この国の構造的“溶融”状況

この国の輪郭がボケ、システムそのものが劣化しているように思う。
脈絡がないようだが、京急の踏切事故、千葉県の台風15号被害など事故・災害そのものより、その後の経過がかつてのこの国の展開とは大きく違ってきているように思う。
その淵源が、安倍一強と呼ばれ続けてきたこの国政治にあるように思えてならない。
「国家溶融」とでもいうような状況を目の前に手をこまねくしかないのだろうか…。


第4次安倍再改造内閣
顔ぶれ疑問符
   疑惑議員が続々

「一強続き自民 モラル失った」

 第四次安倍再改造内閣が11日に発足し、自民党役員人事も決まった。安倍内閣で最多の13人が初入閣となるなど新鮮味は感じられるものの、さまざまな疑惑が発覚しながら説明が不十分だったり、うやむやのままだったりする議員らも顔を並べた。これで組織としての信頼を得られるのだろうか。(稲垣太郎)

加計問題で再三登場 萩生田氏を文科相に

 党幹事長代行から文部科学相に就任した萩生田光一氏は官房副長官を務めていた2016年、加計学園の獣医学部新設計画を巡り、内閣府と文科省とのやりとりを記録した文書に再三、名前が登場した。安倍晋三首相の意向を文科省に伝えていたとされ、萩生田氏は否定したものの疑惑はくすぶり続けた。その萩生田氏を同省のトップに据えたことで、ネット上では「よりにもよって文部科学大臣に???」といった驚きの書き込みが相次いだ。

カジノ解禁法案絡みの西村氏も

  官房副長官から経済再生担当相に起用された西村康稔氏は、ギャンブル依存症が懸念されているカジノを含む、「統合型リゾート施設(IR)」整備推進法案の提出者の一人。そうした立場でありながら、カジノに関連すると考えられる企業との関連が取り沙汰された。
 16年、大阪府のスロットマシン製造会社から13~15年度に計111万円を受け取ったことが明らかになった。18年には、米カジノ事業者の関係者が西村氏の政治資金パーティー券を購入したと週刊誌が報道。西村氏は当時、「(同法案の)立法過程に影響を与えたことは一切ない。(成立後の)事業者選定にも影響を与えるつもりは全くない」と強調したが、疑念が残る結果になった。
 党役員でも、選対委員長に就いた下村博文氏は17年、加計学園幹部を通じてパーティー券の購入代金約200万円を受け取りながら、政治資金収支報告書に記載していなかったことが明らかになった。

選挙で勝てば許されるのか

 企業などであれば、いくら本人が否定や釈明をしたとしても、こうした人事はあり得ないのではないか。政治評論家の有馬晴海氏は「安倍首相は、逮捕されたわけでも有罪判決が出たわけでもないし、選挙で勝っているからいいと思っているのだろう」と分析する。
 大臣は省庁のトップで、企業で言えば社長。指示や命令があれば部下は従わざるを得ず、有馬氏は「どんな過去があったとしても、忠誠を誓うしかない」と職員の心情をおもんぱかった。
 専修大の岡田憲治教授(政治学)は「安倍政権以前の自民党なら、大臣にする前に身辺を調べる『身体検査』でさまざまな問題が見つかった人を閣僚にすることはなかった」と指摘する。
 「安倍一強が長く続いたことで、党の規範やモラルが吹き飛んで党内に民主主義がなくなった。有権者の理解が得られない人を大臣にしても『選挙に勝っている上に、支持率も下がらなからいいじゃないか』ということになている」と話す。
 さらに「こんなことを続けていたら、政党としての体をなさなくなるという危機感がない」と主張。「以前なら当たり前だった、党を超えての議論や交流する機会も激減した。自民党の劣化は野党にも悪影響を及ぼす。与野党問わず、優秀な政治家が育たなくなる」と危機感を募らせた。

危険な本性見せた安倍政権
萩生田文科相という挑戦人事
2019年9月14日:日刊ゲンダイ

 内閣支持率は55・4%で、前回から5・1ポイント増。内閣改造を「評価する」は50・9%で、「評価しない」の31・4%を上回った――。共同通信の世論調査の結果には改めてメディアの罪深さを痛感する。今回の組閣の本質をまるで伝えようとしないからだ。

 本質とは憲政史上最悪の“極右お友達”内閣。ロクでもない組閣は突っ込みどころ満載だが、看過できないのはゴリゴリの「歴史修正主義者」の抜擢人事だ。中でも驚愕は萩生田光一衆院議員の初入閣。よりによって文科相に起用するなんて、萩生田の危なすぎる本性と過去を知れば正常な神経なら、とてもじゃないができっこない。

 萩生田が安倍首相の「側近中の側近」で、加計疑惑のキーマンだとは大メディアもさすがに報じてはいる。加計学園の獣医学部新設を巡るライバル「京都産業大外し」で、萩生田が〈広域的に〉〈限り〉の文言を加えるよう内閣府に指示したと、文科省の公開メールで名指しされた。「10/21萩生田副長官ご発言概要」と題した文科省の内部文書でも、〈官邸は絶対やると言っている〉〈総理は「平成30年4月開学」とおしりを切っていた〉と文科省に伝えたことが記されていた。
 本人は関与を全面否定するが、萩生田は落選中に加計学園傘下の千葉科学大客員教授を務め、報酬を得ていた。その上、自身のブログに安倍、加計孝太郎理事長と3人でバーベキューを楽しむ写真を掲載していたクセに、安倍と加計氏の友人関係すら知らなかったとシラを切った。度肝を抜かれる厚顔ぶりだ。

■教育勅語を事務所に飾る歴史観のゆがみ

 自分の最側近として文科省に圧力をかけた疑惑の人物を、あろうことか文科相に就けるとは、安倍の神経は完全にイカれている。
「あえてこのポストに就けたのは、安倍首相の勝手な加計疑惑終結宣言です」と指摘するのは、元文科官僚で京都造形芸術大客員教授の寺脇研氏だ。こう続ける。

「就任会見で萩生田氏は『私の名前を使って省内の調整を図った人たちがいたのだろう、と当時の(文科)副大臣たちから報告を受けた』と新たに説明しましたが、当時の文科省内に萩生田氏の名を借りてまで、加計学園の獣医学部創設を推進したがった人はいません。むしろ、担当局長以下は全員、行政がゆがめられると感じていた、と当時の次官だった前川喜平氏が証言しています。文科省に責任をなすりつけるヒドイ言い訳です」
 輪をかけて大きな問題は萩生田の歴史認識だ。この点をメディアはちっとも伝えない。前川氏は10日、自身のツイッターに〈彼の議員会館の事務職(所=原文ママ)には、教育勅語の大きな掛軸が掛けてあった〉と投稿したが、萩生田は戦前回帰を目指す「日本会議」を支援する「日本会議国会議員懇談会」の中心メンバーで、とりわけ関わりが濃い。

 教育勅語を事務所に飾るような、ゆがんだ歴史観に基づき、安倍と一心同体となって歴史教科書を“自虐史観”とあざけり、血道を上げて歴史教育をネジ曲げてきた歴史修正主義者――。

 それがメディアの伝えない萩生田の本性である。

教育現場に歴史修正を迫るネトウヨ意識

 2013年に安倍が「伝統、文化の尊重や愛国心、郷土愛について書き込んだ改正教育基本法の精神が生かされていない」と教科書検定をクサすと、その意向に沿って萩生田はフル回転。安倍の指名で自民党「教科書検定の在り方特別部会」の主査に就き、部会を主導した。

 部会は検定でアジア諸国への歴史的配慮を義務付けた「近隣諸国条項」を見直し、「自虐史観に立つなど、多くの教科書に問題となる記述がある」と批判を展開した。

 さらに教科書会社の社長や編集責任者を“召喚”し、南京事件や慰安婦問題などの記述について“尋問”。140分にわたり「南京事件の犠牲者数は事件自体がなかったという説も含めてさまざまある」「慰安婦について、旧日本軍の強制性をうかがわせる表現が強い」などと迫った。
 教科書関係者が「戦争への反省の視点を薄めようとしているのは明らか」と危惧しても、萩生田は「日本ってとんでもない国だという、そういう洗脳教育みたいなのは、もうやめてもらいたい」と、ネトウヨ意識ムキ出しで反論してみせた。
 安倍政権は結局、学習指導要領の解説改定や検定基準の厳格化によって教科書の記述を変え、「近隣諸国条項」を骨抜きにすると、萩生田は朝日新聞の取材に「もう、近隣諸国条項の使命は終わった」と勝ち誇った。


 萩生田は文科省の科学研究費助成事業も標的に据える。政権に批判的な大学教授や徴用工問題の研究にも支給されているという、自民党の杉田水脈衆院議員やジャーナリストの桜井よしこ氏らのバッシングに便乗。フリーライターの加藤直樹氏のフェイスブックによると、萩生田は日本会議系のパーティーで「日本をおとしめる研究に科研費を与えるのは問題だ」とあいさつしたという。

■クビを取らなければいつか来た道へ一直線

 いずれ科研費も大臣の恣意的な判断で支給されるようになり、教育現場に歴史修正主義を押しつけかねない。前出の寺脇研氏はこう言った。
「文科省の大臣室には長年、森有礼初代文部相の『自警』の書が飾られています。教育行政の大権を有する責任は重く、私情を挟むことを戒める意味が込められた書です。萩生田氏はその書を教育勅語に掛け直すのではないかと心配になります。また、今回の組閣では文科副大臣2人のうち1人を内閣府副大臣と兼務させた。安倍政権は内閣府に大学改革担当室を設置。官邸主導で教育行政を牛耳り、『スゴイぞ日本』教育に染め上げる狙いでしょう。その先兵役として文科相に据えたのが、萩生田氏なのです」

 今年の萩生田は安倍の意をくみ、改憲まっしぐら。野党無視の「ワイルドな憲法審査」、大島理森衆院議長を巡る「有力な方を議長に置いて、憲法改正シフトを国会が行っていくことは極めて大事」と暴言、放言を連発している。

 メディアにも平気で圧力を加える。14年末の総選挙直前に安倍が生出演した「NEWS23」で街頭インタビュー内容にキレると、2日後に当時、自民党筆頭副幹事長として在京キー局に「選挙報道の公平中立」を求める恫喝文書を送りつけた。
 安倍にシッポふりふりの危険な腰巾着が教育行政を担う狂気をメディアはなぜ伝えないのか。安倍の「挑戦」の真意を記事にしなければ、内閣改造への好感も当然だ。

「安倍首相は批判は覚悟の上で、イタチの最後っ屁とばかりに本性をあらわにした印象です。13年12月の靖国参拝以降、欧米メディアに歴史修正主義者と非難され、鳴りを潜めましたが、開き直って改憲と共に歴史修正にも『挑戦』するのでしょう。野党もここが正念場です。萩生田氏を徹底追及し、絶対にクビを取る覚悟でなければ戦後体制はひっくり返り、この国はいつか来た道へと一変しかねません」(法大名誉教授・五十嵐仁氏=政治学)

 国民も安倍の最後の挑戦状を決意を持って受け止めなければダメだ。

新内閣とアベノミクス
 「出口」はいつ見えるのか
2019年9月15日:毎日新聞

 6年半以上に及んだアベノミクスを総括して、異例の政策から抜け出す「出口」に道筋をつける。安倍晋三首相の「総裁4選」がなければ、長期政権の仕上げに取りかかる新内閣の重要課題のはずである。
 しかし、実際は、逆にアクセルを踏み込もうとしているようだ。景気へのカンフル剤を打ち続け、経済をゆがめる「負の遺産」がたまっている、にもかかわらずだ。
 まず「第一の矢」である異次元の金融緩和だ。首相は内閣改造の翌日に早速、日銀の黒田東彦総裁と会談した。異次元緩和が引き続き重要な役割を担うことを示すものだ。
 世界経済の減速懸念が高まり、米欧の中央銀行は緩和路線に転換した。日銀も追加緩和を辞さない構えだ。ただ、異次元緩和の弊害を一段と際立たせる恐れがある。
 追加緩和の候補の一つとされるのはマイナス金利の拡大だ。3年半前に導入されたが、物価は日銀の思うようには上がらず、むしろ金融機関の経営を悪化させた。拡大はかえって経済の停滞を招きかねない。
 「第二の矢」の積極財政にはもっと拍車がかかりそうだ。改造後、首相は消費増税に備え「十二分の対策を遺漏無く実施する」と強調した。
 だが安倍政権ではっきりしたのは景気拡大による税収増を当てにした財政運営の行き詰まりである。
 予算を肥大化させたため、税収が増えても借金頼みは深刻化した。国と地方合計の借金残高は今年度末で1120兆円と、現政権の発足直後から200兆円近くも膨らむ。
 放漫財政を助長したのが異次元緩和による超低金利だ。巨額の借金は将来に先送りされる。金利が将来跳ね上がれば、社会保障費などを大幅に切り詰める事態に陥りかねない。
 そもそもアベノミクスは、異次元緩和と積極財政で時間を稼ぎ、その間に「第三の矢」の成長戦略を推進して経済底上げを図るものだった。首相は「私がドリルの刃となって岩盤規制を打ち破る」と宣言していた。なのに成長戦略は不発のままカンフル剤を常態化させてしまった。
 首相の総裁任期満了は2年後だ。翌年から団塊の世代が75歳以上になり始め、社会保障費が急増するとみられている。超高齢社会が間近に迫る中、「出口」の明示は急務だ。

小熊英二が日本の30年を総括
 何が変わり、何が変わらなかったのか?
2019年9月14日:AERA

 歴史社会学者の小熊英二・慶応大学教授が、4カ月連続の著書刊行を記念し、講演会を開催。著書『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)や『私たちの国で起きていること』(朝日新書)で書かれたことを中心に日本の30年について話した小熊教授。今、ノリにノッてる小熊教授の“生トーク”を聴こうと満員の会場は熱気に包まれた。講演会の様子を特別に公開する。

*  *  *
 どうもみなさん、おいでいただきましてありがとうございます。小熊英二です。「30年で変わったこと、変わらなかったこと」というお題をいただきました。最初は、日本社会はどのような人々によって、どのような生き方で構成されていたのかについて3類型で説明します。後半は、日本社会の変化が政治にどう影響しているのかについて話します。

『日本社会のしくみ』では、日本社会を「大企業型」「地元型」「残余型」という3つの生き方を仮定して分析します。大企業型という生き方は、中堅以上の企業に新卒で採用され、定年まで勤める生き方です。安定した雇用と比較的高い賃金が保障されていますが、大卒者が多く、都市部に住んでいることが多いので、教育と住宅ローンにお金がかかります。正社員で雇われた人だと厚生年金をもらえます。厚生労働省のモデルによると、夫が40年以上、中堅以上の企業に勤め、妻が専業主婦であった場合、月額22万円です。これが総務省の家計調査にある高齢無職2人世帯の月額支出27万円に比べると、月5万円少ない。5万円×12カ月で年60万円、それが95歳までの30年間だと約2000万円の貯金が必要だ、といって大騒ぎになりました。

 そもそも、厚生年金の支給額は1973年に現役世帯の60%をめどとしました。73年時点の男性の平均寿命は71歳。だいたいそのぐらいで死ぬということを前提に制度設計していたのですが、95歳まで生きるとなると問題が生じます。

 試算するのは大変難しいのですが、大企業型は2017年に国民の約26%と私は推計しています。国民の約4分の1です。それ以外の人たちはどうしていたのかというと、自営業とか農林水産業とか地元の小企業などで働いていた。これが2番目の「地元型」です。

 所得が高くなくても、持ち家があり地域に定住していれば、隣近所から野菜やお米をわけてもらったり、子どもの世話を頼めたりで現金支出は少なくて済む。国民年金は20~60歳まで毎月保険料を納めたとしても受給額は6万円台です。夫婦2人で12万円。平均ではもっと少ないでしょう。都市部であれば月6万円では生きていけません。ただ、今言ったように持ち家や畑があり、食糧を隣近所からわけてもらえたり、長男夫婦が同居したりというモデルであれば、月6万円でも暮らせると考えることは可能です。国民年金は1950年代末に作られた制度でしたが、もともと自営業者は年をとっても働くのが前提の制度で、いわば「あくまで補助」という認識でした。
 こういう制度的な枠組みのなかでは、持ち家と地域の相互扶助がある「地元型」でもなく、安定した雇用と収入がある「大企業型」でもない人は、貧困に陥る可能性が高い。これが3番目の「残余型」です。私の試算では、「大企業型」が26%、「地元型」が36%くらいで、単純計算では「残余型」が残りの約4割と考えられます。

 残余型の所得はおそらく平均的に低いだろうと思います。ただ全員が低いかといえば必ずしもそうではない。ベンチャービジネスや小企業の社長で、安定はしていないが相当な収入があるという人もいるかもしれません。いろいろな人がいます。とはいえ、概して年金は低いだろうし、国民年金であることが多く、持ち家のない人もいるでしょう。となると、残余型は大企業型と地元型の双方のマイナス面を抱え込んでしまうことになる。国民年金で月5、6万円、持ち家なし、地域ネットワークがなくて、支出も多い――これではとても生きていけません。この人たちは、日本の制度の想定外だった人びとと言えます。

■正社員の割合は減っていない

 過去35年間を見ると、実は、「大企業型」は減っていないことがわかります。俗に、非正規雇用の比率が4割近くになったと言われるのは、正社員が減ったからではなく、労働者全体の中に占める非正規雇用の人が増えたということです。非正規雇用が増えて、その比率が上がっているのは事実ですが、正社員が減っているというのは必ずしも正しくありません。マクロ的にみると、正規従業員はバブル期に増えてそのぶんが2000年代前半に減りましたが、差し引きでいうと1980年代からほとんど変わっていません。

 では非正規雇用が増えたぶん、どこが減っているのかというと、自営業と家族従業者です。自営業が成り立たなくなって非正規雇用が増えている。これが30年間の一番大きな社会的変化の一つだと私は見ています。極端なことを言うと、上の方は安定していて下の方がどんどん不安定化している。これは、所得が低くとも地域の相互扶助がある「地元型」が減り、孤立した状態で所得が低い「残余型」が増えている傾向であるかもしれません。だとすると、社会全体にとって相当不安定なことが起きる可能性があります。

 つまり、正社員は1980年代から総数が変わっていない。正社員のなかでも恵まれた層である「大企業型」の比率も、全就業者の26%前後で、これも1980年代から変わっていない。これが30年間で変わらなかった部分です。

 一方で自営業が減り、地方でも都市部でも地域社会が衰退し、非正規雇用が増えている。そしておそらく、所得が同じ程度であったとしても、地域や家族の相互扶助がないぶん、貧困に陥りやすい人が増えている。これが30年間で変わった部分です。

 30年前でも、終身雇用で右肩上がりの収入のあった人は上層の2割か3割で、社会の多数派ではなかった。30年前にくらべて社会が不安定になったとすれば、上の2割か3割が減ったからではなく、下の7割の内実が、自営業から非正規雇用に変化してきたからだといえます。

■日本の高齢者は昔から働いていた

 さきほど言ったように、夫が中堅以上の大企業に40年勤め、年収514万円をキープし続けた場合、夫婦2人で月22万円です。この人たちが95歳まで生きるためには2000万円が必要だというのであれば、「大企業型」の26%以外の人たちはどうなるのか。もちろん7割以上の人たちはもっと働かなきゃいけない。

 とはいえ、これは今に始まったことではなく、日本の高齢者は昔から働いていた。国民年金だけで生きていけないのは、昔も今も変わりません。ただし、昔は自営業で働く人が多かった。農業や自営商店に定年はないので、日本の高齢者労働力率は昔から高く、働く高齢者は決してめずらしい存在ではなかった。

 ところが現在、自営業が減ってきている。ということは、おそらく非正規雇用の高齢者が増えていると想定されます。農地があって持ち家があれば、国民年金でもやっていけます。しかし、借家で非正規雇用の高齢者は、国民年金では貧困に陥りやすくなります。

 1970年代後半に一億層中流と言われた時代でも、国民の多数派が大企業正社員だったわけではありません。1億総中流でなくなった、というのは3割程度の大企業正社員の雇用が揺らいだからではなく、残りの7割を支えていた「地元型」の安定性が減ってきたためだと考えられます。

■人口減には必然的な理由がある

 ここから先は、『地域をまわって考えたこと』(東京書籍)に書いたことに沿って話します。

 いろいろな地域を回って考えたのは、「必然性があるから人がいた」ということです。貧しいのを我慢して、ただ愛郷心だけでその地域にとどまっていたのではない。どこの地域でも、ヒトとモノとカネの流れがあり、そこに人が住む必然性がある地域には人が集まり、必然性のない地域は人が減る。これは洋の東西を問いません。

 ではなぜ、かつての日本では、地方の人口が多かったのか。じつは自治体の出しているデータをみると、1945年から人口が急増して、55年までが人口のピークという農山村が多い。これは戦争で都市部の産業が壊滅し、食料がなくなって、農山村に人口が移動したからです。1950年代初めまでは、都市部より農山村の方が食料に困らず豊かだった。

 そして55年ぐらいから都市部の復興が起き、食糧難が解決されたことで、農山村では一気に人口が減っていく。ただしその減り方は、敗戦後に増えたぶんがもとに戻ったという程度です。つまりかつての農山村に人口が多かったのは、戦争とそれに伴う疎開があったからというのが一つの理由です。

 もう一つ、戦争中は外交関係が途絶しているから貿易ができませんでした。敗戦後の占領下で貿易は占領軍の管轄下で自由ではありませんでした。1951年にサンフランシスコ講和条約を結び、国際社会に復帰して、1955年にはGATT(関税及び貿易に関する一般協定)に日本も加わることができるようになったのですが、60年代前半までは貿易制限が多かった。
 そのため、いろいろなものを国内で調達するよりほかなかった。戦前、中国から輸入していた鉄鉱石や銅は、敗戦後の時期は、国内鉱山で賄っています。日本の炭鉱業も敗戦から1950年代がピークでした。

 木材価格が非常に高かった時期でもあり、林業も1950年代には盛んでした。木材輸入ができなかったうえ、戦災復興や高度成長のために木材需要が高まったからです。この時代は、「丸太1本切り出せば1カ月遊んで暮らせる」という話さえあったといいます。いま地域をめぐると杉林だらけなのは、こういう敗戦直後から1950年代までに、山の雑木林を切って植えたことが一因です。こういう時代に、鉱山町や農山村の人口が多かったのは、ある意味で当然です。

 ほかにも、かつては人口が多くて、いまは過疎地になっている地域には、昔の交通要衝地があります。たとえば江戸時代の街道には、一日歩いて着ける場所ごとに、宿場町がありました。また鉄道や自動車が発達する前は、海運が中心だったので、海運拠点として栄えた地域もありました。しかしそういう地域は、現在では人口が減っています。

 人口配置の歴史を見ると、農山村は50年代半ばに人口ピークを迎えた所が多いことがわかります。高度成長期に人口が急激に都市部に移動しますが、1973年の石油ショックで都市部が不況になり、人口移動の流れが止まります。地方に公共事業で仕事が増えたこともあり、1979年には「地方の時代」という言葉がはやりました。地方都市は、80年前後が人口がピークのところが多いようです。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の設定は80年代前半です。あれは、その時期が人口ピークだった地域の物語なのかもしれません。

 それからバブル期にはまた都市部への移動が多くなり、バブルが終わるとまた人口移動が止まります。しかし90年代後半になると、景気の良しあしにかかわらず、都市部への人口移動が定常化します。それは先に述べたように、自営業が急激に減って、非正規雇用が増えてきた時期と重なります。地域社会のあり方、地域に定住するという意味そのものが、変質してきた時期ともいえるかもしれません。

 さらに2000年代になると、地域によっては人口減が顕著になり、「ゆるキャラ」とか「B級グルメ」といった過疎化対策がブームになっていきます。公共事業に対する視線が厳しくなり、実際に予算も削られていた時期で、昔とは違う地域振興が模索されていた時期でもありました。

 こうみてくると、かつては地域には理由があって人が住んでいたのであって、いまはその理由がなくなったから人が減っている、という側面があるのがわかります。だからといって、戦争と食糧難と貿易制限の時代に戻るというわけにもいきません。地域振興ということを考える場合には、「かつてその地域にはなぜ人が多かったのか」を考え、さらに「その地域が現代においてどんな新しい役割やポジションを担えるのか」を考え直すといった視点が必要かもしれません。

 なお、地方移住がブームといわれます。その総数はわからない部分も多いのですが、2009年から2014年にかけて地方移住者が4倍に増えたという調査があります(毎日新聞・NHK・明治大学地域ガバナナンス論研究室)。注目すべき流れですが、この調査によれば2014年度で総数1万1735人ですから、1億人レベルの人口問題を解決するというような数ではありません。

 国道交通省や内閣府の調査でも、移住したいという願望を持つ人はそれなりに多いけれども、すぐ実行したいという人は少ないようです。移住者への関心が高まることによって、地域社会への注目が増えたり、新しい交流が生まれたりするのはいいことです。しかし、移住で国家レベルの人口問題を解決するというのは、いささか筋違いの期待かもしれません。

■「格差問題」の本質を見えなくさせたもの

 ここからは『平成史 完全版』(河出書房新社)に書いた話です。

 中央メディアの論調は、「大企業型」のリアリティーに規定されがちです。例えば、2年前に『定年後』という新書が売れましたが、定年後に「生きがい」のために働くことを考えるような人は少数派です。新卒から定年まで同じ会社に勤め続ける人も、定年後に年金だけで暮らせる人も、3割前後しかいないからです。

 しかし、そういう人たちが一番本を買う層ですし、大手メディアや官公庁に勤めている人だったりします。そういう人たちは、必ずしも下7割をふくめた日本社会全体のリアリティーに詳しいわけではありません。ですから、大手のテレビ局や新聞社に勤めている人たちのリアリティーで日本社会を語ると、現実とずれてくることが多くなります。

 その好例が、格差問題です。90年代末ごろ、大企業正社員に「成果主義」やリストラが導入されるという話が注目されました。これはこれで重要な問題ですが、日本社会全体でいえば上3割の部分の話です。ところが、それが日本社会全体の問題、つまり「統計的にジニ係数が増えている」「非正規雇用が増えている」という話と混同されて語られました。そして、非正規雇用が増えて格差が拡大しているのは大企業正社員が減ったせいだ、といった語られ方がされました。

 しかし実際には、こうした見方は必ずしも正確ではありません。非正規雇用が増えたぶん自営業が減っているといった現実がとらえられなかった。それは、「日本社会の不安定化」は「大企業正社員の不安定化」とイコールなのだ、そもそも日本の大部分の人は終身雇用で停年まで務めるものなのだ、という色メガネで社会を見ていたからなのかもしれません。

 また教育問題では、1999年に『分数ができない大学生』という本がベストセラーになりました。これは大学、しかもいわゆる「偏差値」が高い大学の教授たちの共著ですから、教育界の「いちばん上の部分」の話です。ところがそういう危機感と、教育困難校の学級崩壊とが、「日本の教育の危機」として、混同して語られがちな傾向もありました。

 さすがに2010年代になると、『定年後』と『下流老人』は別の本として売れるようになりました。この点は、2000年代までのように、日本社会のなかの違う部分の現象を区別せずに語っていたのとは違うといえます。「上級国民」「下級国民」という表現も出てきているようです。それだけ、階層社会が固定化しているという認識が広まってきたともいえるかもしれません。

■自民党が強いわけではない

 政治の話に関心のある人もいると思います。ここからは、『私たちの国で起きていること』と『平成史 完全版』に書いたことになります。

 自民党の党員は90年代から減っています。ピーク時の1991年に547万人いたのが、2012年に73万人まで減りました。政権奪回して2018年には110万人まで回復させましたが、ピーク時には到底及びません。
 これはなぜか。ここまで見てきたように、これだけ地域社会が弱体化して、自営業が減ってくれば、町内会、商店会、自治会が高齢化・衰弱化して機能しなくなるのは当然のことです。また2005年に郵便局を民営化したとき、自民党の党員がごっそり減っています。つまり旧来型の日本のシステムの基盤と、自民党員の多い部分は、ほぼイコールと言えます。そこが衰弱すると自民党も衰弱する。

 それでも自民党が選挙に勝ち続けているのは、棄権する人が増大しているのが大きな一因でしょう。1999年に公明党と連合して以降、自民党は公明党の協力と、野党の分裂、棄権の多さのために援けられています。

 2000年代以降、自公合わせて約3割の固定的に得票しています。より正確に言うと、日本の有権者は2000年代以降、約1億人で定常的です。人口はあまり変わっていないから約1億人で、わかりやすいですね。そして自公合わせて、2000年以降のどの国政選挙も、ほぼ2600万から2700万票を獲得しています。2005年のいわゆる「郵政選挙」は例外ですが、あとはどんな事件や議員の失言があってもほとんど変わりません。おおざっぱに言って、有権者の約3割です。

 一方で、いわゆるリベラル系の政党を全部足して、約2000万票というのも2012年以降はほぼ変わりません。民主党が立憲民主党と国民民主党に分裂したり、れいわ新選組ができたりといろいろありますが、それらと社民党・共産党などを足した得票はほぼ2000万です。これは全有権者の約2割です。

 この状態で、投票率が50%であれば、5割棄権・3割自公・2割リベラル系となります。この構図のままだと、基本的に自公は安泰です。2012年以降の国政選挙は、すべて投票率は50%台以下です。なお、維新とか「みんな」とかN国とかは、選挙によって波がありますが、おおむね全部足して300万から800万くらいの得票数です。

 2009年に民主党が勝ったときは、投票率が70%まで上がり、野党が選挙協力をしました。こうなると、棄権3割・自公3割・野党4割となって、民主党を中心とした政権ができた。でもこれは、投票率が7割に上がらないと難しい。投票率が5割では不可能です。

 では自民党が強いのかというと、総得票数は伸びていません。旧来型の基盤、つまり自営業が減って地域社会が不安定化しているのですから、増える理由が見当たらない。しかし、棄権が多いうえに、野党が分裂して2000万の中で食い合っている状態なので、少ない票数でも勝っている。

 なお若い人に自民支持が多いという話もありますが、あれは自民支持が多いというより、「支持政党なし」が多くて野党支持が少ないというほうが正確です。たとえば支持政党なしが6割、自民支持が3割、野党支持が1割なら、「政党支持のなかでは自民が75%」という数字になる。そもそも若い人は投票率が低いので、全投票数のなかでみれば、自民支持が多少比率的に多くともあまり全体の押し上げになっていない。

 それでは、どうしたら投票率が上がるのか。過去の事例からいうと、投票率が上がるのは、二大陣営対立になったときです。2005年の郵政選挙や、2009年の政権交代選挙のように、争点のはっきりした二大陣営の選挙になると関心が上がり、棄権が減る。

 それに対して、投票率がガクンと落ちるのは、新党ブームのときです。1990年代半ばと2010年代がそうでした。数え方にもよりますが、1993年から2000年には33の新政党、2012年以降で25の新政党ができました。そんなに離合集散を繰り返したら、ふつうの有権者はとても覚えきれない。当然、投票率は下がります。

 毎日ニュースやネットを調べているような人は別ですが、たいてい次々と新政党ができると投票率は下がる。そもそも、3年後にあるのかどうかわからない政党には投票したくない人も多い。こういう状況で投票するとすれば、昔からあって10年後もあるだろう政党、つまり自民党になりやすいでしょう。

■弱まる社会的ネットワーク

 さて、結論です。ここ30年の変化というのは、「地元型」が減って「残余型」が増えた。しかし、「大企業型」はあまり変化がない、というのが私の見立てではあります。

 政党は、町内会や労働組合に組織されている人を重視しがちです。そうなると、「残余型」は社会保障制度だけでなく、政治からも漏れ落ちる。そうでなくとも制度の隙間にあたる存在ですから、困っている人が多いであろうと推測できます。

 しかし、少なくとも2000年代までは、そうした変化に気付くことに遅れました。それは、「大企業型」が日本社会の典型だという固定観念を、社会全体に投影して語ってしまっていたからといえます。こうした認識を、変えていくことが必要でしょう。

 また投票率が下がっているのは、政治に対する無関心だけでなく、地域的なネットワークや労働組合など社会的なネットワークの弱体化が原因になっていると思います。たしかにSNSは発達しているけれど、フェイス・トゥ・フェイスのネットワーク、職場や地域のネットワークが弱っている。面と向かって話さずに、ネットだけで言い合っていたら、分極化が起きるのはどこの世界でも同じです。

 これまで日本は、農林水産業や商業などの自営業が、先進国のなかでもとても多い国でした。そのため、「地元型」の地域ネットワークによりかかって、社会保障の充実や、政党政治の活性化をさぼってきたという側面があります。地域や家庭で互助していれば福祉は少なくて済むとか、地域関係で得票すれば政策を語らなくていいとか、そういうかたちでやりすごしてきた。企業福祉に頼るとか、労働組合の選挙動員に頼るとかも、同様だったといえます。

 これからは、それではやっていけません。社会そのものの足腰が弱っている。これからは、その現状を把握したうえで、対策を考えていかなければなりません。なかなか簡単に答えが出るものではありませんが、今日の話がご参考になれば幸いです。どうもありがとうございました。

【主張】
新社会保障会議 「嵐」に備えた給付抑制を
2019年9月15日:産経新聞

 安倍晋三首相が、年金、医療、介護などの社会保障制度を全世代型に転換するため、有識者を交えた検討会議を設けると表明した。今週にも初会合を開く。
 これまで高齢者重視だった仕組みを、子育て世代も含めた全世代型に転換することは妥当だ。だが、耳に心地よい話ばかりでは実現できない。幼児教育の無償化など給付の充実が先行している。見合う負担を議論し、具体策をまとめなくてはならない。
 今、このタイミングで制度改革が必要なのは、高齢者人口の伸び率が令和4年から急激に高まり、7年には団塊の世代がすべて75歳以上になるからだ。伸び率が低い今年から3年間は「嵐の前」だ。その間に制度改革をやり終え、世界最高の高齢化率に耐える仕組みを準備しておかねばならない。
 会議では、75歳以上の人が医療を利用したときの窓口負担や、介護の利用者負担を、原則1割から2割にする案も検討する見通しだ。高齢者にも応分の負担が求められるのは当然だろう。
 年金制度では、パートで働く人への厚生年金の適用拡大などが挙がっている。非正規雇用で働く人への適切な給付を実現することも「全世代型」の一つである。
 ただ、こうした議論だけでは不十分だ。例えば医療費増加の背景には、高齢化よりも医療の高度化がある。1回で3000万円を超える血液がんの治療薬が登場し、年明けには1億円超の薬剤の登場もささやかれる。個々の負担割合を論じるだけでは持続可能な社会保障制度にはならない。
 今こそ、給付範囲の見直しの議論に踏み込むべきだ。公的給付の役割は大きなリスクに対応することだ。その観点からすると、私たちは日常的な薬などにも公的給付を用い過ぎてはいないか。
 たとえば湿布薬や花粉症薬、保湿剤は本当に、すべて公的給付の対象にすべきだろうか。重いアレルギーやがんの患者に目配りしつつ、小さなリスクは自助で行う医療への転換が必要である。
 安倍首相には、厳しい改革であっても、決めたことを着実に果たすようクギを刺しておきたい。消費税では「今後10年ぐらい上げる必要はない」とし、負担増を封印した。それならば、給付抑制は不可欠である。厳しい議論が、国民一人一人の人生に嵐が襲ったときの安心を保障する。

劣化が止まらない日本
安倍政権6年半の「なれの果て」
2019年9月15日:日刊ゲンダイ

上から下まで総腐敗

 いつから、日本はこんな国になってしまったのか。

 時代が令和に変わって以降、日本社会の理性とモラルを疑うような事件が相次いでいる。

 例えば、詐欺的手法が次々と明るみに出た日本郵便の「かんぽ生命」不正販売。ターゲットは主に地方の高齢者で、詐欺的手法を担ったのは、高齢者に身近な郵便局員たちだった。
「郵便局」という地方で圧倒的な信頼を持つ肩書を悪用し、営業成績維持のため、組織ぐるみで数字をカサ上げ。契約を取りやすい独居老人を「ゆるキャラ」「半ぼけ」「甘い客」と陰で呼び、ひとりに数十件も契約させるなど、特殊詐欺グループも真っ青の悪質さ。

 日本郵便はかんぽ販売のノルマを廃止するというが、問題の本質は「過剰なノルマ」だけでは片づけられない。底流にあるのは、理性とモラルを喪失した日本社会の劣化ではないのか。 報酬不正で日産を追われた西川広人社長も同類だ。検察とタッグを組んだ報酬不正事件でゴーン前会長を追い出しながら、自らも業績連動型報酬の権利行使日をズラし、4000万円超を不正に受け取る犯罪的チョロマカシ。こんなトップが企業統治改革の旗を振っていたとは、冗談にも程がある。

 日産のほかにも、神戸製鋼、東芝、三菱マテリアル……と日本を代表する大企業が、ドミノ倒しのように「不正」や「改ざん」に手を染める。最近も日立製作所が外国人実習生に計画外作業を指示して、業務改善命令をくらったばかり。同社の中西宏明会長は経団連のトップだ。企業の模範となるべき立場すら守れない倫理観の逸脱。「公正」「正直」「勤勉」という日本人の美徳は、とうに死語と化している。

 ここ数年、児童の虐待死のニュースは後を絶たず、「最低限の責任」すら果たせない親が増えている。ちょっとしたことでキレる大人も増え、厳罰化が求められるほど、あおり運転が社会問題化。鉄道各社が啓発ポスターを掲出せざるを得ないのも、駅員への暴力沙汰が数多く発生している証拠だ。
 言うまでもない常識がもはや通用しないほど、この国は堕落してしまったのである。

美徳破壊の政権が生み落とした卑怯な社会

「日本社会の構造的な劣化が、いよいよ覆い隠せなくなって一気に表面化した印象です」と言うのはコラムニストの小田嶋隆氏だ。こう続ける。


「私は2012年を境に日本社会は変容したと感じています。リーマン・ショックからの長引く不況と、3・11の一撃を経たタイミングで誕生したのが、第2次安倍内閣でした。粛々と日本を立て直すことを期待したのに、結果はモラルぶっ壊し政治。改ざん、隠蔽は当たり前で、平気でごまかし、嘘をつく。『総理のご意向』の忖度強要で官僚機構のモラルは崩れ、今や機能不全に陥っています。

 強行採決の連発で民主的手続きを無視し、集団的自衛権容認の解釈改憲で憲法をタテマエ化。この春から予算委員会の開催すら拒み続けているのです。日本社会の寛容性が失われていく中、率先して『公正』『正直』『勤勉』という美徳を破壊。こんな政治が許されるなら、正直者はバカを見るだけとなり、卑怯な社会に拍車がかかるのは当然の帰結です」
 落ちるところまで落ちた政界劣化の象徴が、「日本人の知性の底が抜けてしまった」と文筆家の古谷経衡氏が喝破したN国の出現だ。同党所属の丸山穂高議員は竹島を巡り「戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」と自身のツイッターに投稿。昭和の時代なら、こんな暴言を吐いた時点で即刻、議員の職を失ったものだ。そうならないのが、政治の劣化とメディアの堕落を物語る。


 今やメディアは「関係悪化の全責任は韓国にある」とケンカ腰の政権をいさめるどころか、一緒になって朝から晩まで嫌韓扇情一色。日本の内閣改造の“お友だち”人事よりも、韓国法相の疑惑のタマネギ男の追及に血道を上げているのだから、権力の監視役を期待するだけムダである。

■韓国叩きで留飲を下げる世の中でいいのか

 前出の小田嶋隆氏はこう言った。
「不安なのは国民の嫌韓感情をあおって、安倍政権が維新の会を巻き込み9条改憲に突き進みそうなことです。改造内閣のメンバーを見ても、最側近の萩生田光一氏をはじめ、安倍首相の親衛隊のような“ネトウヨ”大臣ばかり。日本社会のモラル喪失を逆に利用して、この国をガタガタにした張本人である首相が『社会がほころんでいるからこそ、改憲でこの国を変える必要がある』『“お花畑”の憲法では今の日本は治められない』などと言いだしかねません」

 民衆の不安や危機感につけ入るのが、権力者の常套手段。6年半を過ぎたアベ政治も常にそうだ。そんな腐臭漂う政治が社会全体に伝播し、上から下まで総腐敗の惨状を招いているのが、安倍政権6年半の「なれの果て」である。政治評論家の森田実氏はこう言う。

「競争第一、弱肉強食の『新自由主義』がはびこりだしてから、この国はおかしくなってしまった。新自由主義に潜むのは『今だけカネだけ自分だけ』の考え。この発想に国の指導層が完全に染まっています。かつては政治家も経営者も官僚も『国民の生活を豊かにする』との気概に満ちていましたが、今や見る影もない。コスト重視で賃金を減らし、大衆からの収奪しか考えていません。『貧すれば鈍する』で、生活が苦しくなれば精神もすさんでいく。日本社会の荒廃は『今だけカネだけ自分だけ』主義が招いた必然なのです。加えて戦争を知らない政治家ばかりとなり、隣国に対する過去の反省や責任も放り出しています。はたして嫌韓扇情に留飲を下げる世の中でいいのか。腐敗した社会への批判精神に国民が目覚めなければ劣化は止まりません」
 劣情国家の行く末を危ぶむ気持ちがあれば、批判の声を上げ、うねりに変えていくしかない。


安倍首相が補佐官人事で
ヒトラー並み側近政治!
“影の総理”今井秘書官、百田尚樹に
「沖縄2紙潰す」発言させた木原稔を抜擢
2019年9月16日:LITERA

「疑惑まみれのタマネギ内閣」「お友だちの不良品一掃内閣」「極右不正政治家集結内閣」……とにかくひどいとしか言いようがない第4次安倍第2次改造内閣。加計問題のキーパーソンである萩生田光一氏をよりにもよって文科相に登用したり、スキャンダルの印象しかない今井絵理子議員をまさかの内閣府政務官に抜擢したりと、完全に国民を舐めた人事だが、しかし、もっとも驚かされたのは、この人事かもしれない。
 それは、今井尚哉首相秘書官を首相補佐官に昇格させ、さらには首相秘書官と兼任させるという人事だ。
 今井首相秘書官といえば、安倍政権の主要政策を仕切ってきた経産省出身の官僚で、“影の総理”の異名を持つ実力者。第二次安倍政権発足から政務を担当する首席秘書官を務めてきたが、今回の補佐官への昇格で「政策企画の総括」を担当するという。首相秘書官と首相補佐官を兼任するなどというのは、異例中の異例である。
 これはある意味、閣僚人事よりも深刻な話だろう。というのも、今井氏はこれまで「国民生活より安倍首相が第一」という方針を貫いてきた人物。それが今後、秘書官兼補佐官としてさらに強大な権限を握ることになるからだ。
 そもそも、今井首相秘書官は今井敬・元経団連会長と今井善衛・元通産事務次官の甥にあたり、さらに今井善衛は岸信介が商工大臣だった際に秘書官を務めていた。ジャーナリスト・森功氏の著書『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』(文藝春秋)によると、今井氏が善衛の甥だと安倍首相が気づいてから2人の距離は近づいたという。そして、第一次政権から支えてきた今井氏を、安倍首相は「今井ちゃんはなんて頭がいいんだ。本人の頭の中を見てみたい」などと惚れ込み、一方の今井首相秘書官も安倍首相の分身として政策を進めてきた。
 たとえば、今井首相秘書官は消費増税をめぐって財務省に介入するだけではなく、本サイトでも報じたように外務省の中国外交にまで口を挟み、2017年に自民党の二階俊博幹事長が訪中した際には習国家主席に手渡した親書を事前に中身を書き換えたほどで、「対中外交は外務省ではなく、俺がやってるんだ」と吹聴しているという。さらに、2015年9月に安倍首相がぶち上げた「アベノミクス新3本の矢」をつくったのも、「一億総活躍社会」なる全体主義的な気持ち悪いネーミングも今井首相秘書官のアイデアだというが、その際、今井首相秘書官は「今度のアベノミクスは、安保から国民の目をそらすことが目的なんだ」と話していたという(前掲書『官邸官僚』より)。
 だが、そうした今井首相秘書官が主導した政策や外交は、成果を出せていないばかりか、経産省の利権拡大ばかりを狙う姿勢がひどく、状況をどんどん悪化させている。今井首相秘書官はロシア外交や北朝鮮問題にもかかわっているというが、ご存知のとおり何も進んでいない。また、今井秘書官は、原発再稼働や原発輸出に固執して旗振り役も務めてきたが、すべての原発輸出計画が事実上、破綻。そのためか、今度は原発の国内新規建設に舵を切らせようと、しきりに安倍首相に働きかけているという。

補佐官に異例の抜擢をされた今井秘書官は
森友公文書改ざんのキーマン

 さらに、重大なのは、今井首相秘書官はさまざまな不正への関与が取り沙汰されてきた“安倍官邸のガン”であるということだろう。
 記憶に新しいのは、森友学園の公文書改ざん問題だ。今井秘書官は財務省に改ざんを命じた人物ではないかと大きくクローズアップされ、複数のメディアが今井氏を名指しして“疑惑の本丸”“司令塔”と報道。前川喜平・元文科事務次官もこう証言していた。
「官僚が、これほど危険な行為を、官邸に何の相談も報告もなしに独断で行うはずがない。文書の詳細さを見れば、現場がいかに本件を特例的な措置と捉えていたかがわかる。忖度ではなく、官邸にいる誰かから「やれ」と言われたのだろう」
「私は、その“誰か”が総理秘書官の今井尚哉氏ではないかとにらんでいる。国有地の売買をめぐるような案件で、経済産業省出身の一職員である谷査恵子氏の独断で、財務省を動かすことは、まず不可能。谷氏の上司にあたる今井氏が、財務省に何らかの影響を与えたのでは」(「週刊朝日」2018年3月30日号/朝日新聞出版)
 さらに、今井秘書官は財務省の佐川宣寿理財局長(当時)と同期で省庁の壁を越えた非常に親しい関係にあったという事実もあり、野党は今井首相秘書官の証人喚問を要求。しかし、安倍自民党は頑なに拒否しつづけた上、今井本人は信じがたい行動に出ていた。
 森友問題では、文書内に〈本件の特殊性〉という文言が登場するが、これは総理大臣夫人がかかわる案件であることを示したことはあきらかだ。だが、財務省が改ざんの事実を認める方針が伝えられた2018年3月10日あたりから「『特殊性』とは同和のこと」なるツイートが大量に拡散され、安倍応援団の右派評論家たちも同様に書き立てるようになった。
 そして、じつはこのデマ拡散に、今井首相秘書官がかかわっているのではないかと囁かれたのである。「週刊文春」(文藝春秋)2018年3月22日号では、官邸担当記者がこう語っている。
「今井氏らは夜回り取材などにも饒舌になって、Aさん(引用者注:自殺した近畿財務局職員)の自殺を書き換え問題と関連付けないように記者を誘導していました。他にも『〈特殊性〉は人権問題に配慮してそう書いた』との情報を流布させ、事態の矮小化を図っていました」
 この「森友文書の『特殊性』は人権問題に配慮して書いた」という発言は、どう考えても「特殊性は同和のこと」と言っているに等しい。「週刊文春」の記事が事実とすれば、「特殊性は同和のこと」情報は今井秘書官周辺から新聞・テレビの政治部記者に流れ、さらに安倍応援団の評論家やジャーナリストに伝わったと考えられるのだ。

安倍が補佐官に任命
 木原議員が櫻井よしこの団体で語った恐怖の改憲計画

 安倍首相を守るためには手段を選ばない、そんな人物がいままで以上の権力を握る。これだけでも恐ろしいのだが、しかし、問題はこれだけでは終わらない。
 というのも今回、今井首相秘書官の補佐官兼任という昇格人事だけではなく、自民党でも極右中の極右である木原稔衆院議員を、新たに首相補佐官に任命したからだ。
 木原議員といえば、2015年、百田尚樹氏の「沖縄の二つの新聞は潰さなあかん」をはじめ、言論弾圧発言が飛び出し問題となった自民党の「文化芸術懇談会」の代表を務めた人物。2017年には“「子供たちを戦場に送るな」と主張することは偏向教育、特定のイデオロギーだ”と糾弾、自民党HP上にそうした学校や教員の情報を投稿できる“密告フォーム”を設置したが、これを実施した自民党文部科学部会の会長も木原議員だった。ちなみに、この“密告フォーム”問題を木原議員に取材した毎日新聞の記事には〈木原さんの事務所には「教育勅語」全文を記した額が掲げられていた〉と書いてある(2016年7月28日付)。
 言論・教育弾圧を平気でおこなう人物が首相補佐官だとは……。しかも、木原議員を今回、安倍首相が右腕として補佐官に起用したのは、憲法改正をごり押しするための布石であることは間違いない。
 実際、木原議員にはこんな話がある。それは、2018年1月に櫻井よしこ氏が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」が開催した月例研究会でのこと。「憲法改正を阻むものは何か」をテーマに、櫻井氏のほか安倍応援団の長谷川三千子氏、産経新聞の田北真樹子氏、日本会議政策委員で憲法学者の百地章氏、杉田水脈参院議員、そして当時財務副大臣だった木原議員が登場した。
 この安倍シンパ・極右勢揃いの会のなかで、木原議員は “私の理想は2012年の自民党改憲草案、二項を削除する改憲案”だと述べた上で、安倍首相が現在進めようとしている「9条加憲案」について、こんな話をはじめるのである。
「安倍総理が、二項を残すという決断をされました。それは、いろいろなことを慮ってのことです。選挙は勝たなければいけません。国民投票も勝たないと意味がない。改正もされない。
 もし、憲法改正は一回しかできないという法律なら、二項削除で戦うしかないと思っています。しかし、憲法改正は何回でもできる。一度、改正に成功したら、国民のハードルはグッと下がると思います。そして、一回目の改正を成功させたあとに、二回目の改正、三回目の改正と、積み重ねていけばいいと思っています。最終的には前文も当然、改正しなければいけない。そこで、一回目の改正を、しかも今年に成功させるためにはどうすればいいか。私も政治家ですから、安倍総理と同じ考えです。政治家は結果を出さなければいけません。評論家でもなく、宗教家でもないし、学者でもありません。結果を出すにはどうすればいいかということを最善の判断基準にしたいと思っています」
 ようするに、“「自衛隊明記」で改憲してしまって、その後は前文も含め、何回も改正していけばいい”“まずは改憲を成功させることが大事”だと安倍首相は考えている、と公の場で木原議員は認めたのである。
 安倍自民党は先の参院選でも「自衛隊明記」の改憲について「これまでの9条の解釈は変えない」と主張していた。だが、木原議員の発言をみれば、それが国民を騙すための大嘘だということがわかる。そして、この「ともかく一回、改憲する」という目標を達成するためのシフトとして、安倍首相は木原議員を補佐官に任命したのだ。しかも、木原議員がこれまで“弾圧”を繰り返してきたことを考えると、改憲議論でも同じようなことを起こす可能性は高いだろう。
 安倍首相のためには何でもやる最強で最悪の秘書官兼補佐官を頂点に、“憲法改正”担当の極右補佐官が脇を固める──。安倍首相は嫌韓扇動によって内閣支持率がアップしたのをいいことに、いよいよ自分の周りをすべて側近で固めてしまう独裁体制の構築に入ったとみていいだろう。オーバーではなく、今回の新内閣によって、この国の「民主主義」は完全に終わらせられるかもしれない。
(編集部)


台風15号の甚大被害、
千葉などで停電・断水続くも、
安倍政権は内閣改造に夢中でほったらかし!
関係閣僚会議も総理指示もなし
2019年9月11日:LITERA

 首都圏を直撃し甚大な被害をもたらした台風15号だが、直接的な被害だけではなく、深刻なのは、いまだ停電や断水が続き、復旧の目処が立っていないことだ。
 東京電力は、10日夜時点では、11日中にはすべて復旧させるとしていたが、今日になって「本日中の復旧見通しは立っていない」と守勢した。猛暑のなか、きのう千葉県では二人が熱中症で死亡したとみられ、このまま停電・断水が長引けば、さらに犠牲者が出る可能性が高い。
 ところが、信じられないのは、安倍政権が台風災害の対策、被害をほったらかしにしていることだな。
 菅官房長官は9日午前の会見で「政府一丸となって被害状況の把握に努めるとともに、災害応急対策等に全力で取り組んでいるところ」などと語ったが、口先だけだ。
  何しろ、今回の台風について非常災害対策本部はおろか、関係閣僚会議すら開いた形跡がないのだ。
 安倍首相動静を見ると、台風が迫っていた9月8日日曜日は、午前中に下村博文・元文科相の次男の結婚披露宴に出席したあと、15時すぎには富ヶ谷の私邸に帰宅。そのあとは麻生太郎財務相が遊びに来て1時間半ほど滞在し夕方17時すぎに帰っただけ、私邸でのんびり過ごしている。
 甚大な被害が少しずつ判明してきた9月9日月曜日も同様だ。台風被害に関係ありそうなのは、10時8分からたった5分間、沖田芳樹内閣危機管理監、関田康雄気象庁長官から報告を受けたくらい。あとは米国でNSC関係者と会談した薗浦健太郎首相補佐官、世耕弘成経済産業相など韓国への圧力を担う経産省関係者と面談しただけで、18時28分には自宅に帰っている。
 そして、復旧が予想以上に遅れていることが問題化し始めた9月10日も、閣議のあと、会ったのは麻生財務相、谷内正太郎国家安全保障局長、北村滋内閣情報官、防衛省の槌道明宏防衛政策局長、大塚海夫情報本部長だけ。19時41分に自宅に帰っている。
 言っておくが、台風については、こういう対応が普通というわけではない。実際、8月の台風10号のときは、8月14日、16日に関係閣僚会議を開き、「先手の対策を」と指示していたし、7月の台風5号のときも20日に国民への情報提供や避難支援などの対策についての「総理指示」を出し、22日には関係閣僚会議を開き「政府一体で対策を」と指示していた。
 ところが、今回の台風15号については、関係閣僚会議も開いてないし、総理指示も出していないのだ。
 さらに、冒頭で指摘したような停電や断水の復旧の見通しが立たないことで、国民の生命が危機にさらされる状態になっているのに、安倍首相はいまだ、経産省や国交省などの担当省庁に、ハッパすらかけていない。
 こうした首相の姿勢は当然、担当大臣や官邸にも伝播している。本来なら経産大臣は電気の復旧のための陣頭指揮をとるべきだが、世耕経産相は9日に安倍首相と面談しても、メインの話題は対韓国圧力のこととみられる。9日19時頃にようやく、東電に対し早期完全復旧、電源車の配備供などを指示したとツイートしたが、きのう午前、東電の復旧計画をリツイートしたのを最後に、今日は韓国を攻撃するツイートを連発している。経産省の役人たちも東京電力に任せきりで、焦っている様子はまったくない。

去年の西日本直撃台風でも安倍首相は新潟で総裁選の票固め

 まったく信じられないが、これはもちろん、安倍首相自体が韓国への圧力と内閣改造の人事に夢中だからだ。実際、安倍首相はこれまでも、自分の関心があるイベントが別にあるときは、それがどんなにくだらないものでも、災害対策を無視してそっちを優先してきた。
 たとえば、2014年2月に起こった山梨県の豪雪では、その最中に支援者らと赤坂で天ぷら料理に舌鼓を打っていたし、同年の広島土砂災害では「災害応急対策に全力で取り組む」と宣言したあと、富士桜カントリー倶楽部で日枝久・フジテレビ会長(当時)や笹川陽平・日本財団会長らとゴルフを楽しみ続けた。
 さらに2015年の関東・東北豪雨では、孤立して救助を待つ人びとや不明者も多数いたというのに、インターネットテレビ「言論テレビ」に生出演して櫻井よしこや田久保忠衛・日本会議会長とともに安保法制の必要性をアピール。
 2017年も、G20首脳会談出席のための外遊中に九州北部豪雨が発生したが、G20閉会後も外遊を続行。緊急性もない外遊から帰国しなかったのは、加計問題追及の閉会中審査に出席したくないからなのは見え見えだった。
 そして、2018年7月西日本豪雨災害のときの「赤坂自民亭」。このとき5日午後には気象庁が「厳重な警戒が必要」と異例の緊急会見を開き、同日数十万人に避難勧告が出されていたにもかかわらず、5日夜、総裁選の票集めのために、「赤坂自民亭」なる内輪の宴会に参加。6日夜にも公邸で、総裁選のために無派閥議員取り込みのための会合を行っている。甚大な被害がすでに広がっていた6日土曜日午後〜7日日曜日の時点でさえ非常災害対策本部の設置をスルーして、7日朝に15分だけの関係閣僚会議をやっただけでさっさと私邸に帰るなど、66時間も災害を放置していた。
 さらに赤坂自民亭への批判もさめやらぬ2018年9月、関空など西日本を直撃した台風。台風直撃の翌日、平成最大規模の約50万軒で停電が続き、関空にも多くの人が取り残されているなか、安倍首相はなんと総裁選の票固めのため、新潟県に。ホテルの宴会場で開催された「安倍総裁の3選を実現する新潟県民の集い」に出席したのだ。
 もう何度も指摘したことだが、ようするに安倍首相が大事にしているのは、自分の権力維持と極右思想実現、そしてお友だちとの付き合いだけであって、国民の生命のことなんて微塵も考えていないのである。だから、他に何もないときは、“俺はやってるぜ”アピールとして災害対策を大仰に指示するが、自分の関心事が別にあるときは、途端に災害をないがしろにしてしまうのだ。
 今回の内閣改造で小泉進次郎が入閣することで、またぞろ、安倍内閣の支持率が上がるだろうが、こんな首相のもとでは自分の生命がどんどん危険にさらされるということに、いい加減気づくべきではないか。
(編集部)


県対応鈍く不満の声
 台風から1週間で自治体など
2019年9月16日:東京新聞・千葉版

 台風15号が県を直撃してから十六日で一週間になる。被害は発生当初の予想をはるかに上回り、依然として大規模停電や断水が続く地域は生活再建からは程遠い。被災者への県営住宅の提供など避難生活の長期化に備えた対応も始まったが、県の動きの鈍さを疑問視する声も上がっている。 (中谷秀樹)
 十五日夕方現在、県内の停電軒数は南部を中心に十二万軒。台風が上陸した九日朝のピーク時の六十四万軒からは五分の一に減ったが、エアコンが使えない生活を余儀なくされ、これまでに熱中症の疑いで三人が死亡している。
 断水は二万百五十九戸で続く。最も多く確認された十日の八万九千戸から四分の一に解消されたものの、十一日以降は二万戸台で推移し足踏み状態が続く。電力が供給されても、水流が止まった水道管にさびや汚れが発生して断水している家庭も多い。県は十七日に技術職員四人を現地に派遣して洗浄作業に当たる。
 県内六十五カ所の避難所に二百七十四人が身を寄せている。健康不安も懸念され、県は住宅に被害を受けるなどした被災者に県営住宅を無償提供することを決め、十六日から受け付けを始める。
 一方で、一連の県の対応には複数の自治体などから不満の声も聞かれる。けが人を九日時点で九人と発表したが、被害の現状とはかけ離れた数字で、その後、増加。十四日の四十四人が、翌日の十五日には八十二人に膨れ上がった。県は自治体からの報告の遅れを理由に挙げるが、職員を現地に派遣するなど主体的に情報収集に当たっていなかった裏返しとも言え、「初動が遅れて被災地のニーズを把握していない」とする指摘もある。森田健作知事はこの日の県災害対策本部会議で「チーム千葉の総力を挙げてこの難局を乗り切る」と強調した。

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