どこまで続く、日韓の泥沼…

日韓の底なしの泥沼からどのように抜け出すのか、安倍一族の政治家は見通しを持っていない。
石原慎太郎がワシントンで「尖閣諸島を東京と購入する」と宣言して日中関係を混乱させた時と同じだ。
政治家がことを起こす時、落としどころの見通しをもつものだが、石原慎太郎や安倍晋三、麻生太郎の悪の枢軸は問題の全体を見た政治を行っていない。
国連、ユネスコが第二次世界大戦後、お互いを理解することが平和構築の要となると宣言している。答えは存在している。今こそ、日韓の国民が交流し、理解し、お互いを受容することが重要だ。


韓国 輸出優遇対象国から日本除外を施行
=「国際協力難しい国」
2019年9月18日:朝鮮日報

【世宗聯合ニュース】韓国政府は18日、日本を「ホワイト国(輸出管理の優遇対象国)」から除外する措置を盛り込んだ「戦略物資輸出入告示」を同日午前0時から施行する。

 産業通商資源部は、現行の戦略物資の輸出地域においてホワイト国である「カ」を「カの1」「カの2」に細分化し、日本を非ホワイト国と同様の規制を受ける「カの2」に分類する戦略物資輸出入告示の改正案を18日の官報に掲載し、施行すると発表した。
 政府が日本の対韓輸出規制に対抗し、11日に日本を世界貿易機関(WTO)に提訴したのに続く対応措置だ。
 産業通商資源部は「戦略物資輸出統制制度は国際輸出統制体制の基本原則に沿って運営されなければならない」とし、「これに反して制度を運営するなど、国際協力が難しい国について戦略物資輸出地域区分を変更し、輸出管理を強化するために改正を推進した」と説明した。
 同部は先月12日に戦略物資輸出入告示改正案を発表し、8月14日~9月3日に行政予告を行って改正案に対する意見を受け付けた。その結果、賛成が91%と大多数が改正案を支持した。
 意見公募後に法制処での検討、規制審査などを経て改正に必要な手続きを完了し、18日から本格的に施行することになった。 
 改正告示によると、これまで「カ」地域に入っていた29カ国のうち28か国は「カの1」に入り、ホワイト国として引き続き優遇を受ける。「カの2」には現在日本のみが含まれ、原則的に非ホワイト国である「ナ」地域に準じる規制を受ける。
 「カの2」は個別輸出許可を申請する際に申請書、戦略物資判定書、営業証明書以外に最終荷受人の陳述書と最終使用者の誓約書を加えた計5種類の書類を提出しなければならない。購入者と最終荷受人、最終使用者が同一の場合は最終荷受人の陳述書は免除される。
 個別輸出許可の審査期間はこれまでの5日以内から15日以内に変更され、包括輸出許可に当たる使用者包括許可、品目包括許可の審査期間も同様に変更される。
 使用者包括許可、品目包括許可ともに有効期間は3年から2年に短縮される。
 「カの2」は特定の条件では、戦略物資でなくても軍用に転用される懸念がある品目に適用される状況許可(キャッチオール制度)の対象になる可能性がある。
 既に発給を受けた個別輸出許可や包括許可は有効期間までこれまで通り使用できる。
 産業通商資源部は韓国企業に及ぶ影響を最小化するため、民間用途の正常な取引については迅速に日本への輸出許可を出し、中小企業には専門の審査官を割り当てて許可期間を最大限短縮する予定だ。 
 戦略物資輸出入告示は国際平和と安全維持、国家安保への寄与を目的としており、2004年の制定から18年末までに計25回の改正が行われた。
 日本は7月4日に半導体素材3品目に対する輸出規制を断行したのに続き、先月28日には輸出管理の優遇対象国「グループA(旧ホワイト国)」から韓国を除外する政令を施行した。
 産業部の関係者は「韓国の告示改正は、国際協力が可能かを中心に国内法、国際法の正規の手続きに従って進められた」とし、「政治的目的で輸出統制制度を利用した日本とはその目的と趣旨が根本的に異なる」と強調した。
 また「国内企業の輸出に問題が発生しないかなどを綿密にモニタリングしながら、輸出統制制度の透明な運用、個別相談など国内輸出企業の支援のために最善を尽くす」と述べた。


8月の訪日韓国人客、昨年比48%減
 下げ幅一気に拡大
2019年9月18日:朝日新聞

 8月に日本を訪れた韓国人旅行者数は、前年同月より48・0%減って30万8700人だった。観光庁が18日、発表した。減少は2カ月連続で、下げ幅は7月の7・6%から一気に拡大した。日韓対立の解決の兆しが見えない中、訪日旅行を控える動きが韓国で急速に広がったとみられる。
 日本政府観光局によると、韓国からの訪日客は昨年後半以降、ベトナム旅行の人気が高まるなど渡航先の多様化や、韓国経済の低迷の影響などで前年割れの傾向が出ていた。
 さらに日本政府が7月4日、半導体関連3品目の対韓輸出規制強化を発動したことをきっかけに、韓国で訪日旅行を控える動きが広がりだした。一部の航空会社で、日本への旅客便を減らす動きも出ていた。
 韓国人旅行者の減少の影響で、訪日客全体でみても8月は前年同月より2・2%減って252万100人となった。台風による関西空港の被災や北海道での地震の影響で5・3%減だった昨年9月以来、11カ月ぶりに減少した。


日韓が陥る「記憶の政治」の愚
:どちらの何が正しく、何が間違いか
THE AGE OF MEMORY POLITICS
2019年9月18日:ニューズウィーク

<過去を政治の道具にする「記憶の政治」とは何か。泥沼の関係に陥りつつある日韓が仏独から学べること。本誌最新号「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集より>
またしても、日本と韓国の間で緊張が高まっている。そして、またも双方が、敵意が膨れ上がる主な原因は「歴史問題」だと言い出している。

韓国人は、日本人が戦時中と植民地時代の行いを十分に認識してないと非難する。日本人は、自国で語られる歴史に欠けている部分を蒸し返されることにうんざりしている。過去を武器にして現在に損失をもたらしているという意味では、どちらの国も同罪だ。
日本人も韓国人もこれは「歴史」論争だと言っているが、実際に話しているのは「記憶」についてだ。
歴史と記憶は同じものではない。歴史とは過去に起きたことであり、記憶とは、そのストーリーをどのように語るかということだ。国家が自らのストーリーを語るときは特に、記憶は選択的、政治的、感情的になりがちだ。
国民の歴史という概念は目新しいものではない。全ての国が、時には英雄として、時には犠牲者として自分に都合よくストーリーを語るが、それらは常にアイデンティティーと国家の誇りに関わっている。
一方で、何が新しいかと言えば、いま私たちは「記憶の政治(メモリー・ポリティクス)」の時代を生きているということだ。記憶の政治では、歴史が国境を超えた問題になる。過去を利用して国内でアイデンティティーを築くだけでなく、国際関係でも過去を政治の道具にするのだ。
国境を超える記憶の政治は、1945年からの数十年間で変化してきた。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)など戦時中の不正義を事実として認め語ろうという努力を機に、「世界的な記憶の文化」が徐々に生まれてきた。
国の過去の中でより暗い部分とどう向き合うかについての基準には、公に認めること、正式な謝罪、被害者への賠償が含まれるようになった。こうした記憶の基準は、奴隷制や先住民族への暴力など自国民に対してだけでなく、戦争や内戦で対峙した昔の敵や、帝国主義時代の旧植民地にも適用される。
日本と韓国は今まさに、国家の歴史と国際的な記憶の政治の複雑な網にからめ捕られている。


こじれる日韓関係
韓国が日本に1プラス1プラスα提案を
し続ける理由とは?
2019年9月18日:AERA

 日韓関係がこじれたまま、解決への道筋が見えない。元徴用工をめぐる問題では、韓国側が極秘に訪日し、断られた提案を繰り返していたことが明らかになった。AERA 2019年9月23日号に掲載された記事を紹介する。
*  *  *
 韓国の元徴用工らに対する日本企業の損害賠償問題を契機にこじれにこじれる日韓関係。9月に入って、新たな動きとして日韓メディアが報じたのが「1プラス1プラスα」提案だ。おおざっぱに言えば、徴用工と関係した日韓両企業に加え、韓国政府も資金を拠出して財団を設立し、元徴用工らに支給するという案だ。

 韓国側は否定しているが、李洛淵(イ・ナギョン)首相が2日にソウルで河村建夫・日韓議連幹事長と面会した際、提案したという。李氏は、日本が対韓輸出規制強化をやめれば、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA・ジーソミア)破棄の撤回も考えられるとも伝えた。

 安倍晋三首相は3日、報告するために首相官邸を訪れた河村氏に「国と国との国際約束だからしっかり守ってもらいたい。その一言に尽きる」と述べ、元徴用工問題は日韓請求権協定で解決済みとの立場を改めて強調した。日韓関係筋によれば、官邸は「なぜ、すでに2度もダメだと伝えた案にこだわり続けるのか」とあきれかえった。

 同筋によれば、この案が最初に示されたのは7月下旬。韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長が極秘裏に訪日し、谷内正太郎国家安全保障局長と会談したときだった。韓国は6月、趙世暎(チョ・セヨン)・第1外務次官が秋葉剛男外務事務次官と東京で会談した際、日韓両企業が資金を出す「1プラス1」案を提示したが、日本側から断られていた。

 当時、韓国側は、日本が輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」のリストから韓国を外す政令改正が迫っていることに焦りを覚えていた。鄭氏は「1プラス1」案から更に譲歩する形で「1プラス1プラスα」案を提示したという。日本側はこの提案を断った。
 この会談の際、「谷内氏が日韓協議の打ち切りを宣言した」という情報が流れた。ますます焦燥感を募らせた韓国は趙氏を再び日本に派遣し、対話の継続を訴えた。ただ、趙氏は会談した秋葉氏に対し、やはり「1プラス1プラスα」案しか示せず、状態は好転しなかった。

 複数の日本政府関係者は「1プラス1でも1プラス1プラスαでも一緒。日本企業がカネを出すことを認めれば、日韓請求権協定が壊れてしまう」と断言する。関係者の一人は「最大限譲っても、日本側はボランティアベースでの参加まで。強制力が伴う合意は認められない」と指摘。別の関係者も「アジア女性基金や慰安婦財団が壊れた先例を考えれば、国民を説得できない」と語る。

 日本の主張に耳を貸さずに、自説をなかなか曲げない韓国。その傾向は内政にも表れている。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は9日、様々なスキャンダルが噴出し、火だるまになっていた側近の曹国(チョ・グク)前大統領府民情首席秘書官の法相起用を発表した。

 保守陣営の関係者は「文氏が、自説を曲げないという自らの政治スタイルにこだわった結果だろう」と語った。

 文氏は過去、経済や外交の失敗が話題になったときも、「自分が任命した責任がある」として、担当閣僚の更迭になかなか応じてこなかった。弁護士出身ということもあり、政治的な妥協を嫌う。あまりに自説を曲げないため、今春ごろから、大統領府内の会議でも、文氏に逆らう意見がほとんど出なくなったという。

 だが、曹氏を巡るスキャンダルは更に広がる懸念がある。また、韓国政府は11日、輸出規制強化策の「第1弾」を巡り、日本を世界貿易機関(WTO)に提訴した。日韓関係もこのままでは出口が見いだせず、年内にも元徴用工訴訟で勝訴した原告側が差し押さえた日本企業の韓国内資産が、現金化される可能性が高まっている。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

※AERA 2019年9月23日号


「過去の歴史想起」外務省、
かつて旭日旗で注意 五輪で容認と矛盾?
2019年9月19日:毎日新聞

旭日旗について「日本国内で長い間広く使用されている」と説明する文書=外務省ホームページより

 外務省が旭日旗に対する理解を広げようと情報発信に力を入れる一方、以前の海外安全情報で「過去の歴史を容易に想起させるもの」として注意喚起したこととの整合性で説明に苦慮している。
 旭日旗を巡っては、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会が競技会場への持ち込みを容認する姿勢を示したのに対し、韓国の文化体育観光省が今月11日、持ち込み禁止を求める書簡を国際オリンピック委員会(IOC)に送ったと発表している。
 外務省の大鷹正人外務報道官は18日の記者会見で「旭日旗は大漁旗や出産・節句のお祝いの旗などで広く使用されていて、長い歴史を誇るものだ」と強調。「掲示は政治的宣伝とはならず、旭日旗を持ち込み禁止品とすることは想定していない」とする組織委員会の方針に理解を示した。

「掲げるとトラブルを生じる可能性がある」と注意喚起

 会見では、2010年に中国・広州で開催されたアジア大会などに際し、海外安全ホームページで「過去の歴史を容易に想起させるもの」として旭日旗を例示し、「掲げるとトラブルを生じる可能性がある」と注意喚起していたことに関して「現在もこの見解を維持しているのか」との質問が出た。大鷹氏は「そのような見解を有していない」と断った上で、「誤った理解をしている方々の間で過去の歴史を想起するということで、何か行動を起こすかもしれない。そういう事実として日本国民に注意喚起した」と説明した。
 また、今年5月に外務省のホームページに掲載した旭日旗に関する日本語と英語の文書が旧陸海軍の軍旗として使われていたことに触れていない理由を問われると、「いろんなクレームがあるという状況の中で、それに対する説明という位置づけだ。そういう方々、あるいはそういう主張を聞いている人々が誤解を持たないように我々として最大限工夫した」と語った。
 外務省がホームページに掲載した文書は3ページ。旭日旗が日常生活のさまざまな場面で使われている▽自衛隊の公式な旗として国際社会に広く受け入れられている▽旭日のデザインは日本特有ではなく世界で広く使われている――などと紹介している。【成沢健一】


「朝鮮通信使は凶悪犯罪者集団」杉並区議、
本会議で発言
2019年9月19日:朝日新聞

 東京都杉並区の佐々木千夏区議(46)が、区議会本会議で「朝鮮通信使」について、「女性に対する暴行、殺人、強盗を繰り返す凶悪犯罪者集団」などと発言した。区議会の複数の会派が「差別的な発言だ」として、発言の取り消しを求めるなどの対応を協議しているほか、市民グループも抗議文を出す予定だ。
 発言があったのは、今月12日の本会議一般質問。佐々木区議は、同区で使われている社会科教科書の記載について、「朝鮮通信使が歓迎を受けたというのは、全くのうそ。女性に対する暴行や殺人を起こしている」「創氏改名も全くのうそ」などとして、副読本を配ったり、教員への勉強会を開いたりするよう求めた。区教育委員会は「文部科学省の教科書検定に合格したもの。補足説明する必要はない」と答弁した。
 共産、立憲民主など複数の会派は、発言が「ヘイトスピーチだ」として区議会での対応を協議している。区内の市民グループも辞職を求める抗議文を出す予定だという。
 佐々木区議は朝日新聞の取材に、「複数の区民から、教科書が問題だという連絡を受けて質問した。歴史的事実なので、発言を取り消すことは考えていない」と答えている。
 朝鮮通信使を研究する京都造形芸術大学の仲尾宏客員教授(日韓・日朝関係史)は「朝鮮通信使は、朝鮮国王が任命した正式な使節団で、儒教の教えを守っている人たち。略奪や暴行をしたという史料は見当たらない。責任ある立場の公人の発言として問題だ」と指摘する。
 佐々木区議は4月の区議選で、「NHKから国民を守る党」から立候補し初当選。その後、除名され、現在は「正理の会」に所属。同区議によると、正理の会は自身が所属する宗教団体の名前だという。(杉原里美)
本誌2019年9月24日号22ページより

日韓双方が正しく間違っている

韓国でリベラルな文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「われわれは二度と日本に負けない」と宣言するとき、彼は国家の経済への脅威について訴えている。親日派(「親日反民族行為者」)をやり玉に挙げるとき、彼は韓国の独立を、1948年に南北朝鮮がそれぞれ独立した冷戦下の反共産主義というより1919年の反日独立運動(三・一独立運動)に結び付けようとしている。このようにして、最終的に南北統一を目指す韓国の国民のストーリーに、北朝鮮が取り込まれていく。
こうしたレトリックは、国内的な目的のために日本に対する敵意を振りかざすものだ。
一方、日本で保守派の安倍晋三首相が従軍慰安婦問題に関する新たな謝罪を拒み、強制連行という解釈を認めないとき、彼は国家のプライドと国内の政治基盤に語り掛けている。日本政府が韓国やアメリカなどに設置された「平和の少女像」の撤去を求めるのは、国際社会で日本の名誉が傷つけられると考えているからだろう。
そこでは記憶についての世界的な基準より、国力に関する愛国主義的な物語のほうが優先されている。これはどちらの国も正しくて、どちらの国も間違っていると言える。
韓国は、日本の戦争と植民地支配の過去は適切に認識されなければならず、将来にわたって日本の歴史の良い面も悪い面も教育しなければならないと主張する。これはそのとおりだ。また、韓国の裁判所が昨年、元徴用工問題で日本企業に賠償を命じる判決を出したことも、ドイツの戦時中の強制労働に関する判例をある程度なぞっていた。
日本は慰安婦問題で、不完全な部分はあるにせよ既に公式に謝罪と賠償をしたにもかかわらず、韓国が受け入れないことに戸惑っている。慰安婦をはじめとする戦争被害者のために市民社会の日本人が尽力していることも、韓国は認めようとしない。これについては日本の言うとおりだ。
一方、韓国は元徴用工への賠償金のために日本企業の資産を差し押さえて売却すると脅しているが、これは間違っている。こういう脅しは記憶についての世界的な基準からは外れている。
そして、日本は記憶をめぐる傷を貿易政策と安全保障政策にすり替えているが、これも間違っている。韓国が「日本の経済侵略対策特別委員会」を設置するなど、同じような報復をするのも間違っている。
仏独のようにはなれなかった
どちらの国も、過去の間違いを現在の間違いにすり替えているだけだ。75年近い年月の間に何も変わっていないかのように。だが実際は、多くのことが変わっている。「歴史問題」に関してもさまざまな変化が起きているのだ。
今から21年前の1998年に、金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相は日韓共同宣言に署名。日本による植民地支配が韓国に多大な損害と苦痛を与えたことを認めた上で、未来志向の両国関係を目指すと約束した。
その後、韓国で日本の映画や音楽、マンガなどが解禁され、J-POPとK-POPが人気を集めた。2002年にはサッカー・ワールドカップを共同開催。日本で韓流ブームが起きて、互いに観光客が増えた。日韓関係は新しい段階を迎えたと思われた。
私はその頃、日本と韓国が、60年代前半の仏独のような和解に向かっているかもしれないと書いた。しかし、私は間違っていた。それでも、長く敵対していたフランスとドイツが第二次大戦後に関係を修復できた理由を検証することは、役に立つのではないか。
フランスとドイツの関係を変えた要素は3つある。双方の市民社会団体と草の根の運動(初めはドイツのほうが積極的だった)、シャルル・ドゴール仏大統領とコンラート・アデナウアー西独首相という2人の力強い指導者の政治的な意思、冷戦とソ連の脅威という文脈におけるそれぞれの国益だ。
両国は1963年にエリゼ条約(仏独協力条約)を結んで敵対関係に終止符を打った。しかし、その関係を強固にしたのはその後の教育の変化と、若い世代を中心に社会のあらゆるレベルで交流が深まったこと、そして、EUを通じて地域的な力が強まったことだ。
こうした順応はもちろん個人の記憶を消し去りはしなかったが、それでも両国の関係を変え、両国とほかの西欧諸国との関係を変えた。
時代や歴史的背景は異なるが、フランスとドイツの相互理解を深めた要素は今日の日本と韓国にも通じるだろう。
今年6月初めの世論調査では日本人と韓国人の約半数が相手国に良くない印象を抱いているが、その傾向は変化してきており、今後も変わるだろう。両国とも、若者のほうが年長者より互いへの好感度が高い。観光や大衆文化が草の根レベルで影響を与えていると思われる。
金大中が未来志向の日韓関係を宣言したときのように、指導者の姿勢も変化を起こし得る。文大統領は今年8月15日に、日本の植民地支配からの解放を記念する式典で「日本が対話と協力の道に進むなら、われわれは喜んで手をつなぐ」と語った。日本政府もむき出しの敵意にばかり反応せず、こうした前向きの発言を積極的に受け止めることもできるだろう。

「帝国の慰安婦」としての記憶

変化の背景には地域的な文脈もあった。仏独は、欧州というコミュニティーに共に参加することに共通の利益を見いだした。現在、日本と韓国の国益も東アジアの域内関係に同じくらい密接に結び付いているのではないか。
ただし、過去の敵が未来の友になるというシナリオには、もう1つ課題がある。フランスとドイツは戦争の敵国同士だったため、仏独の記憶の政治は戦争が軸になっていた。それに対し、韓国は日本の植民地だったため、韓国は慰安婦や徴用工の問題を、戦争というより植民地時代の抑圧として考える。
日本では少なくとも90年代前半以降、戦争の記憶を積極的に呼び起こす動きが広まっているが、帝国主義時代の過去にはあまり向き合ってこなかった。日本人は南京虐殺や七三一部隊、従軍慰安婦を知ってはいるが、例えば慰安婦については帝国主義ではなく戦争の産物と見なす人が多いだろう。
帝国主義の歴史を持つ多くの国と同じように、日本は長い間、自らの帝政の悲惨な行為について公には沈黙を守ってきた。イギリス、オランダ、ベルギー、ドイツ、フランスでも、今なお帝国主義時代の記憶が問題化している。
確かに帝国主義の過去を乗り越えて和解を目指そうという決然たる努力に、大きな壁が立ちはだかることも多い。例えばフランスと旧植民地のアルジェリアは2003~07年に友好条約の締結を模索したが、かなわなかった。1962年にアルジェリアが独立を果たしてから数十年がたっても、1世紀以上に及んだ植民地支配とアルジェリア戦争の残忍な記憶は重く、「歴史の傷」を癒やすことはできなかった。
日韓の関係はフランスとアルジェリアより近く、より友好的だが、日本の植民地支配に対する韓国の記憶はほかの旧植民地と同じくらい強烈なものも少なくない。日本と韓国が歴史の溝を埋めようとするなら、植民地時代の知識を学んで歴史的事実を認めることがおそらく出発点になるだろう。
記憶の政治の時代を生きる困難について、解決策が分かっているとは言わない。それでも明白なことが2つある。
まず、ナショナリズムは現代の惨劇だ。世界のナショナリズムは、国内外のほぼあらゆる場所で不確実性に対する反応として生まれている。日本と韓国のナショナリズムは、海峡の両側で同じように人々の目を塞ぎ自分たちの国益さえ見失わせている。
そして、過去を政治の武器として利用することは、前向きではなく後ろ向きに生きるということだ。過ぎ去った過去が、これから訪れる未来を危機にさらす──そうした事態を許すということだ。
(筆者の専門は日本近現代史。近著に『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義──学生との対話──』〔講談社現代新書〕)
<本誌2019年9月24日号掲載「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集より>


特集ワイド
朝鮮語に生きた塚本勲さん、
85歳の怒りと執念 隣国理解、
まず言葉から
 韓国たたきばかりの政治・マスコミ
2019年9月17日:毎日新聞

自宅居間で朝鮮語を教える塚本勲さん(奥)。相変わらず脱線ばかりだが、
年齢を感じさせない熱血講義だ=奈良県生駒市で2019年9月8日、山田尚弘撮影

 終わりなき日韓の対立を憂えながら、ふと恩師である大阪外大(現大阪大)朝鮮語学科教授だった塚本勲さんの顔が浮かんだ。延べ300人、23年の歳月をかけた22万語収録の「朝鮮語大辞典」を完成させただけでなく、85歳になってなお隣国の言葉を研究し、教えている。玄界灘の懸け橋になろうとした朝鮮語学者、その思いとは――。【鈴木琢磨】

 若い頃から柔道の有段者で偉丈夫だった先生だが、久しぶりに会ったら、すっかり痩せ細っていた。「あんまりメシが食えんのや」。脳梗塞(こうそく)の後遺症もあってしゃべりづらそうだが、眼光は鋭い。奈良県生駒市にある自宅は朝鮮語や言語学関連の専門書、新聞、雑誌の切り抜きで足の踏み場もない。毎月第2日曜の昼下がり、この雑然とした居間兼研究室が一般向けの「ハングル塾」になる。大阪外大の在任中から主宰し、2000年に退官後もJR鶴橋駅前(大阪市)のビル一室で続けていたが、2年前に自宅に移した。「貧乏学者には賃料が払えんでなあ」
 先生は怒っていた。もはや我慢ならぬといった形相で。「悪いけど、テレビを蹴飛ばしたくなるんや。とにかく韓国が悪いとか、わいわい言うとるが、肝心のことを日本はやっておらんやないか。隣国を理解するにはまず言葉からですよ。あれは1970年代半ばでした。私はこの国の朝鮮語の専任教師を1000人にしなければと主張していました。朝日新聞論説委員から文相になった永井道雄さんとも話したものです。これこそ、緊急の社会問題だとね。それが実現しましたか? 韓流ブームで言葉を学ぶ裾野は広がりましたが、レベルはまだまだ、学問的にもお寒い限りや」
 大阪市生野区生まれ。敗戦は11歳で迎えた。「国民学校の先生は言ってましたな。アジアに天国、大東亜共栄圏をつくるんだとね。それが一夜にしてひっくり返った」。京大で言語学を専攻、日本語の起源に興味を持ち、戦後、空白のままだった朝鮮語研究の道へ。辞書も学習書もない。アカデミズムに憧れながらも在日朝鮮人社会に分け入って、生活臭がぷんぷんする単語を一つまた一つと覚えていくしかなかった。「孤独やった。石川啄木をもじって豚木(とんぼく)と名乗り、こんなアホな自作の詩を口ずさみつつ、鴨川べりを歩いたもんや。<あわれかのチョウセン屋の悲しさよ トリスのみて思うはそのこと>。悲しいんやが、気宇壮大でもあったよ」
 寄せては返す波のごとく思い出語りが続く。日韓が国交正常化した65年、先生が翻訳した児童書「ユンボギの日記」がベストセラーになる。朴正熙(パクチョンヒ)政権下の韓国・大邱(テグ)の貧しいガム売り少年、ユンボギの目に映った日常が隣国の断面を浮き彫りにした。「夢にまで見た韓国を初めて旅したのは63年12月のこと。神戸から『アリラン号』という船に乗り、2日で釜山(プサン)港に着いた。大邱は静かな古ぼけた町で、敗戦直後の日本のような印象でね。何百人ものユンボギを見た。靴磨き少年も見た。ある朝、新聞を広げたら<力道山別世>とある。民族の英雄、力道山の死を報じていましたよ。ソウルの宿はお湯が出ない。立派な半島ホテルに行ったら、日本の外交官が2、3人いて、風呂に入れてくれました。でも彼らは朝鮮語がしゃべれない。私がお返しに翻訳を手伝ってね」
 大学時代、先生はしばしば朝鮮語学会事件を取り上げた。植民地支配下の朝鮮で民族の言語を守ろうとする朝鮮語学者たちが、日本の官憲によって弾圧され、朝鮮語辞典の出版を阻止される。その原稿が解放後、ソウル駅の倉庫で無事発見され、悲願の「大辞典」が誕生する。今年1月、韓国でこの事件を扱った映画「マルモイ(言葉集め)」が公開され、ヒットした。先生の授業で編者の巻頭言を訳したことを覚えている。<20年もの間、積もりに積もった労苦が水泡に帰さなかったのは天の助けでなくてなんであろう!>
 「そうやったかなあ。ソウル滞在中、京大の大先輩で編さんの中心だった崔鉉培(チェヒョンベ)先生の自宅を訪ねたんや。獄中生活3年の先生は多く語られなかったが、若い日本人が朝鮮語を学ぶのはいいことだとおっしゃってね」
 お邪魔した日は塾生5人がやってきた。先生を囲んでまさに車座の講義の趣だ。テキストは「ユンボギの日記」。「いつぽっくりいくか分からんからなあ。私にとっても日韓関係にとっても原点になる本をと考えたら、やはりこれしかない。10歳の少年が書いた素朴な文章とはいえ、方言あり、歌あり、訳すのは難しい。1週間かけて予習しますが、まだまだ未詳なところが出てくるんです」。奥さんにパソコンで作成してもらうレジュメは語義や文法の解説にとどまらない。万葉集の古代日本語にも目配りし、日本語、朝鮮語、高句麗語、満州語、さらにはハンガリー語まで比較できる表が出てくる本格派である。
 「旅は朝鮮語でどう言いますか? ヨヘン(旅行)が一般的ですね。でも、キル(道)も使う。キルをトナンダ(離れる)で旅立つとなる。日本語と朝鮮語、同じようで違う。そこが面白い。さあ、そろそろ脱線しますかな」。そう笑い、先生は語気を強めた。「日本のリーダーたちはどうしたんや。政治家もマスコミもそう。戦後74年、アジアにおける日本の在り方はどうあるべきかを語らない。大騒ぎして韓国をたたいてばかりやないか。私もね、嫌なことはいっぱいあったが、もっと相手を知る基礎的研究をして、お互い対等の立場に立ち、批判したらええ。引っ越しはできない。逃げたら海に落ちます。北朝鮮とも同じことや。ミサイルを撃ち込まれたらおしまいですよ」
 南北融和を歓迎しつつも、文在寅(ムンジェイン)大統領の過去を蒸し返す姿勢にはいささかうんざりしている。98年10月、民主化の闘士だった金大中(キムデジュン)大統領(当時)が国賓として来日、小渕恵三首相(同)と会談する。韓国の民主化を支持し、「抵抗の詩人」と称された金芝河(キムジハ)氏の詩の紹介もしていた先生は、両首脳が出席した宮中晩さん会に招待された。「女房と2人で行きました。首脳会談で金大統領は言ってました。『20世紀に起きた不幸は20世紀中に区切りをつけ、21世紀に向けて問題を清算しておきたい』と。その通りやな思いました。それがなんでまたもめなあかんのか……」。すると塾生が口をはさんだ。「先生、恨(ハン)500年の国ですからね」
 朝鮮語に懸けた人生の記憶を絞り出し、絞り出し、いつしか夕暮れ時になっていた。かつてなら居酒屋に向かうところだが、先生、大好きな酒が飲めない。お茶を流し込み、歌いだした。♪ああ、さよなら釜山港よ ミス金もさよなら ミス李もお元気で……。60年代のマドロスソングだが、ベトナム戦争へ派兵される兵士が港を離れる軍艦で歌ったという。「隣人はいろんなつらい経験をしてきた。それを忘れたらあかん。嫌韓本があふれとるが、心の奥底に潜む支配意識を押し潰すには現実に飛びこんで実践し、そこから克服していかないと。そのためにもまず言葉から学べ、や」。最後に先生に聞いた。玄界灘の懸け橋になろうとしたその執念は何ですか? 「私は執念をヤケクソと訳してます。アハハ」

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こん

ただ今、帰宅
21・22日、新潟大学で開かれた日本地理学会大会に参加してきました。主催行事も発表もないのでのん気なものです。しっかりお勉強したので、チョッと疲れました。明日、明後日は休養日とします。
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