新“成人”の未来を思う

ボクには、まだ孫はいない。
昨日(1月12日)、知り合いの俳優さんの、今年小学校に入学するMちゃんとランチデートをした。彼女が2歳ぐらいのときから孫のように思っている子だ。
ボクの残りの時間は、平均寿命まで生きたとして後、20年ほど。未来は今の若者たち、そして、これから生まれてくる人たちのものだ。しかし、若者たちに未来を保証する責任は、今を生きるボクたちにある。
今日(1月13日)は、今年の「成人の日」…。若者たちと、その未来に思いを馳せる日だ。
ABEの年頭のあいさつを聞いても、今の日本を眺めても、どうにも希望を持ちにくいのが現状だ。
さて、大人たちは、未来への責任をどう果たすというのだろうか?50年後、20年後の世界を想像して、今を生きていきたい。


(社説)
東京五輪の年に 旗を振る、って何だろう
2020年1月11日 :朝日新聞

 あなたはこれまで旗を振ったことがあるだろうか。
 運動会の応援やスポーツ観戦、あるいはイベントやデモに参加したとき……。
 いったい旗とは何か。米国では、星条旗をこう表現するそうだ。「あなたの信じるすべてのものになりうるだろう」
 今年は東京五輪が開かれる年である。多くの人が多くの旗を掲げる機会がありそうだ。メダルを胸に旗を誇らしげに見上げる人もいるに違いない。
 そんな年の始まりに、少しだけ考えてみたい。そもそも人はなぜ、旗を手にするのか。
     *
 人類に代わって「猿」が支配する世界を描いたSF映画「続・猿の惑星」(1970年)には、2種類の旗が登場する。
 ゴリラの兵たちが行軍で掲げるピンクと黒の旗と、平和デモをするチンパンジーたちが手にしていた白い旗だ。
 ゴリラの将軍は叫ぶ。
 「我々軍人の聖なる義務は武力でかの地を占領し、我々の旗を掲げることだ」
 もちろん現実には「猿」や動物が旗を掲げるようなことはない。それは人間だけの特別な行為なのだから。
 人はいつから旗を使い始めたのか。諸説あるようだが、紀元前11世紀ごろの中国、周の時代が始まりとも言われる。最古とされる旗は白色で、やはり軍を動かす際に使われたらしい。
 起源がどうあれ、旗は集団のシンボルとされてきた。
 近年では、宗主国の権威の象徴として植民地支配に利用され、それに対抗する動きにも使われた。モザンビークの国旗には自動小銃カラシニコフが描かれている。独立闘争をたたえ、「あらゆる手段で国を守る」との決意の表れだという。
 集団の歴史が込められた旗は団結のパワーとなり、その掲揚が巨大な興奮を与えてきた。
     *
 一方で、見る人が代われば、それは激しい憎悪の対象にもなりうる。例えば2001年の米同時多発テロの直後、自由の象徴として米国各地にあふれた星条旗。その同じ旗が、米軍の攻撃で多くの市民が死傷したアフガニスタンなどでは暴力と理不尽さのシンボルとされた。
 特定の集団への憎しみが高まれば、旗は集団の代わりに辱められ、燃やされる。
 米国では1980年代、星条旗を焼いた男性が逮捕されたが、最高裁で無罪になった。判決は、この男性の行動も、憲法が定める「言論の自由」にあたるとした。
 「私は自由を大切に思う。旗を燃やす自由でさえ、その権利を誇りに思う」。いまは亡き米歌手のジョニー・キャッシュは、ヒット曲「みすぼらしい星条旗」を歌う際、そう観客に語りかけたそうだ。
 「日の丸」に対しても、複雑な感情を抱く人々がいる。
 戦後75年が過ぎても、そうした人々から見れば、日の丸を掲げる行為そのものが、侵略戦争の暗い記憶を呼び起こすものにほかならない。
 東京五輪で旭日(きょくじつ)旗を振るのを禁止すべきだ――。最近、韓国の人々からは、そんな声も伝えられる。旭日旗は旧日本陸海軍の旗であり、いまも海上自衛隊の自衛艦旗である。
 日本政府は「(旭日旗が)政治的主張だとか軍国主義の象徴だという指摘は全く当たらない」と反発している。
 そう簡単に言い切れるものだろうか。
 昨年のラグビーW杯の観客席でも一部で旭日旗が振られた。わざわざ国際競技の場に持ち込む人の目的は何だろう。快く思わない人たちがいることがわかっている旗を意図的に振る行為に、「政治的主張」はないといえるのだろうか。
 旗がまとう背景や、使う人の意図によって旗は色々な意味を映す。受け止める人次第で見え方が正反対になることもある。
     *
 ニューヨークの国連本部に行くと、ずらりと並んだ国旗の列に圧倒される。地球上には何と多くの国家があるのかということを旗の存在が教えてくれる。
 国だけではない。多様な枠組みでの組織や集団、もっと言えば、様々な主張や考え方も旗は代表している。
 例えばレインボーフラッグに込められた意味は、平和や愛、性的少数者の権利保護など。英諜報(ちょうほう)機関MI6は近年、この旗を本部に掲げた。あらゆる人材を歓迎するとのメッセージと受け止められたそうだ。
 五輪で旗を掲揚するのも、分断や対立をあおる目的ではないはずだ。東京五輪での行動計画には「共生社会の実現をめざす」とある。国別対抗が注目されがちな五輪だが、他者を認める機会としても意識したい。
 なぜ、旗を掲げるのか。五輪を前に一人ひとりが立ち止まり、自由に考えてみるのはどうだろう。歴史を学ぶ、他者を尊重する、平和の尊さを発信する。旗の数だけ、それぞれの思いがあっていい。


五輪で選手の抗議ポーズだめ
 IOC、具体的な指針発表
2020年1月10日:朝日新聞

 国際オリンピック委員会(IOC)のアスリート委員会は9日、政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じた五輪憲章第50条について、禁止行動を具体的に挙げた指針を発表した。東京五輪から適用する。
 五輪期間中、会場や選手村、表彰式などでの政治的なメッセージやジェスチャーは一切認められない。国歌斉唱の際にひざをついたり、表彰式で表彰台に上がらなかったり、記念撮影を拒否したりしてはいけない。事案があった場合、当該国・地域のオリンピック委員会や国際競技連盟、IOCが、違反かどうか、どのような処分するかを個別に判断するという。
 表現の自由に配慮し、記者会見や報道機関を通じての発言、SNSなどでの発信は処分の対象外とした。IOCのコベントリー・アスリート委員長は、「たくさんの選手と話し合って決めた。ルールを明確にする必要があった」と説明した。
 五輪はこれまで、しばしば選手たちの抗議活動の場として使われ、16年リオデジャネイロ五輪では、男子マラソンで銀メダルを獲得したフェイサ・リレサが、エチオピア政府への抗議のため、両腕を頭の上で交差させながらゴールした。
 1968年メキシコ五輪では、陸上男子200メートルで金、銅メダルを獲得した米国の黒人2選手が表彰式で黒人差別への抗議として、黒い手袋をはめた拳を突き上げたのが問題となり、「政治的宣伝」をしたとして大会から追放された。
 五輪以外でも、昨年7月の競泳の世界選手権で、競泳男子自由形で二つの金メダルを獲得した中国の孫楊にドーピング疑惑があるとして、表彰台に上るのを拒んだり、孫との握手や写真撮影を拒んだりした選手がいた。(ローザンヌ=遠田寛生)


IOC、東京五輪で膝つき禁止へ
 政治的、人種的な抗議で指針
2020年1月10日:毎日新聞

米プロフットボールNFLで抗議の膝つきを行う選手=2016年10月、サンタクララ(AP=共同)

 国際オリンピック委員会(IOC)の選手委員会は9日、五輪の競技会場や選手村で政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じた五輪憲章第50条のガイドラインを発表し、米プロフットボールNFLで人種差別に抗議するため国歌斉唱の際に一部選手が行った膝つき行為は認めないと明文化した。東京大会で適用する。
 政治的なメッセージの掲示やジェスチャーも禁じ、違反が認められた場合は当該国・地域のオリンピック委員会や国際競技連盟、IOCが処分を検討する。
 2016年リオ五輪では男子マラソンのエチオピア選手が自国政府による圧政への抗議のポーズを取った。(共同)


東京オリンピック、
選手の政治的メッセージはNG。
オリンピックは
「中立」であるべきとIOCが発表
過去のオリンピックでは、
選手の政治的なメッセージが注目を集めてきましたが……
2020年1月10日:ハフィントンポスト

国際オリンピック委員会(IOC)は1月9日、オリンピックで選手たちが政治的メッセージを発信することを禁じると発表した。
これまで、オリンピックで選手たちが政治的なメッセージを表現することがあったが、2020東京オリンピックでは、そういった行為に対して罰則が課せられることになる。

どんな行為が禁止される?

禁止される行為は、メダル授与式、開会式や閉会式などの場で、サインや腕章を使って政治的なメッセージを発信する、身振り手振りで政治的メッセージを伝える、ひざまづく、公式行事の規定に従わないといった具体例が挙げられている。
メディアセンターで開かれる記者会見や、チームミーティング、メディアによるインタビューで自身の意見を述べることは禁じられていないが、表現の仕方は「開催地の決まりに敬意を払ったものであるべき」で、「意見を述べることは、抗議活動とは違うものである」と釘を刺す。
政治的な行為の禁止は、選手だけでなく、コーチやトレーナーやオリンピック関係者にも適用される。
違反した場合は、ケースごとに各国のオリンピック委員会やIOCが行為の内容を吟味し、必要であれば懲戒処分が下される。

選手たちはオリンピックで政治的メッセージを発信してきた

オリンピックで政治的メッセージを発信した選手として記憶に新しいのは、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックに出場した、男子マラソン・エチオピア代表のフェイサ・リレサ選手だ。
リレサ選手は、自らの部族であるオロモ族を弾圧している母国エチオピアの政府に抗議するために、ゴールする際に両手でばつ印を作り高く掲げた。

フェイサ・リレサ選手

また、1968年メキシコオリンピックでは、アメリカでの黒人に対する人種差別への抗議として、同国代表のトミー・スミス選手とジョン・カーロス選手が表彰台の上で黒手袋をつけて拳を突き上げた。この二人は「政治的宣伝」をしたとして大会から追放された。


































メキシコオリンピックで拳を突き上げて抗議をした、
トミー・スミス選手(中央)とジョン・カーロス選手(右)

2019年夏にペルー・リマで開かれたパンアメリカン競技大会(南北アメリカ大陸の国がオリンピックの前年に開催する国際大会)では、スミス選手とカーロス選手と同様にメダル受賞式で拳を突き上げたハンマー投げのグウェン・ベリー選手が、12カ月の保護観察処分になった。
ベリー選手は抗議の理由について「この数十年の間に、不当な扱いを受けてきた人たちに敬意を表するため」と語っている。
また同大会では、表彰式でひざまずいたフェンシングのレース・インボーデン選手にも、同じ処分が下されている。
インボーデン選手はひざまづいた理由を、人種差別や銃規制、移民への不当な行為、そしてトランプ大統領への抗議だとTwitterで説明している。

Race Imboden
@Race_Imboden
We must call for change.
This week I am honored to represent Team USA at the Pan Am Games, taking home Gold and Bronze. My pride however has been cut short by the multiple shortcomings of the country I hold so dear to my heart. Racism, Gun Control, mistreatment of immigrants,


オリンピックで、政治的な行為を禁じる理由を「オリンピックは世界中のアスリートたちが、平和と調和の元に集まる場所」であり、「オリンピック開催地、オリンピック村、競技場を中立でどんな政治的、宗教的、民族的な抗議活動がないものにすべきである」と、IOCは説明している。


時代の風
希望抱けぬ新年 理想をどう議論するか
=長谷川眞理子・総合研究大学院大学長
2020年1月12日:毎日新聞

 新しい年を迎えた。何かと先の見えない時代であるが、読者のみなさんは、今年の1年にどんな期待を抱いておられるだろうか?
 今から100年前は1920年。20年代とはどんな時代だったのか、私は知らないが、二つの大戦のはざまである。大衆文化が育まれるようになり、大正デモクラシー運動も起こる一方、金融恐慌や関東大震災もあった。そしてファシズムが台頭し始めた。
 50年前は1970年。70年代ならよくわかる。私の青春時代だ。大学紛争とベトナム戦争反対で荒れた。それまでの高度成長は、オイルショックで一応の終わりとなる。コンビニやスーパー、ファストフードの店が全国的に広がった時代。
 いつの時代もよいことと悪いことがあり、予想外のことも起こった。それでも、この100年を振り返ると、全体として、社会はきっと良くなる、という希望はつねに持たれていたのではないだろうか? 科学の進歩は人々に幸せをもたらし、試行錯誤によって、社会の運営は必ず良くなる、という信念である。
 事実、確かに世の中は良くなった。乳幼児死亡率は下がり、人々の寿命は延びた。第二次世界大戦以降、大きな戦争は起こっていない。暮らしは便利になり、最貧困層の人々でさえも、その生活は向上した。人々は、より自由になった。
 では、なぜ、今、かつてのように無条件に、未来は明るいという希望をみんなが持てているという気がしないのだろう? 
 一つには、経済的な発展が右肩上がりに続くというフェーズが終わりつつあるのだろう。毎日の暮らしに必要な便利な物はたくさんあるし、選択肢も広がった。何もない貧しいときには、何でもある素晴らしい世界を想像できるが、欲しい物がほぼ手に入る世界では、もっと素晴らしい未来はなかなか思いつけない。
 しかし、そうであったとしても、将来は明るく見えてもよいのではないか? それがそうでもない。
 米国の大統領が、これまでの米国としては考えにくい政策を次々と打ち出す。英国が欧州連合(EU)離脱を決める。共産党一党独裁でありながら市場原理を取り入れた中国が、すごい経済発展を成し遂げていく。
 東北の大震災と津波、福島原発事故の痛手の記憶は強く残り、台風などの自然災害の多発は、気候変動の深刻さを考えさせる。
 人工知能の進歩は目覚ましいと言われるが、それで私たちはどうなるのだろう? 遺伝子の改変も可能になるのだろうか? すべての物がネットにつながり、便利になる一方で、大量の個人情報が取られたり、流出したりする。これらの事態は、人々にすごい格差をもたらすのではないか?
 それやこれやは、信じてきた価値観や社会の常識が通用しなくなるかもしれない、まったく違う社会になるのかもしれない、という不安だろう。そして、その不安をどのようにして解消したらよいのかがわからない、という不安である。
 私たちの文明は、大きな転換点を迎えているのかもしれない。
 狩猟採集時代から農耕と定住生活の時代に入ったときには大きな価値観の転換があった。手に入るもので満足し、食料が取れなくなったら移動するというその日暮らしから、計画を立て努力して働く暮らしになった。それまで考えつきもしなかった、蓄財が可能になった。都市が生まれ、職業が分化し、貨幣で物やサービスのやり取りをするようになった。そして、権力と不平等と搾取が生まれた。
 そこから、長い年月を経て、自由と平等や人権の概念が獲得され、それらの理想の実現のために、ときには革命などの暴力も含めて人々は闘ってきた。その理想は、いまだに完全に実現してはいない。ところが、その理想のもとに隠蔽(いんぺい)されてきたもろもろの悪感情が噴出し、あの理想はもうやめようかということにでもなったのだろうか?
 インターネットとソーシャルメディアの時代に、どうやって社会を良くするための議論をしていくのか。 イデオロギーが死滅する時代に、政党政治は残れるのか。自分中心主義が蔓延(まんえん)する中、他者への関心と政治参加をどうやって保つか。持続可能な社会はどうやって作れるか。問われているのは、理想を議論する新しいプラットフォームなのかもしれない。


あすは成人の日 未来をつくる人たちへ
2020年1月12日:東京新聞

 「大人たちだけが住む世界じゃない」-。暖冬の街で若者たちが心の声をしぼり出す。先月六日、浜松市の浜松開誠館中学・高校生が繰り広げた「グローバル気候マーチ」です。遠くスペイン・マドリードでは、温暖化対策の国際会議「COP25」が開催中でした。
 十七歳になったばかりの少女、スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんが二年前、たった一人で始めた「気候のための学校ストライキ」に共鳴し、世界中に広がった若者たちの抗議行動。開誠館の生徒にとっては昨年の九月に続いて二度目の試みです。
 約四百人が参加して「気候危機」の切実さを訴えました。
◆地球を守れ、未来を守れ
 横断幕を先頭に、市街地を約一時間。整然と行進しながら「地球を守れ」「未来を守れ」と声を上げました。
 中心になったのは「環境」や「貧困」「平和」といった国際社会の課題を学ぶ「グローバルコース」の生徒たち。
 学習を進めるうちに、気候危機の深刻さに気づき、考え、グレタさんのことも知り、生徒会を巻き込んで「グローバル気候マーチに参加したい」と、高橋千広校長に直訴しました。
 高橋校長も以前からグレタさんに共感を覚えており、グレタさんのように、自らの意思で一歩前へ踏み出そうとしている生徒たちを見て、「腹をくくって」応援することにしたそうです。
 生徒たちは、あと二つ、学校に「お願い」をしています。
 一つは、気候危機に関する意見広告を出したいと。
 農家出身の高林一文理事長は、温暖化の進行による田畑の荒廃、食料不足、ひいては飢餓の到来を常々憂慮していたといい、「生徒募集の広告を出す代わりに」と、これを承諾。「グローバル気候マーチ参加生徒一同」の<大人の皆さん、今を生きる者の責任と行動で地球の未来を救ってください。未来を生きていく私たちの切実な想(おも)いに耳を傾けてくださり、ありがとうございました>という訴えが、地元紙に掲載されました。
 もう一つは「RE100プロジェクト」への参加です。
 「RE100」とは「事業運営を100%再生可能エネルギーで行います」という、目標を掲げること。学校側は「大人としての責任だから」とこれも受け入れ、建設中の新体育館の電力をすべて太陽光で賄えるよう、設計図を書き換えることになりました。
◆今やるべきことをやる
 校長と理事長に、ベタな「突っ込み」を入れてみました。
 「大人としての責任って、何でしょう」
 高橋校長の答えは明快でした。
「今、私たちがやるべきことをやるということ」
 生徒たちが共感を寄せたグレタさん、世上言われているような「怒りの子」ではありません。
 彼女はしばしば、このような言葉を口にします。
 <二〇三〇年、私は二十六歳になります。(中略)素晴らしい時期だと聞いています。まだ先に人生がたっぷり残っている年代だと。でも、私たちにとって、そんな素晴らしい時期になるのか、あまり確信が持てません>(「グレタ たったひとりのストライキ」)
 十年後にも不可逆的な異常気象の連鎖が起こると予測する、国連「気候変動のための政府間パネル」(IPCC)のリポートを真摯(しんし)に受け止めているからです。
 彼女はきっと、おびえています。見えない未来を恐れています。
 こんなことも言っています。
 <たったいま、あなたたちのしていること、あるいはしていないことの結果を、私たちの世代が将来、帳消しにすることはできないのです>(同)。自らの無力を嘆き、いら立ち、そして<これは助けを求める叫びです>(同)などと、懇願し続けているのです。
 子どもは大人の希望であるという前に、大人こそ、子どもたちの希望であり続けるべきではないのかと-。
 大人になる、成人するということは、グレタさんとともに叫ぶ人から、彼女の叫びを受け取る人へ、小さな一歩を踏み出すことかもしれません。新成人の皆さんは、受け取る人になるわけです。
◆まだ見ぬ豊かな選択肢
 大手自動車メーカーの社長が自社のCMで「未来のことは私にはわからない。それを決めていくのは未来を生きていかれる人だし。(私は)チョイス(できる環境)を与えたい」と語っています。
 皆さんもいわば選択肢をつくる人、未来というフィールドを耕す人になるわけです。責任は重いし、面倒も多い。
 でも、未来をつくる人になるって結構、おもしろそうだと思いませんか。だから新成人、おめでとうございます。


(社説)
首相年頭会見 「説明」軽視、今年もか
2020年1月7日:朝日新聞

 政権の取り組みのアピールや自らが意欲を示す改憲については滔々(とうとう)と語る一方、「桜を見る会」をめぐる質問にはほとんど答えない。説明責任に真摯(しんし)に向き合おうとしない安倍首相の姿勢は、年が改まっても変わっていないと言わざるをえない。
 首相がきのう、年頭の記者会見を行った。夏に迫った東京五輪・パラリンピックの準備に万全を期すとともに、全ての世代が安心できる全世代型社会保障の実現を内閣の「最大のチャレンジ」と位置づけた。
 米国とイランの軍事衝突の懸念が強まる中東情勢については、冒頭発言で取り上げた。「さらなるエスカレーションは避けるべきで、緊張緩和のための外交努力を尽くすことを求める」と、すべての関係者に呼びかけたのは当然だ。
 ただ、日本政府の反応は鈍くはなかったか。米軍によるイランの司令官殺害は3日。フランス、ドイツなどが早々に関係国の自制を促す声を上げるなか、政府の公式見解はきのうの首相発言まで示されなかった。
 米国の同盟国でありながら、イランとも友好関係を保つ日本は、両者の「仲介」に努めてきたのではなかったか。今こそ、戦争回避のための知恵と行動が問われる局面だ。首相はきのう「日本ならではの外交」を粘り強く続けると語った。言葉だけに終わらせてはいけない。
 首相は同時に、中東海域への自衛隊派遣に変わりがないことも表明した。昨年末の閣議決定時から現地情勢は大きく変化したのに、新たなリスクをどう判断し、どう備えるのかの説明は一切なかった。このまま既定路線を突き進むのは許されない。
 改憲については、記者の質問に答えて持論を展開した。「私自身の手で成し遂げるという考えに全く揺らぎはない」と強調、今年の通常国会で原案の策定を加速させたいと述べた。しかし、その前提として語った、改憲へ国民的意識が高まっているという現状認識は、実態と明らかに乖離(かいり)している。
 対照的だったのが、桜を見る会の質問に対する素っ気ない対応だ。オーナー商法で行政指導を受けたジャパンライフの元会長が首相の推薦枠で招待されたのではないかという指摘に対し、これまで同様、個人情報を理由に回答を拒否した。
 世論の批判を「謙虚に受け止め、今後も丁寧に対応する」という発言もあった。とはいえ、森友・加計問題を振り返れば、首相の「謙虚」「丁寧」を額面通りには受け取れない。「いや、違う」というのであれば、首相は今年こそ、自らに不都合なテーマについても、逃げずに正面から説明を尽くすべきだ。


安倍首相が年頭記者会見でIR汚職をスルー、
米国、イランの名も口にせず、
自衛隊の中東派遣強行だけは明言!
2020年1月6日:LITERA

 政治をめぐって怒涛の幕開けとなった2020年。元旦にはIR汚職で新たに岩屋毅・前防衛相など自民党と日本維新の会の議員に中国企業から現金が渡っていたという疑惑が浮上。さらにトランプ大統領の指令で米軍がイランのソレイマニ司令官を殺害するという事実上の“宣戦布告”を実行。日本政府は中東海域への自衛隊派遣を閣議決定したばかりで、緊張と不安が高まっている。
 しかし、自民党を筆頭にした一大汚職疑惑や世界を揺るがす大事件が立てつづけに起こっているというのに、安倍首相は映画鑑賞にゴルフと正月休みを満喫。何ひとつ問題に言及せず無視してきた。
 だが、きょうはそんな態度をとることもできまい、と見られていた。というのも、本日6日、安倍首相は三重県の伊勢神宮を参拝し、その後、伊勢市内で年頭記者会見を開く予定だったからだ。さすがにきょうの会見では、「桜を見る会」問題をはじめ、自衛隊中東派遣問題に対する国民への丁寧な説明、IR汚職疑惑についての釈明などをおこなわないとおかしい。
 ところが、驚くことに安倍首相は、「桜を見る会」とIR汚職については自ら触れようともせず。アメリカのイラン攻撃をめぐっても、具体的なことや意味のある発言は一切語らないまま、自衛隊派遣を予定通りにおこなうことだけ宣言したのだ。
 その会見内容を一から振り返ってみよう。とにかく、安倍首相は、冒頭から弛緩しきっていた。
「みなさま、あけましておめでとうございます。元日の朝は広い範囲で晴れとなり、私も美しい富士山の姿を見ることができました」
「本年はいよいよ半世紀ぶりにオリンピック・パラリンピックが日本にやってきます。国民一丸となった招致活動が実を結び、7年前、その開催が決定しました。その直後、私は決戦の地・ブエノスアイレスで『みんなで力を合わせれば夢は叶う』、そう申し上げたことをいまでも覚えております。少子高齢化、激動する国際情勢。令和の時代を迎えた私たちの前には大変困難な課題が立ちはだかっています。しかし、みんなで力を合わせれば、夢は叶う。国民のみなさまとともに、真正面から立ち向かうことで必ずやこうした課題も乗り越え、新しい時代を切り拓くことができる。そう確信しています」
 世界が新たな戦争の危機に切迫した空気に包まれているというのに、元日は晴れだったとかオリンピック開催だとか、よくも呑気に話せたものだが、挙げ句、「みんなで力を合わせれば夢は叶う」って……。
 しかも、その後も安倍首相は長々と社会保障改革に話を費やし、「人生100年時代の到来は大きなチャンス」「この機に年齢にかかわりなく意欲あるみなさんは働きつづけることができる生涯現役の社会をつくり上げる」「すべての世代が安心できる社会保障制度へと改革していくことが内閣最大のチャレンジ」などと発言。つづいて唐突に“本年の干支・庚子の庚には改革の意味が込められている”などと言いはじめたかと思えば、干支の話を無理やり日米安保の話題につなげ、さらには北朝鮮の拉致問題に言及し「金正恩委員長と条件なしで直接向き合う考えです」とドヤ顔で決めたのだった。
「条件なしで向き合う」ってその話何回目か?と突っ込まざるを得ないが、問題はこのあと。安倍首相はようやくアメリカ・イラクの問題に言及したのだが、なんと「アメリカ」とも「イラク」とも名指しせず、こう言っただけだった。
「中東地域が緊迫の度を高めており、現状を深く憂慮しています。事態のさらなるエスカレーションは避けるべきであり、すべての関係者に緊張緩和のための外交努力を尽くすことを求めます」
 安倍首相はアメリカとイランの橋渡しができる世界で唯一の存在だと自称していたのではないのか。にもかかわらず、アメリカともイランとも言わずに「中東地域」と抽象化し、トランプに対して自制を呼びかけるでもなく「すべての関係者に外交努力を求める」などと他人事感丸出し。この逃げ足は一体なんなのか。

米イラン戦争危機にはまともに言及せず、
自衛隊の中東派遣だけは明言した安倍

  さらに安倍首相は、先月、イランのロウハニ大統領が来日したことを挙げて「これからも日本ならではの外交を粘り強く展開します」と発言。その「日本ならではの外交」とやらの成果はまったくのゼロで、事態はより深刻化して抜き差しならないところまできているわけだが、安倍首相はそんなことはお構いなし。しかも、つづけて自衛隊派遣問題について、こう述べたのだ。
「わが国はこの地域にエネルギー資源の多くを依存しています。こうした外交努力と合わせて、情報収集体制を強化するため、この地域に自衛隊を派遣し、日本関係船舶の航行の安全を確保していきます」
 なんと、安倍首相は自衛隊派遣を見直すでもなく、予定通りに派遣することを明言してしまったのである。
 トランプ大統領はイランが報復に出た場合について、1979年にイランで起きた米大使館占拠事件で人質になった米国人の人数と同じ数である52カ所を標的にすると常軌を逸したことを言い出し、きょうも「イランが報復に出たら、大規模な報復をおこなう」と宣言したことが伝えられるなど、事態はさらに混迷を深めている。こんな状況下で自衛隊を派遣するというのは、イランからすれば米軍と一体化した“軍事行動”と映るのは間違いない。なのに安倍首相は、躊躇うことなく「情報収集体制の強化」などという理由で自衛隊を中東に派遣すると、じつにさらっと述べたのだ。
 戦争に巻き込まれる可能性が高まる非常事態の最中でのこの宣言は、トランプ大統領の顔色伺いのためなら自衛隊を危険に晒してもかまわないという安倍首相の非道さがあらわになったと言える。これには戦慄を覚えずにはいられないが、会見ではこのあとも“地球儀を大きく俯瞰した外交を深める”“五輪では世界中の人びとが新しい時代への夢や希望が持つことができる大会にしたい”などと平和ボケした発言を繰り返し、そのまま終了。結局、IR汚職や「桜を見る会」問題には一切、自ら言及しなかったのである。国内外でこれだけの問題が起こりながら、この態度──。こんな総理大臣で大丈夫なわけがないが、しかし、驚愕の展開はこのあとにも待っていた。

「いま訊く話か」の質問しかしない報道陣、
ようやく朝日が「桜を見る会」の質問するも…

 安倍首相がひと通り発言したあと、内閣記者クラブ加盟社と地元メディアからの質疑応答がはじまったのだが、最初に指名された内閣記者会幹事社であるテレビ朝日の記者の質問は、IR汚職でも、自衛隊中東派遣問題でもなく、「総理任期が残り2年を切ったが内政面で課題は何か。また、憲法改正で年内発議はあるか」というもの。さらに2番目に指名された地元・三重の朝日新聞記者も「五輪開催外の地方の経済効果をいかに波及させたいと考えているか」と質問し、いずれも「いま訊くべき話がそれなのか?」という内容だったのだ。
 そして、3番目に指名された、やはり内閣記者会幹事社である朝日新聞の記者は、ようやく「桜を見る会」について質問。世論調査で説明不十分とする意見が7割を超えていることや、ジャパンライフ会長招待問題について「総理は個人情報を理由に山口会長を招待したかどうかをあきらかにしていないが、山口会長が招待されたことを自らあきらかにしている以上、個人情報にあたるとは言えない」と指摘し、名簿を破棄しているとしても聞き取り調査などで調べる気はあるのかと問いただした。
 だが、安倍首相は、「個人情報にはあたらない」という記者の指摘を完全に無視して、「個々の招待者については個人に関する情報であるため招待されたかどうかも含めて従来から回答を差し控えている」と拒否。「今後も丁寧に対応していく」と言って回答を終わらせてしまい、「調査する気はあるのか」という記者からの質問には何も答えなかったのだ。
 何が「丁寧に対応」だ、と言いたくなるが、4番目に指名された地元・CBCテレビの質問は「第一次産業への対応は」というもの。そして、この質問への回答が終わると、まだ手を挙げている記者もいるのに、司会者が「10分近く遅れている」「次の移動もある」などと言って強引に会見を終了させたのだ。質疑時間は、わずか約15分だった。
 つまり、かろうじて「桜を見る会」問題の質問は出たものの、IR汚職や自衛隊派遣問題についてはひとつも質問が飛ばなかったのである。
 本来なら、IR汚職や自衛隊派遣問題は記者が我先にと質問すべき重大事だ。いや、「桜を見る会」の質問に答えなかったことや手を挙げる記者がいるのに強制終了したことなどに対し、記者たちが取り囲んで抗議して当然の話だ。だが、そうした質問もなく、抗議も起こらず、唯一、会場をそそくさとあとにする安倍首相に対して女性記者がIR汚職を追及する質問を投げかけただけ。無論、安倍首相はその声も無視し、女性記者に追随する声も記者席からはあがらなかった。
 政権を揺るがすIR汚職に一言も言及しない総理に、忖度して何も訊かない記者……。きょうの質疑応答でも安倍首相は時折手元に目を落としており、あらかじめ質問が聞き取られ、回答を用意していた可能性が高いと思われる。こんな茶番に付き合うメディアや記者がいることで、国民が重大事を重大事として認識しない状態が生み出されてしまうのだ。
 トランプの宣戦布告も、国会議員に次々に波及している汚職問題も、まるでなかったことのよう。このだらしなさはもはや安倍政権の政策に賛同するか反対するか以前の話だ。こんな総理とメディアの姿勢で、ほんとうにこの国は大丈夫なのだろうか。
(編集部)


米の対イラン軍事行動で
自衛隊も戦争参加の危機…
でも安倍首相は映画にゴルフ、河野防衛相は
“俺ジョニー・デップに似てる”談義
2020年1月4日:LITERA

 新年早々、世界に激震が走っている。3日、トランプ大統領の司令により、米軍がイラン革命防衛隊で対外工作を担う先鋭組織・コッズ部隊のソレイマニ司令官をイラク・バグダッドで空爆により殺害した問題だ。
 ソレイマニ司令官はアサド政権を支援するイランのシリア内戦への介入をはじめとして軍事作戦の要となり、民間人を巻き込んだ殺戮をおこなってきた人物ではあるが、今回、いきなり空爆によって殺害するというトランプ大統領の作戦は、事実上の宣戦布告だと受け止められて当然の行為だ。実際、イランの最高指導者であるハメネイ師は、「血で手を汚した犯罪者は、重大な報復を受けるだろう」とアメリカに宣言。イランのラバンチ国連大使も「我々は目を閉じていられない。間違いなく報復する。厳しい報復だ」と語っている。今後、報復に次ぐ報復という軍事的衝突は避けられそうにない。
 トランプ大統領は「我々の行動は戦争を止めるためのものだった」などと正当化しているが、そもそもイランとの緊張状態を高めたのは、トランプ大統領がイラン核合意から一方的に離脱したことにある。そして、今回のソレイマニ司令官殺害にしても、ウクライナ疑惑をめぐる弾劾裁判を控え、人気取り目当てで一線を越えたようなものだ。現にトランプ大統領はソレイマニ司令官殺害に関し、Twitterに星条旗の画像を投稿し、固定ツイートにまでしている。
 私利私欲のためには戦争状態をつくり出すことも厭わないトランプ大統領は世界の癌と言わざるを得ないが、言うまでもなく、これはけっして日本にとって他人事ではない。日本政府は中東海域に海上自衛隊の護衛艦と哨戒機を派遣することを、国会での議決をおこなうことなく先月27日に閣議決定。1月下旬にも活動を開始する方針だからだ。

 日本政府はイランとの外交関係も踏まえ、今回の自衛隊派遣はアメリカから要請されていた「有志連合」としての参加ではなく、日本独自で「調査・研究」目的で派遣することとし、活動範囲からもホルムズ海峡を除外したが、それは建前にすぎない。実際、有志連合には加わらないものの米軍との情報共有を進める方針で、それはイランからすれば米軍と一体化した“軍事行動”と映る。周辺海域で武力衝突が発生すれば、自衛隊が巻き込まれることになるのは言うまでもない。
 そうした危険性を孕む自衛隊派遣を目前にして、アメリカによるイランへの“宣戦布告”行動が起きたのだ。派遣された自衛隊の目の前でイランと米国の戦闘状態になる可能性は、さらに高くなった。
 そういった点から考えても、日本政府は即刻、中東派遣の中止を決定し、同時に“橋渡し役”をアピールしてきた安倍首相はアメリカとイラン両国に対して自制を呼びかけるべきなのだ。
 しかし、安倍首相はそういった動きは何も起こさなかった。それどころか、この“戦争前夜”の空気に世界が包まれる緊張状態のなか、一体何をしていたのかといえば、なんと、映画鑑賞とゴルフに興じていたのである。
 首相動静によると、安倍首相は昨日3日、朝7時から宿泊していた六本木のグランドハイアット東京内のフィットネスクラブで運動し、11時32分から同ホテル内の日本料理店「旬房」で昭恵夫人とランチ。午後12時34分にはTOHOシネマズ 六本木ヒルズにて昭恵夫人とともに、映画『決算!忠臣蔵』を鑑賞した。
 言っておくが、共同通信が「米、イラン精鋭司令官を殺害 トランプ氏が指示、ヘリで攻撃」という記事をYahoo!ニュースに配信したのは、昨日の9時52分のことだ。当然ながら海外メディアはこれより早く報道している。なのに、その最中にも安倍首相はフィットネスクラブでじっくり汗を流し、昭恵夫人と昼食に舌鼓を打って、さらには映画まで鑑賞。産経新聞によると、〈上映前に自らポップコーンを購入〉したといい、映画鑑賞後には〈記者団に感想を問われて「大変楽しく見させてもらった」と笑顔で語った〉という。ちなみに、この映画はナイナイ岡村隆史がダブル主演を務めているほか吉本芸人が多数出演しており、最近、安倍首相がべったりの吉本興業が製作幹事だ。

河野防衛相も米イラン問題を無視し
〈河野太郎さんってジョニー・デップに似てる〉に反応

 世界中に激震が走るなか、ポップコーンを買って映画を観て、「楽しかった」と笑顔で話す……。唖然呆然とするほかないが、驚くことに安倍首相はその後、ホテルに立ち寄ったあと、まさかの私邸に帰宅。公邸に宿泊することもなく、さらに本日は朝7時33分に私邸をあとにすると、8時24分に千葉県袖ケ浦市にあるゴルフ場「カメリアヒルズカントリークラブ」に到着。籔本雅巳・錦秀会グループCEOや昭恵夫人の弟である松崎勲森永商事社長らと今度はゴルフを楽しんだのだ。
 しかも、安倍首相はゴルフ場で記者団に中東情勢について問われると、こう述べた。
「今月、諸般の情勢が許せば中東を訪問する準備を進めたいと思っている」
 アメリカやイランに対して自制を呼びかけることがなかったばかりか、自衛隊中東派遣問題についても言及さえしない──。いや、そもそもなんでアメリカとイランの“橋渡し役”を世界にアピールしてきた人物が、戦争がはじまりかねないと世界が緊迫するなかで、何事もなかったように平然とゴルフなんかやっているのか。
 その上、愕然とさせられたのは、河野太郎防衛相の言動だ。
 前述したように、共同通信は昨日9時台に米軍によるソレイマニ司令官殺害を伝え、SNS上でも情報が拡散されて世界が騒然としていたというのに、河野防衛相は午前10時39分、〈親が河野太郎のツイッターを河野太郎だと信じない なぜだ… 防衛大臣そんな暇じゃないでしょとか言うけどどうなんだ…〉というTwitterユーザーのツイートに反応して〈そんな暇じゃない。〉と投稿。「そんなツイートしている場合か」とツッコまずにいられないが、さらにアメリカ・イラン両国要人の反応が報じられていた午後3時9分には、〈河野太郎さんってジョニーデップに似てる(笑)〉というユーザー投稿に対して〈逆。〉とツイートしていたのである。
 ちなみに、ソレイマニ司令官殺害を受けてドイツのマース外相は昨日、〈今は状況がさらにエスカレートして地域全体に火がつくのを防ぐことが大事だ〉とツイートし、フランスのルドリアン外相も同じく昨日、「すべての当事者に対して自制を求めるとともに、イランに対して地域の不安定な状況を悪化させたり、核開発で危機をもたらすような行動を避けるよう求める」と声明を発表している(NHKニュース4日付)。
 一方、日本では安倍首相も茂木敏充外相も河野防衛相も、4日20時現在、一言も中東情勢に言及していない。
 映画鑑賞とゴルフに興じる総理大臣に、“ジョニー・デップが俺に似ている”などとくだらないツイートをして遊ぶ防衛相……。これほどまでに情勢が緊迫し、それでなくても日本は自衛隊派遣を閣議決定していることから国民にも不安が広がっているというのに、安倍首相や河野防衛相は声明の公表はおろか、事態に対する受け止めも情報発信も何一つおこなっていないのである。
 今回の米国の軍事行動について、日本政府は米国から何も知らされていなかったという。
安倍首相周辺はイランと米国の仲裁をするなどというPRをふりまいていたが、それどころか、安倍首相は何も知らず、国民に何も説明できないがために無視を決め込むしかなかったのではないか。
 いずれにしても、戦争危機に、国際社会のリーダーのひとりとして自制も呼びかけられず、国民に何も説明できない総理大臣と防衛相。日本も巻き込まれる可能性が高いのに、黙るしかないとは無能の極みだが、それはマスコミも同じ。海外メディアがアメリカとイランの切迫した状態を大々的に伝えている一方、日本のテレビはカルロス・ゴーンの逃亡問題ばかり取り上げ、アメリカ・イランの問題はまるで対岸の火事のようにさらっと伝えるだけだ。
 戦争の危機に世界が震えるなか、パラレルワールドのように安穏とした正月の時間が流れるこの国。安倍政権とそれに飼い慣らされたメディアの「平和ボケ」はここに極まれり、といっていいだろう。
(編集部)


松尾貴史のちょっと違和感
説明責任 果たさにゃ開かぬ新時代
2020年1月12日:毎日新聞

 日本の憲政史上最長かつ「最低」「最悪」とみなしている政権が2020年に年が改まっても続いていることに、新年早々暗たんたる気持ちだが、その「主」は年頭の記者会見でご機嫌麗しく「人生100年時代の到来は大きなチャンスです。意欲ある皆さんは働き続けることができる、生涯現役の社会を作り上げる」などと言っていた。
 もういいかげんに引退して隠居したいと思えど、年金だけでは生活ができないので元気なフリをして現役として働き続けなければ生きていくことができない人のことなど、まるで眼中にないようだ。つまりは、年金の給付時期を遅らせて高齢者を働かせようという詐術のような物言いではないか。
 憲法の改定については、「私自身の手で成し遂げていく考えに全く揺らぎはない」と言っている。総理大臣には、憲法を順守し擁護する義務があるのに、これほど声高に変えたがっている状態自体が明らかに憲法違反である。しかし記者たちがそのことについて問いただそうとしないのが不思議だ。
 憲法は主権者たる国民のものなのに、憲法で縛られる権力者の側がそこへ手を突っ込んで変えたがること自体、何を勘違いしているのかと言いたくなる。自民党総裁ではなく、内閣総理大臣として出す年頭所感でも改憲を主張するのは憲法99条違反だ。「飼い慣らされている」メディアも増えているようだけれども、総理大臣の憲法順守・擁護義務違反をマスコミはしっかりと批判すべきではないか。
 自民党が「憲法改正の主役は、あなたです。」というポスターを作っているが、この「あなた」は、「私自身の手で成し遂げていく」と繰り返す、自分の党の総裁を指す言葉だったのか。見る人にそのところをミスリードさせようといういやらしい演出が不気味だ。
 「地球儀を大きく俯瞰(ふかん)しながら」という言い回しも好きなようで、またもや持ち出してきた。「世界を俯瞰」と普通に言えばいいものを、「地球儀」を俯瞰するのだそうだ。地球儀を俯瞰するというのはどういう状態だろう。足元に置いて見下ろすのか。1階の真ん中に置いて、2階の吹き抜けから見下ろすのか。そうすれば、何がわかるのか。まったくもって意味不明だ。
 「日本の新時代を切り開く一年に」とも言っていた。この数年間、新時代を切り裂いているとしか思えない彼の「業績」は、その後誰が日本のかじ取りをするのかはわからねど、破壊された組織やルール、モラルを修復するのはただ事ではない。本当に「新時代を切り開く」つもりがあるのなら、戦前への回帰をやめ、森友学園、加計学園、スパコン、「桜を見る会」などの不正疑惑について説明責任をまっとうに果たして、一刻も早く「総理大臣も国会議員も辞めますよ」という宣言を実行に移してくれることが、一番の近道だ。
 7日の自民党本部では、仕事始めのあいさつとして任期満了までの在任をほのめかし、「桃栗三年。おかげさまで桃や栗は収穫できた」と言ったそうだ。本当に収穫があったとしたら、自身と妻の昭恵氏やその周辺のみにもたらされた恩恵であって、多くの国民は蚊帳の外だ。おまけに、任期満了まで続ければ、総裁としては合計9年になることを「ユズは九年の花盛り、ユズまでは私の責任を持って、皆さんとともにしっかり大きな花を咲かせていきたい」と垂れたそうだ。彼が折に触れて便利に用いる「責任」という単語がまたも空疎に使われ、ユズの花に自身をたとえるというナルシスティックなあいさつだったようだ。
 「ユズ」どころか「桜」についての説明責任すら果たす気配がみじんもないのだが、一刻も早く一枚残らず散っていただきたいものだ。


「あいトリ」「主戦場」攻撃、「旭日旗」肯定…
政治家とメディアの扇動で高まる
歴史修正主義圧力、破壊される「表現の自由」
2020年1月7日:LITERA
左・河村たかし/右・杉田水脈(公式HPより)

 リテラの新年特別企画としてお届けしている「嫌韓ヘイト・歴史修正事件簿」。前編は安倍首相の“嫌韓キャンペーン”にまる乗っかりし、嫌韓ヘイトを拡散し続けたマスコミやコメンテーターの言動を検証したが、後編では、その大元にもなっている歴史修正主義が引き起こした事件を中心に振り返っておきたい。慰安婦や徴用工など日本の戦争犯罪をなかったことにして、先の戦争を肯定しようとするゆがんだ極右思想はいま、政界のみならず、マスコミ、言論界のすみずみに広がっている。さらに政治的中立であるべき公務員までが安倍政権への過剰な忖度から“ネトウヨ化”している現象も起きている。その結果、この国から「まっとうな歴史観」「表現の自由」が失われようとしているのだ。日本の民主主義がいかに危機に陥っているかを再認識してほしい。

●事件簿その6

あいトリ「表現の不自由展」で、河村たかし、松井一郎らが“慰安婦はデマ”というデマ発言! 安倍政権は補助金取り消しで事実上の芸術検閲に乗り出し
 2019年は「表現の自由」に大きくスポットが当たった年だった。その最たるものが戦中の日本軍による慰安婦問題だ。たとえば、あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」をめぐっては、脅迫やテロ予告を含む電凸(とFAX攻撃)によって一時展示中止に追い込まれた。周知のように、慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」(キム・ソギョン氏とキム・ウンソン氏による作品)が“反日バッシング”の標的となり、大浦信行氏の作品「遠近を抱えて PartⅡ」が「昭和天皇の肖像を燃やしている」などとして右派・ネトウヨの標的にされたのである。
 こうした歴史修正の電凸攻撃を扇動したのが、安倍政権に近い右派政治家たちだった。
「慰安婦問題は完全なデマなんだから。軍が関与した強制連行はなかったわけだから。それは一報を報じた朝日新聞自体が誤報と謝罪しているわけだから」「事実ではないデマの象徴の慰安婦像は行政が主催する展示会で展示するべきものではない」(松井一郎・大阪市長)
「名古屋市と愛知県は認めたのかと、国の補助金も入っているような(芸術祭で)国も韓国の主張を認めたのかと。やっぱり従軍慰安婦ってあったのかと、そういうふうに見られるじゃないかと」(河村たかし・名古屋市長)
 言っておくが、「慰安婦はデマ」「慰安婦はなかった」という発言こそ、はっきりとしたデマである。そもそも、2014年に朝日新聞が訂正・謝罪したのは「慰安婦狩り」を創作した吉田清治証言にかんするもののみ。戦中の日本軍がアジア各地に慰安所をつくり、女性たちを「慰安婦」にして、兵士の性暴力の相手にしたのは事実であり、そのことは当時の公文書や史料、証言からも証明されている。
 だが、安倍政権はこうしたトンデモ歴史修正主義に同調し、あいちトリエンナーレに対してすでに採択されていた約7800万円の補助金を全額取り止めるという、異例の決定を下した。「補助金」をタテに、政権の立場と異なる事実の摘示や表現を狙い撃ちにしたわけだ。
 当然、表現者を中心に、補助金取り消しに対して大きな批判の声が上がったが、その一方で、安倍応援団や極右文化人たちは「ヘイト」の意味を取り違えた無茶苦茶な“表現の不自由展バッシング”をまくし立てた。
〈津田大介氏は、昭和天皇の写真を焼く動画について、芸術性があるというが、ではヘイト性は無いのか?〉(竹田恒泰)
〈そんなことが「表現の自由」として認められるなら、アート作品と銘打って、人種差別や民族ヘイトなど、なんでも可能になります〉(百田尚樹)
 さんざん韓国・北朝鮮や在日コリアンへのヘイトを垂れ流してきた輩たちが、何をほざいているのかと呆れるが、そもそも「ヘイトスピーチ」というのは、人種、性別、民族、性的指向などの属性を一括りにして「犯罪を犯す」だの「病気」だのとレッテル貼りをし、差別を扇動する言説だ。単なる罵倒や暴言のことではないし、国の権力や権威の象徴の写真を焼くというのは政治的表現であって「ヘイト」でもなんでもない。当然、慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」の展示も「ヘイト」には当たらない。しかも連中は、自分たちのヘイト言説が批判されると「表現の自由の弾圧だ!」などと喚き立てる。ようするに、グロテスクな差別を正当化する時にだけ「表現の自由」が出てきて、逆に権力や権威への批判を「ヘイト」にすり替えて攻撃するのだ。
 この「日本の権力(安倍政権)への批判=韓国の反日=日本人へのヘイトスピーチ」なる倒錯的なロジックは極右やネトウヨ界隈で定番になっているが、それは“嫌韓差別の正当化と増幅”をはかるためのものだ。そして、この構図にお墨付きを与えヘイトを加速させているのが、「慰安婦問題はなかった」などの歴史修正主義に他ならないのである。

●事件簿その7

慰安婦問題検証映画『主戦場』が炙り出した極右論客らの“歴史修正主義=差別”の実態 杉田水脈、櫻井よしこ、ケント・ギルバート、テキサス親父…
 その一例として、映画『主戦場』をあげよう。2019年4月に封切りされ話題になった同作は、日系アメリカ人のミキ・デザキ監督が、戦中日本軍による慰安婦問題をめぐる“否定派”と“リベラル派”双方の主張を対比させ、一次資料を分析しつつ検証するドキュメンタリーだ。“否定派”からは自民党・杉田水脈衆院議員やケント・ギルバート氏、藤岡信勝氏、テキサス親父ことトニー・マラーノ氏、テキサス親父日本事務局の藤木俊一氏、櫻井よしこ氏などといった極右ネトウヨ論客が勢揃いし、むき出しの歴史修正や差別主義を披露している。
「フェミニズムを始めたのはブサイクな人たちなんですよ。ようするに誰にも相手されないような女性。心も汚い、見た目も汚い。こういう人たちなんですよ」(藤木俊一)
「日本が特殊なんだと思います。日本人は子どものころから嘘をついちゃいけませんよと(教えられてきた)」「嘘は当たり前っていう社会と、嘘はダメなのでほとんど嘘がない社会とのギャップだというふうに私は思っています」(杉田水脈)
 いかに歴史修正主義と差別主義が結びついているかがよくわかるというものだが、映画が公開されると、カメラの前で嬉々として持論をぶっていた“否定派”出演者たちが「リビジョニストと呼ばれて名誉を侵害された」などと訳のわからないことを喚き始め、監督と配給会社を提訴するというトンデモ事態に発展した。
 そして、この『主戦場』をめぐっても、予定されていた川崎市の市民映画祭「しんゆり映画祭」での上映が一度中止にされる(その後、映画関係者らからの抗議を経て上映された)など、まるで「表現の不自由展・その後」を彷彿とさせるような状況になったのである。騒動をめぐる背景には、共催の川崎市が主催者側へ「訴訟になっているようなものを上映するのはどうなのか」との「懸念」を伝えたことがわかっており、映画祭代表も本サイトの取材に「そうなったら(市からの共催取り消しや補助金減額が)あると思うよね、普通は」などと忖度したことを認めている。また、映画祭事務局は「(右派からの電凸など)安全対策を講じきれない」ことを「上映中止」の理由の一つとしてあげていた。
 結果として、映画人の働きかけや市民ボランティアの協力で『主戦場』は映画祭最終日に上映されたが、この騒動からわかることは「慰安婦はなかった」などと主張する歴史修正主義者と、それに同調する者たちの攻撃が、想像以上に市民を萎縮させているということだ。慰安婦問題を扱ったドキュメンタリーひとつとっても、こうした異常な状況に追いやられているのである。訪日する韓国人や生活している在日コリアンの人たちが受けているプレッシャーは相当のものだろう。まさしく、歴史修正主義は差別問題と地続きなのである。
 実際、人権意識の進んでいる欧州では、歴史修正主義がヘイトスピーチと同格で法的に禁じられているケースもある。たとえば戦後ドイツは「民衆扇動罪」を設け、ヘイトスピーチはもちろん、ホロコーストの事実否定やハーケンクロイツの掲揚などナチ礼賛行為をも刑事罰の対象にした。欧州にはナチスによるユダヤ人虐殺などを否認するリビジョニズムが、ヘイトスピーチやヘイトクライムに繋がるという認識がある。一方で、日本では安倍政権=政治側が歴史修正主義を牽引しているのが現状だ。

●事件簿その8

組織委と安倍政権が東京五輪への「旭日旗」持ち込み可の方針! 大日本帝国・軍国主義と安倍歴史修正主義の象徴を世界に晒す愚行
 旭日旗をめぐる問題も同様だろう。ネトウヨたちは「旭日旗が侵略戦争の象徴だというのは韓国の言いがかり」と吠えまくっているが、歴史事実として、旭日旗は戦中の陸軍・海軍で「天皇を中心とした軍国主義の象徴」として扱われた。とりわけ陸軍では軍旗(旭日旗)は「天皇の分身」であり、敗北・玉砕の際は連隊長が腹を切って軍旗を儀式で奉焼したり、爆薬によって旗手が軍旗もろとも自爆する処置までとられた。いわば、旭日旗は戦中のカルティックな帝国主義そのものであり、植民地支配されたアジアの国々が反発するのは当たり前の話なのである。
 ところが、安倍政権はこの旭日旗をめぐっても“容認”する姿勢を見せている。東京五輪をめぐっても、2019年9月、橋本聖子五輪担当相が会見で、韓国が五輪会場への旭日旗の持ち込み禁止を求めていることについて「旭日旗が政治的な宣伝になるかということに関しては、決してそういうものではないと認識している」と語った。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会も「旭日旗は日本で広く使用されるため、それを防ぐ理由がない」「旭日旗自体には、どのような政治的意味も含まれていない。そのため禁止品目とは見なさない」として、旭日旗の持ち込みを認める方針を示した。
 しかも、マスコミの論調も多くが“黙認”に傾いている。たとえばテレビでは『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日)で小松靖アナが、「韓国政府が旭日旗をナチスドイツのハーケンクロイツ(鉤十字)になぞらえた」ことについて「ハーケンクロイツとは全然違う」と言って、「専門家の話」として極右活動家の水間政憲氏による説明をパネルで紹介。ドイツ軍が使う鉄十字の紋章を引き合いに「こっち(鉤十字)を持ち出してきて旭日旗と同じだと言うのはちょっと筋が違うんじゃないですか」などと説明した。実はこの話はネトウヨ定番の屁理屈なのだが、だいたい「旭日旗はドイツの鉄十字と同じ」と揚げ足を取ったところでなんだというのか。
 オリンピック憲章では「オリンピック開催場所、会場、他のオリンピック・エリアにおいては、いかなる種類の示威行動または、政治的、宗教的、人種的な宣伝活動も認められない」と定められている。読んで字のごとく、ハーケンクロイツもドイツ軍の鉄十字もNGだ。当然、旭日旗もご法度である。
 繰り返すが、「旭日旗自体には政治性がない」というのは完全なフェイクだ。歴史的にもミリタリズムそのものであることは前述のとおりだが、事実、外国人排斥や虐殺すら扇動するヘイトデモでもこの旗はこれ見よがしに振られている。それこそ、旭日旗が紛れもなく極右思想や差別の文脈で用いられていることの証明だろう。
 にもかかわらず、安倍政権は東京五輪の会場に旭日旗をはためかせようとしている。これでは「日本は差別を推進する国です」と世界中に喧伝しているのと同じだ。

●事件簿その9

公務員のネトウヨ化が次々明らかに! 韓国空港で「韓国人は嫌いだ」とヘイトを叫んだ厚労官僚、ヘイトスピーチを連発した年金事務所所長と少年院教官
 大げさに言っているのではない。実際、安倍政権下では官僚や公務員までもが安倍首相にならったかのように“ネトウヨ化”している。たとえば2019年3月には、厚生労働省の賃金課長が韓国・金浦空港で暴行をはたらき、その上「韓国人が嫌いだ!」と騒いで地元警察に身柄を一時拘束されていたことが発覚。この人物は「女性活躍」や「働き方改革」など安倍政権の政策のアピール役となってきたキャリア官僚だった。しかも、驚愕することにこの官僚は、事件を起こした同日、自身のFacebookに〈なぜか警察に拘束されてます。殴られてけがをしました。手錠をかけられ5人に抱えられ。変な国です〉と書いていた。反省するどころか、「変な国」などと逆ギレヘイト投稿までしているのだ。
 同じく3月に、Twitterで韓国人などに関してヘイトスピーチを連発していたネトウヨが、日本年金機構世田谷年金事務所の所長を務める男性だったことが判明したというケースもあった。男性所長は本名でTwitterを利用していたわけでなく、これまで素性を隠して〈在日一掃、新規入国拒否でリセットしましょう〉〈反日教育を受けているんだから、そもそも(日本へ)くる必要ない〉〈もともと属国根性のない卑怯な食糞民族〉などとヘイト投稿を行なっていた。
 また同月には、少年院の男性法務教官による“ヘイト洗脳”問題が国会で取り上げられた。この男性教官は以前から〈中朝のキチガイ〉〈在日を送還しろ!〉などとヘイトスピーチをTwitter上で繰り返していたことがネット上で指摘されていた。なお、男性教官は2019年1月27日には、百田尚樹の『日本国紀』(幻冬舎)の制作に携わった有本香に、Twitterで〈私は法務教官をしておりますが、自分の担当する寮でも宣伝しまくっています。(中略)少年院に入るような少年はあまり勉強していない分、変に染まってないので洗脳…じゃなくて教育しやすいです(^-^)/〉などともコメントしていた。
 これらは表沙汰になったケースであり、氷山の一角とみるべきだろう。安倍政権下での官僚や公務員のネトウヨ化は、想像よりもずっと深刻かもしれない。これは閣僚人事にも言えることだが、“安倍一強”のなかネトウヨ思想をもつ者のほうが引き立てられるからだろう。

●事件簿その10

安倍首相もFBで拡散した差別サイト「保守速報」の運営者を公表する画期的動き! 一方、三浦瑠麗は「保守速報を禁じるならリテラも禁じるべき」
 暗澹たる気持ちにさせられるが、そんななか年末、ネット上のヘイト問題をめぐって大きな動きがあった。大阪市が市のヘイトスピーチ防止条例に基づいて、在日コリアンへの差別を扇動してきた悪質サイト「保守速報」の運営者(栗田香氏)と、元在特会副会長で団体「朝鮮人のいない日本を目指す会」代表(川東大了氏)の氏名を公開したのだ。元在特会の川東氏については、以前からネトウヨ界隈で名の知れたヘイターだったが、もうひとつ注目すべきは「保守速報」の運営者情報が公表されたことだろう。
 念のため説明しておくが、「保守速報」は匿名掲示板「5ちゃんねる」(旧2ちゃんねる)の嫌韓や人種差別、政治ネタのスレッドなどを編集した「まとめサイト」で、これまで数えきれないほどのヘイトスピーチやヘイトデマを拡散してきた。サイト内にもコメント欄を設け、そこにもヘイトスピーチが多数書き込まれるなど、「単に2ちゃんコメントをまとめただけ」というレベルではなく、明らかに意図的かつ悪質なサイトだ。2017年には「保守速報」が抽出したネット上の差別的書き込みによって名誉を傷つけられたとして、在日コリアンのフリーライター・李信恵氏が損害賠償を求めて提訴。裁判所は「保守速報」の内容を「差別」に認定し、2018年12月には最高裁が「保守速報」に200万円の支払いを命じる判決を確定させたが、運営者情報はこれまで表沙汰になっていなかった。
 その意味では、ネットの差別投稿を利用して広告収入等を得る悪質まとめサイトの運営者が今回、条例に基づいて氏名が明かされたというのは「画期的」と評価していいだろう。ヘイトを拡散してきたことに対する社会的制裁もそうだが、「ヘイトは処罰される」という事実をあらためて示したことで、匿名で差別投稿を繰り返す有象無象のネトウヨたちに対しても一定の抑止力になることを期待したい。
 そんな「保守速報」だが、数年前、安倍首相がFacebookでそのまとめ記事を“シェア”していたことを覚えているだろうか。2014年11月、解散に疑義を呈したサイトを立ち上げたのが小学4年生でなく大学生のなりすましだった騒動で、安倍首相自らがまるで鬼のクビをとったようにこれを取り上げたのだが、その際に「保守速報」をシェアしたうえ、「選挙目当ての印象操作ではないでしょうが」などという解説を加えて、「民主党の陰謀」なるデマをそのまま垂れ流したのである。さすがに、この「保守速報」シェア事件については方々から批判が殺到し、あわててFacebookからシェア部分を削除したが、これはネットリテラシーの問題ではなく、安倍首相の本質が完全に「総理大臣になったネトウヨ」であるかを表していた。
 なお、ネトウヨから「左の保守速報」なるレッテル貼りをされている本サイトだが、差別や人権侵害を徹底して批判しているのはもちろん、記事の引用元や運営者情報もきちんと明らかにしている。開設してから5年が経つが、名誉毀損で訴訟を起こされたことすら一度もない。差別を扇動するまとめサイトと同じにされるのはまったくの心外であり、それこそ名誉毀損で訴えてやろうかと思うくらいだが、まあ、ネトウヨたちの戯言だからと相手にしてこなかった。
 しかし、あろうことか、あの自称国際政治学者・三浦瑠麗が昨年、『AbemaPrime』(2019年11月11日)で本サイトを名指しし、「『保守速報』禁じるんだったら『リテラ』も禁ずるべきですよね」と発言したことについては、本当に怒りを禁じ得ない(過去記事参照https://lite-ra.com/2019/11/post-5114.html)。しかも三浦は番組のなかで、文筆家の古谷経衡氏から「保守速報は賠償命令が出てて、リテラには賠償命令が出てないですよね。出てました?」と追及されると、恥ずかしげもなく「保守速報とか、まあリテラとかっていうのはほとんど読まないので」と逃走してしまった。ネトウヨのカキコミを鵜呑みにしたのかシラを切ったのかは知らないが「いいかげんにしろ」と言っておきたい。
 いずれにしても、本サイトはこれからも差別の問題や、ネット上のヘイトデマの問題、ヘイトと地続きにある歴史修正主義の問題、そして、その震源地である安倍政権の極右排外思想を追及していくつもりだ。「どうあがいても人間社会から差別はなくならない」などと賢しげな顔でのたまう人たちもいるが、実のところ、それは「差別の容認」でしかないのである。徹底的に向き合わなければ、何ひとつ変わっていかないのだ。
(編集部)


「戦争に加担するな」「改憲を止める」
 新宿で安倍首相退陣求めるデモ
2020年1月12日:毎日新聞

自衛隊の中東派遣など安倍政権の政策に抗議し、新宿の街をデモ行進する参加者
=JR新宿駅前で2020年1月12日午後2時7分、後藤由耶撮影

 自衛隊の中東派遣や「桜を見る会」の疑惑、公文書改ざんなど数々の問題に抗議し、安倍晋三首相の退陣を求めるデモ行進「OccupyShinjuku(新宿占拠)0112」が12日、東京・新宿であり、主催者発表で約3000人が集まった。参加者は「戦争に加担するな」「改憲を止める」など思い思いのプラカードを手に「安倍は辞めろ」などと声を上げた。

自衛隊の中東派遣など安倍政権の政策に抗議し、新宿の街をデモ行進する参加者
=JR新宿駅前で2020年1月12日午後2時8分、後藤由耶撮影

 家族と参加した神奈川県の会社員男性(45)は「積極的に戦争にならないように行動すべき時なのに、日本が自衛隊を派兵することには反対。市民として声を上げることが必要だと思う」と参加の理由を語った。服飾デザイナーの男性(63)は桜を見る会について「われわれの税金を、一部の人間の利権や利益供与に使うのは納税者として黙っていられない」と語気を強めた。
 主催者の会社員、日下部将之さん(45)は「昨年末からだけでも桜を見る会、IRの問題、自衛隊の中東派遣と、次々に問題が起きており、想定した以上の参加者が集まった」と話した。【後藤由耶】



年のはじめに考える 天皇制と男女平等は
2020年1月8日:東京新聞

 「女性天皇は認めるべきだ」
 「確かに推古天皇から八人で十代の例があるが、男系が皇位に就くまでの暫定的な存在だった」
 「政治的野心を持った者が女性天皇の婿(むこ)になったら、困ることになるではないか」
 こんな議論があったのは何と一八八二(明治十五)年。当時の有力紙・東京横浜毎日新聞に載りました。九回連載のテーマは、ずばり「女帝を立(たつ)るの可否」。
 一流の論客たちが侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り広げました。中には「立憲主義国では平凡な君主で構わないから女性でも務まろう」などと、現在なら女性蔑視と眉をひそめる意見も載っています。
西欧は女王の歴史が
 憲法学者・故奥平康弘氏の「『萬世一系』の研究」(岩波書店)に記された興味深いエピソードです。こんな議論が起きたのも、明治国家が憲法を定めつつある時期で、模範にする西欧では女帝が存在したからです。
 英国ではビクトリア女王が在位中。歴史的にも十六世紀に有名なエリザベス一世がいたし、十八世紀にはオーストリアのマリア・テレジア、ロシアのエカテリーナ二世ら女帝が君臨しました。
 でも、一八八九年に公布された大日本帝国憲法の第二条には「皇位ハ(中略)皇男子孫之ヲ継承ス」と定められました。男系・男子主義です。どんな経緯だったのでしょうか。
 早くは元老院の「日本国憲按(あん)」という文書の一次案に、女性天皇を容認する記述があります。皇位継承の順位として「同族ニ於(おい)テハ男ハ女ニ先(さきだ)チ」などと。でも、二次案では女帝容認案は消えてしまいました。明治憲法制定にあたり、伊藤博文の右腕になった井上毅が西欧を軽率に模倣する愚を説いたのです。
 論の中核が、もし女性天皇が子どもを産めば、その子は父親の姓を名乗ることになる-という当時の家父長制の論理でした。男系が崩れ、女系天皇になるわけです。
「法の下の平等」では
 ただ女帝を封じれば困った事態も予想されます。男系・男子だけだと天皇を継ぐ者がいなくなりはしないか? でも井上には「正妻の子でない天皇」が念頭にあったようです。当時は慣習として天皇にも側室がいたのです。
 実は明治天皇も正妻の子ではありません。遡(さかのぼ)れば江戸時代の桜町天皇から、桃園、後桜町、後桃園、光格、仁孝、孝明、明治と側室の子が続きます。大正天皇も、です。これらの事柄も奥平氏の前掲書に記されています。
 こうして引き継がれてきた天皇制は、昭和の敗戦で新局面を迎えます。新憲法は第一四条の「法の下の平等」で性別により差別されないことを定めたからです。
 男女平等ですから、日本国憲法の第二条は「皇位は、世襲」とのみ記し、明治憲法にあった「皇男子孫」の文字が消えました。しかし、一般の法となった新皇室典範は男系・男子主義のまま残ってしまいました。
 もっとも典範改正にあたり、一九四六年に当時の宮内省は「皇統を男系に限ることは憲法違反となるか」という文書を臨時法制調査会に出しています。宮内省の立場としては、むろん「否」なのですが、当時の空気には意外なほど女帝肯定論がありました。
 同調査会でも、東京帝大教授の宮沢俊義氏や杉村章三郎氏らは肯定論の立場でした。帝国議会でも「男女平等」の原則から女性天皇論が説かれたりしています。ただ、現実には多数派は男系・男子主義で、新皇室典範ができたのですが…。
 さて、大嘗(だいじょう)祭を終えた今、皇位継承の在り方は政府の宿題になっています。女性・女系天皇、また女性宮家の創設のテーマです。皇位継承者は秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまに限られてしまったためです。もはや側室制度はありえません。
 だから男系・男子主義者は旧皇族の復活などを主張します。でも、象徴天皇制は国民の意識変化も考える必要があるでしょう。共同通信の世論調査では女性天皇に賛成が82%、女系天皇の賛成が70%。国民の多くは「容認」です。
 昭和天皇の弟である故・三笠宮崇仁さまはかつて皇族の結婚について嘆きを記しています。
人権と民主主義でも
 <種馬か種牛を交配する様に本人同士の情愛には全く無関心で(中略)人を無理に押しつけたものである。之(これ)が為(ため)どんなに若い純情な皇族が人知れず血の涙を流し(中略)たことであらうか>
 天皇家は人権が及びにくい「身分制の飛び地」と学問的にいわれています。ですが、婚姻の自由はあってしかるべきです。
 「個人の尊重」の点からも。むろん平等の点からも…。女性・女系天皇論を扱ううえでは、今や人権と民主主義という憲法の根幹にある思想が必要と考えます。

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