政治もどきの「アベ政治」

「アベ政治」の害悪は、問題を切り分けて、その根幹や全体を見ないところにある。些末な問題が群としてあり、その矮小化された問題の「解決したふう」を装おうことが、まるで「政治」だと勘違いしている。確かに、さまざまな政策が決定され、いろいろな法案が強行成立され、陳腐な閣議決定が連発されるが、この国のおおもとの問題は未解決のまま揺らぐことがない。
国の切り売りが進み、未来が失われ、国民の将来は不安に満ちている。
「政治」が絶望の虚無の中に沈んでいる状態が「アベ政治」だ。


セブンの残業代未払い
 現場軽視の体質が極まる
2019年12月15日:毎日新聞

 収益拡大に目を奪われ、コンビニを支える現場の人をないがしろにする企業体質があるのではないか。そう疑わざるを得ない事態だ。
 業界最大手、セブン―イレブン・ジャパンが加盟店で働くアルバイトやパートの残業代などの一部を長年、支払っていなかった。
 本部が代行する給与計算の算定式のミスが原因で、今年9月に労働基準監督署が指摘するまで気づかなかったという。対象は記録が残る直近の7年9カ月分だけで約3万人、計約4億9000万円にのぼる。
 未払いは1970年代から続いてきた可能性がある。労基署は2001年にも別の残業代算定ミスを指摘していた。にもかかわらず、本部は公表せず、算定式を変えただけで、過去の未払い分を放置したという。
 01年以前の未払いの内容や規模は不明で、当時会長だった鈴木敏文氏はセブン側の聞き取りに「全く承知していなかった」と語ったという。
 40年以上も残業代がきちんと払われていないなら、現場軽視が極まる。加盟店主は「人手確保が一層厳しくなる」と不安を強めている。
 セブンの永松文彦社長は記者会見で「あってはならないことだ」と強調したが、全容解明のための第三者委員会の設置などの方針は示さなかった。経営責任も自身の報酬を3カ月間10%返上するという生ぬるい内容にとどまった。
 セブンはこの1年、24時間営業をめぐる加盟店主側との対立や、安全対策が不十分なまま見切り発車したスマートフォン決済「7pay(セブンペイ)」の不正アクセス問題など失態を重ねてきた。
 経営陣はそのたびに「今までのやり方を抜本的に見直す」と約束した。だが、24時間見直し問題でも、時短営業を認めたコンビニ店舗は他社に比べて格段に少なく、時代の変化に応じた改革への覚悟が見えない。
 親会社のセブン&アイ・ホールディングスはコンビニ事業の好調を背景に今年8月中間期も過去最高益となった。それだけに今のビジネスモデルを温存したいのだろう。
 しかし、残業代の未払いや時短は現場にとって深刻な問題だ。真正面から向き合わなければ、働き手や顧客に不信が広がり、成長路線も行き詰まることを自覚すべきだ。



診療報酬改定 医師の働き方改革を着実に
2019年12月19日:読売新聞

 超高齢化社会を見据えて、効率的で質の高い医療体制の整備を進めなければならない。
 政府は、2020年度の診療報酬について、0・46%程度引き下げることを決めた。国費は約500億円減る。
 医師らの人件費に回る「本体」は0・55%引き上げる一方、薬価は市場価格に応じて1・01%引き下げ、全体をマイナスとした。
 財務省は医療費抑制の観点からマイナス改定を求め、日本医師会は賃金の伸び率が他産業より低いとしてプラス改定を要請した。双方に配慮した結果と言えよう。
 本体の改定では、特例として、0・08%分を救急病院の働き方改革への対応に限定した。
 厚生労働省の推計によると、救命救急機能を担う病院の8割以上で、残業時間が年1860時間を超える医師がいるという。
 救急病院への人件費を手厚くすることで、医師を十分確保し、長時間労働を是正する狙いは理解できる。患者サービスの質の維持にもつながろう。
 診療報酬の特例措置とは別に、地域医療に充てる既存の基金を143億円程度積み増し、医療機関の働き方改革に対応する。
 24年度から病院の勤務医の残業に上限を設ける規制が導入される。救急のほか、産婦人科や外科、小児科の勤務医は超過勤務が多い。地方の医師不足も深刻だ。こうした状況の改善に向けて、基金を有効に活用すべきである。
 超高齢化社会では、生活習慣病など慢性疾患は増える。生活の質を保つための医療を充実させることが求められる。
 重症患者向けで高い報酬が支払われる急性期病床は過剰となっている。リハビリを行う回復期病床に移行させていく必要がある。
 診療行為ごとの個別の報酬設定は年明け以降議論を進め、来年2月ごろに決定する。無駄を省きつつ、真に必要な医療サービスに報酬を振り向ける。メリハリを利かせることが重要だ。
 薬剤費の抑制も求められる。極めて高額な治療薬の登場が相次いでおり、医療財政を圧迫する懸念が強い。超高額薬の保険適用のあり方を検討すべきだ。安価なジェネリック(後発薬)の利用も促進せねばなるまい。
 政府は、医療制度改革の一環で、身近な「かかりつけ医」らの紹介状なしに大病院を受診した場合、自己負担額を上乗せする仕組みを拡充する方針だ。患者の大病院への集中を防ぎ、勤務医の負担を軽減する効果が見込めよう。


75歳以上の医療費
 負担能力見極めた対応を
2019年12月20日:毎日新聞

 一定以上の所得がある75歳以上の高齢者について、医療費の自己負担を1割から2割に引き上げる政府方針が決まった。全世代型社会保障検討会議の中間報告に盛り込まれた。
 75歳以上で現役並み所得の人は、すでに3割負担だ。それ以外の1割負担の人のうち、所得が比較的高い中間的な層が2割負担になる。
 これまでも、70~74歳の自己負担を原則2割に引き上げるなどの対策を取ってきた。しかし、2022年から団塊の世代が75歳以上になり始め、医療費はさらに増加する。
 増加分は現役世代も負担する。会社員らが加入する健康保険の保険料の引き上げにつながる。このため中間報告では、不公平感が高まらないよう、高齢者にも所得に応じた負担を求めた。
 いくらの所得から2割負担とするかの線引きは、来夏の最終報告に向けて検討される。負担能力を見極めて設定すべきだ。
 高齢になるほど医療機関にかかる機会は増える。長期にわたり受診が必要な人もいる。一方で、国の調査で年齢層別の平均年収をみると、高齢になるほど少なくなる。
 負担能力は家庭によって異なる。介護サービスを利用していればその分の自己負担も生じる。預貯金など資産のあるなしでも余力が違う。
 高齢者の家計や受診の実態、負担増の総額の推計など、関連するデータをきちんと公表したうえで、議論を進めるべきだ。
 医療機関を受診した際に、通常の自己負担とは別に、数百円程度の定額負担を求める仕組みの導入は、先送りとなった。過剰な受診の抑制が目的でも、広く薄く取るという思惑が透けて見えれば、受け入れられがたいのは当然だ。
 中間報告では、厚生年金の加入対象拡大も決まった。現在の従業員501人以上の企業に加え、50人超の企業でも段階的に短時間労働者の加入が義務になる。支え手が増え、年金財政を改善させる効果もある。
 ただ、企業も保険料を負担することになる。中小企業への支援策と併せて、着実に実施すべきだ。
 社会保障制度の持続可能性を考えれば、こうした対策だけでは不十分だ。今後も検討を重ねていくことが欠かせない。



クローズアップ
社会保障会議・中間報告
 全世代型、まだ遠く 負担増、改革は限定的
2019年12月20日:毎日新聞

全世代型社会保障検討会議であいさつする安倍首相(右から2人目)
=首相官邸で2019年12月19日

 政府の全世代型社会保障検討会議の中間報告は、政府・与党内の激しい攻防の末にまとまった。当初来夏の最終報告に持ち越す予定だった医療制度の「負担増」にも踏み込んだ。しかし、制度設計は生煮えの部分も多いうえ、新味に乏しい記述も目立つなど、少子高齢化に備えた社会保障の全体像が示されたとは言い難い。「小手先の改革では限界だ」(自民党幹部)との声も漏れている。
 「現役世代の負担上昇を抑えながら全ての世代が安心できる制度を構築する」。首相官邸で19日開かれた全世代型社会保障検討会議。安倍晋三首相は中間報告に盛り込まれた一定所得がある後期高齢者医療費の自己負担を2割に引き上げる見直しなどに理解を求めた。
 9月の内閣改造で「全世代型社会保障改革」を看板政策に掲げた首相だったが、首相官邸幹部は「首相は当初、医療の負担増に踏み込む気はなかった」と明かす。衆院議員の任期(2021年10月)の折り返しを迎え、「年内解散」もささやかれた時期だ。有権者の反発も招く「負担増」は当面封印が賢明、との判断が当初あったとみられる。
 だが、11月には「桜を見る会」を巡り、政権批判が強まった。戦略の練り直しを迫られた首相サイドが飛びついたのが財務省が狙う「負担増の前倒し」だった。
 政府が6月に閣議決定した「骨太の方針」では、厚生労働省内で議論が先行する年金・介護は「年末までに結論」、医療制度改革は「来年の骨太でとりまとめ」とゴールがずれていた。
 首相の自民党総裁任期は21年9月まで。同年は「ポスト安倍」を巡る党内争いが激化する可能性もある。財務省はここから逆算し、「来年の通常国会が法案提出のラストチャンス」(政府関係者)と判断。同省が意図したのは年末決着の診療報酬改定で若干の「アメ」を容認する代わりに医療制度の負担増を入れ込む策だ。11月26日の検討会議では麻生太郎副総理兼財務相が「先送りせず結論を出すべきだ」と前倒しを求めた。


 「全世代型社会保障の全体像を示すべく法案を作りたい」。首相は同月29日、首相官邸執務室で加藤勝信厚労相に来年の通常国会に関連法案を提出すべきだとの考えを伝えた。
 首相周辺は「仕上げればレガシー(政治的遺産)になる」と解説する。財務省が唱える前倒し論は、残り任期の総仕上げと解散戦略を探る首相サイドにも好都合と映った。与党内では来夏の東京五輪・パラリンピック後の衆院解散も有力視されるが「通常国会で法案を通しても、直後のオリパラが(批判をかき消す)『消しゴム』となり、秋には解散の環境が整う」(自民党幹部)との見方もあった。
 しかし、後期高齢者の窓口負担増や外来受診時の定額負担は、政府内で制度設計など詰めた議論をしていない。加藤氏は「国民が納得できる説明をしなければ」と前倒しの要請を固辞。退室した加藤氏を首相は執務室に再び呼び込み、「来年の通常国会に法案を提出したい」と重ねて伝えたが、加藤氏は首を縦に振らず、最後は首相が折れた。
 負担増には与党の拒否感も根強かった。後期高齢者の窓口負担「原則2割」を明記させたい財務省に対し、公明党は早々と「原則1割を基本」で党内議論を打ち切った。自民党も党の提言で負担増は容認しつつも「2割」との記述は見送った。「選挙への影響も考えないと」。与党幹部は政府へのいらだちを隠さない。
 結局、来年の通常国会に法案を提出しない一方、一定の所得層が対象の「2割」を中間報告に明記。厚労省は来年秋の臨時国会への提出も視野に入れるが、成否はまだ見えない。【横田愛、村尾哲】

与党抵抗 線引き先送り

 今回の中間報告の特徴は、年齢にかかわらず、経済力に応じた「応能負担」を強化したことだ。現行の75歳以上の後期高齢者医療の自己負担は原則1割。現役並み所得(単身世帯で年収383万円以上)がある人で3割だが、2022年度には、1割負担の人のうち「一定所得以上」ある人を2割へ引き上げる。
 後期高齢者の医療費は、財源の大半を公費や現役世代の保険料に頼る。「団塊の世代」(1947~49年生まれ)が75歳に達する22年までに制度を見直す必要に迫られている。
 政府試算では、自己負担を1割から2割へ引き上げた場合、関節症の通院で負担額は年間3・2万円から6・4万円にアップ。自己負担額に上限を設ける制度があるため、すべてのケースで2倍にはならず、がんの通院は同13・6万円から14・4万円と微増だ。
 与党の抵抗に遭った政府は今回、1割と2割でどちらの対象者が多くなるのかを明らかにせず、年収の目安も示さなかった。「線引き」は来夏の最終報告に向け、「高齢者の生活への影響を見極め、適切な配慮を検討する」と中間報告では玉虫色の表現となった。
 75歳以上の医療費は1人あたり年92万円。65歳未満の約5倍で、自己負担が2割になれば家計への影響は甚大だ。22年に75歳となる群馬県内の男性(72)は「病院にかかる機会が増える時期に医療費が2倍になるのは困る。4月に仕事を辞めて収入は年金だけ。年金保険料を70歳まで払っていたので、もらえる厚生年金が通常より多い。2割のラインぎりぎりで引っかかったら大変だ。これでは『ある程度の収入以下の方がいい』と考え、働けても働かない高齢者も出てくるようになるだろう」と話す。
 一方、病院や診療所の受診時、自己負担に一律で数百円を上乗せする「ワンコイン負担」は先送りした。財務省や民間委員は不要な受診の抑制策として導入を訴えたが、与党や日本医師会は「受診控えを招く」と反対していた。
 代わりに盛り込んだのが紹介状なく大病院を受診した患者に初診5000円以上、再診2500円以上の支払いを義務づける制度の拡大だ。対象を400床以上から200床以上に広げて負担額を増し、公的医療保険からの給付を減らす。
 高齢化による社会保障費の増加は22年には毎年8000億円前後に達するとみられ「中間報告のメニューでは不十分」との見方が強い。本格的な負担増が先送りとなったことに対し、財務省内には「数年内に手を打たなければならない」として巻き返しを期する声もある。【原田啓之、吉永磨美、森有正】

少子化対策盛り込まず

 今回の中間報告では、待機児童や所得の低い若者世帯への支援、減り続ける出生数など、少子化対策は盛り込まれなかった。人手不足に備え年金や雇用の制度を見直して健康に働く高齢者を増やそうとしているのとは対照的だ。
 中間報告は全体的に「高齢者対策」の側面が強い内容だ。70歳まで働きたい人のため、企業側に定年延長や継続雇用といった選択肢を示し、努力義務で促す内容が盛り込まれた。年金制度も、受給開始時期を60~70歳の間で選択できる上限を、75歳に引き上げる。
 ただ、少子化対策は急務だ。待機児童は4月時点でいまだ1万6772人おり、政府が目指す21年春の解消は困難な状況だ。今年の出生数も87万人を下回り、過去最少を更新する見込みだ。少子高齢社会は深刻化していると言える。少子化対策が盛り込まれなかった理由について、会議を取り仕切る新原浩朗経済産業省経済産業政策局長は「10月から始まった幼児教育・保育の無償化など、これまで手掛けてきた」と釈明する。9月に始まった会議は、19日を含めて5回開かれた。うち2回は関係者のヒアリングで、少子化に関する議論は限られていた。厚労省幹部も「具体的な議論が出なかったので、具体的な記述が盛り込まれなかった」と話す。
 政府・与党内には児童手当や出産一時金の増額を求める声もあり、最終報告に向け対策が検討されるが、財源確保も迫られる。政権は消費税10%超の増税検討を封印しており難航する可能性もある。【梅田啓祐】


税制改正大綱 企業に手厚過ぎないか
2019年12月13日:東京新聞

 二〇二〇年度の与党税制改正大綱が決定した。次世代通信規格(5G)普及やベンチャー投資を行う企業への優遇措置が柱だ。消費税増税で暮らしが圧迫される中、企業への配慮が手厚過ぎないか。
 現行の最大百倍の通信速度を持つ5Gは農業や建設現場を含め幅広い用途が期待されている。米国や中国を軸に日本を含む各国が5Gの開発競争にしのぎを削っており、ここへの税制上の配慮は理解できる。
 しかし、現段階で5G技術を駆使できる企業は限られる。優遇対象になるのは、やはり大手の携帯電話事業者が中心になるのではないか。携帯各社に対しては料金面などで依然、消費者からの不満が強い。優遇が経済の活性化につながるのかしっかりとした説明が必要不可欠だ。
 革新性を持つベンチャー企業に投資する企業への優遇は、資金の流れを促すことが狙いだ。財務省が公表した法人企業統計によると、一八年度の企業の内部留保は約四百六十三兆円と過去最高を更新した。企業がもうけた資金を賃金アップや設備投資に回していない証拠でもある。
 今回の措置で投資を促し内部留保を出させようとする狙いだ。だが企業がここまでため込んでいる理由は、景気の先行きがはっきり見通せないからだ。
 米中の貿易対立は依然、世界景気に暗い影を落としている。この結果、本年度の税収見通しは二兆五千億円程度も下方修正せざるを得ない。原因は企業からの法人税が減ったことに尽きる。この状況下でベンチャー投資をできる企業は少ないのではないか。効果は未知数と言わざるを得ない。
 寡婦(夫)控除については未婚の場合も対象とすることになった。長年、不公平との指摘が多かった問題であり、今回大きく改善されたことは評価できる。
 ただ五百万円以下の所得制限は付いたままだ。所得が五百万円あっても子育て世帯の生活は楽ではない。制限の緩和を求めたい。
 安倍政権下の税制は企業活動への対策に軸足を置いていた。財務省によると法人税額から一定額を差し引く「税額控除」による減税額は、一一年度と比べ一七年度は三倍も拡大。企業への手厚い姿勢が数字でも裏打ちされた形だ。
 税の基本の一つは「公平」である。企業だけでなく、暮らしにこそきめ細かく配慮した税制を望みたい。


(社説)
税制改正大綱 「再分配」が置き去りに
2019年12月16日:朝日新聞

 一部の不公平の解消には手をつけ、政権が重視する企業向けの優遇策を手厚くする。しかし所得再分配の強化という重い課題には、向き合わない。
 与党が決めた来年度の税制改正大綱のことだ。
 昨年結論を出せなかった未婚のひとり親の所得税負担は、配偶者と離婚や死別した人が対象の「寡婦(夫)控除」に組み入れて、軽くする。男女の間で差のある所得制限や所得控除額も、同じ水準にそろえる。
 自民党に根強い、結婚を前提とする伝統的な家族観に阻まれ、不公平が続いていた。遅すぎたものの、当然の判断だ。
 家族の姿は様々で、これからも変わるだろう。再び時代遅れとならぬよう、今後も見直しを重ねなければならない。
 ベンチャー企業や次世代通信規格への投資を促す法人税の優遇は、安倍首相のこだわりで創設された。大綱は、企業が手元の現預金を増やしている現状から、投資や賃上げが重要とし、企業の経営者に「『攻めの経営』に向けた自己改革と挑戦を強く求めたい」とも記す。
 だが、企業は税制のみで投資を決めるわけではなく、ねらった効果を生み出せるかは未知数だ。単なる企業の優遇に終わらないか。手元資金が潤沢な企業への減税が、国民の理解を得られるのか。賃上げ促進など他の企業関連の税制も含め、効果の見極めは必須になる。
 こうした制度改正を、自民党の甘利明税制調査会長は「歴史的な節目」と自賛する。しかし、再分配強化に触れずして、胸を張れるだろうか。
 なかでも、株式の配当などにかかる金融所得への課税の見直しは、株価の動きを強く意識する安倍政権のもと、議論が封印されている。所得税と住民税あわせて20%の税率は、高い給与の人への税率より低く、合計所得が1億円を超えると、税負担率は軽くなっていく。
 確定拠出型年金の使い勝手の改善などには取り組んだが、年金収入や、働き方の違いで差がある退職金への減税も、公平の視点から見直しが欠かせない。
 大綱には、こうした問題意識に加え、「格差の固定化につながらないよう、機会の平等や世代間・世代内の公平を実現する考え方」「所得再分配機能の回復の観点」から、見直しを検討すると書き込んだ。しかし前年の文章の踏襲にとどまり、熱意は感じられない。
 所得の再分配を強めて格差の是正を図る議論は、「歴史的な節目」のなかで置き去りにされた。先送りするほど、問題は深刻になる。課題を認識しながら議論に踏み出さないのは、与党としての責任放棄だ。



特定技能、突貫のひずみ
 「実習生の方がもうかる」声も
2019年12月17日:朝日新聞

 昨年の臨時国会で「労働力不足に対応するため」として、急ピッチの議論の末に創設された在留資格「特定技能」。制度スタートから8カ月たった今も低空飛行が続く。特定技能への移行が進むとみられていた技能実習生は増加の一途だ。ただ待遇の劣悪さを訴える声は後を絶たない。
 「特定技能を活用しよう」。11月25日、ミャンマーの人材派遣会社「ミャンマー・ユニティ」が東京都内で開いたセミナーには約100人がつめかけた。
 出席者の多くは、技能実習生の受け入れ窓口である監理団体や、特定技能で来日する外国人の支援機関の関係者だ。
 ミャンマー・ユニティ最高顧問の北中彰さんは、軌道に乗らない特定技能の現状への不満をあらわにした。「試験が少なすぎる。今の100倍にするべきだ」
 ミャンマー政府にも対応を急いでほしいと思っている。送り出し機関が労働者から得られる手数料など細目が決まっていないため、人を集められないでいる。
 特定技能の資格を得る人が増えない理由について、ある協同組合の幹部は「枠組みだけ急ごしらえで、それを動かすシステムもマネジメントもなかった。やってくる人の母国の制度とすりあわせができていない」と指摘する。「受け入れ緩和を発表すれば、アジアの国々は喜んで送り出すと思っていたかのような、おごった発表の仕方だった」
 だが送り出し国のルールが整備されても、送り出し機関が「特定技能」に乗り気になるかは不明だ。
 技能実習生の最大の送り出し国であるベトナム。ハノイの中堅の人材派遣会社幹部は、ベトナム政府が9月に示した特定技能のルール案をみて「技能実習生の送り出しの方がもうかる」とクビをすくめた。
 案によると、1人あたりの手数料などとして日本の受け入れ企業から2800ドル(約30万円)、特定技能の資格者自身から給料2カ月分まで徴収できるとされている。
 一方、技能実習生からは現在、ベトナム政府が定めた手数料の上限の3600ドル(約39万円)の2倍超を取っている。さらに受け入れ先の企業から、毎月数千円の「管理費」を得ているのだという。(機動特派員・織田一、藤崎麻里)

手続き煩雑、ためらう企業

 特定技能の仕組み自体、使いにくく、魅力が乏しいものになっている。
 外国人労働者関連の法務に詳しい宇都宮市の行政書士、深見史さん(66)によると、人手不足の企業から特定技能について相談はあるが、手続きが煩雑で費用が高くかかると知ると、ためらう企業が多いという。
 特定技能の申請には、200枚ほどの書類を入管に提出しなければならない。また企業にとってみれば、送り出し機関や登録支援機関に費用を支払わなければならないため、日本人と同等の賃金を払えばかえって高くつく。人材を育てても5年という上限がある。
 働く側にとっても、給料は技能実習生よりは高いが、家族を帯同できず、将来の展望もない。5年間だけと割り切れる人以外は、メリットがないという。
 特定技能や技能実習制度に詳しい神戸大大学院国際協力研究科の斉藤善久准教授(49)は、特定技能について「転職の自由があり、送り出し機関などを仲介せずに直接契約できる、とされたが、骨抜きになっているのが実情だ」と指摘する。「誰にとってもメリットがない制度になっている」
 転職の自由について、入管庁は、労働者が大都市や大企業に集中するのを懸念する。各分野の業界団体は引き抜き防止を申し合わせる方針だ。飲食料品製造業は、すでに3月に「引き抜き自粛」を申し合わせた。
 企業の直接雇用についても、ベトナムとの覚書では、特定技能を取得できるのは、試験に合格するだけでなく、同国政府が許可した送り出し機関から送り出された人だけになった。日本側でも、企業を支援する名目で「登録支援機関」がつくられ、労働者との間に介在する仕組みになった。
 技能実習から特定技能に移る場合も、同じ会社に居続ける人が優遇される仕組みになっているという。「我慢し続けた人へのご褒美、という感じだ」と斉藤氏は批判する。(平山亜理)

送り出し国で混乱、詐欺被害も

 特定技能の送り出し国として想定される国の一つ、インドネシア。政権が政策の柱に人材育成を掲げており、特定技能への期待も大きい。ただ両国の協力覚書は6月にずれ込み、試験が始まったのも10月末だ。
 同国では、日本の新制度導入が正確に伝わっておらず、混乱が起きている。
 インドネシアで、労働者らの渡航準備や職業訓練を請け負ってきた事業者の男性は「日本で働くための仕組みが多くありすぎて、誤解や困惑が起きているケースは少なくない」という。
 外国人労働者の問題を扱う同国のNGO「SBMI」のケースワーカーは「特定技能制度をかたるなど、詐欺の被害にあったという申し出を数件受けた」と話す。無登録とみられる仲介業者が、就労希望者から手数料をだまし取り、日本に行けないケースも報告されているという。
 一方で、日本の技能実習制度の現場で低賃金や暴力に苦しめられ、失踪する人は後を絶たない。
 ベトナム人のグエン・ズイ・クアンさん(23)は11月に帰国した。「夢を持って来たのに、日本では、暴力や暴言で気持ちがぐさぐさになった」と振り返る。
 一家のために家を建てたいと考え、2016年9月に来日した。来日前に110万円の借金をした。
 「壁装」の実習のはずが、仙台市の建設会社で強いられたのは、1階から3階までボードを運ぶ仕事だった。重さは20キロ以上。足を止めると、「ベトナムに帰れ」「バカ」とののしられた。頭を、鉄の棒で殴られたこともある。かぶっていたヘルメットは壊れ、頭から血が流れた。足も蹴られて腫れ、あざができた。
 社長の家の掃除をさせられ、自動車も洗わされた。月給は住居費などを引かれて手取り7万円ほど。ベトナムの家族には、1万円から5万円ほどを送った。借金も返せなかった。
 「このままではだめだ」と逃げ出したという。
 ベトナム人を支援する東京都港区の浄土宗の寺「日新窟(にっしんくつ)」には、こうした相談が相次ぐ。日新窟の吉水里枝さん(50)は「技能実習生は、日本人に都合よく使われ、ポイ捨てされている」と悲しむ。(野上英文=ジャカルタ、平山亜理)
     ◇
 〈特定技能〉 昨年12月の出入国管理法改正で創設された在留資格。今年4月から受け入れが始まった。
 技能水準に応じて1号と2号に分かれる。「相当程度の知識または経験を必要とする技能」が必要な1号は、建設、介護、ビルクリーニング、素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、飲食料品製造業、農業、漁業、外食業の14分野が対象。家族帯同は認められず、在留期間は通算5年まで。資格を取得するには業種別の技能試験と日本語能力試験に合格する必要がある。技能実習生で3年の経験があれば、試験を受けずに資格変更も可能だ。
 一方、「熟練した技能」を要する特定技能2号は、在留期間の上限はなく、家族帯同も可能になる。現時点では建設、造船・舶用工業で受け入れ可能だ。
 送り出し国に想定されたのはベトナム、フィリピン、カンボジア、中国、インドネシア、タイ、ミャンマー、ネパール、モンゴルの9カ国。


外国人「特定技能」伸び悩み
 技能実習生は増加の一途
2019年12月17日:朝日新聞

 低賃金など職場環境の劣悪さが問題視されてきた「技能実習」の在留資格を得る外国人が増え続けている。年末には40万人台に達する勢いだ。一方で、外国人労働者の受け入れ拡大のために創設された在留資格「特定技能」は、初年度に最大約4万7千人と試算されていたにもかかわらず、13日時点で1732人にとどまる。国内外の態勢が整わない中での「見切り発車」で、送り出し国の対応が進んでいない。
 政府は「労働力不足に対応するため」として、昨年12月8日に新たな在留資格「特定技能」を設ける「改正出入国管理法」を成立させた。
 当時、政府は初年度だけで最大約4万7千人、5年間で最大約34万5千人がこの資格を得ると試算していた。特に導入初年度は、特定技能の資格を得る人の半数以上が技能実習からの移行組と想定されていた。
 特定技能は介護や外食業、農業など14分野を対象として4月にスタートしたが、この資格を得た外国人は12月13日時点で1732人。政府の初年度想定の約3%にすぎない。申請中の人も現時点で約3700人にとどまる。
 成立から制度開始まで約4カ月しかない「急ごしらえ」だったことから、送り出し国に想定された9カ国のうち、現在までに準備が整ったのはフィリピン、カンボジア、ネパール、インドネシアの4カ国にとどまる。技能実習生の最大の送り出し国であるベトナムは、まだ国内手続きを整備中だ。
 一方で、技能実習生は増加の一途だ。今年6月末時点で約36万7千人で、半年で約3万9千人増えた。過去最多になる勢いだ。
 背景には、職種がこの25年間で約60増えて計81種になったことがある。特に15年に「総菜製造」が加わったことで、ほかの外国人労働者などから実習生への移行が進んだとみられる。また特定技能を得るには技能試験が必要だが、技能実習は受けなくていいことも影響しているとみられる。
 ただ技能実習をめぐっては、賃金未払いや長時間労働に耐えかねた実習生が失踪する事態も多発している。出入国在留管理庁が監理団体や企業への対策を強化しているにもかかわらず、こちらも増加傾向だ。昨年の失踪者数が9052人だったのに対し、今年の失踪者は上半期だけで4499人にのぼる。
 出入国在留管理庁は、3年の技能実習の実績があれば試験を受けずに特定技能への資格変更ができることから、「移行する人がいずれ増える」と見込んでいる。(板橋洋佳)



「男女格差」が日本で埋まらない本当の理由。
フランスの元家族・子ども・女性の権利省
大臣が明かしたこと。
100万部突破、
フランスのフェミニズム小説が描く“男女格差“のリアル
2019年12月19日:ハフィントンポスト

インド、イタリア、カナダーー。3カ国で暮らす、3人の女性の「選択」と「闘い」を描き、本国フランスで100万部突破した小説『三つ編み』。
“フェミニスト小説”といわれる本作を、「男性学」の視点から読み解くイベントが、2019年10月に東京・田原町の書店「Readin’ Writin’ BOOKSTORE」で行われた。 
トークしたのは、『三つ編み』日本語版の解説を担当し、著者にインタビューしたフランス在住のライター・髙崎順子さん。ゲストは男性学研究を専門とする社会学者の田中俊之さんの2人。

(左から)フランス在住のライター・髙崎順子さん、男性学研究を専門とする社会学者の田中俊之さん

小説に描かれた男性像をきっかけに、“理解ある優しい男性”の盲点や“上位層の男性”以外は生きづらい日本の社会、そしてフィクションが与えてくれる可能性について、前編に続き、『三つ編み』を通して見える日本社会の問題点についてふたりが語り合った。
関連記事》「人間が好きならフェミニストなはず」フランスで100万部突破「三つ編み」の著者、日本を思う。





















レティシア コロンバニ (著),  齋藤 可津子 (翻訳)『三つ編み』(早川書房)

理解はあるが、現状は変えたくない男たち 
髙崎:『三つ編み』はまったく異なる人生を歩む、3人の女性を描いた小説です。
カースト最下層の運命から娘を逃そうとするインドの母親。代々受け継がれてきた家業をこよなく愛するイタリアの16歳の少女。3人の子を育てながら弁護士としてキャリアを着実に積み上げるカナダのシングルマザー。
実は、『三つ編み』に登場する男性は、すごくソフトに描かれているんですよ。彼らは女性を攻撃はしてこない。でも、社会や秩序の象徴でもある。
たとえば、インドで暮らすスミタの夫は、理解がある男性として描かれています。幼い娘に教育を受けさせようとするし、妻が激怒しても殴ったりせずに話を聞く。
でも、「じゃあここから抜け出しましょうよ」という妻の提案は受け入れられない。なぜなら社会とはこういうものであり、自分はそこで生きる人と容認しているから。(この夫は)現状肯定の象徴なんです。
満員電車を容認するしかない人々と同じように、スミタの夫もカーストの最下層身分に生まれた人生を「こういうものだ」と諦めている。 
イタリアの少女の父親、カナダの弁護士の上司もそう描かれています。彼らは女性を攻撃しない。でも、彼女たちが枠組みから外れたときに、手を差し伸べることもしない。
田中:理解はあるけれども、秩序を乱そうとする行動は否定するんですよね。
人は、現状が現状であるというだけで、一定程度正しいと評価する。そういう心理が働いてしまうことは、社会心理学でも確認されている知見です。
1969年に石原慎太郎の『スパルタ教育』という本がベストセラーになったのですが、それには基本、奥さんと子どもはぶん殴っていいと書いてある。妻子をバンバン殴って、真ん中にどんと座ってりゃ、お父さんはそれでいいんだよ、と。
戦後、夫婦は対等だと建前で言ってはいても、ハリボテの裏には旧態依然の思想が蠢(うごめ)いている。
だから、男女雇用機会均等法ができても、「じゃあ一般職と総合職を分けよう」というごまかしの発想が出てくるんですね。「現状の秩序を維持していくために、いかに細工や根回しをするか」という発想になってしまうのが日本社会です。

男のつらさが、女のつらさに絡め取られる

髙崎:私は『三つ編み』を読んで、女性としてはすごく清々しかったんですね。と同時に、男性の登場人物たちが気の毒だとも強く感じました。
女性たちは苦しい状況の中でも戦い、前を見ながら自分の居場所を見つけていく。でも男性たちは、イタリアの章で登場する移民の彼以外、そこから出ようとする動きが書かれていないんです。彼らも抑圧の下にあるのに。
田中:日本で男性学が発展しない理由もそこにあります。男性は社会で優位な側にいることが多いわけですから、彼らが抱えている問題の出し方が難しいんです。 
議論を進めようと「男の人も困っていることがあるんですよ」と言うと、「いや、女性のほうが困っています」と絡め取られて終わってしまうことも多々あって。確かに、女性のほうがより困っている立場にあることは自明なのですが。
髙崎:以前に、女性活躍支援に力を入れている企業の方とお話する機会があったんです。「なぜ御社は女性活躍支援の部署をつくっているんですか?」と聞いたら、「だって国の方針ですよね」という答えが返ってきた。
しかもその担当者は女性だったんですが、なぜかと問われて真っ先に出た言葉が「国の方針」。
彼女には自分ごととしての切実な意識がないんだな、と驚いてしまいました。ダイバーシティも同じで、単なるお題目でしかない企業がたくさんある。
先日、フランスで女性の権利を管轄していた元家族・子ども・女性の権利省大臣のローランス・ロシニョール上院議員に取材したんです。
そのときに「日本が政治の場で女性問題を改善していくためのヒントが、フランスにありますか」と質問したんですね。そしたら一瞬戸惑うような答えが返ってきまして。
要約すると、フランスの男女格差問題は、男性が持っている権利を女性が持っていない点にあるんですね。男性は皆、ほぼ同じ権利を持っている。だから女性側にもその分の権利を与えて、格差を改善しましょう、という構造になっている。 
ところが、日本では男性間でも権利を持っている人と、持っていない人の格差がある。だから女性の権利を拡大・回復しようとしても、「男性が持っている権利」の目安をどこに置いていいのかが見えにくいのでは、と……。
田中:なるほど。そういった側面は大いにあると思います。 
日本の男性の権利や選択の自由という観点から、僕も最近発見したことがあるんです。『地上』という農業雑誌をご存知ですか? 農業の担い手やJA職員を対象とした雑誌なのですが、先日、その雑誌でインタビューされたんです。
そのときに「飲み会に行くも行かないも、結婚するもしないも個人の自由だ、と先生はおっしゃいます。そこは共感しますが、農家は土地を継がないといけない。結婚して子どもをつくらないと土地を継いでいけないし、地域の飲み会に行かないと、水害が来たときに『あいつは飲み会来ないからな』という理由で、自分の畑だけ守ってもらえないこともあるんです」という話をされました。
そう言われて初めて気づいたのですが、僕が研究している男性学って第三次産業に従事する男性の男性学なんですね。 
でも日本には、農業や漁業といった第一次産業を生業にしている人はたくさんいる。飲み会に行かないことが、死活問題になる社会もあるんです。自分の視野の狭さを思い知らされました。
髙崎:そういった乖離はありますね。言論の世界で積み上げていくものふわふわ感と、現実社会とのあいだには必ず乖離がある。私自身も痛感しています。

男性優位社会の上位層以外は、全員が苦しい日本

髙崎:ちょっとプライベートな話になるのですが、私がこの問題を考える時の出発点には、個人的な経験があります。
私は、活発で成績が良く、小さい頃から「あなたが男だったらよかったのに」と言われ続けてきました。大人になっても、ずっと。
一方、私の周囲にはいつも、穏やかでちょっと不器用な男性たちもいました。彼らはことあるごとに「男のくせに」と言われ続けていたんです。
私が「男だったらよかったのに」と言われる横で、彼らは泣くことも許されなかった。 
だから私の中には、女であることの苦しさと、男であることの苦しさが、いつも合わせ鏡になって目の前にあります。私が苦しい時、私の横の男性たちもまた、苦しかったんです。
私が『三つ編み』という小説に救われたのは、そこなんですね。男性は敵ではないし、彼らのつらさも滲み出ている物語だから。そして今の日本のシステムで苦しいのも、やはり女性だけではない。
日本的資本主義では、男性優位社会の上位層の人たち以外は、全員が苦しいんですよね。 
だから、このシステムを変えていこうと思ったら、苦しい人たちみんなが手を繋がざるを得ないというか、どうにか繋いでいけないか?と考えてしまうんです。
田中:東京で子育てをしていると、健康で体力のある成人男性用につくられている街なんだな、ということを至るところで実感します。
東京って、合理的に働いて生産性を上げる企業の論理が貫かれてる都市ですよね。
僕、ベビーカーを押して電車に乗ったら、「ベビーカーで入ってくんなよ」と言われたことがあるんですけど、こういう街で子どもがたくさん生まれるわけがないですよね。 
経済が成長しているうちはそれでよかったかもしれないけど、経済がしぼんで何もなくなったら、恐ろしいことになるでしょうね。
髙崎:それと通じていると思うのが、「男は精神的に子どもだから」という日本ならではの言説。
そしてその言説を、当然のように言う人は男女双方にいますね。そのうち子育てをしたがらない男性、子どもが嫌いな男性の中には、「隣りに本物の子どもがいたら、席が奪われるかもしれない」という恐れを根底に持つ人がいる気がします。
田中:日本で最初に男性学を始められた伊藤公雄先生という方の『男性学入門』(1996年)にもそういう話が書かれています。
日本人の男性には、ママが3人いる。自分の母親と奥さん、それからスナックのママ。日本の男は3人のママにヨチヨチとお世話してもらいながら生きている、という。
なぜそうなるかというと、会社を守ることが自明の理である、という教育を受けて大人になるからです。学校を出たらすぐ就職する、弱音は吐かない、途中で辞めてはいけない。(ママに支えられながら、)「男らしさ」が社会を駆動するのが基本原理になっている。
今の日本のように、右肩上がりの成長が望めない社会でその原理を信じて生きていくのは、かなりつらいことですよ。

この世界を、次世代に渡せる?

田中:だからこそ『三つ編み』のような物語の力ってすごいんじゃないかな、と改めて思っていて。まったく違う国、違う社会で生きる人々の物語が、言葉と想像の力できゅっとひとつに束ねられている。物語の形式だからこそできることですよね。
髙崎:この物語がなぜフランスで生まれたのかという話に戻ると、フランスではやっぱり婦人解放運動=フェミニズムだからなんですよ。
ヒューマニズム(人道主義)の中にフェミニズムがあることが、社会の前提としてフランスでは受け入れられている。男性にとっては、自分の母親や姉妹、恋人、娘の問題であり、「このままの世界を次の時代に残せない」という意識、当事者性があるんですね。 
田中:僕もそこに尽きると思います。誰だって火中の栗を拾いたくない。
けれども「この社会を次世代には渡せない」という感覚、これを持てるかどうかでしょうね。
いろんなものが漏れ出しているにも関わらず、とりあえずの応急処置を繰り返して現状を維持してきた。それが今の日本社会です。先延ばしにするほど、爆発は大きくなるとわかっているのに。
ただ、「既存の秩序で俺は勝ちたいんだよね」と思っている人に、この感覚は届かないんですよ。 
髙崎:そう考えると、女の人はやっぱり動きやすいのかな、と思います。残念ながら、男性はそういう既存の秩序の「型」にはまるように、そこから抜けると不安になるように、教育されてきたから。
一方で、女性はその既存の秩序の「型」には入れないけれども、社会で家事や育児のようなソフト面を担ってきた。制度を動かす力はないけれども、システムを回していく動力であり続けてきた。 
だから、自由であるとも言える。『三つ編み』のスミタのように、女性が一人逃げたところで社会は変わらない。でも、全員が逃げることができたら?         
良くも悪くも既存の秩序でルートが与えられなかった女性は、そこから外れちゃいけないという精神的縛りも男性より薄い。だからこそガツンと大きく踏み出せるときもある。
それも『三つ編み』のメッセージのひとつかな、と。思います。
 
絶望的な現実を直視しないと、次には進めない

田中:男女差別などの現実の話をすると、「もっと希望を持てる話はないですか?」とよく聞かれるんです(笑)。でも下手に希望が持てる話なんかしないほうがいいと僕は思っています。
なぜなら、「若い世代のジェンダー観は、いい変化が起きているんですね。じゃあ我々は変わらなくてもいいよね」ということにもなりかねないからです。現状はこれだけひどいという事実を直視しない限り、次には進めない。
『三つ編み』のような小説は、読むのが正直つらいですよね。でもそこを直視しないと、やっぱり希望は生まれない。僕は、適当ないい話でバランスを取る必要はないと思っています。
髙崎:まずは、現状認識から、ですね。物語や海外の情報は、そのための入口になる。 
田中:去年、うちのゼミでディズニープリンセスの研究をやった学生がいたんですよ。自分より無力なものに助けてもらった白雪姫、シンデレラを経て、ラプンツェルのように、最近のプリンセスが強くなってきているというのは有名な話ですよね。 
ただ、それと比例するように、男性のキャラがバカに描かれるんですよ。
髙崎:『アナと雪の女王』もまさにそうですよね。女の子を主人公に置くために、ひとつのエピソードとして、男性がやや愚かに描かれる。
田中:男同士のケンカを見た女性が、「男って本当バカね」と肩をすくめる。そういう構図は過渡期の今は仕方ないことなのかもしれません。でも、これから先はそういう「男を貶めることで、女を持ち上げる」以外の描き方も出てきてほしい。
小説や映画を共有しあって、意見交換する機会は普段の生活でもとても大事なことだと僕は思っています。
自分や社会を客観視するための方法は、データをいかに正しく読み込むか、だけじゃない。
フィクションのどこに感情移入するか、どう感じたかという意見を交換することで、新しい視点や客観性が生まれることもある。物語に正解はないですから。

髙崎順子(たかさき・じゅんこ)
1974年生まれ。フランス在住ライター。得意分野は子育て環境と食。東京大学文学部卒業後、出版社に勤務。2000年渡仏し、パリ第四大学ソルボンヌ等で仏語を学ぶ。ライターとしてフランス文化に関する取材・執筆の他、各種コーディネートに携わる。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』『パリのごちそう』『パリ生まれプップおばさんの料理帖(共著)』 
田中俊之(たなか・としゆき)
1975年生まれ。大正大学心理社会学部准教授、博士(社会学)。専門は男性学。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員、厚生労働省イクメンプロジェクト推進委員会委員・渋谷区男女平等推進会議委員。『男性学の新展開』、『男がつらいよ──絶望の時代の希望の男性学』、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』、『男が働かない、いいじゃないか!』など著書多数。

(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)



伊藤詩織さんを
「とても複雑な気持ち」にさせた
山口敬之氏の言葉とは? 会見で対峙も
2019年12月19日:週刊朝日

 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、性暴力被害を受けたとして元TBS記者の山口敬之さんを訴えていた裁判は、伊藤さんの勝訴となった。東京地裁は12月18日、山口さんに330万円の支払いを命じた。

 山口さんは19日、日本外国特派員協会(東京都千代田区)で会見し、判決を不服として控訴する意向を示した。

 判決などによると2015年4月に、就職活動中だった伊藤さんは、当時TBSのワシントン支局長だった山口さんと都内で会食した。その後、山口さんの宿泊先のホテルで性行為をされた。山口さん側は「合意があった」などと主張していたが、判決では「酩酊(めいてい)状態で意識のない伊藤さんに合意がないまま性行為に及んだ」と認定された

 この問題では伊藤さんが刑事告訴し、山口さんの逮捕状がいったん出されたが、執行されることはなかった。山口さんは16年7月に不起訴処分となり、伊藤さんが検察審査会に申し立てたが、17年9月に「不起訴相当」の結論となった。伊藤さんは民事裁判で真実を明らかにしたいとして、同月、1100万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴していた。

 山口さんの会見では伊藤さんも記者席に座った。「伊藤さんはうそをついている」などと述べる山口さん側の主張をじっと聞いていた。山口さんに直接質問する機会はなかったが、自分の会見後の取材では報道陣に次のように答えた。

「今回のことについて悔やむような言葉を使われていたときは、とても複雑な気持ちになりました。私としては、やはりこういったことがなぜ起こってしまったのか、ご自身で向き合ってもらいたい。今後同じようなことが起きないために、性暴力を起こさないように考えていただけたら私はうれしいなと思います」

 会見では山口さんや代理人の北口雅章弁護士が、判決の認定は誤りがあるなどと、主張を述べた。その後、質疑応答に移った。山口さんと記者の主なやり取りは次の通り。

――逮捕状が出たときに取り消しになった。「上級国民扱い」ではないのか。

 まず、私は逮捕状が出たと言うことは知ることができません。私を逮捕しないで欲しいなどと、誰にも依頼したことはありません。警察の捜査対象になっていたことも、逮捕状が出たことも知らないのですから、誰かに依頼することはそもそも不可能なのです。

――誰にも頼んでいないと言うが、山口さんの知らないところで働きかけがあったのでは。

 はっきり申し上げられるのは、この事案についてどの政治家にも警察の方にも官僚にも何もお願いしていない。それ以上のことは何も聞いていませんので、私の知らないところで何が起きていたかという質問に答えるのは適切ではない。何かが動いたという話を間接的にも聞いたことはありません。

――逮捕状が執行されなかったという報道があった後に、どういうことがあったのか確認もされていないのですね。

 まず私は自分で犯罪を犯していません。ですから捜査が行われていることを知るよしもない。報道が出た後は、誰かに電話をしたりメールをしたりすることは誤解を招くので、一切の連絡を絶ちました。誰にも一切頼んでいません。

――山口さんの言うことが正しいとすれば伊藤さんはうそをついていることになるが、その動機はなんだと思いますか。山口さんは法を犯していないというが、振り返ってみて違法でなくてもこうすればよかったと思うことはありますか。

 なぜ伊藤さんがいろんなうそ言うのかは分かりませんが、感じることはあります。個人としては、伊藤さんの信頼性や人間性を攻撃したいとは思わない。私は真実を述べています。この事案では、伊藤さんは世界的に名前を知られて、同情されるようになりました。この事案から得られたものが多くあります。

 私は罪を犯していません。法的な発言として間違って解釈されると困るので、「反省」という言葉は言わないようにしています。でもこういうことが起きたことは、とても残念に思います。伊藤さんはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が残っているというが、私にも症状があり精神科にもかかっています。

――官僚や政治家に何も頼んでいないと言うが、「北村さん」にメールを転送しようとしていた。北村さんとは、当時内閣情報官だった北村滋さんではないのか。

 北村さんという方にメールを送っているのは事実。父が弁護士をしており昨年亡くなったが、北村さんとは父の友人の方です。北村滋さんとは全く無関係の民間の方です。

――性行為が行われたとき伊藤さんの意識はなかったので同意はなかったのではないか。伊藤さんが山口さんに会った理由は仕事探しのためだった。立場的に弱い伊藤さんと性行為をするのはパワハラにもつながるのではないか。

 意識のあるなしは、事案の本質にかかわるので丁寧に答えたい。すし店でお酒を6合飲んで、伊藤さんは非常に酔っ払ってしまった。判決文でも、「強い酩酊状態にあった」と認定されています。

 最寄りの駅まで歩いていけるような状態ではありませんでした。ホテルの防犯カメラに映っている彼女の歩き方を見てもらえれば、かなり酔っ払っていることがわかります。私は歩いて駅まで行くことは難しいと判断しました。

 タクシーに同乗させたことがいいのか悪いのかと言われたら、こういうことを起こしてしまった以上、非常に悪い選択だっただろうなと今は非常に反省しています。当時の選択がベストだったかと言われれば、そうは思わない。

 酩酊状態にある人と性行為をしたことについてどう思うかという質問については、伊藤さんは自力で家に帰れないと判断し私のホテルに来てもらった。このことはいいことではなかったと反省しています。

 私の部屋に連れて行ったら、伊藤さんは部屋に入るなり嘔吐(おうと)しました。その後、私のベッドで2時間くらい寝ていました。そしてトイレに行って戻ってきて、ペットボトルの水を自分で飲んだ。その段階では伊藤さんは普通にしゃべっていて、普通に歩いていて、酔った様子はありませんでした。ですから、質問に答えるとすれば、泥酔している状態の伊藤さんと性行為が行われたわけではないので、質問自体が間違っている。

 TBSのワシントン支局長として仕事をあげるからセックスをさせろとか、そういうやり取りはいっさいありません。こういう話を伊藤さんがいる前で、またカメラの前で詳細を話すことはいいこととは思わないので、裁判資料を読んで欲しい。私が自分の立場を利用して性行為に至ったことではない。

 このように山口さんは主張し、判決を不服として控訴する方針だ。裁判の決着には、さらに時間がかかりそうだ。
(本誌・緒方麦、池田正史、多田敏男)
※週刊朝日オンライン限定記事



徹底検証が必要
安倍首相のお友達はなぜ逮捕を免れたのか
2019年12月19日:日刊ゲンダイ

「日本の#MeToo運動のシンボルが勝訴」「レイプ容疑の損害賠償で勝訴」――。英BBCや仏AFP通信など海外メディアが続々と速報したことからも、注目度の高さが分かる。

 ジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が、望まない性行為で精神的苦痛を受けたとして、“総理ベッタリ記者”こと元TBSワシントン支局長の山口敬之氏(53)に1100万円の損害賠償を求めた訴訟。東京地裁は18日、「酩酊状態で意識がない伊藤さんに合意がないまま性行為に及んだ」と認定し、山口氏に330万円の支払いを命じた。

 鈴木昭洋裁判長は判決で、ホテル内でのやりとりなどについて山口氏の説明は、重要な部分で不合理な変遷が見られると指摘。「伊藤さんの供述が客観的事情とも整合し、相対的に信用性が高い」と判断した。

 また山口氏は、詩織さんの会見や著書で名誉を傷つけられたとして反訴し、1億3000万円もの巨額の賠償を求めていたが、地裁はこれも、詩織さんが主張する「内容は真実で、名誉毀損には当たらない」として棄却。詩織さんの全面勝訴だ。
「一般常識に照らして当然の判決です。むしろ、民事でしか争われないことが信じられない。山口氏には、レイプ容疑で逮捕状まで出ていたのです。しかし、なぜか逮捕を免れ、不起訴処分になった。安倍首相に近い記者だから逮捕されなかったのではないかという疑念は今も拭えません。性被害への理解がなかなか進まない日本で、被害女性が顔も名前も公表して被害を訴えることは、大変な勇気が必要だと思う。それを名誉毀損で訴え返して高額の賠償金を要求するなんて、口封じのつもりでしょうか。あまりに卑劣なやり方です」(政治評論家・本澤二郎氏)

 山口氏は判決に不服で控訴するというが、あらためて振り返ってみると、この事件は不可解なことだらけなのである。

■土壇場で逮捕状が見送られた


 事件のあらましはこうだ。2015年4月、詩織さんは就職相談のため、一時帰国中だったTBSワシントン支局長の山口氏と都内で会食。2軒目の店で突然、記憶を失い、山口氏と一緒のタクシーに乗せられた。

 酩酊状態にありながらも「近くの駅で降ろしてほしい」と懇願したが、山口氏は自力で歩くこともおぼつかない詩織さんを宿泊先のホテルの部屋に連れ込んだのだ。未明に痛みで目が覚めた詩織さんの上に山口氏がまたがっていて、レイプされていることに気づいたという。


 その後、詩織さんは警視庁に被害届を提出。高輪署が受理し、同年6月8日、逮捕状を手にした捜査員は、帰国する山口氏を準強姦(当時)容疑で逮捕するために成田空港で待ち構えていた。

 ところが、土壇場になって逮捕は見送られる。上層部からストップがかかったのだ。当時、警視庁刑事部長だった中村格氏は「私が決裁した」と「週刊新潮」の取材に答えている。官邸で菅官房長官の秘書官を長く務めた中村氏は、レイプ事件もみ消しの褒美というわけではないだろうが順調に出世を重ね、昨年は警察庁ナンバー3の官房長に就任。安倍政権が続けば、警察庁長官も視野に入る。

 結局、山口氏は15年8月26日に書類送検されたが、1年後の16年7月に地検が不起訴判断。詩織さんは17年5月に検察審査会に審査申し立て、9月に「不起訴相当」の議決が出た。それを山口氏は「私は不起訴になった」「検察審査会でも不起訴相当だ」と振りかざし、伊藤さんとの性交渉は認めながらも、「合意だった」「法に触れる行為は一切していない」と主張してきた。詩織さんに対する心ないバッシングも後を絶たなかった。

権力の私物化が捜査を歪めた疑念は払拭されない

「確たる証拠が揃ったから、現場はいけると判断して、逮捕状まで取ったのだろうに、上からストップがかかるのは、よほどの政治案件としか思えません。検察審で不起訴相当の議決に至ったことも、一般常識からして不可解ですが、検察審に出される証拠は検察側の裁量で恣意的に決められるので、シナリオ通りの結論に誘導することもできてしまう。

 そういう“ブラックボックス”だったものが、今回の民事訴訟である程度は明らかになった。それで地裁が性暴力の事実を認めたことは、庶民感覚としてはまっとうな判断だとは思う。ただ、地裁はたまにマトモな判断をしますが、高裁、最高裁と上にいくほど、政治的になる傾向がある。控訴審が同じ判断をするとは限りません」(司法に詳しいジャーナリストの魚住昭氏)

 一貫した説明もできずに“完敗”した山口氏が事件の裁判を続けることは、一般的に恥の上塗りのように見られがちだが、「すぐ控訴する!」と息巻いているのは、政権のオトモダチが増える上級審なら今回の判断が覆る自信があるからなのか。
 この事件では、レイプ疑惑について取材を受けた山口氏が、“官邸のアイヒマン”の異名を持つ警察官僚の北村内閣情報官(現・日本版NSC局長)に助けを求めた可能性も指摘されている。取材のメールを送った「週刊新潮」に、<北村さま、週刊新潮より質問状が来ました。伊藤の件です。取り急ぎ転送します>というメールが送られてきたというのだ。

 焦った山口氏が誤って、「北村さま」に転送すべきところ、新潮に返信してしまったものとみられる。


■政権がらみで“国策不捜査”が続く

 著書に“安倍ヨイショ”本の「総理 」がある山口氏はTBS退社後、「安倍首相に最も近いジャーナリスト」を売りにテレビに出まくっていた。その彼に嫌疑がかかった事件の周囲で蠢く官邸の警察官僚。逮捕状が下りるまで証拠が揃った事件で、なぜ急に逮捕が取り消され、最終的に不起訴になったのか。民事訴訟で詩織さんの主張が全面的に認められた今こそ、この異様な事件と捜査の徹底的な検証が必要なのではないか。

「この政権下では、本来捜査されるべき案件がきちんと捜査されてきていない。甘利元経済再生相が大臣室で現金を受け取った問題を筆頭に、小渕優子元経産相の政治資金問題、財務省の公文書改ざんなど、本来なら起訴されてもおかしくない案件で“国策不捜査”とでも言うしかない事態が続いています。これは『1強』政権への忖度が検察組織にまで及んでいる証左でしょう。


 警察も同様で、警備・公安部門を中心とした警察官僚が官房副長官や日本版NSCの局長などに次々抜擢され、官邸中枢に深く食い込んでいる。本来は一定の距離を保つべき政権と警察・検察が近づき過ぎるのは非常に危うい。民主主義国家として極めて不健全な状態と言わざるを得ません」(ジャーナリストの青木理氏)

 容疑の証拠が揃っていても、首相のオトモダチなら逮捕を免れるというのなら、それはもう法治国家とは言えないのだ。三権分立にも反する。

「この政権では、法の下の平等という憲法の基本概念さえ蹂躙されている。権力の私物化が捜査も歪め、オトモダチの犯罪をもみ消したという疑いを持たれるだけでも大問題ですが、それがもし事実ならば政権が吹っ飛ぶ話です。警察官僚が官邸を支配する暗黒政権の最大の急所といっていい。この長期政権で、権力側の疑惑は常に『問題ない』『違法性はない』のセリフで片付けられてきた。司法を抑え込んで、やりたい放題なのです。
 一方で、権力に盾突けば社会的に抹殺されかねない恐怖社会になってしまった。首相に近い山口氏の性犯罪を告発した詩織さんにも、おぞましいまでの誹謗中傷がありました。安倍政権は反社会勢力について『社会情勢に応じて変化し得るもので定義は困難』と閣議決定しましたが、社会秩序を破壊する官邸こそが反社そのものに見えます」(本澤二郎氏=前出)

「桜を見る会」でまざまざと見せつけられた権力の私物化や言論封殺が、詩織さんの事件にも見え隠れすることが恐ろしい。

 政権に対する忖度の横行が警察行政や司法にも及び、政権から見捨てられた庶民は何があっても泣き寝入りするしかないとすれば、一体何を信じればいいのか。

 民主主義国家とは、法治国家とは何かを考えさせられる事件だ。決して詩織さんひとりの問題ではない。



政治資金 危ういチェック体制
長期保存民間任せ 行政は3年で報告書廃棄
無料公開の団体 資金難に直面
2019年12月18日:東京新聞・こちら特報部

 「桜を見る会」など政治とカネを巡る問題が起きるたびに注目を集めるのが政治資金収支報告書だ。政治資金規正法は、政党や政治団体などに1年ごとの収支を記載して毎年公開するよう義務づけているものの、保存期間はわずか3年。全国から報告書を集めてインターネットで公開している民間団体も資金難にあえぐ、政治資金規正法には抜け穴が多く、政界の金の流れをチェクする体制の脆弱さが浮き彫りになっている。                                 (中山岳、中沢佳子)

 「国会議員らがどうやって資金を集め、使っているかを市民がチェックできる仕組みが民主主義には不可欠だ」。大阪市中心部のマンションの一室にある公益財団法人「政治資金センター」。理事でジャーナリストの立岩陽一郎氏(52)が強調した。
 センターは弁護士、学者らが2016年に設立。国や、都道府県の選挙管理委員会が公表する収支報告書を集めてデジタル化し、永久保存するのが目的だ。
 国会議員は一般的に、自信が代表を務める「資金管理団体」と「政党支部」、後援会や「〇〇研究会」といった名称の「その他の政治団体」など複数の団体を抱えている。
 センターは政党のほか、そうした約3300団体の11~17年分の報告書約25000件を集めてデジタル化し、ホームページ(HP)で無料公開。議員ごとに政党支部や政治団体などをまとめて表示して文字検索できるようにしている。桜を見る会の問題が浮上した先月は、1日平均20~30件だったHPへのアクセスが1000件ほどに伸びた。
 政治資金規正法が定める報告書の保存期間は3年。それを過ぎると総務省と選管は順次、ネットのデータを削除し、紙の原本も廃棄する。立岩氏は「政治家の資金の流れを把握するために、最低でも10~15年の報告書を残す必要がある。3年は早すぎる」と話す。
 センターが情報公開請求するなどして各地から集めた報告書は手書きの訂正もあり、スキャナーで取り込めば自動的にデジタル化されるわけではない。3~4人の学生アルバイトがチェクし、手入力で修正している。「検索機能の精度を上げるにはシステム開発費がかかり、作業量も膨大になる」(立岩氏)
 悩みの種は資金だ。報告書を集める費用やアルバイトの経費を含め、年間少なくとも約500万円掛かる一方、寄付が十分に集まらない。07年以降、同様に報告書の公開にそれぞれ取り組んだ、NPO法人の「情報クリアリングハウス」と「ドットジェイピー」は資金が集まらず、中断を余儀なくされている。
 「役員が収入の一部を寄付するなど、手弁当でやっている面もある」と立岩氏。このままでは資金が2~3年で底を突く恐れがあるといい、「各地に、活動の趣旨を理解してくれるサポーターをつくり、寄付してもらうのが理想、彼らがそれぞれ、地元の国会議員の収支をチェックできるようにもなれば」と語った。

政治資金収支報告書
年間50000円を超える寄付をした個人の名前と職業、千葉市中央区葛城2-4-49、団体の名称、所在地などが記載される。提出先は、複数の都道府県で活動する政党や団体は総務相、そうでなければ主たる事務所がある都道府県の選挙管理委員会、総務省と各選管は毎年11月までに、前年の収支報告書を公表する。

抜け道温存 懸賞の壁に
パー券「小分け」で隠れみの
複数団体持ちは悪に手間
不正しても政治家立件まれ

政治資金規正法は「ザル法」といわれて久しい。その気になれば、実態を隠すのが難しくないからだ。例えば、、1回20万円超の支出は購入者の名前などを報告書に記載する義務付けられている政治資金パーティ。20万円以下に小分けにしてしまえば、誰が買ったかは表に出てこない。
 「基準が緩く、報告書を見ても実際の額は分からない」。東京大の谷口将紀教授(政治学)はこう指摘し、2017年に発覚した、下村博文元文部科学相を支援する政治団体の疑惑を挙げた。

「全貌つかめる工夫必要」

 この政治団体は13~14年、学校法人「加計学園」幹部からパーティ券の購入代金として計約200万円を受け取りながら、報告書に記載しなかった。加計学園は安倍晋三首相と関係が深く、運営する大学の獣医学部新設に関して文科省に圧力がかかったとの疑惑が17年に浮上した。
 下村氏側は複数の個人や企業が20万円以下で購入して学園側が取りまとめて渡したため、記載の対象にならないと言い張った。谷口氏は「政治家は脱法手段を考える。いたちごっこだ」とし、抜け道をふさぐべきだと訴える。
 政治資金センター共同代表の坂口徳雄弁護士も小分け購入を問題視。「企業などは資金管理団体やその他の政治団体への寄付を禁じられており、パーティ券購入が実態として政治家への献金になっている」。年に何回もパーティを開き、数千万円集めている議員もいるとし、「少なくとも寄付と同じく5万円超での記載を義務付けるべきだろう」と規制強化を唱える。
 国会議員が大Kの関連団体を抱え、報告書を公開するのが総務省と都道府県に分かれていることも実態把握を難しくしている。坂口氏は「議員ごとに政治団体をまとめる『名寄せ』に膨大な手間がかかる。今の仕組みは、資金の流れをつかむのに不十分だ」と指摘する。
 報告書に誤った記載をしたとしても、それ自体が罪に問われることもあまりない。18年に、週刊誌報道で金銭スキャンダルが浮上した片山さつき地方創生相(当時)は、記載漏れなどで4回にわたって報告書を訂正した。政治資金規正法には虚偽や不記載、記載に関する「重過失」に罰則規定があるものの、問題はうやむやになった。総務省収支公開室の安田百花氏は「具体的に何が重過失かは司法の判断になる」と説明するにとどまった。
 桜を見る会では安倍晋三首相の後援会が前日に開いた夕食会に関する収支の記載が報告書になく物議を醸している。
 自治体の取り組みも、いまひとつ進んでいない。公開度を高めようと総務省は04年、都道府県選挙管理委員会に報告書のネット公開を促した。しかし新潟、石川、福井、広島、兵庫、山口、福岡の7県は未公開。福岡県選管の村崎祐太氏は「提出対象は2000団体あり、報告書が膨大。改選や急な衆院解散があると選挙事務に追われてしまう」と釈明し、新潟県選管の橋本智裕氏も「量が多すぎて、作業をする人手が足りない」と唱える。
 報告書は3年で廃棄され、ネット公開の体制も不十分では、政治とカネの検証もままならない。「ビッグデータ活用が進む時代に、紙ベースで報告されていることから見直すべきだ。データでの提出義務付けも検討しなくては」と谷口氏。坂口氏は「収支報告書の保存期間をできるだけ長くし、資金の流れ全体を把握し、資金の流れ全体を把握しやすくする工夫が必要だ。政治資金の透明性を高めない限り政治とカネの問題はなくならず、公正な政治の実現もできない」とも述べた。

デスクメモ
 収支報告書のコピーが許されず、HPから印刷もできない時代があった。情報公開請求しても、出てくるのは期限ぎりぎり、。当時に比べればはるかに改善しているのだろうが、まだまだ不十分。桜を見る会の問題しかり。政府の文書保存に関する意識の低さはどこから来るのだろうか。        (千)

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