配布して授業した。
 プリントは、トロッコが進む線路の先が左右に分岐し、一方の線路には5人、もう一方には1人が縛られて横たわり、分岐点にレバーを握る人物の姿が描かれたイラスト入り。「このまま進めば5人が線路上に横たわっている。あなたがレバーを引けば1人が横たわっているだけの道になる。トロッコにブレーキはついていない。あなたはレバーを引きますか、そのままにしますか」との質問があり「何もせずに5人が死ぬ運命」と「自分でレバーを引いて1人が死ぬ運命」の選択肢が書かれていた。
 授業は、選択に困ったり、不安を感じたりした場合に、周りに助けを求めることの大切さを知ってもらうのが狙いで、トロッコ問題で回答は求めなかったという。しかし、児童の保護者が6月、「授業で不安を感じている」と東小と市教委に説明を求めた。両校で児童・生徒に緊急アンケートをしたところ、東小で数人の児童が不安を訴えた。
 市教委によると、授業は、県が今年度始めた心理教育プログラムの一環。スクールカウンセラーによる授業については資料や内容を学校側と協議して、学校側も確認してから授業するとされていたが協議、確認していなかった。
 東小の折出美保子校長は「心の専門家による授業なので任せて、確認を怠った」と確認不足を認めた。【古賀亮至】


坂村健の目 社会のトロッコ問題
2019年5月16日:毎日新聞

 痛ましい交通事故が続いている。暴走した自動車が母子や幼児の列をはね何人も死亡させたニュースには本当に胸が痛む。「人間が運転する自動車」という不完全なシステムが持つ避けがたいリスク--以前はこれの根本的対策は無理だった。しかし今なら「自動運転」がある。
 技術に「絶対安全」はないから、自動運転になっても死亡事故はゼロにはならないだろう。自動運転ゆえの事故も起こるかもしれない。しかし、自動運転車を増やせばヒューマンエラーによる事故は確実に減る。全部の自動車を完全自動運転にできたら、今の技術程度でも交通事故死が数千分の1になってもおかしくない。しかも加齢で能力が落ちる人間に比べ、自動化技術は毎年確実に進歩する。
それでも自動運転についていまだに「安全性」を心配する声が聞かれ、完全自動運転への移行には慎重に、リスクゼロを目指せ--というのはなぜだろう。
 大津の事故では直進車はブレーキをかけずハンドルを左に切ったらしい。途中衝突もしているようで、回避が園児の列に突っ込んだ原因ともいえないし、一義的な責任は前方不注意の右折車だろう。とはいえ、助かるためにとっさにハンドルを切った状況は「トロッコ問題」を思い起こさせる。
 どうしても命を天秤(てんびん)にかけざるをえない状況を単純化したのが「トロッコ問題」だ。「無人トロッコが暴走し直進だと5人死にますが、あなたがポイントを切り替えれば、死ぬのは1人です。どうしますか?」という倫理の思考実験だ。複数の歩行者を守るためにオーナーの命を犠牲にするような自動運転車を消費者が買うか、という今後メーカーの抱える問題にもつながっている。
 しかしこの問題が明らかにするのは実は命の天秤があること自体ではない。助かる命の重さを比べれば当然ポイントを切り替えそうなのに、少なくない人が「なにもしない」。逆に「切り替えると5人死ぬ」なら全ての人が「なにもしない」を選ぶ。命の天秤の2択は同じでも、自分の手で状況を変えるかどうかが人の決断に大きくかかわるのだ。
 ここからわかるのは「自分が変えた状況による死を、変えないときの死より過剰に捉える」という人の認知的なゆがみだ。最近問題になっている反ワクチン運動も「接種したことによる被害より何もしない--自然に任せたときの被害を軽く捉える」というゆがみが見え隠れする。
 日本は特に「変えることを恐れる」傾向が強い。それは責任感が強くて不安に弱い国民性から、変えたことの心理的負担を取りたくないということなのかもしれない。しかし技術が世界を大きく変えている現在、自動運転のように「変える勇気」が必要な社会的「トロッコ問題」はますます増えていく。未来の世代のために、変えることによるリスクを引き受けても、先に進むべきときが来ているのだ。(東洋大INIAD学部長)


中村克樹のDo・you・脳?
/108 「焦眉の急」 /愛知
2016年8月27日:毎日新聞

ジレンマ問題どう判断?

 「焦眉(しょうび)の急」とは、五灯会元(ごとうえげん)という本の故事に基づく言葉だそうです。「切迫する状態とはどのような状態か」とある僧が尋ねたところ、佛慧(ぶつえ)が「火が眉毛を焼くときだ」と答えたそうです。つまり眉毛が焦げるほど近くまで火が迫っていることから、焦眉の急とは非常に差し迫った危険や問題を抱えていることを言います。今日は、差し迫った状況で判断しなければならないジレンマ(板挟み)問題について紹介します。
 トロッコ問題と呼ばれるジレンマ問題を考えます。線路を走るトロッコのブレーキが利かなくなりました。線路の先では5人が作業していて、このままでは5人ともトロッコにはねられて死んでしまいます。あなたが手元のレバーを引けばトロッコの進路が変わり別の線路を進みます。ところが、別の線路でも1人が作業中です。レバーを引くとその1人が死にます。引かなければ5人が死にます。あなたはどうしますか。
 別の状況を考えます。暴走するトロッコと5人の作業員は同じです。あなたはトロッコと5人の間にある線路に架かる橋にいます。目の前にはかなり大きな人がいます。その人が線路上に落ちればトロッコが止まり5人は助かります。でも、その人は死にます。あなた自身はトロッコを止めるほど大きくありません。5人を助けるために目の前の人を線路に突き落とせますか。
 まさに焦眉の急といえる状態で、迷っている時間はありません。「5人の命を救うため1人を犠牲にするのは仕方ない」とレバーを引く人もいるでしょう。「自分で手を下すのは嫌だ」とレバーを引かない人もいます。尋ねてみると1人を犠牲にして5人を助けるのは一緒ですが、多くの人はレバーを引いてトロッコの進路を変えるけど、人を突き落とすことはできないと答えます。人を突き落とすことは感情的にできないのです。こうした感情的判断には、内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)・帯状回(たいじょうかい)・角回(かくかい)という脳の場所が関係することを15年前に米国の研究者が報告しました。今回は仏米の研究チームが、コンピューターにこうした問題をどう判断させるのかを問題にしました。
 自動運転のクルマを知っていますよね。最近CMでみますね。車線からはみ出さないようにクルマを走らせたり、壁やクルマとの距離が短くなったらブレーキをかけたり自動でできます。通行人をひかないように進路を変えることもできます。でも、ジレンマ問題のような時どうすればいいでしょう。通行人を避けるためにハンドルを切ったら、そこに別の通行人がいてはねてしまいます。通行人を避けるためにハンドルを切ったら、今度は横の壁にぶつかり運転手が死んでしまいます。どう判断するのが正解でしょう。
 合計2000人ほどにアンケートをとりました。道徳的には死亡者が一番少なくなるようにすべきだと答える人が多かったのです。でも、相手が1人や2人だと運転手が死ぬことに反対する人が多かったり、家族、特に子どもが同乗していると判断が変わったりしました。さらにクルマが理想的な判断をすることと、自分がそのクルマを購入するかどうかは別でした。
 自動運転のクルマは、交通事故が大幅に減る・公害が減る・渋滞が減るなど良い効果が期待できるので各社開発しています。近い将来増えるでしょう。そうした時に備えて、何が道徳的に正しいかを私たち人間がしっかり考えておかなければなりません。=次回は9月3日に掲載

 ■人物略歴
なかむら・かつき
 1963年大阪府高槻市生まれ。京都大霊長類研究所教授。同大理学部卒業後、同大霊長類研究所助手、同助教授、国立精神・神経センター神経研究所部長などを歴任、09年から現職。脳科学者。



そこが聞きたい
障害者社会参加の課題
当人の決定最優先に
 国連障害者権利委員会副委員長・石川准氏
2019年10月1日:毎日新聞

石川准・国連障害者権利委員会副委員長=久野華代撮影

 7月の参院選で重度障害のある舩後(ふなご)靖彦氏と木村英子氏(いずれもれいわ新選組)が国会議員となった。障害者施策の充実に向けた機運が高まりつつある中、障害者の社会参加を巡る世界の潮流と日本が抱える課題を、日本人初の国連障害者権利委員会の委員で、視覚障害者でもある石川准・同委員会副委員長に聞いた。【聞き手・久野華代】

――重度の障害を持つ2人の国会議員が誕生しました。
 障害を持つ人たちが立法府で直接発言できるのは非常に大きなことです。国連障害者権利条約=1=は国家機関全体で実施する義務があります。行政に関しては、内閣府障害者政策委員会が障害者政策を監視する役割を担いますが、立法と司法に対し、条約の実施状況を監視するための枠組みはありません。この条約の締約国は定期的に障害者権利委員会に報告書を提出し審査、勧告を受けますが、重度障害の国会議員が誕生し、国が議員活動を支援することは条約の方向性と合致します。
――海外における障害者の政治参加の現状はどうなっていますか。
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脳性まひといった重い障害を持つ人が国会議員になるケースは他の国でもあまり例はありません。しかし、障害者が国政において議員として活動することは珍しいことではありません。例えばタイなどのように社会を構成する少数派のグループの代表として、国会の議席を障害者に割り当てる仕組みを持つ国もあります。
――日本の障害者施策の課題は何ですか。
 これまで日本では、障害者の権利や自己決定を重んじた施策が弱かったと言えます。障害者の人権よりは、社会や家族の負担の軽減を優先するような施策が主流となってきたのです。障害者を支える家族を支援するという、ある意味で社会の連帯や善意を前提としたものです。ただ、「障害を持つことは本人にとって不幸で、社会や家族にとっては負担」との考えは、障害者の人権を無視して不妊手術が強制された旧優生保護法の問題につながったと思います。
――状況は変わってきていますか。
 国連障害者権利条約は「私たち(障害を持った人たち)のことを、私たち抜きで決めないで」という考え方を基盤としています。だから日本も締約国として、理屈の上では法制度を障害者の人権をベースにしたものに作り替えていかなければなりません。しかし、実際には先ほど述べたような従来の考え方との間でせめぎ合いがあります。日本では「(障害者にとって)最善の利益は専門家や家族らが分かっているから、その人たちの判断や決定がいいのだ」との意見がいまだに多く聞かれます。また、条約では、障害者を社会の構成員として包み込むべきだとする「インクルーシブ」=2=という考え方が原則とされています。しかし、日本には社会から障害のある人を分けたほうがいいとの考えが根強くあります。特別支援学校や障害者施設、精神科病院などは、社会の周辺に用意された「障害者の特別な居場所」の例と言えます。
――そうした日本の現状は障害者権利委員会ではどう受け止められていますか。
 各国の現状を評価するうえで特に重要なのは、その国の法制度が障害者権利条約に基づくものになっているかどうかのチェックです。ほかにも、障害者差別を禁止する法制度がきちんと運用されているか▽交通や建物、情報コミュニケーションへのアクセスを障害者に保障する施策ができているか▽インクルーシブの理念に基づいた教育を進めているか▽地域での自立生活が進められているか▽施設収容主義を脱却して地域で生活できるような地域移行の施策をとっているか▽自己決定を支援する仕組みが動いているか▽二重に暴力や虐待を受けることが多い障害のある女性や子供たちに対する複合的な差別が起きていないか――といった点が重視されます。そうやって見ていくと、日本は世界の主要な先進国であり、社会的にも発展しているにもかかわらず、障害者の権利に関しては従来型の枠組みからの脱却が遅いと言わざるを得ません。
 また、(裁判所とは別に迅速な人権救済措置をはかる)独立人権機関を作るよう、国連機関などから勧告を受けていますが、これができていないことも課題です。日本は、新たに法律を作って枠組みを整備していくよりも、ガイドラインや行政指導で対応しようとする傾向が強く、「日本は日本のやり方でやっている」とする言い分も聞かれます。しかし、日本も条約の締約国となっているからには、実施する必要があるわけです。分かってもらう努力、積極的な対話をしていくかどうかが問われます。
――状況を前に進めるにあたって、重度障害のある国会議員の誕生はどう位置づけられますか。
 木村氏は障害者の自立生活運動を長年実践し、舩後氏はALSという難病ゆえに医学的視点と自己決定の尊重のせめぎ合いを肌身に感じています。そうした活動の中から出てきた議員だからこそ、国会活動の中で潮流の変化に対応し、新たな障害者施策に貢献してもらえるのではないでしょうか。与野党を超えて、障害当事者と他の政治家たちが協力し、議員立法を作っていくことはこれまでもあり、障害分野に熱心な政治家が各党にいます。2人が国会の中で活動することを通じて、党派を超えて影響力を行使できると思います。

聞いて一言
 重い障害を持つ2人の国会議員の誕生については、参院選の「特定枠」を使って当選させた政党側の手法にメディアの関心が集まったきらいもある。だが、2人の国政進出が持つ本質的な意味は、世界各地で障害者らが繰り広げてきた権利獲得のための運動の通過点の一つとなったことにある。来年は東京で五輪・パラリンピックが開催される。国連障害者権利条約の締約国として日本は条約の理念を具体化するさらなる努力が必要だと感じる。

 ■ことば
1 国連障害者権利条約
 2006年に国連総会で採択され08年に発効した障害者に関する初めての国際条約。日本は14年に批准した。今年8月現在で179カ国・地域が締結している。障害者の地域生活や意思決定、教育、労働、政治参加、移動の自由などを保障。条約の実施状況を監視するための「障害者権利委員会」が毎年スイスのジュネーブで実施される。委員は18人で任期は4年間。

 ■ことば
2 インクルーシブ
 「包み込んだ」を意味する英語に由来し、障害者を他の人たちから排除せず扱うという考え方。1990年代前半から国際的に提唱され始めた。国連障害者権利条約では、教育や雇用などあらゆる場面でこの考え方を原則としている。日本では2012年から文部科学省が「インクルーシブ教育」のシステム構築を図っている。

 ■人物略歴
いしかわ・じゅん
 1956年生まれ。「全盲で初めて入学した東大生」として知られる。東京大大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。97年から静岡県立大教授(社会学)。内閣府障害者政策委員長も務める。


低成長、消費増税、少子化......
それでも日本人は楽観していい
JAPAN IS THE FUTURE
2019年10月2日:ニューズウィーク

<状況は決して真っ暗ではない。未来は不透明だが、
日本は未来を先取りする国だからだ。変化の時代を乗り切り、
損をしないために知っておきたいこととは?>

好むと好まざるとに関係なく、変化はやって来る。
必要のない消費増税のように、歓迎できない変化もあれば、キャッシュレス化の進展のように、いい面と悪い面の両面を併せ持つ変化もある。キャッシュレス化は買い物を便利にする半面、プライバシーに関する不安は拭えない。

米中貿易戦争のように、影響が読みにくい変化もある。世界を景気後退に引きずり込む可能性もあるが、日米同盟の強化につながったり、将来的に中国を好ましい方向に変える要因になったりするかもしれない。
未来は不透明だが、日本人は楽観していい。理由は2つある。
第1に、構造的な低成長に悩まされている国は、日本だけではなくなった。「Japanification(日本化)」という英単語を検索すると、何万件もヒットする。世界中で超低金利状態が加速していることからも明らかなように、多くの国で成長への期待がしぼんでいる。
第2に、日本はこれまで数十年にわたり、この状況を経験してきた。低成長時代への心理的対応が既にできていて、新たな対処法も見いだしている。
少子化の進行でも、世界が日本を追い掛けているようだ。いまヨーロッパには、日本より出生率の低い国が10カ国以上ある。男女平等と手厚い子育て支援で知られる北欧のフィンランドでも、合計特殊出生率は日本と大差ない。
バングラデシュやネパールなどの貧しい国も、人口の維持に必要な出生率を辛うじて保っているにすぎない。人口減少は世界的な問題になりつつある。
日本社会で高齢化が進んでいることは事実だが、人々が引退生活を送る年数が増えなければ高齢化は問題でない。日本銀行のエコノミスト、関根敏隆によれば、今の日本の高齢者は昔より生物学的に若くなっている。今日の70~74歳の平均的な歩く速度は、10年前の65~69歳と同程度だという研究もある。
現在、65歳以上の日本人の就業率は約25%。西欧ではこの割合が5%に満たない国もある。日本には80代でエベレスト登頂に成功した人やAV男優として活躍している人もいる。日本は高齢者が元気な国なのだ。
日本に深刻な経済的不均衡が存在することは否定できない。企業収益が過去最高に達しているのを尻目に、一般市民の賃金が停滞していることは、その最たる例だ。この状況で消費税率を引き上げれば、弊害のほうが大きい。そもそも、日本の国家財政が危機に直面しているという認識も正しくない。日本は世界最大の対外債権国だからだ。
しかし、日本の賃金は上昇に向かう可能性が高い。構造的な人手不足に悩まされている日本では、働き手の交渉力が強まると予想されるからだ。
そうなれば、会社は高価な労働力を有効に活用しなくてはならない。その結果、労働環境が改善し、柔軟でオープンな企業文化が形成され、女性や高齢者や外国人の受け入れも進むだろう。
超低金利により、日本の預金者が受け取る利息はほぼ消滅した。しかし、株式の配当が増えれば状況は好転する。日本企業の配当は昔に比べればかなり増えたが、欧米に比べればまだ少ない。株式投資からもっと安定的な配当収入がもたらされるようにすべきだ。
そうした変化が実現すれば、株式相場が何十年も上昇しなくても、個人投資家は配当収入を当てにできる。その場合、配当を老後の生活資金に回せるし、増税のような試練にも対処しやすい。「銀行口座族」と「配当族」の差は天と地ほど大きく広がるだろう。
悪いニュースばかり? ニュースは悪いものと覚悟しておいたほうがいい。大事なのは、賢く投資し続けること。そして、高齢になっても元気であり続けることだ。
日本では、人々の生活水準、健康状態、資産、暮らしの快適さが向上し続けてきた。変化への適応能力に長けた日本では、今後もそうした進歩が続くだろう。世界は日本から目を離さないほうがいい。未来はここにある。
(筆者は近著に『On Kurosawa: A Tribute to the Master Director』〔写々者・刊〕がある)


安倍首相が所信表明で
「お前が言うか」発言と嘘連発!
侵略戦争と植民地支配をなかったことにし
「100年前日本は人種平等を掲げた」
2019年10月4日:LITERA

 よくもまあ、ここまで嘘八百を並べ立てられるものだ。本日、第200回臨時国会が召集され、安倍首相が所信表明演説をおこなったが、その内容はあまりにもデタラメなものだった。
 まず、安倍首相は今回の所信表明演説で「最大の挑戦は、急速に進む少子高齢化」と述べ、今月からはじまった幼児教育・保育の無償化を挙げて「国難とも呼ぶべき少子化に真正面から立ち向かってまいります」と強調した。
 だが、安倍首相はあきらかに都合の悪い話を隠した。そもそも2016年の同演説では、「保育の受け皿整備を加速します」と言って「希望出生率1.8」の実現を掲げた。しかし、今年6月に発表された2018年の合計特殊出生率は1.42。これで3年連続の減少だ。喫緊の課題は言うまでもなく女性の仕事と育児の両立がしやすい環境づくりだが、安倍首相は待機児童の解消や保育士の待遇改善には一言もふれなかったのである。
 さらに露骨だったのは、年金問題だ。安倍首相は胸を張るように、こんなことを言い出した。
「先般の年金財政検証では、アベノミクスによって支え手が500万人増えた結果、将来の年金給付に係る所得代替率が、改善いたしました」
 何をか言わんや。安倍首相が「改善した」と得意気に語った所得代替率は、物価上昇率が2.0〜1.2%、実質賃金上昇率が1.6〜1.1%という、現在の状況とはかけ離れた“大甘”な試算によってはじき出されたものにすぎず、専門家らが現実に近いとする試算では39年後の2058年度には所得代替率は44.5%に。この場合、モデル世帯の“老後の年金不足分”は2000万円どころか3888万円にものぼるとも指摘されている。しかも念のため言っておくが、このモデル世帯というのは平均賃金で厚生年金に40年加入の夫と専業主婦の妻という想定であり、厚生年金に加入していない非正規労働者などの場合はこんなレベルではない、とてつもなく厳しい老後を強いられることになるのだ。
 しかし、安倍首相はこうした“不都合な真実”にはふれず、一方でこう宣言したのだ。
「65歳を超えて働きたい。8割の方がそう願っておられます。高齢者のみなさんの雇用は、この6年間で新たに250万人増えました」
「意欲ある高齢者のみなさんに70歳までの就業機会を確保します」
 高齢者の貧困が社会問題になっていることからもわかるとおり、高齢者の労働者が250万人も増えたのは、年金だけでは生活できないからだ。現に、内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」(2015年)では、「就労の継続を希望する理由」のトップは、ドイツやスウェーデンが「仕事そのものが面白いから、自分の活力になるから」である一方、日本は「収入がほしいから」という回答が49%でダントツの1位になっている。
 ようするに、安倍首相はこの期に及んで“アベノミクスで年金は安心”などという虚構を語り、かたや高齢者を「年金の支え手」としてさらに駆り出すために70歳まで働けるようにすると宣言したのである。
 このように「国難」の少子化や年金制度の問題の本質から目をそらし、ご都合主義の政策を並べ立てた安倍首相だったが、同じように酷かったのが外交に言及した部分だ。

安倍首相は「北方領土は前進」
「日米貿易協定はウィンウィン」と外交成果も嘘だらけ

 たとえば、一昨日には北朝鮮の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域内に落下したばかりだが、演説中、以前のようにそれに対する非難を一切発することはなく、「米国と緊密に連携し、国際社会と協力しながら、国民の安全確保に万全を期します」と述べただけ。2017年には北朝鮮の脅威を煽って「国難」と言っていたのに、トランプ大統領がミサイル発射を無視すれば何も言わなくなるという、まさに“トランプの犬”っぷりを証明したかたちだ。
 しかも、安倍首相はこんな嘘を堂々と吐いたのだ。
「航空機によるお墓参りは3年連続で実現し、長門合意は着実に前進しています。領土問題を解決して、平和条約を締結する。1956年宣言を基礎として、交渉を次の次元へと進め、日露関係の大きな可能性を開花させてまいります」
「日米の貿易協定が合意に至りました。昨年9月の日米共同声明に沿って、日米双方にウィンウィンとなる結論を得ることができました」
 北方領土問題では何の進展もみられないどころか、プーチン大統領がこの問題を解決する気がまるでないのは明々白々。にもかかわらず「着実に前進」などと言い張るとは……。日米貿易交渉が「ウィンウィンの結論」というのも真っ赤な嘘で、日本政府は自動車の関税撤廃を果たせなかったばかりか、今回の合意でアメリカに売り渡す農産物市場はなんと約72億ドル(約7800億円)にものぼる。
 デタラメと嘘にまみれた、今回の所信表明演説。しかし、もっとも呆れたのは、演説の終盤で突如ぶち込まれた、1919年のパリ講和会議の話のくだりだろう。安倍首相がどんな話をおっぱじめたのかを以下に紹介しよう。
「『提案の進展を、全米1200万の有色の人々が注目している』。100年前、米国のアフロ・アメリカン紙は、パリ講和会議における日本の提案について、こう記しました。
 1000万人もの戦死者を出した悲惨な戦争を経て、どういう世界を創っていくのか。新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則として、日本は『人種平等』を掲げました。
 世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は、各国の強い反対にさらされました。しかし、決してひるむことはなかった。各国の代表団を前に、日本全権代表の牧野伸顕は、毅然として、こう述べました。
『困難な現状にあることは認識しているが、決して乗り越えられないものではない』
 日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、いま、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっています。
 いまを生きる私たちもまた、令和の新しい時代、その先の未来を見据えながら、この国の目指すかたち、その理想をしっかりと掲げるべきときです」
 まさしく「お前が言うか」という話だろう。現在、安倍政権が国をあげて煽っている嫌韓によって人種差別やヘイトスピーチが横行する事態に陥っているが、その根本的原因は、過去の過ちを認めようとせず歴史を捻じ曲げつづける安倍首相の歴史修正主義にある。実際、昨年8月にも、国連人種差別撤廃委員会は「慰安婦」問題や朝鮮学校の高校授業料無償化からの除外、ヘイトスピーチなどに対し、日本政府に改善するよう勧告している。

過去の植民地支配も現在の差別政策もないことにした安倍首相

 それが、いまこの国で差別を助長しつづけている“最大のガン”である安倍首相が、「人種平等」を掲げた例を持ち出すこと自体、厚かましいにも程がある。
 だいたい「日本は欧米の植民地主義に抵抗し、人種平等を掲げた」とまるで日本が100年前から人種平等先進国だったような言い草だが、いったい何を言っているのか。当時の日本はすでに韓国併合しておりまさに1919年に三・一独立運動を武力で鎮圧し、その後もアジア各国へ侵略し植民地支配する。侵略戦争もアジアの人々に対する差別と抑圧も全部なかったことにする、歴史修正主義そのものの発言だ。
 しかも唖然とさせられたのは、「人種差別をやめよう」と訴えるでもなく「この国の目指すかたち、その理想をしっかりと掲げるべきとき」などと言い出し、よりにもよって憲法改正の話につなげたことだ。
「現状に甘んずることなく、未来を見据えながら、教育、働き方、社会保障、我が国の社会システム全般を改革していく。令和の時代の新しい国創りを、みなさん、ともに進めていこうではありませんか。
その道しるべは、憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審査会ではないでしょうか。私たち国会議員が200回に及ぶその歴史の上に、しっかりと議論していく。みなさん、国民への責任を果たそうではありませんか!」
 教育も働き方も社会保障も、法律を改悪してズタズタにしてきた張本人が、こんなときだけ「道しるべは憲法」と謳う──。おなじみの詭弁がこの臨時国会でも繰り返されるのかと思うとうんざりするが、こうしたデタラメな話で改憲議論が強引に押し進められないよう、最大の監視が必要だろう。
(編集部)


「反日種族主義は虚構」…
学術団体が最初の反撃に出た
2019年10月2日:ハンギョレ新聞

キム・ミンチョル教授、発表者として項目別に批判 
「日本極右の慰安婦・強制動員否定論理 
ニューライトが陳腐なレパートリーを踏襲」 

チュ・イクジョン「朝鮮半島の財産の85%は日本の財産」と主張 
キム・チャンロク「日本の財産は植民地収奪の産物 
日本政府と裁判所も個人請求権を認定」 

イ・ヨンフン「慰安婦は性奴隷ではなかった」と主張 
カン・ソンヒョン「慰安婦の強制動員は広範囲で 
公娼制は戦前の日本の刑法でも違法」
1日午後、ソウル市龍山区青坡洞の植民地歴史博物館で、
民族問題研究所と日本軍「慰安婦」研究会の共同主催で
「歴史否定を論駁する『反日種族主義』 緊急診断」シンポジウムが開かれている
=キム・ミョンジン記者//ハンギョレ新聞社

 「強制徴用はなかった」「日本軍『慰安婦』は性奴隷ではなかった」などの極端な歴史歪曲で論議を引き起こした『反日種族主義』に向けて、学者と専門家が反撃に出た。民族問題研究所と日本軍「慰安婦」研究会は1日、ソウル龍山区(ヨンサング)の植民地歴史博物館で『反日種族主義』緊急シンポジウムを開き、この本の主張に逐一論破した。『反日種族主義』に対する学術団体レベルの対応は今回が初めてだ。この問題に対する熱い関心を示すかのように80人ほどの聴衆が訪れ、討論の場を熱くした。
 この日、発表者として出席したキム・ミンチョル慶煕大学ヒューマニタス・カレッジ教授(韓国近現代史)は、「2000年代初め、日本で『自由主義史観論者』と自称する極右知識人が、既存の歴史教科書を『自虐史観』に陥ったと攻撃し、日本軍『慰安婦』や強制動員を否定する主張を行った。韓国のニューライトがこうした陳腐なレパートリーを持ち出すのは、解放以後、粘り強く日本政府と企業を相手に被害賠償を要求して闘ってきた強制動員被害者に対する明白な名誉毀損であり、研究者に対する冒とく」であると語った。
 シンポジウムでは、最近の日本の輸出規制措置の背景になった強制動員問題に関する反論が行われた。これに先立ち、チュ・イクジョン落星台経済研究所研究委員は『反日種族主義』で、「(解放直後)日本が残していった財産は、朝鮮半島の総財産の85%に達した。そもそも韓国側が日本に請求するものは、あまりなかった」と主張した。これについてキム・チャンロク慶北大学法学専門大学院教授は、「日本の朝鮮総督府の財産は、大韓帝国の財産を強奪したものだから、当然返さなければならず、日本人の私有財産も植民地統治庇護の下で成立した構造的収奪の産物なので、正当な財産ではない」と話した。キム教授は、チュ研究委員の「1965年の韓日請求権協定で一切の請求権が完全に整理されたのに、韓国最高裁(大法院)がこれをひっくり返した」という主張も問題視した。キム教授は「個人の請求権は協定により消滅していないということは、韓日両国政府と裁判所により確認されている」として「チュ研究委員の論理は『植民地支配責任というものは、初めからない』と前提する場合にのみ整合性を有することができるが、それは安倍政権ですら言い切ることができない時代錯誤的な前提」と指摘した。
 『反日種族主義』にある日本軍「慰安婦」制度に対する主張は、すでに学問的に克服されたものとの指摘も出た。この本でイ・ヨンフン元ソウル大学教授は、「合法的な民間の公娼制が軍事的に動員されたものであり、慰安婦は廃業の権利と自由を持っていたので、性奴隷ではなかった」と主張した。これにカン・ソンヒョン聖公会大学東アジア研究所研究教授は、「現在の研究は、日本軍『慰安婦』制度が植民地公娼制をモデルとしてより抑圧的に変形されたものであるという点、本人の意志に反する強制動員が広範囲に行われ、公娼制が戦前の日本の刑法と国際法でも違法であったという点、『慰安婦』の生活が性奴隷と同じであるという点、さらに植民地公娼制のみならず日本本土の公娼制も性奴隷の観点から見なければならないという点を明確にしている」と述べた。
 発表者は『反日種族主義』の著者の政治的意図も指摘した。パク・スヒョン民族問題研究所事務局長は「筆者の大部分はニューライトで、彼らが主導した代案・教学社・国定歴史教科書は、親日と独裁の美化や内容不十分により廃棄された。学問的に死亡宣告を受けたも同然だ。彼らの意図は、日本の極右勢力『新しい歴史教科書をつくる会』のように大衆的影響力を拡大して保守層を結集し、これを通じて自分たちの立場を強化しようとすること」だと分析した。キム・チャンロク教授は、「イ・ヨンフン氏が小説家の趙廷来(チョ・ジョンネ)氏を非難するために用いた『狂気じみた憎悪の歴史小説家』という言葉は、果たして本当は誰にふさわしいのか」と反問した。
キム・ジフン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/culture/religion/911649.html

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