市民的不服従は自由・人権の基礎

東京新聞が1月1日から「民衆の叫び 世界を覆うデモ」という企画を連載した。
世界が分断され、権力支配が強まる中、世界各地で“異議申し立て”の行動が行われている。
国際人権の基本的権利として、市民の意見表明権や市民的不服従の権利があるのだが、この日本は、「自由と民主主義」の看板のもとで、その権利が行使されることは多くない。そのためか、日本の権利保障レベルは総体的に高くはない。昔、授業で「異議申し立て行動は重要な権利だ、デモの経験は市民的権利を自覚する良い機会だ」と言ったことがある。気分は「デモもしないで、生意気言うな」というところだ。今ではネットのダークサイドに隠れて、卑怯な異議申し立てが蔓延し、真っ当な意見表明や表現の自由が狭められている。日本社会は既に全体主義の入り口に足を踏み入れているのだが、多くの人びとはそのことの自覚が足りない。「気が付いたら…」という過去にもあった思いをしたくはないものだ。


<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(1)香港 自由のため10代立つ
2020年1月1日:東京新聞

昨年11月、「香港の自由がなくなってしまうと考えると無力感にさいなまれる」と話す何峻銘さん

 昨年起きたデモのうち七つの事例を取り上げ、その理由や背景を探ることで、今の世界が抱える問題を浮き彫りにする。
      ◇
 抗議活動で揺れる香港で昨年十一月末、中高生と年配者の交流を目的とした集会が開かれた。三千五百人(主催者発表)の参加者を前に、高校三年の男子生徒、何峻銘(かしゅんめい)さん(18)がデモに参加する若者の心情を代弁した。
 「二〇四七年になったら香港の『一国二制度』は消滅し、自由はなくなっているかもしれない。それを考えると、どうしようもない無力感にさいなまれる」

昨年12月、集会で「全市民が共産党に逆らう。全体主義に反対」と書かれたプラカードを掲げる若者

 昨年六月に本格化したデモは、当初目的の逃亡犯条例が撤回されたにもかかわらず、収拾のメドが立たない。長期化する抗議活動を主導するのは、何さんのような若者だ。
 何さんには自分が働き盛りになった時の香港の姿が想像できない。中国政府が香港の高度な自治を保障した「一国二制度」は、四七年に五十年間の保障期間が終われば「中国の一直轄地になってしまうかも」と頭によぎる。「数カ月ずっと苦痛に悩まされてきた。その苦痛を打ち破ろうと若者は闘っている」
 若者も当初はここまで思い詰めていなかった。高校三年の男子生徒、白さん(18)が「最初は催涙弾を食らったらかっこいいかなという程度。逃亡犯条例が何かも知らず、人ごとだった」と振り返るように、付和雷同の参加者もかなり見受けられた。
 しかし、過激な行動を起こす一部の若者に、中国の官製メディアは「暴徒」「香港独立派」とレッテルを貼った。デモ隊の要求に耳を貸さない香港政府、催涙弾のみならず実弾使用もためらわなくなった警察への怒りも加わり、批判の矛先は背後に控える中国共産党政権に向いていった。
 「全市民が(中国)共産党に逆らう」というプラカードが目立った十二月下旬の集会。高校一年の男子生徒、戴さん(15)は「中国を愛していないわけではないが、今の中国は愛したい中国ではない」と話す。「独立を求める香港人はほとんどいないのに、中国はデモ参加者を『独立派』と決めつける。そんな国を愛せますか」

政府庁舎前で昨年6月、鉄柵を立ててデモ隊の警戒に当たる警官たち

 高校二年の男子生徒、リッチーさん(17)も「共産党が支配する香港に住むくらいなら海外移住した方がましだ」と語り、一九八九年の天安門事件後の香港をほうふつとさせる。
 商店や地下鉄駅の破壊などの過激行為で知られる「勇武派」のデモでは、「攪炒(ラムチャウ)」という言葉すら飛び交う。「死なばもろとも」に当たる広東語で、「自由がなくなってしまうなら、すべてを道連れにしてやる」という思いが込められている。勇武派で高校二年の男子生徒、ケンさん(16)は「(親中派を指す)『赤い資本』の店や良心のない人に打撃を与えるのが目的だ」と悪びれず語る。
 昨年十一月の区議選では民主派が八割超の議席を押さえて圧勝、民主化を求める民意を示した。それでも香港政府や中国政府に譲歩する様子はなく、高校三年の女子生徒、ヨアンナさん(17)は「デモ隊の要求の実現性? 実は悲観的だ」と明かす。
 デモの先行きには悲壮感すら漂うが、高校一年の女子生徒、エミーさん(15)は「私たちの世代はこの運動をやる責任がある。次世代に持ち越してはいけない」と引き下がらない。
 冒頭の何さんも黙って紙にこう書いた。「今天不抗争、明天何来有未来?(きょう闘わないで、明日に未来はあるのか)」 (香港で、浅井正智、写真も)






<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(2)米国 平等 社会主義に夢
2020年1月3日:東京新聞

社会主義団体の地元リーダーとしてデモの先頭で気勢を上げるマイケル・エシールカさん(手前)

 米南部ルイジアナ州の最大都市ニューオーリンズ。昨年十二月の夕暮れ時、市役所の広場に建設作業員ら二十代、三十代を中心に百数十人が集まった。近くで建設中の高層ホテルが崩壊し、作業員三人が死亡した事故を「資本主義の犯罪」と糾弾、市当局や市議会に対策を訴えるデモだ。
 「私たち一人一人のために団結しよう」。若い女性がメガホン代わりに両手を口に当て、先頭で声を上げた。主催した社会主義団体「米国の民主的社会主義者」(DSA)の地元支部代表マイケル・エシールカさん(26)だ。同様のデモは全米各地で相次いでいる。

建設中のホテルが一部崩壊し、作業員3人が死亡した現場=いずれも昨年12月

 トランプ大統領は、政情不安が深刻な南米のベネズエラなどを引き合いに「米国は決して社会主義国にはならない」と警戒感をあおる。ただ、旧ソ連と対峙(たいじ)した冷戦を終えた後に生まれた世代を中心に「社会主義」への抵抗は薄れている。
 米ハミルトン大のモーリス・アイサーマン教授(米国史)は「旧ソ連や冷戦を知らない世代に社会主義は悪霊ではない」と話す。むしろ米国資本主義のひずみを是正する「平等」「公正」の代名詞のようにすら語られる。
 米調査会社ギャラップの世論調査(二〇一八年)によると、十八~二十九歳で社会主義を肯定的に見る割合は51%に上り、資本主義の45%を上回る。六十五歳以上では60%が資本主義、28%が社会主義というのとは対照的だ。DSAの会員数も五万六千人と、トランプ氏が大統領に就任した三年前の四・五倍に増えた。
 米調査機関ピュー・リサーチ・センターの調べでは、世帯主(二十五~三十七歳)の学歴で世帯収入を比べると、大卒以上と高卒の格差は一八年に二・一三倍に上り、半世紀前の一・四四倍から拡大。一方で大学の授業料は高騰し、米連邦準備制度理事会によると学費ローンの債務は一九年に一兆五千億ドル(百六十兆円)と十年前の二倍超に。進学せねば高収入を見込めず、進学すれば借金苦にあえぐという八方ふさがりの構図が色濃くなっている。
 エシールカさんもその一人。幼いころに両親が離婚、母子家庭で育ち「ずっと貧しかった」。低所得者向けの食料費補助を受け、高校卒業後は大学進学をあきらめ、親元を離れてワインバーやレストランの店員として働いた。二十キロ以上の食器や食べ物を抱えて階段を上り下りし、休憩時間もなく、客の食べ残しで空腹をしのぐ。それでも収入の半分は家賃に消えた。
 国民皆保険の実現や労働者の権利を主張するDSAを知ったのは、そんな時だ。「利益の追求が労働者の幸せより優先され、底辺の人が搾取される腐った経済の仕組み」に気づいたという。「飲食店員から抜け出すため」大卒の肩書を得ようと、今は働きながら公立大学に通うエシールカさんは「社会主義を知り、道筋が見えた。今は力強い気持ちです」と語る。
 若い世代に経済的な格差や苦境が広がるなか、アイサーマン教授は「資本主義に疑問を持てば、その代わりを探すのは当然」と語った。
 (ニューオーリンズで、赤川肇、写真も)





<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(3)レバノン 結婚 革命に望み
2020年1月4日:東京新聞

昨年12月、ベイルート中心部であった反政府デモ。
紅白地にレバノンスギが描かれた国旗がはためき、「レバノンは一つ」と掛け声が上がった


 「サウラ(革命)、サウラ」。昨年十二月中旬、レバノンの首都ベイルートの国会に近い通りを、熱気にあふれた若者が埋めた。「レバノンは一つだ」と国旗が揺れる。十八の宗教・宗派が混在し、それに連なる政治勢力が権力を握るモザイク国家。経済政策への反発で始まったデモは、国民を分断する宗派主義の解体を求めるうねりになった。
 デモ隊の中にいた一組のカップル。広告業ハムラオンさん(33)と服飾デザイナーのマリアンヌさん(32)は、知り合って十一年。二人は同居し、生涯を誓い合う。「でも、結婚できるかどうかは、革命次第かもしれない」。冗談めかしたものの、その悩みは現実的だ。
 レバノンでは、冠婚葬祭は各宗教・宗派の戒律に基づいて執り行われ、ハムラオンさんはイスラム教シーア派で、マリアンヌさんはキリスト教マロン派。日本のように結婚を行政機関に届ける「民事婚」の制度はなく、宗教を超えた結婚には困難が伴う。
 ハムラオンさんの場合、イスラム法では男性が他宗教の女性との婚姻は認められるが、「彼女の信仰を尊重している。聖職者の前に彼女を連れていくのは嫌だ」と言い切る。マリアンヌさんも「母に交際を告げると、初日はショックで言葉にならず、二日目に怒りまくった。今は認めてくれたけど、友人や親類はムスリムを愛する私を笑うのです」と嘆く。

ベイルートで反政府デモに参加するハムラオンさんとマリアンヌさん(右)

 そのため二人のような他宗教のカップルは、キプロスなどの海外で結婚式を挙げる抜け道を選ぶ。同地のレバノン大使館に婚姻届を提出すれば本国で登録される。こうした「民事婚」の問題をはじめ、宗派主義が社会の隅々に根付いている。
 国会議席数はイスラム教とキリスト教が半々に分け、政府や軍の主要ポスト、公務員採用まで分散する政治システム。宗教対立で一九九〇年まで続いた内戦を終結させて生まれた均衡を重んじる知恵だが、三十年間を経て派閥が利権集団化。縁故主義と汚職のまん延を招いた。結婚の場合でさえ、宗教指導者が行う儀式に三千ドル(三十二万円)前後の多額のカネが必要だ。
 その結果生まれた格差社会。上位1%の富裕層が、全労働者の所得の四分の一を占める。ハムラオンさんは「宗派を支配する権力者だけがケーキを取り分ける。世俗的な法治国家に変えるべきだ」と訴える。
 宗派主義への反発は、昨年十月からイラクで続く反政府デモでも共通する。イスラム教シーア派の主要政党でつくる政府に対し、デモ参加者の大半もシーア派出身だ。彼らも特定の政治勢力の介入を排し、国旗を掲げる。デモ隊の非難は、宗派の結束を利用して影響力を広げるシーア派大国イランに向かう。
 独裁的な支配者を民衆が倒した二〇一一年の民主化運動「アラブの春」から間もなく十年。研究機関「カーネギー中東センター」(レバノン)のサアド・メヒオ氏は現在のデモを「第二幕」とした上で指摘する。「人びとは宗派などの出自に左右されない、自己決定権のある国家アイデンティティーを探している」
 (ベイルートで、奥田哲平、写真も)



<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(4)インドネシア 人権よりも経済か
2020年1月5日:東京新聞

インドネシアのジャワ島中部ジョクジャカルタで昨年9月30日、
改正KPK法に反対する市民のデモ=参加者提供

 インドネシアのジャワ島中部の古都で、多くの大学がある教育都市ジョクジャカルタ。昨年九月三十日、周囲に大学が集まるガジャヤン通りを数万人が埋め尽くした。
 「君の人生は汚職まみれの人間に支配される。戦え!」。特別捜査機関「汚職撲滅委員会」(KPK)の活動を制約する法改正に反対し、プラカードを掲げる学生や労働者ら。やがて二十年以上前に民主活動家が作曲し、インドネシア語で「解放」を意味する「ペンベバサン」の合唱が始まった。


 ガジャヤン通りでのデモは特別な意味を宿す。一九九八年、三十年にわたるスハルト政権(当時)の独裁と身内優遇の腐敗に怒るデモが全国でわき起こり、治安部隊と衝突する中、学生が死亡した場所だ。「ペンベバサン」はこの時にも歌われた。今回のデモはそれ以来の規模だという。
 KPKはスハルト時代の反省から二〇〇二年に設立された。ユドヨノ前大統領の親族を摘発するなど、大型の汚職事件を手掛け、国民の信頼も厚い。
 だが、国会は昨年九月、改正KPK法を二週間の審議で成立させた。改正法で新設される「監督評議会」は、KPKが通信傍受や家宅捜索、押収を行う際に許可する権限を持ち、そのメンバーは大統領が選ぶ。初めて捜査期間として二年の期限も設けられた。連立与党「開発統一党」幹部のアルスール・サニー氏は「KPKには捜査への説明責任がある」とガバナンスの重要性を主張する。
 だが、ガジャマダ大のリマワン・プラディピヨ上級講師(犯罪の経済学)は「KPKは厳しい内部統制が機能し、社会の汚職体質の改善に貢献してきた」と疑問を呈する。
 デモを組織した大学生シャダン・フセインさん(24)は「改正法はKPKの独立性を弱め、得をするのは政治家だ」と力を込める。
 庶民出身の親しみやすさと清廉さを売りに一四年に初当選したジョコ大統領は、地方の市長や知事時代は汚職対策に積極的に取り組んだ。ただ、昨年四月の選挙で再選を果たしながら、KPKを巡る議論への態度は不明確で、法改正中止の政令発出を期待した市民を失望させている。
 また国会に提出された刑法改正案には、大統領への不敬の禁止が盛り込まれており、ジョコ氏への不信感を増大させている。さらに大統領選で争った当時の野党の党首を国防相に任命し、連立与党の勢力を国会議席の七割超に拡大させるなど、二期目のジョコ政権は強権化の傾向とチェック機能の低下がうかがえる。
 昨年九月以降、デモ隊と治安部隊の衝突で、全国で学生五人が死亡した。フセインさんは「とても危険だ。現政権下で人権は後退している」と顔を曇らせる。
 インフラ整備を最重要政策とするジョコ氏の姿勢は、「開発独裁」の典型例とされたスハルト氏にかぶる。研究機関「インドネシア科学院」のフィルマン・ヌール氏は「『とにかく経済』という点では似ている」と警鐘を鳴らす。
 (ジョクジャカルタで、北川成史)

<スハルト元大統領> 陸軍戦略予備軍司令官だった1965年、左派系将校の反乱を鎮圧。共産党勢力を弾圧し、実権を握った。初代大統領スカルノを失脚させ、68年、第2代大統領に就任。独裁体制のもと、先進国の援助や投資を活用して経済開発を進めた。親族への利権集中や言論弾圧に批判が高まった上、97年に始まったアジア経済危機で市民生活が混乱。98年に全国でデモが発生して辞任に追い込まれた。2008年に病死。


<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(5)チリ 南米の優等生、爆発
2020年1月6日:東京新聞

仲間と野宿しながらデモを続けるロドルフォ・リベロスさん(左から2人目)

 ハンマーで歩道を壊し、そのコンクリート片を運んで装甲車に向け投げる。警官隊が催涙弾や放水砲で応戦すると、若者らの群衆は一目散に逃げ出した-。昨年十二月の南米チリの首都サンティアゴは、反政府デモによる落書きや破壊の爪痕が残っていた。
 地下鉄料金の値上げをきっかけにその二カ月前から激化したデモは、全国に飛び火して一部が暴徒化。ピニェラ大統領が値上げを撤回してもデモは収束せず、首都で開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議と国連気候変動枠組み条約第二十五回締約国会議(COP25)は中止に追い込まれた。
 大学院生ニコラス・ゴメスさん(32)は「チリには金持ちと貧乏人しかいない。不公平だ」とデモを続ける理由を語る。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)もデモの根本原因を「社会的、経済的不平等」とみる。
 チリは先進国でつくる経済協力開発機構(OECD、三十六カ国)の南米唯一の加盟国。故ピノチェト大統領が一九七三年の軍事クーデターで社会主義政権に終止符を打って以降、いち早く新自由主義的な開放経済を推進。中長期の安定成長を遂げた「南米の優等生」とも称されてきた。
 半面、所得格差はOECD加盟国で最大、課税や給付金を通した富の再分配は最低水準だ。国連によると、上位1%の富裕層が国内純資産の26・5%を押さえる一方、下位50%はわずか2・1%を分け合う。全労働者の半分は月収四十万ペソ(約六万円)に満たない。
 金属会社の期間工ロドルフォ・リベロスさん(36)もその一人。住まいの低所得世帯向け公営住宅を飛び出し、市街地の公園で野宿しながらデモを続けている。テレビでデモを見ていた一人娘(11)に「なぜ警察に石を投げるの?」と聞かれたのがきっかけで、「皆が教育を受けられるように闘っているんだ」と話す。
 弁護士になるのが夢の娘に、大学で法学を学ばせてやりたい。しかし月収四十万ペソと母親(53)の年金受給も月十八万ペソではそれも難しい。「国民に耳を傾けない政府を許し続けていてはダメだ」と訴える。

治安当局の放水砲から逃れるデモ隊の人たち

 デモ隊の主な要求の一つが現行憲法の改正だ。ピノチェト氏の旧軍事政権下で八一年に施行されたが、国民の政治参加や教育、福祉に関する国の義務が明文化されていないとして不平等の元凶との見方がある。
 このためピニェラ氏は、年金や最低賃金の支給額の引き上げなどを打ち出したほか、新憲法導入の是非を問う国民投票を四月二十六日に行う法案にも署名した。ただ、新憲法が要求通りの内容になるかは不透明で、デモが収まる気配はない。リベロスさんの右腕には警官隊に一時拘束された際にできた傷が残るが、「一時しのぎの解決策では引き下がらない。家族のために闘い続ける」と語る。
 野党「民主主義のための政党」(PPD)党首のムニョス元外相(71)は今回のデモが残した教訓を指摘する。「不平等のようなうみを放置すべきではない。すみやかに対処しなければ、いずれ爆発する」
 (サンティアゴで、赤川肇、写真も)



<民衆の叫び 世界を覆うデモ>
(6)ロシア 愛国心、利用された
2020年1月7日:東京新聞

モスクワで昨年5月9日にあった「不滅の連隊」で、
父親の写真を手に参加したロシアのプーチン大統領(前列右から2人目)=タス・共同

 首都モスクワの目抜き通りを埋めた人波は、いつ途切れるとも知れなかった。「ウラー(万歳)」と叫ぶ人々の胸に、思いが交錯する。親族を失った悲しみとファシズムに勝利した誇らしさと。
 昨年五月九日。旧ソ連がナチス・ドイツを倒した対独戦勝記念日に、戦没者と退役軍人の功績をしのぶ市民のパレード「不滅の連隊」がロシア全土で行われ、モスクワでは約七十万人が「赤の広場」などを練り歩いた。八年前に始まった愛国パレードは今や、国民的行事として根付いた。
 ロシアで第二次大戦の対独戦は「大祖国戦争」と呼ばれる。兵士だけで八百七十万人、民間人を含むと二千六百万人以上の死者を出し「戦争で無傷だった家庭はない」とさえいわれる。
 不滅の連隊は二〇一二年、西シベリアの都市トムスクで初めて行われた。当時は一握りの遺族が退役軍人の功績をたたえて自発的に行進した。これを国民の愛国心を鼓舞する一大官製運動に仕上げたのがプーチン政権だ。
 プーチン大統領は戦勝七十周年の節目となった一五年のパレードに初めて参加。戦死はしなかったが負傷した亡父の写真を持って先頭に立った。「父は自ら戦場を志願した」。プーチン氏は愛国者の姿をことさら強調した。その様子は国営テレビで中継され、政府系紙の一面も飾った。政権主導の愛国イベントになり、参加者の規模は年を追うごとに拡大していった。
 昨年は五百都市で参加者は一千万人規模となった。「曽祖父はドイツ兵に立ち向かい戦死しました」。赤の広場ではテレビ記者が向けたマイクに子どもがすらすらと応え、帰還しなかった父の遺影を抱き締めた女性はそっと目元を拭った。
 著名な民族派の評論家ニコライ・スタリコフ氏は「ロシア人の誰もが戦勝記念日に国民同士のつながりを強く意識するからだ」と盛り上がる理由を説く。
 デモの拡大に一役買ったのが黒とオレンジ色のしま模様の「ゲオルギー・リボン」だ。国営通信社が十五年前、大祖国戦争での国民の団結を市民に想起させようと配布、戦勝のシンボルとして人気を集めるようになった。
 モスクワでは昨夏、若者を中心に大規模な反政権デモが起きたが、プーチン政権は厳しく取り締まった。対照的に「不滅の連隊」でゲオルギー・リボンを胸元に飾る政府高官の姿からは、貧富の格差や政権への不満を「愛国心」でそらそうという思惑が透けてみえる。軍事評論家のアレクサンドル・ゴリツ氏は「官僚や政治家が、パレードをどこで何人規模で行うかなど、計画を(政権の指示通りに)こと細かく決めている」と指摘する。
 国民的キャンペーンになったことに違和感を覚える市民もいる。会社員のナタリアさん(28)は「大祖国戦争はロシアにとって神聖な記憶。政権のPRに使われるのはおかしい」と語るが、公の場での批判はタブーだ。幼児が軍服に身を包んで行進する様子を「カーニバル」とつぶやいた男性のツイッターは「非国民」とネット上でたたかれた。
 遺族の素朴な気持ちから始まり、いつしか政権に手綱を奪われた不滅の連隊。ゴリツ氏は冷ややかに分析する。「数年すれば市民は愛国心が政治家に利用されたことに気付く。そのとき(愛国)パレードの歴史も終わる」

 (モスクワで、小柳悠志)


<民衆の叫び 世界を覆うデモ>(7)
韓国 実感 社会を変えた
「若い世代 沈黙していては駄目だ」
2020年1月8日:東京新聞

ソウルで毎週土曜日に開かれている反政権デモ=昨年12月に撮影

 昨年十二月半ば、ソウル中心部の光化門へと続く大通りを群衆が埋め尽くした。「文在寅(ムンジェイン)は退陣しろ!」とのシュプレヒコールとともに、無数の太極旗が揺れ、氷点下の空に熱を帯びた声が響く。
 週末ごとに開かれる反政府集会に、毎回足を運ぶ金順徳(キムスンドク)さん(73)は「国の主権は国民にある。国が変わるまでデモに参加し続ける」と、白い息とともに吐き出した。
 韓国は一九六〇年の李承晩(イスンマン)大統領の辞任をはじめ、デモが国を動かしてきた成功体験が、韓国民の心に根付いている。今も多い日にはソウル市内だけで数十カ所で開かれる。
 八〇年代の民主化運動に参加した大学教授の金榕ヒョン(キムヨンヒョン)さん(52)は、「学生だけでなく一般の市民も声を上げ、民主主義を取り戻そうというエネルギーが充満していた」と振り返る。当時の軍事独裁政権はデモを厳しく弾圧。大学生が拷問で死亡したことをきっかけにデモは全国に拡大し、民主化に結実した。自身も拘束経験がある金さんは「デモは民主主義の発露だ。自分たちの手で社会が変えられると実感した」と話す。
 朴槿恵(パククネ)大統領(当時)を糾弾する二〇一七年の「ろうそく集会」は四カ月続き、民意の大きなうねりが弾劾へと追い込んだ。デモを最初に主導した革新系労働者団体の柳美卿(ユミギョン)さん(43)は、そのほとんどに参加した。「当初は弾劾までいけるとは考えていなかったが、実現した時には感動した」
 実は文氏も、七〇年代の民主化運動や、朴氏の退陣を求めるデモでは参加者の一人だった。それが今では柳さんらから批判の目を向けられる立場だ。柳さんは「労働者のための政府だと言っていたが、実際はそうなっていない。国民の意思を政策決定権者に届けなければならない」と文氏を批判する。
 一連の民主化運動で議会制民主主義が確立し、民意の代弁者として議員が存在しながら、国民はなぜ今でも自ら立ち上がるのか。市民運動に詳しい弁護士の呉敏愛(オミエ)さんは「大統領や議員は選挙で選べるが、政策や国の方向性が間違っていると感じた時に選挙以外に主張する場がない」と指摘する。大統領が強い権限を握るため議会の役割が制限されていることも理由だという。
 政局の節目で重要な役割を果たしてきた韓国のデモも、その形態は時代とともに変化している。舞台の上で歌やダンスのパフォーマンスを披露し、祭りのような雰囲気がある。かつてのような暴力的な衝突もほとんど見られない。
 参加者の中には親子連れの姿も目立つ。十二月の反政府集会に家族で参加した尹順英(ユスニョン)さん(48)は「これからの国を引っ張っていく若い世代が、沈黙していては駄目だ」と話す。娘の林世庚(イムセギョン)さん(21)は「たくさんの人が声を一つにして伝えることで変化は生まれる」。韓国に根付くデモの文化は、次代へと受け継がれていく。
 (ソウルで、中村彰宏、写真も)

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