変動帯に原発立地?

40年前、教員になった時から「日本の原発は危ない」と授業で話してきた。その頃、先輩の地理教員から「こんさん、変ってるね、原発に反対なんだ」と言われたことをよく覚えている。
変動帯にある日本列島に原発立地の余地はなく、さらに高レベル放射能廃棄物を100000年間保管する場所などあるはずがないからだ。
少し地理をお勉強すれば自ずと答えは出る問題だ。この40年間、原発に注ぎ込んだお金を、支援エネルギー開発に投資すれば、日本はエネルギー先進国となっていたに違いない。
ボクのアイデアの一つは、海洋浮体発電だ。波の波長に合わせて、浮体構造物を建設し、その中に発電機を設置して、波の力で中の液体が移動するときに発電タービンを回す仕組みだ。
日本の海洋領域は世界6位の広大なもので、この海面の波力を利用できれば、巨大なエネルギーを得ることができる。
頭のイイ方が、チョッと工夫すれば、他にも様々なアイデアがあるはずだ。

問うべきは原発事故の不可解な巨大さ
 柳田邦男さん寄稿
2019年9月20日:朝日新聞

 東京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣の刑事責任を問えないと判断した19日の東京地裁判決。ノンフィクション作家で、政府の福島原発事故調査・検証委員会で委員長代理を務めた柳田邦男さん(83)が判決を法廷で傍聴し、裁判の意味するものについて寄稿した。
 安全論の逆説的格言に、「法規の枠組みだけで仕事をしていると事故が起こる」というのがある。東京電力福島第一原発事故を巡る経営首脳の刑事責任を問う裁判の判決を傍聴していて、この格言はやはり正しいと思った。
 東電が福島原発事故を防ぎ得たか、経営判断の一つの分かれ目になったのは、事故発生3年前の2008年6月、安全担当部門から、経営陣の中で安全対策の責任を担っていた当時原子力・立地本部副本部長の武藤栄被告に「最大津波15・7メートル」という予測値が提示された時だ。武藤被告はこの予測値には信頼性がないと判断し、継続研究を命じた。
 その後、東日本大震災発生まで関係部門が信頼に足る津波予測値を求める研究を続けた。経営陣に万一原発が津波に襲われたら深刻な事態になるという原発事業者に欠かせない鋭いリスク感覚があれば、完全な対策は緊急には無理にしても、せめて減災のために、全電源喪失を防ぐ策としての予備電源設備の高台への移設、配電センターや重要建屋の水密化など、元々あるべきだった安全対策の工事を命じることはできたはずだ。
 だが、判決は研究の努力を延々と紹介する一方で、経営陣の対処の是非については「責任を負う立場にあったからといって、発生した事故について、当然に刑事責任を負うことにはならない」と断じて結んでいる。
 法律論からはかかる判断を仮に是としても、深刻な被害の実態の視点から考察するなら、たとえ刑事裁判であっても、刑事罰の対象にならないと結論を出すだけでよいのかと思う。
 事故後間もなく、崩壊した巨大な原子力建屋のすぐそばに立ち見上げた時、全身が震えた恐怖感。高濃度汚染地帯の「死の町」の情景。長期避難を強いられた被害者たちの苦難。避難のストレスによる災害関連死の数々。8年余りにわたり見つめてきた原発事故の凄絶(せいぜつ)さは、ただ事(ごと)ではない。
 問われるべきは、これだけの深刻な被害を生じさせながら、責任の所在があいまいにされてしまう原発事業の不可解な巨大さではないか。これが一般的な凶悪事件であるなら、被害者の心情に寄り添った論述が縷々(るる)記されるのが通例だ。裁判官は歴史的な巨大な複合災害である事故現場や「死の町」や避難者たちの生活の現場に立ち、そこで考えようとしなかったのか。
 安全に関する思想は、今世紀に入って大きく変わりつつある。
 前記の「最大津波15・7メートル」という予測値が東電経営陣に提示された1年前の07年6月、政府の航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)がJR宝塚線(福知山線)脱線事故=05年4月発生、死者107人=の調査報告書を発表していた。その中で、リスク評価と安全の取り組みについて、従来の確率論や法規の枠組みにとらわれない画期的な思想が提起されているのだ。高速の鉄道においては、たとえ発生頻度(発生確率)が小さくても、万が一事故が起きて重大な人的被害が生じるおそれがある場合には、未然に事故を防ぐ対策を推進すべきであるというのだ。この思想は、鉄道・航空界では一般化しつつある。
 鉄道事故とは桁違いに規模の絶大な被害をもたらし、国家的危機に発展しかねない原発の安全対策にこそ、この思想の導入は緊急に必要だと言えよう。
 もう一つ重要な新たな安全思想は「組織事故」という事故と安全のとらえ方だ。重大事故は現場の作業員のミスだけで起こるのはまれで、組織の経営、設計・製造、マニュアル作成、管理、現場作業など様々なレベルに潜む欠陥や失敗などが連鎖的につながって起こるのだ。特に重要なのは、経営レベルにおける意思決定や躊躇(ちゅうちょ)だ。この思想は世界の公共交通機関において共有されるようになっている。
 刑事責任追及の裁判と安全確立のための事故調査とでは、追及の枠組みと結論の絞り方が、本来異質だ。だが、今回の裁判の対象は巨大な被害を生じさせた原発事故であり、被告席に立たされたのは経営陣であったのだから、判決文では、有罪・無罪に関わらず、この国の未来の安全と国民の納得・安心につながる格調の高い論述を展開してほしかった。
     ◇
 やなぎだ・くにお 1936年生まれ、ノンフィクション作家。政府の福島原発事故調査・検証委員会では委員長代理を務めた。著書に航空機事故を取材した「マッハの恐怖」(71年)など。


【要旨まとめ】
東電旧経営陣3人無罪、強制起訴地裁判決
2018年9月20日:朝日新聞

 東京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された事件で、勝俣恒久・元会長(79)、武黒(たけくろ)一郎・元副社長(73)、武藤栄・元副社長(69)の3被告をいずれも無罪とした19日の東京地裁判決の要旨は以下の通り。

第1 本件公訴事実の要旨

 被告人勝俣は、2002年10月から東京電力代表取締役社長、08年6月から代表取締役会長として、東京電力が福島県双葉郡大熊町に設置した福島第一原子力発電所(本件発電所)の運転、安全保全業務に従事し、被告人武黒は、05年6月から常務取締役、原子力・立地本部本部長、07年6月から代表取締役副社長、同本部本部長、10年6月からフェローとして、被告人武藤は、05年6月から執行役員、同本部副本部長、08年6月から常務取締役、同本部副本部長、10年6月から代表取締役副社長、同本部本部長として、それぞれ被告人勝俣を補佐して、本件発電所の運転、安全保全業務に従事していた。被告人3名は、いずれも上記各役職に就いている間、本件発電所が想定される自然現象により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合には、防護措置等の適切な措置を講じるべき業務上の注意義務があったところ、本件発電所に小名浜港工事基準面から10メートルの高さ(O.P.+10メートル)の敷地(10メートル盤)を超える津波が襲来し、その津波が非常用電源設備等があるタービン建屋等へ浸入することなどにより、本件発電所の電源が失われ、非常用電源設備や冷却設備等の機能が喪失し、原子炉の炉心に損傷を与え、ガス爆発等の事故が発生する可能性があることを予見できたのであるから、そのような事故が発生することがないよう、防護措置等の適切な措置を講じることにより、これを未然に防止すべき業務上の注意義務があった。被告人3名は、これを怠り、防護措置等の適切な措置を講じることなく、漫然と本件発電所の運転を継続した過失により、11年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(本件地震)に起因して襲来した津波が、10メートル盤上に設置されたタービン建屋等へ浸入したことなどにより、同発電所の全交流電源等が喪失し、非常用電源設備や冷却設備等の機能を喪失させ、これによる原子炉の炉心損傷等により、①3月12日午後3時36分頃、1号機原子炉建屋の水素ガス爆発等を惹起(じゃっき)させ、その外部壁等を破壊させた結果、飛び散ったがれきに接触させるなどして、3名に骨折等の傷害を負わせ、②3月14日午前11時1分頃、3号機原子炉建屋の水素ガス爆発等を惹起させ、その外部壁等を破壊させた結果、飛び散ったがれきに接触させるなどして、10名に骨折等の傷害を負わせ、③双葉郡大熊町所在の双葉病院の入院患者31名及び同町所在のドーヴィル双葉の入所者12名を、上記水素ガス爆発等により、長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果、3月14日ごろから29日までの間に、搬送の過程または搬送先において死亡させ、④上記水素ガス爆発等により、双葉病院の医師らが同病院から避難を余儀なくさせられた結果、入院加療中の1名に対する治療及び看護を不能とさせ、これにより同人を、3月15日ごろ、同病院において死亡させた。

第2 前提となる事実

 1 東京電力による本件発電所の設置、運転
 本件地震発生当時、東京電力は本件発電所を設置、運転し、原子力・立地本部が本件発電所の運転・安全保全業務を統括し、同本部内の原子力設備管理部が設備の中・長期的課題の集約・検討、長期保全計画の策定、設備管理の取りまとめ、技術検討、耐震設計に関する検討・取りまとめ等の業務を分掌し、同部内の土木グループ(組織変更に伴う名称変更にかかわらず「土木グループ」という。)が津波水位評価の業務を分掌していた。
 2 被告人らの東京電力における地位と権限等
 被告人らは、東京電力において、公訴事実記載の期間、同記載の役職に就き、所定の権限を有していた。
 3 本件発電所の概要

 (1)配置、構造

 本件発電所は、福島県双葉郡大熊町及び同郡双葉町にまたがって位置し、敷地東側が太平洋に面し、6基の沸騰水型軽水炉が設置されていた。このうち1号機~4号機は、原子炉建屋、タービン建屋等の主要建屋が10メートル盤に配置され、非常用海水系ポンプが海側の4メートル盤の屋外に配置されていた。

 (2)1号機~3号機の安全機能

 原子炉施設には、放射性物質の施設外への漏出を防止するために、原子炉を速やかに停止する「止める機能」、炉心の冷却を続ける「冷やす機能」、放射性物質の施設外への漏洩(ろうえい)を抑制する「閉じ込める機能」が備え付けられており、各号機においても、各機能を担う設備が備え付けられていたが、「冷やす機能」を担う設備の多くは、制御や駆動のために電源が必要であった。

 (3)1号機~3号機の電源設備

 各号機は、運転中、各号機の発電機から電力の供給を受け、原子炉が停止した場合、本件発電所の外部または隣接号機の発電機から電力の供給を受け、これらの電力の供給も受けられなくなった場合、タービン建屋地下等に設置された非常用ディーゼル発電機から、建屋地下等に設置された電源盤を経由して電力の供給を受ける設計となっていた。

 4 本件事故の概要

 (1)本件地震の発生と津波の襲来

 11年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするMw9・0の本件地震が発生した。この地震は、陸のプレートとその下に沈み込む太平洋プレートの境界で発生した逆断層型地震であり、複数の領域が震源域として連動し、震源域は日本海溝の岩手県沖から茨城県沖までの長さ400キロ以上、幅約200キロに及び、断層のすべり量は最大50メートル以上と推定され、規模、震源域とも、国内観測史上最大のものであった。本件地震に伴い発生した護岸における高さ約13メートルの津波が本件発電所に襲来し、防波堤を越えて全面的に敷地へ遡上(そじょう)し、4メートル盤及び10メートル盤の全域が浸水した。

 (2)本件地震発生から津波到達までの1号機~4号機の状況

 本件地震発生時、1号機~3号機は定格出力運転中、4号機は定期検査のため停止中であった。1号機~3号機では、本件地震の震動を検知したため、11日午後2時47分ごろ、原子炉が緊急停止し、各号機及び隣接号機の発電機から電力の供給を受けることができなくなり、本件発電所の外部から電力の供給を受けることもできなくなって、非常用ディーゼル発電機から電力の供給を受けて、非常用復水器(IC)、原子炉隔離時冷却系(RCIC)等の非常時に炉心を「冷やす機能」を担う設備が作動していた。

 (3)津波到達後の1号機~4号機の状況

 各号機では、津波が襲来して10メートル盤上のタービン建屋等の主要建屋内に大量の水が浸入したことにより、非常用ディーゼル発電機や電源盤、蓄電池の多くが被水して、電源のほとんどを喪失した。そのため、1号機~3号機では、炉心を「冷やす機能」を喪失した結果、圧力容器内の水位が低下して燃料が露出する状態となり、燃料及び被覆管の温度が急上昇し、被覆管の材料が化学反応を起こして大量の水素ガスが発生するとともに、被覆管の溶融により燃料から多量の放射性物質が放出され、これらが圧力容器から格納容器内に、更に原子炉建屋内に漏洩して蓄積した。
 1号機では12日午後3時36分ごろ、3号機では14日午前11時1分ごろ、それぞれ何らかの原因で原子炉建屋内の水素ガスに着火して原子炉建屋が爆発し、2号機では、1号機の原子炉建屋が爆発した際の衝撃により、原子炉建屋上部のブローアウトパネルが外れて隙間ができ、この隙間から水素ガス及び放射性物質が放出された。4号機では、3号機の格納容器ベントを行った際、3号機で発生していた水素ガスの一部が配管を通じて4号機の原子炉建屋内へ流れ込んで蓄積し、15日午前6時14分ごろ、何らかの原因でこれに着火して原子炉建屋が爆発した。

 (4)死傷結果の発生

 公訴事実①の3名は、本件発電所1号機の注水作業に従事していたところ、1号機原子炉建屋の水素ガス爆発により飛び散ったがれきに接触し、または爆風で飛ばされて体を地面に打ちつけたことにより、骨折等の傷害を負った。
 公訴事実②の10名は、本件発電所における事故収束のための作業に従事していたところ、3号機原子炉建屋の水素ガス爆発により飛び散ったがれきに接触し、またはがれきを避けるために走って避難した際に転倒したことにより、骨折等の傷害を負った。
 公訴事実③の43名は、福島県双葉郡大熊町所在の双葉病院(本件発電所の南西約4・5キロ)の入院患者のうちの31名と、同町所在の介護老人保健施設ドーヴィル双葉(同南西約4・4キロ)の入所者のうちの12名であり、避難指示を受けて、3月14日午前7時ごろから16日午前3時40分ごろまでの間に、自衛隊によりバス等に乗せられて避難先へ出発したが、長時間にわたる搬送及び待機を伴う避難を余儀なくされた結果、身体に過度の負担がかかり、3月14日ごろから29日までの間に、搬送の過程または搬送先において死亡した。
 公訴事実④の1名は、双葉病院の入院患者であり、残っていた医師らが、3月14日午後10時30分ごろ、警察官から命じられて病院からの避難を余儀なくされた結果、必要な治療及び看護を受けられなくなったことにより、3月15日ごろ、双葉病院において死亡した。

第3 本件の主たる争点

 1 はじめに

 過失により人を死傷させたとして業務上過失致死傷罪が成立するためには、人の死傷の結果の回避に向けた注意義務、すなわち結果回避義務を課す前提として、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本的部分について予見可能性があったと合理的な疑いを超えて認められることが必要である。

 2 当事者の主張の骨子

 (1)指定弁護士の主張

 本件において前記の予見可能性があったというためには、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来することを予見できたことが必要である。その予見は、もとより一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りないが、上記のような津波が襲来する可能性が相応の根拠をもって示されていれば、予見可能性を認めることができる。そして、被告人らは、以下のアからコまでの事実などを重要な契機として、一定の情報収集義務(情報補充義務)を尽くしていれば、上記の予見は可能であった。

 ア 02年7月31日、文部科学省地震調査研究推進本部(地震本部)による「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)の公表 
 イ 06年9月19日、原子力安全委員会による「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂
 ウ これを受けた原子力安全・保安院(保安院)による「耐震バックチェック」の指示
 エ 07年7月16日に発生した新潟県中越沖地震を契機に、東京電力において継続的に開催されることとなった「中越沖地震対応打合せ」における議論
 オ とりわけ、08年2月16日開催の「中越沖地震対応打合せ」における中越沖地震対策センター長の報告
 カ 「長期評価」に基づく東電設計によるパラメータースタディーの実施
 キ 08年6月10日及び同年7月31日の原子力設備管理部長(担当部長)、対策センター長らによる被告人武藤に対する東電設計の行った津波水位解析に関する報告
 ク 09年2月11日開催の「中越沖地震対応打合せ」での担当部長の発言
 ケ 09年4月ないし5月ごろの担当部長らによる被告人武黒に対する東電設計の行った津波水位解析に関する報告
 コ 土木学会第4期津波評価部会における議論
 そして、被告人らは、10メートル盤を超える津波が襲来することを予見できたのであるから、10メートル盤を超える津波の襲来によってタービン建屋等が浸水し、炉心損傷等によるガス爆発等の事故が発生することのないよう、結果回避のための適切な措置を講じることにより、これを未然に防止すべきであった。ここに結果回避のための適切な措置とは、①津波が敷地に遡上(そじょう)するのを未然に防止する対策、②津波の遡上があったとしても、建屋内への浸水を防止する対策、③建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設置されている部屋への浸入を防ぐ対策、④原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、以上全ての措置をあらかじめ講じておくことであり、⑤これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じることである。そして、⑤の運転停止措置を講じることを前提に、被告人らは、遅くとも11年3月初旬には、上記の予見が可能であった。

 (2)弁護人らの主張

 本件において前記の予見可能性があったというためには、単に10メートル盤を超える津波の襲来を予見できただけでは足りず、本件発電所に10メートル盤及び13メートル盤を大きく超える津波が敷地の東側正面全面から襲来することを予見できたことが必要である。指定弁護士の主張する結果回避措置を法的に義務付けるには、一般的・抽象的な危惧感ないし不安感では足りないのはもちろん、信頼性及び成熟性の認められる知見に基づく具体的根拠を伴う予見可能性が必要である。「長期評価」は、具体的根拠を示しておらず、結果回避措置を義務付けるに足りる信頼性及び成熟性はなく、東電設計による計算結果どおりの津波が襲来することの予見可能性を生じさせるものではなかった。

 3 本件の主たる争点

 本件の主たる争点は、被告人らにおいて、本件発電所に一定以上の高さの津波が襲来することについての予見可能性があったと認められるか否かであり、その前提として、どのような津波を予見すべきであったのか、そして、津波が襲来する可能性について、どの程度の信頼性、具体性のある根拠を伴っていれば予見可能性を肯認してよいのかという点に争いがある。

第4 本件における予見可能性についての考え方

 1 予見すべき津波

 業務上過失致死傷罪が成立するためには、行為者の立場に相当する一般人を行為当時の状況に置いたときに、行為者の認識した事情を前提に、前記のとおり、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本的部分について予見可能性があったと認められることが必要である。
 本件発電所においては、本件地震発生直後に1号機~3号機の原子炉が緊急停止して原子炉を「止める機能」は働いたものの、地震の震動により本件発電所の外部からの電力の供給を受けられなくなった後、10メートル盤を超える津波が襲来して10メートル盤に配置されたタービン建屋等の主要建屋へ浸入し、建屋内部に設置された非常用の電源設備等の多くが被水したことにより、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、炉心が溶融し、水素ガス爆発等が惹起されて人の死傷の結果が生じるに至ったものである。このように、本件事故においては、10メートル盤を超える津波が襲来して10メートル盤上のタービン建屋等へ浸入したことが本件事故の発生に大きく寄与したことが明らかであるから、10メートル盤を超える津波の襲来が、人の死傷の結果に至る因果の経過の根幹部分をなしているというべきである。そして、そのような津波が襲来することの予見可能性があれば、津波が本件発電所の主要建屋に浸入し、非常用電源設備等が被水し、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、その結果として人の死傷を生じさせ得るという因果の流れの基本的部分についても十分に予見可能であったということができる。したがって、本件公訴事実に係る業務上過失致死傷罪が成立するためには、被告人らにおいて、10メートル盤を超える津波が襲来することの予見可能性が必要であるが、弁護人らの主張のように、本件事故において現に発生した10メートル盤における浸水高O.P.+約11・5メートルないし+約15・5mの津波、または10メートル盤若しくは13メートル盤を大きく超える津波が東側正面全面から襲来することの予見可能性までは不要というべきである。

 2 津波襲来の可能性の根拠の信頼性、具体性について

 (1)はじめに

 指定弁護士は、津波襲来の可能性が相応の根拠をもって示されていれば予見可能性を認めることができる旨主張し、他方、弁護人らは、信頼性及び成熟性の認められる知見に基づく具体的根拠を伴う予見可能性が必要である旨主張している。
 この点については、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている結果回避義務との関係で相対的に、言い換えれば、問題となっている結果回避措置を刑罰をもって法的に義務付けるのにふさわしい予見可能性として、どのようなものを必要と考えるべきかという観点から、判断するのが相当であると解される。

 (2)結果回避のための防護措置等

 本件結果を回避するために必要な措置について、指定弁護士は、前記のとおり、①津波が敷地に遡上(そじょう)するのを未然に防止する対策、②津波の遡上があったとしても、建屋内への浸水を防止する対策、③建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設置されている部屋への浸入を防ぐ対策、④原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、以上全ての措置をあらかじめ講じておくことであり、⑤これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じることであるとした上で、①から④までの全ての措置をあらかじめ講じておけば、本件事故を回避することができた旨主張する。
 しかしながら、指定弁護士の主張を前提としても、いつの時点までに前記①から④までの措置に着手していれば、本件事故前までにこれら全ての措置を完了することができたのか、判然とせず、前記のとおり、10メートル盤を超える津波襲来の予見可能性が必要であったと考えた場合、そのような津波襲来の可能性に関する情報に被告人らが接するのは、後記のとおり、被告人武藤が早くて08年6月10日、被告人武黒が早くて被告人武藤から報告を受けた同年8月上旬、被告人勝俣が早くて09年2月11日と認められるところ、仮にこれらの時期から本件発電所において前記①から④までの全ての措置を講じることに着手していたとしても、本件事故発生前までにこれら全ての措置を完了することができたのか、証拠上も明らかではない。現に、指定弁護士も、被告人らが、上記の各時期に、前記①から④までの措置を講じることに着手していれば、これを完了することができ、これにより本件事故を回避し得たとの主張はしていない。
 そうすると、結局のところ、本件事故を回避するためには、本件発電所の運転停止措置を講じるほかなかったということになる。そして、運転停止措置を講じるべきであった時点について、指定弁護士は、原子炉停止後の燃料の崩壊熱の発生量等を踏まえ、遅くとも11年3月初旬(より具体的には3月6日)までに運転停止措置を講じていれば、本件事故を回避することができた旨主張している。したがって、本件において問題となっている結果回避義務は、11年3月初旬までに本件発電所の運転停止措置を講じること、これに尽きていることとなる。

 (3)検討の視点

 原子炉内には人体に悪影響を及ぼすおそれのある放射線を放出する放射性物質が多量に存在しており、原子力発電所で事故が発生すれば、放射性物質が施設外へ漏洩(ろうえい)し、施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、甚大な被害をもたらすおそれがあることは、公知の事実といってよい。実際、本件事故の結果として公訴事実に掲げられているのは、合計44名の死亡、合計13名の傷害というものである上、そのような結果が生じる過程では多量の放射性物質が環境に放出されて、深刻な事態が生じているのであって、その結果が誠に重大であることは明らかである。すなわち、本件で問題となっているのは、このような重大な結果の発生を回避するための結果回避義務であるということを、まずもって考慮する必要がある。
 しかしながら、他方において、東京電力は、電気事業法に基づいて電力の供給義務を負っているところ、現代社会における電力は、一定の地域社会における社会生活や経済活動等を支えるライフラインの一つであって、本件発電所はその一部を構成しており、本件発電所の運転には小さくない社会的な有用性が認められ、その運転停止措置を講じることとなれば、ライフライン、ひいては当該地域社会にも一定の影響を与えるということについても考慮すべきである。また、本件で問題となっている結果回避義務は、本件発電所の運転停止という作為義務を内容とするものであるから、その作為がどのような負担、困難等を伴うものであるのかについても、作為義務を課す前提となる作為の容易性または困難性という観点から、考慮してしかるべきだと考えられる。
 本件で問題となっている結果回避義務の内容、性質等に関して考慮すべきは、主として以上のとおりであって、そのような結果回避措置を法的に義務付けるにふさわしい予見可能性をどのようなものと考えるべきかを検討することになる。前記のような結果の重大性を強調するあまり、その発生メカニズムの全容解明が今なお困難で、正確な予知、予測に限界のある津波という自然現象について、想定し得るあらゆる可能性を、その根拠の信頼性や具体性の程度を問わずに考慮して必要な措置を講じることが義務付けられるとすれば、法令上、原子力発電所の設置、運転が認められているにもかかわらず、原子力発電所の運転はおよそ不可能ということとなり、原子力発電所の設置、運転に携わる者に不可能を強いる結果となるのであって、もとより指定弁護士の主張もそのような前提に立つものとは思われない。前記のような津波襲来の可能性があるとする根拠の信頼性、具体性の程度については、結局のところ、前記のような本件における結果回避義務の内容、性質等を踏まえ、原子炉の安全性についての当時の社会通念を中心として、11年3月初旬の時点までにおいて、どのような知見があり、本件発電所の安全対策としてどのような取り組みが行われ、本件発電所がどのような施設として運用されてきたのかなども考慮した上で、これを決するほかないというべきである。そして、上記の社会通念は、法令上の規制やそれを補完する国の安全対策における指針、審査基準等に反映されていると考えるほかないのであるから、そのような法令上の規制やそれを補完する指針、審査基準等において、原子炉の安全性確保がどのように考えられていたのかを検討していくことになる。
 そこで、以下においては、11年3月初旬の時点までにおいて、①地震及び津波に関し、どのような知見があり、その知見に対する評価、受け止めがどのようなものであったか、②原子炉安全対策に関して、どのような法令上の規制がされ、それを受けて国においてどのような規制、審査等が行われてきたか、③そのような中で、東京電力が、原子炉安全対策にどのように取り組み、対応してきたのかなどについて、指定弁護士が予見可能性の前提となる「重要な契機」として主張している事実関係を中心に概観し、さらに、本件発電所の運転停止措置に伴う負担等についてもみていくこととする。

第5 予見可能性判断の前提となる事実関係

 1 11年3月初旬の時点における
地震及び津波に関する一般的知見 
(略)

 2 本件発電所の原子炉の設置許可等

 本件発電所は、設計津波水位(O.P.+約3・1メートル)を含む基本設計が、原子炉等規制法等の法令やこれを補完する審査指針、技術基準などによって要求された安全性を確保しているものとして1966年12月以降に設置許可及び設置変更許可を得て運転を開始しており、本件地震発生までの間、法令の要求する基準に適合することが認められていた。

 3 土木学会の津波評価技術

 土木学会は、02年2月、「原子力発電所の津波評価技術」(津波評価技術)を公表した。津波評価技術は、原子力施設の設計津波水位の標準的な設定方法を提案したものであり、想定津波を選定した上で設計津波水位を求めるものであるが、福島県沖の日本海溝沿いには想定津波の波源設定のための領域を設定していなかった。
 東京電力は、本件発電所について、法令によって要求された安全性を確保するだけでなく、97年ないし98年ごろの農水省構造改善局等4省庁による「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」(4省庁報告書)及び同局等7省庁による「地域防災計画における津波対策強化の手引き」(7省庁手引き)の策定・発表を受けて津波の安全性評価を行い、さらに津波評価技術が公表されると、それに基づく想定津波水位(O.P.+5・7メートル)に対応した自主的な対策工事を実施していた。津波評価技術が定める津波水位の評価手法は、後記のバックチェックルールが求める津波水位の評価手法と合致するほか、保安院や原子力安全委員会における安全審査でも用いられていたものである。また、津波評価技術の公表当時、政府から、原子力発電所の安全性を確保するに当たっては民間規格を活用する方針が示され、この方針は安全規制に関わる者の間で広く共有されており、津波評価技術が定める津波水位の評価手法に従うことは、このような民間規格の活用の趣旨にも沿うものであった。

 4 「長期評価」の公表

 地震本部は、02年7月、三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について(長期評価)を公表した。「長期評価」は、三陸沖から房総沖までの領域を八つに分け、津波評価技術とは異なり、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りを一つの領域(海溝寄り領域)として、その領域内はどこでも、すなわち福島県沖でも、明治三陸地震と同様のマグニチュード8・2前後の地震が発生する可能性があるとするものであった。土木グループは、その公表当初津波評価技術に基づく評価により安全性に問題はなく、「長期評価」を確率論的津波ハザード解析の研究におけるロジックツリーの分岐の一つとして扱う方針であったが、その後、04年12月には、本件発電所の1号機から4号機までの津波ハザード曲線について、津波高さO.P.+10メートルの年超過確率が、原子力安全委員会安全目標専門部会の示した「発電用軽水型原子炉施設の性能目標について―安全目標案に対応する性能目標について―」の格納容器機能喪失頻度を下回るが、工学的に無視できるレベルとまではいえない10のマイナス5乗よりもやや低い頻度であることを把握しており、さらに10年末ごろには、本件発電所4号機の津波ハザード曲線について、津波高さO.P.+10メートルの年超過確率が、前記の格納容器機能喪失頻度を上回る10のマイナス4乗よりもやや低い頻度であることを把握していた可能性がある。その一方で、地震本部は、後に「長期評価」について信頼度の評価を行い、海溝寄り領域を一つの領域とする発生領域の評価の信頼度をCと評価するなどし、これを改訂版に追記した。

 5 「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂

 原子力安全委員会は、06年9月、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を改訂した。改訂後の指針(新指針)は、発電用軽水型原子炉の設置許可申請(変更許可申請を含む。)に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として定められたものであり、基本方針として、「耐震設計上重要な施設は、敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動による地震力に対して、その安全機能が損なわれることがないように設計されなければならない。」と定めていた。そして、その解説には、「残余のリスク」(策定された地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことによるリスク)の存在を十分認識しつつ、「それを合理的に実行可能な限り小さくするための努力が払われるべきである。」とされていた。また、地震随伴事象に対する考慮として、「施設は、地震随伴事象について、次に示す事項を十分考慮したうえで設計されなければならない。(中略)施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。」と定めていた。

 6 新指針を受けた耐震バックチェックの指示

 06年9月、発電用軽水型原子炉の耐震安全性確保のための新指針が策定されたことを受けて原子力安全委員会から耐震バックチェックの指示がされ、併せて保安院から「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波を想定する。」などとするバックチェックルールが示されたところ、東京電力は、その当初、電事連で取りまとめられた津波対策に関する基本方針を踏まえて、本件発電所の津波安全性については、津波評価技術による評価、対策を実施済みであるが、必要な対策については、自主的な対策としてこれを実施する方向で検討するという方針を示していた。

 7 新潟県中越沖地震を契機とした
「中越沖地震対応打合せ」の開催

 東京電力では、07年7月の新潟県中越沖地震により柏崎刈羽原子力発電所事故で事故が発生し、全号機が停止したことを受けて、同月以降、社長(当時、被告人勝俣)、原子力・立地本部本部長(当時、被告人武黒)、同本部副本部長(当時、被告人武藤)、同本部の部長、柏崎刈羽原子力発電所長等が出席する「中越沖地震対応打合せ」(御前会議)が継続的に開催されるようになった。また、同年11月、原子力・立地本部原子力設備管理部内に新潟県中越沖地震対策センター(対策センター)が設置され、対策センターが本件発電所の耐震バックチェックに関する業務をも行うこととなり、中越沖地震対応打合せには、対策センター長、対策センター内の担当グループマネジャー、本件発電所及び福島第二原子力発電所の各所長も出席するようになった。中越沖地震対応打合せは、柏崎刈羽原子力発電所の復旧に関する事項が議題の中心であったが、本件発電所の耐震安全性評価や耐震バックチェックの工程、耐震バックチェック報告書の内容が議題とされることもあった。なお、被告人勝俣は、社長を退任して会長に就任した08年6月以降も、同武黒は、同本部本部長を退任してフェローに就任した10年6月以降も、この打合せに出席していた。

 8 08年2月16日開催の中越沖地震対応打合せ

 08年2月16日、被告人ら3名、担当部長、対策センター長らが出席して中越沖地震対応打合せが開催された。被告人らには、この打合せの配布資料に記載された、本件発電所における想定津波高さを従来のO.P.+5.5メートルからO.P.+7.7メートル以上に変更する情報を認識する契機があったとはいえるものの、それ以上に、津波高さの変更についての報告が行われて、これが了承され、耐震バックチェックの津波評価に「長期評価」の見解を取り込むという東京電力としての方針が決定されたといった事実までは認定することができない。対策センター長はこれらの事実があった旨供述するが、これと整合しない事実があるなど、その供述の信用性には疑義がある。

 9 「長期評価」に基づく東電設計による
パラメータースタディーの実施

 土木グループは、本件発電所の耐震バックチェックの審査を行う作業部会の委員を務める専門家の意見も踏まえて、「長期評価」の見解を耐震バックチェックの津波評価に取り入れざるを得ないとして、取り入れた場合の影響を把握するために東電設計に本件発電所の津波水位計算を委託し、明治三陸地震の波源モデルを海溝寄り領域に設定したパラメータースタディーにより、08年3月には最高津波水位が敷地南側でO.P.+約15.7メートル、翌4月には敷地を囲う鉛直壁を設置した場合の最大津波高さがO.P.+約19・9メートルという計算結果を伝えられ、大規模工事を行う場合、対外的な説明性の観点(原子炉を運転しながら工事を行うことを対外的に公表して説明し理解を得るのは容易ではないという観点)から原子炉の運転停止に追い込まれる可能性があることを認識しつつ、関係グループとの間で必要となる設備対策についての打ち合わせを重ねるなどしていた。その一方で、耐震バックチェックに関しては、津波に対する安全性については解析・評価を行っているところであり、最終報告において結果を示す予定であるとして、08年3月に中間報告書を提出した。

 10 被告人武藤に対する08年6月10日と
同年7月31日の担当部長らによる説明

 被告人武藤は、08年6月10日、担当部長らから、プレート間大地震(津波地震)が海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性があるとする「長期評価」が公表されたこと、これをロジックツリーの分岐の一つとして扱い、重み付けアンケートの結果、地震学者の平均で上記地震が上記領域内のどこでも発生するが0・6、福島県沖では発生しないが0・4であり、その結果を踏まえた6号機の津波ハザード曲線は、O.P.+10メートルの年超過確率が10のマイナス4乗と5乗の間、O.P.+13メートルの年超過確率が10のマイナス5乗と6乗の間であること、明治三陸地震モデルによるパラメータースタディーの結果、最高津波水位がO.P.+15・7メートル、鉛直壁に当たる津波高さが最大O.P.+約20mになること、「長期評価」は耐震バックチェックに取り込まざるを得ないものの、明確な根拠が示されておらず信頼性がないことなど、本件発電所における津波水位評価の概況等について説明を受けた上、「長期評価」の扱いについて判断を求められたのに対し、同年7月31日、土木学会の検討に委ねてその結果に応じた対策を取る、耐震バックチェックの津波評価は現行の津波評価技術によって行う、こうした方針について有識者の了解を得るという方針を示し、土木グループは、この方針に従って有識者の了解を取り付け「長期評価」の扱いについて土木学会に研究を委託する手続きを取り、有識者の了解を取り付ける過程で知った貞観地震の扱いについても、有識者の意見も踏まえて、堆積(たいせき)物調査を行った上で「長期評価」と併せて土木学会の検討に委ねることとした。この過程において、被告人武藤が示した方針に対し、東京電力社内はもとより、他の原子力事業者の担当者、さらには有識者からも、意見が全くなかったわけではないものの、最終的には異論が示されることはなかった。

 11 09年2月11日開催の中越沖地震対応打合せ

 09年2月11日、被告人ら3名、担当部長、対策センター長、土木グループのマネジャーらが出席して中越沖地震対応打合せが開催され、本件発電所及び福島第二原子力発電所の耐震バックチェックの状況が議題とされた。被告人勝俣が、耐震バックチェック最終報告の時期と対策工事完了の時期との関係を尋ねた際、対策センター長が、土木学会手法(すなわち津波評価技術)によっても、潮位データ及び海底地形データの更新により、本件発電所5号機及び6号機の津波水位が海水ポンプ位置で従前の評価値を上回るO.P.+6・1メートルとなることを説明し、これに続いて、担当部長が、土木学会評価でかさ上げが必要となるのは、本件発電所5号機及び6号機の海水ポンプのみであるが、土木学会評価手法の使い方をよく考えて説明しなければならない、「もっと大きな14メートル程度の津波が来る可能性があるという人もいて」、前提条件となる津波をどう考えるか、そこから整理する必要がある旨述べた。

 12 被告人武黒に対する09年4月ないし5月ごろの
担当部長らによる東電設計の津波水位計算に関する報告

 被告人武黒は、被告人武藤及び担当部長から、「長期評価」の見解に基づくと本件発電所の最高津波水位がO.P.+15・7mとなるが、「長期評価」の見解は、具体的な根拠を示しておらず、地震本部自らも信頼度をCに分類しており、中央防災会議も採用していないこと、その扱いについて土木学会に検討を依頼しており、その検討に数年を要し、そのような方針について主要な学者の了承を得ていることなどについて説明を受けた。他方、本件発電所5号機の耐震バックチェック中間報告の審議の過程において、貞観津波の取り扱いが問題となって、今後、調査研究を踏まえた適切な対応を取るべきであるとされたものの、それ以上に問題視されることはなく、このような経緯についても被告人武黒らに報告されたが、貞観津波は土木学会で検討し、耐震バックチェック最終報告は津波評価技術に基づいて行うなどとする方針について、保安院側から異論が示されることはなかった。

 13 土木学会第4期津波評価部会における議論

 土木学会第4期津波評価部会では、10年12月、海溝寄り領域の南部(すなわち福島県沖を含む。)では延宝房総沖地震津波を参考に波源モデルを設定するということ自体については異論がなかったものの、11年3月初旬の時点においても、その具体的な波源モデルや数値計算の手法についてはいまだ審議の途上にあった。また、保安院の担当者は、O.P.+15・7メートルまたはO.P.+13・6メートルという明治三陸地震または延宝房総沖地震を参考に福島県沖に波源を設定した場合における本件発電所の最高津波水位を知らされ、津波評価技術の改訂と耐震バックチェック最終報告との時期の関係次第では、対策工事完了の有無が問題となる旨の指摘はしたものの、「長期評価」を踏まえた対策工事を直ちに実施し、工事完了までは本件発電所の運転を停止すべきであるといった指摘をすることはなかった。そして、被告人ら3名は、本件地震発生前、上記のような土木学会津波評価部会における審議の状況を知らず、土木グループの担当者などに対し、審議の状況の報告を求めたこともなかった。

 14 小括

 以上に概観したとおり、原子炉の設置、運転に関しては、原子炉の危険性に鑑み、法令上、その設置に許可を必要とし、設置後も一定の基準の維持が求められていたことに加え、政府には原子力に関する安全確保のための専門機関が設けられ、各機関において原子炉の安全確保のための規制や指針等の策定、これらに基づく原子力事業者の監督、審査が行われるなど、その安全確保は国にとって重要事項として位置付けられていた。そして、原子力事業者には、法令上の義務または自主的な対策として、国の示す安全確保のための指針等に従い、日頃から新しい技術や知見に関する情報の収集及び分析を行うとともに、必要に応じてこれらを安全対策の基礎として取り入れることによって、原子炉による災害のリスクを常に最大限低減したレベルでの安全性確保が求められていたといえる。
 そのような中で、東京電力は、本件発電所について、法令上の許可を得た上で設置、運転していたことはもちろん、安全対策の面でも、地震及び津波に対する原子炉の安全性確保のための指針等の策定、改訂等があった際や、地震または津波に関する新たな知見が示された際には、必要に応じて適宜社内の担当部署で検討を行い、行政機関からの求めに応じて報告等を行うなどしてきたものと認められる。また、東京電力は、これらの検討に当たり、社内で調査、検討するだけでなく、他の原子力事業者との情報交換、関連分野に精通した研究者を含む複数の専門家からの意見聴取等により外部の意見を収集、これらを踏まえて会社としての方針を決め、最終的には監督、審査を行う行政機関側の考えも踏まえた上で、必要と判断される対応を進めていた。このように、本件発電所は、地震及び津波に対する安全性を備えた施設として、適法に設置、運転されてきたものである。そして、地震本部から、福島県沖を含む海溝寄り領域のどこでもマグニチュード8を超える明治三陸地震クラスのプレート間大地震(津波地震)が発生する可能性がある旨の「長期評価」が公表され、これを踏まえた津波ハザード解析によれば、O.P.+10メートルの津波の年超過確率が10のマイナス4乗と5乗の間の頻度、O.P.+13メートルの津波の年超過確率が10のマイナス5乗と6乗の間の頻度となり、また、パラメータースタディーを実施した結果、津波最高水位がO.P.+15・7メートル、鉛直壁に当たる津波高さが最大O.P.+約20メートルになるといった情報があり、本件地震発生前、津波水位評価の業務に当たっていた東京電力土木グループの担当者のいずれも、「長期評価」の見解を耐震バックチェックに取り込まざるを得ず、それを踏まえた対策工事も進めていかなければならないと考えてはいたものの、本件発電所の安全性が確保されておらず、「長期評価」を踏まえた対策を講じるまでは本件発電所の運転を停止すべきであるとは考えておらず、また、関東以北の太平洋岸に原子力発電所を設置、保有する他の原子力事業者が、「長期評価」を踏まえた津波対策を講じるまで原子力発電所の運転を停止することを検討していたこともうかがえない。さらに、東京電力の取ってきた本件発電所の安全対策に関する方針や対応について、行政機関や専門家を含め、東京電力の外部からこれを明確に否定したり、再考を促したりする意見が出たという事実もうかがわれない。
 もっとも、東京電力は、耐震バックチェックがそうであったように、原子炉の安全対策に関しては、当時の最新の科学的知見を取り入れた上で行うことが求められていた中で、「長期評価」の見解に対しては、土木グループを中心として継続的に検討こそしていたものの、その信頼性には疑義があるとして、これを直ちに安全対策に取り入れるには至らなかった。この点、指定弁護士は、「長期評価」を本件において予見可能性を肯定する上での重要な知見と位置付けているのに対し、弁護人らは「長期評価」には信頼性、成熟性がなく、被告人ら3名に予見可能性を生じさせるものではなかった旨主張している。前記認定の一連の事実経過に照らしても、10メートル盤を超える津波襲来の可能性に関する情報として被告人らが接したものは、マグニチュード8を超える明治三陸地震クラスのプレート間大地震(津波地震)が三陸沖北部から房総沖の海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性がある旨の「長期評価」の見解であり、これを前提に数値解析が行われた前記の津波ハザード解析及びパラメータースタディーであったのであり、被告人ら3名の予見可能性を検討する上では、「長期評価」が決定的に重要な意味を持っていたというべきである。そこで、次に、11年3月初旬の時点における「長期評価」の信頼性について検討を加えることとする。

第6 「長期評価」の信頼性

 1 「長期評価」の内容

 「長期評価」は、前記のとおり、三陸沖から房総沖までの領域を八つに分け、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りを一つの領域(海溝寄り領域)とした上で、同領域におけるプレート間大地震(津波地震)について、明治三陸地震と同様のマグニチュード8・2前後の地震が領域内のどこでも発生する可能性があり、今後30年以内の発生確率は20%程度であることなどを内容とするものである。

 2 作成主体、作成過程

 「長期評価」は、地震に関する調査研究の推進を基本的な目標とする政府の特別機関である地震本部において、海溝型分科会、長期評価部会、地震調査委員会という階層的な会合において地震等に関する多数の専門家らによる議論を経て、異論等も検討した上で取りまとめられたものである。

 3 評価方法、審議経過

 「長期評価」は、過去の地震を評価した上で次の地震の発生時期や規模を評価するというものであって、領域によって過去の地震のデータの質及び量は様々であり、これに伴い評価方法にも様々なものが混在しているから、その信頼性は領域によって異なるとみるほかない。このことは、後に地震本部自らが領域ごとに評価の信頼度をランク付けしていることからも明らかというべきである。また、保安院は、09年3月に公表された「長期評価」の改訂版について、耐震安全性等の評価への反映が必要な「新知見情報」や耐震安全性の再評価等につながる可能性のある「新知見関連情報」とは扱わず、耐震安全性評価に関連する「参考情報」として扱っている。さらに、「長期評価」の海溝寄り領域に関する審議経過をみると、過去の地震のデータがない、または少ないためによく分からない所については、震源の特定よりも津波被害に対する警告を優先させ、たとえ仮置きであっても何らかの数字を示すべきであるとの考慮が働いたと考えられる場面も見受けられる。「長期評価」は、上記のような評価方法により、このような審議経過を経て策定されたものであるから、その信頼性を判断するに当たっては、作成主体や作成過程のみならず、その内容を具体的に考察する必要がある。

 4 過去の地震の評価

 「長期評価」が、1896年の明治三陸地震、1611年の慶長三陸地震及び1677年の延宝房総沖地震を、いずれも日本海溝寄りで発生した津波地震であると評価したことは、不合理とはいえない。

 5 一つの領域として評価したことについて

 津波地震が海溝軸近傍のプレート境界で発生することは確立した知見であるところ、海溝寄り領域は日本海溝の海溝軸近傍のプレート境界にあり、プレートの沈み込み帯であるという点ではどこでも同じである。また、津波地震は、地震波の周波数が低く、周期の長い低周波地震の一種であるところ、海溝寄り領域では日本海溝から西側50ないし70キロまでの範囲内で低周波地震が発生している。こうした海溝寄り領域の共通性は、「長期評価」を支える根拠となり得るものとはいえる。
 しかしながら、海溝寄り領域を海溝方位が変化する北緯38・1度付近を境に北側領域と福島県沖を含む南側領域に分けた場合、両者は海底地殻構造が異なっている。すなわち、北側領域では、海洋プレートに海溝軸に平行して等間隔で隔てられた地形的起伏(ホルスト・グラーベン構造)が発達し、前弧領域は滑らかな地形であり、太平洋プレートと陸のプレートのバックストップ境界面との間には楔(くさび)状堆積(たいせき)ユニット(付加体)が存在するのに対し、南側領域では、地形が不規則であり、周囲の海底から数キロメートル盛り上がる孤立した海山が存在し、前弧領域の海底の地形は複雑な構造的特徴を有しており、プレート境界には楔状堆積ユニットは見られず、ほぼ一定の厚みを持つ堆積ユニットが陸側のプレートと海洋プレートとの間の奥まで広がっているという違いがあり、また、プレート境界のカップリングも、深さが10ないし13キロを超える領域では、北側領域の方が南側領域よりもカップリングが強いという違いがある。そして、津波地震の発生様式については、本件地震発生当時、その全体像が明らかにされるには至っていなかったものの、海溝軸近傍に堆積物(付加体)が存在し、この付加体を断ち切るように高角の分岐断層が動くこと、付加体の未固結の堆積物が跳ね上がること、付加体の剛性率が低いためすべり量が大きくなること、これらが海底地殻変動の上下成分を増加させて津波を隆起することが指摘されていた。津波地震の中には中南米で発生した1960年のペルー地震や92年のニカラグア地震のように付加体を形成していないまたは大規模な付加体の存在が報告されていない領域を津波波源とするものもあるが、上記のように付加体が津波地震の発生に影響を与えていることを指摘する知見は、03年当時の研究で大勢を占めており、本件地震発生当時においても津波地震を説明する代表的なモデルであり、付加体の存在と津波地震の発生が関連していることは地震学者の間で広く共有されていた。そうすると、明治三陸地震と同様のマグニチュード8・2前後の地震が海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性があるとした「長期評価」の見解は、付加体の存在が津波地震の発生様式と関連していると考えられていたことに照らせば、同領域における北側領域と南側領域との海底地殻構造の違いとは整合しなかったものといわざるを得ない。それにもかかわらず、「長期評価」は、09年3月に公表された一部改訂版を含め、この点に対する応答を示していなかったのであるから、マグニチュード8・2前後の津波地震が海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性があるとしたことについて、本件地震発生前の時点において、十分な根拠を示していたとはいい難い。

 6 専門家らの評価

 「長期評価」の策定に関わった者を含む専門家らの評価は、様々であって、「長期評価」の手法や見解には多かれ少なかれ無条件には賛同し難い点があることを示すものといえ、本件地震発生前の時点において、津波地震が海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性があるとしたことの根拠については、十分ではないという見方が複数の専門家の間にあったものと認められる。

 7 公表前後の経緯

 内閣府の担当者は、公表予定の「長期評価」の内容を知り、情報の信頼度や精粗につき区別することなく公表することは問題が大きいなどと申し入れ、協議の末、「長期評価」の表紙に「評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある。」などの記載が追加された。また、地震本部は、03年3月、「長期評価」について信頼度の評価を行い、海溝寄り領域を一つの領域とする発生領域の評価の信頼度をCと評価するなどし、09年3月、改訂版に追記した。こうした公表前後の経緯は、本件地震発生前の時点において、「長期評価」の信頼性に限界があったことを示しているということができる。

 8 他の機関の扱い

(1) 防災対策関係

 ア 中央防災会議
 中央防災会議の日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会は、06年1月、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を公表したが、防災対策の検討対象とする地震から、福島県沖・茨城県沖のプレート間地震を除外することとしていた。
 イ 福島県「津波浸水想定区域図」
 福島県は、07年7月、「福島県沿岸津波浸水想定区域図」を作成し、公表した。同区域図は、想定地震として、①宮城県沖地震を宮城県沖に、②明治三陸タイプ地震を三陸沖の海溝軸付近に、③福島県沖高角断層地震(福島県東方沖(塩屋沖)群発地震の一つをモデルにしたもの)を福島県沖に、それぞれ設定した。その検討において、福島県沖の海溝寄りの領域で明治三陸タイプ地震が起こることを想定すべきであるとの意見が述べられることはなかった。
 ウ 茨城県「津波浸水想定区域図」
 茨城県は、07年10月、「津波浸水想定区域図」を公表した。同区域図は、想定地震として、①明治三陸タイプ地震を三陸沖の海溝軸付近に、②延宝房総沖地震(茨城県独自のモデル)を茨城県及び千葉県沖の海溝軸付近に、それぞれ設定した。その検討において、房総沖で明治三陸タイプ地震が起こることを想定すべきであるという意見が述べられることはなかった。

(2) 保安院

 保安院においては、「長期評価」が公表された翌月の02年8月、東京電力の担当者から、「長期評価」を確率論的津波ハザード解析の研究におけるロジックツリーの分岐の一つとして扱う方針である旨の説明を受けた際、その方針に特段の異論を述べず、その後も、「長期評価」を安全審査に取り込むべき最新の知見(「新知見情報」または「新知見関連情報」)とは扱わず、耐震安全性評価に関連する「参考情報」として扱い、本件地震発生までの間に、東京電力に対し、直ちに「長期評価」の見解に基づく津波に対する対策工事を実施し、その対策が完了するまでは本件発電所の運転を停止するよう求めたこともなかった。

(3) 他の電力会社、基盤機構

 ア 東北電力は、宮城県の太平洋岸に女川原子力発電所を設置していたところ、08年3月には、「長期評価」の見解に基づいて明治三陸地震の波源(マグニチュード8・3)を日本海溝寄りの宮城県沖と福島県沖をまたぐ位置に設定した場合、同発電所における津波最高水位がO.P.+18・16メートルとなり、O.P.+14・8メートルの敷地が浸水する旨の計算結果を得ていたが、その後の耐震バックチェック報告においては、「長期評価」の見解を取り込まずに、明治三陸地震の波源モデルを津波評価技術に示された領域に設定して津波水位に関する安全性評価を行い、本件地震発生までの間、津波に対する安全性が確保されていないことを理由に女川原子力発電所の運転を停止することはなかった。そして、独立行政法人原子力安全基盤機構(基盤機構)は、東北電力による上記バックチェック報告の内容についてクロスチェック解析を実施し、10年11月、東北電力の報告が妥当であると判断した。
 イ 日本原電は、茨城県の太平洋岸に東海第二発電所を設置していたところ、10年2月には、「長期評価」の見解に基づいて明治三陸地震の波源(Mw8・3)を日本海溝寄りの茨城県沖に設定した場合、同発電所における津波最高水位がH.P.(日立港工事用基準面)+12・24メートルとなり、H.P.+8・89メートルの主要施設の敷地が浸水する旨の計算結果を得ていたが、本件地震発生までの間、津波に対する安全性が確保されていないことを理由に東海第二発電所の運転を停止することはなかった。もっとも、日本原電は、「長期評価」の見解(ただし、日本海溝沿いを北部と南部に分けて波源を設定するもの)に基づく津波を対象に対策工を実施することとし、地盤改良工事で発生した排泥を利用した盛り土工事、建屋外壁開口部の改造工事、海水ポンプ室側壁の設置工事をそれぞれ完了したが、上記の盛り土工事によっても、「長期評価」の見解に基づく津波が建屋敷地へ遡上することを防ぐことができるわけではなかった。

(4) 小括

 以上のとおり、「長期評価」の見解は、本件地震発生前の時点において、一般防災においては取り入れられず、原子力発電所の津波対策の場面においても、保安院は「参考情報」として扱い、これを積極的に取り入れるよう求めず、基盤機構もこれを取り入れるよう求めたことはなく、他の電力会社がこれをそのまま取り入れることもないなど、原子炉の安全対策を含む防災対策を考えるに当たり、取り入れるべき知見であるとの評価を一般に受けていたわけではなかったといわざるを得ない。

 9 津波ハザード解析の結果

 04年12月に東京電力が東電設計から受領した「既設プラントに対する津波ハザード解析委託報告書」において、本件発電所の1号機~4号機の津波ハザード曲線は、津波高さO.P.+10メートルの年超過確率が、フラクタイル算術平均で10のマイナス5乗よりもやや低い頻度であり、また、08年6月10日に被告人武藤に示された津波ハザード曲線は、主要建屋が13メートル盤に設置された6号機のものであったが、フラクタイル算術平均で10のマイナス4乗と5乗の間の頻度であった。一方、06年3月に原子力安全委員会安全目標部会が定めた発電用軽水型原子炉施設の性能目標の定量的な指標値案は、前記のとおり、炉心損傷頻度を10のマイナス4乗/年程度、格納容器機能喪失頻度を10のマイナス5乗/年程度とするものであった。
 本件発電所の津波ハザード解析は、ロジックツリーの分岐に重み付けをするに当たり、前記のとおり評価に限界のあるアンケート結果を参考にしているから、その解析結果の評価にもまた限界があるものといわざるを得ない。また、この点をおくとしても、前記の津波ハザード解析結果によれば、本件発電所の1号機~4号機の津波ハザード曲線は、津波高さO.P.+10メートルの年超過確率がフラクタイル算術平均で10のマイナス5乗よりもやや低い頻度にとどまっており、これは通常設計事象として取り込むべき頻度であるとまでは必ずしも考えられていない。そうすると、本件発電所の津波ハザード解析の結果も、「長期評価」の信頼性が高いことを示していたとはいえない。

 10 小括

 以上の検討によれば、11年3月初旬の時点において、「長期評価」は、マグニチュード8・2前後の津波地震が海溝寄り領域内のどこでも発生する可能性があるとすることについて、具体的な根拠を示さず、海溝寄り領域内の海底地殻構造の違いに対する有効な応答も示しておらず、そのため、地震学や津波工学の専門家、実務家、さらに内閣府によって疑問が示され、中央防災会議や地方自治体の防災計画にも取り込まれず、保安院による安全審査や基盤機構によるクロスチェック解析にも取り込まれなかったものである。そして、東京電力の土木グループ担当者、他の関連グループの担当者だけでなく、東京電力以外の原子力事業者からも、直ちにこれに対応した対策工事を実施し、対策工事が完了するまでは原子炉を停止する必要があるとの認識が示されることはなかった。さらに、本件発電所の津波ハザード解析の結果も、「長期評価」の信頼性が高いことを示すものとはいえない。そうすると、11年3月初旬の時点において、「長期評価」の見解が客観的に信頼性、具体性のあったものと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
 そうすると、08年6月10日の被告人武藤への説明、09年4月ないし5月ごろの被告人武黒への説明のいずれもがそうであったように、11年3月初旬までの時点においては、「長期評価」の見解は具体的な根拠が示されておらず信頼性に乏しいと評価されていたところ、このような「長期評価」に対する評価は、相応の根拠のあるものであったというべきである。

第7 運転停止措置の容易性または困難性

1 はじめに

 予見可能性の有無を判断するに当たっては、結果回避義務として求められている作為の負担や困難性等についても考慮する必要があるため、この点について検討を加えておく。

 2 運転停止のために必要な手続き等

 本件地震発生前、本件発電所の原子炉の運転を停止するための措置としては、通常、原子炉圧力容器内の燃料集合体と燃料集合体との間に、核分裂によって生じた中性子を吸収する物質で作られた制御棒を挿入するという方法がとられていたところ、このような操作それ自体は特段の負担や困難を伴うものではなかった。
 しかしながら、本件地震発生前、本件発電所は、法令に基づく運転停止命令を受けておらず、かつ、事故も発生していないのであって、そのような状況において、前記の多重的な対策が完了するまでの相当な期間にわたって原子炉の運転を停止することとなれば、被告人らの一存で容易に指示、実行できるようなものでは到底なく、東京電力の社内はもとより、社外の関係各機関に対して、本件発電所の原子炉を停止することの必要性、合理性について具体的な根拠を示して説明し、その理解、了承を得ることが必須であったものと認められ、そのような意味で、手続き的に相当な負担を伴うものであったとみざるを得ない。

 3 運転停止措置の技術的な困難性

 指定弁護士の主張するところによれば、本件事故を確実に回避するためには、前記のような方法で単に原子炉の運転を停止するだけでは足りず、11年3月初旬までに、本件発電所の各号機の原子炉を停止した上、炉心が露出する状態となることを防ぎ、かつ、圧力容器内に水を補給しやすくするために、格納容器と圧力容器のふたを開けて、圧力容器内に水を満たした状態にしておく必要があったというのである。しかしながら、このような運転停止の方法は、本件事故の発生経過を調査、検討した結果を踏まえた本件事故後の知見に基づくものであって、本件地震発生前の時点において、炉心損傷を防ぐために、圧力容器内の水位を高くしておくとか、放射性物質を「閉じこめる機能」を犠牲にして格納容器と圧力容器のふたを開放したままにしておくといった発想に至るのは、実務的には相当に困難なものであったと認められる。すなわち、指定弁護士の主張する運転停止の具体的な方法は、技術的観点からみても相当に困難なものであったと考えざるを得ない。

第8 予見可能性の検討

 1 本件において業務上過失致死傷罪が
成立するために必要な予見可能性

 11年3月初旬の時点において、原子炉等規制法は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保するとともに
これらによる災害を防止し、及び核燃料物質を防護して、公共の安全を図るために、原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制を行うことなどを目的とし、実用発電用原子炉を設置しようとする者は、経済産業大臣の許可を受けなければならず、同大臣は、原子力安全委員会の意見を聴いて、原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉による災害の防止上支障がないものであること等の基準に適合していると認めるときでなければ、その許可をしてはならないと定めていた。同法の定める原子力施設の安全性に関する審査は、原子力工学を始めとする多方面にわたる高度な最新の科学的、専門的知見に基づく総合的な判断が必要とされるものであるが、自然現象を原因とする原子力災害については、前記のとおり、その原因となる自然現象の発生メカニズムの全容解明が今なお困難で、正確に予知、予測することもまた困難である。そして、前記のとおり、原子力安全委員会が06年9月に策定した発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(新指針)は、耐震設計上重要な施設の設計について、「地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動による地震力に対して、その安全機能が損なわれることがないように設計」されることを求め、また、地震随伴事象に対する考慮としても、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがない」ことを求めており、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがある」全ての地震動による地震力、あるいは、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性がある」全ての津波についてではなく、いずれも、そのように「想定することが適切な」地震動による地震力または津波に対して、施設の安全機能が損なわれることのないことを求めている。また、地震動については、施設の設計に当たり、「残余のリスク」の存在を十分認識しつつ、それを合理的に実行可能な限り小さくするための努力が払われることを求めているのであって、必ずしも地震動や津波によって施設の安全機能が損なわれる可能性が皆無もしくは皆無に限りなく近いことまでを要求しているわけではなかった。また、保安院は、前記のとおり、09年5月に新知見ルールを定め、報告を受けた科学的、技術的知見については、これを耐震安全性等の評価への反映が必要な「新知見情報」、耐震安全性の再評価等につながる可能性のある「新知見関連情報」、耐震安全性評価に関連する「参考情報」に整理・分類することとしており、社会に存在する科学的知見または技術的知見の全てを施設の安全性確保に反映させることまでを想定しているわけではなかった。
 以上のような原子炉の安全性確保についての原子炉等規制法及びこれを受けた審査指針等における規制の在り方からすると、11年3月初旬の時点において、同法の定める原子力施設の自然災害に対する安全性は、どのようなことがあっても原子炉内の放射性物質が外部の環境に放出されることは絶対にないといったレベルあるいはそれとほぼ同じレベルの、極めて高度の安全性をいうものではなく、最新の科学的、専門的知見を踏まえて、合理的に予測される自然災害を想定した安全性であって、そのような安全性の確保が求められていたものと解される。そして、このことは、保安院等が東京電力やその他の原子力事業者に対し、「長期評価」を取り入れた対策を直ちに取ることを積極的に求め、さらには対策が完了するまでは原子炉の運転の停止を求めることまではしなかったことなどからみても、少なくとも11年3月初旬までの時点では、実際上の運用としても同様であったと解される。以上に加えて、本件発電所の運転停止という結果回避措置それ自体に伴う手続き的または技術的な負担、困難性として先に指摘したところも併せ考えれば、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性については、当時得られていた知見を踏まえて合理的に予測される程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであることが必要であったと解するのが相当である。

 2 11年3月初旬の時点における被告人らの認識
(1)被告人武藤の認識
 (略)
(2)被告人武黒の認識
 (略)
(3)被告人勝俣の認識
 (略)
(4)小括
 被告人武藤及び被告人武黒は、「長期評価」の概要及び本件発電所について「長期評価」の見解に基づいた津波の数値解析を行うと、その最高津波水位がO.P.+15・7メートルになることなどを認識していたものの、他方で、担当部長らから、その数値解析結果の基礎となった「長期評価」の見解そのものについて、根拠がなく、信頼性も低い旨の報告を受け、そのように認識していた。また、被告人勝俣は、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性がある旨を示唆する見解があるという程度の認識は有していたものの、そのような見解の内容や、どの程度の信頼性があるかといったことについては、認識してはいなかった。加えて、11年3月初旬の時点までに、被告人ら3名のいずれかに対して、東京電力社内の担当者、他の原子力事業者、専門家、行政機関から、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性があり、本件発電所の安全性には疑義があるとして、直ちにその対策工事に着手すべきであり、対策工事が完了するまでは本件発電所の運転を停止すべきであるといった指摘があったとの報告がなされた事実もうかがわれない。
 以上からすると、被告人ら3名は、報告を受けた時期の先後や内容の濃淡に差があったにせよ、いずれも、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性があり得る旨を示す情報についての報告は受け、そのような情報についての認識まではあったと認められるものの、11年3月初旬までの時点において、10メートル盤を超える津波が襲来する可能性について、信頼性、具体性のある根拠を伴っているという認識は有していなかったものと認められる。
 被告人ら3名は、いずれも、中越沖地震対応打合せにおける報告等により、耐震バックチェック最終報告書の提出時期と津波対策工事完了の時期が問題となり、最終報告書提出時に対策工事が完了していない場合、本件発電所の運転停止のリスクがあることを認識していた。しかしながら、被告人らの認識していたこのような運転停止のリスクは、本件発電所の安全性が実質的に損なわれることを理由とするものではなく、対外的な説明が困難となって、運転停止に追い込まれかねないというものであって、このようなリスクの認識も、10メートル盤を超える津波襲来の可能性に関する被告人らの認識に影響するものとはいえない。

 3 予見可能性の存否

(1)「長期評価」等を基礎とする予見可能性

 被告人ら3名は、条件設定次第では、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来するとの数値解析結果が出る、もしくは、そのような津波襲来の可能性を指摘する意見があるということは認識していたのであるから、被告人ら3名において、10メートル盤を超える津波の襲来を予見する可能性がおよそなかったとはいい難い。しかしながら、被告人武藤及び被告人武黒は、そのような数値解析結果については、条件設定の基礎となった「長期評価」の見解それ自体に信頼性がなく、適切な条件設定は専門家集団である土木学会によって検討途上である旨認識しており、現に「長期評価」の見解は、前記のとおり、11年3月初旬までの時点においては、客観的に信頼性があるとみるには疑義の残るものであった。また、被告人勝俣は、10メートル盤を超える津波襲来の可能性を指摘する意見があるという程度の認識を有していたに過ぎず、「長期評価」の内容等も認識していなかったものである。そうすると、前記の一連の事実経過を踏まえて考えても、被告人ら3名はいずれも、11年3月初旬までの時点においては、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性について、信頼性、具体性のある根拠を伴っているとの認識がなかったとみざるを得ない。
 加えて、他の原子力事業者、原子力安全に関わる行政機関、防災対策に関わる行政機関や地方公共団体のいずれもが、「長期評価」を全面的に取り入れることのない状況において、「長期評価」の取り扱いについて、貞観津波と併せて土木学会の審議に委ねるとした方針に対して、東京電力社内はもとより、他の原子力事業者、関連分野の専門家、さらには原子力安全に関わる行政機関から、「長期評価」の見解に基づいて直ちに安全対策工事に着手し、対策工事が完了するまでは本件発電所の運転を停止すべきであるといった異論が述べられているというような情報に接することもなかったのであるから、被告人ら3名にとって、前記のような数値解析結果が出たからといって、直ちにこれに対応した対策工に着手し、対策工が完了するまでは本件発電所の運転を停止しなければ、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来し、炉心損傷等の重大事故につながる危険性があるとの認識は持ち得なかったとしても、不合理とはいえない。そして、このことは、上記のとおり、他の原子力事業者、行政機関、地方公共団体のいずれにおいても、「長期評価」を全面的に取り入れることがなく、東京電力社内、他の原子力事業者、専門家、行政機関のどこからも、対策工事が完了するまでは本件発電所の運転を停止すべきである旨の指摘もなかったことに照らせば、これら関係者にとっても同様であったとみるべきであって、11年3月初旬までの時点における原子力安全対策の考え方からみて、被告人ら3名の対応が特異なものであったとはいい難く、逆に、このような状況の下で、被告人ら3名に、10メートル盤を超える津波の襲来を予見して、対策工事が完了するまでは本件発電所の運転を停止すべき法律上の義務があったと認めるのは困難というべきである。
 以上のとおりであり、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性について、被告人ら3名がそれぞれ認識していた事情は、当時得られていた知見を踏まえ上記のような津波の襲来を合理的に予測させる程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであったとは認められない。したがって、被告人ら3名において、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来することについて、本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできないといわなければならない。

(2)情報収集義務(情報補充義務)

 指定弁護士は、被告人らが、一定の情報収集義務(情報補充義務)を尽くしていれば、10メートル盤を超える津波の襲来は予見可能であった旨主張する。しかしながら、これまでに検討したとおり、前記の数値解析の基礎となった「長期評価」の見解は、11年3月初旬までの時点においては客観的にみてその信頼性に疑義があり、また、東京電力社内はもとより、他の原子力事業者、専門家、原子力安全に関わる行政機関からも、直ちに「長期評価」に基づく対策工事に着手し、対策工事が完了するまでは本件発電所の運転を停止すべきであるといった指摘はされておらず、さらに「長期評価」の見解を貞観津波と共に検討していた土木学会第4期津波評価部会も、具体的な波源モデルや数値計算の手法についてはいまだ審議の途上にあった以上、被告人らが更なる情報の収集または補充を行っていたとしても、上記の内容以上の情報が得られたとは考え難く、本件発電所に10メートル盤を超える津波が襲来する可能性につき、信頼性、具体性のある根拠があるとの認識を有するに至るような情報を得ることができたとは認められないから、指定弁護士の主張を検討しても、予見可能性についての前記判断は動かない。
 そもそも、被告人らの東京電力における地位と権限は前記のとおりであり、会社の規模、取り扱い業務の多様性と専門性に加え、会社の態勢としても業務分掌制が採られ、一次的には担当部署に所管事項の検討、対応が委ねられていたことなどに照らせば、前記認定の一連の事実経過のとおり、土木グループ等の担当部署が情報収集や検討等を怠り、あるいは収集した情報や検討結果等を被告人らに秘匿していたというような特殊な事情もうかがわれないのであるから、被告人ら3名は、基本的には担当部署から上がってくる情報や検討結果等に基づいて判断をすればよい状況にあったのであって、被告人らに情報収集または情報補充の解念が問題となるような事情はうかがわれない。

第9 結語
 本件事故の結果は誠に重大で取り返しのつかないものであることはいうまでもない。そして、自然現象を相手にする以上、正確な予知、予測などできないことも、また明らかである。このことから、自然現象に起因する重大事故の可能性が一応の科学的根拠をもって示された以上、何よりも安全性確保を最優先し、事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように、必要な結果回避措置を直ちに講じるということも、社会の選択肢として考えられないわけではない。しかしながら、これまで検討してきたように、少なくとも本件地震発生前までの時点においては、賛否はあり得たにせよ、当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制やそれを受けた国の指針、審査基準等の在り方は、上記のような絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとみざるを得ない。確かに、被告人ら3名は、本件事故発生当時、東京電力の取締役等という責任を伴う立場にあったが、そのような立場にあったからといって、発生した事故について、上記のような法令上の規制等の枠組みを超えて、結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性の有無に関わらず、当然に刑事資任を負うということにはならない。
 以上の次第で、被告人らにおいて、本件公訴事実に係る業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったものと合理的な疑いを超えて認定することはできず、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、被告人らに対し、刑事訴訟法336条によりいずれも無罪の言い渡しをする。


東電旧経営陣に無罪 「人災」の疑問は残る
2019年9月20日:東京新聞

 東京電力の旧経営陣は「無罪」-二〇一一年の福島第一原発事故で検察審査会が強制起訴した裁判だった。本当に予想外の事故だったのか疑問は残る。
 事故の三年前まで時計の針を戻してみよう。国の地震予測である「長期評価」に基づく津波の試算が最大一五・七メートルにのぼるとの報告がなされた。東電社内の会合で元副社長に「『(津波想定の)水位を下げられないか』と言われた」-担当していた社員は法廷で驚くべき証言をした。元副社長は否定し、「そもそも長期評価は信頼できない」と反論した。
◆「力が抜けた」と証言
 社員は「津波対策を検討して報告するよう指示された」とも述べた。だから、その後、防潮堤を造る場合は完成までに四年を要し、建設に数百億円かかるとの報告をしている。元副社長は「外部機関に長期評価の信頼性を検討してもらおう。『研究しよう』と言った」と法廷で応じている。
 てっきり対策を進める方向と思っていた社員は「想定外の結論に力が抜けた」とまで証言した。外部機関への依頼は、対策の先送りだと感じたのだろう。実際に巨大津波の予測に何の対策も講じないまま、東電は原発事故を引き起こしたのである。
 この社員は「時間稼ぎだったかもしれないと思う」「対策工事をしない方向になるとは思わなかった」とも証言している。
 社員が認識した危険性がなぜ経営陣に伝わらなかったのか。あるいは対策の先送りだったのか。これはぬぐえぬ疑問である。
 旧経営陣の業務上過失致死傷罪の責任を問うには(1)原発事故との因果関係(2)大津波などが予見できたかどうか(3)安全対策など結果回避義務を果たせたか-この三点がポイントになる。
◆電源喪失予測もあった
 東京地裁は争点の(2)は「敷地高さを超える津波来襲の予見可能性が必要」とした。(3)は「結果回避は原発の運転停止に尽きるが、原発は社会的有用性があり、運転停止だと社会に影響を与える」ため、当時の知見、社会通念などを考慮しての判断だとする。
 原発ありきの発想に立った判決ではないか。「あらゆる自然現象の想定は不可能を強いる」とも述べたが、それなら災害列島に原発など無理なはずである。
 宮城県に立地する東北電力女川原発との違いも指摘したい。女川原発が海抜一五メートルの高台に建てられたのは、八六九年の貞観地震を踏まえている。だから東日本大震災でも大事には至らなかった。
 〇八年の地震予測「長期評価」が出たときも、東北電力は津波想定の見直しを進めていた。ところが、この動きに対し、東電は東北電力に電子メールを送り、津波対策を見直す報告書を書き換えるように圧力をかけた。両社のやりとりは公判で明らかにされた。
 「危険の芽からは目をそらすな」-それは原発の事業者にとって常識であるはずだ。旧ソ連のチェルノブイリ事故が示すように、原発でいったん事故が起きれば被害は極めて甚大であり、その影響も長期に及んでしまう。
 それゆえ原発の事業者は安全性の確保に極めて高度な注意義務を負う。最高裁の四国電力伊方原発訴訟判決でも「(原発の)災害が万が一にも起きないように」と確認されていることだ。
 「最大一五・七メートルの大津波」という重要なサインが活(い)かされなかったことが悔やまれる。〇四年にはスマトラ沖地震の津波があり、インドの原発で非常用海水ポンプが水没し運転不能になった。〇五年の宮城県沖地震では女川原発で基準を超える地震動が発生した。
 これを踏まえ、〇六年には旧経済産業省原子力安全・保安院と電力会社による勉強会があった。そのとき福島第一原発に敷地高一メートルを超える津波が来襲した場合、全電源喪失から炉心損傷に至る危険性が示されている。
 勉強会が活かされたらとも悔やむ。防潮堤が間に合わなくとも電源車を高台に配備するなど過酷事故対策が考えられるからだ。福島第一原発の非常用電源は地下にあり、水没は容易に発想できた。国会事故調査委員会では「明らかな人災」と厳しく非難している。
 今回の刑事裁判は検察が東電に家宅捜索さえ行わず、不起訴としたため、市民の検察審査会が二度にわたり「起訴すべきだ」と議決したことによる。三十七回の公判でさまざまな事実関係が浮かんだ意義は大きい。
◆地震の歴史は繰り返す
 安全神話が崩れた今、国の原発政策に対する国民の目は厳しい。歴史は繰り返す。地震の歴史も繰り返す。重大なサイン見落としによる過酷事故は、やはり「人災」にも等しい。繰り返してならぬ。苦い教訓である。


【主張】
東電元首脳に無罪 原発の安全に最善尽くせ
2019年9月20日:産経新聞

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所の事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴された同社の旧経営陣3被告に対し、東京地裁は、いずれも無罪を言い渡した。冷静な判断である。
 強制起訴自体に無理があった。千年に1度といわれる巨大津波によって4基の原子炉が同時被災した類のない事故の責任を、個人に求めるのは、反原発感情に根差した応報の感が拭えない。
 裁判長は判決理由で「あらゆる可能性を考慮した対策を義務づければ、事業者に不可能を強いる結果となる」などと述べた。
 リスクは一切あってはならないという「ゼロリスク」の過大な追求を退けた、現実的な指摘だ。
 主な争点は大津波を具体的に予見できたかなどだ。検察官役の指定弁護士は国の地震予測に基づき15・7メートルの津波試算が出ており、予見できたなどと主張した。だがそのほとんどが退けられた。
 東電ホールディングスは「原発の安全性強化に、不退転の決意で取り組む」とコメントした。事故の責任を重く受け止めなければならない。安全対策とともに、福島の復興に全力をあげるべきだ。
 日本の原発は、エネルギー資源に乏しいわが国にとっての貴重な国産電源であり、経済発展を可能にするために国策民営の形で進められてきた歴史がある。原発という巨大システムにかかわる事故を防ぐには国の責任を含め、総合的な取り組みが不可欠だ。
 検察審査会による強制起訴の制度の見直しも必要なときにきている。この制度は、有権者から選ばれた審査員11人が検察官が不起訴とした事件を審査する。
 8人以上の判断で「起訴相当」を議決し、検察が再捜査する。それでも起訴しない場合、2度目の「起訴議決」で指定弁護士が強制的に起訴する。司法制度改革に伴い平成21年に導入された。
 民意を反映するためだが、強制起訴されたJR西日本の福知山線脱線事故で歴代3社長が無罪となるなど、注目された事件での無罪が相次いでいる。
 対象について、罪種を絞ったり起訴猶予となった事案に限ったりするなどの検討を行うべきだ。
 純然たる法的判断を置いて、個人を罰することだけで留飲を下げておしまいでは、原因究明や対策はむしろ遠くなろう。


東電元幹部無罪
 ゼロリスク求めなかった判決
2019年9月20日:読売新聞

 未曽有の自然災害が原因の事故について、個人の刑事責任を問うのはやはり難しい。裁判所は証拠を吟味した結果、そう判断したのだろう。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡り、業務上過失致死傷罪に問われた勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人に対し、東京地裁が無罪を言い渡した。
 検察は3人を不起訴にしたが、市民で構成する検察審査会の議決で強制起訴された。安全対策を怠り、東日本大震災の津波による原発事故を発生させた結果、避難を強いられた入院患者を死亡させるなどした、という内容だ。
 裁判のポイントは、3人が津波の発生を予見できたかどうかだった。検察官役の指定弁護士は、事故前に「最大15メートル超」の津波の可能性を指摘した試算を根拠に「対策を取るか、運転を停止していれば事故は防げた」と主張した。
 これに対し判決は、試算の基となった政府機関の地震に関する長期評価について、「専門家から疑問が示されるなど、信頼性に欠けていた」と判断した。その上で、津波発生の予見可能性を否定し、3人の無罪を導いた。
 刑事裁判で、個人の過失を認定するには、具体的な危険性を認識していたことを立証する必要があるが、それが不十分だったということだ。刑事裁判の基本に沿った司法判断と言えよう。
 また判決は、「自然現象についてあらゆる可能性を考慮して対策を講じることを義務づければ、不可能を強いることになる」との考え方を示した。当時の原発の安全対策に、「ゼロリスク」まで求めなかったのはうなずける。
 ただ、刑事責任が認定されなかったにせよ、原発事故が引き起こした結果は重大だ。想定外の大災害だったとはいえ、東電の安全対策が十分だったとは言い難い。
 2年3か月にわたる公判では、東電の原発担当者や地震学者ら20人以上が出廷した。津波対策が必要だと考えていた、と証言した部下もいた。危機感が共有されず、組織として迅速な対応が取れなかった実態が浮かび上がった。
 強制起訴によって裁判が行われることになり、公開の法廷で、原発の安全対策に対する経営陣と現場との認識のギャップが明らかになった意義は小さくない。
 大切なのは、裁判で得られた教訓を今後の対策に生かすことである。東電や国は、最新の科学的知見や、信頼できる研究データに基づき、事故の可能性を低減させていく努力を怠ってはならない。


東電判決、消せぬ責任
 無策と業界の論理に導かれた無罪
2019年9月20日:朝日新聞

 福島第一原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人を無罪とした東京地裁の判決。2年あまり、全38回に及んだ公判を傍聴した記者は判決をどう見たか。
 対策がすぐに必要だと言っている人は誰もいなかったので、東京電力の旧経営陣の刑事責任は問えない――。東京地裁の判決は、そう言っているに等しい。
 判決は、国が2002年に公表した地震予測「長期評価」の信頼性も否定した。東電の賠償責任を認めてきた民事訴訟の判決と比べても、被告側の主張に沿った「門前払い」に近い内容だ。検察官役の指定弁護士が控訴すれば、その判断が正しいのか、引き続き争われることになる。
 しかし、判決の結論にかかわらず、関係者の責任が消えるわけではない。全38回の公判を傍聴して感じたのは、多くの人を危険にさらす巨大技術を扱っていることへの自覚のなさ、組織の動きの鈍さだ。
 強制起訴によって実現した法廷には、東電社員らのメールや会議の議事録が証拠として提出され、関係者も次々と証言した。政府や国会の事故調査委員会でもはっきり分からなかった、東電社内の動きを検証する場となった。
 そこで見えたのは、原発の停止を避け、いかに軟着陸させるかを探る組織の姿だ。高い津波予測を表に出さないよう、つじつま合わせの理屈を練り、他の電力会社や専門家の根回しに走った。経営陣も予測のあいまいさを理由に様子見に終始した。
 判決はその状況も踏まえつつ、東電の担当者のみならず、他社や専門家、国を含めて誰もが対策を積極的に求めなかったことを強調した。裏を返せば、事故前の業界の論理や無策ぶりが無罪を導いたとも言える。
 判決は「絶対的安全性の確保までを前提とはしていなかった」とも述べたが、社会は事故を容認して原発を受け入れてきたわけではない。事故を招いた組織や社会の構造を残したままでは、失敗が繰り返される。そもそも私たちの手に負える発電技術なのか。法廷で明らかになった事実も踏まえ、考えていかなければならない。(編集委員・佐々木英輔)


「臨界」の残像―JCO事故20年― (上)
タブーだった被ばく医療
 当時の医師「人命軽視だった」
 教訓生かされたか
2019年9月21日:毎日新聞


JCO臨界事故について語る前川和彦医師=川崎市麻生区で2019年9月10日、梅村直承撮影

 日本の原子力産業で、初めて被ばくによる死者が出たのが、1999年に起こったJCO臨界事故だった。この20年の間に、福島第1原発事故も発生。二つの原子力災害から浮かび上がる課題を追った。
  ×   ×
 「バシッ」。99年9月30日、核燃料を加工していた「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所(茨城県東海村)で異音とともに青い閃光(せんこう)が放たれた。その瞬間、放射性物質のウラン溶液を扱う作業中だった社員の大内久さんと篠原理人(まさと)さんの体を、強烈な放射線が通過した。
 核分裂が連鎖的に続く「臨界」状態が生じ、放射線を遮るものがない「裸の原子炉」ができあがっていた。被ばくした大内さんらを治療したのが、東京大病院で救急部・集中治療部長を務めていた前川和彦さん(78)だった。「やけどの専門家である私でさえ、毎日驚くような患者の変化だった。治療は海図のない航路だった」
   ×   ×
 急性の大量被ばくで、大内さんらの体は新たな細胞を作れなくなった。日焼けしたような肌は徐々に皮がむけて水ぶくれのようになっていた。
 搬送された当初、大内さんは前川さんが「本当に大量に被ばくしたのか」と思うくらい落ち着き、意識もはっきりしていた。しかし、入院4日目には検査の多さに「おれはモルモットじゃない」と訴えた。
 数日後には薬の影響もあって徐々に意識が遠のいた。医療スタッフによる大内さんの83日間の治療記録には、刻々と変化していく体の状態が記されている。A4判用紙に印刷すると400ページ超。大内さんは99年12月に当時35歳で、篠原さんは翌年4月に同40歳で亡くなった。
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 臨界事故前までは国内で原子力事故は起きないとされ、「被ばく医療」という言葉は安全神話の中でタブーだった。95年の阪神大震災をきっかけに、原子力災害時の医療が議論された時も「被ばく」の表現を避け「緊急時医療」と呼ばれた。「『海図』以前に、船自体の整備が進んでいなかったようなもの」(前川さん)だった。

前川和彦医師の治療記録。亡くなった作業員の言葉、「おれはモルモットではない」も記されていた
=川崎市麻生区で2019年9月10日、梅村直承撮影

 そんな中で臨界事故が起きた。東海村消防本部に入った救急搬送の要請内容は「てんかんのようだ」。情報が入り乱れ、現場は混乱。臨界事故と知らされず、救急隊員も被ばくした。受け入れ先が決まったのは事故から約75分後。入院した社員3人の本格的な医療体制が組まれたのは、事故翌日からだった。
 急性放射線障害の治療例は海外でも少なく、治療はいろいろな文献を見ながら手探りで進められたという。
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 事故を受け、政府は99年12月に原子力災害対策特別措置法を制定。急性被ばく患者を受け入れる医療機関を、徐々に原発の周辺地域で指定していった。
 急性被ばくを念頭に、こうした医療機関のスタッフや立地自治体や消防、警察の職員らが、定期的に開かれていた公益財団法人「原子力安全研究協会」の講習などに参加。事故に備えたはずだった。
 ところが、2011年3月11日の東京電力福島第1原発事故では、放射性物質が広範囲に拡散。これらの医療機関も避難指示区域に含まれてしまい、病院としての機能を果たせなくなった。避難区域外でも、除染設備がなく住民の診療を断った災害時対応の病院があった。
 その反省から原子力規制委員会は福島事故後、急性被ばくだけでなく、原発周辺の住民の除染も考慮した新たな医療体制の整備を目指した。原子力災害医療の中心となる「原子力災害拠点病院」を全国の約50病院に、拠点病院を支援する「協力病院」を約300病院に、それぞれ担ってもらう体制になっている。
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 佐賀県唐津市の唐津赤十字病院は、九州電力玄海原発周辺に5カ所ある原子力災害拠点病院の一つだ。同病院に勤める医師、酒井正さん(57)は万が一の事態で、住民1人の除染に最低1時間かかると見る。「通常の救急でも数十人でパンクする。除染が必要となれば、対応は1日に10人ほどが限界だ」

体内の被ばくなどを調べるホールボディーカウンター。
原子力災害拠点病院では設備は整いつつあるが、医療スタッフの教育に課題があるという
=佐賀県唐津市の唐津赤十字病院で2019年7月25日午後4時35分、岩間理紀撮影

 原子力災害はめったに起きないが、対応には高度な専門知識を要する。拠点病院では、スタッフ全員に被ばく医療への対応が求められている。しかし、病院によっては研修に毎回、同じ顔ぶれが参加するなど広がりに乏しいところがある。
 「半分ボランティアのよう。携わる人の使命感で成り立っている」。酒井さんは、限られた人材に支えられる現状に危機感を抱く。
 規制委は一時、拠点病院を広げようと診療報酬を加算できないか検討したが、実現していない。危機感を抱くのは、規制委の緊急事態応急対策委員を務める医師の浅利靖さん(58)も同じだ。「人が足りず現場の頑張りに頼っている」
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20年前の臨界事故から間もなくして、報道陣に公開された事故現場
=茨城県東海村のJCO東海事業所で1999年10月10日午後3時15分、内林克行撮影

 今も埼玉県内の病院で患者と向き合う前川さんは「各地に高度な被ばく医療の治療体制を準備させるのは負担も大きい」と話す。原子力災害時に重要なのは、住民に除染が必要かの判断や、必要だった場合に簡単な除染をすることだと指摘。「災害の場所によって柔軟に対応できるよう、高度な医療はより集約すべきだ」と考えている。
 「原子力防災の施策の中で、あまりにも人命軽視がはなはだしい」。大内さんの死亡後に前川さんが訴えた言葉だ。その気持ちは、ますます強くなっているという。教訓は生かされているだろうか。


「臨界」の残像―JCO事故20年― (中)
変わらない原子力の現場
元作業員
「放射線の怖さ 教えてもらえなかった」
2019年9月22日:毎日新聞

臨界事故後に初めて報道陣に公開された沈殿槽(奥)。事故当時、ずさんな作業がされていた
=茨城県東海村のJCO東海事業所で2003年9月2日午前9時51分、近藤卓資撮影

 「放射線から正しく身を守る方法について、誰かに教えてもらったことはなかった。現場ではそれが普通のことで、その怖さを理解しきれていなかった」
 九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)で下請け作業をし、東京電力福島第1原発(福島県)では廃炉作業に携わった作業員の男性(45)=北九州市=は、自らが経験した現場を振り返った。
 2012年になって、しばらくしてからだった。玄海原発の構内で、男性は同僚と配管を固定したり、無造作に置かれていた70センチほどの大きさの切断機20機余りを解体したりする作業をした。
 男性によると、切断機は、放射性物質で汚染された配管などの切断用で、作業で付着した粉じんで機材自体も汚染されていたという。「被ばくを防ぐために支給されていたのは、鼻と口だけを覆う半面マスク。解体では、機材に付着していた配管の切りくずや粉じんが舞って吸い込む恐れがあるため、顔全体を覆う防護マスクを着用しなければならなかったが、その指導はなかった」と語った。
 男性は危険な作業と知らず、作業をしていた。「元請け業者らから、解体作業に関する注意もなかった」と話す。
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 男性は造船の現場などで溶接の仕事に携わってきた。11年3月の福島第1原発事故を目の当たりにし、「東北の役に立ちたい」と家族の反対を押し切って原子力産業に足を踏み入れた。
 実際に原発の現場に行くと、思いのほか安全対策はずさんな感じがしたという。男性は福島第2原発で作業した際、「個人線量計を持っていたのは現場監督のみだった」と話す。「ピーピー」とたびたび警報音が鳴ったが、監督は「大丈夫、大丈夫」と言い、スイッチを解除したという。
 「第1原発では、放射線を遮蔽(しゃへい)するための鉛が入ったベストが不足していた。作業時には着ることになっていたが、現場監督に『着らんでもこっそり入れ』と言われたことがあった」と証言する。
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 男性は14年1月、急性骨髄性白血病と分かった。目の前が真っ暗になった。原発で作業した計2年間の被ばく線量は、累積で約20ミリシーベルト。15年10月に労災が認められた。
 九電と東電には「現場での監督が行き届いていない」として損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。九電側は「半面マスクで解体作業をさせることはない」と主張、東電側も「放射線から保護するための作業衣の着用を指導している」と反論している。両社とも男性の言い分とは食い違いがあり、訴訟は続いている。
 男性は通院生活が続く。「僕ら作業員は捨て駒みたいなものだ」と話した。
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 最前線で働く人に「教育」という配慮が著しく不足していたのは、20年前も同じだ。
 1999年9月、核燃料の加工をしていた「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所(茨城県東海村)で起きた臨界事故。作業効率を優先し、事故の1年以上前から「裏マニュアル」による違法な作業が常態化していた。事故により、作業していた社員3人が放射線を浴びて入院。2人が亡くなった。
 1人は治療の末、約3カ月後に退院。「(事故原因は)『無知』だった」。事故から6年がたった05年、この男性作業員は毎日新聞のインタビューにそう振り返った。臨界の危険性について指導はなく、安全な作業をしているという思い込みがあったという。

臨界事故を振り返り反省の言葉を述べるJCOの桐島健二社長
=茨城県東海村の同社で2019年8月28日午前11時9分、荒木涼子撮影

 10年からJCOで社長を務める桐島健二さん(63)は、現場への目配りを怠った事故を反省しながら「人間はつい安易な方向に流される。それをいかに止めるかが難しい。20年前は『臨界事故は起こらない』という考えがまん延していた」と語った。
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 福島第1原発事故の後も、放射性物質を取り扱う施設でずさんな行為が後を絶たない。
 今年1月には、日本原子力研究開発機構の核燃料サイクル工学研究所(東海村)で放射性物質の漏えい事故が発生。作業員が一部の確認手順を省いたため汚染が拡大した。

臨界事故があった建物の横で、当時の収束作業について説明するJCOの桐島健二社長(左)。
右側のコンクリートの壁は放射線を遮るため、事故後に整備された
=茨城県東海村の同社で2019年8月28日午前11時37分、荒木涼子撮影

 この事故について原子力規制委員会は6月、機構に対し現場の作業員らに繰り返し教育、訓練をして、習熟させることの重要性を強調する見解をまとめている。
 多くの人が働く原子力の巨大なシステムで、繰り返される横着な作業。作業員らの労働環境について約10年間、相談にのってきた福島県いわき市の渡辺博之市議(54)は「現場に即した具体的な注意喚起が足りない」と話す。
 原発作業員の労働問題に詳しい縄田和満・東京大教授(計量経済学)は現場の課題について、「なぜその作業が必要なのかなど教育が行き届いていない。具体的な指導を徹底していくべきだ」と指摘する。


「臨界」の残像―JCO事故20年― (下)
「そんなにやばいことが」情報なく
 住民避難 福島事故でも浮かぶ課題
2019年9月23日:毎日新聞

 1999年9月30日午前10時35分ごろ、茨城県東海村で臨界事故が起きた。「情報が乏しく、どうしていいか分からなかった」。原子力関連施設が並ぶ海沿いから内陸へ約5キロ入った茨城県東海村の市街地。そこで旅館を営む坂場誠さん(57)が覚えている印象だ。
 坂場さんは防災無線で事故発生を知ったが、「場所は(原子力関連施設が多い)どうせ海側だろう」と思っていた。昼過ぎ、テレビ局の電話取材で、事故現場が旅館から約400メートル離れたジェー・シー・オー(JCO)東海事業所と知った。
 旅館の近くに国道6号が通る。交差点を見ると、交通整理をする警察官の姿があり、上空にとどまるヘリコプターのプロペラ音が響いていた。どんどん物々しくなっていったのを覚えている。
 近くでいつも通りに働く建設作業員の横を、JCOの社員らが逃げていった。「そんなにやばいことが起きているのか」。放射線には色もにおいもない。旅館には宿泊客もいたままだった。「宿泊客を置いたまま、私たちだけ逃げるわけにはいかない」。夕方になって、子ども3人だけを約30キロ離れた妻の実家に避難させた。
 妻は昨年7月、大腸がんで亡くなった。死因は事故と無関係だが、20年前に避難しなかったことが心のつかえになっている。「避難しなかった罪悪感が私の心に1本のクギのように引っかかってしまっている」
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 東海村は57年、日本で最初に実験用原子炉が運転を始めた原子力推進の象徴的な地だった。
 そこで起きた臨界事故の一報が村にもたらされたのは、発生から約1時間後。「臨界事故らしい」という断片的で限られた情報だった。しばらくして、現場近くで測定された放射線量の値が送られてきた。「毎時0.84ミリシーベルト」

原子力事故での初の避難要請をした際の状況について語る茨城県東海村の村上達也前村長
=同村で2019年7月13日午前11時40分、荒木涼子撮影

 午後2時。JCOの社員2人が真っ青な顔で村役場5階に設けられた災害対策本部に飛び込んできた。「村の人たちを避難させてください」。当時、村長だった村上達也さん(76)が「(親会社の)住友金属鉱山やJCOの社員たちはどうしているんだ」と尋ねると、「みんな避難しています」という返事だった。
 村上さんは、村長就任時に周囲から「原子力を頼む」と言われたことも頭をよぎったという。しかし、JCO社員の返事に驚き、憤りと村民への思いで、原子力事故で国内初の避難要請を決断した。村長を辞める覚悟だったという。午後3時、事業所から半径350メートル圏内に避難を要請。県による10キロ圏内の屋内退避勧告は、午後10時半になってからだった。
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 避難に必要な情報伝達が遅れた臨界事故の教訓を受け、2000年6月に原子力災害対策特別措置法が施行。自治体が関係機関と協力し、対策拠点の「オフサイトセンター」を設けて住民避難などの対応に当たるよう求められた。
 各地で原発事故を想定した避難訓練も実施されるようになる。06、07年に福島県が取り組んだ訓練では、実践的になるよう住民にあらかじめ内容を伝えないといった工夫もあった。
 福島県によると当時、地震などの自然災害と原発事故が同時に起きる「複合災害」の視点は抜け落ちていたという。担当者は「広域で逃げることも考えていなかった」と証言する。
 その頃、新潟県は経済産業省の旧原子力安全・保安院に原子力災害と自然災害の複合災害への対応の検討を要望していた。07年に中越沖地震があり、東京電力柏崎刈羽原発での火災を経験していたからだ。
 しかし「原発は耐震構造になっており、複合災害の蓋然(がいぜん)性は極めて低い」として旧保安院は10年10月、「自然災害が原子力災害を引き起こす可能性はほぼゼロに等しい」と判断。複合災害や広域避難の備えがないまま11年3月、東電福島第1原発事故を迎えた。
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20年前に臨界事故があった現場。現在、当時の設備は撤去されている=茨城県東海村で、JCO提供

 福島事故後に発足した原子力規制委員会は、原子力災害対策指針を策定。複合災害も考慮し、事故の際は原発の状況に応じて広域で段階的に避難することを示した。
 それでもなお、浮かび上がる課題がある。
 原子力災害に詳しい東京大総合防災情報研究センター准教授の関谷直也さん(44)らは、福島事故避難者に聞き取りなどを重ねた。14年の調査では、日がたつにつれ避難所よりも親族や親戚の家へ避難する傾向が分かった。別の調査では、こうした避難期間が1年超と長期化していたことも判明した。
 規制委が指針作成で参考にした国際原子力機関(IAEA)のガイドは、避難した住民がすぐに帰宅できた米スリーマイル島原発事故などを踏まえてまとめられていた。自治体の避難計画も規制委の指針が基準になっており、関谷さんは「福島原発事故の教訓を踏まえていろいろな避難を検討しておかないと、いざという時に対応できなくなる」と懸念する。
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臨界事故を起こした建物のわきに積み上げられた土のう
=茨城県東海村で1999年10月6日午前8時45分、本社ヘリから加古信志撮影

 東海村のJCO東海事業所は今、施設の解体作業をしながら、その過程で生じた行き場のないウラン廃棄物などを保管している。現在の山田修村長(58)は8月、「原子力の安全対策の道のりは険しく、終わりがない」と定例記者会見で語った。
(この連載は荒木涼子、岩間理紀、奥山智己、鳥井真平が担当しました)

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