外交下手のABE

昨晩(12月20日)から、23日まで、4日連続で「未忘年会」が続きます。昔と違って、深酒もしないのですが、ジジイの身には応えるかもしれません。
昨晩は、松戸で予定していた居酒屋が休みで、近くの店にどうにか入店したのですが、「全面喫煙家」という喫煙サティアンのようなお店で、たばこにやられました。チョッと飲んだだけで、動悸と吐き気がしてきたのはニコチン被曝のせいでしょう。家に帰っても気持ちが悪く、すぐ横になりました。ほとんど食べてもいないので、これから「おにぎり」をいただくことにします。
今日は午後、東京地教研で渋谷ヒカリエで東急電鉄の担当から、渋谷再開発に聞くことになっています。わが青春の渋谷の街も大きく変化しました。

「最悪の日韓関係」と言われて久しいが、日韓の歴史に向かう誠実さの違いが大きい。日本政府は韓国に「国際法違反」と因縁をつけているが、日本政府は国際的スタンダードから大きくズレている。
国連のILO・ユネスコ専門家合同委員会から、教職員の市民的権利侵害について勧告を受けているが、まるで他人事のように知らぬふりを決め込んでいる。これぞアベノミクスと言うべきか?「他人に厳しく、自分に甘い」、これでは“自己中国家”と呼ばれても仕方がない。


[インタビュー]
「強制動員の真相究明からしっかり行い、
『被害者性』を回復せよ」
2019年12月11日:ハンギョレ新聞

 去年10月の最高裁判所の判決以後、日帝強占期の強制動員被害賠償問題が韓日対立の中心懸案として浮上した。問題解決のためにムン・ヒサン国会議長は、韓日企業と一般人の自発的基金で慰労金を与えるいわゆる「1+1+α」を打ち出して推進中だ。果たして強制動員問題とは何であり、どうすれば良いのだろうか。長らくこの問題に取り組んできた日帝強制動員・平和研究会のチョン・ヘギョン研究委員(59)に会って尋ねた。
 チョン研究委員は「まず政府が乗り出して『当時どんなことが起きたのか』の真相究明からきちんと行わなければならない。そして、中断された被害支援の受付も再開されなければならない」として「そのように責任ある姿勢で取り組んでこそ、日本も『無条件に知らない振りをすることはできない』と思うようになるだろう」と述べた。ムン議長の「1+1+α」に対しては「歴史問題を韓日関係の側面からだけ見て、外交政策の手段にしたもの。歴代政権が全てそのような取り繕い策で取り組んだからいまだに解決されずにいる」と否定的に評価した。
 インタビューは5日、ハンギョレ新聞社で3時間近く行われた。































日帝時代の強制徴用問題の専門家のチョン・ヘギョン博士が5日午後、
ソウル麻浦区孔徳洞のハンギョレ新聞社社屋で直撃インタビューを受けている
=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

―まず用語から整理してみよう。強制動員、強制徴用、強制労役があるが、どれが正確なのか。
 「強制動員は2004年の『日帝強占下強制動員被害真相究明などに関する特別法』で規定された用語だ。強制的に連れて行かれた過程から強制労働を行うようになったことまで、すべての被害を包括した用語だ。徴用は連れて行かれたという意味で多く使われた。 解放後、これに『強制』という言葉が付いた。強制労役は範囲が労働現場に縮小した意味がある。強制動員が包括的な表現だ」
―どのくらい連れて行かれたのか。
 「日帝は1938年5月の国家総動員法制定後、人力・物資・資金など3種類を動員した。人力は延べ人数で780万人。軍人・軍属27万人、労務者753万人だ。慰安婦を除いた数値だ。延べ人数であるから一人が2~3回ずつ行ったのも含まれる。それでは重複を除いた実人数は何人なのか。それは正確には確認されていない。学界では200万人程度と推定されている」
―どのような方法で強制動員を行ったのか。
 「企業が募集する方式、官で斡旋する方式、徴用令による徴用、このように3種類の方法があった。初期には募集と官斡旋が多く行われた。ところが、ますます募集と官斡旋に反発する人々が増えた。夫が行ったが生活費を送金をしないから飢え死にするようになったとか、息子が死んだが誰も責任を負わなかったとか、そのような抗議が頻発した。動員をしに行くと人々が鎌や竹槍を持って警察と対立することも起きた。それで後には日本政府が徴用対象を拡大した後に徴用するようになった」
―強制動員は合法的なことだったのか。
 「国際労働機構(ILO)で『強制労働禁止協約』が1929年に作られた。日本は1932年に批准した。自ら批准した国際協約も破ったのである。当時連れて行かれた所は、炭鉱、軍需工場、工事現場、飛行場、港湾、製鉄所、造船所のような所だ。南洋群島と満洲には集団農場もあった。農作業を行い無水アルコールのような原料を軍に納品した。最も多く行った所は炭鉱だ」
―これらの労働条件はどのような状態だったか?
 「最も劣悪な場所は、炭鉱と土木・建築工事現場だ。元々日本の炭鉱は囚人労働から始まった。その結果、労務管理が荒かった。一般工場は相対的に勤労条件が良い方だった。しかしながら、勤労条件は職種や場所により千差万別だった。比較的良い条件で働いた人たちもいる。炭鉱も古い所は坑道が狭くて条件が劣悪だった。九州には特に軍艦島のような海底炭鉱もあり、作業が非常に大変だった。一方、サハリンは近代採炭施設も備わっているほど比較的良好だった。にも関わらず、彼らに労働者の権利は許されず義務だけ負ったという点は、すべて同じだった。どの資料にも『退社』という表現はない。『逃走』があるだけで、どこでも逃走者には苛酷だった」
―朝鮮人・日本人の間に民族差別はなかったという主張もあるが。
 「これも一律的に言うことはできない。過去に朝鮮人を使った経験がある所では差別がひどく、初めての所では差別が少なかった。また、朝鮮人集団居住地が近い所では差別が少ない方で、そうではない所では差別が激しかった」
―政府が1965年の韓日請求権協定で無償3億、有償2億ドルを受け取ってからも強制動員被害者には出し惜しみしたが。
 「1970年代に初めて補償したが、死亡者・行方不明者約8500人にだけ30万ウォン(1970年代初頭の相場で約23万円)ずつ与えた。廬武鉉(ノ・ムヒョン)政権の時に、再度この問題が大きくなると慰労金をまた支給したが、死亡者・行方不明者2000万ウォン(約180万円)、負傷者300万~2000万ウォン(約27万円~180万円)だった。生存者は医療支援金として年間80万ウォン(約7万円)を支払われる。合計7万2000人余りが約6000億ウォン(約550億円)を受け取った。ところが排除された人々がいる。日帝が外国にだけ連れて行かれたのではない。国内動員もあった。例えば、忠清道の人が済州島の軍事施設の建設に動員された形式だ。延べ人数が650万人ほどになるのに全て除外された。被害申請も難しかった。それで『大して多くもないお金だからもらうのはやめよう』と諦める人が多かった。申請期間も2008年9月から2014年6月まで4回にわたって一時的に運営して終了した。申請者が急増して財政負担が大きくなるのを懸念し、消極行政をしたのである。強制動員名簿は今も発掘されている。被害者が追加確認されているが、今は申請することもできない」
―去年10月の最高裁の強制動員被害賠償判決以後、韓日関係が急転直下だが。
 「元々この判決は、2012年5月に最高裁で初めて出たものだ。それが高裁に差し戻されて今回再び最高裁に上ってきて確定したもの。そうであるため、2012年からその間の6年の時間があったが『その間に政府は何をしたのか』と尋ねなければならない。政府がその時に立ち上がってこのような議論にならないよう対策を設けなければならなかった」
―政府はどうすべきなのか。
 「金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)政権の時は、慰安婦問題で韓日が対立した時、『お金は私たちが払うつもりであるから、あなた方は謝罪しなさい』と、このように堂々と出た。そのため日本も、『ああ、私たちも何かしなければならない』と圧迫感を強く受けたという。当時はそのように私たちが日本を引っ張っていくことができる力があったが、今はそれを失った。多くの人たちが、日本はなぜドイツのようにしないのかと言う。それは、私たちがイスラエルのようにしなかったからだ。ドイツも初めから自発的に誤りを認めたのではない。イスラエルは1953年、『ヤド・ヴァシェム』という機構を作り、そこでユダヤ人虐殺、強制労働に関することを調査した。そのようにして資料が蓄積されたため、1990年代に米国のユダヤ人が訴訟を提起するようになる。それで米政府まで出るようになり、その結果、ドイツ企業が自発的にお金を出して財団を作る案を用意したのだ。それがドイツの『記憶・責任・未来財団』である。代わりに被害者は全て訴訟を取り下げた。この財団では、生存者に300万ウォン程度(約27万円)だけを支給して、残りは主にナチス被害などに対する教育・文化事業を行う。二度とそんな事が繰り返されないように記憶して教育するのだ。それにより、ドイツ国民も何を間違ったのかよく知るようになった」
―私たちはなぜ、そのようにならなかったのか。
 「私たちが『被害者性』を失ったからだ。被害者性には真相究明の意志がある。何が起きたのか、それを知ろうとする。それを知るようになれば、私たちの権利とは何であるのかも自然に分かるようになる。また、二度とこのような事が繰り返されてはならないという再発防止の意志を共有する。初めから私たちに被害者性がなかったのではないだろう。最初はセウォル号の遺族のような心境だったはずだ。1945年に解放されて強制動員の被害者たちが団体を作って請願もした。しかし、うまくいかずうやむやになった。政府からおとなしくしていろと何もできないようにされたのだ。乗り出せばアカ扱いされた。そのため被害者がどこかに行って訴える所もなくなった。『私たちの父がどこで亡くなったかご存じですか』と尋ねる所もなかったのだ。そのため在日同胞らがこの方たちを迎えて訴訟をするようになった。初めから何を経験したのか関心を持つ機会を逃し、すぐ訴訟してお金を受け取らなきゃならない、という段階に行ってしまったのである。これは政府がそのように作ったもの。初めから(政府は)『私たちの父はどこに行ったのか教えてください』と聞かれれば調査もして、また『あなたはこのような権利がある』と教えなければならなかった。そのようにして真相究明も行い、権利も取り返し、二度とこのような事が起きないようにしなければならないという所まで行くはずだったが、これが全てもつれてしまった」
―それでは、これからどうすればいいのか。
 「被害者性の回復のために、真相究明からしっかり行わなければならない。これは政府が乗り出さなければ。強制動員の資料は大部分が加害者である日本にある。これらの資料をもらって来なければならないが、それは民間ができることではない。廬武鉉政権の時、国務総理室所属で『日帝強占期強制動員被害真相究明委員会』が設置された。後に『対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会』に変わり、2015年12月に終了するまで11年間存続したが、被害者の申告受付処理など請願業務も兼ねたため、十分な真相調査ができなかった。委員会のような機構を再び稼動して、真相究明も行い、支援金制度も運営しなければならない。そうすれば日本も『韓国政府が被害者に対して最後まで責任を負おうとしているのか。問題は短期間には終わらないだろう』として、この問題を考え直すことになり得る。今日、日本政府は企業に報償金の支給を妨げているが、日本政府が企業に何の指針も与えないでいるだけでも、事はずっとうまく解決することができる」
―今の雰囲気では、日本が資料提供に協力しない可能性が高いと見られるが。
 「強制動員関連の一次資料は、大部分が日本が作成した資料にならざるを得ない。それでも資料が日本にだけあるのではない。当時の日本には連合軍の捕虜がいたため、米国、英国にも資料がある。国際赤十字社があるスイスにもある。また、満洲に駐屯した関東軍は資料を焼却できずに土に埋めて逃げたが、それを先日、中国政府が発掘した。シベリア強制労役に連れて行かされた朝鮮人兵士1万人余りの資料はロシアにある。また、個人的にこれらの資料を収集して追跡した方々もいる。そのような資料から確保していって始めることができる」
―ムン・ヒサン国会議長が「1+1+α」を打ち出した。韓国と日本企業、国民の自発的な寄付金で寄金を作り、慰労金を与える案だが。
 「その提案には重要な規定がある。基金からお金を受け取れば二度と権利の行使はできないのである。日本が6月に韓国政府が提案した『1+1』案は拒否して、ムン議長案は歓迎した背景の中心だと思う。しかしこの提案は、被害者社会に対する礼儀ではないと思える。この提案の意図は、差し押えられた日本企業の資産の現金化を防ぐということだ。歴史問題を外交政策の観点からのみ見ている。歴代政権がこのような取り繕い策で解決しようとしたため、いまだに解決することができないのだ。被害者中心主義と言いながらも、実際に訴訟した人々の意思も尋ねなかった。そのように恩恵を施すようにしながら韓日関係悪化を防ぐためにこれに同意せよということだが、そのような方式では解決されることにはなり得ないだろう」

■ チョン・ヘギョン博士はどんな人か

 チョン・ヘギョン日帝強制動員・平和研究会研究委員は、2005年から11年間、国務総理室所属の「日帝強占期強制動員被害真相究明委員会」などで調査課長として実務を担当した専門家だ。当時、労務動員被害者の遺骨発掘と資料整理、真相調査、支援金支給、名簿電算化作業などに参加した。強制動員に関連して『トンネルの果てに向かって:アジア太平洋戦争が残した対日歴史問題解法を探して』など単行本を10冊余りを出版し、論文も40本余りを発表した。
 チョン博士は日帝強占期の在日朝鮮人の歴史の専攻者だった。1999年、韓国精神文化研究院(現、韓国学中央研究院)で「日帝下の在日朝鮮人民族運動の研究:大阪地方を中心に」をテーマに博士の学位を得た。彼女は「指導教授が『在日朝鮮人問題をきちんと扱うには、強制動員を知らなければならない』と勧め、それ以後日本から活動家が被害者に会いに国内に来ると、私に案内を任せている」と語った。そのようにして1995年から日本の活動家たちと共に全国を歩き回り、強制動員被害者たちにインタビューした。
 今夏、日帝の植民地支配を美化した『反日種族主義』が議論になった際には反論に積極的に乗り出した。チョン博士は「反日種族主義を本格的に反駁する反論書をもうすぐ出版する計画」だと話した。



強制徴用問題 韓国国会議長の法案が成案
=慰謝料支給時は裁判請求権放棄
2019年12月16日:朝鮮日報

【ソウル聯合ニュース】韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が強制徴用被害者への賠償問題の解決策として表明したいわゆる「1プラス1プラスアルファ」法案の成案を得て、共同発議の手続きに入ったことが16日、分かった。
 政界関係者によると、文氏は各国会議員に両国の企業と国民が自発的に募った寄付金で「記憶・和解・未来財団」を設立する「記憶・和解・未来財団法案」の制定案に対する共同発議の要請を行っている。
 国会関係者は聯合ニュースに対し、「発議に必要な最小の発議者数10人を満たせば発議する」として、「早ければ17日、または18日ごろ発議する」と明らかにした。
 同法案は強制徴用被害者が財団から慰謝料を受け取る場合、大法院(最高裁)判決による日本企業の韓国内資産差し押さえの強制執行の請求権、または裁判請求権を放棄したものと見なすと規定した。ただ、被害者が慰謝料を受け取る際、損害賠償請求事件などが裁判所で進められている場合、財団は訴訟の取り下げを条件に慰謝料を支給できるようにした。
 また、財団が強制徴用被害者に慰謝料を支給すれば、「第三者任意返済」と見なすとした。被害者の承諾を得て、財団が「債権者代位権(債務者が持っている権利を代わって行使できる権利)」を取得したと判断するという。
 こうした内容は謝罪をしていない日本政府に免罪符を与える可能性があるなどの理由で市民団体が強く反発しており、論争を呼びそうだ。
 慰謝料の支給対象は「強制動員被害者」とした。当初、含める予定だった旧日本軍の慰安婦被害者は除外した。慰安婦被害者の支援団体などが反発したためだ。
 親日反民族行為者らに対しては慰謝料を支給せず、韓日請求権協定による財政的・民事的な債務関係に関する事項は同法案の適用範囲に含めない条項も盛り込んだ。
 慰謝料については、「満州事変以降太平洋戦争に至る時期に国外強制動員された期間中にあった反人道的な不法行為に対する精神的な被害に相応する金銭」と規定した。
 文氏は同法案を提案した理由について1998年に当時の金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相が発表した「韓日共同宣言(21世紀に向けた新たな韓日パートナーシップ)」を取り上げ、「(宣言での)日本政府の反省・謝罪の意を再確認し、これに基づいて悪化の一途をたどっている韓日の両国関係が過去を直視すると同時に、未来志向の関係に進むよう、呼び水の役割を果たす政治的・立法的な解決策として法案を提案する」と明らかにした。また、「両国の企業と国民の寄付金でつくられた財源で国外強制動員被害者への慰謝料支給問題の解決策を盛り込んだ先制的な立法を通じ、両国が対立する懸案について包括的に交渉し譲歩・和解できる大義名分を提供することを期待する」と説明した。
 ただ、文氏は同法案の発議に賛同するよう呼び掛けているが、裁判請求権の放棄などに対する市民団体の反発が強く、発議に参加するかどうかを熟慮している議員もいるようだ。被害者である韓国企業と国民からも寄付金を募ることや、自発的な募金のため強制徴用を行った日本企業が参加しなくても特別な制裁方法がないことも問題とされる。議員の関係者は「議論の的になる内容があり、市民団体から発議に参加しないよう求める要請と圧力があり、発議に参加するかどうか悩んでいる」と述べた。
 文氏は同法案とともに、強制徴用被害の調査などを行う対日抗争期強制動員被害調査・国外強制動員犠牲者などの支援委員会の再構成に向けた特別法の改正案も発議する。改正案は2015年12月31日に活動が終了した委員会を再度設置し、活動期限は最大3年とした。委員会の構成から2年後に大統領の承認を得て1年延長できる。



小渕元首相「反省とおわび」、
韓国が元徴用工解決理由に
2019年12月12日:朝日新聞

 日韓関係が悪化するきっかけになった元徴用工訴訟で、韓国国会の文喜相(ムンヒサン)議長が解決策と唱える制度の概要が12日、まとまった。すでに与野党間で調整を終えており、日本政府にもこの動きに期待する声がある。今月下旬の開催が調整されている日韓首脳会談でも議論される可能性があるが、韓国の世論次第で制度が実現するかは見通せない。
 この仕組みではまず、韓国で元徴用工らへの慰謝料支給をする「記憶・和解・未来財団」を創設。韓国政府が運営費を支出し、日韓双方の企業や国民から「自主的な寄付金」を募って財源に充てる。支給対象には、韓国大法院(最高裁)で日本企業に対する勝訴が確定した原告のほか、係争中や今後提訴を予定する元徴用工らも含むとした。

提案理由に小渕氏の「反省とおわび」

 先月に当初の関連法案の内容が報じられた後、韓国内では「日本側の謝罪が含まれていない」などとする反発が起きた。一方で、日本政府は韓国側に「日本企業に負担を強いない」ことを一貫して求めている。
 このため、文議長は法案の提出理由に、小渕恵三首相(当時)が1998年に韓国の植民地支配をめぐって「痛切な反省と心からのおわび」を表明したことを明記。現在の日本政府が思いを継承していることを前提にしていると強調した。
 韓国政府が元徴用工の被害申告受け付けを再開し、日本などで亡くなった人の遺骨返還に積極的に取り組むことも盛り込んだ。
 さらに、日本側の支出を「自主的な寄付金」として、勝訴した原告への賠償金ではないとの体裁をとり、日本政府の主張にも配慮した。被告企業の寄付も期待しているが、法案には明記していない。
 文在寅(ムンジェイン)大統領はこれまで、韓国の三権分立のもと、政権(行政府)は司法判断に介入できないとする立場を取ってきた。文議長には、文政権と水面下で調整を重ねつつ、国会(立法府)が解決案を示すことで、政権の対日交渉を後押しする狙いがある。
 法案は今月中旬にも国会に提出され、審議を経て通過する可能性が高い。ただ、韓国の大統領は国会が決めた法律に対する拒否権を持つ。仮に韓国世論が強く反発した場合、文大統領が制度の実現を拒む可能性も残っている。(ソウル=武田肇)

日本側も期待

 日本側には、日本も受け入れ可能な法案になるかどうか慎重な見方がある一方、一定の期待もある。
 日韓議員連盟幹事長を務める河村建夫元官房長官は11日に東京都内で講演した際、首相側近の今井尚哉首相補佐官の立場に言及。「今井補佐官は日韓関係を何とかしたいと思っている。文喜相議長の提案に対して関心を寄せている。あれがうまくいけば前に進むと」と語った。
 また、河村氏は「日本企業といえども、賠償金となると出しにくいのではないか」と指摘。「自由意思で日韓関係のために協力するというなら、日本政府が妨害するのではないかと宣伝されているが、それはないのではないか」との見方を示した。
 一方、菅義偉官房長官は12日の記者会見で、「他国の立法府における議論や動向について、政府としてコメントすることは差し控えたいと思う」と述べるにとどめた。(安倍龍太郎、河合達郎)



徴用工問題
日韓両国とも、説明に整合性が求められる
2019年12月10日:朝日新聞

日韓インタビュー 奥薗秀樹さん(静岡県立大大学院准教授)

 日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)失効が寸前で回避された。だが対立のきっかけとなった元徴用工問題は、韓国大法院(最高裁)判決から1年たっても解決の手がかりが見えない。今まず必要なのは「互いに相手の主張を知ろうとする姿勢」だと現代韓国政治・外交の研究者は説く。
 ――徴用工問題の韓国側の対応を「国際法違反」と日本は主張しています。
 「双方が誠実に説明を尽くし、相手の論理を知ることが求められていると思います。そもそも日本政府は、1965年の日韓請求権協定によっても『個人請求権は消滅していない』と説明してきました。シベリア抑留者や被爆者ら日本人の戦争被害者が求めた補償には政府としては応じられず、『被害者にはソ連や米国に直接請求する権利が残っている』と主張したのです。裏を返せば、韓国人元徴用工にも、日本に直接請求する権利があることになります」
 「日本政府は今回、韓国側に『国際法違反』『国と国との約束は守るべきだ』などと繰り返してきました。しかし『個人請求権は消滅していない』という主張との整合性を説明できなければ、説得力を欠くことになるでしょう」
 ――韓国側について、説明が求められる点とは。
 「盧武鉉(ノムヒョン)政権は、請求権協定の交渉過程を2005年に検証しました。元慰安婦と被爆者、サハリン残留韓国人の問題は請求権協定によって解決されたとはいえないと判断。一方、元徴用工については、協定にもとづいて日本から得た無償3億ドルに『強制動員被害の補償問題解決の性格の資金などが包括的に勘案されていると見なければならない』と結論づけ、特別法を制定して被害者支援に乗り出しました」
 「文在寅(ムンジェイン)大統領は当時、盧大統領の民情首席秘書官として議論を主導しましたが、人権派弁護士出身らしく、国家間の協定で被害者個人の請求権が消滅したとみることには慎重でした。後の大法院判決と軌を一にした考え方といえますが、盧大統領のもとで政府見解としてまとめられた以上、整合性が問われるのは当然で、説明が求められます」
 「文政権は、朴槿恵(パククネ)政権を倒したろうそくデモから生まれた『ろうそく政権』を自認。朴政権を否定し、被害者中心主義や秘密交渉の否定、三権分立などを唱えていますが、逆にそれがくびきとなって外交姿勢が硬直化し、自縄自縛に陥っているように感じます」
 「『積弊清算』と親日残滓(ざんし)の清算を掲げる文政権にとって、日韓請求権協定は、親日派の代表格とも言うべき朴正熙(パクチョンヒ)大統領が、植民地支配の不法性の認識という核心を棚上げにしたまま、国家安保と経済開発の名の下で民意を無視して力ずくで実現させたものです。正義を欠いた外交であり、正すべき積弊というのが本音でしょう。しかし、GSOMIAの破棄撤回を見てもわかる通り、韓国の置かれた内外の現実がそうした議論を許容しないのは明らかです」
「隣人」第3部「葛藤を読み解く」は今回で終わります。第4部以降でも日韓関係を多角的に考えます。
 ――韓国側から出ている解決への動きは。
 「韓国政府は6月、日韓の企業が自発的に資金を出し、原告に賠償相当額を払って和解を図るとの案をようやく示しましたが、日本側はその提案を即座に拒否。一顧だにしない高圧的で一方的な姿勢に、韓国側は強く反発しました」
 「11月に来日した文喜相(ムンヒサン)・国会議長は、日韓の企業や国民から幅広く寄付を募り、賠償に充てるという私案を発表。解決法案として国会に発議する意向です」
 「原告側は反発していますが、行政府が動けないなら立法府が動き、状況を打開しようとの意図が感じられます。自発的寄付とすることで、日本企業が賠償に応じた形になることが避けられれば、日本側にも検討の余地が生まれるのではないかとの期待もあります」

当事者の人権を考え、丁寧に扱わないと

 ――日本側に求められることは何でしょう。
 「一部にある、韓国側の動きを冷ややかに見る姿勢が感じられることが気になります。かつて経済力に圧倒的な差があり、両国関係が『垂直的』であった時代には、韓国側の立場を理解し、大局観を持って譲る余裕が日本側にはあったと思います」
 「しかし関係が徐々に『水平的』になっていく中で、韓国は日本にもの申すことをためらわなくなり、日本にはそういう韓国を受け止める余裕がなくなりました。双方が譲らず、自分の主張ばかり押し立てて、相手の言うことに耳を傾けようとしない状況に陥っています」
 「韓国には、日本との歴史問題においては、『被害者として尊重されるべき正義は当然自分たちにあるはずなのに、なぜ加害者である日本が強く出るのか』との意識があります。日本には、『加害者・被害者の関係も踏まえて、新しい関係を作っていこうと合意したはずなのに、どうして韓国は約束を反故にするのか』との思いがあります」
 「国際社会からは、強い立場にいる日本が特定の政治目的のために貿易など別のカードを切り、韓国をいじめているように映りかねません。徴用工問題には労働者の人権侵害という側面があり、ていねいに扱わないと、日本の人権感覚が国際的に疑念を持たれかねないことにも留意すべきです」(聞き手 編集委員・北野隆一)
     ◇
 おくぞの・ひでき 1964年、北九州市生まれ。広島大大学院、九州大大学院、NHK記者、朝日新聞記者、広島国際学院大助教授、韓国・東西大助教授などを経て現職。専門は現代韓国政治外交、朝鮮半島をめぐる国際関係。


輸出規制で日韓対話
 信頼回復へ課題の克服を
2019年12月18日:毎日新聞

 日本の対韓輸出規制をめぐって、両国政府の担当者が対話した。意見交換は10時間にわたった。この機運を生かして、本格的な関係改善につなげてほしい。
 韓国側は、半導体材料3品目の輸出規制強化や、輸出手続きを優遇する「グループA(ホワイト国)」からの除外措置を撤回するよう改めて求めた。
 日本は韓国の輸出管理体制が不十分だと指摘している。このため、韓国側は人員の増強計画などについても説明したとみられる。
 双方は「相互理解が進んだ」と評価した。対話の継続で合意し、対外的な公表内容も事前にすり合わせた。終了後に互いの発表を否定するこれまでの泥仕合は避けられた。
 相互不信の払拭(ふっしょく)に向け、一歩前進したと言える。
 日本は、輸出規制措置は国際ルールに基づき自国が判断して決めるとの立場をとる。ただ、梶山弘志経済産業相は「対話を重ねて判断する」と前向きなメッセージを送った。
 両政府は、安倍晋三首相と文在寅(ムンジェイン)大統領の首脳会談を今月下旬に行う方向で調整している。実現すれば、昨年10月の韓国最高裁による元徴用工判決以後、初めてとなる。
 この判決により、両国関係は過去最悪と言われる状況に陥った。1965年の日韓国交正常化の根幹を揺るがす内容だったためだ。
 日本政府は表向き否定するものの、輸出規制は元徴用工問題で動こうとしない韓国に対する報復措置だと受け止められている。元徴用工問題の解決なしには、輸出規制措置の撤回も困難である。
 韓国国会では、日韓両国企業などが自主的に寄付金を拠出する形で元徴用工問題の解決を図ろうという動きが見られる。市民団体の反対や国会の混乱などにより先行きは不透明だが、進展を静かに見守りたい。
 北朝鮮が一方的に年内と区切った米朝協議の期限が近付き、緊張を高めている。今月に入り、相次いで「重大な実験」を行ったと発表したうえ、クリスマス前後に何らかの軍事的挑発を辞さない構えを見せる。
 日韓の連携が一層求められる局面だ。両国は互いに重要なパートナーだという認識を持ち、さまざまな対話を進めてほしい。



復員兵「PTSDか」遺族ら交流
代表・黒井さん ベトナム帰還兵に父重ね
同じ境遇の人に「広く知らせたい」
負の連鎖 孫世代まで「現在進行形」
2019年12月16日:東京新聞・こちら特報部

 アジア・太平洋戦争で心に傷を負ったまま亡くなった元兵士の遺族が交流を始めた。父親は心的外傷後ストレス障害(PTSD)だったのではないかと思うに至った男性が昨年1月、「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」を立ち上げ、8日の5回目の交流会を都内で開いた。遺族たちはなぜ、家族の過去を打ち明けるのか。                             (稲垣太郎)

 「PTSDの日本兵がいたということ自体、ほとんど知られていない」。78年前に太平洋戦争が勃発した今月8日、武蔵村山市中藤地区会館の一室で開かれた交流会。あいさつに立った代表の黒井秋夫さん(71)は、31年前に亡くなった父親を思った。中国から復員した元兵士。建設現場で働いては休み、無口だった。
 黒井さんは2016年、世界各地を大型船で巡る「ピースボート」に乗り、ベトナム戦争から帰国した米兵がPTSDに苦しみ、社会復帰できない様子を伝える映画やビデオを見た。「日本兵にも戦争で精神を侵された人がいておかしくない」と連想した黒井さんは「雷に打たれたようなショックを受けた」。ベトナム帰還兵と生前の父親の姿が重なった。
 「ちゃんとした仕事もせず、話もしない暗い人間だった。『こんなふがいない父親にはなりたくない』と思っていた父親は、戦争で精神を病んだ後の人間だったのではないかと考えるようになった」
 同じ境遇の遺族の中には、父親が酒を飲んでは母親に暴力を振るうのを見て育ち、心に傷を負った人もいることを知り、「広く知らせたい」とホームページを立ち上げる形で会を結成した。
 8日の交流会では、NHKが18年に放送したドキュメンタリ「隠された日本兵のトラウマ 陸軍病院8002人の“病床日誌”」を上映し、「『戦場体験』を受け継ぐということ」の著者で神田外語大非常勤講師(歴史学)の遠藤美幸さんが講演した。
 遠藤さんは講演で「戦場体験者がいなくなり、戦場体験の世代間の伝承や継承がうまくなされず、戦場の現実を想像できないことが、今の日本の右傾化や軍事化の拡大を生む一因になり得る」と指摘した。そして遠藤さんは「日本兵のPTSDの実像を家族の語りから掘り起こす試みは、戦場体験者が消えゆく今、戦場の凄惨さを伝え残す有効な方法だ」と会の取り組みを評価した。
 交流会のメインイベントは出席者がグループに分かれ、復員後の地日親らと暮らした記憶を話す「おしゃべりカフェ」。つらい話をリラックスして打ち明けられるようにと名付けられた。
 この日が2回目の参加だった埼玉県川越市の自営業吉沢智子さん(64)は「精神的に不安定だった父の言葉の暴力がすごかった」と明かした。
 吉沢さんは取材に「父から戦争のことを聞けなかった。他の家族の人の話を聞く会が、父のことを理解するよすがになった」と参加し続



(社説)
陸上イージス 計画自体を見直す時だ
2019年12月16日:朝日新聞

 陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備先について、秋田市の陸上自衛隊新屋(あらや)演習場を候補地とする計画の見直し論が、政府内で浮上している。
 地元の強い反発に押されたのだろう。かねて朝日新聞の社説は、限られた防衛予算の中で、巨額の投資に見合う効果があるのか、疑問を呈してきた。この際、導入の是非から、計画自体を見直すべきだ。
 弾道ミサイルの脅威に備えるため、政府は東西2カ所で日本全体をカバーすると言い、東日本は秋田市の新屋演習場、西日本は山口県萩市の陸自むつみ演習場を候補地とした。
 だが、周辺住民からは、レーダーの発する電波の影響や、有事に標的となるリスクを懸念する声があがった。とりわけ秋田で政府不信を決定づけたのが、新屋を「唯一の適地」とした防衛省の報告書に、ずさんな誤りがいくつも見つかったことだ。住民説明会での職員の居眠りも怒りに拍車をかけた。
 政府は現在、青森、秋田、山形3県の候補地を再調査中だ。菅官房長官や河野防衛相は「住宅地との距離」を考慮する考えを示したが、何を今さらの感がある。新屋は間近に住宅地が広がり、県庁や市役所も遠くない。米軍から激しい空襲を受けた記憶も残る。
 地域の実情や住民感情を考えることなく、「新屋ありき」で検討したとしか思えない。
 一方で「秋田を見直せば山口の見直しにつながりかねない」と、候補地の変更に否定的な意見も根強いようだ。菅氏も公式には「新屋を断念した事実はない」という。計画全体の頓挫を恐れて新屋に固執するなら、本末転倒と言うほかない。
 日本周辺の安保環境の厳しさを考えれば、ミサイル防衛のあり方を不断に検討していくことは重要だろう。ただ、自衛隊はすでに、イージス艦が発射する迎撃ミサイルと地対空誘導弾「PAC3」による2段構えの体制をとっている。
 そこに2基で5千億円を超す陸上イージスを加えることが、費用対効果の面から適正と言えるのか。政府は「24時間365日、日本全域を守り続けることができます」と喧伝(けんでん)するが、説得力のある根拠は示されていない。運用開始は早くても2025年度以降の見込みだ。
 安倍政権が前のめりなのは、トランプ米大統領が米国製兵器の大量購入を求めていることと無縁ではあるまい。しかし重要なのは、日本自身による主体的で、冷徹な判断である。
 厳しい財政事情のもと、この計画の妥当性と実効性が、厳しく問われねばならない。ける訳を話した。
 黒井さんは「PTSDの元兵士と暮らした妻や子どもは精神的、経済的に負の影響を受け続けその連鎖が孫世代まで続いている。現在進行形の重大な社会問題だ」と語った。なし崩し 米原子力空母の放射性廃棄物搬出
米 取り決め書き換え
横須賀母港化で毎年「メンテナンス」
2019年12月16日:東京新聞・こちら特報部

 米原子力艦の廃棄物は、日本では艦外に搬出しない。原子力艦の日本寄港に伴い、米国は日本に示した覚書、「エード・メモワール」でそう約束した。だが、原子力空母が配備されている米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)では、メンテナンス作業に伴って出る放射性廃棄物が艦外に運び出されている。取り決めと矛盾する搬出が、公然と行われているのか。                 (中沢佳子)

 「放射性廃棄物の搬出は、約束違反だ」。海上から米艦船を監視する市民グループ「ヨコスカ平和船団」の市川平さんの言葉に怒りがにじむ。
 今年5月2日午前9時前、横須賀に配備されている原子力空母「ロナルド・レーガン(RR)」から、放射性廃棄物入りのコンテナを運び出す作業が始まった。市川さんは、米軍の動向を見張る市民グループ「リムピース」メンバーなど14人で2艘の船に乗り込んだ。RRからクレーンでコンテナが吊り上げられ、近くに停泊した運搬船に移す様子を海上から見張った。
 コンテナは幅6㍍、縦2・5㍍、高さ2・5㍍が4個。米政府はこれまで、中身は「非常に低レベルの放射能を帯びた雑巾、プラスチック・シート、作業手袋」と説明。積み替えは約2時間で終了。後に米国に運ばれて最終処理されたという。
 横須賀は1973年から計5艘の空母が事実上の母港にしてきた。2008年に配備された4代目「ジョージ・ワシントン(GW)」以降は、原子炉で動く原子力空母になり、廃棄物搬出をほぼ年1回実施。市川さんは、毎回その様子を監視している。
 空母周辺は金網規制線のように張り巡らされている。市川さんたちの船が金網近くで監視と抗議をすると、警備の米兵がボートで妨害したという。「雑音を発して抗議の声をかき消そうとしたり、船の行く手にボートを回して遮ったりした」。市にも作業を見張るよう要望している。だが、「来たことはない。現状を受け入れているんだ」と市川さんは憤る。
 抗議活動を続けるのは、2つの目的があるからだ。「市民が見ていることを米軍に意識させ、放射能漏れ事故を起こさせないようにしなければ。何より、横須賀市民の関心を薄れさせたくない。原子力空母の母港ということは事故の危険があり、常に生活が脅かされるのだから」
 1964年8月、長崎県佐世保市へ米原潜が初めて寄港するのを控え、米側は原潜の安全性を示す覚書「エード・メモワール」を示した。そこでは、放射能にさらされた廃棄物は日本で艦外に排出しないことなどを明記している。
 その約束は米原子力空母「エンタープライズ」が佐世保に入港する前の67年10月に交わした覚書で原子力水上艦にも適用することになった。市川さんは「当時、日本が原子力空母の母港になることは念頭になかったのかもしれない。横須賀に配備し、メンテナンスすることになって、矛盾が生じたんだろう」と語る。
 GW配備前の2006年11月、米側は原子力艦の安全性を巡る文書「ファクト・シート」を日本に示した。そこでは廃棄物の処理について「適切に包装された上で、合衆国沿岸の施設または専用の施設船に移送され、承認された手続きに従って合衆国内で処理される」とある。
 一見問題なさそうだが、横須賀で基地問題に取り組む市民グループ「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」共同代表の呉東(ごとう)正彦弁護士は「エード・メモワールの内容を変える巧妙で危険な書き換えだ」と指摘する。

日 軍事一体化へ 容認?
抜け穴利用「自衛隊 米軍の下請けに

 エード・メモワールには「廃棄物は承認された手続に従い、原潜によって合衆国の沿岸の施設または専用の施設船に運ばれた後、包装され、合衆国内に埋められる」とある。つまり、原子力艦が廃棄物を持ち帰り、米国で「包装」と処理をするということだ。
 いっぽう、呉東氏はファクト・シートの内容を「日本にいる間に艦内で『包装』し、日本の大気中に放射性廃棄物入りのコンテナをさらし、放射能管理がきちんとされている原子力艦以外の船でも運べるという意味だ」と説明する。
 米側は2010年4月、「エード・メモワールにある『搬出』とは、『日本の陸上への搬出』という意味。陸揚げせずに空母から移送するのは、エード・メモワールの内容に合致する」という見解を出し、海上でクレーンを使うのは問題ないと主張した。
 この苦しい言い訳を、日本政府は受け入れている。呉東氏は「エード・メモワールは形こそ覚書だが、条約に準じる日米間の合意。なのに、子どもだましのような書き換えで内容を変えた。原子力空母を配備し、メンテナンスをするには、エード・メモワールの約束が邪魔だからだ」とみる。
 米政府の解禁文書約300点をもとに、原潜の寄港を巡る日米交渉を分析した国際問題研究者の新原昭治氏も「エード・メモワールは日米で練り上げた外交文書だ」と語る。新原氏が集めた解禁文書をたどると、確かにそう読み取れる。
 例えば、1963年2月4日、日本が「何らかの種類の申し合わせがなされるのが望ましい」と、原潜の安全性に関する合意作成を米国に促したことが、在日米大使館から国務長官に伝えられている。同年8月8日の電報では日本が米側の文書案を修正したり、文書名を「覚書」とする提案をしたことなどが報告されている。
 ただ、日本政府はエード・メモワールを日米間の合意と認めていない。それは、日米安全保障に関わるためだと呉東氏は考える。
 「横須賀基地周辺の海上は日米地位協定で米軍への提供水域とされ、米艦船の航行を制限できない。ただ、日米合意に反する場合は航行の差し止めができる。だから、政府はエード・メモワールを日米合意だと認めたくないのだろう」
 流通経済大の植村秀樹教授(国際政治学)は「日米安保は安保条約だけを見ても理解できない。米軍の特権を認める地位協定。協定の運用を決める日米合同委員会による密約も含め、考えなくては」と述べる。
 そもそも在日米軍関連には多くの密約やグレーゾーンがある。その上で植村氏は「米軍では政策に及ぼす軍の影響力が強い。政府は外交でも軍の意向を尊重し、交渉を進める。在日米軍に関する取り決めにも、拡大解釈できる抜け穴や、例外が用意され、軍が大いに利用している。放射性廃棄物の搬出もそのやり口の一つだ」と指摘する。
 日米で作ったエード・メモワールを改変してでも、原子力空母の配備が必要なのか。日米安保に詳しいジャーナリストの大内要三さんは「日米の空母で共同作戦する体制づくりを目指しているのだろう。実際、海上自衛隊の横須賀基地には事実上の空母に改装する護衛艦「いづも」が配備され、米軍と自衛隊の関係も深まっている」と語る。
 確かに、2017年5月に房総半島沖で米補給艦といづもが合流し、安保庵連法に基づいて米艦艇を守る「武器等防護(米韓防護)」を実施した。今年6月もRRといづもが南シナ海で共同訓練した。大内氏は『自衛隊は今や、米軍の下請けとして戦闘に参加できる補助戦力になった」と危ぶむ。

デスクメモ
 かつて原子力空母エンタープライズの寄港を巡り、長崎・佐世保で激しい反対運動が起きた。原子力船むつも漁民の反対で港に入れず、しばらくの間、海上をさまよった。今はどうだろうか。無関心をいいことに、米空母でなし崩しが進む。気に留めてこなかったことを反省する。            (裕)


特定秘密保護法5年
 恣意的運用の懸念消えぬ
2019年12月17日:毎日新聞

 特定秘密保護法の施行から5年がたった。安全保障に関して重要と判断する情報を特定秘密に指定し、漏えいに重罰を科す制度である。
 適用される対象の行政機関はこれまで70あった。政府は政令を改正して、28機関と大幅に減らした。
 法律の付則に基づく措置だ。検察庁や宮内庁、国税庁など42機関は施行から5年間、特定秘密を保有したことがなく、対象から除かれた。制定時の検討が不十分で、必要以上に網を掛けていたことの表れだろう。
 6月末時点で特定秘密に指定された項目は581件に上り、防衛省が334件と最も多い。文書数にすると昨年末時点で44万にも及ぶ。
 制定時から法律への批判は強かった。安全保障を名目に行政機関が情報を隠し、自由な言論に悪影響を与える恐れがあると懸念されていた。
 このため運用の監視に向け、内閣府に独立公文書管理監、衆参両院に情報監視審査会が設けられた。
 だが、管理監は政府の機関で強制権もない。昨年は6件の法令違反があったとして4省庁に是正を求めたが、文書の誤表示などにとどまる。 国会の審査会も報告書の内容に目新しさが薄れてきている。メンバーが短期間で入れ替わって、知見が蓄積されない弊害もある。
 行政府、立法府とも、十分に監視機能を果たしているとは言い難い。
 衆院の審査会は2017年、情報を得る見込みで特定秘密の項目を指定したのに、該当文書が作られない「カラの特定秘密」の存在を指摘した。政府は慎重に判断して指定するよう通知したが、どこまで反映されているかは判然としない。
 「何が秘密かも秘密」というブラックボックスの状況はそのままだ。法律の意義について、菅義偉官房長官は「国際的な信用が増し、これまで以上に核心に迫る情報が得られるようになった」と述べているが、実態は分からない。
 問題のある運用があったとの内部通報は、これまで一件もない。だからといって、恣意(しい)的な運用の懸念は消えていない。
 制度の運用基準は施行5年後に見直すことになっている。安倍政権は公文書開示の姿勢を疑問視されている。制度をしっかり点検して、運用のチェックを強化すべきだ。

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