陳腐化する日本の政治

“護憲派”のボクは、日本国憲法遵守義務を果たそうとしない憲法第99条違反の安倍政権にはホトホトうんざりしている。自民党の党規約まで変えて3選を果たした安倍晋三は、憲法を変えて大統領をつづける、どこかの独裁者のようだ。あと2年だと思って我慢しているのに、「4選…」なんて我慢がならないのはボクだけではない。それにしても、実績のない首相に成り下がり、在職期間だけが実績という安倍晋三。本人は是が非でも改憲を強行したいのだろうが、そうはいつものようにはいかない。国民投票で国民が「アベ政治」を許すはずがないからだ。


安倍政権 長期記録更新 なぜ続く
実績「?」 でも「4選」の声
「標語」繰り出し都合よく修正
2019年10月2日:東京新聞・こちら特報部

 安倍晋三首相の通算在職日数が戦後最長となったことを祝う会が9月30日夜、自民党の二階俊博幹事長らによって開かれた。すでに8月24日に佐藤栄作を超え、来月20日には歴代最長の桂太郎を超える見通し。二階幹事長などは最近、「安倍首相の党総裁4選論」をぶち上げる始末だが、それに対する強い異論さえ出てこない。いったいこの政権はなぜここまで続くのか、いつ終わりが来るのか。
(片山夏子、安藤恭子)

 「皆さんの協力のおかげです。ありがとう」
 安倍晋三首相は9月30日夜の祝宴で、自民党の二階俊博幹事長や岸田文雄政調会長に、こう語ったという。これに先立つ党本部の記者会見で二階氏は「国際社会でこれほど実績を上げた首相は最近例を見ない」とし、最長記録の「理由」を上げた。
 二階氏の言が正しいかどうかは別にして、とにかく安倍首相の通算在職日数は長い。2006年の第一次安倍内閣は安倍氏が病気などによりわずか1年と1日で退陣したが、民主党政権を下野させた2012年12月の衆院選、第二次安倍内閣が組閣後から今月1日までは、2471日に上る。合計で2837日だ。
 戦後、これまでの最長記録は、安倍首相の大叔父である佐藤栄作の1964年11月~72年7月の2798日で、安倍総理はこれを今年8月24日に超えた。11月20日まで務めれば、明治~大正期に何度も首相を務めた桂太郎の2886日を超えて歴代最長の首相在職日数となる。
 在職日数で他にランク入りするのは初代首相伊藤博文の2720日(歴代4位)、吉田茂が2616日(同5位)とそうそうたる顔触れだ。功罪はもちろんあるにしても、それぞれに歴史の教科書に載るような「実績」を残している。
 伊藤博文は何しろ初代首相で、実質的には大日本帝国憲法をつくった。桂太郎は日露戦争で勝利した。吉田茂はサンフランシスコ講和条約に調印して独立を回復した。佐藤栄作は「非核三原則」を打ち出し、沖縄返還を実現した。
 そうした歴史上の政治家と肩を並べ、追い抜いたのが安倍晋三首相である。さて、その実績は。
 政治評論家の有馬晴海氏は「消費税の税率を5%から倍増させたり、特定秘密保護法や集団的自衛権行使を認める安保法制などは強行してきたが、全ての女性が輝く社会づくり、一億総活躍社会、アベノミクスなど選挙のたびに勢いよくぶち上げた標語は、批判や不都合があると修正してきた」と指摘する。
 それらの標語は、いつの間にか安倍首相は口にしないようになり、実現されたかどうかも分からないまま、新たな標語が繰り出される。「ひところ盛んに言われた『国内総生産(GDP)600兆円を実現』というのも最近、聞かなくなった。標語がどんどん変わり、実績がつくれていない」
 歴史に名を残す実績となれば、安倍首相が執念を燃やす憲法改正だが、有馬氏は「なかなかそれがうまくいかない中、もはや、歴代の首相の在職日数を抜き最長記録樹立で名を馳せようという方向になっているのだろう」と推測する。
 実際、二階氏は30日の党本部での記者会見で「国民の『支援しよう』と言う声が自然と起こってくる」として安倍首相の総裁選連続4選を期待した。こうなるといつまでやるのか終わりが見えない。

8月に「戦後最長」→来月で「歴代最長」に
民主批判 外患利用 報道統制 「正義」演出し選挙に勝利

 政権長期化の要因として大きいのは「国政選挙での強さ」と指摘するのは、中北浩爾・一橋大教授(政治学)だ。
 安倍首相は2012年12月の衆院選で、政権を奪還。その後の衆院選で三勝し、今年7月の参院選も前回選より議席は減らしたものの、自民、公明両党で改選過半数を確保した。「衆院の小選挙区制は、1票でも多ければ、選挙区を独占できる。勝者総取り制度。与党が下手をすれば、政権を奪われる緊張感があるから機能するというのが、本来の狙いだったはずが、今はそれが起きない。政権が暴走しても止められない」
 では、なぜ選挙に強いのか。「悪夢の民主党政権」という安倍首相の発言は、自民への支持を呼び込んできたが、実は旧民主党の政策を取り込んでいる部分もある。保育幼児教育や高等教育の無償化などはかつて「子育てを家族から奪い取る」と安倍首相も激しく批判した、子ども手当などの旧民主党政策と重なる。
 「右寄りの政策に振れた野党時代と違い、本来の自民は融通無碍。過去にとらわれず取り組む。組織でまさる自公と、選挙で共闘しても共産党を含む連立に否定的な野党側では、地力の差が大きい。まるでジャイアンとのび太」
 株高や企業利益などにより、アベノミクスは成功しているような印象を与えてきたが、小幡續・慶應大大学院准教授(企業金融)は「異次元の金融緩和などで、短期的な景気を追求したポピュリズム。世界のバブルの持続を背景に支持されてきただけ」とばっさり、「目先の株高より教育の質を向上し、人への投資を進めなければ真の経済成長は見込めない」と指摘する。
 一方、「外患」をうまく利用してきたとの見方もある。自民が大勝した17年衆院選では「北朝鮮のおかげ」と麻生太郎副総理兼財務相が吐露した通りだ。「安倍政権は『やってる感』を醸し出すのがうまい」と言うのは、遠藤誠治・成蹊大教授(国際政治学)。
 「米朝首脳会談を経て、北朝鮮批判が鳴りをひそめると、今度は徴用工問題などで韓国への強硬姿勢を見せるようになった。自らもめ事を起こしながら、対処姿を見せるというマッチポンプ的流れを、国民は見させられている」
 政権維持のため、国民の視線を外に向けるのは、権力者の常套手段でもある。遠藤教授は「安倍外交の現状を見れば、米国との貿易交渉は押し込まれ、朝鮮半島の非核化を目指す国際社会のプレーヤーにもなれず北方領土返還も遠ざかった。見せ掛けの安定に過ぎない」と批判する。
 さらに元NHKプロデューサーの永田浩二・武蔵大教授(社会学)は「安倍政権のメディアコントロールも、長期政権の要因としてある」と言う。14年の衆院選以降、安倍政権は「公平な報道」を建前にテレビ局などに圧力を加えた。16年には当時の高市早苗総務相が停波の可能性に言及した。「懐柔と圧力で批判的な報道は抑えつけ、リベラルなキャスターは事実上、交代させられた。異論を伝えられない不健全なメディア状況だ」。一方、17年の憲法記念日の読売新聞紙面は、改憲への意欲を語る安倍首相の単独インタビュを展開。安倍首相は国会で「読売新聞を熟読してほしい」と語った。

「ひずみ」広がり 地方から声も

 先月の共同通信世論調査の内閣支持率は55%。政権はなお盤石のようだが、永田氏は「長期政権のひずみが広がりつつある」と終わりの始まりを見出す。
 「消費税導入などの陰で、痛みを感じる人たちも増えている。辺野古新基地建設や、イージス・アショアの配備に反対し、地方の知事も声を上げている。我慢せず、現状を変えようと声を上げる動きも、広がるのではないか」

デスクメモ
 何か大宰相らしい器量が伝わるエピソードや、佐藤栄作の「人事の佐藤」のような二つ名はないだろうかと振り返っても、何も思い浮かばないのは、なぜだろうか。彼が大宰相ではないから?そんなことを言うと「非国民だ」と指弾されそうな空気をつくったことだけは、確かなのだが。      (歩)


内田樹
「米中2大国に対して東アジア諸国は
21世紀の合従論を語るべきだ」
2019年10月2日:AERA

 前から「東アジア共同体」を提唱している。

 日韓連携を中核として、台湾、香港を結ぶ「合従」を以て、米中2大国の「連衡」戦略に対応するというアイデアである。荒唐無稽な話だが、利点はこのエリアに居住している人々のほぼ全員が「合従連衡」という言葉を知っているということである。

 戦国時代に燕趙韓魏斉楚の六国同盟によって大国秦に対抗することを説いた蘇秦の説が「合従」。6国を分断して、個別に秦との軍事同盟を結ばせようとしたのが張儀の説いた「連衡」である。歴史が教えてくれるのは、より「現実的」と思えた連衡策を取った国々はすべて秦に滅ぼされたという結末である。

 東アジアでは、中学生でもこの話を知っている。だから、誰でもが「米中2大国のいずれかと同盟する」という解の他に「同じ難問に直面している国同士で同盟する」という解が理論上は存在することを知っている。「ほら、あれ、『合従』ですよ」と言えば話が通じる。別に国際関係論上の新説を頭から説明しなくて済む。

 日韓に台湾・香港を足すと、人口2億1千万人、GDP7兆2500億ドルの巨大な経済圏ができ上がる。何よりこの4政体は民主主義という同一の統治理念を共有している。とりわけ日韓は家族形態が同型的である。エマニュエル・トッドによれば、家族形態が同型的であれば、めざす国家体制も同型的になる。「このメカニズムは自動的にはたらき、論理以前のところで機能する」(『世界の多様性』)

 興味深いことに、中国でも、秦だけが共同体家族制で、東方の6国は直系家族制だった。つまり、「合従連衡」は単なる政治単位の数合わせゲームではなく、無意識のうちに、志向する国家形態の違いを映し出していたのである。

 明治時代には樽井藤吉の『大東合邦論』というスケールの大きな合従構想があった。いま中国の「秦化」に向き合う東アジア諸国は改めて「21世紀の合従論」を語ってもよいのではあるまいか。日韓の断絶がそれを不可能にしているのだが、私は嫌韓言説は「無意識的な連衡論」ではないかとひそかに疑っている。

※AERA 2019年10月7日号


オスプレイ暫定配備
 木更津市、防衛省に質問書
2019年10月1日:東京新聞・千葉版

防衛省がオスプレイの暫定配備を目指す陸上自衛隊木更津駐屯地=木更津市で(6月21日撮影)



 木更津市は30日、陸上自衛隊木更津駐屯地への垂直離着陸輸送機「オスプレイ」の暫定配備計画に関し、配備期間や安全性などの説明を求めた質問書を防衛省に送付した。これまでの住民説明会で出た疑問をまとめたもので、県も同日付で、同様の質問書を提出した。市は同省の回答を待って、県と受け入れの可否を最終判断する方針。 (山田雄一郎)
 木更津市の質問書は、(1)暫定配備の見通しと内容(2)木更津駐屯地を選定した理由(3)オスプレイの安全性(4)生活環境への影響(5)周辺産業への影響-の五項目からなり、計二十五の質問を列挙した。
 このうち、暫定配備の見通しについては、同省が恒久配備先として掲げる佐賀空港(佐賀市)での駐屯地建設期間が五年とされている点を踏まえ、「暫定配備期間は五年以内か」などとただした。
 また、他の基地と比べ木更津駐屯地を選んだ理由、オスプレイを安全と判断した根拠をデータで具体的に説明するよう求めた。騒音や振動対策をどうするか、漁獲高などに影響が出た場合、補償の考えがあるかも尋ねた。
 市企画課は「なるべく早く回答いただけると期待している」とコメントした。
 防衛省は五月二十四日、木更津市と市議会にオスプレイの暫定配備計画を説明。六月中旬から基地周辺の各地区や、飛行ルート下の市内六漁協を対象に説明会を実施した。八月三日には、全市民を対象とした説明会で、理解を求めてきた。
 市は今後、防衛省から回答が到着し次第、基地周辺の区長らに内容を説明。市議会の判断も踏まえ、渡辺芳邦市長らが県と協議し、暫定配備を受け入れるかどうか表明する見通し。

◆「理解得ていきたい」

<防衛省の話> 「質問に丁寧に回答するなど誠心誠意対応し、暫定配備への理解を得ていきたい」

◆県も質問書「恒久配備にならないか」

 県の防衛省に対する質問書は、木更津市からの質問内容に加え、オスプレイの佐賀空港への配備が地元漁協の反対で頓挫した場合、木更津駐屯地が恒久配備先にならないか尋ねた。
 また、同駐屯地の周辺空域で基本操縦訓練を行う場合、木更津市の空域に限られるのか、それとも他の自治体にまで広がるのかただした。石油化学コンビナートなど工場上空を飛行するかどうかも質問に加えた。
 県は防衛省に、10月31日までの回答を要請。木更津市からの質問書に真摯(しんし)に対応することも求めた。 (山田雄一郎)


やんばるの森に米軍の影
世界自然遺産へ 来月ユネスコ調査
かつての訓練場 残る銃弾、タイヤ、ドラム缶 環境省「適切に除去」
2019年9月30日:東京新聞・こちら特報部

 絶滅危惧種が生息しているとして、日本が世界自然遺産の登録を目指す「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(鹿児島、沖縄)で、10月5日からユネスコ側が調査を始める。前回は登録がならず、今度こそはと期待がかかるのだが、ここにきて、3年前に米軍から返還された「やんばるの森」に、米軍が放置したごみが散乱していることが判明した。米軍の「負の遺産」を抱えたままで自然遺産となれるのか。
(石井紀代美)

やんばるの森と世界自然遺産 鹿児島県の奄美大島、徳之島、沖縄県西表島とともに貴重な固有種が残る地域で、ヤンバルクイナやノグチゲラなどが生息。日本が国内5つ目となる世界自然遺産登録を目指す。2017年2月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)へ推薦したが、対象地が分散している
ことなどを理由に国際自然保護連合(IUCN)から「登録延期」を勧告された。対象地を整理して、今年2月に推薦書を再提出している。

 「こんなものが、森の中にたくさん捨てられたままになっている。世界自然遺産になれるとは、とうてい思えない」。チョウ類研究者の宮城秋乃さん(41)はそうつぶやき、自宅で保管する大量の照明弾や薬きょうを眺める。すべて使用済みで安全とはいえ、武器らしいものものしさは残る。
 宮城さんがこれらを拾ったのは沖縄本島北部に広がる密林地帯「やんばるの森」。かつては米軍北部訓練場だった。同訓練場では、ベトナム戦争中の1960年代、東南アジアのジャングル戦を想定した訓練が行われたという。2016年12月、その一部の4000㌶が返還された。
 日米地位協定により、米軍は原状回復の義務を負わないため、米軍は後始末をせず、沖縄防衛局が約1年かけて廃棄物処理や土壌汚染の調査をした。作業が終わり、林野庁などの地権者へと引き渡されたのは17年12月。宮城さんはその直後、返還された「やんばるの森」がどうなっているのかを調べるため、森に分け入った。
 「1年やそこらでこれだけ広い森をきれいにできるわけがない」と予想はしていたものの、いざ入ってみると、想像以上にごみが散乱。山道や斜面のあちこちに銃弾や英語が書かれた弾薬箱、大型車両のタイヤ。中には未使用の照明弾もあった。今年9月に入った際には、460発もの未使用弾や不発弾がまとまって廃棄されている場所を見つけた。
 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は「照明弾は激しく燃焼しながら、周囲を明るく輝かせる。人がそばにいたら大やけどをするほど威力があり、不発弾とはいえ非常に危険だ」と言う。
 宮城さんは、小さな沢のある谷で、地中に埋まったドラム缶を見つけたこともる。これまで沖縄では、米軍施設の返還地からドラム缶が掘り起こされたケースが複数あり、ダイオキシンなどの有害物質が検出されている。
 土壌汚染を疑った宮城さんは、周囲の土を集め、名桜大(沖縄県名護市)の田代豊教授(環境化学)に分析を依頼。すでに使用が禁止されている農薬「DDT」や「ポリ塩化ビフェニール(PCB)」など有害な化学物質が検出された。
 田代教授は「それほど濃度は高くないが、以前はまとまった量がそこにあっただろうと思われるレベル。ほかの場所も調べれば、検出される可能性がある」と指摘する。
 だが自然遺産登録を所管する環境省環境計画課の高瀬裕貴氏は「支障となるものは、防衛相が適切に除去したと考えている」と語る。沖縄防衛局報道室の親富祖良太氏も取材に「土地の使用履歴などを考慮し、必要な範囲をしぼって調査した。必要な措置は講じた」と答えた。

問題抱えたままの登録「禁じ手」
推薦地上空 米軍ヘリ「日常的に」低空飛行
土壌汚染の可能性 希少種の生態にも影響

 そもそも、沖縄防衛局の報告書によると、廃棄物除去の対象エリアは、ヘリパッド跡周辺や過去のヘリ墜落事故現場など5㌶に限られる。返還地4000㌶の0・1%に過ぎず、1957年から60年も使われてきた訓練場全体がきれいになるわけがない。ただ、この森が抱えるのはごみ問題だけではない。
 北部訓練場の一部返還は残った訓練場に6つの新たなヘリパッドを造ることが条件だった。新ヘリパッドではオスプレイやヘリの飛行訓練が頻繁に行われ、現訓練場と返還地の上空を自由に飛び回っている。現訓練場と返還地との間で境界が意識されている様子はない。
 今月4日午後、宮城さんが返還地のヘリパッド跡周辺を調査していたところ、突然米軍のヘリの爆音が耳をついた。急いでヘリパッド着陸面に向かうと、ローターの暴風で周囲の木々を激しく揺らしながら、ヘリは着陸。乗員の米兵が、機体から身を乗り出すようにして宮城さんを確認した後、すぐにまた飛び立った。
 沖縄防衛局の親富祖氏は「北部訓練場内のヘリパッドに着陸する予定だったが、誤って変換地に着陸した、と米軍側から説明を受けた」と話すが、宮城さんは「自然遺産の候補地なのに、しょっちゅうこの近辺を低空飛行している。今回はたまたま私に見られただけではないか」と不審がる。
 つまり、ついつい元のヘリパッドに着陸してしまうほど米軍が日常的に活動しているエリアは、自然遺産として適当と言えるのか、という問題があるのだ。
 自然保護アナリストの辻村千尋氏は、湿潤な環境がこの森の特徴としたうえで、「ヘリやオスプレイなどの下降気流が森を乾かし、生態系を変えたり、振動や騒音がストレスとなり、繁殖成功率が低下したりする恐れがある。墜落事故を起こせば、山火事や油流出で生きものたちに致命的な影響が及ぶ」と言う。
 辻村氏が最も警戒するの廃棄された軍用品からの土壌汚染の可能性だ。「動物の生殖機能などに欠陥を及ぼす可能性がある。今はまだ影響が出ていないだけで、気が付いたときには生態系ががらりと変わりかねず、そうなれば手遅れ。金属探知機などを使った調査をもっと広範囲にやるべきだ」と説明する。
 一方、NGO「ジュゴン保護キャンペーンセンター」の吉川秀樹さんは、政府が今年2月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出した推薦書を問題視する。廃棄物問題や米軍ヘリの影響に、何も触れていないからだ。
 推薦書には世界遺産にふさわしい理由、希少種を保護する方法などが記載されている。ヤンバルクイナの外敵のマングースや密猟者、交通事故などは「脅威」として明記されているが、そこに米軍は出てこない。土壌汚染や水質汚濁については「なかった」と言い切っている。「問題があるのに、ないことにして登録を目指すのは、やってはいけない禁じ手。まやかしの自然遺産ではなく、真の自然遺産を目指すべきだ」
 ユネスコの諮問機関「国際自然保護連合(IUCN)」は10月5日から、推薦書の内容を確認するため、現地調査。2020年5月ごろに世界遺産にふさわしいかどうかの勧告を出し、それを踏まえ、世界遺産委員会が最終的な判断を下す。前出の辻村氏はこう語る。「やんばるの森そのものは登録される価値がある。ただ、現状のままでは、世界遺産にふさわしくないのは明らか。仮に登録されたとしても、問題を解消しなければ、危機遺産リストに入ったり、登録抹消になる可能性が高い」

デスクメモ
 ベトナム戦争では枯葉剤が使われ、その影響でベトナム人に悲惨な後遺症が出た。その戦争の訓練が行われた訓練場に、無数の弾薬や化学薬品が放置されていたとなれば、やはり警戒せざるを得ない。日本政府は、米軍にきちんと「負の遺産」を解消させるのがスジではないか。            (歩)


自民に絶望「国が壊れる」
 25年の沈黙破った男の独白
2019年10月3日:朝日新聞

 かつて自民党で将来の首相候補と目され、汚職事件での逮捕、失職を経てメディアの取材に沈黙を貫いてきた中村喜四郎衆院議員(70)=当選14回=が朝日新聞のインタビューに応じた。無所属の立場で安倍政権に対抗できる「強い野党」づくりに心血を注ぐ理由を語った。自他ともに認める保守政治家を突き動かしたのは、今の自民党に対する「絶望」だった。

自民党は、おそろしく権威主義的になってしまった

 ――ゼネコン汚職事件で1994年に逮捕され、最高裁まで争いましたが、2003年に実刑が確定し、失職しました。この間、貫いてきた沈黙を破って、インタビューを受けた理由は何ですか。
 「刑事事件がありましたからね。事件のことをああでもない、こうでもないと語っても意味がない。だから20年近く何もしゃべりませんでした。だけど、日本はもう限界だなと思った。このままでは国が壊れてしまうと考え、野党に協力することにしました。有権者は、私を自民系の政治家だと見ています。野党にかじを切った理由を伝えなくてはならないと思いました。自民党は変わってしまった」
今の自民党に対する思いや野党が強くなるための戦略――。
――大学卒業後、田中角栄元首相の秘書になり、27歳で衆院議員に初当選しました。旧竹下派で将来の首相候補として嘱望され、40歳で初入閣し、その後建設相にも抜擢(ばってき)されました。自民党政治を体現してきた中村さんがいう党の変化とは何でしょう。
 「自民党は、おそろしく権威主義的になってしまいました。反対意見を排除して、敵とみなした者を厳しく攻撃する。総裁選で安倍晋三首相と争った石破茂さんは、参院選であまり応援演説を頼まれなかった。党がそういう雰囲気をつくっているように見えます」
 「政府内では内閣人事局に人事を握られた官僚が、首相官邸を向かざるを得ないシステムができあがった。森友・加計問題が象徴的ですが、忖度(そんたく)政治はますます強まるでしょう。政治にまともな議論がなくなったのは深刻です。消費増税や財政再建についても、先の見通しが立たないまま、言っていることがころころ変わる。一番問題なのは北方領土でしょう。2島返還、あれはない。自民党が長年主張してきた4島返還を突然変えた。領土問題は国の根幹で、譲ってはいけないところだ」
 ――なぜ自民党は変わったのでしょうか。
 「選挙制度が大きいでしょうね。衆院が小選挙区制になって、党本部の公認権が強まり統制力が増しました。議員は刺客を立てられることを恐れ、党執行部を絶対視するようになりました。首相が訳の分からない解散をしていることも大きい。消費税を上げないとか国難突破とか、有権者が選択しようがない理由で解散する。自民党にもおかしいと思っている人がいるが、そのまま通ってしまう」
 「権力を握る者は、権力に抑制的でなければならない。反対意見をきちんと聞く。失敗したら自己批判もする。昔の自民党はそういう大人の政党でした。良くも悪くも派閥均衡型で、全員野球をめざすことが党運営の基本でした。批判もありましたが、活気があったことは間違いありません。いまは権力への抑止力がなくなっている。非常に恐ろしいことです。民主主義が壊され、独裁的な体制にも入りかねないと思っています」

閉塞感の中で政治家たちは目先のことばかり

 ――衆院の選挙制度を小選挙区から中選挙区に戻すべきだということですか。
 「それをやれば政治が変わります。派閥が活発で金権問題があったと言われた中選挙区の時と今を比べたら、どっちがいいのか。今は政治家がものを言わない。小選挙区で落ちた人が比例区で復活してくる。閉塞(へいそく)感の中で、目先のことしか追いかけない。政治家の発言がまことに軽い。こんなことは中選挙区では絶対になかったことですよ。かつて我々は小選挙区に反対して守旧派と呼ばれたが、今度は改革派として『選挙制度を変えろ』と言う番が来たと思います」
 ――7月の参院選では競合する野党の調整をし、8月の埼玉県知事選では野党系候補の支援に回りました。野党に協力すれば政治は変わるのでしょうか。
 「野党が弱いことも、自民党がこうなっている理由です。自民党内から健全性を取り戻す考え方は絶望的です。野党を強くして対抗勢力を育てるのも、保守政治家の仕事ではないかと思います」

日本の再建につながる民主主義 無心で頑張るしかない

 ――どういうことですか。
 「国会が空洞化し、数の力で物事が決まっていく中で、国民の声が届かなくなってきた。私の目標は、国民が政治への関心を取り戻すことです。野党がしっかりとした主義主張、戦略を持って与党に迫っていく。一番良いのは、野党が政権を取ることです。ただ、政権交代しなくても、野党が50議席増やしたら政治に緊張感が生まれる。自民党に『このままでは生き残れない』と自浄作用が生まれる。保守に路線を切るばかりではなく、リベラルに切ろうという動きが生まれてくる。野党が自民党と本当のせめぎ合いをすることが、日本の再建につながる。それこそが民主主義です」
 ――無所属で活動中ですが、たとえば立憲民主党に入る可能性はありますか。
 「私はまだ無所属でいます。その方が選挙協力を野党の皆さんにお願いしやすい。刑事事件で有罪になった人間です。その間、地元の人や国民に迷惑をかけ通した。それを取り戻すには無心で頑張るしかない。日本再建に情熱を傾けたい気持ちは、最初に当選した時よりも、今の方が強いです」(聞き手・寺本大蔵)

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