居心地のいい不自由な社会…。

社会病理として、「不自由不感症」あるいは、「自由恐怖症」とでもいう空気がこの国にはある。
40年前、初めて担任をしたときに、「遠足は服装自由」と連絡すると、生徒たちはプチパニックとなっていた。グループごとに「何を着るか」の相談が始まった。あるグループは「制服」、他のグループでは「ジャージ買いに行く」と話がまとまり始めた。いまでも就活の学生はおそろいの黒服ばかりだ。同調圧力、空気を読む病理のように見える。
個々の「不自由」の選択はある意味、“自由”だが、これが社会における“不自由”の空気となると問題は別の様相を呈する。
自由な精神の発露である芸術にも、検閲が行われ、「気に入らない」とレッテルを貼って展示・発表を許さない。観る者のいない芸術…。これが作家の仕掛けならば、意味を持つが、観ることが許されない芸術というのでは、それは不毛の荒野に置かれた作品のようで、価値を生じさせない。
「あいちトリエンナーレ、表現の不自由展、その後」の“テロ”のような脅迫による中止は、この国の自由の価値の意味を大きく変える歴史的出来事として記憶される。
この問題の全体を俯瞰してみることが大切だ。他人事ではなく、明日は我が身だからだ。


「不自由展」再開求める声、今も
 芸術祭は残り1カ月
2019年9月15日:朝日新聞

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)は、75日間の会期が残り1カ月となった。企画展「表現の不自由展・その後」が脅迫を含む抗議を受けて中止された問題は、再開を求める動きが相次ぐなど、波紋が広がり続けている。
 14日午後、メイン会場の愛知芸術文化センター(名古屋市東区)は、音楽フェスティバルや作家のワークショップがあり、大勢の来場客でにぎわっていた。
 芸術祭実行委員会によると、来場者数は8月だけで約25万8千人を記録。3年前の前回より約7万5千人多く、過去最高を更新しているという。
 一方、芸文センター8階の「表現の不自由展・その後」の展示スペースは扉が固く閉ざされ、扉に文書が貼られている。「中止を撤回し、展示を再開することを強く求めます」。出展作家で写真家の安世鴻さんの文書だ。彫刻家のキム・ソギョンさんと夫キム・ウンソンさんも同様の文書を掲げる。
 企画展では、キムさん夫妻が制作した慰安婦を表現した少女像や、大浦信行さんが制作した昭和天皇の写真を含む肖像群が燃える映像作品などに抗議が相次いだ。河村たかし・名古屋市長も「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」と中止を要求。芸術祭実行委会長の大村秀章知事と津田芸術監督は3日で中止を決定し、大村知事は「卑劣なファクスやメール、脅迫の電話などで事務局がマヒしている」「来場客が安心して鑑賞できない恐れがある」と説明した。
 今月13日夜、芸文センターで緊急シンポジウムが開かれ、安さんが出席した。2012年に東京・新宿のニコンサロンで元慰安婦の写真展が開催直前に中止を通告されて裁判になった問題を振り返り、「当時も日本で表現が非常に制限されていると思った。状況はよりひどくなっているのでは」と警鐘を鳴らした。この日、企画展実行委は展示再開を求める仮処分を名古屋地裁に申し立てた。企画展実行委の一人の岡本有佳さんは「中止にしたままなら攻撃に力を貸すことになる」と語った。
 芸術祭の出展作家らにも動きが広がる。企画展中止を受け、12組の作家が展示室を閉鎖したり展示内容を変更したりした。全作品の展示再開を目指す「ReFreedom_Aichi」プロジェクトには36組の作家らが賛同。プロジェクトのクラウドファンディングは、10日の初日だけで300万円超が集まった。
 企画展の再開について、芸術祭実行委は県の検証委の中間報告を踏まえるとしている。検証委は美術や憲法の専門家ら6人からなり、山梨俊夫・国立国際美術館長が座長を務める。17日に経過報告をし、下旬に中間報告をする予定だ。現時点で15人を超える関係者にヒアリングを重ねているほか、愛知県のホームページで参加作家と一般向けにアンケートをしている。作品選定の印象や、再開の可否、公立美術館が思想や知識も含め自由に展示することが必要か否かなどの設問がある。企画展実行委は「思想調査で、検閲にあたる」と批判するが、検証委は「世論を聞くためで、思想調査は一切考えていない」としている。

事務局に約6500件の抗議、「9割は匿名」

 「表現の不自由展・その後」を巡り、芸術祭実行委や愛知県庁には電話とメール、ファクスを合わせ約6500件(9日時点)の抗議が寄せられている。ファクスで脅迫文を送ったとして、男1人が威力業務妨害容疑で逮捕、起訴された。
 愛知県稲沢市の堀田修司被告(59)は8月2日、愛知芸術文化センターに「撤去しろや!!」「ガソリン携行缶持って館へおじゃますんで~」などと書いた書面をファクスしたとされる。捜査関係者によると、堀田被告は「少女像の展示が許せなかった」と供述。尊敬する右派団体の一人がツイッターで「抗議の声を」と呼びかけたことで展示を知り、一宮市のコンビニからファクスしたという。
 芸術祭実行委によると、抗議の9割は匿名。少女像については、「大前提がウソ」など、慰安婦の存在を否定する内容が多かったという。差別問題に詳しいジャーナリストの安田浩一さんは「企画展を巡る議論が『表現の自由』に傾いているが、『嫌韓』感情から発したヘイト騒動が本質ではないか。慰安婦の存在の否定は、現在も政府見解である『河野談話』に反する。かつて差別街宣に限られていた隣国への過激な言動が、日常生活の場にも広がっていることの表れと言える」と指摘する。(江向彩也夏、黄澈、山本知佳)


公共の場での表現の自由を守るには(前編) 
なぜ主催者は「中止」するのか
2019年9月15日:毎日新聞


「表現の不自由展・その後」中止問題について日本外国特派員協会で記者会見する津田大介さん(左)
=東京都千代田区で2019年9月2日午後1時46分、塩田彩撮影

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止問題の余波で、トリエンナーレ芸術監督を務める津田大介さんが登壇する別のイベントが相次いで中止になっている。近年、議論を呼びそうな講演会が中止になったり、市民活動に場所を貸さなかったりする動きが広がっており、そうした傾向に拍車をかけそうだ。公共空間での表現や言論を守るために何が必要か、2回に分けて考える。前編は会場を提供する行政など公的機関の対応について。【塩田彩/統合デジタル取材センター】


国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の
展示中止を知らせる案内板=名古屋市東区の愛知芸術文化センターで2019年8月4日、待鳥航志撮影

「人員が限られていて対応できない」

 津田さんが登壇予定で中止になったのは、神戸市で8月に開催予定だったシンポジウムと名古屋市で今月22日に予定されていたトークイベントだ。
 神戸市のシンポは、9~11月に市などが主催する現代アートイベント「TRANS―KOBE」の関連行事。実行委によると、8月7~8日に実行委や市に「税金を使うイベントに津田氏を呼ぶのはおかしい」などと、中止を求める電話やメールが計約100件寄せられた。自民党市議からも登壇者の見直し要請があった。
 実行委は毎日新聞の取材に「トリエンナーレの問題に話題が集中することが予想され、本来の企画の趣旨と異なると判断した。開催を強行しても、限られた人員で警備や苦情に対応できないことが容易に予想された」と話した。

津田氏が登壇したイベントはある

 名古屋市のトークイベントは2020年12月から札幌市などが主催する「札幌国際芸術祭2020」とあいちトリエンナーレのPRを兼ねた行事だ。中止要請は寄せられていなかったという。

中止が撤回され、満員の聴衆で埋まった上野千鶴子さんの講演会
=山梨県山梨市万力の市民会館で2014年3月18日午後7時12分、春増翔太撮影
 中止の理由について札幌市は「こちらから派遣するスタッフが6人のみで警備体制の構築が難しく、安全確保や円滑な運営が困難と判断した」「トリエンナーレの公式イベントで津田さんが登壇を見送っているため、こちらも見合わせた」(国際芸術担当部)と説明する。ただ、トリエンナーレ実行委によれば、企画展中止以降、津田さんが登壇した公式イベントは複数ある。

告知で抗議を受けて講演の中止相次ぐ

 自治体や大学などでの講演会が、告知段階で抗議を受けて中止になるケースは近年、相次いでいる。
 14年3月には、山梨市の市民会館で、東京大の上野千鶴子名誉教授が在宅医療や介護をテーマに講演する予定だったが、市側が直前になって中止を決定。望月清賢・前市長は「市民から抗議もあり、公費開催はふさわしくないと判断した」と述べたが、批判を受けて開催に転じた。
 17年6月には、一橋大(東京都国立市)の学園祭で予定されていた作家の百田尚樹さんの講演会を巡り、一部の学生や教員が抗議。学生でつくる学園祭実行委は「講演会を安全に実施するための警備体制があまりにも大きくなった」として中止した。
 同月には、東京都江東区で予定されていた精神科医の香山リカさんの講演会が、電話やメールによる妨害予告を受けて中止となっている。

香山リカ氏「行政は思考停止しているのでは」

 香山さんは18年11月にも、京都府南丹市で子育て支援に関する講演会が中止に追い込まれた。妨害をほのめかす男性が市役所に来たり、「日の丸の服を着て行ってもいいか」などの電話が5件あったりしたことが理由だ。
 香山さんによると、それまで毎月のようにあった行政や公的機関からの講演依頼は、南丹市の講演会中止が報道されて以降激減し、これまでに2、3件しかない。ある自治体関係者からは「講師として香山さんの名が挙がったが、抗議が来るかもしれないからと候補から外れた」と教えられた。
 香山さんがこうした抗議や妨害を受けるようになったのは、在日コリアンへのヘイトスピーチや差別問題について言及するようになってからだ。香山さんは「寄せられた抗議の内容が不当かどうか、今の社会で何が起こっているのか、といったことについて行政側が判断せず、思考停止しているように感じる」と話す。
「主催者側に理念がなければ及び腰になる」
 「不自由展・その後」を巡っては、開幕した8月1日から中止になった3日までにメール、電話、ファクスで計約2900件の抗議や問い合わせがあり、京都アニメーションの放火殺人事件を想起させる脅迫まであった。
 「あいちトリエンナーレのように具体的に危害を加える脅迫を受けた場合、安全面を考慮してイベントを中止するのはやむを得ない」と危機管理学が専門の福田充・日本大教授は話す。ただ、福田教授はこうも指摘する。「どんな文化や言論空間を守り、発信するのかという理念や、その理念を守ろうという覚悟が主催者側になければ、抗議が来ると簡単に及び腰になる」

自治体が会場使用を拒否できる条件は限られている

 地方自治法244条は、自治体に対し「正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない」と定めている。
 最高裁も、自治体側が拒否できるケースを厳しく限定する判断を示している。1996年、埼玉県上尾市の福祉会館の利用を巡る民事訴訟で、労働組合の利用を不許可とした市の判断を違法と認定。施設利用を拒否する際は「警察の警備などによってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合に限られる」とする基準を示した。

企業に対する抗議や批判も幅広く行われている。東京電力本店(右)前で脱原発を訴え
デモ行進する作家の大江健三郎さん(前列左から3人目)ら
=東京都千代田区で2012年10月13日午後3時32分、中村藍撮影

 人権や表現の自由に詳しい梓沢和幸弁護士は「少数者の意見は、常に多数者の意見によって封殺される危険にさらされている。危ないからといって施設を提供する側が簡単に表現の場を奪えば、少数者は沈黙するしかない。憲法21条が定める表現の自由を最大限守ることは地方公共団体に課された責務だ」と語る。
エスカレートする「電凸」
 表現や言論への抗議は近年、苛烈さを増している。津田さんは9月の記者会見で、抗議の電話を受けた職員が電話口で紙をめくる音を聞いたこと、投げかけられる質問が似通っていたこと、ネット上で問い合わせのマニュアルが拡散されていたことなどを挙げ、「組織的な抗議の痕跡がみられる」と指摘した。
 大量の電話をかける抗議活動は「電凸(でんとつ)」と呼ばれる。「電話突撃」が語源といわれる。
 企業のリスクマネジメントに詳しいPR会社「エイレックス」(東京都港区)の江良俊郎社長によると、この種の抗議が最初に注目されたのは99年の「東芝クレーマー事件」だという。東芝社員がビデオデッキの修理を頼んだ男性を「クレーマー」などと呼び、男性がそのやり取りの録音をネットに公開して東芝に批判が殺到。当時の副社長が謝罪した。

組織的な抗議は違法行為か

 江良さんによると、企業は2000年代半ばから、こうした抗議に本格的に備え始めた。「役所は企業よりも『責任を負いたくない』という意識が強い。抗議が来そうなものはあらかじめ避けようという意識がより強くなるのではないか」
 前出の梓沢弁護士は「組織的に抗議すること自体に法的な問題があるとは言えない」と話す一方で、こう指摘する。「威力業務妨害や脅迫などの犯罪を誘引するような呼びかけは表現の自由の精神に反している。そうした抗議を受けた場合は警察に速やかに届け出て犯罪としての立件につなげ、相手に成功体験を与えないことが大切だ」


公共の場での表現の自由を守るには・後編 
「表現の自由」は無制限か
2019年9月15日:毎日新聞

在日コリアンらの排斥などを訴えるヘイトスピーチデモ
=東京都港区で2015年10月25日、後藤由耶撮影

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止問題の余波で、トリエンナーレ芸術監督を務める津田大介さんが登壇する別のイベントが相次いで中止になっている。近年、議論を呼びそうな講演会が中止になったり、市民活動に場所を貸さなかったりする動きが広がっており、そうした傾向に拍車をかけそうだ。公共空間での表現や言論を守るために何が必要か、2回に分けて考える。後編では、そもそも公共空間で許されない表現はあるのかを考える。【塩田彩/統合デジタル取材センター】
他者の人権を侵害する表現も「自由」か

ヘイトスピーチ対策法が施行された日、東京・霞が関の法務省にある七つの掲示板は
計49枚の「ヘイトスピーチ許さない。」のポスター一色となった
=東京都千代田区で2016年6月3日午後3時31分、鈴木一生撮影

 憲法21条が保障する表現の自由について、人権や表現の自由に詳しい梓沢和幸弁護士は「限界が内在する」と語る。それは、ある表現が他者の人権を侵害する場合だ。
 典型例が全国的に進むヘイトスピーチの規制だ。ヘイトスピーチの監視活動を行うNPO法人「反レイシズム情報センター(ARIC)」代表で一橋大大学院生の梁英聖さんは「表現の自由を守ることと差別表現の禁止は対立しない。まず差別が禁止されなければ、表現の自由は守られない」と語る。

百田尚樹氏の講演会に抗議した理由

 梁さんは2017年、一橋大(東京都国立市)の学園祭で予定されていた作家の百田尚樹さんの講演会に抗議した一人だ。
 百田さんはツイッターで16年11月、集団レイプ事件について「(犯人は)在日外国人たちではないかという気がする」と発言。17年4月には、北朝鮮のミサイル発射に関連して「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく」と発言していた。梁さんらはこうした発言を受けて「差別扇動やヘイトクライムを誘発する危険がある」として講演会開催に抗議する署名活動を展開した。

中止ではなくルールの制定を求めた

ヘイトスピーチに罰則を設ける条例に託す思いをつづる在日コリアンのおばあさん
=川崎市で2019年7月17日午前10時47分、井田純撮影

 ただ、梁さんは即座の中止は求めず、差別禁止ルールの制定▽登壇者への反差別ルールの通知▽反差別ルールを守れない場合の登壇中止――などの条件を設けることを求めた。梁さんは「差別の定義をはっきりさせた上で、誰もが参加できる言論空間を作ることに意義があると考えた」と振り返る。学生でつくる学園祭実行委は結局、「講演会を安全に実施するための警備態勢があまりにも大きくなった」として講演会を中止した。
 百田さんは中止後、週刊誌の記事で「信じがたい『言論弾圧事件』」「私はこれまでヘイトスピーチなどしたことはありませんし、差別を容認したこともありません」と述べ、ARICを名指しで批判。梁さんの名前は今も「百田氏の講演会を中止させた人物」としてネット上に出回っている。

自治体でヘイトスピーチ規制の基準明確化の動き

 ヘイトスピーチに「自由」はないとすると、そもそもどのような表現をヘイトスピーチとして規制するのだろうか。
 16年6月のヘイトスピーチ対策法施行をきっかけに、ヘイトスピーチ規制の基準を明確化し、公的施設の利用の可否を判断する自治体も出てきた。
 その一つが川崎市だ。人口約150万人のうち、外国籍市民は4万4027人(今年7月末時点)。うち1万5954人が中国籍、8220人が韓国・朝鮮籍で、在日コリアンが多く住む桜本地区では、排外主義を掲げる団体がヘイトスピーチを繰り返してきた。

要件にあてはまれば施設利用を制限 川崎市

 市は18年3月、ヘイトスピーチ対策法に基づいた公的施設の利用許可ガイドラインを施行。「不当な差別的言動の行われるおそれが客観的な事実に照らして具体的に認められる場合」(言動要件)▽「他の利用者に著しく迷惑を及ぼす危険のあることが客観的な事実に照らして明白な場合」(迷惑要件)――の2要件にあてはまる場合、第三者機関に意見を聞いた上、施設利用の不許可や許可取り消しができると定めた。

「基準の明確化で表現の場が保障される」

 一方、ガイドラインは「表現の自由の制約が過度にわたることがないよう極めて例外的な場合に限定して解釈することが必要」とも記す。「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合に限られる」(1996年最高裁判例)や、「単に危険な事態を生ずる蓋然性(がいぜんせい)があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要」(95年最高裁判例)という文言を、判断基準として盛り込んだ。
 ガイドライン策定を提言した川崎市人権施策推進協議会元会長の阿部浩己・明治学院大教授(国際人権法)は「首長や行政が恣意(しい)的に判断するのではなく、規制の基準と手順を明確化したことで、ヘイトスピーチ以外の表現の場が保障されることにつながる」と評価する。

ヘイト防止の実効性に疑問も

 ただ、阿部さんはガイドラインの実効性には懐疑的だ。ガイドラインの施行後の18年6月、市が利用許可を出した団体の講演会では、参加者が「ウジ虫、ゴキブリ、日本から出て行け」という発言をしていた。この団体は18年12月以降も市の施設で講演会を5回開催。市は6月の参加者の発言なども含めて検討した上で、いずれも「利用不許可」とはせず、差別的言動を行わないよう「警告」した上で利用を許可している。
 阿部さんは言う。「規制の条件を示した最高裁の判例は物理的暴力を前提としたものだ。物理的暴力の危険性が高くない場合は、憲法解釈上、慎重な意見が多い。だが、ヘイトスピーチは徹底した人間への侮辱であり、基本的には精神的な暴力。現状からもう一歩踏み込まなければ、実質的な規制はできない」

「規制」と「自由」の間で苦悩する市

 一方、川崎市人権・男女共同参画室の長沼芳之担当課長は「規制が弱いという意見と、言論の自由の観点から問題だという意見が双方寄せられている」と苦悩をにじませるが、ガイドラインの見直しは考えていないという。「最高裁の判例を引用しながら行政としてバランスをとった。国の動きや司法の判断が変わらない以上、当面は今の枠組みでやっていく」
 同様のガイドライン策定は東京都や京都府、京都市などに広がっている。川崎市は全国に先駆けて、ヘイトスピーチに刑事罰を科す条例の制定を12月市議会で目指す。
「市民と行政が議論して共通認識を打ち立てるきっかけに」

「市民と行政が公共の場での表現のあり方について議論を」と呼びかける日本大の福田充教授
=東京都世田谷区で2019年8月26日午後2時34分、塩田彩撮影

 表現の自由に対する行政の向き合い方について、日本大の福田充教授(危機管理学)はこう指摘する。
 「行政は『中立』を掲げたがるが、本当は中立などどこにもない。それは社会の問題に関与していないことと同じだ。重要なのは、公にとっての正しい筋道はどこかを探り続けるという意味での『公正性』と、多元性や多様性を保障する『公平性』なのではないか」
 福田さんはまた、行政だけではなく市民の側にも目を向ける。
 「市民と行政が、自分たちは公共の場で何を許し、何を許さないのかという議論を深めて共通認識を打ち立てる。それができれば、炎上したとしても世論に粘り強く趣旨を訴えていくような文化芸術行政を作り上げることができる。『表現の不自由展・その後』の中止問題を、議論を始めるスタート地点にしなければいけないと思う」

加速する監視社会
マンション建設反対したら…
「複数カメラ 生活包囲」
2019年9月6日:東京新聞・こちら特報部

 駅やビル、商店街など、どこにでも防犯カメラがあるのが当たり前になった。電車内にも設置されるなど、来年の東京五輪に向けてその流れは加速している。犯罪捜査・抑止などに効果的なのは間違いないにせよ、果たして現状のままでいいのか。ある日突然、自宅の周りに複数のカメラを設置された男性の話から「監視社会」について考えた。                      (中山岳、中沢佳子)

 「24時間、玄関の出入りを撮影された。誰がいるか常に把握されているようで、とても気持ちが悪かった」。名古屋市瑞穂区の薬剤師奥田恭正さん(63)は、防犯カメラを自宅に向けられた経験をこう話す。
 2015年秋、自宅向かいの15階建てマンションの建設計画に反対し、周辺住民約20人で「住環境を守る会」を結成。日照を遮られる恐れがあるとして、建設業者側に階数を減らすなど見直しを求めたが聞き入れられず、現場周辺にのぼり旗を掲げるなどして抗議を続けた。
 16年7月に工事が始まると業者は現場に囲いをし、防犯カメラ7台を設置、うち何台かは、奥田さんら反対する住民の自宅に向けられていた。最終的にカメラはダミーを含め10台に増え、マンションが完成した昨年3月までに撤去された。周辺の人通りだけでなく、奥田さんらの抗議活動や打ち合わせで近所の家に集まる様子も記録したとみられる。
 奥田さんは「もっと大きなマンション建設現場でも防犯カメラはせいぜい2,3台。計画に反対した私たちへの嫌がらせとしか思えない」と憤る。家族は外出するたびに撮影されるのを嫌がり、普段は行かない通りを使うなど不便を強いられた。抗議活動に参加する住民も奥田さんを含め数人に減った。「カメラによって活動が委縮された」

 「嫌がらせ意図」業者に賠償命令

 奥田さんら4人は17年10月、憲法で保障されているプライバシー権や集会の自由を侵害されたとして、精神的苦痛の慰謝料などを建設業者側に求め、名古屋地裁に提訴。5日に判決があり、地裁は奥田さん宅とは別の家に向けられたカメラ1台について「嫌がらせ的な意図で設置したと疑われる」と判断し、賠償を命じた。原告代理人の中谷雄二弁護士は「カメラが野放しに設置されている状況で、画期的な判断だ」と評価する。
 カメラの怖さは監視の圧力だけではない。奥田さんは16年10月、現場監督の男性を突き飛ばしたとして逮捕さ、起訴された。取り調べで容疑を否認しても警察官から「カメラに写っとる」と追及された。
 ところが法廷で公開された映像は、奥田さんが腕組みをして工事車両の出入り口に近づき、それを押し返そうとした現場監督がバランスを崩した場面が写っていただけだった。同地裁は18年2月、奥田さんが突き飛ばしたとは認められないとして無罪判決を出した。
 「捜査機関の能力や使い方によっては、防犯カメラで冤罪が生まれる可能性もある」と危ぶむ奥田さん。不当に逮捕されたとし、国や愛知県に損害賠償を求めて係争中だ。

犯罪捜査に威力 国内数百万台 消費行動分析も
冤罪産む危険はらむ 顔人証誰もが追われる対象に

3億円事件期に70年代から導入

 防犯機器の情報サイト「カメチョ」によると、日本で防犯カメラが導入されだしたのは、1970年代、68年に起きた3億円強奪事件を機に、給与の口座振り込み一般的になり、銀行の無人窓口(現在のATM)などの利用増加に伴って取り付けられた。80年代に入ると商業施設などでも普及。複数のカメラの映像を一つの画面に映して監視する形が浸透した。
 95年の地下鉄サリン事件やピッキングによる空き巣被害の増加で、駅や個人宅にも設置が進んだ。防犯設備士の資格を持つ、同サイト運営本部長は「取り付けが簡単で価格も安いカメラが登場し、国内の防犯カメラは今、数百万台規模に上る」と説明する。
 犯罪捜査でも威力を発揮している。ハロウィーン騒ぎに沸く東京・渋谷で昨年10月、軽トラックが横倒しされた事件。警視庁は防犯カメラや現場に居合わせた人が撮影した映像を解析し、容疑者の足取りを追う「リレー方式」で身元を特定した。今年4月に起きた秋篠宮家の長男悠仁さまが通う中学校の机に刃物が置かれた事件や、7月の京都アニメーションの放火殺人事件で、容疑者と犯行前後の行動の割りだしにもつながった。
 公益社団法人「日本防犯設備協会」によると、防犯カメラなど映像監視装置の推定売上高は、2017年度で1546億円。15年度(1679億円)をピークに高止まりだ。小林氏は「最近は『防犯』より『監視』目的が目立つ。留守中のペット、家族の見守り、不法投棄や車へのいたずらの見張りに使う。商店や飲食店では消費行動と客層の分析にも利用している」と語る。
 ただ、防犯カメラの過度の活用は監視社会化につながり、海外では慎重な動きもある。米サンフランシスコ市議会は5月、「政府の監視なしに生きる自由を脅かす」として、警察当局が防犯カメラと顔認証技術を利用して情報を得るのを禁じる条例案を可決。欧州連合(EU)で昨年施行された「一般データ保護規則」も、氏名やメールアドレス、インターネットの閲覧記録、防犯カメラの映像などを個人情報と捉え、厳格な保護の対象にしている。
 日本でも好意的に受け入れられてきたわけではない。02年、警視庁が東京・歌舞伎町の街頭に防犯カメラを設置した時は、プライバシー侵害や警察の捜査力低下を危ぶむ声が上がった。
 関西学院大の阿部潔教授(メディアコミュニケーション論)は「防犯カメラの犯罪抑止効果がきちんと検証されていない。また、現状では犯罪捜査の手掛かりにする『監視カメラ』状態。名前と実際の使い方がズレている」と指摘。渋谷のハロウィーン事件について「多くの警察官が警戒していたのに、なぜその場で容疑者を確保しなかったか。東京五輪を見据え、カメラの威力を見せつけるためでは」との見方を示す。

映像は個人情報 法整備が必要

安倍氏が恐れるのは、カメラの映像と顔認証が結び付くこと。やましいことがなくとも、誰もが追われる対象になる。個人のプライバシーが犯されかねない。顔人証技術は間違うこともあり、冤罪を招く」とし、欧米のような法整備が必要だと訴える。
 「公共の場で映された個人の姿は個人情報。本人の知らないところで使うのはおかしい。不利益を被ったり、カメラ設置者に説明責任を求めたりする仕組みにするべきだ」

デスクメモ
 監視社会というと何かと引き合いに出されるのが、英作家ジョージ・オーウェルの近未来小説「1984年」。学生の頃に読んだ時の、何とも言えない嫌な感覚が忘れられない。防犯カメラなしの生活がもはや成り立たないのは間違いない。それでも少し、息苦しくはないだろうか。          (千)


政治家にヤジも言えない?
 元道警幹部が指摘する危険性
2019年9月17日:朝日新聞

 街頭演説中の政治家に「ヤジ」を飛ばした市民を北海道警の警察官が強制的に排除した問題が起きてから、15日で2カ月がたった。道警はいまだに「事実確認中」とくり返し、詳しい法的根拠の説明をしていない。そもそも、政治家にヤジを飛ばすことは許されないことなのだろうか。
 7月15日夕、JR札幌駅前。参院選で応援演説をしていた安倍首相に向け、ソーシャルワーカーの男性(31)が「安倍やめろ」「帰れ」と連呼した。直後、男性は複数の警察官に体をつかまれ、後方へ移動させられた。男性が理由を尋ねると「演説を聞いている人の迷惑になる」と説明された。
 演説会場周辺は与党支持者らで埋まり、保守団体などが「安倍さんを支持します」と書かれたプラカードを配っていた。「会場の雰囲気にちゅうちょしたが、格差が広がる現状への不満を直接首相に伝えたかった」と男性。「周囲の支持者とトラブルになっていないし、暴れてもいないのに犯罪者のように扱われたのはおかしい」と振り返る。
 ヤジをめぐっては、札幌以外でも話題になった。柴山昌彦文部科学相(当時)は8月27日の記者会見で、3日前に埼玉県知事選の自民推薦候補の応援演説をした時の出来事を引き合いに出し、集まった人は候補者や応援弁士の発言を聞きたいはずだとして「大声を出すことは、権利として保障されているとは言えないのではないか」と述べた。
 辞書で「ヤジ」と引くと、「第三者が当事者の言動を大勢に聞こえるよう大声で非難しからかうこと」とある。
 柴山氏の発言については、SNS上で「表現の自由の侵害だ」と批判があった一方、「ヤジは騒音」「演説を聞きたい聴衆にとって迷惑でしかない」と支持する意見も多かった。
 実際、ヤジは攻撃的な文言のくり返しになることが多く、聴衆が不快感を覚える場合も少なくない。ヤジを飛ばす人と演説を聞いている聴衆の権利は、法的にどう整理されているのか。
 札幌市の男性を排除した道警は取材に対し、当初は公職選挙法が定める選挙の自由妨害違反(演説妨害)の疑いがあると説明していた。ただ、1948年の最高裁判決は演説妨害について「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としている。
 言論・表現の自由に詳しい専修大の山田健太教授(言論法)は「大音量マイクの演説に対し、単独・肉声でヤジを飛ばした今回のケースは『演説妨害』とは言えない」と説明する。
 山田教授は、街頭演説は支持者だけが集う屋内集会と違い、様々な考えをもった人が集まると指摘する。「賛意を示す拍手やかけ声があれば、反対意見を示すヤジも出る。ヤジは最も原始的な表現活動であり、ヤジを公共空間から排除することは、憲法が保障する『表現の自由』を狭めることになる」
 北海道警はその後、当初の説明を引っ込め、代わりに「現場のトラブル防止の観点から講じた措置」と強調し始めた。ただ、根拠となる法令については、2カ月がたった現時点でも「事実確認中」と繰り返す。13日の北海道議会本会義に出席した山岸直人道警本部長は「警察の中立性に疑念が抱かれたことを真摯(しんし)に受け止める」と述べた。
 北海道警の元釧路方面本部長で警察組織に詳しい原田宏二さんは、警察は「人の生命や身体に危険が及び、急を要する場合は、その行為を制止できる」と定めた警察官職務執行法第5条を拡大解釈した可能性があると指摘する。「治安維持のためなら、多少の法律違反をしても世論は目をつぶってくれるとでも思ったのではないか」と話す。
 そのうえで、こう言う。
 「選挙は、主権者である国民が自らの代表者を決める民主主義の土台だ。ほかの聴衆にとって迷惑な面もあるかもしれないが、聴衆が街頭演説でヤジを飛ばすことも選挙への参加形態の一つだ。明確な法的根拠なしに、警察権力が介入する危険性に、もっと自覚的になった方がいい」(斎藤徹、伊沢健司)


「名古屋市長発言で抗議激化の可能性」
 不自由展検証委
2019年9月17日:朝日新聞

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の企画展「表現の不自由展・その後」の中止をめぐる愛知県の検証委員会の会合が17日開かれ、企画展は「不適切であったとはいえない」としたが、「公立施設を会場とすることへのこだわりは疑義が残る」と指摘した。また、企画展の中止を求めた河村たかし名古屋市長の発言で電話による攻撃(電凸〈とつ〉)が激化した可能性を指摘した。
 8月1日からの企画展では、慰安婦を表現した少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などを展示。テロ予告や脅迫が相次ぎ、芸術祭実行委会長の大村秀章知事と津田氏が同3日に展示中止を決めた。
 検証委は、津田氏や大村氏、アーティスト、県庁職員ら30人程度からヒアリングし、この日、文書で報告した。海外の国際芸術祭では社会問題や政治がテーマの作品が目立つと指摘。公立施設を会場とすることにこだわることは、広く県民が楽しめるという「トリエンナーレの性格に照らして疑義がある」とし、「県民からたちどころに十分な理解を得られるとは思えない」とした。
 キュレーター(展示企画者)の「不在」も指摘した。準備段階からキュレーターの参画は「ほとんどなかった」とし、津田氏が一部の作家と直接やりとりをしていたと言及。映像作品は開幕まで、実行委や大村氏に知らせなかったとした。キュレーターや大村氏が少女像について「実物ではなくパネルにならないか」などの懸念を伝えていたとも明かし、「事実上、芸術監督単独による協議になっていた」と判断した。
 県庁などへの電話やメールなどの抗議が8月中に1万件超あったといい、この日の検証委で「日本を卑しめている」「妨害せざるを得ない」など、4本の電話の音声を公開した。SNSで抗議が広まった点も指摘し、委員の一人は「電凸は10年以上前からあったがこれだけ大規模なものは初めて。ソーシャルメディア型のソフトテロだ」とした。
 検証委は、企画展の中止判断と河村氏の発言は「直接的影響はない」としたが、「河村氏の発言で電凸等が激化した可能性がある」と指摘。「展示内容に疑義が生じたならば、会長に申し入れ、協議するべきであった」とも述べ、まずは大村氏に問題提起をするべきだったとした。
 検証委は今月中をめどに中間報告を行う。終了後、座長の山梨俊夫・国立国際美術館長は「県民も参加でき、意見を言える場を作り、報告に血肉をつけ、詳しいものにしていきたい」と話した。
     ◇
 検証委の指摘に対し、津田氏は「ガバナンスの問題があったことは重く受け止めるが、キュレーションの問題を過度にクローズアップするのは、騒動の背後にある本質的な問題を覆い隠してしまう」とのコメントを出した。
 河村氏は記者団に「当たり前のことを言っただけ」と述べた。公金が支出されていることを挙げ「公共事業であれば何らかのチェックはいる。議会だって公共性のチェック。これは検閲ですか」と話した。(江向彩也夏、岩尾真宏)

検証委発表のポイント

・抗議は計1万379件
・表現の不自由展が不適切だったとは言えないが、県立や市立の施設を会場とすることへのこだわりは、(広く県民が楽しめる祭典という)トリエンナーレの性格に照らして疑義がある
・企画段階からキュレーターが不参加で、芸術監督への権限の集中、チェック体制の不備があった
・河村たかし・名古屋市長らの発言による直接的影響はなかったが、対外的発言で「電凸」が激化した可能性がある

不自由展の検証委 検証委による「表現の不自由展」の経緯

2018年
5月 津田大介芸術監督が芸術祭の会議で企画展「表現の不自由展」を提案
2019年
4月4日 津田氏が企画展の出品リストをキュレーターらと共有
5月8日 不自由展実行委や芸術祭事務局らと警備の協議
6月20日 大村秀章・愛知県知事(芸術祭実行委会長)が津田氏に「少女像はやめてくれ」「実物ではなくパネル展示に」「写真撮影禁止」と要請
7月 不自由展実行委が、少女像展示と写真撮影不可なら企画全体を取りやめると津田氏に伝達
19日 SNS投稿禁止で、不自由展実行委・津田氏・芸術祭実行委が合意
8月1日 芸術祭開幕。事務局などに抗議電話が殺到
2日 「ガソリン携行缶」のテロ予告ファクス。大村氏が「明日で閉めましょう」と津田氏に提案
3日 大村氏・津田氏が企画展の中止を発表


不自由展検証委「安全に展示し得た」
津田氏が独断、実行委をマネジメントできず
2019年9月17日:毎日新聞
 愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の展示の一つである企画展「表現の不自由展・その後」が中止された問題で、同県が設置した外部有識者でつくる検証委員会(座長、山梨俊夫・国立国際美術館長)の第2回会議が17日、県庁で開かれた。検証委はこれまでに行った関係者らへの聞き取り調査の結果から、中止に追い込まれた不自由展について「丁寧な説明と適切な展示方法が欠けていた」と結論づけた。

企画「不適切であったとはいえない」

 検証委はこの日までに、芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事や芸術祭芸術監督でジャーナリストの津田大介氏、参加作家など26人に聞き取り調査を実施した。展示中止の原因として、検証委は「準備時間の乏しさや、キュレーション(作品の取捨選択と展示構成)の不備」などを挙げ、山梨座長は「丁寧な解説、適切な展示方法が採られていれば、より理解が得られ、より安全に展示し得た」と混乱のない運営も可能だったとの認識を示した。
 芸術祭実行委や県庁には8月1日の開幕以来、計1万379件の抗議の電話やメールなどが寄せられた。抗議や脅迫の多くは、元従軍慰安婦を題材にした「平和の少女像」や、昭和天皇の肖像を素材にした映像作品「遠近を抱えてPartⅡ」を対象にしたものだった。
 検証委は不自由展の企画自体は「不適切であったとはいえない」とした上で、少女像は「海外ではフェミニズム・人権運動の象徴とされている」と評価しつつ、「反日政治団体がシンボリックに利用している現実もある」とした。「遠近を抱えて」に関しては「天皇を侮辱するものではなく、肖像の扱いに問題はなかった」としたが、「作品の一部だけを見て批判する人が現れ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で拡散され、混乱につながった」と指摘した。
 両作品について、検証委委員の間からは「展示意図を十分に説明しないと誤解を与える」との意見も出た。混乱のない展示に向け、検証委は「表現の自由についてのパネル討論やセミナー、ディスカッションなどの企画」「ガイドツアーによる鑑賞」などの工夫を考えるべきだったとした。
 芸術祭実行委会長代行の河村たかし名古屋市長が不自由展の中止を求めたことなどから、検証委は芸術祭実行委の組織見直しも提言した。実行委会長を民間から招請するほか、行政から一定の距離を置く公的機関「アーツカウンシル」の導入を提案した。アーツカウンシルは、ナチス・ドイツが芸術を政治利用したことを教訓に、1946年に英国で誕生。行政から独立し、芸術の専門家が芸術祭などへの助成金の交付などを決める。
 検証委は今月21日に出展作家や市民らが意見を交わす国内フォーラムを開催する予定。この議論の結果も踏まえ、一連の問題について月内にも中間報告をまとめる方針だ。
津田氏、実行委と信頼関係築けず
 「表現の不自由展・その後」は2015年冬に東京都内の民間ギャラリーで開かれた展覧会「表現の不自由展」を基に、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務めるジャーナリスト、津田大介氏(45)が続編の企画展として実現させた。検証委はこの日の会合でガイドツアーによる鑑賞などがあれば混乱のない展示が可能だったとの認識を示したが、委員の間からは津田氏の運営について「リスクの存在や対策を芸術祭事務局などに相談しなかったのはなぜか」などと疑問の声が相次いだ。

第2回あいちトリエンナーレのあり方検証委員会で議事を進める座長の
山梨俊夫・国立国際美術館長(中央)=名古屋市中区の愛知県庁で2019年9月17日、兵藤公治撮影

 津田氏は15年の展覧会を見て「公的な場でもやるべきだ」と続編を構想したという。芸術イベントは、イベント内の各展示に関わるキュレーター(展示企画者)会議で展示内容を詰めるのが一般的だ。
 しかし検証委によると、今回は同会議による協議を抜きにして、津田氏がジャーナリストの視点から、事実上単独で表現の不自由展実行委員会と続編について話を進める形になった。「従軍慰安婦を象徴する『平和の少女像』など、不自由展に展示される具体的な作品を直前まで知らなかった」と明かすキュレーターもいる。
 自ら続編開催を望んだ津田氏だが、展示作品については「実行委の意見を尊重した」と語るように、不自由展実行委が選定や展示方法について最終決定権を握った。少女像などの展示内容を知った津田氏は今年2月と3月の2度にわたり、実行委に実物展示に伴う懸念を伝えた。愛知県の要望もあり、少女像を写真パネルにするなど展示方法の見直しも相談したが、少女像を「不自由展の原点」と位置付ける実行委側は受け入れなかったという。
 津田氏は美術の専門家でないうえ、キュレーターとして展覧会を企画した経験がなく、不自由展実行委と信頼関係を築いてマネジメントすることができなかったという。芸術祭に参加している日本人作家の村山悟郎氏は「職業的能力のあるキュレーターに関与させるべきだった」と話す。
 検証委の委員の間からも「芸術監督が担当キュレーターを指名し、個々の作家と交渉する方法もあったのではないか」との意見があった。【山田泰生】

津田氏は反論

 検証委の批判について、津田氏は十分なキュレーション(作品の取捨選択と展示構成)や事前告知があれば今回の事態が回避できたのか疑問だとした上で、「ガバナンスの問題があったことは受け止めるが、キュレーションの問題を過度にクローズアップするのは、本質的な問題を覆い隠してしまうのではないか」などとするコメントを出した。



「表現の不自由」考
「芸術の自由」なぜドイツは
憲法に明記するのか 奥山亜喜子教授
2019年9月1日:毎日新聞

奥山亜喜子教授=相模原市の女子美術大で2019年8月20日午後3時46分、待鳥航志撮影

 「多額の税金を使ったところで(展示を)しなくてもいい」(河村たかし名古屋市長)、「補助金交付の決定にあたっては事実関係を確認、精査して適切に対応したい」(菅義偉官房長官)――。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止された問題で、公人から文化芸術支援に関するこうした発言が上がり、インターネット上でも「税金使うな、自腹でやれ」といった批判が多く見られた。この批判は妥当なのか。芸術の自由を巡る議論が進んでいるドイツの事情に詳しい憲法学者、奥山亜喜子・女子美術大教授に聞いた。【聞き手・待鳥航志/統合デジタル取材センター】

「芸術の自由」が明記されたドイツと、されていない日本

 河村市長と菅官房長官の発言は、表現の自由への認識が欠けていたと思います。文化・芸術政策では、支援はしても(内容には)口出しをしないのが原則です。作品の内容については、個人的見解であると前置きすることもなしに、公的立場の人として判断を口にすべきではありません。
 日本では戦前の統制下で芸術が国民を全体主義的な方向へ導く手段として用いられ、芸術家の自由が制限されてきたことから、終戦後しばらく、政府が文化政策に関わることはタブー視されることがありました。それは民間や地方自治体、そして国家による文化支援が必要とされる今日でも、やはり共通認識として残っているはずです。
 戦前や戦中に日本と同じように文化や芸術活動を統制し、その反省から憲法に「芸術の自由」を個別に保障しているのが、ドイツです。ドイツ基本法(憲法)5条は、1項「意見表明の自由」で日本国憲法21条「表現の自由」が保障する内容に近いものが明記されています(※1)。それに加え、同3項で<芸術及び学問研究及び教授は自由である>と規定しているのです。
 このような規定になるまでの歴史をひもといてみましょう。
 ※1 ドイツ基本法5条1項は「何人(なんびと)も、言語、文書及び図画によって自己の意見を自由に表明し流布させる権利、並びに、一般に近づくことのできる情報源から妨げることなく知る権利を有する」と規定している。

「芸術の自由」保障の下でも芸術が統制された理由

 ドイツでは1919年に制定されたワイマール憲法において、すでに「芸術の自由」は明記されていました。ドイツ帝国時代(1871~1918年)、特に最後の皇帝であるウィルヘルム2世による世相を批判する芸術の弾圧と、それに対する抵抗があり、それを踏まえたと考えられています。ワイマール憲法142条にこうあります。
 <芸術、学問及びその教授は自由である。国はこれに保護を与え、その奨励に関与する>
 この憲法の規定がありながら、ナチス政権時に芸術が統制されたのはなぜか。
 大きな理由として142条の後段が、国が芸術の内容に積極的に関与する土台にもなったと考えられます。第一次世界大戦敗戦後の不況下で芸術家たちは、自立して芸術活動をするのが難しく、彼らの活動を支援する組織自体も国による援助を受けざるを得ない状況にありました。1933年に誕生したナチス政権は、芸術による国民精神の統一化や均質化を目指し、「国民啓蒙(けいもう)・宣伝省」の機関として設置した帝国文化院の下に、美術や文学、音楽といったジャンルごとの部門を作り、アーティストを所属させて活動を監督しました。所属できるかどうかの基準は、ユダヤ系ではないことや共産主義ではないといったもので、所属できないと支援も受けられないため、芸術活動はできなくなります。国がどのような芸術活動を支援するかにおいて、選別が働いたということです(※2)。
 現在のドイツ基本法は、精神としてナチス時代の芸術統制への反省が生きているはずです。実際、ワイマール憲法が記した芸術の自由への国の「関与」に関する記載は無くなりました。

 ※2 ナチスの文化政策
 ナチス政権時、ヒトラーは現代的な抽象絵画やユダヤ系の作家の作品などを「退廃芸術」と烙印(らくいん)を押して弾圧。1937年には「退廃芸術展」を開き、押収した作品を中傷する説明と共に展示した。

2017年に「アテネから学ぶ」との統一テーマで開かれた国際美術展「ドクメンタ」の目玉作品、
「本のパルテノン神殿」=奥山亜喜子教授提供

「芸術の自由」の保障は何をもたらすか

 ドイツ基本法5条の2項では、1項を受け、「これらの権利は、一般的法律の規定、青少年保護のための法律上の規定、及び個人的名誉権によって制限を受ける」と規定しています。ただ、同3項の芸術の自由の保障は、2項の制限を受けないことが判例で示されています(※3)。また、芸術を一義的に定義づけることは不可能であり、裁判が「良い芸術、悪い芸術」を区別することは禁じられている、とも判例で示されています。このように広く開かれた芸術概念をとっているため、一定の芸術の様式に含まれれば、それは憲法により保障される「芸術」となるのです。
 とはいえ、どのような芸術表現でも許されているわけではありません。ドイツ基本法により保障されている価値の中でも、最も重視されているのは人間の尊厳であり、人格的な利益を害する表現は規制の対象にもなります。
 これでは芸術の自由が個別に保障されていても、「芸術の自由」の文言がない日本の憲法との違いはほとんど無いのではないかと思われるかもしれません。しかし重要なのは、芸術の自由が明記されていることによって、芸術表現への制限が正当化されるか、細かく丹念な議論がなされるという点です。
 表現の自由を巡って問題になりやすいのは風刺表現ですが、風刺の場合でも表現が含むイラストや文言のそれぞれに対して、人格的な侵害があるかどうかが細かく判断されます。憲法判断を専門とする憲法裁判所を置くなど、違憲審査制も異なるドイツと日本を単純に比較はできませんが、表現の自由の議論が丹念になされている点は、日本の場合を考える上でも生かせると思います。

 ※3 「メフィスト事件」の判例
 ドイツ出身の作家のクラウス・マンが俳優グリュンドゲンスをモデルに書いたとされる小説「メフィスト、その輝かしい経歴のロマン」を巡り、俳優の親族の訴えを受けて出版禁止を認めた裁判所の判決に対して、出版人側が憲法異議を提起したもの。連邦憲法裁判所は1971年に異議を棄却したが、判決は「芸術の自由は基本法5条2項の制限を受けない」と明記。3項に関しても「芸術の領域と国家との関係を規律する極めて重要な基本的規範である。この規範は、同時に個人の自由権をも保障する」とし、国家権力による作者への執筆禁止などを認めないことが制度として保障されていることを示した。

政治と芸術のかかわり

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の展示中止を
知らせる案内板=名古屋市東区の愛知芸術文化センターで2019年8月4日、待鳥航志撮影

 実際の芸術活動において、ドイツでは民間組織や自治体などできるだけ小さい単位で支援し、必要に応じて大きな組織が支援していくという「補完性原則」があります。これはナチスによる中央集権的な芸術統制という歴史を経た上で、芸術家の自由な活動を保障するためでもありますが、そもそもドイツは連邦制の歴史があり、文化や芸術支援においても分権が進んでいるためです。
 1955年から続く国際美術展「ドクメンタ」は、ドイツ中部のヘッセン州と、同州のカッセル市が出資してつくった会社が主催しています。ナチス政権時に「退廃芸術」として弾圧された前衛芸術などの復興を目指したのが始まりです。ドクメンタでは会社として芸術監督を任命した後は、展示内容は監督に任せることとされています。
 一方、今回のあいちトリエンナーレでは芸術監督ら主催者に対して政治家が作品の撤去を要請したり、助成金交付の見直しの可能性を示唆したりしました。2017年に日本で文化芸術基本法が改正された際、条文の前文で「文化芸術活動を行う者の自主性を尊重する」と記載した部分に、「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し」という文言が加えられました(※4)。行政がなぜ中立を保たなければならないのか、ということを憲法が保障した人権である「表現の自由」によって根拠付け、確認するためにも大きな変更です。今回の政治家たちの発言は、その表現の自由をないがしろにしかねないものだったと思います。

 ※4 文化芸術基本法
 文化芸術に関する政策の理念や、国や地方自治体が文化芸術の推進に関する基本計画を策定することなどを定めた法律。条文は文化芸術について、「人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するもの」などと位置づけている。

自ら「自由」の範囲を狭めていないか

 不自由展の中止問題でもうひとつ気になるのは、展示を中止させるための脅迫や抗議が一部の市民の側からあったことです。展示作品について「芸術じゃない」「表現の自由で保障されない」といった批判もありました。
 憲法学で、表現の自由を含む自由権は「国家からの自由」であるとされてきましたが、今回の展示中止の原因は一部の市民による行為とされています。具体的に誰かの人権を侵害した表現なら別ですが、(寄せられた抗議などは)展示作品が芸術ではないなどと単純に言い切ってしまっています。「芸術」という概念を広くとらえた上で、その自由の制限について丹念な議論がなされるドイツとは異なる点です。
 表現の自由は歴史的に勝ち取られてきたものです。国だけではなく特定の勢力に、表現に対して圧力を掛けられた時にそれとどう闘うか。その方法を探るための努力も今後、ますます必要になってくると思います。

奥山亜喜子(おくやま・あきこ)
 女子美術大芸術学部教授。1969年岩手県生まれ。99年中央大大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。2005年から1年間、ドイツ・ベルリンのフンボルト大客員研究員。著書に「ドイツの憲法裁判」(共著)など。芸術と国家の関係を考察した論文として「憲法上の基本権としての『芸術の自由』成立史(1)」(「女子美術大学研究紀要」掲載)など。

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